翌朝。ハリー、ロン、ハーマイオニー、サラの四人は、うとうとしながら大広間へと向かっていた。
昨夜は、空が白々と明ける頃まで話し込んでいた。
昨夜の驚きはあれでは終わらず、あの後、寝室に戻るとハリーの透明マントが返って来ていたらしい。
そして、玄関ホールまで降りてきた時だった。
サラは、突然誰かに抱きつかれた。驚き、気配が誰の物かを認識するよりも早く投げ出す。
「ドラコ!?」
サラに投げ飛ばされ床に倒れたのは、ドラコだった。
ドラコはサラの左手を掴み返し、引き寄せた。勢いで、サラはドラコの方へと倒れ込む。
そして再び抱きしめられたが、今度は投げ飛ばしたりはしなかった。
ハリー達三人は目配せし合い、ドラコと一緒にいたビンセントとグレゴリーもつれて、そろそろとその場を離れていった。
本人達は気を使ったのかもしれないが、サラの顔は真っ赤だ。三人に助けを求めていたのに……。
「……良かった、無事で」
そう言って、ドラコは抱きしめる手に力を入れた。
「心配、してくれたの……?」
「当然だろ。ごめん、頼りにならなくて。昨日は二度も……。僕だって、サラを守りたいのに」
その言葉で、気がついた。
――私は、おばあちゃんと同じ事をしたのだ。
立ち向かう機会も与えず、「追い払い呪文」。呪文まで一緒だ。
それがどんなに辛い事か、サラは知っている。
問答無用でその場に残す事となった人を、どんなに心配するか。無力な自分を、どんなに恨むか。
「ごめんなさい……」
サラは呟くように言った。
抱きしめ返そうと腕を上げたが、躊躇い、やはり降ろした。
駄目だ。依存したら、いつか離れる時が辛くなってしまう。
嫌われるのには慣れている筈なのに、やはり、嫌われるのは怖かった。嫌われた時に、傷つきたくなかった。
No.26
「サラと仲直りしたんだな」
昼休み。
エリは図書館でハーマイオニーを見かけ、声をかけた。
「あら、エリ。久しぶりね。――仲直りって、別に喧嘩してた訳じゃないけれどね」
「でも、最近は三人で行動してただろ? それでサラ、都合良くマルフォイ達といたし」
「ええ、まあ……。ちょっと、私達が誤解してたみたい」
ぱっと脳裏を過ぎったのは、小学校での事だった。
まさか、その事なのだろうか。とうとう、サラが何か上手く言いくるめたのだろうか。
エリは、慎重に言葉を選びながら尋ねた。
「あー……俺、何があったのかはもちろん知らねぇけどさ……その、それって、本当に誤解だったのかな? いや、もちろん何の根拠も無く悪く言うなんて俺も嫌だし、そんなつもりはねぇけどさ。でも、ほら、言い訳って言葉があるぐらいだしよ……」
「何が言いたいの?」
「いや、その、つまりさ……俺がサラを嫌いなのも、理由がある訳で。ちょっと、日本の小学校で、な……」
「『報復』の事なら、聞いてるわよ」
ハーマイオニーの言葉に、エリは暫く阿呆みたいにポカンと口を開けて固まっていた。
日本での事を、知ってる?
サラが自分から話したのだろうか。まさか、そんな筈が無い。若しかすると、エリが無意識の内にばらしてしまったのだろうか。他にばれる所が無い。どうしよう。ダンブルドアに口止めされていたのに。
エリが一人でパニクっていると、ハーマイオニーが嬉しそうに言った。
「サラが、自分から話してくれたの。私の事、信用してくれたのよ」
エリは、目をパチクリさせた。
「……そっか」
エリは短く、そう言った。
そして、思わず微笑を浮かべる。ハーマイオニーは驚いた表情で、エリを見上げた。
「なんだよ」
「いや……何だかエリ、嬉しそうね」
「別に、嬉しい訳じゃないけどな。でも、良かったとは思ってる。ハーマイオニー達と一緒にいるサラを見ると、若しかしたら、サラも変われるのかもしれないって思うんだ。入学したばかりの頃は、『絶対無理だ』って思ってたんだけどな」
ハーマイオニーも微笑んだ。
「そうね……。――でも、意外だわ。エリ、サラの事嫌ってるのに、そんな風に思ってたなんて」
「そりゃあ、双子の片割れがアブナイ奴だなんて、こっちも迷惑だからな。現に、小学校での実例があるし」
「あ、そういう事……」
「ところで、お願いがあるんだけどいいか?」
「何?」
「魔法史のレポート、見せて」
「駄目よ」
即答だった。
それどころか、ハーマイオニーは更にこう続けた。
「もう直ぐ試験でしょ。自分の力で勉強しなきゃ、力にならないわよ。
そうだ! エリの分もテスト勉強計画表、作ろうか?」
「遠慮シマス!」
エリは、ダッシュでその場を逃げ出した。
ハリーやロンがハーマイオニーに計画表を作ってもらい、毎日参考書の渦に飲まれている事は知っていた。自分も同じ事になるなんて、ご免だ。
あっと言う間に、試験の日は来た。
その頃には、日本よりも北の筈なのに、日本並みではないかと思うほど暑くなっていた。筆記試験の大教室は殊更暑く、サウナに閉じ込められているかのようだった。
ホグワーツでは、実技試験もあった。エリは、散々な結果だった。
パイナップルのタップダンスは、元気すぎて机から落ちた。それも、高く飛び跳ねて落下したもんだから、勢いでパイナップルはぐちゃぐちゃになってしまった。
鼠を「嗅ぎ煙草入れ」に変えようにも、そもそも「嗅ぎ煙草入れ」が何だか思い出せなかった。嗅ぎ煙草って何だろう。暑さにやられた頭で悶々と考えた結果、鼠は生々しい鼻へと姿を変えた。
魔法薬はスネイプの奴が結構プレッシャーをかけていたが、エリは普段から慣れているからか、皆ほど気になりはしなかった。若しかしたら、これだけは結構いい点かもしれない。
最後の試験は、魔法史だった。
ビンズ先生が試験終了と言った途端、生徒達は一斉に歓声を上げた。
「エリ! どうだった? 試験。私、問27の答えが、どうしても分からなかったの……」
「俺に聞くなって。皆で湖の辺りにでも行こうぜ。暑過ぎだよ」
エリ達は自然と集合して、一緒に教室を出て行った。
「皆、どうだった? セドリックから聞いたんだけど、あれって、落第もあるんだろ――」
「本当ですか!? 何点ぐらい取れていれば――?」
「終わったのに、そんな話すんなって。試験は終わり! もう、来年まで心配する事はねぇんだ!」
「ミ、ミス・モリイ。テ、テストの事で、話があります。き、来て下さい」
突然話しかけてきたのは、クィレルだった。
クィレルはいつもながら、びくびくと神経質に怯えている。
「あ――はい。
じゃ、皆。先に行っててくれ」
まさか、赤点でも取ってしまったのだろうか。
エリは冷や汗をかきながら、クィレルの後について行った。いくら何でも、落第は勘弁だ。しかし、一つ下ならアリスやジニーと一緒だ……否、そういう問題ではない。
クィレルがエリをつれて来たのは、先ほどまでエリ達が試験を行っていた教室だった。
「こんな所に? 職員室とかじゃねぇんだ」
「ああ。ここが、一番近い誰もいない教室だからね」
エリはクィレルの様子に違和感を覚えたが、それが何だか分からなかった。
エリが首を捻っていると、クィレルはくるりと振り返った。手には杖を持っている。
「インペリオ 服従せよ」
「あっ!」
サラは小さく叫び、立ち止まった。
湖へ向かい、正面玄関の所の階段を降りている時だった。
「どうしたの? サラ」
「私、さっきの部屋に忘れ物しちゃったみたい! ごめん、先に行ってて頂戴。直ぐに取ってくるわ」
そう言うなり、サラは踵を返して先ほどの教室へと駆けて行った。
ドラコから貰ったネックレスが、無いのだ。
さっきの時間、暑くて回答後に髪をまとめたり、色々といじっていた。その時に一度、ネックレスに引っかかった。何とか解けたが――若しかしたら、その時に落としてしまったのかもしれない。
サラは、目を皿のようにしながら廊下を駆けて行った。
大教室の近くまで来ると、向こうからエリが来ていた。
サラは黙って横を通り過ぎる。――素通りしてしまった。エリは、何も絡んでこなかった。サラは足を止め、振り返る。
「……エリ?」
エリはピタリと立ち止まり、振り返った。
「何だよ」
その言い方は、確かにエリだった。先ほどの違和感は、何だったのだろう。
思わず呼び止めたものの、何も話題が無い。サラは四苦八苦して、話題を探し出す。
「テスト、如何だった? 『魔法の勉強は、中学校よりも簡単』みたいな事を言ってたわよね、確か」
「うるせーよ。ホント、お前って一々癪に障る奴だな!」
エリはそう吐き捨てるように言うと、くるりと背を向けて肩を怒らせて去っていった。
やはり、気のせいのようだ。きっと、暑さにバテていただけだろう。
それから再び駆け出し、やっと大教室まで戻ってきた。
無かったらどうしよう。ここまでの道のりに無かったのだから、あるとしたらこの教室なのだが……。
扉を開け、中に入る。真っ直ぐ先ほどの席へと向かう。確か、真ん中辺りだ。床に這い蹲り、目を皿にして探し回るが、見つからない。
「何処で落としたのかしら……」
「探し物はこれかね?」
その声に、サラは凍りついた。
入り口の所に、クィレルが気配を消して立っている。彼は、扉をぴしゃりと閉じた。
もう片方の手に持っている物――ドラコからのネックレス。
「それを返しなさい! 汚らわしい手で触らないで!」
クィレルはくつくつと笑う。
「そんなに、ボーイフレンドからの贈物が大切かね? シャノンの孫ともあろう者が、こんな罠に引っかかるなんて――君のおばあさんが知ったら、さぞかし嘆くだろうね」
「黙りなさい! まだ、私に仲間になれとか言うつもり? 私はそんな気、さらさら無いんだから! 早くそれを返して頂戴!!」
「そうだね――ここで長話をする訳にもいかないからな」
クィレルは、ネックレスを投げてよこした。
突然投げ出されたそれを掴もうと腕を伸ばしたその一瞬、サラに隙が出来た。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
だんだんと意識が遠のいていく――
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The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
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2007/03/28