いや、なんかもう、魔法ってホント凄いね。皆、完全に記憶を操作されている。
私は忠行とリドルのクラスメイト。それを疑う人なんて誰一人いない。私の設定は、しおりに挟まれたメモに詳しく書かれていた。設定っていうか。部屋での役割とか。班とか。
詳しい仕事内容はしおりに書いてあるし、そうでなくとも林間学校は一度来ているから難なく役割はこなせた。
……で。
一体いつ、魔法とか高校の勉強とかやるの?
No.9
夜はやはり、皆なかなか寝付かない。
うーわー、先生、部屋の前で待ち構えてるよ。それに意味があるのか分からないのですが。
こっそり携帯を取り出し、布団を頭までかぶって確認すれば、まだ十時半。……こんな早くに眠れませんって。朝は早いとは言え、バスで寝たし。
ハリポタサイトでも覗いてるかなー。でも、あんまやりすぎたら料金ヤバくなるしなあ……。
そんな風に思いつつも、常連サイト様を覗く。これ、ばれたら没収されるんだろうなーとか考えながら。
先生の気配がしたら、黙って。遠ざかったら、また話し出す。そんな事を繰り返している内に、俺はいつの間にか眠ってたらしい。
トムに叩き起こされた。
外はまだ暗い。
「う゛ー。何だよ、トム〜」
「魔法を教えてくれと言ったのは君達だろう。これからやるよ。夕紀も迎えに行ってから」
「夜だよ」
「昼間は時間が無いじゃないか」
トムは容赦無い。
眠いのに……。
「でも、夕紀を迎えに行ったりなんてしたら、先生に見つかるんじゃないかなぁ。それに、この部屋に女子がいるのを見つかったら怒られるよ。皆も起きちゃうだろうし……」
「忘れているみたいだけど、僕は魔法使いなんだよ」
そう言うと、トムは荷物から何やら引っ張り出す。
これは――箒!?
「えぇっ!? こんなの、如何やって入ってたの?」
「魔法で鞄に少し細工をしたんだ。これなら窓から行けるし、見つかる事は無いだろう。昼間のオリエンテーリングの時、休憩所があっただろう? あそこでやろうと思うから、少し着込んどいた方がいいよ」
言われて、俺は音を立てないように注意しながら、荷物から上着と懐中電灯を引っ張り出す。
「熊除けの鈴はあった方がいい?」
「いらないよ。寧ろ、音を立てたら気づかれ兼ねない。周囲に音や光で気づかれないよう、結界を張るつもりだから熊も来ないだろうしね」
そんな事も出来るんだ。凄いな。俺は本当に何にも知らなくて、時々こうやって自分の無知を思い知る。本だけでも読んでいれば、大分違うんだろうなぁ。
そう思いつつも、あの分厚い本を読む気になれないんだよね。
ノートと筆記用具を入れたリュックサックを上着の上から背負うと、俺はトムと一緒に箒に乗って夜空に飛び立った。
「すっご――」
叫ぼうとしたら、トムに口を塞がれた。
がくん、と箒が少し落下する。
「おっ、わ」
「静かにしろ。見つかるよ」
言いながら、トムは体勢を直して上の階へと上昇する。
「なんか、エレベーターみたいだね。映画では、もっとヒューンって飛んでたよ」
「忠行が落ちてもいいって言うなら、やってあげるけど?」
「落ちないよ!」
「だから、静かにしろって!」
トムにヒソヒソ声で叱咤され、慌てて口を塞ぐ。
箒は、一つの部屋の窓の前に着いた
「ここ? 夕紀のいる部屋」
トムは頷くとベランダに降り立ち、杖を取り出した。
「アロホモラ」
「あ! それ、知ってるよ。三匹の怪物の所のだよね」
「だから静かにしろって」
窓が開いた音で、一人ががばっと起き上がった――夕紀だ。
「おはよ、夕紀」
「な!? なんで、あんた達……っ」
「上着を着て準備して。昼間だと時間が無いからね。これから勉強するよ。夕紀は、今日高校を休んだ分もね」
「これから、って……」
文句はまだあるようだが、夕紀は溜め息を吐き大人しく観念した様子だった。
「眠い……」
昼はもちろん、夜もあまり眠る事の出来ない三日間がようやく終わった。
楽しかったけど! 楽しかった、けどさぁ……。
俺、普段さえ昼間にも寝てるんだよ!? それなのに、夜も寝れないなんてキツイよ……。
「バスで寝ればいいじゃないか。どうせ、帰りは寝る人が多いだろうし」
「駄目! バスはカラオケ大会なんだよ!! トムも、一曲ぐらいは歌ってよ?」
「そうは言っても、僕はマグルの歌なんて分からないよ」
「嘘付け! 大晦日だって、紅○歌合戦見たじゃんか。他にも、うちに来てからは歌番組だって見てるだろ。トムの記憶力なら、それだけで充分、色々と歌えるでしょ?」
「でも――」
「歌ってね?」
「……」
「歌うなら、最初の方にしてね。私も聞いてみたいし。私、直ぐに寝ちゃうだろうから」
夕紀が生欠伸をしながら言う。目はとろんとしていて、今にも路上に突っ伏して寝てしまいそうだ。
「トム、結局歌ってない」
俺はじとーっとした目で、後ろの席を覗き込んだ。
もう、二つ目のサービスエリアを通過して、殆どの子が眠っている。もちろん、カラオケ大会もとうに終わった。俺の隣の席の奴も、眠ってしまっている。
席はちょっといざこざがあった所為で、くじ引きだった。でも、明らかにトムが魔法で何かしたと思う。俺の横は結構回りに無関心な奴だし、俺の後ろはトム、その隣に夕紀……夕紀?
「これ……何やってんだよ」
俺はトムの隣の席を指差し、呆れ返って尋ねた。
夕紀も寝ているらしく、窓に寄りかかっている。
そして、冷房がきいている車内では風邪をひくからとトムが上着をかけてあげてあるんだけど……フードの部分が、まるで寝顔を隠すかのように顔にひっかけてある。……息苦しそうだ。
「夕紀だって仮にも女の子なんだし、あまり寝顔を晒すのも本人だって嫌だろうと思って――」
「トムが嫌なの?」
何か変に言い訳がましいなと思って俺が聞くと、トムはぐっとつかえた。
え、何、図星?
確かにさ。なんか、おかしいなって思ってたんだよ。トムと夕紀って、「友達」ってのとは違う感じだし。かと言って「擬似家族」だとか「仲間」だとかってのとも違うかな、って。
「……マジで?」
トムと夕紀をくっつけようZE☆大作戦!
まずは、基本。二人の邪魔はしない! 出来る限り二人っきりの時間を増やす! 夕紀の前でトムを誉めて、トムの株をUP!
……基本以外、思いつかなかった。
「何だい、それ?」
俺の机の上にあるノートを指差して、トムが聞いてきた。表紙には油性マジックで大きく「マル秘」と書いてある。
俺はノートを広げた。そこには鉛筆で「トムと夕紀をくっつけようZE☆大作戦」と書いてある。
「二人をくっつける作戦!」
「……ネーミングセンス、最悪だね」
トムの言葉は聞かなかった事にして、俺は内容を読み上げる。まだ、基本以外思いついてないんだけどねー。
「どう?」
「どうって……最近やっているのは、それだったんだね」
そう言って、溜め息を吐く。
君、君。失礼だよ、人がせっかく頑張ってるのに。
「あれは明らかに不自然だよ。別に忠行は邪魔なんかじゃないし、気を使わなくていいよ」
「でも、親友の恋は応援したいって思うのが普通だろ。俺だって何かしたいんだよ!」
「じゃあ……夕紀に、それと無く気持ちを聞いてくれるとありがたいんだけど」
「夕紀に気持ちを聞くんだね、わかった!」
俺が力強く頷くと、トムが慌てて付け加えた。
「不自然になるようだったら聞かなくていいからね!」
「ねぇ。夕紀さ、トムの事、如何思う?」
「何、唐突に」
林間学校から帰ってきて、暫く経ったある日。忠行が、いきなりそう切り出してきた。
「いいから、いいから! ねぇ、如何思ってる? 早く答えてよ、トム帰ってきちゃうから」
「如何、って……確かに前はやばかったけど、今は別に何も問題無いと思うけど?
でも――私達がもっと早くリドルと会っていれば、彼に殺人なんてさせなかったのにね……」
「……うん」
如何して、こうも思い通りにはならないのだろう。会うのが遅すぎた。学生時代に、マートルが死んでしまう前に会っていれば、リドルには何の罪も無かったのに。
確かに孤児院ではちょっと暴力的だったみたいだけど。でも、まだ間に合った。
如何して。
若しも私達に力が受け継がれているならば、リドルの学生時代へ行きたい。リドルが私達を知らなくったっていい。だって、このままだと何れは元の世界へと帰されてしまう。
そうすると……リドルは、後戻り出来ないの。
お母さんに早く会いたい。でも、それは。
リドルと別れるという事。
突然、忠行が言った。
「ねぇ。じゃあ恋愛対象としては如何思ってる?」
「――――――!!?」
な、何、いきなり!!?
突然の質問で動揺したのが分かったのか、忠行はにやっと嬉しそうに笑う。
「夕紀、若しかしてトムの事好きなの!?」
「な……っ。そ、そりゃ、確かにリドルは姿は十歳だよ? でも、本当は寧ろ年上何だから、別に……」
「そんな事分かってるよ。別に俺、反対なんてしないし。ねぇ、告白しないの?」
告白、かぁ……。
「しないよ、絶対。だって私、このままの関係が崩れると嫌だもの」
「『絶対』……?」
「うん。だって、リドルも私を好きだとは限らないでしょ?」
「そんな事ないよ! トム、夕紀の事好きなんだよ!!」
……は?
「え……それって、本当……?」
「本当だよ。だからさ、両想いなんだよ。告白して、くっついちゃおうよ」
「……そんな簡単な話じゃない」
「……え?」
普通の相手なら、両想いだって知ったら即座に告白していたと思う。でも、ね。
「例え両想いだってお互いに分かっても、その所為でぎくしゃくするのは嫌だから。やっぱり、告らない」
「そんな……! トム、何時かは別れる事になっちゃうかも知れないんだよ!? それなのに、自分の気持ち伝えられないままでいいの!!?」
「何時かは別れてしまうから、伝えられないの!」
何時かは、別れる……。
時間が限られているのならば。
その間は、リドルの傍にいたい。隣に、なんて高望みはしない。関係が変わる事でぎこちなくなるのは嫌だから。
このままで。
そう、思っていた。
2006/12/23