日が昇って間もない頃。
 エリは、西塔の天辺にあるふくろう小屋へ来ていた。アリスと母親に手紙を出す為だ。
「いいか? シロ。まず、アリスの所に行くんだ。この手紙をアリスに渡す。何なら、両方渡してくれてもいい。アリスが母さんに渡すだろうから。いいな? 間違っても、このアリス宛の手紙を母さんに送るんじゃねぇぞ?」
 シロは、さも面倒臭そうにホーと鳴いた。人間の言葉が喋れたら、「分かったよ、しつこいな」とでも言っていただろう。ふくろうも、飼い主に似るのだろうか。
 ナミへの手紙には、無事に着いた事、エリはハッフルパフ、サラはグリフィンドールに入った事を書いてある。
 アリスの手紙には、ダンブルドアに小学校での噂を口止めされた事や、ピーブズと言う人が早速襲われた事、それも犯人はサラの可能性が高い事、父親と何か関係あるのだろうかという推測を書いてある。そして、父親について何か分かった事があったら連絡して欲しい、と。こんな内容、ナミに見つかれば絶対に止められる。
 エリが手紙を足にくくり付けると、シロはバサバサと飛び立っていった。
 エリはそれを見送り、階段を降りて行く。まだ朝食まで時間がある。少しなら走る事も出来るだろう。





No.10





「……疲れた」
 一日目の、最初の授業が始まる前。エリは、地下牢教室の扉にもたれかかり盛大に溜め息を吐いた。
 ハンナとアーニーは苦笑する。
「もう? まだ、最初の授業さえ始まってもいないのに?」
「だって、あれはあり得ないだろ!? ただ単にサラと双子っつーだけで質問攻めだしよぉ……」
 城の周りを走って寮へ戻り、ハンナと共に朝食をとりに大広間へ向かうと、そこは囁き声で溢れかえっていた。もちろん、中心はハリーとサラ。
 エリが席に着けば、本人達に直接話しかけるのが憚れるのか、エリが質問攻めにあった。他の寮の生徒まで、態々ハッフルパフのテーブルまでやって来ていた。
「でも、如何して他の寮や上級生にまで知れ渡っていたのかしらね。昨日の宴会だって、貴女、同年齢の義姉がいるとは言ったけど、それが誰だかは結局言わなかったじゃない?」
「そうだよな。僕も、朝食の席で初めて知ったよ。それに、他の寮の生徒からだった。エリ、誰かにサラと義双子だって話したかい?」
「他の寮ー? ……あ」
 家族以外でエリがサラと一緒に住んでいると知ってるのは、ハリー、ハーマイオニー、あとロンも知っているかもしれない。
 それから――
「フレッド、ジョージ、リー……絶対あいつらだ! 特にあの双子!」
 その時、突然教室の扉が開いた。
 扉にもたれかかっていたエリは、教室の中へと倒れこんだが、床に頭を打ちはしなかった。そこに人がいたのだ。
 エリは慌てて立ち上がる。ハンナとアーニーは真っ青だ。魔法薬学の教師、スネイプは昨日の宴会でも悪い噂だらけだった。
 スネイプは眉間に皺を寄せ、憎々しげに俺を見ていた。
「えーっと……すんません」
「……早く教室に入りたまえ」
 エリ達は、慌てて教室に入っていった。

「マジ、びびったよ。俺、絶対減点されると思った。だってスネイプって、スリザリン贔屓なんだろ?」
「ええ。噂ではね。この授業がスリザリンと合同じゃないだけ、良かったわよ」
「二人共、授業が始まるよ」
 スネイプが出席を取り始め、エリ達は口を噤んだ。スネイプに減点のチャンスを与えたりしようものなら、いくら減点されるか分かったもんじゃない。
 出席を取り終えると、スネイプはクラスを見回してそれはもう熱く語りだした。オリバンダー並みだ。
「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」
 もう、この辺りからエリは笑い出しそうになるのを必死で堪えていた。
「このクラスでは杖を振り回すような馬鹿げた事はやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。沸々と沸く大釜、揺ら揺らと立ち昇る湯気、人の血管の中を這いめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である――ただし――」
 もう駄目だ。我慢できない。
 エリは隣に座っているハンナを机の下で小突き、ヒソヒソと話しかけた。
「なぁ、昨日の宴会での噂、ちょっと間違ってるんじゃね? この教科教えたくねぇなら、絶対ここまで熱弁出来ねぇって! なんかさ、スネイプってもしや、オリバンダーの親戚?」
 ハンナもオリバンダーの所で杖を買ったようだ。エリがそこまで言うと、ぷーっと噴出した。
 ――あ、ヤベ。
 スネイプの冷たく黒い目が、こちらを向いた。
「如何やら、ミス・モリイは我輩の話を聞く事より、自分が説明する方が適していると考えているようだ」
「いや、別にそういう訳じゃあ――」
「では、モリイに質問するとしよう」
 言い訳さえ聞く余地が無いらしい。
「ベゾアール石を見つけて来いと言われたら、何処を捜すかね?」
「とりあえず、この辺の地理は分からないんで、日本を捜します!」
 エリはにっと笑って答えた。ハッフルパフ生とレイブンクロー生から笑いが起こった。
 だが、スネイプは口元をひくつかせ、更に険悪な雰囲気になっていた。
「ほほーう……では、それを罰則として宿題にしても良いのかね?」
「宿題になったら細かいとこまで調べるから問題ないぜ。母さんにも聞くし」
 ピシッとスネイプの表情が凍ったように見えた。やり過ぎた、と思った時には遅かった。
「……ミス・モリイ。授業の後に残りたまえ」
「……」

「じゃあ、私達、先に温室に行ってるわね」
 ハンナ達は、不安げに何度も振り返りながら、教室を出て行った。
 教室にはエリとスネイプだけになる。エリは恐る恐る、未だに眉間に皺を寄せている先生を振り返った。
「……んで? 何だ?」
「我輩は教師だ。教師には敬語を使え」
「えー。何かと思ったらそんな事かよ」
「減点されたいか?」
「嫌だ。つーか疑問なんだけどさ。さっき、なんで減点しなかったんだ? 減点覚悟で言ったんだけど」
「減点されたかったのかね?」
「だからそうじゃねぇって!!」
 エリは慌てて首を左右に振る。
 少し間を置いて、スネイプは呟くように言った。
「――母親は元気か」
「へ? ああ。毎日黒オーラ振り撒いてるけど……。先生、母さんと知り合いなのか?」
「学生時代、同期だった。――それから、君の双子の姉、シャノンの事だが」
 エリはうんざりした。教師までもが、サラの事を俺に聞いてくるなんて。ダンブルドアに口止めされていなければ、小学校での事を皆に話していたところだ。
 然し、スネイプの質問は他の皆とは違っていた。
「――奴を養女に出したのは、ナミの判断か?」
「え……? さあ……。母さん、サラの事嫌ってるから、多分そうだろうとは思うけど……。
――え!? つーか、なんで俺達の実母が母さんだって知ってるんだ!!?」
 エリ達とサラの関係は、シャノンが孤児院から引き取ってから。世間に知られている関係は、それだけだ。サラを孤児院に預けた母親がナミと言う事など、関係者以外には知らされていない。なのに。
「シャノンの容姿は、貴様らの父親の特徴を継いでいる。貴様ら、双子なのだろう? 自分の子でないのに、奴の子を引き取る筈が無い」
「率直に言ってくれないと意味分かんねぇんだけど。えーと。つまり、父親が分かったから、母親も、って事か? お前、俺達の父親知ってるのか? 誰だ?」
「次の授業開始まであと三分きったぞ」
 エリは慌てて腕時計を確認する。
「お前が引き止めるからだ――――――!!」
 エリは叫びながら、温室へとダッシュした。あの様子では、スネイプも教えてはくれないのだろう。
 でも、いくつか情報は手に入った。放課後、またアリスに手紙を書こう。

 エリが走り去って行き、セブルス・スネイプは意地悪く笑った。
 ナミがサラ・シャノンを嫌っているのなら、彼女の方はポッターと同じく、思う存分、父親の仕返しを奴に出来る。
 ……それにしても、と彼は思う。
 エリ・モリイは、思っていたほど父親似でもないようだ。





「ねぇ、彼女よ」
「どっち?」
「黒髪の方」
「おい、向こうも。あの傷、見たか?」
 ホグワーツ最初の一週間、サラもハリーも、囁き声に付きまとわれていた。
 手を振られたりすれば一応会釈を返していたが、あまりにも多く、流石に金曜日には疲れ果ててしまった。教室を捜すだけでも一苦労なのに、これは辛い。
 エリは小学校での事を誰にも言っていないようだった。恐らく、ダンブルドアが口止めしてくれたのだろう。
 金曜日の朝、ハーマイオニーと朝食をとっていると、エフィーが手紙を持ってきた。
「誰から?」
 ハーマイオニーが覗く横で、サラは急いで封を開けた。
 中には下手な字で走り書きがしてある紙が一枚、入ってた。
「ハグリッドだわ。今日の午後、来ないかって。――ハーマイオニーも来る?」
「ごめんなさい。今日の午後は勉強に集中したいの。だって、噂ではスネイプ先生って沢山宿題を出すって言うんだもの」
 サラはハグリッドに承諾の返事を書き、大広間を見渡した。どうやら、ハリーも手紙を貰ったようだ。
 広間の反対側のテーブルを見れば、エリも他のふくろうから手紙を受け取っている。エリのふくろうは如何したのだろう?

 金曜日の授業は、地下牢教室での魔法薬学だった。スリザリンと合同だ。
 スネイプはまず、出席を取った。ハリーの名前まで来ると少し止まり、猫なで声で言った。
「あぁ、さよう。ハリー・ポッター。我らが新しい――スターだね」
 ドラコ、ビンセント、グレゴリーがクスクスと冷やかし笑いをした。
 ここから、魔法薬学は最悪の授業と化した。
 出席を取り終えるとスネイプはオリバンダーに匹敵するほど魔法薬学について、熱く語った。「本当は魔法薬学を教えたくないらしい」という噂は違う、と思った。この教科も決して嫌いでは無いだろう。
「ポッター!」
 スネイプは突然叫んだ。ハリーが前の方の席でびくりと肩を震わせた。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じた物を加えると何になるか?」
 隣でハーマイオニーが高々と手を挙げた。
 「ハリーが指されているのだから手を降ろした方がいい」と目で合図するが、ハーマイオニーは気づかない。
「分かりません」
 ハリーが答えた。
 スネイプは口元でせせら笑う。
「チッ、チッ、チ――有名なだけでは如何にもならんらしい」
 スネイプはハーマイオニーの手を無視して続ける。
「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけて来いと言われたら、何処を捜すかね?」
 ハーマイオニーは更に高く手を挙げる。
「分かりません」
「授業に来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかった訳だな、ポッター、え?」
 スネイプはハーマイオニーのプルプル震える手を無視し続ける。
「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いは何だね?」
 ハーマイオニーが立ち上がろうとするのを、サラは慌てて椅子に押さえつけた。
 ドラコ達は身を捩って笑っている。サラは思わず、それを睨み付けてしまった。愛想笑いに疲れていたのもあった。
 サラの冷ややかな視線に気づき、ドラコ、ビンセント、グレゴリーはピタリと笑いを止め、表情を強張らせた。
「分かりません」
 ハリーはやけに落ち着いた口調だった。
「ハーマイオニーが分かっていると思いますから、彼女に質問してみたら如何でしょう?」
 サラが三人を睨んでいる間に、ハーマイオニーは立ち上がっていた。教室の天井に届かんばかりに手を伸ばしている。
 数人、笑い声を上げた。当然、スネイプは楽しい筈が無い。
「座りなさい」
 スネイプはぴしゃりとハーマイオニーに言い、そして、隣に座っているサラに目をやった。……まさか。
「では、もう一人の英雄、サラ・シャノンに答えて頂こう」
「はい」
 妙に突っかかる言い方にムッとしつつも、大人しく返事をして、サラは立ち上がった。
 スネイプは若しかすると、サラもハリーと同じように答えられない事を望んだのかもしれない。でも、サラはこの夏中、部屋に閉じ込められていて、朝から晩まで教科書やその他魔法界の本を読みふけっていたのだ。答えられない筈が無い。
「最初の質問ですが、アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じた物を加えると、眠り薬になります。その強力さ故に、『生ける屍の水薬』とも言われていますね。
ベゾアール石は、山羊の胃から取り出す事が出来ます。これは手に入りにくい物ですが、殆どの薬に対する解毒剤となります。
モンクスフードはヨウシュトリカブトの事、ウルフスベーンもトリカブトの一種で黄色い花を付けます。別名、アコナイトとも言いますね。キンポウゲ科の多年草で、根に毒があります。この毒は薬として使う事も出来ますが、素人が扱うには危険ですね」
 言い終え、取ってつけたような笑顔を向ける。
「――如何でしょう?」
「……正解だ。諸君、何故今のを全部ノートに書き取らんのだ?」
 スネイプは苦々しげに言った。
 サラは心の中でガッツポーズをしたが、次に言われた言葉には理不尽さを感じざるをえなかった。
「ポッター、君の無礼な態度で、グリフィンドールは一点減点。シャノン、何故分かっているのに手を挙げなかった。グリフィンドール、一点減点」
 ハーマイオニーが挙げた手は無視しておきながら、そんな理由で減点されるなんて。そもそも、普通は誰かが答える間に手を挙げたりなんかしない筈だ。
 サラは反論しようとしたが、ハーマイオニーに止められた。
「止めた方がいいわ。何か理由を与えたら、いくらでも減点されるわよ。貴女だって、この一週間に溜めた点数を台無しになんてされたくないでしょう?」

 スネイプは生徒を二人ずつ組にし、おできを治す薬を調合させた。サラはハーマイオニーと組もうとしたが、如何いう訳かドラコと組まされてしまった。如何やらドラコが申し出たらしい。さっき睨んだ事で怯えてはいないようだ。それには、ホッとする。
「一週間ぶりだね、サラ」
「……そうね」
 さっきドラコ達はハリーとハーマイオニーを笑っていた。それに腹が立っているのは隠しようが無く、サラは冷たく返してしまう。
 然し、ドラコは特に気にしなかったようだ。
「サラ。一つ、忠告しておく」
 ドラコは角ナメクジを茹でながら言った。
「グレンジャーとはあまり一緒にいない方がいい」
「マグル出身だから? 言った筈よね? 私が誰と一緒にいようと、口出ししないでって」
「それはそうだけど――サラ! 蛇の牙はまだだ! それに、それじゃまだ欠片が大きすぎる」
「あっ。ごめんなさい――」
 サラが再び蛇の牙を砕き出すと、スネイプが回ってきた。
 スネイプはグリフィンドールもスリザリンも、殆ど全員の生徒に注意していた。
「シャノンはまだ、蛇の牙を砕き終わっていないのかね?」
 予想通りの言葉だった。他の所は、何処も蛇の牙は砕き終えている。
「無駄な力を入れ過ぎだ。非常に要領が悪い。道具はもっと丁寧に扱――」
「先生、角ナメクジの茹で具合はこれで良いでしょうか?」
 ドラコが、スネイプの声を遮るようにして声を張り上げた。
 スネイプはまだ何か言いたそうにしながらも、ドラコの鍋の中を覗いた。
 スネイプは、ドラコの角ナメクジには文句を言わなかった。それどころか、スネイプの口から出たのは誉め言葉だった。如何やら、ドラコはスネイプのお気に入りらしい。
 スネイプは生徒達に呼びかける。
「ミスター・マルフォイが角ナメクジを完璧に茹でた。皆、見て手本に――」
 その時、地下牢いっぱいに強烈な緑色の煙が上がり、シューシューと大きな音が広がった。
 向こうから床にこぼれた薬が浸水してくる。サラ達は、慌てて椅子の上に避難した。
 床には、如何やら爆発を引き起こした本人らしいネビルが取り残された。ぐっしょりと薬をかぶり、腕や足のそこら中に真っ赤なおできが噴出し、痛みに呻いている。
「馬鹿者!!」
 スネイプが怒鳴り、杖を一振りしてこぼれた薬を取り除いた。
「大方、大鍋を火から降ろさない内に、山嵐の針を入れたんだな!?」
 爆発だけで原因が分かるとは流石だ。
 スネイプはシェーマスにネビルを医務室へ連れて行かせ、ネビルの隣でロンと作業をしていたハリーを向き直った。
「ポッター。針を入れてはいけないと何故言わなかった? 彼が間違えば、自分の方が良く見えると考えたな? グリフィンドールはもう一点減点」





 三時十分前に城を出て、エリはハグリッドの小屋に向かって校庭を横切った。
 ノックをすると、中から戸を目茶目茶に引っ掻く音と唸るような吼え声が数回、話し声、そしてハグリッドの大声が響いた。
「ファング、待て。退がれ」
 戸が少し開いて、隙間からハグリッドが顔を覗かせた。
「ファング。こっちへおいで」
 聞こえて来た声に、エリは顔を顰める。
 中は一部屋しかなかった。ハムや雉鳥が天井からぶら下がり、焚き火にかけられた銅のやかんには湯が沸いている。部屋の隅にはとてつもなく大きなベッドがあり、パッチワーク・キルトのカバーがかかっていた。
 そして、そのベッドの手前の床には巨大な黒いボアーハウンド犬がいて、小さなサラにじゃれていた。
 サラもいるなんて聞いていない。
「くつろいでくれや」
 エリがサラを睨みながら椅子に座ったところで、戸が外からノックされた。
 ファングはサラの下を離れて扉に飛びつき、吼えながら目茶目茶に引っ掻く。
「退がれ。ファング、退がれ」
 ハグリッドはファングを押さえながら、扉を少し開ける。サラが呼ぶが、ファングは新しい来客から興味を逸らさない。
 エリとサラとでファングを引き離し、ハグリッドは二人、小屋に招きいれた。ハリーとロンだ。
「久しぶりだな! 二人も呼ばれてたんだ」
「エリも久しぶり」
 エリとサラが手を離すと、ファングはロンに飛び掛っていった。動物に好かれるタイプなのだろうか。
「僕は呼ばれていた訳じゃないんだけど――」
「ロンだよ。僕の友達なんだ」
 ハリーが、ハグリッドに紹介した。
 ハグリッドは大きなティーポットに熱いお湯を注ぎ、ロックケーキを皿に載せながらロンのそばかすをチラッとを見た。
「ウィーズリー家の子かい。え? お前さんの双子の兄貴達を森から追っ払うのに、俺は人生の半分を費やしてるようなもんだ」
「あ、それ、今度から俺も加わる予定だからよろしくなー」
「頼む。やめてくれ」
 ロックケーキはせんべいを何十枚も重ねたかのように硬かったが、エリ達はおいしそうなふりをして食べた。食べながら、初めての授業についてハグリッドに話して聞かせた。薬草学はグリフィンドールと合同だが、エリはサラを避けてハリー達にも近づかなかった。
 それから、グリフィンドールは今日が魔法薬学だったらしい。ハリーとサラは、随分と理不尽な目に合ったようだ。エリの時は結局、減点しなかったというのに。
「ハリーもサラも気にするな。スネイプは生徒という生徒は皆嫌いなんだ」
「でも、僕達の事本当に憎んでるみたい」
「馬鹿な。なんで憎まなきゃならん?」
「スネイプ、うちの母さんと同期なんだってよ。母さん、ハリーの両親と同期だっつってたからさ、皆一緒の学年だった訳だろ? 若しかしたら、それが関係あるんじゃね?」
「チャーリー兄貴はどうしてる?」
 ハグリッドがロンに聞いた。
「俺は奴さんが気に入っとった。動物にかけては凄かった」
 明らかに態と話題を変えた。
 ロンはそれに気づかず、チャーリーのドラゴンの仕事を色々と話している。サラも、ドラゴンの話に興味を示しているようだった。
 ハリーはそんな話に興味が無いのか、ティーポット・カバーの下から、一枚の紙切れを引き抜いている。
「何だ、それ?」
 言いながら、エリもそれを覗き込んだ。「日刊予言者新聞」の切抜きだった。「グリンコッツ侵入さる」と言うタイトルが、でかでかと書かれている。
『七月三十一日に起きたグリンゴッツ侵入事件については、知られざる闇の魔法使い、または魔女の仕業とされているが、捜査は依然として続いている。
 グリンゴッツの子鬼たちは、今日になって、何も取られたものはなかったと主張した。荒らされた金庫は、実は侵入されたその日に、すでに空になっていた。
 「そこに何が入っていたかについては申し上げられません。詮索しない方が皆さんの見のためです」と、今日午後、グリンゴッツの報道官は述べた。』
「おい、ハリー、これって……!」
「うん。
――ハグリッド! グリンゴッツ侵入があったのは僕の誕生日だ! 僕達があそこにいる間に起きたのかもしれないよ!」
 ハグリッドはぎくりと硬直した。
「待てよ。ハグリッドさ、あの時、極秘だっつって、厳重な金庫から小さな小包を取り出したよな? あれって、七一三番金庫を空にした事になんねぇか?」
 ハグリッドは明らかに目を逸らした。サラはハリーから記事を受け取って目を通す。
「あー――二人共、ロックケーキのおかわりはいらんか?」

 夕食に遅れないように、エリ達は城に向かって帰っていった。
 大広間まで向かう間、エリ達四人とも始終無言だった。
 グリンゴッツに侵入した犯人が狙っていたのは、あの小包だったのだろうか。あの小包の中は、一体何なのだろう。
 ハグリッドは母さんたちが学生の頃、何があったのか知っているのだろうか。母さん達の学生時代、一体何があったのだろう。
 ……兎に角今は、アリスからの返事を待とう。


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2007/01/08