ぼんやりとした意識の中、サラは声を聞いていた。彼らの会話に、自分達の名前が出ているのが判った。声は、スネイプの物のようだ。ファッジに、サラとハリーを停学処分にするべきだと主張している……。
 うっすらとサラは目を開いた。
 暗い病室を、マダム・ポンフリーがせわしなく動いている。ファッジとスネイプは、医務室の外で話しているようだ。隣のベッドにはエリが寝かせられ、介抱を受けていた。その向こうには、ロンの赤毛が見えた。
 ファッジは、スネイプを宥めていた。
「一番驚かされたのが、吸魂鬼の行動だよ……どうして退却したのか、君、本当に思い当たる節は無いのかね、スネイプ?」
「ありません、閣下。我が輩が追いついた頃には、吸魂鬼は全員、それぞれの持ち場に向かって校門に戻る所でした……」
 スネイプがその時の状況を説明するのを、サラは拳を握り締めて聞いていた。
 では、ペティグリューは逃げ延びたのだ――スネイプは、シリウスが十二年前の犯人だと信じて疑わない。
「おや、目が覚めたんですか!」
 ポンフリーは、ロンのベッドを離れハリーの所へ行った所だった。
 サラが身を起こして見ると、向かい側のベッドでハリーが起き上がり、杖を取っていた。ダンブルドアに会うと話すハリーに、ポンフリーは言った。
「大丈夫ですよ。ブラックは捕まえました。上の階に閉じ込められています。吸魂鬼が間もなくキスを施します」
 サラの顔からさっと血の気が引いて行った。





No.101





 サラはベッドを飛び降りた。
 ハリー、ハーマイオニーも同様だった。エリは動こうとして、声にならない叫び声を上げた。
「無理をしてはいけません! 貴女は腕を骨折しているのですから――」
 聞きつけたファッジとスネイプが、医務室に入って来る。
 サラ達四人は口々にシリウスの無実を主張したが、ファッジは全く取り合ってくれなかった。スネイプは、サラ達が錯乱しているのだとファッジに話す。
「僕達、錯乱なんかしていません!」
 エリが、使える方の腕で布団をはねのけた。歯を食いしばり、出口へと疾走する。
 スネイプが腕を掴み、引き止めた。エリは飛び跳ね、その場に座り込む。余りの痛みに、エリの瞳には涙が浮かんでいた。スネイプは慌てて手を離した。
 遂に、ポンフリーが切れた。二人に出て行けとまくし立てる。とんでもない。スネイプは兎も角、ファッジには何が真実なのか説明する必要がある。
 三つ巴の押し問答をしていると、ダンブルドアが入って来た。
「何て事でしょう!」
 ポンフリーは、爆発寸前だ。
「病棟を一体何だと思っているんですか?校長先生、失礼ですが、どうか――」
「すまないね、ポピー。だが、わしはその子達に話があるんじゃ」
 たった今シリウスと話をして来た、とダンブルドアは話す。ダンブルドアも、スネイプも、ペティグリューの話を彼から聞いたようだ。
 サラはスネイプを睨みつける。こいつは、その話を聞きながらも、無実の者を刑にかけようとしているのか。
 ダンブルドアがポンフリーに頼み込み、ポンフリー、ファッジ、スネイプは出て行った。彼らが出て行った途端、サラ達四人は堰を切ったように話し出した。口々にシリウスの無実を説明しようとする四人を、ダンブルドアは手を挙げて制した。
「今度は君達が聞く番じゃ。頼むから、わしの言う事を途中で遮らんでくれ。何しろ時間が無いのじゃ。
ブラックの言っている事を証明する物は何一つ無い。君達の証言だけじゃ――十三歳の魔法使いが四人、何を言おうと、誰も納得はせん。あの通りには、シリウスがペティグリューを殺したと証言する目撃者が、沢山いたのじゃ。わし自身、魔法省に、シリウスがポッターの秘密の守人だったと証言した」
「ルーピン先生が話してくださいます――ナミだって、本当は子供じゃありません――」
「ルーピン先生は今森の奥深くにいて、誰にも何も話す事が出来ん。再び人間に戻る頃には、もう遅過ぎるじゃろう。シリウスは死よりも惨い状態になっておろう。今眠っているナミも同じ事が言える。
更に言うておくが、狼人間は我々の仲間内では信用されておらんからの。狼人間が支持したところで殆ど役には立たんじゃろ――それに、ルーピンやナミは、シリウスと旧知の仲でもある――」
「でも――」
 更に何か言おうとしたハリーを、ダンブルドアは遮った。今更判決を覆す事は不可能だと、言い聞かせるように話す。
 サラはふらふらとベッドまで戻り、どすんと座り込んで手で顔を覆った。
 ダンブルドアは信じていてくれる。ならば、何とかなるだろうと思った。漸く出会えた父親だったのだ。無実だったのだ。サラを大切に思ってくれる親なのだ。
 ――けれどもう、どうにもならない。
 ダンブルドアは、ゆっくりと口を開いた。
「必要なのは――時間じゃ」
 その言葉に、ハーマイオニーが「あっ」と声を上げる。サラは顔を上げ、ハーマイオニーを見た。ハーマイオニーは真剣な顔つきで、ダンブルドアの話に聞き入っていた。
「シリウスは八階のフリットウィック先生の部屋に閉じ込められておる。西塔の右から十三番目の窓じゃ。
首尾良く運べば、君達は今夜、一つと言わずともっと罪無き者の命を救う事が出来るじゃろう。
ただし、忘れるでないぞ。見られてはならん。ミス・グレンジャー、規則は知っておろうな――どんな危険を冒すのか、君は知っておろう……誰にも見られてはならんぞ」
 エリが当惑した表情でサラを見ていた。サラだって、何の話だか解らない。肩を竦め、ハーマイオニーを見つめる。
 ダンブルドアはサラ達を閉じ込めると言い、謎の言葉を残して医務室を出て行った。
 扉が閉まった途端、ハリーとエリが矢継ぎ早にハーマイオニーに質問する。ハーマイオニーは二人の質問には答えず、首にかけた金の鎖を引っ張り出した。その先に付いている砂時計を見て、サラは「あっ」と声を上げた。
 全てを理解した。ダンブルドアが何を言っていたのか、そしてハーマイオニーが今年どうやって授業を受けていたのか――
「ハリー、サラ、こっちに来て。エリは悪いけどここで待っていて頂戴。その状態じゃ、動けそうにないもの。
二人共、早く!」
 サラはベッドを飛び降り、ハーマイオニーの傍へと寄る。ハーマイオニーは素早く、鎖をサラとハリーの首にも掛けた。まだ尋ねるハリーを無視し、ハーマイオニーは砂時計を三回引っくり返す。きょとんとしたエリの顔を最後に、医務室の景色は溶け去った。

 辿り着いたのは、玄関ホールだった。正面玄関の扉は開き、外から日光が降り注いでいる。箒置き場の中に、三人でぎゅうぎゅう詰めになって隠れる。
 ハーマイオニーは三時間前まで戻ったと言いながら、鎖を外す。書物の絵以外でタイムターナーを見たのは、初めてだ。興味本位に触れようとしたサラの手は、ぴしゃりと払われた。
 三時間前の自分達が通り過ぎるのを息を殺してやり過ごし、ハーマイオニーはタイムターナーについて説明する。
「でも、どうして三時間なの? シリウスが来るには、まだ早いわ……」
 サラは階段の方を見つめる。今から八階に行って、忍び込めと言う事だろうか。今なら、フリットウィックも誰もいないのだろうか。
 ハーマイオニーも、同様に首を傾げていた。この時間、一体何をしろと言うのだろう……。
「サラ、ハーマイオニー、僕達、バックビークを救うんだ!」
 突然、ハリーが言った。サラは眼を瞬く。
 サラの疑問は、ハーマイオニーが口にした。
「ダンブルドアが――窓が何処にあるか、今教えてくれたばかりだ――」
 ハリーは、ダンブルドアが考えていたのだろう計画を二人に告げた。バックビークを救い、彼に乗ってシリウスを助けに行く。シリウスとバックビークを共に逃がす――
 理論としては道理に適っている。だが、本当にそう上手く行くものか非常に不安のある計画だった。
「でも、やってみなきゃ。そうだろう?」
 そう言うなり、ハリーは立ち上がる。
「外には誰もいないみたいだ……さあ、行こう……」
 三人はこそこそと箒置き場を出て行った。石段を下り、温室の方を回り込んでハグリッドの小屋へと向かう。
「待って!」
 温室の陰に入った所で、サラは言った。眼を閉じ、息を整える。
「少し後に、城から外を見る人がいるわ……それまでに森までなんて走れない……」
「少し後? 一体――」
「黙って! 集中させて頂戴。タイミングを計るわ――」
 一分ほど経って、サラは大丈夫だと合図した。再び、森まで駆ける。
 ハリーに続いて、サラも辿り着く。数秒後、ハーマイオニーも木々の間に駆け込んで来た。
 そろそろと森の端を進んで行く。やがて、ハグリッドの小屋の戸口が見えてきた。自分達が戸を叩く音がする。三人は、急いで太い幹の陰に隠れた。
 三時間前の自分達が小屋へと入り、三人はまた進む。バックビークが見える所まで来て、再び身を潜めた。
「やる?」
「だめ!」
 ハリーの問いに、ハーマイオニーがぴしゃりと答える。
「今バックビークを連れ出したら、委員会の人達はハグリッドが逃がしたと思うわ! 外に繋がれている所を、あの人達が見るまでは待たなくちゃ!」
 それからペティグリューが見つかったり、自分達が出て来たりと、時間は過ぎて行った。
 透明マントを被ったサラ達五人が去り、死刑執行人の一行が到着する。半開きになった戸から、小屋の中の会話を聞いて取る事が出来た。
「獣は何処だ?」
「外――外にいる」
 ハグリッドの声はかすれていた。
 マクネアの顔が窓から覗く。サラは息を潜めて、茂みの隙間からそれを見ていた。心臓がバクバクと激しく打っているのが分かった。
「ハグリッド、我々は――その――死刑執行の正式な通知を読み上げねばならん。短く済ますつもりだ。それから、君とマクネアが書類にサインする。マクネア、君も聞く事になっている。それが手続きだ」
 マクネアの頭が窓から消えた。
 ハリーが立ち上がる。
「ここで待ってて。僕がやる」
「……二分あるわ」
 サラは囁いた。そして、同時に立ち上がる。
「私も行くわ。少し先なら、何とか判るもの――」
 ハリーは頷いた。二人は連れ立ってバックビークの所へ向かう。
 サラは小屋の気配を探りつつ、眼を閉じて数秒先を読んでいた。水晶を覗くようにはっきりと視覚情報を得る事は出来ない。それでも、感覚的に危険を察知する事は出来た。
 ハリーは、バックビークを引っ張るのに四苦八苦していた。なかなか動き出そうとしないのだ。
 漸くバックビークが脚を動かした所で、小屋の中から足音が聞こえて来た。ハリーはぎょっと振り返る。
「大丈夫だから急いで!」
 サラは囁くように言った。小屋の中から、ダンブルドアがマクネアを呼び止める声が聞こえた。
 森まであと一メートルの所に来る。
「あと十秒――」
 サラはカウントダウンを始める。ハリーと一緒になって、手綱を引く。ハーマイオニーも木陰から出て来た。
「三――二――止まって!」
 すっぽりと隠れる所まで来ていた。ここなら見える事は無い。音を聞きつけられてはいけない……。
 小屋の戸口が開く。サラ達は息を潜めてその場に佇んでいた。
 何の物音も聞こえない。一時の沈黙の後、委員会のメンバーの声がした。
「どこじゃ?」
「ここに繋がれていたんだ! 俺は見たんだ! ここだった!」
「これは異な事」
 ダンブルドアは、何処か面白がっている風な声だ。
「ビーキー!」
 ハグリッドは声を詰まらせた。
 シュッと風を切るような音。続けて聞こえた、ドサッという物音。マクネアが、斧を柵に振り下ろしたのだ。
 ハグリッドの吼えるような泣き声が響く。すすり泣きながら、ハグリッドは叫んでいた。
「いない! いない! 良かった。可愛い嘴のビーキー、いなくなっちまった! きっと自分で自由になったんだ! ビーキー、賢いビーキー!」
 ハグリッドの声を聞き、バックビークはそちらへ行こうとする。三人は手綱を握り締め、それを押さえていた。

 委員会の者達が去ると、サラ、ハリー、ハーマイオニーはバックビークを連れて移動した。暴れ柳の見える所まで行き、息を潜める。
 ロンが来て、スライディングする。スキャバーズを捕まえたのだ。サラは、今にも飛び出したい衝動を抑えていた――
 ハリー、ハーマイオニー、サラ、ナミが来る。ナミは透明のままで、気配で察知するしかない。シリウスが現れる。シリウスがロンを咥え、引きずって行く……ハリー、ハーマイオニーがそれを追う。直ぐ後に続いてナミが駆け寄る。ハリーが暴れ柳に殴られた。ナミは正面からダイレクトに受け、数メートル吹っ飛んだ。それから、サラが駆け寄って来る。
 散々走り回り、殴られた末、サラ、ハリー、ハーマイオニーの三人は、ロンとシリウスの後を追って木の根元に消えて行った。
 サラ達が隠れているのとは反対側の木立から、エリが駆け寄って来た。サラ達は青ざめた顔を互いに見合わせる。若し、エリが隠れていたのがこちら側だったら……。
 ナミが起き上がり、姿を現した。動き出した木を、エリが杖を向けて止める。ナミは、城へ戻り人を呼んで来るようにエリに言っているようだった。
「エリが言う事を聞いていれば……そしたら、大人の証人がついて来ていたかも知れないのに」
「エリが戻っても、ルーピンかスネイプと鉢合わせしただけだと思うわ」
 エリは、ナミが根元に消えて直ぐに、後を追って行った。
 エリが消えた途端、ダンブルドアらが小屋の方からやって来た。四人が城の階段を上って見えなくなり、暫く誰も来なかった。
 やや間を置いて、ルーピンが来た。
「ルーピンが『マント』を拾ってくれてたらなあ。そこに置きっ放しになってるのに……。
若し、今僕が急いで走って行ってマントを取ってくれば、スネイプはマントを手に入れる事が出来なくなるし、そうすれば――」
「ハリー、私達姿を見られてはいけないのよ!」
「それにあと数秒でハグリッドが来るわ」
 言い終えてから一拍置いて、大きな歌声が聞こえて来た。バックビークが逃げ遂せた事を祝い、一人で宴会を開いていたらしい。
 再び暴れ出すバックビークを、サラ達は必死に引き止める。
 ハグリッドが去って二分ほど経って、スネイプがやって来た。サラは無表情で彼を見つめる。彼さえ来なければ。スネイプさえいなければ、シリウスの罪を主張する者なんていなかったのに……。
 ハリーは、透明マントに触れるスネイプに、悪態をついていた。
「これで全部ね」
 スネイプが消え去り、ハーマイオニーが言った。
「私達全員、あそこにいるんだわ……さあ、後は私達がまた出て来るまで待つだけ……」
 バックビークの手綱を傍の木に括りつけ、サラ達はその場に座り込んだ。
 座り込み、ハーマイオニーは「分からない事がある」と話し出した。あの吸魂鬼は、シリウスの所へと向かっていた。ハリーとハーマイオニーは、シリウスと一緒にいた。吸魂鬼はどういう訳か、シリウスを捕まえられなかったのだ。
 ハリーが、その時の事を話した。どうやらハリーは、ハーマイオニーよりも長い時間意識を保っていたらしい。誰かの出した守護霊が吸魂鬼を払ったのだと、ハリーは話した。ハリーは口篭りつつも、それが父親に見えたと言った。
「ハリー、貴方のお父様――あの――お亡くなりになったのよ」
 ハーマイオニーが躊躇いがちに言う。
 サラは何も言えなかった。サラだって、父親は亡くなったのだろうと思っていたのだ。ホグワーツに入学する前は、母親も会う事が無いと思っていた。しかし、母親はナミだった。父親は生きていた。十二年前に殺されたと言われていたペティグリューも生きていた。ならば、ハリーの父親が生きていても何ら不思議は無いのではないだろうか。
 そして、サラの方も同じ疑問があった。
 サラ達も吸魂鬼に遭遇してしまった。ペティグリューは、あのどさくさに紛れて逃げ出してしまった。サラは、守護霊を出す事が出来なかった。吸魂鬼はサラ達にも接吻を施そうとしていた。けれど今、サラはここにいる。一体誰が、サラ達を救ってくれたのだろうか。

 一時間以上経って、一行は暴れ柳の根元から出てきた。
 ペティグリューを追い駆けたい。捕まえたい。再び沸き起こるその衝動を、サラは必死に堪える。
 この場にいては、狼と化したルーピンが来てしまう。サラ達は、慌ててハグリッドの小屋へと向かった。
「大丈夫……三十分は戻って来ないわ……」
 小屋の中に入り、サラは眼を閉じて言った。
「ねえ、僕、また外に出た方が良いと思うんだ。何が起こっているのか、見えないし――いつ行動すべきなのか、これじゃ判らない――」
 ハーマイオニーがぴくりと眉を動かす。
 ハリーは慌てて言った。
「僕、割り込むつもりは無いよ。でも、サラの能力があっても、具体的には見た方が確実だろ? サラが判るのって、危険が迫る時だけみたいだし――」
「ええ……それなら、いいわ……私達、ここでバックビークと待ってる……。でも、ハリー、気をつけて――狼人間がいるし――吸魂鬼も――」
「……エリの声が聞こえる方へは行ってはいけないわ。狼人間と鉢合わせしてしまう――」
「解った、ありがとう」
 ハリーは再び外に出て行った。
 サラはバックビークの所へ寄り、そっと撫でる。バックビークは再び戻ってくる事が出来て、嬉しそうだった。
 ハーマイオニーは、窓の方へちらちらと視線を送っている。
「……ねえ、ハーマイオニー」
 そわそわと落ち着かない様子のハーマイオニーに、サラはぽつりと呟くように話しかけた。
「ナミとシリウスが別れた理由……聞こえていたわよね?」
「……ええ」
「どっちの言い分が正しいのかしら……。私、今までナミがおばあちゃんを嫌うのに理由があるなんて、考えもしなかった」
 ただ、嫌な養母でしかなかった。
 実の母だと知って、ただ悲しいだけだった。自分は、実の母親に嫌われていたのかと。こちらからも認めまいと思った。
「あの人も、私と同じだったって事よね……。
ねえ、おばあちゃんってどんな人だったのかしら? 私、ずっと優しい人だと思っていたわ……実際、想い出に残っているおばあちゃんはとても温かくて優しいの……大好きだった。でも、ナミの事とか……アラゴグの事とか……冷たい人だと思うような話ばかりで……。それにおばあちゃん、学生時代にヴォルデモートと付き合っていたんですって」
 ハーマイオニーは息を呑んだ。
「そんな――まさか――」
「秘密の部屋で、リドルがそう言ったの。操った訳じゃない、おばあちゃんの意思だったって……」
「リドルって――あの人でしょう? だったら、そんな話信じる事無いわ。貴女を動揺させようと思って言ったのかも知れないし――」
「ナミの話は? アラゴグは? 嘘を吐く理由が無いわ。それにナミの話は、事実だとした方が理屈が合うのよ」
「それは――」
 サラはパッと裏戸の方を振り返った。青ざめた表情のサラに、ハーマイオニーは言葉を途切れさせる。
 サラは、急いでバックビークの手綱を引いた。
「大変――ハリー、目撃されるわ!」

 ハリーを目撃してしまったのは、ハリー自身だった。ハリーが父だと思った人物は、三時間後からやって来た自分自身だったのだ。
「若しかして、私達を助けたのもハリー?」
「いや――君達、何処にいたんだい?」
 ハリーでもないらしい。
 スネイプやマクネアが動くのを見て、サラ達はバックビークの背に乗った。
 授業でバックビークに乗るハリーを見て羨ましく思ったが、実際、乗り心地は良くなかった。箒の方が断然良い。羽ばたく翼の振動が直に伝わってくるし、何しろ尻を打つ。不安定なバランスの中、サラはハーマイオニーの腰にピッタリとしがみついていた。
 城の上階へと飛び、窓を右から数えて行く。
「あそこだ!」
 ハリーが見つけ、窓ガラスを叩いた。
 シリウスは呆気に取られながらも立ち上がり、窓辺へ駆け寄って来る。しかし、窓には鍵が掛かっていた。ハーマイオニーが魔法でこじ開ける。
「ど、どうやって――?」
「乗って――時間が無いんです」
 ハリーは早口に言う。
「ここから出ないと――吸魂鬼がやって来ます。マクネアが呼びに行きました」
 シリウスは窓枠を越え、バックビークの背中に乗り込んだ。サラの腰に手を回し、しっかりと掴む。
 ハリーは慣れた調子でバックビークを上昇させる。
 やがて、四人は西塔の天辺に辿り着いた。すぐさま、バックビークから滑り降りる。
「シリウス、もう行って。早く。
皆が間も無くフリットウィック先生の部屋にやって来る。貴方がいない事が判ってしまう」
「エリ達は――エリとロンとナミはどうした?」
「大丈夫――エリは怪我をしているので置いて来ただけです。ロンとナミはまだ気を失ったままです。でも、マダム・ポンフリーが治してくださるって言いました。早く――行って!」
「何と礼を言っていいのか――」
 サラは黙ってシリウスを見つめていた。
 助ける事が出来た――救い出す事が出来た――逃亡生活にはなるものの、シリウスは自由の身となるのだ。
 シリウスとサラの視線が合う。息が詰まりそうな瞬間だった。
「あの――あの、どうか、無事で――」
「行って!」
 ハリーとハーマイオニーが同時に叫んだ。
 シリウスはサラから視線を外した。ハリーを見て、それからバックビークを空へと向ける。
「また会おう。君は――本当に、お父さんの子だ。ハリー……。
サラ、エリによろしく頼む……」
 バックビークの翼が開かれる。呆然と立ち尽くしていたサラは、ハリーに引っ張られて後ろへと下がった。バックビークは地を強く蹴り、飛翔する――
 徐々に小さくなって行く背中を、サラはじっと見つめていた。ハリーとハーマイオニーも、急ごうとせずに共に見送っていた。
 やがて、サラの父親の姿は見えなくなった。





 エリはぽかんとして眼をパチクリさせる。ハーマイオニーが砂時計を引っくり返した途端、三人の姿はそこから溶けるようにして消えてしまった。
 ぽすんと枕にうつ伏せになる。途端、腕に激痛が走り声にならない悲鳴を上げた。
 怪我が忌々しかった。この怪我さえ無ければ、サラ達と一緒にシリウスを助けに行けたのに。三人は一体、何処へ行ったのだろう。
 考える間も無く、医務室の扉が開いた。
 入って来たのは、サラ、ハリー、ハーマイオニーの三人だった。三人は素早くベッドに潜り込む。ガチャリと鍵を掛ける音がした。
「何で――だって、お前ら今――助けに行ったんじゃ――」
「黙って! 後で説明するわ」
 サラが言った途端、マダム・ポンフリーが事務室から出てきた。
「校長先生がお帰りになったような音がしましたけど? これで私の患者さんの面倒を見させて頂けるんでしょうね?」
 ポンフリーは、次々とチョコを四人に配った。エリはちらちらとサラを見たが、サラだけでなくハリーやハーマイオニーさえそしらぬ顔で、今は何も説明してくれそうには無かった。
 渡された四個目のチョコレートを齧っていると、遠くから怒声が聞こえて来た。廊下に木霊し、医務室まで届いてきている。ただでさえご機嫌斜めのポンフリーは、眉を吊り上げた。
「まったく――全員を起こすつもりなんですかね! 一体何のつもりでしょう!?」
 ファッジとスネイプの声だった。ファッジは、姿くらましだろうとスネイプを宥めている。
「奴は断じて姿くらましをしたのではない! この城の中では、姿くらましも姿現しも出来ないのだ! これは――断じて――何か――ポッターとシャノンが絡んでいる!!」
「セブルス――落ち着け――ハリー達は閉じ込められている――」
 激しい音を立て、医務室の扉が開かれた。
 ファッジ、スネイプ、ダンブルドアの三人が入ってきた。ダンブルドアの表情から、サラ達は成功したのだと判った。
「白状しろ、ポッター! シャノン! 一体何をした!?」
 ポンフリーやファッジの宥める声も、スネイプの耳には入っていない。
「こいつらが奴の逃亡に手を貸した。解っているぞ!」
「いい加減に静まらんか!」
 遂にファッジも大声を出した。
「辻褄の合わん事を!」
「閣下はポッターとシャノンをご存じ無い! シャノンは、奴の娘だ! 理由は十分にある――こいつらがやったんだ。解っている。こいつがやったんだ――」
「もう十分じゃろう、セブルス」
 ダンブルドアが宥め、鍵が掛かっていた事、サラ達がベッドを離れていない事をポンフリーに確認する。スネイプは怒りに満ちた表情で、荒々しく医務室を出て行った。
「あの男、どうも精神不安定じゃないかね」
 ファッジが呆れたように言った。
「私が君の立場なら、ダンブルドア、目を離さないようにするがね」
「いや、不安定なのではない。――ただ、酷く絶望して、打ちのめされておるだけじゃ」
 エリは閉じられた扉から目を離し、ダンブルドアを見つめた。
 スネイプは、ハリーの父親やシリウスを嫌っている。それは、ハリーやサラへの態度にも影響していた。
 だがそれは、本当に学生時代の仲違いだけが理由なのだろうか? 若しかしたら、今回の十二年前の事件も深く関わっていたのではないだろうか――
 やがてダンブルドア達も医務室を去り、何があったのか説明して貰えたのはロンが目覚めた後だった。


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2010/04/04