クリスマスの朝。サラは何かの気配で、日が昇る前に飛び起きた。
そこにいたのは、枕カバーを身に纏った妙に耳と目の大きな生き物だった。
「――何……、貴方、誰?」
ベッドから降りながら尋ねれば、それまで固まっていたその生き物はビクッと反応し、壁に突進していった。
「ドビーは悪い子! ドビーは悪い子!!」
唖然としているサラを他所に、その生き物――ドビーというのが名前だろうか――は、自分の頭を激しく壁にぶつけ始めた。
サラは慌ててドビーを壁から引き剥がした。ドビーは慌ててサラから逃げようとする。
然しサラは放さなかった。じっとドビーを眺める。ドビーは冷や汗たらたらだ。
「えーっと、ドビー? って、言うの? 貴方、前に私と会った事ある?」
「無いのでございます! ドビーは、初めてサラ・シャノンに出会ったのでございます!!」
ドビーは千切れるのではと思うほど、首をぶんぶんと振る。
サラは首を傾げた。何となく、見た事がある気がする。だが、それが何処でだか思い出せない。
「ドビーめは、サラ・シャノンのお世話をする事を許されていないのです。会う事を許されていないのです。ですが、ドビーめはサラ・シャノンにお会いになりたかったのでございます!」
「世話?」
サラがそう尋ね返すと、ドビーは誇らしげに胸を張った。
「ドビー達のような屋敷僕妖精が、家事を任せられていらっしゃるのです。でも、ドビーめはサラ・シャノンと会ってはいけなかったのです。ですが、ドビーめはこの部屋の担当の僕妖精と交代なさって、眠っている間にサラ・シャノンに会おうと思ったのです!」
そう早口で捲くし立てると、再び壁へ突進していこうとした。
だが、腕はまだサラにつかまれたままで、その場にずべっと仰向けに転ぶ。
「ごめん! ――大丈夫?」
恐る恐る声をかけると、ドビーはその大きな目いっぱいに涙を浮かばせた。
何が気に障ったのか分からず、サラはただおろおろとする。ドビーは、身につけている汚らしい枕カバーで鼻をかんだ。
「サラ・シャノンが……ドビーめに『大丈夫?』だなんて……『ごめん』だなんて……」
「……何か、気に障った?」
そう優しく声をかけたが、逆効果だった。ドビーはわーっと泣き出す。
見つかってはまずいのではなかったのだろうか。何故かサラの方が、他の部屋に聞こえてないかと扉の方を気にする。
困惑して黙り込んでいると、ドビーは直ぐに泣き止んだ。
如何やら、余計な事は言わないようにした方が良いようだ。
「ドビーめは、そろそろ自分の仕事に戻るのです。そしてオーブンで耳を挟むのです」
「そんな事しなくていいわよ」
サラは我慢できずに慌てて口を挟んだが、ドビーは首を振った。
「ドビーめは、自分で罰を与えるのです。本当は会ってはいけなかったのです」
「それじゃあ、如何して来たの? 別に、貴方に会いたくなかったなんて意味じゃないんだけど……」
「サラ・シャノンは、英雄の一人です! ドビーめは知ってらっしゃいます。サラ・シャノンは『例のあの人』を、ハリー・ポッターと共に打ち破ったと――」
「じゃあ、会ってはいけないのは如何して?」
ぴしっとドビーの表情が凍った。大きな目玉を泳がせる。
「それは言ってはいけないのです。言う事は出来ないのです!」
そう叫ぶと、ドビーはパッとその場からいなくなった。
厨房へと戻り、ドビーはサラの部屋へ言った事を心底後悔した。まだ寝ているだろうと思ったのに。まさか、こんな時間に起きてしまうとは思わなかった。
駄目だと言われていたのに――ただの野次馬で――言いつけを守るべきだったのだ。
サラ・シャノンが思い出さなかっただけ、良かった。だが、思い返せば余計な事も言ってしまった。
サラ・シャノンが思い出せば、最悪の事態だ。オーブンどころではない事をしてしまった――
No.19
完全に目が覚めたサラは、着がえると、部屋の片隅にまとめて置いてあるプレゼントの包みを開け始めた。
最初に開けた重みのある四角い包みは、ハーマイオニーからだった。以前からハーマイオニーに聞いていて、読みたいと思っていた本だ。
次に開けた物は、ハリーとロンからのクリスマスカードだ。ちょっとした魔法がかかっていて、カードを開けた途端、金色の光が部屋中に広がった。ロンの兄の双子辺りに伝授してもらったのだろうか。
ハグリッドからは、小さなアルバムだった。何だろう、とページを捲ってみる。写真の中から、二人の少年と一人の少女が手を振っていた。少年の片方は、誰だか分からない。日系の顔だ。もう一人の少年は、他の二人の倍は大きい。その小さな黒い瞳には、見覚えがあった。そして、少女はサラにそっくりだった。白黒写真では、違うのは髪形ぐらいで、その少女は長い髪を一つに結んでいた。
――おばあちゃん……?
確かに、見れば見るほどサラと似ていた。これなら、五十年も前だろうにハグリッドが「直ぐに分かった」のも頷ける。
やはり、ハグリッドは祖母と仲が良かったのだ。この三人でいつも一緒にいたのだろうか。
他にも、祖母と他の子が映っている写真ばかりだった。ハグリッドも一緒の物が多かった。ハグリッドがいない写真は、恐らく撮る側だったのだろう。
数ページしかないそのアルバムをゆっくりと眺めていると、部屋のドアを叩く音がした。ドラコだ。
サラは開けた包みをそのページに挟み、ドアの方へと小走りに向かった。扉を開けると、サラはドラコを部屋の中へと招き入れる。
「メリー・クリスマス、サラ」
「メリー・クリスマス。プレゼントを開けてたところよ。それでね……これ、見て! ハグリッドからなの。やっぱり、おばあちゃんと仲が良かったのよ!」
サラはベッドの上に広げていたアルバムを取り上げ、ドラコに手渡した。アルバムから、写真が一枚ひらひらと落ちた。
しゃがみ込んで拾い上げる。それは、他の写真とは少し大きさが違った。それに、マグルの写真だった。
映っているのは六人の少年少女。祖母、ハグリッド、日本人らしき男の子、眼鏡の女子上級生、背が高く顔も良い男の子、そしてマートル。
マートルとも仲が良かったらしい。すると、マートルが死んだのは、祖母の在学中と言う事だろうか。
「サラ、それは?」
サラが拾い上げた写真に気づき、ドラコが問いかけた。
「アルバムから落ちてきたの。若しかしたら、プレゼントじゃないのに紛れ込んだのかも」
そう言いながらサラは写真を手渡したが、ドラコはそれを一目見るなりつき返した。
「マグルの写真じゃないか。本当に動かないんだね。変なの。――僕からのはもう開けた?」
「まだよ。えーっと……これね」
一目で分かった。他のどのプレゼントよりも飾りが上品で、いかにもお金がかかっていそうだ。
ドラコからのプレゼントは、ネックレスだった。やはり高そうだが、無駄に煌びやかな訳でもない。種類は分からないが丸い宝石が、一つの三日月に挟まれたようになっている。
「この間ダイアゴン横丁に行ったときに買ったんだ。一人で選んだから、どんなのがいいか分からなかったけど……気に入ってもらえたかい?」
「もちろんよ! なんか、私には凄くもったいない気がするぐらいよ。ありがとう」
ドラコはホッとしたように笑った。
サラは早速そのネックレスを付け、次の包みを開けた。ドラコほどでは無くとも、これもそれなりにお金をかけていそうな包みだ。それは、グレゴリーからだった。本だ。
もう一つ、同じようにお金がかかっていそうな包みを開けると、それはビンセントからだった。ビンセントからのも本で、しかもグレゴリーと全く同じ本だという事にはサラもドラコも笑った。
大きな包みは、ロンの母親からだった。厚い手編みのセーターと、大きな箱に入ったホームメイドのファッジだ。恐らく、ロンが気を利かせてサラが他に貰う当てが無い事を、自分の母親に言ってくれたのだろう。
ドラコは見て見ぬふりをし、もう一つのプレゼントを「あれは?」と指差した。
その時、窓の方からコツコツという音がした。手紙を足で挟んだめんふくろうが、嘴で窓を叩いている。
ドラコが歩いていって窓を開けた。めんふくろうはすいーっと入ってくると、サラの横にあるベッドに手紙を落とし、勝手にエフィーの籠に残った餌をついばみ始めた。エフィーはまだ帰ってきていない。
そのめんふくろうは、シロだった――差出人はアリスだったのだ。
「嘘……アリスから手紙が来たわ!」
「アリス?」
ドラコはふくろうが出て行けるように窓を開けたまま、こちらへ戻ってくる。
「妹よ。アリスも、お母さん達と同じで、私を嫌っていた筈なんだけど……」
サラは語尾を濁しながら、恐る恐る封を切った。
中には両親からの早めのお年玉で、五百円玉一枚。それから、便箋が入っていた。丸みを帯びたアリスの字体。
『この手紙が着くのは、クリスマスごろになるかしら。
知ってるかもしれないけど、エリは休み中、うちに帰ってきています。エリの話を聞いて思ったけど、ホグワーツが本当に楽しみだわ。
サラ、ホグワーツでは「報復」をしてない、ってエリから聞いたの。少なくとも、小学校ほどは。それで、皆と上手くやってるって。
それを聞いて安心したわ。考えてみれば、サラ自身も、クラスでイジメられてた可能性もあるのよね。そうだったんじゃない?だから、あんな事してたのかなって……悪循環してたのかなって。
でも、これからは違うものね。0からのスタートだものね。
あたし、サラの話も聞くべきだったんだわ。反省してる。
これからは、サラの妹ってことをほこりにできたらいいなって思うの。日本ではもう無理だろうけど、来年からはホグワーツだもの。
ああ、なんかもう、何が言いたいんだか自分でもわからなくなってきちゃった……
つまりね、サラが夏休みに帰ってくるの、あたしは楽しみに待ってるってこと!
アリスより』
読み終えて、自分の目が潤んでいる事に気がついた。サラは慌てて、眠いふりをして誤魔化す。
ドラコは手紙を覗き込み、首を捻っていた。文章が日本語で書かれていて良かった。小学校での事にも触れているのだから。
「何だって?」
ドラコは、心配したようにサラの顔を覗き込んできた。
サラはにっこりと笑い返す。
「アリス、私の事嫌いじゃないって。夏休みに私が家に帰るのを、楽しみにしてるって!」
「良かったじゃないか! ――その妹は、エリみたいな奴じゃないだろうね?」
「ええ。寧ろ正反対のタイプね。来年、ホグワーツなのよ。楽しみ――あら。まだプレゼントがあるわ」
広げられた包装紙の下に半分隠れながら、小さな包みがあった。
誰からだろうか。もうこれ以上、思い当たる人物はいない。
首を傾げながら、サラはその包みを拾い上げた。几帳面に包装された包みを取ると、小箱が出てきた。ドラコからのネックレスの箱よりも小さい。何が入っているのだろう。
中に入っているのは、銀製の小さな鍵だった。
鍵と一緒に、丁寧に折りたたまれたメモが一枚入っている。サラはそれを広げた。英語で書かれていた。
『貴女の祖母から預かっていました。二年後、貴女がその場所を見つける事を願います。そこには、貴女に必要な物が揃っている事でしょう。』
ただ、それだけだった。差出人の名前も無い。
「その場所、って?」
「さあ……私も分からないわ」
サラはもう一度、その文章を読み返した。
この差出人は祖母の友人だろうか。
真っ先にハグリッドが頭に浮かんだ。だが、違うだろう。ハグリッドの字とは全く違う。
次に浮かんだのはマートルだったが、でもマートルはペンを持つ事が出来ない筈だ。
この鍵は、何処の鍵なのだろう……祖母に関する所なのだろうか。サラは、ぎゅっとその鍵を握り締めた。
その九時間前、日本ではエリの部屋の壁に大穴が開いていた。
原因は、フレッドとジョージからのクリスマスプレゼントだった。すぐさま日本の魔法省の人達が呼ばれ、エリは両親にこってりと絞られた。
エリは、窓に次々と何か硬いものを投げつけているかのような騒音で目を覚ました。カーテンを開けると、沢山のふくろうが窓をぶち破らんばかりに突進を繰り返していた。
エリは慌てて窓を開け、ふくろうは部屋へと雪崩れ込んできた。皆、部屋のそこかしこにクリスマスプレゼントの包みを落とすと、白々明けの空へと去っていった。
ハンナ、ジニー、ハーマイオニー、アーニー、スーザン、ジャスティン――ハッフルパフの一年生は皆――ハグリッド、ハリー、ロン、フレッドとジョージとリー。
悪戯仲間三人からのを、何の警戒も無しに開けたのがまずかった。包みを明けた途端、赤と黄色の煙がもくもくと溢れ出し、突然弾けて壁を突き破ったのだ。エリは暫く呆気に取られ、そこへナミ達が駆けつけたのだった。
ハンナからは、髪飾りのセットだった。櫛やらも一緒になっていて、なかなか実用的だ。リボンやカチューシャは使わないだろうが、ゴムはいつも髪を結んでいるから使える。
ジニーからは、本。サラが読んでいるような小さい字の分厚いのではなく、クィディッチ関連の面白い本だった。あとでじっくり読む事にしよう。
ハーマイオニーからは大鍋ケーキ、クリスマスバージョン。ハリーとロンからはクリスマス・カードだった。彼らは、外へ買いに行く事は出来ないからだろう。
アーニーからは砂糖羽ペンの袋詰め。スーザンからも本で、こっちは箒の選び方とかの奴だった。机の上に丁寧に置かれた箱は、高そうなクリスマスケーキ。ジャスティンからだ。
ハグリッドからは木彫りの置物で、他の人達からはお菓子が殆どだった。
「おーい、アーニー!」
煙突飛行で漏れ鍋に入ってきたアーニーに、手を振って合図をする。アーニーは、真っ直ぐこちらへやってきた。
昼食の後、エリは昼寝に就いた。ダイアゴン横丁で、皆と遊ぶ約束をしていたからだ。寝ぼけて前みたいな事を繰り返す訳にはいかない。
「メリー・クリスマス、エリ」
「メリー・クリスマス! ……ジャスティンは一緒じゃないのか? なんか、一緒に鉄道で行こうとか話してたけど」
「ああ……ジャスティンは来られなくなったらしいよ。親の仕事の取引先が家に来るとかで。家族皆でもてなすんだってさ」
それから暫く待ったが、ハンナとスーザンは現れない。時計を見れば、そろそろ二十分も経とうとしている。
「遅いな、ハンナとスーザン。二人の事は何か聞いてる?」
アーニーは首を左右に振った。
「何も。でも、二人もマグルの鉄道を使ってみようとか話し合ってたよ。若しかしたら、乗り遅れとか何か間違っちゃったりしたのかも――どうする?」
エリは再び時計に目をやった。
「それじゃ、先にどっか行っとくか。俺、クィディッチ専門店見てみたいんだ」
エリ達は、店の人に二人への伝言を頼んで、パブの裏の小さな中庭に出た。
アーニーが杖を取り出し、ゴミバケツから数えて煉瓦を叩く。みるみるとアーチが出来上がり、エリとアーニーはダイアゴン横丁へと足を踏み入れた。
クリスマスという事もあってか、ダイアゴン横丁は人が多い。ローブを着てとんがり帽子を被った人が沢山いるのを見ると、まるでホグワーツにでも帰ってきたような気分になる。
「そう言えばさ、エリって日本から来てるんだよね? 一体どうやって来てるんだい? 日本の家には暖炉なんて滅多に無いらしいし……マグルの交通機関じゃ、何時間もかかるだろう?」
「母さんの実家から来てるんだ。暖炉は無いけど、囲炉裏っつって似たようなのがあってさ。そこから漏れ鍋に来て、ホグワーツに行く時は漏れ鍋からマグルのを利用してるよ。――っと。店、通り過ぎそうになってるぜ」
エリ達は人混みを掻き分け、通りの反対側にあるクィディッチ専門店へ入った。ここも、人で溢れている。
クィディッチ専門店では箒を眺めたり、寮対抗の事を話したりして過ごした。サラとハリーが使っているニンバス2000は、今年の夏に出た人気な箒らしい。
アーニーが贔屓のプロチームのポスターを買って、二人は店を後にした。
フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店やちょっとした雑貨屋などを暫くぶらぶらして、エリ達は一休みしようという事になった。
喫茶店に入ろうとすると、店の中に見覚えのある顔が二つ。
エリは他の席に着こうとするアーニーの服の袖を引っ張った。
「なぁ、あれ、ハンナとスーザンじゃないか?」
「え? ――ほんとだ。やっと来れたんだ」
エリとアーニーは、店の奥で窓の外を見ながら話し込んでいる二人へと近付いていった。
ある程度まで近付くと、こちら側を向いていたスーザンが気がつき、ハンナの肩を叩いてこちらを示した。
「エリ! アーニーも一緒だったのね。ごめんなさい。マグルの鉄道を使ってみようとしたんだけど、迷っちゃって……人が多いから、会えるなんて思ってなかったわ」
「本当にごめんなさい。漏れ鍋のバーテンに聞いたんだけど、貴方達、結構待ってたって……」
「いいよ、気にすんなって。丁度時間が時間だし、昼飯にするか?」
「そうだね」
エリ達は二人のいる席に着き、店員を呼んだ。
マルフォイ夫人が用意してくれたドレスを着て、サラはドラコと一緒に一階の広間へと降りていった。
広間は何処かの貴族かと思われるような人達で溢れかえっている。親について来た子供達も、明らかにスリザリン生、又はスリザリンに入るであろう子ばかりだ。
「僕は、父上が挨拶をしている間その傍にいるから、この辺で待っていてくれないか?」
「ええ」
サラは頷くと、隅の壁にもたれかかった。ドラコは人混みの中へと消えていった。
何処も彼処も、いかにもスリザリンな人ばかりだ。
マルフォイ氏の挨拶が終わったが、ドラコはなかなか現れない。きょろきょろと辺りを見回していると、ピンクのレースがふりふりと付いたドレスを着た女の子と目があった。
彼女はじろじろとこちらを睨み付けていて、目が合うとサラの方へと肩を怒らせてドスドスと歩いてきた。
「どうしてグリフィンドールの貴女がここにいるのよ!」
サラの正面に立つと、パンジー・パーキンソンは噛み付くように言った。
パグ顔は怒りで更に歪んでいる。
「こんばんは。私がここにいるのは、ドラコに呼ばれたからよ」
サラの愛想笑いは、パーキンソンを更に怒らせたようだった。
「貴女ねぇ! もう少し、立場を弁えるべきだわ!! いくらシャノンの養女だとしても、別にその才能を受け継いでいる訳じゃあるまいし! この際、言っておくわ。いい加減、ドラコに言い寄るのは止めてくれる? 目障りよ! 貴女はマグル出身のグレンジャーやなんかと、馬鹿騒ぎしていればいいのよ!!」
パーキンソンは一気に言い終えた。
サラは思わず溜め息を吐き、パーキンソンを横目で見る。
「別に、言い寄っているつもりも無いわよ。もうちょっと、要点をまとめて話してくれないかしら? 何が言いたいのか分からないわ」
「目障りだって言ってるんじゃない! 私は、ドラコとは家族ぐるみの仲なの。婚約者も同然なんだから!」
「そう。貴女、ドラコの事好きなのね。なら、良かったじゃない。――で?」
「『で?』って……貴女――」
ふと、パーキンソンは押し黙った。
ドラコがようやく来たのだ。
「ごめん、サラ! 何人かの挨拶に、父上と一緒に回っていて――やあ、パンジー」
「メリー・クリスマス、ドラコ。ドラコの正装、素敵ね! 流石だわ。今ね、シャノンとお喋りしていた所なの。シャノンったら、日本から遥々やってくるなんてねぇ……尊敬するわ。ああ、もちろん、私だって遠くに住んでいたとしても来るけれど。でも、シャノンは他寮じゃない? それに、ほら、マグル出身のグレンジャーや、貴方に何かと突っかかってくるポッターやウィーズリーと普段は一緒にいる訳だし?」
つまり、遠まわしにサラは来るなと。
サラが呆れて物も言えないでいると、ドラコはその裏に気づいてか気づかずか、あっさりと返した。
「それなら問題無いよ。サラは休暇中、うちに泊まっているから」
この事実は、パーキンソンに並々ならぬ衝撃を与えた。
パーキンソンは目を丸く見開き、口を金魚のようにパクパクと動かし、そして声を振り絞るようにして尋ね返した。
「まさか――ドラコ、そんな――本当に?」
「ああ。元々、サラは学校に残るつもりでいたらしいしね。日本から来るのも大変だし、それならうちに泊まらないかって聞いたんだ」
パーキンソンは唇を噛んでふるふると怒りに震えていたが、ぱっと踵を返し、人混みの中へと去っていった。
ドラコはきょとんとした様子で、サラを振り返った。
「……僕、何か悪い事を言ったか?」
「さあねぇ……」
サラは目を逸らしながら答えた。
翌日の朝、朝食の席にはパーキンソンの姿があった。流石に予想だにしなかった事で、サラもドラコも驚いてその場で固まった。
先に我に返ったのは、サラだった。
「え……? なんで、貴女が……ここに……!?」
「おはよう、ドラコ、サラ。昨日の晩、ドラコのお父様とうちのお父様が話し合ってね、私も今日から休暇中はこの家に泊まる事になったのよ」
パーキンソンのサラへの呼称がファースト・ネームに変わっている。
経過を聞かされてもサラはやはり驚きが隠せず、その場に立ち竦んでいた。何だか、嫌な予感がする。
「へぇ……驚いたよ。昨日、言ってくれれば良かったのに」
「だって、驚かそうと思ったんだもの。サラも、よろしくね」
パーキンソンはそう言って、にっこりとサラに笑いかけた。
サラは無理に笑顔を返す。
「ええ……」
パーキンソンはドラコを好きらしい。
だから、サラがドラコと仲が良い事に嫉妬するのも分かる気がした。サラだって、もし好きな人がいたりすれば、その人物が他の女の子と仲が良いのは嫌だろう。
けれど……。
当たり前だろうけど、パーキンソンは行動の殆どをドラコと共にした。サラとドラコが話していたとしても、必ず間に割って入り、気がつけばサラは話に入れないでいた。
ひしひしと、疎外感を感じざるを得なかった。
そして、パーキンソンがマルフォイ家へ来て二日目の夜。パーキンソンがサラの部屋へ来た。
「……何か話があるの?」
部屋へきてもなかなか話し出そうとしないパーキンソンに痺れを切らし、サラの方から問いかけた。
パーキンソンは笑みを浮かべていた。
「ちょっと、貴女に言っといてあげようと思って。この二日間だけでも、貴女気づいたでしょう? 貴女はそろそろ、日本の家に帰るべきだわ」
「私が日本へ戻るか、ここに止まるかは、貴女が決める事じゃないわ」
「ええ、そうね。でも、私は親切心で言ってあげてるのよ? ここにいたって、貴女は結局余所者だもの。貴女がグリフィンドールに入った時から、貴女はドラコの隣にいるなんて事は出来ないって決まったのよ。頭の良い英雄のサラ・シャノンなら、これだけ言えば、分かるでしょう?」
「……」
サラは表情を変えず、黙りこくっていた。
必死だな、などと暢気な思いも浮かびつつ、流石にどうしてパーキンソンにここまで言われなくてはいけないのかと思った。
パーキンソンは調子に乗り、更に続けた。
「ああ、若しかして日本に帰りたくないのかしら? 貴女、あの家の子じゃないものね。でも、だからってドラコに甘えるのはどうかと思うわ。日本に帰りたくなくて、パーティーに参加したいなんて言うなら、漏れ鍋にでも泊まってればいいじゃない。それぐらいのお金、あるでしょう? ドラコの家に泊まるなんて、図々しいも程があるわ。グリフィンドールのくせに。
――いい? ここに貴女の居場所は無いのよ」
そして、パーキンソンは言いたい事を全て言ったのか、部屋を出て行った。
ここに私の居場所なんて無い――それぐらい、分かっている。ここは、サラの家ではないのだから。
でも……それでは、サラの家は一体何処なのだろう? サラの居場所は、一体何処にあるのだろう?
サラが親に嫌われているのは、実の子でないからではない。サラは、ナミの子だ。だけど、嫌われているのだ。あの家に私の居場所は無いのだ。
確かに、パーキンソンの言う通り甘えているのかもしれない。ドラコやその両親の優しさに。
しかし、サラはグリフィンドール生なのだ。パーキンソンのように、家族ぐるみで仲が良い訳でもないのだ。
サラは、ここにいる訳にはいかない――
翌朝、ドラコは父親からその知らせを聞き、愕然とした。
……サラが、荷物と共にいなくなった。
「そんな……冗談だろう!?」
「冗談ではない。彼女の部屋に掃除に入った屋敷僕妖精が、彼女と彼女の荷物が全て無くなっている事に気づいた。嘘だと思うなら、見に行くがいい。煙突飛行ネットワークが使用されたかどうか、今調べさせている所だ。私は仕事に行く。後はナルシッサに聞きなさい」
ルシウスが言い終える前に、ドラコはサラの泊まっていた部屋へと駆けて行った。
部屋にサラの持ち物は何も無く、がらんとしていた。
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The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
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2007/02/17