サラは、玄関ホールへと大理石の階段を降りていた。
 今朝、エフィーが手紙を持ってきた。処罰は今夜行う、と。
 先学期、禁じられた森に入った事についての処罰だ。あまりにも前の事で、忘れていた。
 玄関ホールへと降りてくれば、そこにいたのはスネイプ。
 スネイプは、冷たい黒い目をこちらに向けた。
「……上手くやりたまえ」
 サラはきょとんとする。
 スネイプはそれだけ言うと、足早に去っていった。
 暫くして、今回の処罰のメンバーが集まった。
 ドラコが今夜処罰だと言っていたが、どうやら一緒だったらしい。それから、ネビル。そして――ハリー、ハーマイオニー。
 スネイプは、信じられない事だが、サラに彼らと仲直りをするチャンスを与えたのだ。





No.24





 スネイプがサラにチャンスを与えるなんて、あり得ない。
 サラはそう心の中で否定し続けていたが、処罰が何かを知って、認めざるを得なくなった。森に入った事による処罰なのにまた森に入るなんて、普通ならあり得ない事だろう。
 だが、サラはドラコとネビル、そしてファングと一緒に行動する事になった。
 これでは、仲直りも何も無い。
「あの野蛮人め――父上に言いつけてやる――僕が、こんな事をする羽目になるなんて――」
 ドラコは怖さを紛らわす為か、さっきから大きな声で文句を言い続けている。
 ネビルはびくびくと怯えながら、辺りを見回している。
 サラは、背後の暗がりを振り返った。ハリー達は、どの辺りにいるだろうか。
「ポッター達と一緒が良かったのか?」
 ドラコが、心配そうに私の顔を覗きこんでいた。サラがこちらのグループになったのは、ドラコに声を掛けられたからだった。
 サラは肩をすくめる。
「別に。私達は処罰に来てるのであって、遊びに来てるんじゃないもの。メンバーに拘る前に、さっさとユニコーンを探し出しましょ」
「ねぇ、サラって、ハリー達と喧嘩してるの?」
 ネビルが、ドラコの方を気にしながら尋ねた。
「別に、そんなんじゃないわよ。まあ、確かに最近、一緒にはいないけどね」
「どうして? 前は、四人でよく一緒にいたのに」
「君には関係無いだろ。しつこいぞ」
 ドラコが口を挟んだ。
 ネビルはムッとして、ドラコを睨み付ける。
「マ、マルフォイだって、関係無いじゃないか。僕は、君よりも価値があるんだ。僕だって、君に呪いをかけられたりしないでサラと話す権利はあるんだ」
「呪い? 如何いう事?」
 サラは、眉を顰めてドラコに視線を移した。
 ドラコは罰が悪そうにそっぽを向く。ネビルが答えた。
「前、図書館でサラに資料探すのを手伝ってもらった事があるでしょ。その後、図書館を出たらマルフォイがいて――」
「しっ。黙って!」
 サラは、ネビルの言葉を遮った。
 じっと、暗がりを睨み付ける。そこには、暫く手入れされていないかのような高い生垣があった。
 ……そして、その向こうにクィレルの気配がしていた。
 クィレルがどうして、森の中にいるのか。まさか、ユニコーンを傷つけている犯人は、クィレルなのだろうか。
 どうしよう。どうすれば良い。
 ドラコとネビル、ファングは、サラのただならぬ様子に黙り込み、身動き一つしない。
 サラは一歩進み、二人の方を向かずに指示した。
「……二人は、ここで待ってて。あの生垣の向こうに、人がいるみたいなの。――もちろん、ハグリッド達じゃない。
私、見てくるから」
 ネビルが、サラの腕を掴んだ。
「だ、駄目だよ! 危険だよ。ここで息を潜めて、やり過ごした方が――」
「見て」
 サラは、生垣の方を示した。
 生垣は壁のように正面に立ちはだかっていて、一箇所、途切れていた。そこは細い道になっていて、その向こうにまで続いている。
「ここにいたって、いつ奴が出てくるか分からないわ。びくびくと隠れて見つかるより、立ち向かっていって見つかる方が、いくらかマシでしょう? 少なくとも、プライドは守れるわ」
 サラが一人で行こうとすると、ドラコが引き止めた。
「僕も行く」
 ドラコは、震える声で言った。
「サラを一人で行かせられる訳ないじゃないか。サラがどうしても行くって言うなら、僕も一緒に行くよ」
「ぼ、僕もだ。僕だって、ぐ、グリフィンドール生なんだから」
 二人共そう言うが、頭の天辺から爪先までぶるぶると震えていて、一歩も前に進めそうに無い。暗闇で分からないが、恐らく顔も真っ青なのだろう。
 サラは、自分の腕を掴む二人の手をそっと外した。
「心配しないで。見てくるだけだから。危険なようなら、合図するわ。そしたら、直ぐに逃げて。向こうの方向に真っ直ぐ逃げれば、森を抜けられる筈だから」
「でも――」
「貴方達はここで待ってて。おっかなびっくりついて来て悲鳴でも上げられたら、迷惑なのよ。硬直しちゃって逃げられなくなるってのもあるかしら」
 サラは冷たく言い放った。
 驚いて固まっている二人をその場に残し、サラは生垣の間の道へと入っていった。

 両側に生垣の迫る道を歩きながら、サラは杖を握り締める。
 大丈夫だ。いざとなったら、赤い光を打ち上げれば良い。この森の中には、ハグリッドもいるのだから。
 不意に、クィレルの気配が無くなった。
 サラは緊張し、更に強く杖を握る。――クィレルが、気配を消した。つまり、私達に気づいたのだ。
 果たして、こちら側に出てくるか。それとも、何処かへいなくなるか。
 そしてサラは、恐ろしい事に気がついた。
 ――もし、この先が行き止まりだったら? クィレルは、こちら側へ来るしか方法が無かったら?
 心臓が大きく波打つ。掌に爪が食い込むほどに、サラは杖を握り締めた。
 例えそうだとしても――否、そうならば尚更、サラは先へ進まなくては。この先に行かなくては。
 あの二人にクィレルと対峙させる訳にはいかない。彼らを危険な目に遭わせたくない。二人は、この事に関して首を突っ込んでいる訳でもないのだから。
 生垣の突き当りが見えてきた。そこの左手に、クィレルがいるであろう場所への入り口が空いている。
 サラは大きく深呼吸をすると、地面を蹴り、その場所へと駆け込んで行った。
 ……クィレルは、いなかった。
 杖をかざしてみれば、そこは、三方を生垣に囲まれた空き地だった。サラが入ってきた穴は、出入り口ではなかった。ただ単に、生垣の一部が壊れただけの物のようだ。空き地は奥へと細長く続き、ずっと向こうで左右の生垣が途切れていた。
 サラはふーっと息を吐く。
 クィレルは、よっぽど誰にも知られたくない事をここでしているらしい。下手してサラを取り逃がせば、スネイプの耳に入る可能性がある。それを恐れたのだろう。
 奴が逃げてくれたのならば、こちらも助かった。こんな所で一騎打ちなぞ、出来る事なら遠慮したい。若しもクィレルが一騎打ちをするつもりがあれば、サラを殺したら、確実に次はドラコとネビルの方へと行ってしまうだろうから。
「人間の子が、我らの森に何の用だい」
 暗闇の中から、一頭の馬が現れた。
 否、違う。見上げてみれば、上半身は人間だった。ケンタウルスだ。
「あー……えーと……。こんばんは……」
 サラは、ぺこりと頭を下げた。
 再び顔を上げれば、ケンタウルスはまだサラの顔をじっと見つめていた。
「――君は、シャノンの子だね?」
「あ、はい! えっと、孫ですけど」
 サラは慌てて返事をした。祖母は、森の中でも知られているらしい。
 ケンタウルスは辺りを油断無く見回している。
「あの……?」
「悪い事は言わないから、君は早くこの森を立ち去った方がいい。それとも、ハグリッドと一緒に来たのかな?」
「はい。
『この森を立ち去った方がいい』って、この森をうろついている者と関係があるんですか? 奴は何をしてるんです?」
 ケンタウルスは首を振った。
「いいや。――否、もちろん、それもあるのだが……。
君のおばあさんは、ケンタウルス達には嫌われている」
「え――?」
「彼女は、予見者として世間に貢献しただろう。だが、それは逆手に取れば幾つもの未来を変えたという事だ。惑星の動きを狂わせた」
「そんな事で!? それじゃあ、未来を見てもそれを見殺しにしていれば良かったって、貴方達はそう言うの!? そんなのおかしいじゃない! どうして、そんな事でおばあちゃんが嫌われなきゃいけないのよ!!」
 ケンタウルスは、悲しげに首を振った。
「もちろん、彼女はたくさんの命を救っただろう。だが、もしかしたらそれ以上に、本来は死ななかった筈の人を殺してしまったかもしれない。一概に、未来を変えるのが良い事だとは言えないのだよ」
「そんなの、憶測の話じゃない」
「そうでもない。冷静に考えれば、君も分かる筈だ。
私達は、未来に手を加える事を良しとしない。私達がする事は、惑星の動きを読み、その予言に関心を持つ事だ。私はそれによって最善の事をしたいと考えるが――そう考えるケンタウルスは、あまりいない。だから、彼女は嫌われているのだ。ケンタウルスは子供には手を出さない。だが、君は彼女と繋がりがある。確信は無い」
「……」
「――では、私はこれで」
 ケンタウルスは蹄の音を響かせ、暗闇へと消えていった。
 例えば、ヴォルデモートが誰かを狙っていたとする。そして、祖母の予言によってその人の守りが強くなったとしたら。
 ヴォルデモートが予定していたその時刻に別の人が殺されたとしたら。
 ケンタウルスが言っていたのは、そういう事だ。そのような事は、いくらでもあったことだろう。
 そして、そう言った事があれば、祖母の予言によって守られた人の代わりに、別の人が殺されたという事になる。
 祖母が未来を変えた事によって、他の人が殺されたという事になる。
「だから、未来を変える事を嫌うの……?」
 でも、見殺しには出来ない。出来る筈が無い。
 そんな事で嫌うなんて、どうかしている。
 その時だった。――ネビルの悲鳴が響き、背後の遥か頭上から赤い光に照らされたのは。

 サラは、なりふり構わず駆け出した。
 ――どうして。
 まさか、クィレルがそっちに行ったのだろうか。
 この場から離れたものだとばかり、思っていた。若しかしたら、見落としていた通路があったのかもしれない。クィレルは、そこから二人の方へ行ってしまったのだ。
 どうしよう。二人に何かあったら。
 危険な目に遭わせたくないから、巻き込みたくないから、あの場に残したと言うのに。それが、裏目に出るとは。
「お願い、どうか無事でいて……!」
 急ぐサラとは裏腹に、左右に迫る生垣は邪魔をする。手入れされていない生垣は、所々木々が飛び出していて、なかなか早く前には進めなかった。足元も悪く、ローブを踏みそうになる。何度か顔を枝で引っ掻いたが、そんなの気にならなかった。
 速く。速く。
「い……っ」
 ぐい、と後ろに頭が引っ張られた。
 見れば、髪の毛の一部が生垣から飛び出た枝に絡まってしまっている。
 躊躇う暇もなく、サラは魔法で髪を切断した。こんな物に構っている場合じゃない。
 やっとの事で、生垣の間を出た。
 そこは、ドラコとネビルを置いてきた場所だ。
 然し、クィレルどころか、二人もその場にはいなかった。
「嘘、でしょう……?」
 サラは愕然として、辺りを見回した。
 誰も、いない。
「ドラコ……! ネビル……!」
 呼びかけに答える声は、無い。
「悪ふざけはよしてよ……! ねぇ。何処にいるの……!? ドラコ!! ネビル!?」
 サラはキョロキョロと辺りを見回しながら、声を張り上げた。
 だがやはり、返答は無い。
 絶望に駆られ、サラはその場にしゃがみ込んだ。震えが止まらない。
 どうしよう。サラの所為だ。サラの勝手な判断で、二人をこの場に残したから。二人は一体、何処へ行ってしまったのか。
 ガサ、と傍の茂みが大きな音を立てた。


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2007/03/25