翌日は日曜日だった。
華恋にとって日曜日とは、昼まで眠る日だ。太陽が真上に来た頃に漸く起き出して、華恋は意外な事実を知った。
意外な事に、パンジーは結構気が利く性格らしい。華恋の分の昼食を、寝室に持って来てくれていたのだ。
華恋が騒がしいのが嫌いだと、もう分かっているから。
No.9
「本当に、誰が入れたのかしらね。だってカレンはあの日、ずっと私といたもの」
「あ」
パンジーの言葉に、華恋は間の抜けた声を上げた。
すっかり忘れていた。華恋は、ハリーとは違って証人がいるのだ。夜中にこっそり入れに行くと言う手もあるが、スリザリン寮はセブルスと同じ階。そんな冒険を冒そうと言う者は、なかなかいないだろう。
「じゃあ、皆、信じてくれてるの?」
「皆ではないわ。でも、同学年は殆どね」
華恋は、心の中で小さくガッツポーズをする。ハリーよりも楽な状況だ。一年生の頃に吹っ飛んでいなくて、本当に良かった。一年生からホグワーツにいたなら、選手を希望する動機が十分にある状態になってしまっていたところだ。
スリザリン生達からの風当たりは、殆ど無いと言っても良いぐらいだった。しかし、他の寮生達が快く思う事は無い。寧ろ、ハリー以上に白い目で見られる事となっていた。グリフィンドールかスリザリンかと言うだけで、これ程にも違う。
けれども、ディゴリーのような誰に対しても平等な者達は、信じてくれた。華恋には動機が無いからだ。
一部華恋の無実を信じてくれる者はいるとは言え、グリフィンドールからの視線が痛さはこの上ない。
ハッフルパフの視線が痛いだろう事は覚悟していた。正規の選手がいる寮なのだから。華恋やハリーの選手参加は、ハッフルパフの滅多に無い名誉の機会を不意にした事になる。
しかし、レイブンクローもグリフィンドール並みに視線が痛い。如何してスリザリンだけこんなに孤立しているのかと、世界観そのものを責めたくなる。
スリザリン生はまるで英雄か何かみたいに華恋を扱うが、やめて欲しい。目立つのは御免だ。
特に、ドラコがやたらと話しかけてくるようになった。尤も、華恋はあんま喋らない為、結果的にはパンジーと話している状態だ。パンジーにとっては、嬉しい事だろう。
「おい、ほら、見ろよ。代表選手だ」
見ると、ハリーがやってきた所だった。
ハリーも随分苦労している事だろう。
「サイン帳の用意はいいか? 今の内に貰っておけよ。もうあまり長くはないんだから……。対抗戦の選手は半数が死んでいる……君はどのくらい持ちこたえるつもりだい? ポッター? 僕は、最初の課題が始まって十分だと賭けるね」
「ドラコ。それ、もろ私にも当てはまるから。ポッターって、私もだし」
華恋の言葉に、ドラコは黙り込んでしまう。
ハリーがは、「ありがとう」とでも言うかのように笑顔向けて来た。別に、庇った訳では無いのだが。
「で、これは、何?」
「見て分からない? バッジよ」
華恋はウンザリと差し出された物に視線を落とす。
『汚いぞ、ポッター』と書かれた、丸いバッジ。
「……この間も言ったけどさ、『ポッター』って、私もだよ?」
「えーとね……ちょっと言いにくいんだけど……多分、わかってやったのかもしれない」
華恋はぽかんとする。
スリザリン生は、華恋の選手参加を歓迎しているのではなかったのか。
「ドラコ、貴女が自分で入れたんじゃないってのはわかってるのよ。でも、嫉妬してるのよ。貴女が選ばれたって事に……」
華恋は冷めた表情でパンジーの話を聞いていた。
ハリーの方は、ロンが嫉妬していた。喧嘩している様子と言い、今回と言い、どうもドラコとロンは似た所があるように思う。
「それで、これを私にも付けろと?」
「でも、表向きはポッ……グリフィンドールのポッターって事になっているのよ。付けなかったら、外されるわよ」
「いいよ、別に。それに」
華恋は、大きなバッジをパンジーに押し返した
「言ったでしょ? 私はスリザリンだからって純血主義でもないし、グリフィンドールと対抗する気も無い。つまり、その代表のハリーに嫌味とか、そういう事をする気はさらさらないの。
行こう、昼食に間に合わなくなるよ」
パンジーはまだ何か言いたげな様子だったが、構わずスタスタと歩いて行く。華恋の聞く耳を持たない様子に呆れたように溜息を吐き、パンジーは華恋の後を追った。その胸には、ドラコ特製の『汚いぞ、ポッター』のバッジが光っていた。
昼食の後は、「魔法薬学」の授業だ。その待ち時間の事だった。ハリーとドラコが、またもや喧嘩を始めたのだ。最初は呆れた目で見つめていたが、やがて周囲に被害が出始めそうも行かなくなった。
華恋は跳ね返った光を咄嗟に避ける。呪文は、華恋の後ろにいたゴイルに命中した。華恋は首を竦める。自分が避けた事で後にいた者が被害を被るのは、どうにも申し訳ない。
もう一つの呪文は、ハーマイオニーに当たった。みるみるとハーマイオニーの歯が伸びていく。
「この騒ぎは何事だ?」
セブルスが来て、スリザリン生が口々に説明する。聖徳太子でもない限り分からないだろうと言う程に、多くの生徒が一斉に話す。しかし生憎、セブルスは聖徳太子ではない。
代表して、ドラコが説明した。当然の如く、自分の事は棚に上げて話す。
「医務室へ。ゴイル」
「マルフォイがハーマイオニーをやったんです! 見てください!!」
ロンがそう叫んで、ハーマイオニーを前に押し出した。華恋は顔を顰める。ハーマイオニーも、この状態で注目を浴びたくは無いだろうに。隠してあげて、セブルスを近くに呼ぶと言う事も考え付かないのか。
パンジーは、隠れてクスクス笑っている。笑っているのはパンジーだけではない、スリザリンの殆どがハーマイオニーの惨状に笑っていた。華恋は胸糞の悪さを感じる。
ハーマイオニーの顔を見て、セブルスはあろう事か言い放った。
「何時もと変わりない」
――ああ、確かにあったね、こんなシーン!
華恋はセブルスを睨み付ける。
ハーマイオニーは目に涙を浮かべ、廊下の向こうへ駆けて行ってしまった。
「スニベルス、サイテー……」
ハリー、ロンが叫んだのと同時に、華恋もぼそりと言った。
途端に、セブルスはぎろりと華恋を睨んだ。ハリー、ロンの声に掻き消されていた筈なのに、聞こえたらしい。「スニベルス」はまずかったか。
「さよう。グリフィンドール、五十点減点。ポッターとウィーズリーはそれぞれ居残り罰だ。カレン・ポッター。お前も含むぞ。さあ、教室に入りたまえ。さもないと一週間居残り罰を与える」
「自分の寮は減点しないんですか?」
華恋は笑顔で言ってやる。どうせなら減点してみれば良い。
「……君は、減点されたいのか」
「別に。でも、それならグリフィンドールも減点しないべきではありませんか?」
「この二人の方が、大きな声だった」
あまりに無理のあり過ぎる言い訳に、怒りを通して呆れ返る。華恋の言葉の方が、ジェームズ達を思い出して腹が立ったろうに。
セブルス・スネイプは、華恋にとって好きなキャラの一人だった。授業でスリザリンへの贔屓っぷりを目の当たりにしても、自分に害がある訳でも無し、嫌う理由になどならなかった。
けれど、もう駄目だ。もう、ファーストネームで呼ぶのも嫌だった。
授業の最中の事だった。
スネイプが華恋とハリーのどちらに毒を飲ませようか悩んでいる時、教室の扉が開いた。
スネイプは眉根を寄せ、そちらを振り返る。
「何だ?」
「先生、僕、ハリー・ポッターと・ポッターを上に連れてくるように言われました」
――この時だっけ……。
リータ・スキータによる、代表選手のインタビュー。最近、原作の細かな次期を忘れかけてきている。今夜にでも、また読み返した方が良さそうだ。
スネイプは獲物を両方奪われまいとしていたが、結局は大声で怒鳴って許可せざるを得なかった。
初めて、選手で良かったと思えた瞬間だった。
前言撤回。
写真撮影なんて、絶対に嫌だ。
華恋は元々、学校での集合写真でさえ苦手だった。更に華恋とハリーは、リータ・スキーターに近くの箒置き場につれて行かれた。
華恋の事は、一体どんなデタラメを書くつもりなのだろう。物によっては、彼女が未登録だとばらしてやろう。
「じゃ、二人は……どうして三校対抗試合に参加しようと決心したのかな?」
「えーと」
「私は自分でゴブレットに入れた訳じゃありません。バグマンさん達からお聞きになりませんでしたか? 私には、理由がないんです。私は今年やってきたばかりですし、それに、パンジー・パーキンソンが証人になってくれます」
「僕もです。如何して僕の名前が『炎のゴブレット』に入ったのか、僕、わかりません。僕は入れてないんです」
「大丈夫、ハリー、カレン。叱られるんじゃないかなんて、心配する必要は無いざんすよ。君達が本当は参加するべきじゃなかったとわかってるざんす。だけど、心配はご無用。読者は反逆者が好きなんざんすから」
「だって、僕、入れてない。僕知らない。一体誰が――」
華恋は、スキーターの手元を見た。
『僕の力は、両親から受け継いだものだと思います。今、僕を見たら……』
暫く、ハリーの文章が続いて、それから華恋の物もあった。
『私は今年、この学校に来たばかりです。今まで日本で、違う家族と暮していました。今でも、あの家族が懐かしいです。正直、混乱しています。いきなり彼らは私の家族じゃなかったなんて言われて。それに、私の本当の両親は死んでいたなんて――初めてそれを知ったとき、私は涙が止まりませんでした。今まで、ハリーを一人ぼっちにしていたなんて。
日本の家族と別れてしまったのは寂しいですが、でも、ここへ来た事を後悔はしていません。だって、ここにはハリーだっていますし、両親はきっと、私の事だって見守ってくれると思います……』
華恋は、冷ややかな視線でそれを見下ろす。
「君達が三校対抗試合で競技すると聞いたら、ご両親は如何思うかな? 自慢? 心配する? 怒る?
カレンの、日本のご家族は如何かな?」
華恋はすっくと立ち上がり、デタラメの書かれた記事をぐしゃりと握りつぶした。
スキーターは目を丸くする。
「何を――」
「貴女は何の為に直接インタビューしているのですか? 私は、日本の家族を懐かしいなんて思いません。本当の親が死んでいたと聞いても、涙なんて流していません。勝手な事を書かないで下さい」
その時、箒置き場のドアが開いた。――ダンブルドアだ。
スキーターとダンブルドアが、少し話して、華恋達は元の部屋へ戻った。ハリーは明らかに、スキーターから離れるのが嬉しそうだ。
華恋は逆に、スキーターの傍まで行った。
「何ざんしょ? お嬢さん」
きっと、今の華恋は素晴らしい笑顔を浮かべている事だろう。
弱みを握っていると言うのは、なかなか嬉しい事だ。
「私、知っていますからね。貴女が未登録だって事」
スキーターの表情が凍りついた。その反応が、華恋を尚更楽しませる。
凍りつくスキーターに止めを刺すように、華恋は言った。
「デタラメを書けば、直ぐに魔法省にばらしますよ。友人の父親が、魔法省に勤めていますから」
友人とは、ロンやドラコの事。彼らと大して親しくはしていないが、利用出来る物は利用するに越した事は無い。
尤も、ルシウス・マルフォイは魔法省なのかよく分からないが。何にせよ、繋がりがある事に変わりない。
その後は、スキーターの様子がもとても面白かった。
そして、杖が新しかった事も幸運だった。皆の視線を浴びると言うのに、ハリーの杖のようになっていては恥ずかしい。杖の材料がヴォルデモートと同じだと言いやしないかと冷や冷やしたが、杞憂に終わった。
写真撮影は、クラムと同じく後ろの列へ行く事に成功した。
2009/12/13