照り付ける日差しの下、一同の視線はグラウンドの入り口へと集中していた。沙穂達は、救世主の到着を今か今かと待ち受ける。
ふと、沙都子が通りの遥か先を指差した。
「来ましたわ!」
猛スピードの自転車が、こちらへ向かって来ていた。その手には、長い影が見える。徐々に、圭一の雄叫びが近づいて来る。
そのままグラウンドへ乗り入れた圭一は、自転車を飛び降り手にした物を構えた。
「皆ー! 待たせたな!!」
ぽかんと沙穂らは圭一を見つめる。
圭一は、ゴルフクラブを手に持っていた。
「圭ちゃん……そのゴルフクラブ……何?」
魅音がおずおずと問いかける。圭一は、グラウンドで行われている試合を見て硬直していた。
「沙都子おおおおおおおおお!! 野球の試合なら最初からそう言ええ!!」
「えー!! 言いませんでしたっけ!? 第一、バッド持ってグラウンドに来いって言ったら、野球以外に何を思いつくんですの!!?」
「え……えっと、ホラ……圭一君はきっと、暗いムードになったチームを明るく盛り上げようとわざとやってくれたんだと思うな……思うな!」
「いや……レナ……フォローは……いいよ……」
来たばかりの圭一に、魅音が試合の状況を説明する。「雛見沢ファイターズ」と「興宮タイタンズ」の試合に、ピンチヒッターとして参加している事。こちらがリードしているのを見て、甲子園のエースが参加して来た事。結果、こちらが一気に不利になってしまった事。
甲子園ピッチャーの球なんて、沙穂達に打てる筈がない。例えまぐれで当たっても、ピッチャーゴロが精一杯だ。当然、ランナーアウトとなる。
九回裏、一点差での負け。次の打者が塁に出られれば、逆転のチャンスはある。そして次のバッターは沙都子だ。
タイムを取るなりトイレに向かった亀田の後に、圭一がついて行った。
No.1
圭一の敬遠と、沙都子の逆転ホームラン。圭一の交渉により、雛見沢ファイターズは勝利を得た。明日は祝賀会、監督のおごりによるバーベキューだ。
昼間の騒ぎっぷりが嘘のように、夕飯の場は静かだった。元々静かな家だが、今日はいつもに増して静かだ。沙穂は元々、口数が少ない。それは祖父も同様で、いつも話すのは祖母の役割だった。
祖母は食事を並べ終え、席に着く。それでも、今日は話のネタが無いのか、いつもほど喋らない。
ふと、祖母は言った。
「もう、梨花ちゃまは呼ばんのかい」
ああ、そう言う事か。沙穂は合点がいく。
そして、小さく頷いた。
「そんなに、毎日なんて呼べない。梨花にだって、都合があるんだから」
昨日は、沙都子が圭一の家に呼ばれて夕飯を作りに行っていた。梨花は、沙都子と二人暮らしだ。沙都子がいないと、一人になってしまう。だから、誘ったに過ぎなかった。
今日はもう、圭一の両親が帰って来ている。沙都子が夕飯を作りに行く事も無く、梨花が一人になる事も無い。梨花だけを誘ったら、沙都子が一人になってしまう。
「やっぱり、梨花ちゃまが来てくれると明るくて良かったねぇ」
「……」
沙穂は無言でご飯を掻き込んだ。
祖父母は、実の孫である沙穂よりも、オヤシロさまの生まれ変わりと言われる梨花を大切に思っている。今に始まった事ではない。
実際、沙穂が雛見沢へ越して来たのは二年前。それまで都会にいた沙穂は、一年に一度来るかどうかと言った程度だった。祖父母にとっても、梨花の方が付き合いが長いのだ。それだけ、可愛い事だろう。
「ごちそうさま」
手を合わせると、沙穂は席を立ち勝手口から出て行った。
勝手口から真っ直ぐ行った数メートル先に、小さな離れがある。そこが、沙穂の部屋だった。
『離れが片付いた。自分の部屋、要るか?』
母が出て行ってからある日、祖父が突然そう言った。
――ああ、邪魔なのか。
本宅にいては邪魔だ。だから、物置になっていた離れを片付けた。沙穂を、そこに隔離する為に。
沙穂は、無言で頷いた。
以来、この離れは沙穂の部屋になっている。本宅へ行くのは、食事と風呂だけ。家に帰ってからの殆どは、離れで過ごしている。
家に帰っても、ただ離れに篭るだけ。祖父母とは折り合いが悪く、未だに馴染めないでいる。そんな沙穂にとって、魅音、レナ、梨花、沙都子、そして圭一との部活は、かけがえの無い大切な時間だった。
「早速、肉いただき!」
「おっと! 負けないよーっ!」
「レナも負けないよ〜!」
「……っ、……!!」
「いつもみたいに、一気に食べようとするからなのです。今日は沙穂も、いつものようにはいかないのですよ。
沙都子には熱々のカボチャをプレゼントなのです」
そう言って、梨花は沙都子の皿にカボチャを乗せる。沙都子は嘘泣きでレナに飛びついた。
「レナレナーッ。皆が苛めますのー!!」
レナの拳に圭一、魅音、沙穂が吹っ飛ぶ。梨花も慌てて逃げていた。周囲から笑い声が上がる。
ふと、昨晩の祖母の言葉が脳裏に蘇った。また、梨花を呼んで見ようか。梨花がいると、祖父母は上機嫌になる。現金なもので、沙穂への対応も普段の冷たさが嘘みたいになるのだ。それに何より、梨花との夕食は楽しかった。
駄目だ。
圭一の両親は帰って来た。梨花を呼ぶと、沙都子が一人になってしまう。あの二人は古出家の巫女は大歓迎だが、北条家の娘には冷たい事だろう。沙穂にしても、沙都子にしても、どうして祖父母達はこうもオヤシロさまに囚われているのか。
「そんな難しい顔をしてどうしましたの?」
気が付けば、沙都子が沙穂の顔を覗き込むようにしていた。何かに気づいたように、ニヤリと笑う。
「若しかして、いつもみたいに大食い出来ないから不満ですのかしら?」
「大食いって、他に言い方はあるだろう」
沙穂はムッとむくれる。
「沙穂の大食いっぷりは、他に何の言い方も無いのですよ」
「梨花まで!」
沙穂の顔に笑みが零れる。沙都子達も笑っていた。
肉も大方片付き、魅音が言った。
「んじゃっ、そろそろ行きますか!」
「え? 何だ?」
「なーに言ってんの、沙穂。いつどんな時であろうと、私達の部活は変わらないよ!」
「ゲームなんだね! だね!」
「そ! 罰ゲームは片付けって事で!」
話が盛り上がる中、どうも頭数が足りない。圭一がいないのだ。軽く辺りを見回すと、本殿前の階段に入り江と一緒に座っていた。
そしてそこに、もう一人の人物。
「あれ、詩音じゃないか?」
「え?」
反応したのは魅音だった。
詩音は何か話しながら、圭一にウィンクする。魅音は、大声で呼ばわりながらそちらへ駆けて行った。
どうやら、魅音よりも詩音の方が一枚上手らしい。二人の言い合う姿を、沙穂達は遠巻きに微笑ましく見ていた。
このメンバーといると不思議なもので、祖父母との仲違いも嫌な事は何もかも吹き飛んでしまう。ふと思い出して落ち込んでも、直ぐに笑顔に戻る事が出来る。こんな日々がずっと続くなら、沙穂は何も要らない。ずっと、ずっと、皆で笑い合う事が出来れば。
ゲームの最初の脱落者は圭一。次の脱落者は、沙穂だった。
「はーい。じゃあ、沙穂も片付けねーっ」
「うぅ……覚えていろ! 次は、圭一と挽回してやるからな!」
「沙穂さん、そう言うの、負け犬の遠吠えって言うんですわよ」
「五月蝿いーっ」
ベーっと舌を出し、集会場へと近づきながらきょろきょろと辺りを見回す。圭一は何処だろう。入江達皆、顔と名前は知っているし、話す機会は滅多に無くても付き合いも長い。それでもやはり、親しい者と一緒でないと不安になる。
しかし圭一の姿は見つからず、沙穂は岡村と富田の方へと歩いて行った。
「あっ、沙穂さんも負けたの?」
岡村の単刀直入な問い掛けに、沙穂はややムッとなる。
「……そうだ。……片付け、何か手伝う事あるか?」
「多分、もう終わっちゃってると思いますよ。あとは、前原さんのプレートが戻って来れば……」
「私、見て来る」
沙穂はその場を離れた。
古出神社は、越して来たばかりの頃に何度も通い慣れている。集会場にはいない。水道がいっぱいだったのだろう。階段を上がり、本殿の横を抜けて行く。この奥にある母屋の裏手にも、一つだけ水道があった。
予想通り、そこに圭一はいた。詩音も一緒のようだ。
「け……」
「誰がそんな事言ったんですか……?」
母屋の角を曲がった所で、沙穂は足を止めた。
詩音の声色は、何処かいつもと違って聞こえた。いつもと言えるほど彼女の事を知っている訳ではないが、それでも異質な気配が感じられた。先程、魅音と言い合っていた時とは明らかに様子が違う。圭一も狼狽している風だった。
「いや……誰って……。誰だっけかな……。あ、うん。確かに聞いたんだ」
「その誰かって誰ですか誰ですか誰かに聞いたから言ってるんですよね悟史君が転校したって」
悟史の転校。
その言葉に、どくんと胸が波打つ。
「誰に聞いたかなんて……よく覚えてないよ。何か問題でもあるのかよ」
「ありますよ転校届けが出たわけですか? 学校に。それを誰かが見た? 誰かに聞いた?」
「――詩音!」
ざあっと風が通り抜ける。二人は黙り込んでいた。
沙穂はぎゅっと拳を握り締め、前に進んだ。
「あ……、圭一! 詩音!」
二人が気づき、振り返る。詩音の瞳が沙穂を捕らえた。その、冷たい視線。ぞくりと悪寒が走る。
沙穂は何も聞かなかったかのように、平静を装った。
「皆が心配してたぞ。圭一のプレートで、最後だって」
「あ……」
「そうですか。ありがとうございます、沙穂」
そう言った詩音は、いつもと何ら変わりなかった。それから彼女は、圭一を振り返った。
「すみません、圭ちゃん。でも、よく知りもしないで悟史君の事転校とか言わないでください……本当にお願いしますね」
「ゴメン……」
「別に圭ちゃんの事を責めている訳じゃないんです。ちょっと言葉がきつかったですね、すいません」
「いや……こっちこそ……」
やはり、今のは見間違いでも何でも無かった。
何処か異様だった詩音。話していたのは、悟史の転校。
圭一が顔を上げる。
「おい詩音――」
「それじゃ、頑張ってください。圭ちゃんのプレートで最後ですってね、洗い物」
詩音は踵を返すと、沙穂とすれ違い皆の方へと去って行った。
沙穂は、おずおずと圭一に問いかける。
「……何か、あったのか?」
「いや……」
圭一は言葉を濁し、プレートを洗う作業に戻る。
沙穂は暫し傍らに立っていたが、ふいと彼に背を向けた。
「じゃあ……私、皆の所に先行ってるぞ」
空は赤く染まり、蜩の鳴く声が辺りに満ちていた。
鳥居の所で梨花と沙都子と別れ、沙穂達四人は古出神社を出て行った。
明るく話すレナと魅音の傍ら、沙穂は浮かない表情だった。どうにも、先程の詩音の事を思い出してしまう。それは圭一も同じようだった。
帰り道の林の中、ぴたりと圭一は立ち止まった。
「なあ……沙都子って兄貴いたよな……悟史って名前の――」
沙穂は足を止める。
前を行くレナと魅音も立ち止まり、振り返った。
「……悟史ってどうしたんだっけ……引っ越したんだっけ……?」
「……えっと……んん……」
「……あれ? 言わなかったかな?」
歯切れの悪い魅音。答えたのは、レナだった。
「転校しちゃったんだよ」
沙穂はただ黙って、足元を見つめる。
「転校って……誰がそんな事言ったんだよ」
「え……」
「本当に転校したなら、転校届けとか出されてる筈だろ? でもそんなの……実際は出てないんじゃないのか?」
詩音が言っていた内容だ。
沙穂には答えられない。答えられる筈も無い。――沙穂の所為で、いなくなっただなんて。
レナと魅音も、黙り込んだままだった。
「いや……別に責めてる訳じゃないんだぜ? ただその……少し気になっただけで……。もういいよ、この話は――」
「帰って来ないの」
無感情なレナの声が答えた。
圭一の声には、戸惑いがある。
「帰って来ないって……どう言う意味だよ。じゃあ、悟史は何処へ行ったんだよ」
「知らない」
レナの返答は短く、無感情だ。
魅音が、悟史の行方不明を説明する。誰も、彼が何処へ行ったのかを知らない。誰も、彼がどうしていなくなったのか知らない。
警察の調べによると、いなくなった当日に彼の貯金が全て下ろされていた。名古屋駅で似た人が目撃された。分かっているのは、その事実だけ。家出のために、貯金を下ろした。電車で何処か遠くへ行ってしまった。そう噂されている。
「私はそんなの嘘だと思う。悟史君は家出なんかじゃない」
声はレナのもの。
家出ではない。雛見沢だけで広がる、もう一つの噂。
沙穂はぎゅっと拳を握る。
「ちょっと待てよ……! 転校でも引っ越すでもなく、家出でもないなら……一体、悟史は……」
「やめなよレナ」
「だってこれは、オヤシロさまの祟りだもの」
『この村の守り神のオヤシロさまだが、お前の事はまるで嫌ってるみたいだな』
沙穂といたから、ただそれだけ。
――疫病神。
「悟史君は消える前に教えてくれた。……誰かに見張られてる。後を付けられてる。家の中にまでついてくる。寝る時枕元に立って見下ろしてるって、教えてくれた」
沙穂の拳は、これ以上強く握り締めようがないほどに固く握られている。手の平に爪が立つのも構わなかった。
「……やめなよ、レナ」
「それは間違いなくオヤシロさまの祟りの前兆。きっと悟史君は心の何処かで雛見沢を捨てて逃げ出そうという気持ちがあったんだと思う。それをオヤシロさまは許さなかった」
「だからやめなって……」
「オヤシロさまは雛見沢の守り神様……雛見沢を捨てて逃げ出そうとする人を絶対に許さない。私はそれを謝った。でも悟史君は謝らなかった。だから!! オヤシロさまの祟りにあってしまったに違いないの!!
警察が家出だって決め付けたって信じない信じない私は絶対信じない! そんなの祟りだと認めたくない村の偉い人達が決めただけの嘘っぱち!! オヤシロさまの祟りは信じようと信じまいと確かに――」
パアンという激しい音が、レナの言葉を遮った。
「いい加減にしろって言ってるでしょ!!」
怒声は魅音のものだった。沙穂は恐る恐る顔を上げる。レナの前には魅音が対峙し、右手が振り下ろされていた。カナカナと蜩の鳴く声が響き渡る。
誰も一言も発さなかった。無言のまま再び歩き出し、いつもの分かれ道まで辿り着いた。
ふと、魅音が圭一を振り返る。
「……あの、圭ちゃん。前に漫画貸すって約束したじゃない? 良かったら寄ってく?」
「あ、ああ」
「そうなんだ。じゃあ、レナは先に帰ってるね」
「じゃあね、レナ。また明日」
「うん、また明日ね」
レナは笑顔で答え、右へと曲がって行った。レナの姿が見えなくなり、沙穂はポツリと呟く。
「……オヤシロさまなんて……馬鹿馬鹿しい迷信だ……」
「沙穂」
魅音が咎めるように名前を呼ぶ。圭一は困惑したように沙穂を見つめていた。
圭一に、魅音は言う。
「さっきの、あまり気にしないでね……」
「いや……別に……。俺が悪かったと思う……」
「悟史の話は……さ。別に隠してた訳じゃないんだよ。その……あまり、触れない方が良い話だからさ」
「……。もう二度と、聞かないからさ……正直なところを教えてくれないか……?」
暫し間があって、魅音は話し出した。五年前にあった、ダム抗争。皆がダム建設に反対する中、保証金のために賛成した者達もいた。
「その誘致派のリーダーが、悟史の両親だった」
沙穂は眉根を寄せる。
初めて聞く話だった。
「それで……運悪くその両親がさ……オヤシロさまを祀るお祭りの日に、事故死しちゃったんだよね……。それで、オヤシロさまの祟りにあったんじゃないかって……」
「え……?」
「――で、悟史が家出したのまで、オヤシロさまの祟りって事にされちまった訳か……」
「……うん……まあ……そんな感じ……」
――ちょっと待て。
沙穂が越して来た時、悟史達は既に叔母夫婦の元で暮らしていた。つまり、彼らの両親が亡くなったのは、沙穂が越してくるより前の話だ。
オヤシロさまの祟りは、沙穂だけの所為ではない。
圭一を呼び止め、魅音はレナの前でも悟史の話を控えて欲しいと話す。どうやら魅音は、今までにもレナのあの様子を見た事があるらしい。
「そうだ……レナ。さっきのは、一体どうしたんだ?」
「ああ……どうしてレナは、あんなマジになるんだろうな……」
「……。知らない……けど……レナはね……あ、これ内緒だよ? 言ったら絶好だよ?」
そう前置きして、魅音は言った。
レナは、オヤシロさまの祟りにあった事がある……と。
「……え?」
「馬鹿な……!」
「……悪いけど、被害妄想過剰な何かの思い込みなんじゃないかって、私は思ってるんだけどね。でも、本人はそう信じてる……茶化すとかなり怒る。レナは普段、おちゃらけてるけど……怒ると、かなり怖い」
「分かってるよ……。レナの前でも言うなって事だろ? 悟史の話」
「……うん、出来れば。この話題にも、二度と触れるべきじゃないと思う。レナの為にも、沙都子の為にも……」
「……」
沙穂はずっと黙りこくっていた。
今度こそ別れを告げ、圭一はレナの去った道へと帰って行った。
「……沙穂、大丈夫?」
「え……? ああ、平気だ……」
オヤシロさまは本当にいるのだろうか。いない。そう、ずっと否定して来た。けれど、レナのあの豹変振りは尋常ではない。何の理由もなく、そんな迷信まがいの事を言うような子でもない。
そして、同じく異様な様子だった少女。冷たい視線。
「なあ……魅音」
「ん?」
「詩音も、何かあったのかな……。その、今日圭一と詩音が話していてさ……悟史の転校の事だったと思う。詩音、何だかその……怖くて……。誰が『転校』なんて言ったんだって、詩音が圭一に問い詰めてたんだ……」
「……そっか」
カナカナと蜩の声が五月蝿い。
魅音は、ぽつりと言った。
「……詩音もさ……悟史と、仲が良かったみたいだから……」
「そうか……」
短い返答だが、それで十分だった。
オヤシロさまに嫌われた娘――沙穂は、そう言われている。詩音もその事を聞いたのだろう。それで、あの冷たい視線があった訳だ。
学校に馴染めない沙穂に、一番に声を掛けてくれたのは悟史だった。そして、悟史は消えてしまったのだから。
沙穂といたから、ただそれだけ。
――疫病神。
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2010/08/20