「喜んじゃいかんのだとは思うがな、何せ、昨晩あんな事があったし」
 ハリー、ロン、ハーマイオニー、サラの四人は翌日には退院し、校庭を歩いていた。湖の傍で出会ったハグリッドは、笑い出すのを抑えようとはしているようだが、どうにも目尻が下がってきている。
「いや、つまり、ブラックがまた逃げたり何だりで――だがな、知っとるか?」
 バックビークが逃げたと喜ぶハグリッドの話を、サラ達は驚いた振りをして聞いた。
 ハグリッドは、校庭の方を眺めながら嬉しそうに話す。
「だがな、朝になって心配になった……若しかして、ルーピン先生に校庭のどっかで出くわさなんだろうかってな。だが、ルーピンは昨日の晩は、何にも食ってねえって言うんだ……」
「何だって?」
「なんと、まだ聞いとらんのか?」
 スネイプが今朝、朝食の席でルーピンが人狼だと漏らしてしまった――つい、うっかりと。
 話を聞くなり、ハリーは立ち上がった。
「僕、会いに行って来る」
「でも、若し辞任したなら――」
「もう私達に出来る事は無いんじゃないかしら――」
「構うもんか。それでも僕、会いたいんだ。後でここで会おう」
 ハリーは、城の方へと駆け出して行った。
「そんじゃ――また――」
 立ち去ろうとしたハグリッドを、ハーマイオニーが呼び止めた。
「ねえ、ハグリッドはサラのおばあさんと親しかったのよね?」
 サラはハッとしてハーマイオニーを見る。それから、ハグリッドを見上げた。
 ハグリッドは眼をパチクリさせる。
「ああ、親しかったぞ。アラゴグやなんかの世話を一緒にやったりなあ……」
「アラゴグが追放されてから、ハグリッドしか会いに行ってないって本当?」
 サラは俯き拳を握り締める。
 昨年、アラゴグ本人から聞いた話。サラの中での祖母の姿が、揺らいだ瞬間だった。
 ハグリッドは、頷いた。しかし続けて言った。
「――あいつは、会わせる顔が無いっちゅうてた」
 サラは眼を見開き、顔を上げる。
 ハグリッドは当時を思い返し、暗い顔をしていた。
「その日はクィディッチの最終試合があってな……あいつは事故で箒から落下して、医務室で眠っちょった。事が起こったのはその間だった……」
「おばあちゃんは、ハグリッドの無実を主張できた筈だわ……」
「ああ、弁護してくれたぞ。だから俺は、ここに残る事を許された。あいつらの弁護があったお陰でもある」
「アラゴグはどうなの? それに、おばあちゃんはリドル――学生時代のヴォルデモートと付き合っていたって!」
 サラは矢継ぎ早に尋ねる。
 ヴォルデモートの名前に、ハグリッドはぎょっとした表情になった。
「バックビークの裁判で、委員会のモンが面白い生き物をどんなに眼の仇にしているか、サラも見ただろう……十三歳の子供二人じゃ、庇いきれんかった。
リドルの事を何処で知ったのか知らんが――学生時代のあいつは、優秀な生徒だった。誰も、今みたいになるとは思わんかった――あいつも一緒だ。それに元々、幼馴染だったから疑おうなんてまず――」
「幼馴染だった!?」
 ロンとハーマイオニーが声を上げる。ハグリッドはしまったと言うように口を押さえた。
「幼馴染だったって事は、リドルから聞いてるわ。彼、騙した訳じゃないって言ったわよ。ヴォルデモートの名前も、その頃から知っていたって――」
「頼むから、その名前を言わないでくれ、サラ!」
 ロンが怯えて叫ぶ。
「リドルはそう言う事が得意だった」
 ハグリッドが言った。
「ばれるような嘘は吐かん。少なくともあいつは、その名前がどんな物になるかまでは知らんかった筈だ。それに――俺が生徒をやっとった頃は、二人はそんな仲じゃなかった。マートルが死んじまって、俺は退学になっちまって、マクゴナガル先生が卒業なさって――あいつの傍にいたのは、奴と健――お前さんのおじいさんだ――の二人だけだったのかも知れん。健の方は、一時期仲違いをしちょったしなあ」
「仲違い? どうして?」
「あいつは健に隠し事をしちょった。あいつと健の仲に嫉妬したんだろう、リドルがそれを話しっちまって――俺さえも知っちょった事だったから、尚更健は怒って――」
「隠し事って?」
 ハグリッドは答えかけ、口を噤んだ。
「――それは、答えられん。少なくとも、俺は判断出来ん。
何にしろ、サラ。お前さんのおばあさんは立派なひとだった。他の誰かが何と言おうと、気にするこたぁねえ。お前さんの心の中にいるあいつを信じてやれ」





No.102





 エリは、一つの扉の前うろうろしていた。
 地下牢教室の直ぐ傍――スネイプの研究室だ。
「『よう、スネイプ!』――いや……『おい! 面貸せ!』――駄目だ駄目だ……『こんにちは、スネイプ先生』――白々し過ぎだろ……」
 果たして、どう声を掛けたものか。
 スネイプは、シリウスを無実の罪で投獄しようとした。ハンナ達の話によると、今朝はルーピンを辞職へ追いやったらしい。クリスマスの事も、疑心が消えた訳ではない。
 それでも、昨晩について礼を言わなければ気が済まなかった。吸魂鬼を追い払った銀の雌鹿。その先にいたのは、スネイプだった。
 それに、このままずっと口を利かないのも嫌だ。
「何の用だ」
「うぎゃああああああ!?」
 突然扉が開き、エリは飛び上がって振り返る。
「こ、ここで会ったが百年目!」
「決闘でもする気か貴様は……。中まで声が聞こえとったぞ」
 呆れたように言いながら、スネイプは廊下に出てくる。その手には、ゴブレットがあった。中には、お馴染みのどぎつい色をした液体が波々と注がれている。
 エリは目を瞬いた。
「どうしたの? それ」
「ナミが目を覚ましたそうなのでな。頼まれた」
「母さんが!? 俺も行く!」
 エリはスネイプの後について医務室へ向かう。
 スネイプの歩みは早く、気を抜くとその背中が遠ざかって行ってしまいそうだった。
「今朝、ルーピンを追い出したんだってな」
「人聞きの悪い。うっかり、口を滑らしてしまっただけだ」
 全く悪びれる様子も無く、淡々と彼は話す。
 エリは、キッとスネイプを睨んだ。
「腹いせか? そんなに俺の親父を豚箱にぶち込みたかったか? 親父は無実だったのに――」
「貴様は騙されているだけだ。
それから、警告しておく。奴が貴様の父親でもあると言う事を、不用意に口外するな」
「あのなあ!」
 エリは声を荒げ、スネイプの前に立ちはだかった。
「お前、あのまま親父が捕まってたら、真犯人永遠に逃す事になってたぞ!」
「……真犯人、だと?」
「だから、昨日からずっと言ってたろ。やっぱり、まともに聞いちゃいなかったのか。
親父は秘密の守人じゃなかった! ペティグリューだったんだよ! あいつは死んでなんかいなかった。ネズミの姿になっていたんだ――この目で見た――」
「何を馬鹿な事を――」
「本当だ。お前が捕まえたいのは、十二年前にサラやハリー達を売った犯人じゃないのか? それとも、ガキの頃のライバルなのか?」
「……見当違いだな。何故、我輩がポッターやシャノンの裏切り者を始末せねばならん」
「俺だってわっかんねーよ。でも、お前の執念は、サラと同じだった」
 スネイプは、あからさまに不愉快そうな表情になる。
 エリはくるりと背を向けた。先に立って、歩き出す。
「困難に対抗するのと、憎しみに任せて復讐するのは、別物だよ」
「十四の小娘が、何を解ったような事を……」
「別にそんなつもりねーよ。
俺、馬鹿だから人憎んだりとかよく解らないけどさ……復讐は、悲しいだけだよ。そんな事に時間費やすぐらいなら、前に進んだ方が良くね?」
 エリは振り返り、二カッと笑う。
 ほんの少し、スネイプの表情が柔らかくなった気がした。

 再びスネイプも歩き出し、エリの横に並ぶ。
 エリは、じとっと横目で彼を見た。
「……そう言えば、スネイプって随分とうちの母さんと仲いいよな」
「そんなつもりは無いが」
 スネイプは涼しい顔で返す。
 エリは口を尖らせた。
「仲いいじゃんか。互いに名前で呼び合ってるしさ。タメったって、グリフィンドールとスリザリンだったのに、まるでサラとマルフォイみたいに――」
「呼び方なら、貴様も好きにすれば良かろう」
「え」
 エリは顔ごとスネイプを振り返り、目をパチクリさせた。
「どうせ、苗字で呼んでいても貴様は『サー』を付ける気が全く無いのだから」
「……本当に? 本当にいいの?」
 エリは目を見開いて尋ねる。
「だって俺、母さんみたいに友達って訳じゃないのに……」
「ナミも友達ではない。奴も、ルーピンも、勝手に名前で呼んできているだけだ。誰が我輩から頼むものか」
「え……ルーピン先生も?」
 エリはぽかんとして繰り返す。
 スネイプは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「図々しい事よ。ポッターやブラックの悪行に、自らも荷担していただろうに……」
 エリはスネイプの話を聞いていなかった。ただ、ホッと息を漏らす。
 ――何だ……そっかぁ……。
 ナミだけが名前で呼び合っている訳ではなかったのだ。そこに、大した意味は無かった。
「セ……セブルスって、呼んでいいんだよな?」
「人前では立場を自覚した言葉遣いを心がけるならな」
「スネイプって呼べばいいんだろ」
「『スネイプ教授』だ! 敬語も覚えてもらいたいものだが……貴様の頭では期待出来んのかも知れんな」
「そんなのもう、今更じゃねーか。――セブルス」
 戸惑いつつも、ぽつりと呼んでみる。何だか、妙に温かな気分だった。
「何だ」
「へっへー。呼んでみただけ」
「……」
「セブルス、セブルス!」
 スネイプはもう、返答しなかった。
 それでもエリは嬉しくて、階段下に辿り着くまでずっと連呼し続けていた。





 湖の畔に座り込み、サラ達はハリーが戻って来るのを待っていた。
 昨晩、シリウス達はここで吸魂鬼に襲われたそうだ。
「でも、本当……私達の所で守護霊を出したのは、誰だったのかしら」
 サラはぽつりと呟く。
 ロンが、靴下を脱いだ脚を湖につけながら振り返った。
「サラじゃないのか? ほら、君って我を失う事がよくあるし……」
「失礼ね。私、記憶が抜け落ちたりはしないわよ」
「ハリーの守護霊が届いたって事は?」
 ハーマイオニーが本から視線を外し比較的現実的な意見を述べたが、サラは首を振った。
「私達がいたのって、ここよりずっと奥の方だったもの。ホグズミード近辺にいた吸魂鬼の通り道だったんだと思うわ」
 言って、サラは校庭の方を振り返る。
 少し離れた所で、ドラコは立ち止まった。
「サラ!」
 名前を呼んで、ドラコは手招きする。サラは立ち上がり、木陰を離れた。
 魔法薬学の授業以外でドラコと話すのは、随分と久しぶりだった。ドラコはやや、気まずげな様子だった。
「ナミ・モリイが目を覚ましたそうだ。それを伝えに来た。
それと――昨晩の事、聞いた……シリウス・ブラックが、また逃れたって……君もその場にいたそうじゃないか」
 最後の台詞は、説教するような声色だった。
 サラは軽く肩を竦めた。
「平気よ。何も危険な事じゃなかったわ」
「そうじゃなくて――」
「それに、私、もうシリウス・ブラックを恨んでなんかいないわ」
 サラは静かに話す。
「心配掛けてごめんなさい……。私の父親は、おばあちゃんやハリーのご両親を裏切ってなんかいなかった。
昨日、会ったのよ。でも彼は、私やハリーを殺すつもりなんて無かったの。私を、愛してくれていた……」
 突然、抱き寄せられた。
 サラは驚き、言葉を失う。顔が火照って来るのが分かった。
「良かった……」
 呟いたドラコの声は、震えていた。サラは度肝を抜かれる。
「ど、どうしてドラコが泣くのよ?」
「別に泣いてなんかない」
 口笛が聞こえた。続いて、バシッと本で殴るような音。ドラコは、慌ててサラを放した。
 確かに、ドラコは涙を流してはいなかった。けれども今にも泣き出しそうに見えて、それが何故なのかサラには理解出来なかった。
 潤んだ瞳で、ドラコは真っ直ぐにサラを見つめる。
「君がおばあさんや周りの奴らを大切に思ってるように、僕も――僕だけじゃない、他の皆も、サラを大切に想ってるんだ。それを忘れるな」
 言い終えるなり、ドラコは踵を返し足早に城へと戻って行った。その背が見えなくなるまで、サラはずっと彼を見つめていた。
 ドラコが坂の向こうに消え、サラは二人の所へ戻って行った。
 案の定、ロンはニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「……何よ」
 ロンが口を開く前に、ハーマイオニーがぴしゃりと言った。
「放っときなさい、サラ。ロンも、余計な口出しはやめなさいよ」
「いやあ、でもそれにしたって――」
 そこへハリーが戻って来て、ロンとサラは口論にならずに済んだ。
「ナミが目を覚ましたんですって」
 サラは、三人にドラコからの伝言を伝える。三人の表情が、ぱあっと明るくなった。
「別に、あの人の事なんてどうでもいいけど……貴方達が行くなら、ついて行くわ」
 サラは腕を組み、一心不乱に湖面を見つめながら言った。

 四人は、連れ立って医務室へと向かった。医務室には、既にエリとアリスが来ていた。ナミはベッドの上で状態を起こし、水を一気に飲み干している所だった。
 アリスは、ナミからかエリからか昨晩の話を聞いたらしい。自分一人だけ置いて行かれたと、腹を立てていた。
 ハリー、ロン、ハーマイオニーはナミのベッドに駆け寄る。
「もう大丈夫なの、ナミ――?」
「ああ、うん。ごめんね、心配掛けて」
 ナミは肩を竦めて笑う。それから、グラスを置き、深く頭を下げた。
「本当にごめん……一年間、ずっと皆を騙していた……」
「そんなの、どうって事無いよ!」
 即座に答えたハリーの言葉に、ナミは目をパチクリさせる。
 ロンはニヤリと笑った。
「正直、未だにナミが大人なんて信じられないぐらいだな」
「でも、これで色々と納得がいくわ。今年編入して来たばかりにしては、どうにもホグワーツについて詳し過ぎたもの」
「これからも――友達だと思っていても、いいかな……?」
 ハリーは不安げに言い、手を差し出す。
 ナミは驚いて三人を見つめていたが、ふっと笑い、ハリーの手を取った。
「当然。ありがとう、皆」
 ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は、ホッと安堵したように息を吐く。
「でも――これから、なかなか会えなくなるかも知れないけどね」
 三人の顔が凍てつく。
「どうして! そんな、ナミまで――」
「私は本当は生徒じゃないから。とりあえず、学期末で転校って事にするつもりだよ。シリウスは貴方達を狙ってなんかいなかったし、ピーターは逃げ出して、あいつの事だからもうここへは戻って来ようとしないだろうからね。それに、仕事もある。今は、ダンブルドア先生のご協力で出張って事にして記憶を誤魔化してるの――もちろん、給料は受け取ってないけど」
「でも、ダイアゴン横丁とかには来るだろう? そうだ! 夏休み、サラ達と一緒にうちにおいでよ――」
 ロンが言ったが、ナミは静かに首を振った。
「ごめんね。――やっぱり私、出来る事なら魔法界から離れていたい。手紙なら出すよ」
 三人は黙り込んでしまう。
 沈黙を破ったのは、サラだった。
「……ねえ。守護霊の呪文を使ったのって……ナミ、貴女?」
 ハリー、ロン、ハーマイオニー、エリ、アリスは驚いてサラを振り返る。それから、一斉にナミに視線が集まった。
 ナミは、頷いた。
「でも、勘違いするんじゃないよ。あの時は、私も危険な状況だったから」
「そんな筈無いわ!」
 アリスが椅子から立ち上がり、声を上げた。
「だって、お母さんもスクイブなのでしょう? スクイブが、魔法を使える筈が――」
「ナミも貴女も、スクイブなんかじゃないわよ」
 サラは、ハーマイオニーに「ねえ?」と同意を求める。ハーマイオニーはやはり、頷いた。
 けれども他のメンバーは、皆、ナミさえもきょとんとしている。
「貴女達、何を言ってるの。私は――」
「本当に『ホグワーツの歴史』を読んでるのは私達だけみたいね、ハーマイオニー?」
「そうね――スクイブは、ホグワーツには入学出来ないのよ」
 ハーマイオニーの言葉に、一同唖然とする。
 サラが続けた。
「それにナミもアリスも、魔法薬学は得意みたいじゃない。スクイブって言うのは、本当に魔法力が全く無いの。魔法薬も出来ないし、箒で飛ぶことも出来ない。ダイアゴン横丁の入口とか、そう言った隠し扉での杖も使えない筈よ」
「そう言えばナミ、ホグズミードへの隠し扉を開けてた!」
 ハリーが思い出したように叫ぶ。
 ナミとアリスは困惑していた。
「嘘……それじゃ……それじゃ、私達は何なの……? どうして、魔法が使えないの……?」
「アリス、本当に魔法が使えないの?」
 サラは驚いて尋ね返す。アリスはうっと言葉に詰まったが、拳を握り締め、言った。
「そうよ……十一月に流された話は、出任せなんかじゃなかった……私、未だにルーモスさえ使えないわ」
「でも、スクイブじゃない。スクイブなんて事は、あり得ない」
 アリスは、すとんと抜け殻のように腰を下ろした。ナミが、深い溜息を吐く。片手で頭を抱え、俯いていた。
「シャノンは、私をスクイブだと言った……どうして……あの人も、知らなかったって言うの……?」
「……正式な意味でのスクイブじゃなくても、劣等生を卑下してスクイブ呼ばわりする事はある。本当におばあちゃんがそう言ったなら、そう言う意味じゃないかしら」
 サラは淡々と述べる。
 今も、昨晩も、ナミの落ち込み方は演技には見えない。本当に、祖母はそう言ったのだろうか。ハグリッドは、祖母は素晴らしい人だったと言ってくれたが……。
「なあ」
 今度はエリが口を開き、サラは彼女に視線を向ける。エリは、酷く動揺し迷っている様子だった。
「あのさ……じいちゃん――母さんの父親って、本当に健って人だったのか?」
「何、言ってるの……? もちろん、本当だよ。どうしたの、突然」
 ナミはきょとんとしながらも答える。
 エリは迷い迷い、話した。
「去年、秘密の部屋で……リドルが、シャノンのばあさんと付き合ってたって言ったんだ。俺の父親は父さんだと思ってたら、シリウス・ブラックだった。それと同じで、隠されてたって可能性は無いか? その――リドルと血の繋がりがある可能性が、あるんじゃないかと思って――」
 ハリーが息を呑む。ロンはぎょっとして目を見開く。アリスは怯え、震えた。
 しかし、サラはあっさりと切り捨てた。
「あり得ないわね」
「何でだよ? そんな、自身を持って――」
「エリ、私の顔を見なさい」
 ナミが言った。エリは困惑顔でナミを見つめる。
「私は父親似だよ。――シャノンとリドルじゃあ、どう考えたって東洋系の顔立ちは生まれないでしょう。シャノンはどちらとも取れたってだけで、決して日本人にしか見えないような顔ではなかった」
「あ……」
 エリはサラを振り返る。
 日本の学校にいて、灰色の瞳だけが浮いていたサラ。けれど、ホグワーツでもすんなり溶け込んでいる。一方、ナミは髪色と顔がちぐはぐな程、東洋系の顔立ちだった。
「なんだあ……」
 エリは安堵の息を漏らす。
 サラは、あまりにも馬鹿馬鹿しい悩みに呆れ返っていた。





 ルーピンがいなくなった事で、多くの生徒が落ち込んでいた。サラ、エリ、アリスも例に漏れなかった。ナミが退院した日、スネイプは早速何かあった様子だった。ハリーやサラに対して今まで異常に嫌悪感が増しているようだが、ナミを見かけるとそそくさと何処かへと消え失せるようになった。
 学期最後の日に、試験の結果が発表された。サラは、全科目合格――魔法薬学さえもギリギリでパスしていた。エリは今回、幾つかの教科は平均点を超え、皆に自慢して回っていた。サラは、大広間でエリがナミとセドリックにウィンクしているのを見た。
 寮杯は当然、グリフィンドールが獲得した。クィディッチ優勝戦の成績が大きく影響したのだ。

 翌日、帰りの汽車でサラはドラコ、ビンセント、グレゴリーと同じコンパートメントに座っていた。
 バックビークが逃げ出した事で、サラはその件についてドラコやルシウスに対しての蟠りは流していた。ドラコはバックビークの逃亡が気に入らなかったが、その事でサラと元通りの仲になれたのは喜ばしい事だった。
「そうだ、サラ。夏休みはいつなら来られそうだろう」
 障壁から少しずつ出て行く為の列に並びながら、ドラコが尋ねた。
 ドラコは、ビンセントがこそこそと出した菓子を取り上げる。これから出そうとしていたグレゴリーも、ストップが掛けられた。
「クィディッチ・ワールドカップより前なら、いつでも平気よ。日本には、何も用が無いもの」
 ドラコはぴくりと眉を動かした。
「――ワールドカップは、もう約束してるのか? ポッター達か?」
「ええ――ハーマイオニー達よ。キャンプするの。そう言うのは、同年齢の女の子もいる方が楽だもの」
 尤もな理由だが、ドラコはどうにも気に入らない様子だった。相変わらず、ハリーへの敵視が激しい。ハリーもサラも、全くそんな気は無いというのに。
「それじゃあまた、連絡するよ。なるべく早く、呼ぶようにする」
「ありがとう」
 サラはぱあっと顔を輝かせる。
 ドラコはふっと微笑った。
「――良かった。また、笑えるようになって」
 順番が来て、障壁を抜ける。ドラコ、ビンセント、グレゴリーは、それぞれの親の元へと帰って行った。
 サラは邪魔にならないように端に避け、上着のポケットから一通の封筒を取り出した。コンパートメントにいる間、届けられた物だ。封筒を運んで来たふくろうはまだあと二通残っていて、直ぐに窓の外へと飛んで行った。恐らく、エリやハリーの所へ行ったのだろう。
 手紙を読み終えたサラは、微笑を零した。便箋をしまい、既に出て来ていたウィーズリー一家やエリ、アリス、ナミの所へとカートを押して行く。今年は珍しく、圭太が迎えに来ていた。三姉妹だけでなく、ナミもいるからかも知れない。
 ハリーとハーマイオニーは、既に家族と帰ってしまっていた。
 ――それでもまた、直ぐに会える。
 会おうと思えば、いつでも会えるのだ。互いに会いたいと言う気持ちがある限り、何処にいても繋がっていられる。友達とは、そう言うものなのだ。
 シリウスもきっと、直ぐに会える。何かあったら、彼はきっとサラ達の所へ飛んでくるだろう。そうでなくても、居場所が分かり次第、こちらから行ってやる。長期休暇は、シリウスと遠い国で過ごすのも良いかも知れない。スリルのある生活は慣れている。
 アリスが気付き、大きく手を振る。サラは小さく片手を挙げて答えた。
 そして、九と四分の三番線への障壁を振り返る。旅立ちは、ここからだった。三年前まで、サラの周りには誰もいなかった。希望を抱き、向かったホグワーツ。たったの三年間で、色々な事があった。これからも、色々な事があるだろう。占い学の試験で見たような、不安な出来事も現実の物となるかも知れない。
 それでも、今は。
 友達がいる。彼氏がいる。姉妹がいる。親がいる。決して友達ではないけれど、時に信頼出来るようなよく分からない子もいる。
 サラは前に向き直り、皆の集まる中へと入って行く。
 ――私は、幸せだ。
 今、サラは自信を持ってそう言える。


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2010/04/05