「……は?」
明日はホグワーツ特急に乗っていくという日の朝。やっと帰ってきたシロは、手紙を携えていた。
それを開き、エリは目を点にした。
――差出人は、サラ。
「ちょ……っ。何だよ、これ!!」
思わず、エリは叫んだ。部屋の戸が開いて、怪訝そうな顔をしたアリスが顔を覗かせた。
「何? どうしたの、エリ――ああ。シロ、帰ってきたのね」
言って、アリスは部屋に入ってきて、エリが手にした封筒を取り上げた。
エリはアリスを睨み付ける。
「何だよ、それ。勝手に人のふくろう使って、サラなんかに手紙出したのか?」
エリの言葉を無視し、アリスは封を開けた。中にはサラの落ち着いた文字で、手紙の返事やホグワーツの事などが書いてある。
「おい、聞いてんのかよ!?」
「ええ。サラに手紙、出したわよ。だってサラ、休暇中、家に帰ってこないんだもの」
エリは大きく舌打ちした。
「ふざけんなよ。人のふくろう、勝手に使いやがって――」
「あら。『人のふくろう』って言うけど、そのふくろうを買ったのはお母さんでしょう? エリがお金出したの? 違うわよね」
「違うけど、そんな事言ったら、俺達の持つもの、全部そうだろ! 別に他の人ならいいんだよ。よりによって、サラなんかに……」
「サラだって、エリと同じであたしの姉だもの。あたし、サラにはサラなりの言い分があると思うのよね」
「あー、そーですか。勝手にいい子ぶってりゃいいだろ」
アリスはその場で、まだサラの手紙を読んでいた。
サラの手紙は、アリスへの感謝、そしてホグワーツでの事、簡単にまとめればそれぐらいだ。
返事を書かなくては……。面倒臭い。
そう思いつつも、手紙を折りたたむ。
それから、長旅で疲労困憊のシロに餌をやっているエリに話しかけた。
「エリ、前、魔法薬学の教師が何か知ってるみたいだって言ってたわよね? あれから何か、新しい情報は入った?」
「いや。特に入ってねーよ。でも、親しくても親友って感じではなかったみたいだな。
母さんがシャノンの婆さんの娘って事、世間一般には知られてないんだってさ。スネイプはそれでも知ってるんだけど、それは本人から聞いたんじゃなくて、何か別の形で知ったんだって。
それから――母さん、『例のあの人』に狙われてたみたいなんだ」
「それって、充分『新しい情報』じゃない!!」
アリスは悲鳴に近い声で叫んだ。
例のあの人に狙われていた? では、陰山寺の方の祖父が殺されたのは、お母さんと何らかの関わりがあるのだろうか。
でも、何故? 如何して、お母さんが狙われたのだろう? お母さんは、一体何者なのだろう?
それから、アリスは最近になって思い出した事があった。
『入学の話ならば、断った筈ですが。私は、あの学校を逃げました。それなのに関わりたくありません……』
『わしの思い違いでなければ、君が逃げ出したのは大切な友人のいる学校からではなく、君を娘と認めなかった君の母親からだと思ったがの?』
夏休みの、ナミとダンブルドアの会話。
「逃げた」とは、一体如何いう事だろうか。
「娘と認めなかった」というのは? どうも、ただ存在を隠していただけではなかったようだ。
だけれど、これらの事はナミに直接聞く訳にはいかなかった。何かあったのは確かだ。何か、辛い事が。それを無理に思い出させ、話させるのも引けを感じる。
エリの話に出るスネイプという教師に聞ければ良いのだが……話に聞く限り、彼は口が堅そうだ。
兎に角、早く来年になってほしかった。ホグワーツに行きたかった。
ここにいては、一人だけ蚊帳の外にでもいるかのようだ。
No.21
新学期が始まる一日前にホグワーツへ帰った。
ハリーは、三晩も続けてあの鏡の下へと行っていたらしい。それを聞くと、ハーマイオニーは「それなら、せめてニコラス・フラメルについて捜せばよかったのに」と悔しがった。ハリーは、サラが何故あの場にいたのか聞きたそうにしていたが、何も話さなかった。どうやらロンには言っていないらしく、ロンは何の反応も見せなかった。
新学期が始まり、サラ達は再び図書館に入り浸りになった。
とは言え、サラとハリーはクィディッチの練習がいっそう厳しくなり、ニコラス・フラメルの資料を探す時間はハーマイオニーとロンより、遥かに少なかった。
土砂降りの日が続いても、ウッドが練習を休みにする事は決してなかった。練習で疲れ果ててしまう為、宿題は授業の合間や早朝に片付ける事が多くなった。
そしてある日。ウッドは最悪の知らせを持ってきた。ロンの兄の双子が、互いに急降下爆撃を仕掛けて箒から落ちるふりをして遊んでいる時だった。
「ふざけるのはやめろ! そんな事をすると、今度の試合には負けるぞ。次の試合の審判はスネイプだ。隙あらばグリフィンドールから減点しようと狙ってくるぞ」
双子の片方が、本当に箒から落ちた。
泥がはね、服も泥まみれになっているのも構わず、彼はウッドを振り仰いだ。
「スネイプが審判をやるって!? スネイプがクィディッチの審判をやった事があるか? 僕達がスリザリンに勝つかも知れないとなったら、きっとフェアじゃなくなるぜ!」
チーム全員が二人の傍に着地して文句を言ったが、ウッドは俄然と言い放った。
「僕の所為じゃない。僕達はつけ込む口実を与えないよう、絶対にフェアプレイをしなければならない」
練習が終わると、ハリーは急いで城の方まで戻っていった。サラは殆ど小走り状態でついて行く。
「大変だ。スネイプが審判となると……そうでなかった時さえ、奴は危うく僕を殺しかねなかったんだ。審判なんてなったら、誰も邪魔をする人はいない」
如何やら、まだスネイプがあの廊下の奥にある物を狙っていると、ハリーは考えているらしい。
玄関ホールまで来て、サラはハリーに言った。
「私、図書館に本を予約してたの。昼休みに届いたって連絡あったから……先に戻ってて」
ハリーは頷くと、階段を二段飛ばしに駆け上がっていった。
早く談話室へ戻ろうと急いでいた為、図書館に入ろうとした所で誰かとぶつかった。
「ごめんね! 大丈夫?」
ネビルが、廊下に散らばった本をおろおろと集めていた。
「大丈夫よ」
サラは答え、本を集めるのを手伝った。
集めた本の上下を整え、ネビルに差し出す。ネビルは、両手に抱えられる限りの本を抱えていた。
「凄い量ね……。全部読むの?」
「うん……。レポートの参考資料だよ。僕、頭良くないからこれぐらい無いと分からないんだ……」
「こんなに資料があったら、逆に的を絞るのが大変だと思うけど」
ネビルの抱えた内の一番上にあった本を取り上げ、サラはパラパラとページを捲りながら言った。
「宿題のレポートなんて、二、三冊あれば充分よ。本によっては、一冊でも事足りるわね。こんなに借りると混乱するだけだわ。来なさい」
サラはネビルを引きつれ、図書館へ入った。一端、全ての本を返させ、適当な本を二冊選んで渡す。
「こっちの本は、基礎的な事ばかりだけど、まとめやレポートの書き始めに役立つわ。それからこっちは、専門的な内容の本よ。昨日出された宿題でしょう?」
ネビルはこくりと頷く。
サラは、別の本棚へと移動し、もう一冊、ネビルに手渡した。
「これは用語集が最後の方のページに付いてるのよ。さっきの二冊目の本で分からない語があったら、これで調べるといいわ。――これだけあれば充分よ」
「ありがとう! やっぱりサラって凄いんだね。魔法薬で色々注意されてるのは、やっぱりスネイプ先生が原因なんだ」
ネビルの言葉に、サラは苦笑する。
「魔法薬の調合が苦手なのは事実よ。他の先生だとしても色々言われるでしょうね。どうも、コツが掴めないのよねぇ……。でも、調べ事とかなら、他の教科と一緒だから」
ネビルは何度も「ありがとう」と繰り返し、三冊の本を借りて図書館を出て行った。
サラは目に留まった本をついでに引き抜き、予約していた本を借りようと列に並んだ。ネビルが借りる時はちょうど空いていたが、夕食の時間が近付いてきた事もあり、図書館から本を借りて帰る人が受付へと殺到している。
本を借りてグリフィンドール寮へ帰れば、ハーマイオニーが女子寮から駆け下りてくる所だった。一年生になったばかりの頃に借りた、巨大な古い本を抱えている。
「この本で探してみようなんて、考え付きもしなかったわ!」
ハーマイオニーは興奮した様子で囁いた。
「ちょっと軽い読書をしようと思って、随分前に図書館から借りていたの」
「『軽い』?」
驚いて聞き返すハリーとロンの間に、サラは割って入った。
「どうしたの?」
「さあ? なんか、ハーマイオニーが――」
「見つけるまで黙ってて!」
ハーマイオニーに言われ、サラ達は口を噤んだ。ハーマイオニーはブツブツと独り言を言いながら、いつもの倍以上のスピードでページをめくっていく。
そして、あるページでピタリと止まり、歓喜の色を露にした。
「これだわ! これよ!」
「もう喋ってもいいのかな?」
ロンの不機嫌な声も構わず、ハーマイオニーは演出効果を狙ったかのようなヒソヒソ声で読み上げた。
「ニコラス・フラメルは、我々の知る限り、賢者の石の創造に成功した唯一の者!」
「じゃあ、あの三頭犬が守ってるのは賢者の石なのね!?」
今来たばかりのサラが状況を飲み込んだというのに、男子二人の反応は薄かった。
「何、それ?」
「まったく、もう。二人共本を読まないの? ほら、ここ……読んでみて」
ハーマイオニーに手渡された本を二人が読んでいる間に、サラは机の上の蛙チョコのカードに気がついた。ダンブルドアのカードだ。――なるほど。サラもハリーも、このカードでニコラス・フラメルの名前を見ていたのだ。
これで、あの扉の向こうに何があるのかは分かった。
だが、三人はやはりまだスネイプが犯人だと思っているらしい。
「ねぇ……賢者の石を狙ってるのって――前の試合でハリーの箒に呪いを掛けたのって、スネイプじゃないんじゃないかしら」
その夜、寝室で、サラは思い切ってハーマイオニーに言ってみた。
ハーマイオニーは首を傾げる。
「如何して? だって私、見たわよ! スネイプ、全く目を離さなかったの……呪いを掛けていたに違いないわ」
「それなら、私も見たわ。でも、スネイプだけじゃなかったのよ。――ねえ、私、クィレルが怪しいと思うの」
「クィレル先生? 彼も同じようにしていたの? でもそれって、反対呪文を唱えてたんじゃない?」
「だけど、あのクィレルよ? いつもの様子からして、普通なら卒倒してるんじゃないかしら……。いつものは演技って事になるわ。ねぇ、怪しいと思わない?」
ハーマイオニーはうーんと唸る。
「確かに、何か引っかかるけれど……でもそれじゃあ、如何してハリーの箒は止まったの? スネイプが犯人なら、私がローブに火を点けて気を引いたからだわ。でも私、クィレル先生には何もしてないわよ」
「それは……」
言えなかった。
小学校の頃と同じようにクィレルを攻撃した、なんて。
「ジョージ・ウィーズリー! ブラッジャーを審判に向けて打つとは何事だ。ハッフルパフ、ペナルティー・シュート」
そこから、不公平な審判は始まった。
何かと理由をつけては、ハッフルパフにペナルティー・シュート。
理由が無くても、ハッフルパフにペナルティー・シュート。
スリザリンのような意図的なものではないとは言え、ハッフルパフ・チームがファウルをしてしまったのに、無視。
特にサラへは酷い。サラがボールを持ち、ゴールへ投げようとすれば、その瞬間に試合を止めてオフェンス・ファウルだと言って、ペナルティー・シュート。
スリザリンならこんな事が続くと盛り上がるのだろうが、ハッフルパフはそんな事全く無い。
グリフィンドールは大ブーイング。ハッフルパフも白けてしまう。
関係無いのに、スリザリンが大盛り上がりだ。この試合でグリフィンドールが負ければ、自分達が優勝する確率が増えるから。
それにしてもスネイプも、ダンブルドアの目の前だってのに、よくもこれ程にも不正な審査を下す事が出来るものだ。
「……俺、帰る」
ジャスティンに双眼鏡まで借りて見ていたが、エリはそれを押し返した。
「いいんですか? ハッフルパフと、サラのいるグリフィンドールですよ?」
ジャスティンの言葉も無視し、エリは列を離れた。アーニーが何か言っていた気がするが、気に留めもしなかった。
スタンドを降りて城の前の階段まで来た所で、ハンナが追いついてきた。
「いいの、エリ? 貴女、あんなにチームの皆を応援してたし、楽しみにしてたじゃない」
「だってあんな試合じゃ、例えうちが多く得点したって、勝った事になんねぇよ。――あーっ、あの陰険教師がっ!! ムカつく! せっかくの人の憂さ晴らしを台無しにしやがって!!」
エリは足元にあった石ころを蹴飛ばした。
それはひゅーんと曲線を描いて飛んでいき――派手な音を立てて、一階の窓の一つを割った。
「……」
エリの頬を、一筋の汗が流れる。
その声が聞こえてくるのに、時間は掛からなかった。
「誰だ!? 悪がきめ!!」
フィルチが顔を覗かした。エリとハンナは真っ青になる。
そしてエリはハンナの手を掴むと、脱兎の如く駆け出した。
「ちょっと!? 城に入ったら袋の鼠じゃない!!」
「大丈夫! 俺、色んな抜け道教わったから!! いざとなればホグズミードへ脱走しちまえばいいし!」
「はあっ!!?」
ハリーが過去最短記録でスニッチを捕まえ、試合はグリフィンドールの勝利で幕を閉じた。
そして今、サラの目の前にはクィレルがいた。
禁じられた森を少し入った所だった。サラは、目の前で不快な笑みを浮かべるクィレルを睨みつける。
「何の用ですか? ここは、生徒と話をするにはあまり向かない場所だと思いますが」
「私は生徒として貴女を呼んだのではない。――一体、何処まで知っている?」
「何の事でしょう?」
「白を切り通そうなんて、愚かな事は考えない事だ。君は、自分がまだ子供だという事を認識した方がいい。いくら他の生徒よりは多少優秀だからと言って、それなりに経験を積んでいる大人の魔法使いに勝てる筈が無い」
「やってみなきゃ分からないわ!」
サラは杖を取り出し、クィレルに向けた。
大丈夫だ。いくつか、戦う為の呪文も知っている。クィディッチをやっているのだから、反射神経にも自身はある。あとは――度胸。
しばし、沈黙が流れた。
りす一匹たりとも、現れない
――馬鹿な私。来る訳が無い。そんなに都合良く、毎回来てくれる筈が無い。
けれど、少し期待していた。
ネビルを助け、骨にひびが入った時も。クィレルを攻撃した事をエリに気づかれ、問い詰められていた時も。そして、パンジーに真実を言い当てられて一人で辛かった時も。……ドラコは、サラを救ってくれたから。
だが、こんな所にまで来る筈が無い。それに、来てほしいという思いもあるが、来ないでほしいという思いもある。
彼を巻き込みたくはないから。
その時、足音がした。森の中は混沌としていて、遠いと気配は分からない――まさか。
木々の陰でまだ乾いていない水溜りを歩く足音が、近付いてくる。……違う。ドラコの気配ではない。
その場に現れたのは、スネイプだった。
スネイプがその場に現れると、クィレルは普段の演技に戻った。
「……な、なんで……よりによって、こ、こんな場所で……セブルス、君にあ、会わなくちゃいけないんだ」
「この事は、二人だけの問題にしようと思いましてね。――どうやら、貴方は三人の問題にしようと考えたようですが。という事は、シャノンもこの事について知っていると……。ですが、あまり生徒諸君に『賢者の石』の事を知られてはまずいのでね」
「わ、私は……な、何も、そ、そんな――」
クィレルの言葉を、スネイプが遮った。
「あのハグリッドの野獣をどう出し抜くか、もう分かったのかね」
野獣――三頭犬の事だろうか。
では、あの三頭犬が守っているのはやはり、賢者の石なのだ。そしてあの三頭犬は、ハグリッドのペットなのだ。
「で、でもセブルス……私は……」
「クィレル、私を敵に回したくなかったら」
スネイプは一歩、前に出た。クィレルはそれに合わせて一歩下がる。
「ど、如何いう事なのか、私には……」
「私が何をいいたいか、よく分かっている筈だ」
そして、スネイプはサラに目を向けた。サラは、まだ杖をクィレルに向けたままの状態で固まっていた。
スネイプは口の端を上げて笑う。
「シャノンも敵に回さぬ方が賢明でしょうな。彼女の力量は、貴方も分かっている事だろうと思っていたが。シャノンを子供だと思って甘く見ない方が良いですぞ。まあ、知らないのならば無理も無いが」
近くの木の上で、ふくろうがホーと鳴いた。
サラはビクッと反応し、序でにそろそろと腕を下ろした。
「貴方の怪しげなまやかしについて、聞かせて頂きましょうか」
「で、でも私は、な、何も……」
「いいでしょう。それでは、近々、またお話をする事になりますな。もう一度よく考えて、どちらに忠誠を尽くすのか決めておいて頂きましょう。
――来い、シャノン」
スネイプはマントを翻し、大股でその場を立ち去る。サラは、小走りでついて行った。
「……やっぱり、クィディッチの最初の試合でハリーの箒に呪いをかけたのは、クィレルだったんですね」
城へと歩きながらサラは確認するように聞いたが、スネイプは何も言わなかった。
代わりに、玄関ホールまで戻るとサラに念押しした。
「いいか。この事は他言無用だ。もちろん、ポッターやグレンジャーにも話してはならん」
「はい」
言った所で、スネイプがこちら側だと言う事など信じないだろう。
だがスネイプはそんな事念頭に無いのか、何度も振り返って、脅すように睨み付けながら地下への階段を降りていった。
スネイプがいなくなったのと入れ替わりに、反対側の扉が開き、ハリーとハーマイオニーとロンが出てきた。三人共、サラを見て固まる。
何やら妙な気がして、サラは首を傾げた。
「そんな所で何やってるの? 談話室に戻りましょうよ」
「え――ええ、そうね。行きましょう、二人共」
ハリーとロンはぎこちなく頷き、ハーマイオニーに続いてこちらへやって来た。
そしてこの日を境に、如何いう訳か三人はサラを避けるようになったのだ。
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2007/03/05