「魔法魔術学校……?」
サラは奇妙な客人の言葉を繰り返した。魔法なんてものがこの世に存在するだろうか?
だが、それなら納得できる。自分の周りで起こった奇妙な出来事。そして、サラの持つ「力」。
「じゃあ……それなら、私が出来るのは魔法?」
サラは思わず、そう呟いた。
五十三年前、全く同じ事を言った者がいるなんて知らずに。
No.2
サラの言葉に、ダンブルドアは僅かに眉を動かした。
「君はどんな事が出来るのかね?」
聞かれて、サラは言いよどむ。
サラの代わりに、エリが叫ぶように言った。
「『報復』だ! こいつ、変な力使ってクラスメイトを殺そうとした!!」
「殺そうとなんてしてないわ!」
「ベランダから落とす事の、何処が殺そうとしてねぇんだよ!」
「ベランダから落とす? 如何いう事かね、サラ?」
ダンブルドアはサラに尋ねる。エリが答えようとするが、ダンブルドアが目を向けると黙った。
嫌だ。エリやナミ達のいるような所では話したくない。
だが、ダンブルドアはじっとサラを見つめている。
サラは、ぽつりぽつりと話し出した。
「……本当なんです。殺そうとはしていません。終業式の前日の朝……吊るし上げを食って、それで、ベランダから、落とされたんです」
歯を食いしばり拳を握る事で、何とか震えを押さえる。
祖母の死に方と同じ……。
「落ちて……無事でした。それで……私、その、怒っていたもんですから、それで、落とした子達を同じ目に……。でも、死なないようにしました! 地面に落ちる前に浮かせて……!」
「まあ、ベランダから落とされた事によって、君が興奮してしまったのは仕方が無いじゃろう」
「な……っ。こいつは人を殺そうとしたんだぜ!?」
「話を聞いたなら君も分かっておるじゃろうが、殺そうとはしてない」
ダンブルドアの言葉に、エリはぐっと詰まる。
そして、サラを真っ直ぐに見つめた。
「じゃが、言うておこう。君が今まで使ってきた魔法は、本来ならば許されぬ使い方じゃ」
――知っている。
ダンブルドアは、サラが今まで何をしてきたか知っているのだ。
でも、それならサラは如何すれば良かったと言うのだろう。周りは敵。守ってくれる人など、誰もいない。それなら、自分の身は自分で守るしかない。
ダンブルドアはにっこりと微笑んだ。
「兎に角、サラも座りなさい。長い話になるのでの。今までの君を責めるつもりは無い。特に、そのベランダの話はの。自分の祖母の殺され方と同じ目にあったのじゃから、仕方あるまい」
「おばあちゃんを知ってるの!?」
「座りなさい」
サラは急いで空いている椅子に座った。
祖母の話をしてくれる人は今まで一人もいなかった。どのような話でも、聞きたい。サラが覚えているのは、まだ小学一年生の頃の記憶だから。
サラが座ると、ナミが口を開いた。
「サラとエリの入学の話ならば、断った筈ですが。私は、あの学校を逃げました。それなのに関わりたくありません……」
「わしの思い違いでなければ、君が逃げ出したのは大切な友人のいる学校からではなく、君を娘と認めなかった君の母親からだと思ったがの?」
並みは俯き、黙り込んだ。
ダンブルドアはサラとエリに向きなおる。
「先ほども言ったが、わしは魔法学校の校長じゃ。そして、君達を勧誘に来た。君達は魔女なのじゃ」
「俺も!?」
「左様、エリもじゃ」
「でも……俺は、サラみたいな事は何も……」
「思い出してみるのじゃ。君の周りでも、何かおかしな事は無かったかの? サラは魔力が強いから、その分事件も大きかったことじゃろう。それによって目立たなかったかもしれんが、君の周囲でも何かあった筈じゃ。君達の両親は魔法使いなのじゃから、君達が魔法使いでない筈が無い」
サラは目を見開き、両親を振り返った。
サラが口にするよりも、エリの方が早かった。
「マジで!? 母さんと父さん、魔法使いだったのか!!?」
「……父さんは、魔法使いじゃない」
躊躇いがちに、圭太が言った。ナミは唇を噛んでいる。
サラは、ダンブルドアの言葉を整理していた。ダンブルドアは、サラとエリを魔法学校に勧誘しに来たと言った。サラ達は魔法使いなのだと。……二人の両親は、魔法使いだったから。
「先生、『君達の』って事は、私とエリって事ですよね? つまり、私とエリは同じ親……?」
「そうじゃ」
これは、エリにとって衝撃的事実だったに違いない。
サラも、エリはこの家の子だとばかり思っていた。それが、違ったと言うのか。エリも養女だったのか。
エリは「嘘だろ……」と言ったきり、黙り込んでしまった。
「嘘では無い。サラとエリは、全く同じ親から生まれてきた双子じゃ。然し、ナミはサラを孤児院に預けてしまった。ホグワーツでの母親による傷がそうさせたのじゃろうと、わしは思うが――」
「待って下さい」
サラは、ダンブルドアの話を遮った。
「すみません。えっと――この人が、私を預けた? 如何いう事ですか? 私とエリの実母は、この人――?」
「なんと。それさえも話とらんかったのか! サラもエリも、ナミの子じゃ」
「それじゃあ、あたしは!? あたしは何か、そういった事は――?」
「アリスは私と圭太の子だよ。他の誰の子でもなくね」
如何言う訳か、アリスはがっかりしたように見えた。
サラは直ぐに、気のせいだろうと思いなおす。実の親に捨てられたなんて事を羨ましいと思う筈が無い。
「サラは、孤児院に預けられた。サラの魔力は強い。恐らく、それがナミがそうした理由じゃろう。ナミは、ホグワーツと関わりを絶とうとしたのじゃな。しかし、それを君達の祖母、つまりナミの母親が引き取ったのじゃ」
「お母さんの母親? おばあちゃんは、お父さんの継母じゃないんですか?」
「確かに、そうでもある。何故なら、彼女はナミを捜そうと日本へ来て圭太の父親と出会い、再婚したからじゃ。ナミの父親、つまり君達の祖父じゃが、彼はナミがホグワーツに編入してきた日、亡くなってしまった」
ダンブルドアは、悲しそうに首を振りながら続けた。
「話を戻そう。君達の祖母はサラを引き取り、ゴドリックの谷で暮らしていた。――ヴォルデモートに襲われるまでは」
その名前に、ナミが息を呑んだのが分かった。
サラは「ヴォルデモート?」と聞き返し、エリは何を如何間違ったのか「オルデメント?」と聞き返した。
「サラっ! その名前を言うんじゃない!」
ナミが叱咤したが、ダンブルドアが片手を挙げて黙らせた。
「いや、言うべきじゃ。名前を恐れれば、その者への恐怖心も煽る事になる。
二十年前、彼の最盛期じゃった。闇の時代じゃ。誰が味方で、誰が敵なのかも分からん。立ち向かう者は殺された。君達の祖母は執拗に追われていた。彼は、彼女を仲間にしたがっていたのじゃ。じゃが、彼女は屈しなかった。
そして十年前のハロウィーンの日、サラ達の住んでおった村にヴォルデモートが現れた。彼はまず、サラ、君を殺そうとした……じゃが、それは叶わなかった。君は、その力でヴォルデモートの呪いを、僅か一歳にして跳ね返した。一瞬の隙に、君の祖母は君を連れて日本へと逃げた。そして、この家で暮らし始めた……」
「最盛期『だった』?」
「ヴォルデモートは、次に襲った者によって、その力を打ち砕かれたのじゃ。その時、その家には他にポッター一家がおった。一人息子とその両親じゃ」
「リリーとジェームズ……?」
震える声で呟いたのは、ナミだった。
ナミは真っ青だ。
「じゃあ……二人は……『例のあの人』に殺されたの……? シャノンは……その場にいて……助けないで、逃げたの……?」
「その事は、彼女もずっと自分自身を責め続けておった」
「責めるべきだ! 信じられない……あれほどの力を持っていながら……シャノンがその場にいたなら、助けられたかもしれないのに……!!」
「彼女には、サラを守るので精一杯じゃった。ナミ。例え彼女でも、向かうところ敵無しという訳ではない。戦闘能力だけで言うなら、彼女は決してヴォルデモートより勝ってはおらなんだ。彼女を責めるべきではない」
「……」
「ヴォルデモートは君達を追うのを後にし、彼ら家族に襲い掛かった。まず、ジェームズとリリーを殺し、そして、その息子のハリーに手をかけた――しかし、ハリーもまた、ヴォルデモートの呪いを跳ね返したのじゃ。跳ね返った呪いはヴォルデモートに当たり、彼は打ち砕かれた。その子はハリーというのじゃが、ハリーに残ったのは額の傷だけじゃった」
アリスが話にそぐわぬ明るい声で言った。
「それじゃ、その男の子よりサラの方が強いのね。だって、サラは何の傷も受けなかったもの!」
「これは、強い弱いの問題ではない。サラもハリーも、ヴォルデモートの呪いが効かなかった、という事が異例なのじゃ」
沈黙が、その場を支配した。
暫くして口を開いたのは、ナミだった。
「……ハリーは今、どうしてますか? シャノンからは、リリーの妹の家に預けられたと聞きましたが……リリーの一家は、マグルですよね? 両親なら問題ありませんが、妹は確か、リリーが魔女だと知ってからあまり口を利いてくれないって……」
「左様。予想はしておったが、あの一家は手紙から逃げ回っておる。今、ハグリッドが追っているところじゃ。二、三日の内に捕まえるじゃろう。そうしたら、サラとエリの学用品の買出しは、ハグリッドに案内してもらおうかと思っておる。良いかね?」
圭太が慌てて言った。
「待って下さい! 我々は、入学はお断りする、と返事を出した筈です!」
「確かに、受け取った。然し、子供達の意見を尊重せんとのう。
サラ、君は恐らくホグワーツへの入学に依存は無いと思うが?」
「当然です! でも――そこって、イギリスなんですよね? 英語はお母さんやおばあちゃんの影響で喋れるので問題ありませんが、登校は如何やって――?」
「ホグワーツは全寮制じゃ。夏休みと冬休みにのみ、帰宅が許される。冬休みは学校に残る事を選ぶ事も出来る。イギリスへは、君達の祖父の家から『漏れ鍋』へ煙突飛行をすれば問題無いじゃろう。そこからキングズ・クロス駅へ行き、汽車でホグワーツへ向かうのじゃ」
目の前に、その素晴らしい遠出が見えるかのようだった。
この家を出る事が出来る。サラが「化け物」ではない世界があり、そこへ行く事が出来るのだ。
「私達は、サラの為にお金なんて一銭も払いませんよ」
ナミの抗議を、ダンブルドアはさらりとかわした。
「問題無い。君が放棄した事によって、君の母親の遺産は全て、養女であるサラの物となったからの。
――エリ、君は如何するかね? 察するところ、君はマグルの学校に大切な人達もいるし、親と長く離れるのも嫌かもしれんが――」
「行く――俺も、ホグワーツに行きます。休みには帰ってこれるんだろ――ですよね? だったら、離れても大丈夫だ、です」
普段から言葉遣いが悪いものだから、敬語に慣れていないのがありありと分かる。
エリは、両親に向きなおった。
「えーと……そういう訳で、俺も行きたいんだけど……俺の分は、出してくれるよな? その、金をさ」
「如何して行きたいのか、聞いてもいい?」
「サラの監視」
間髪入れず答えたエリの言葉に、サラは思いっきり顔を顰めた。
「……ってのもあるんだけど。でも一番の理由はやっぱ、魔法ってのを使ってみたいからかな。絶対、中学校より面白そうじゃん?」
「そうかな」
「そうだって! 母さんはマグルの学校の成績如何だったのか知らねぇけど、俺の、分かってるだろ?」
「魔法学校だって、杖を振る勉強ばかりじゃないよ」
「それでも、行ってみたい」
ナミは、ふーっと長い溜め息を吐いた。
「分かったわ。好きにしなさい」
「よっしゃぁっ!!」
エリはガッツポーズをする。
アリスが、ダンブルドアの方へと身を乗り出した。
「先生! あたしは? お母さんは魔法使いなんですよね? じゃあ、あたしもですか? あたしもホグワーツに行けます?」
「もちろんだとも。じゃが、君は来年じゃ。ホグワーツは九月までに十一歳になる者が、その年の一年生として入学できるのじゃよ」
「来年かぁ……」
「寂しかったら、俺が手紙書いてやるよ! なんなら、ホグワーツの便器でも送ろうか?」
校長の目の前で、窃盗予告。
しかしダンブルドアは怒らず、寧ろ笑顔だ。
「如何やらエリは、君達にそっくりのようじゃな? ナミ?」
ナミはニヤッと笑った。
今日初めて、ナミが見せた笑顔だった。
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The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
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2007/01/02