学年度末パーティーが始まる前に、ハリーとエリは大広間へやってきた。
一斉に集まる視線から逃れるように、ハリーは足早にサラ達の所へとやって来た。エリは関係ないのだが、ウィーズリーの双子を始めとする友人達の冷やかしに、手を振ったり笑顔を返したりして応えていた。
席に着いても、まだハリーを見ようと席を立っている生徒が大勢いた。
ダンブルドアが、計ったかのように直ぐに現れた。広間はしんと静まり返る。
「また一年が過ぎた!」
ダンブルドアは、朗らかに言った。
「一同、ご馳走にかぶりつく前に、老いぼれの戯言をお聞き願おう。
何と言う一年だったろう。君達の頭も以前に比べて少し何かが詰まっていれば良いのじゃが……新学年を迎える前に、君達の頭がきれいさっぱり空っぽになる夏休みがやって来る。
それではここで、寮対抗杯の表彰を行う事になっとる。点数は次の通りじゃ。
四位、グリフィンドール。262点。
三位、ハッフルパフ。352点。
レイブンクローは426点。
そして、スリザリン。472点」
スリザリンのテーブルから一斉に歓声が上がった。
ドラコを見れば、ゴブレットでテーブルを叩いている。隣にはパンジー・パーキンソンが座っていて、ドラコと一緒に喜び合っている。サラの表情が強張った。
他の生徒達も、サラとは違った理由で面白くなかった。
「よし、よし、スリザリン。よくやった。
しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」
広間に静けさが戻った。
スリザリンのテーブルから、笑いが少し消えた。
No.30
ダンブルドアは咳払いをし、言った。
「駆け込みの点数をいくつか与えよう。えーと、そうそう……まず最初は、ロナルド・ウィーズリー君」
ロンは、トマトのように顔を赤くさせた。
「この何年か、ホグワーツで見る事が出来なかったような、最高のチェス・ゲームを見せてくれた事を称え、グリフィンドールに五十点を与える」
グリフィンドールのテーブルから、一斉に歓声が上がった。天井を突き破らんばかりだ。
いつも冷静で頼りになる監督生でいようとしているパーシーでさえ、他の監督生にロンを自慢している。
やっと広間が静かになり、ダンブルドアは続けて言った。
「次に……ハーマイオニー・グレンジャー嬢。火に囲まれながら、冷静な論理を用いて対処した事を称え、グリフィンドールに五十点を与える」
ハーマイオニーは腕に顔を埋めた。きっと、嬉し泣きしているのだろう。
サラは隣で如何して良いか分からず、取り合えず肩を叩いてハンカチを渡した。
「それから、サラ・シャノン嬢」
サラはダンブルドアに向き直り、姿勢を正して座りなおした。
「追い詰められた中で真実を見抜き、見事な作戦を立てた事を称え、グリフィンドールに五十点を与える」
わっと場が沸いた。グリフィンドールに、一気に百五十点も加点されたのだ。
皆、口々に私を褒め称えたり、労うように肩を叩いたりする。サラは戸惑いつつも、愛想笑いを浮かべていた。
「四番目は、ハリー・ポッター君……」
大広間は、水を打った様にシーンとなった。
「その完璧な精神力と、並外れた勇気を称え、グリフィンドールに六十点を与える」
耳をつんざく大騒音だった。
グリフィンドールが四百七十二点になった。スリザリンと同点だ。ダンブルドアがもう一点でも多くくれれば、グリフィンドールの優勝だったのに。
ダンブルドアが生徒達を制するように手を挙げた。広間は、少しずつ静かになっていった。
「勇気にも色々ある」
ダンブルドアは微笑んだ。
「敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気がいる。しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ。
そこで、わしはネビル・ロングボトム君に十点を与えたい」
それはもう、爆発と呼んでも差し支えないものだった。皆に悪いと思いながらも、グリフィンドールであるサラ自身も耳を塞いでしまう程だった。
驚いて青白くなっているネビルに、皆が抱きついていた。レイブンクローやハッフルパフまでもが、スリザリンが落ちた事を祝っている。エリも、友達と一緒に立ち上がって歓声を上げていた。
スリザリンのテーブルでは、ドラコが驚き、恐れおののいた表情で固まっていた。そりゃあ、そうだろう。目の前にあったご褒美を、横から来たグリフィンドールに掠め取られてしまったのだから。
サラはずっとそちらを見ていたが、ハーマイオニーに腕を引っ張られ、一緒に立ち上がらざるを得なかった。
嵐のような喝采の中、ダンブルドアが声を張り上げた。
「したがって、ちょいと飾り付けを変えねばならんのう」
ダンブルドアが手を叩くと、グリーンの垂れ幕は真紅に、銀色は金色へと変わった。横断幕の蛇は消え、代わりにライオンが現れた。
スネイプが、苦々しげな作り笑いでマクゴナガル先生と握手していた。
再びスリザリンのテーブルを見れば、パーキンソンがこちらを見ながら、ドラコに寄り添い何やら話していた。ドラコと目が合い、サラは慌てて前に向き直った。
ドラコ達には悪いが、その夜はとても素晴らしい一夜となった。
ホグワーツに来て良かった。
自分が魔女で良かった。
サラは、心底そう感じた。
去年までは、この力がどんなに疎ましかった事か。それを思い出すと、可笑しかった。
数日後、試験の結果が発表された。
ハリーとロンもなかなか良い成績で、サラはハーマイオニーと同点トップだった。やはり、魔法薬が足を引っ張ったらしい。
ドラコの成績も、割りと良い方だった。そして進学が危ぶまれたゴイルも、何とかパスした。
ネビルもスレスレだったようだが、薬草学の成績が良く、魔法薬の成績を補っていた。
残りの数日はあっと言う間に過ぎ去り、サラ達は行きと同じ沢山の荷物を抱えて、ホグワーツ特急に乗り込んだ。
サラも、エリも、寮の友達と一緒のコンパートメントに座っていた。殆どはそうだ。ドラコは、パーキンソンと一緒だったのだろうか……。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。気がつけば、汽車はマグルの町を通り過ぎていっていた。サラ達は順番に、マグルの服に着替えた。
キングズ・クロス駅の急と四分の一番線に到着だ。
プラットフォームを出るのに、少し時間がかかった。マグルを驚かせないように、少しずつしか壁から出て行く事が出来ないのだ。
「夏休みに家に泊まりに来てよ。ふくろう便を送るよ」
人混みに押されながら、ロンがサラ達三人に言った。
ハリーが嬉々として頷く。
「ありがとう。僕も、楽しみに待っていられるようなものが無くちゃ……」
「あと、サラ。エリにも話しといてくれるかい?」
「ええ。分かったわ」
人の波に押されて改札へと向かう途中、何人かが声をかけてきた。
「ハリー、バイバイ」
「じゃあね、シャノン!」
「またね。ポッター」
「さようなら、サラ」
「未だに有名人だね」
ロンは、サラとハリーに向かってニヤリと笑った。
「これから帰る所では違うよ」
「私、別の意味で有名だわ……」
「『報復』?」
「そ。まぁ、どちらにせよ殆ど外へは出かけないつもりだけど……」
サラ達四人は、一緒に改札口を出た。
改札を出るなり、赤毛の母子が視界に入った。
女の子がサラ達の方を指差し、しきりに母親に話しかける。
「まあ、彼らだわ! ねえ、ママ、見て。ハリー・ポッターとサラ・シャノンよ。ママ、見て! 私、見えるわ」
「ジニー、お黙り。指をさすなんて失礼ですよ」
サラは首を傾げる。誰だろうか。
気がつけば、ハリー達はそちらへと向かって歩いていく。母親が、ハリーに笑いかけた。
「忙しい一年だった?」
「ええ、とても。お菓子とセーター、ありがとうございました。ウィーズリーおばさん」
「いいえ、どう致しまして」
ハリーの言葉に、サラは慌てて前に出て頭を下げた。
「私も。ありがとうございました。えっと、初めまして。私、サラ・シャノンです」
「こちらこそ、初めまして。気に入ってもらえたかしら? 良かったわ」
「おーい! ジニー!」
エリが、同じ寮の友人達と一緒に壁から出てきた所だった。
壁の前でそれぞれ別れ、エリは一人でこちらへやって来る。
「こんにちは、ウィーズリーおばさん。――久しぶりだな、ジニー! とうとうこの休暇の後だよな、ジニーの入学!」
「ええ! ねぇ、どうだった?」
ジニーは顔を輝かせ、エリに話をせがむ。
そこへ、不機嫌そうな声がした。
「準備はいいか」
赤ら顔で口ひげを生やした、恰幅の良い男性がそこにいた。
どうやら、ハリーを育てている叔父らしい。確か、ダーズリーと言ったか。少し離れた所には、彼を小型化したような少年と、その母親らしき人が立っていた。
ウィーズリー夫人は、彼に笑顔を向けた。
「ハリーのご家族ですね」
「まあ、そう言えるでしょう」
ダーズリー氏の声からは、「貴方達とは関わりたくない」という思いがありありと伝わってきた。
「小僧、さっさとしろ。お前の為に一日を潰す訳にはいかん」
そう言うなり、とっとと歩いていってしまう。
ハリーは慌てて、サラ達に向き直った。
「じゃあ、夏休みに会おう」
「楽しい夏休み……あの……そうなればいいけど」
ハーマイオニーは、ダーズリー氏の後ろ姿を見ながら、不安げに言った。
ところが、ハリーは……なんと、顔中をほころばせている。
「もちろんさ。僕達が家で魔法を使っちゃいけない事を、あの連中は知らないんだ。
この夏休みは、ダドリーと大いに楽しくやれるさ……」
ハリーの笑顔に、ぞわりと鳥肌が立った。エリは、その笑顔にひくひくと顔を引きつらせていた。
ロンとハーマイオニーも、流石に唖然としていた。
サラ達それぞれにショックを残し、ハリーは意気揚々とダーズリー氏の後を追っていって見えなくなった。
次にハーマイオニーの両親が来て、サラ達は別れた。
サラは先に帰る訳にもいかず、エリがウィーズリー兄弟と話し終えるのを待っていた。やっとジニーと話し終えたと思ったら、今度はフレッドとジョージが来てしまったのだ。
「サラ達は日本だよね? どうやって帰るの?」
エリがフレッドとジョージと一緒にコソコソと盛り上がっている時、ロンがサラに尋ねた。
「ここから漏れ鍋まで行って、それから煙突飛行よ。お母さんの実家へ行くの。日本には普通、暖炉なんて無いのよ」
「ふぅん。サラのお母さんの実家にはあるの?」
「暖炉とは違うけど……。昔の家で、似たようなのがあるから。
あ、パーシーも来たみたいよ」
パーシーが、監督生のバッジを光り輝かせながら壁を通り抜けてきた。
サラとエリは、その場でウィーズリー兄弟に別れを告げ、ノーザン線のホームへと向かった。
チャリング・クロス駅を出ると、通りの向こうから聞きなれた声がした。日本語だ。
「エリ! サラ! こっちよ、こっち!」
アリスだ。
サラ達は、そちらへと駆け寄った。
「アリス、ここまで一人で来たのか!?」
「ええ。勝手に煙突飛行してきたから、電車に乗ってキングズ・クロス駅までは行けなかったんだけど」
早口でそう言って、アリスはふっと微笑んだ。
「――おかえり」
「ああ。ただいま」
相変わらず、エリとアリスは仲が良い。
エリとアリスは先に立って歩き出した。ここまで来れば、あとは漏れ鍋まで行くだけ。一緒でなくても大丈夫だ。
態とゆっくり後から行こうとしたら、アリスが立ち止まって振り返った。
「早く来なさいよ、サラ! 一緒に帰ろう!」
「え……」
「あの、さ。アリス……別に、無理に一緒に帰らなくったって……」
「エリは黙ってて? サラ、グズグズしないで――それとも、一緒に帰るのが嫌だとでも?」
アリスはにっこりと笑みを浮かべる。
サラはつうっと汗が背を伝うのを感じた。
「別に、そういう訳じゃ……」
「じゃあ、行こう!」
今度の笑顔は、何の裏も無い笑顔だった。
サラは、アリスとエリの方へと駆け寄る。
――私も、今年の夏は楽しくやれそうだ。
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The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
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2007/04/10