「そんな事って――本当に!?」
 夕食の時、ハーマイオニーにマクゴナガル先生に連れて行かれた後の事を話すと、ハーマイオニーは目をまん丸に見開いてサラを見つめた。彼女は思わず持っていたフォークを取り落とし、サラの左手元に置かれたグラスに当たって水面が揺れる。
「凄いわ、サラ。だって、一年生は駄目だって――確か、一年生の選手ってここ百年はいないわよね?」
「ええ。私の祖父母も学生時代、クィディッチ選手だったんですって。ハグリッドもマクゴナガル先生も言ってたわ」
「へぇぇっ。
でも、ハリーも? だって彼は、先生の言いつけを守らなかったのよ? それなのに、罰を受けるどころかそんなご褒美を貰うなんて――あらっ。マルフォイ達だわ」
 言って、ハーマイオニーは押し黙った。自然、ハリー達が何を話しているのか聞こえてくる。
「ポッター、最後の食事かい? マグルの所に帰る汽車にいつ乗るんだい?」
 そう言いながら、ドラコはちらりとサラの方を見た。
 目が合って、サラはあたかもステーキ・キドニーパイに集中しているふりをした。それから右手で、グラスを取る。
「地上ではやけに元気だね。小さなお友達もいるしね」
 先生達がいる前では何も出来ないと分かっていて、ハリーは笑顔で言った。
 ……ハリーはこんな人だったろうか。
「僕一人でいつだって相手になろうじゃないか。ご所望なら今夜だっていい。魔法使いの決闘だ。杖だけだ――相手には触れない。
如何したんだい? 魔法使いの決闘なんて聞いた事もないんじゃないの?」
「もちろんあるさ」
 ロンが口を挟んだ。
「僕が介添人をする。お前のは誰だい?」
 ――「介添人」って大げさな。
 ドラコはビンセントとグレゴリーの大きさを比べるように見た。
「クラッブだ。真夜中でいいね? トロフィー室にしよう。いつも鍵が開いてるんでね」
 そう言って、ドラコはビンセントとグレゴリーを従えてスリザリンのテーブルへ戻っていった。態々ご苦労な事だ。
「またあの人達は……!」
 ハーマイオニーはハリーとロンを睨みながら呟き、席を立った。
「ちょ……っ、ハーマイオニー?」
 サラも席を立ち、ハーマイオニーについて行った。





No.12





 ハーマイオニーは、二人の所まで行き、会話に割って入った。
「ちょっと、失礼」
「まったく、ここじゃ落ち着いて食べる事も出来ないんですかね?」
 ハーマイオニーはロンを無視する。
「聞くつもりは無かったんだけど、貴方とマルフォイの話が聞こえちゃったの……」
「聞くつもりがあったんじゃないの」
「夜、校内をウロウロするのは、絶対駄目。若し捕まったらグリフィンドールが何点減点されるか考えてよ。それに捕まるに決まってるわ。まったく、なんて自分勝手なの」
「まったく大きなお世話だよ」
 更に何か言おうとするハーマイオニーを、サラは遮った。
「別にいいじゃない。捕まらなければいいって事でしょう? 何とかなるわよ」
「サラまで! 捕まるに決まってるじゃない!」
「大丈夫よ。だって、気配がしたら逃げればいいだけじゃない」
「気配?」
 ロンだ。
「ええ。――皆も分かるでしょう? 魔法使い同士の気配って言うか、波長って言うか……」
「分からないよ! サラは分かるの?」
「待って。サラ――まさか、貴女まで二人について行く気?」
「だって、そうすれば先生方が近付いてきたら分かるわ。厄介なのはフィルチとミセス・ノリスよ。フィルチって、如何いう訳かそういう気配が無いのよね……」
「そんなの、奴が根性悪だからさ。生徒を捕まえる事を生きがいにしてるんだもの、普段から気配は消す筈さ。
でも、そっか。それなら大丈夫じゃないか。うん、見つからないよ!」
「駄目よ! そうやって気配を消されたら分からないんでしょう!? 見つかるに決まってるじゃない!」
「いい加減にしてくれよ」
「バイバイ」

 食事を終えると、ハリーとロンが「作戦を練ろう」と言ってやってきた。ハーマイオニーは、怒って先に行ってしまった。
 サラは深い溜め息を吐いた。
 ハーマイオニーの言う事も尤もだ。フィルチに見つかるという可能性もあるし、物音を立てていれば、誰か先生が気配を隠してやって来る可能性も充分にある。
 それでも、サラは疲れていた。小学校であった出来事を悟られぬように、再び同じ事にならぬように、誰にも愛想を振り撒いて。その上、ハーマイオニーはピリピリしている事が多い。
 息抜きがしたかった。そう思っていると、気がついたらあんな事を言っていた。
「呪いを防ぐ方法は忘れちゃったから、若し呪いをかけられたら身をかわせ。――サラ、覚えてる?」
「ええ。盾の呪文があるわ。でも、一年生のレベルじゃないわね……。練習する事も出来ないし、やっぱり身をかわすのが得策かも」
「あと、さっきハリー、杖を振っても何も起こらなかったら、って言ったけど、マルフォイがそれで殴りかかってくる可能性もあるな」
「流石に、自分から言っておいてそれは無いでしょ。でも、一応マグル式のも護身用に覚えた方がいいかしら……談話室で、投げ技でも教えようか?」
 結局、それは出来なかった。
 その時、呼び止める者がいたのだ。
「サラ!」
 振り返れば、ドラコがそこにいた。ビンセントとグレゴリーを従えていない。
 ハリーとロンはドラコを睨みつける。
「何の用だい? サラはグリフィンドールなんだから、決闘前にグリフィンドール側を応援するぐらい構わないと思うけど?」
「君達に用は無いさ。サラ、ちょっと来い」
 そう言いながら、ドラコは強引に私の右腕を引っ張る。
「行くわよ。だから、そんなに引っ張らないで。――じゃあ、ハリー、ロン、後でね」
 掴まれていない方の手を二人に軽く挙げ、サラはドラコについて行った。
 ドラコはサラの右腕を掴んだまま、ずんずんと歩いて行く。
 階段を上り、二階まで上がる。
「ねぇ、ドラコ? 一体、何処まで行くの?」
「医務室だ」
「……え」
「左手、動いてないじゃないか」
「……」
「さっき、飲み物を取る時も皿の左にあるのに、態々右手を使っていただろう」
 まさか、気づかれているとは思わなかった。
 利き手ではないから、特に不便ではないし周りの人なんて分からないだろうと思っていたのに。
「……別に、動かない訳じゃないわ。ただ、動かすとちょっと手首が痛くって……」
「如何して直ぐ医務室に行かなかったんだ」
「そしたらネビルがいるでしょう? 大した事ないのに気を負わせたら悪いわ。別に、明日一日ぐらいなら何とかなるもの」
 今度はドラコが黙り込んだ。

「ほら、やっぱり! 数十メートルも落下してきた人を受け止めて無事な筈がないですよ! 直ぐに医務室へ来るべきでした!」
 医務室には、もうネビルはいなかった。
 マダム・ポンフリーはぶつぶつと言いながら、サラの左腕を診る。
「でも、大した事は無いんですよね? 捻挫ですか?」
 ドラコが、ポンフリーに確認するように言った。
 ポンフリーは難しい顔をする。
「何処が捻挫なもんですか。肘から先、全体が痛むのでしょう? 若しかするとひびが入っているのかもしれません」
「全然『ちょっと』じゃないじゃないか!!」
 ドラコはサラに怒鳴り、それから不安そうにポンフリーを振り返る。
「治りますよね?」
「ええ、もちろんですとも。今、薬を持ってきます。数時間もすれば完治しますよ。――ミスター・マルフォイ、貴方は寮へ帰っていた方が良いでしょう」
「でも――」
 如何言う訳か、ドラコは帰る事を渋る。
「門限を過ぎる事になりますからね。夜とは言え、校内なんですから大丈夫ですよ」
「いいわよ、帰って。どうせ、待ってくれても階段の所で別れるんだし。ビンセントとグレゴリーも待ってると思うわよ」
 サラの言葉に、何故かポンフリーは苦笑していた。
 苦い薬を飲んでようやく腕が完治し、サラはグリフィンドール寮へと帰っていった。時刻はもう、十一時半。ハリーとロンは行ってしまっただろうか。
 八階の廊下まで来ると、話し声が聞こえてきた。ちょうど、これから行く所みたいだ。良かった、間に合った。
 だが――
「皆、これから行く所? 如何してハーマイオニーとネビルまでいるの?」
「わっ」
「サラか……驚かせないでよ」
「サラ、貴女今まで何処に行ってたの? 門限はとっくに過ぎてるわよ!」
「ハーマイオニーも如何して、門限を過ぎてるのにここにいるの?」
「太った婦人が何処かへ行っちゃったのよ。私も貴方達に同行するわ。もしもフィルチに見つかったら、貴方達が証人になるのよ」
「しーっ。――早く行こう。時間になっちゃう」

 トロフィー室には、ドラコもビンセントもまだ来ていなかった。
 トロフィー棚のガラスが所々、月の光を受けてキラキラと輝き、カップや盾などが暗がりの中で時々瞬くように金銀にきらめいた。
 サラ達は部屋の両端にあるドアから目を話さないようにして、壁を伝って歩いた。
「遅いな。たぶん、怖気づいたんだよ」
 ロンが囁くように言った。
 サラは違った意見を持った。ドラコは、若しかしたら――
 その時、隣の部屋で物音がして、サラ達五人は飛び上がった。ドラコではない。
「いい子だ。しっかり嗅ぐんだぞ。隅の方に潜んでいるかもしれないからな」
 それは間違えようもなく、フィルチの声だった。ミセス・ノリスに話しかけているのだ。
 サラ達は音を立てずに、フィルチとは反対側のドアへと急いだ。最後にサラが部屋から出て、間一髪、フィルチがトロフィー室に入ってくるのが聞こえた。
「何処かこの辺にいるぞ。隠れているに違いない」
「こっちだよ!」
 ハリーが耳打ちし、先頭に立って鎧が沢山飾られた長い回廊を這っていく。サラ達もそれに続いた。
 フィルチがどんどん近付いてくる――ネビルが、恐怖のあまり突然悲鳴をあげ、闇雲に走り出した。躓いてロンの腰に抱きつき、二人揃ってまともに鎧にぶつかって倒れこんだ。城中の者が起きてしまうのではないかと言うほどの凄まじい音が響く。
「逃げろ!!」
 ハリーが声を張り上げ、サラ達は回廊を疾走した。
 フィルチに妨害の呪文をかける暇も無ければ、追って来ているかどうかを振り返る暇も無い。何処を如何通っているのかも分からない。ただ、前の者について駆けて行く。
 隠れた抜け道を通り、出た所は呪文学の教室の近くだった。トロフィー室からは大分離れたようだ。ただ……フィルチの抜け道の知識に勝る者は、恐らくフレッドとジョージだけだ。
「フィルチを巻いたと思うよ」
 壁に寄りかかり、額の汗を拭いながらハリーが息を弾ませて言った。ネビルは体を二つ折りにしてゼイゼイ咳き込んでいる。サラは顔に張り付いた髪を払い、ハンカチを出して汗を拭く。
「だから――そう――言ったじゃない」
 ハーマイオニーが胸を押さえて喘ぎ喘ぎ言った。
「グリフィンドール塔に戻らなくちゃ、出来るだけ早く」
「そうね。――フィルチの抜け道の知識は馬鹿に出来ないもの」
「マルフォイに嵌められたのよ。ハリー、貴方も分かってるんでしょう? 初めから来る気なんか無かったんだわ――マルフォイが告げ口したのよね。だからフィルチは誰かがトロフィー室に来るって知っていたのよ」
 ハーマイオニーの言う事で間違いないだろう。如何してもっと早く気づけなかったのだろう。ドラコは医務室で、サラを待つと申し出た。トロフィー室に行く気なんて無かったからだ。待っていたら、時間に間に合わないかもしれないのだから。
 ハリーは答えなかった。
「行こう」
 それから、ほんの十歩も進まなかった。
 ドアの取っ手がガチャガチャ鳴り、教室から何かが飛び出してきた――ピーブズだ。
 ピーブズは、五人を見ると歓声を上げた。
「黙れ、ピーブズ……お願いだから――じゃないと僕達、退学になっちゃう」
 ピーブズが生徒のいう事を聞いたなんて事、今までに一度も見た事が無い。今回も例外ではないだろう。
「真夜中にフラフラしてるのかい? 一年生ちゃん。チッ、チッ、チッ、悪い子、悪い子、捕まるぞ」
「黙っててくれたら捕まらずに済むよ。お願いだ。ピーブズ」
「フィルチに言おう。言わなくちゃ。君達の為になる事だものね」
 ピーブズの目が意地悪く光った。
「どいてくれよ!」
 ロンが怒鳴り、ピーブズを払いのけようとした。
 これが大間違いだった。
「生徒がベッドから抜け出した! ――呪文学の教室の廊下にいるぞ!」
 サラ達はピーブズの下をすり抜け、命からがら逃げ出した。
 然し、廊下の突き当たりでドアにぶち当たってしまった――鍵がかかっている。
「もう駄目だ!」
「おしまいだ! 一巻の終わりだ!」
 足音が聞こえた。ピーブズの声を聞きつけたフィルチが、全速力で走ってくる。
 ここから届くだろうか……。
「インペディメンタ!」
 閃光が闇の中へと消えていった。
「サラ! 杖を貸して!」
 言いながら、ハーマイオニーはサラの杖を引ったくり、鍵を軽く叩き、呟いた。
「アロホモラ!」
 カチッと鍵が開き、ドアがパッと開いた。
 サラ達は折り重なってなだれ込み、急いでドアを閉めた。ドアにピッタリと耳をつけ、外の様子を伺う。
「あの悪餓鬼共め! どっちに行った? 早く言え、ピーブズ」
 如何やら、呪いは届いたらしい。声の位置が少し遠い。
「『どうぞ』と言いな」
「ゴチャゴチャ言うな。さあ連中はどっちに行った?」
「どうぞと言わないなーら、なーんにも言わないよ」
 ピーブズはいつもの変な抑揚のある癇に障る声で言う。
「仕方が無い――どうぞ教えて下さい」
「なーんにも! ははは。言っただろう。『どうぞ』と言わなけりゃ、『なーんにも』言わないって。はっはのはーだ!」
 ピーブズがひゅーっと消える音と、フィルチが怒り狂って悪態をつく声が聞こえた。
 サラはホッと息を吐き、そのままドアにもたれかかった――そして、固まった。
 なんて事だろう。退学になる恐怖を味わい、それが違ったと思えば、今度はフィルチ。それが去ったら――今度は三頭犬?
 そうだ。呪文学の教室の廊下の突き当りと言えば、立ち入り禁止の廊下だ。何故、立ち入り禁止なのか分かった。これがいるからなのだ。
 否、これがいるからなのだろうか? それならば、何故一年生でも開けられるような鍵を付けているのだろう。このような生き物を城に閉じ込めておく理由があるだろうか。
 そして、気がついた。三頭犬の足元に扉がある。と言う事は――
「サラ、早く!」
 ハリーに首根っこを掴まれ、サラがドアの外へ出るのと、サラのいた所に三頭犬の首の一つが飛んでくるのが同時だった。思えば、サラの杖はハーマイオニーが持ったままだったのだ。一歩遅ければ死んでいた。
 顔から血の気が引くのを感じながら、サラは皆と一緒に再び全速力で走った。

 やっと太った婦人の肖像画まで辿り着き、サラ達は息を吐いた。
 太った婦人はサラ達の様子を見て驚いた。
「まあ一体何処に行ってたの?」
「何でもないよ――『豚の鼻』、『豚の鼻』」
 息も絶え絶えにハリーがそう言い、肖像画はパッと手前に開いた。
 サラ達はやっとの思いで談話室に入り、肘掛け椅子にへたり込んだ。
 あの犬はなんだったのだろう? 誰の飼い犬? 否、飼う人がいるのだろうか。
 それよりも、あの扉は何だったのだろう。仕掛け扉?
 仕掛け扉の存在や、鍵が簡単に開いた事からして、あの三頭犬が鍵の役割を果たしているに違いない。本当の扉はあの仕掛け扉だ。
 すると、あんな所に守られているものは何だろうか?
 何だろう……そうだ。ハグリッドだ。
『何か大切な物を仕舞っておくには、グリンゴッツが一番安全な場所だ。ホグワーツ以外ではな』
 七一三番金庫からハグリッドが出した小さな小包。やはり、狙われた金庫は七一三番金庫だったのだ。
 では、あの小包の中は具体的に、一体何なのだろう?
 然しその時、ロンが不意に口を開いて、思考が中断された。
「あんな怪物を学校の中に閉じ込めておくなんて、連中は一体何を考えているんだろう。世の中に運動不足の犬がいるとしたら、まさにあの犬だね」
「貴方達、何処に目を付けてるの? あの犬が何の上に立ってたか、見なかったの?」
「床の上じゃない? 僕、足なんか見てなかった。頭を三つ見るだけで精一杯だったよ」
「扉でしょ、ハーマイオニー」
 ハーマイオニーは頷いた。
「ええ。何かを守ってるのに違いないわ」
 それから、キッと全員を睨み付けた。
「貴方達、さぞかしご満足でしょうよ。若しかしたら皆殺されてたかもしれないのに――もっと悪い事に、退学になったかも知れないのよ。では、皆さん、お差し支えなければ、休ませて頂くわ」
 ハーマイオニーは肩を怒らせて、女子寮への階段を上がっていった。
「お差支えなんかある訳ないよな。あれじゃ、まるで僕達があいつを引っ張り込んだみたいに聞こえるじゃないか、ねえ?」
 誰もロンの言葉に答えなかった。
「殺されてたかもしれない――もっと悪い事に、退学になったかもしれない……か」
 サラがぽつりと言うと、ロンがすぐさま反応した。
「それもだよな。殺されるより、退学になる方が悪いって言うのか?」
「……」
 答えられなかった。
 サラにとって、退学になるという事は、再びあの世界へ戻されるという事だから。攻撃され、攻撃するしかない、あの世界へ。
 ハーマイオニーは親から手紙を貰っているから、恐らく親とは仲違いしていない。でも、何かあったのだろうか――?


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2007/01/10