ダーズリー家の屋根の上。サラはこちらへ飛んでくる車に気づき、パッと立ち上がった。
「ここよ! ここ!!」
大きく手を振り、合図をする。フォード・アングリアは、ゆっくりと屋根の横に停止した。
ロンとエリが降りてきて、サラの荷物を車に詰め込む。
それから、ゆっくりと高度を下げていく。
「サラ、ハリーの部屋は何処だい?」
「西側よ。窓に鉄格子が嵌っているから、直ぐに分かるわ……」
静まり返ったプリベット通りに、車のエンジン音がやけに響く。
「あ! あれじゃね?」
家の西側に回ってくると、エリが一つの窓を指差して言った。
車は窓に近付いていく。
車が窓の横に到着すると、ロンが鉄格子をガタガタと揺すった。
No.33
「ロン!?」
ハリーは声にせずに叫んだ。部屋の外を気にしながら、忍び足で窓まで来て、窓ガラスを上に押し上げる。
「ロン、一体どうやって?
――何だい、これは?」
ハリーは窓の外の様子を目にし、呆気にとられた。トルコ石色の旧式自動車に乗った、ロン、サラ、エリ、フレッド、ジョージ。それはいい。だが、車は空中に停車しているのだ。
フレッドがハリーに笑いかける。
「よう、ハリー。元気かい?」
「エリから手紙が来たんだ」
ロンが、ハリーに説明する。
「どうして、僕の手紙に返事が来なかったのか……。でも、その手紙が来るまで随分掛かったから、一ダースぐらい出しちゃったよ。家に泊まりにおいでって。そしたらパパが帰ってきて、君がマグルの前で魔法を使ったから、公式警告状を受けたって言うんだ……」
「僕じゃない――でも君のパパ、どうして知ってるんだろう?」
「パパは魔法省に勤めてるんだ」
サラは、ロンの隣から身を乗り出した。
「ほら、私言ったでしょ? 出かけにエリに頼んどいたって。この事、予め言っておけば良かったんだけど、連絡が急だったから……」
「この車は? どうして君達は魔法を使って大丈夫なの?」
「ああ、これは違うよ。パパのなんだ。借りただけさ。僕達が魔法を掛けた訳じゃない。君の場合は、一緒に住んでるマグルの前で魔法をやっちゃったんだから……」
「言ったろう、僕じゃないって。サラから聞かなかったのかい?」
「エフィーもシロも、ロンからの返事を携えて日本まで行ってたから、私からは連絡が取れなかったのよ。エリに話した事しか伝わってないわ。だから、ハリーの事は何も」
エリも、後ろの席から顔を覗かせる。
「でも、説明は後だ。近所の奴らに見つかる前に、ハリーをここから出さないと」
「だけど、魔法で僕を連れ出す事は出来ないだろ――」
「そんな必要ないよ。僕達が誰と一緒に来たか、忘れちゃいませんか、だ」
ロンは運転席を顎で示し、ニヤリと笑った。
フレッドがロープの端をハリーに放ってよこす。
「それを鉄格子に巻き付けろ」
「叔父さん達が目を覚ましたら、僕はおしまいだ」
ハリーは不安げな声を出しながら、ロープを鉄格子に堅く巻きつける。
「心配するな。下がって」
フレッドがエンジンをふかした。
ハリーは窓際を離れる。
エンジン音は段々大きくなる。突然、バキッと言う大きな音を立て、鉄格子が窓から外れた。車は鉄格子をぶら下げたまま、数メートル直進した。ロンとエリとで、鉄格子を車の中に引っ張り上げる。
鉄格子は無事車の中に収まった。
フレッドは車をバックさせて出来る限り窓に近づける。
「乗れよ」
ロンが言うが、ハリーは困ったようにする。
「ホグワーツの物が……杖とか……箒とか……」
「何処にあるんだい?」
「階段下の物置に。鍵が掛かってるし、僕、この部屋から出られないし――」
「任せとけ」
ジョージが助手席から声をかけた。ハリーを退かせ、フレッドと二人で窓を乗り越えて部屋に入る。
ハリーは部屋の中の物をかき集め、次々とロンに手渡す。サラとエリとで、ロンから渡された荷物を狭い車内に詰め込んでいく。
部屋の中の物を車に詰め込むと、ハリーは部屋を出て行った。少しして、フレッドとジョージと共にトランクを運んできた。フレッドが車に乗り込み、ロンと一緒にトランクを引っ張る。ハリーとジョージは部屋の中から押す。
ダーズリー氏の咳払いが聞こえる。
「もうちょい」
フレッドが、喘ぎながら言う。
「あと一押し……」
やっとの事で、トランクは車の後部座席に収まった。
ジョージが行こうと囁き、車に乗り込む。ハリーも後に続こうとしたその時、部屋の中から大きな鳴き声がした。そして、それに続く怒鳴り声。
「あの忌々しいふくろうめ!!」
「ヘドウィグを忘れてた!」
ハリーは部屋の隅まで駆け戻る。閉まった戸の隙間から、明かりが漏れ込んだ。ハリーは鳥籠を掴んで窓まで駆け、ロンに籠を投げ渡す。箪笥をよじ登る。扉の叩かれる音。大きな音を立て、扉が開いた。
一瞬、その迫力に一同が固まる。バーノンも、思いもしなかった光景に一瞬立ち竦んだ。
しかし次の瞬間、バーノンは飛びかかり、ハリーの足首をむんずと掴んだ。ロン、フレッド、ジョージ、エリ、奥にいるサラも加わって、ハリーの腕を掴んで力の限り引っ張り上げる。
「ペチュニア!」
バーノンは開け放された扉の向こうに叫んだ。
「奴が逃げる! 奴が逃げるぞ!!」
「せーの!」
エリの掛け声に合わせて、五人は一気にハリーを引っ張った。ハリーの足がバーノンの手を逃れる。ハリーが車に乗り、扉を閉めのを見るなり、ロンが叫んだ。
「フレッド、今だ! アクセルを踏め!」
車は、月に向かって上昇していく。
ハリーは窓を開け、頭を突き出して後ろを見た。プリベット通りの家々がどんどん小さくなっていく。バーノン、ペチュニア、ダドリーの三人が、ハリーの部屋の窓から身を乗り出し、呆然としている。
「来年の夏にまたね!」
車内はしんとしていた。窓の向こうでは、ヘドウィグが嬉しそうに飛びまわっている。
「そりゃ、臭いな」
ハリーとサラとで説明をし終え、最初に口を開いたのはフレッドだった。
ジョージが相槌を打つ。
「まったく、怪しいな。それじゃ、ドビーは、一体誰がそんな罠を仕掛けてるのかさえ教えなかったんだな?」
「教えられなかったんだと思う。今も言ったけど、もう少しで何か漏らしそうになる度に、ドビーは壁に頭をぶつけ始めるんだ。
……若しかして、ドビーが僕やサラに嘘を吐いてたって言いたいの?」
フレッドとジョージが顔を見合わせたのを見て、ハリーは言った。
サラは無言で、膝の上でぎゅっと拳を握る。
「うーん……何て言ったらいいかな。
『屋敷僕妖精』ってのは、それなりの魔力があるんだ。だけど、普通は主人の許しが無いと使えない。ドビーの奴、君達がホグワーツに戻ってこないようにする為に、送り込まれて来たんじゃないかな。誰かの悪い冗談だ。
学校で君達に恨みを持ってる奴、誰か思いつかないか?」
「いる」
ハリー、ロン、エリが即座に答えた。ハリーがそのまま後を続ける。
「ドラコ・マルフォイ。あいつ、僕を憎んでる」
ドラコの名前に、ジョージが振り返った。
「ドラコ・マルフォイだって? それって、ルシウス・マルフォイの息子じゃないか?」
「多分、そう。ざらにある名前じゃないもの。だろ? でも、どうして?」
「パパがそいつの事を話してるのを、聞いた事がある。『例のあの人』の大の信者だったって」
サラは、窓の外を飛びまわるヘドウィグを一心に見つめ続ける。
フレッドも、運転をしながら会話に加わった。
「ところが、『例のあの人』が消えたとなると、ルシウス・マルフォイの奴、直ぐに寝返って来て全て本心じゃなかったって言ったんだそうだ。
嘘八百さ――パパは奴が『例のあの人』の腹心の部下だと思ってる」
突然、ハリーがサラを振り返った。
「ねぇ、サラ。サラはマルフォイの家に行ったよね? マルフォイの家に『屋敷僕妖精』っていた? ドビーってのが偽名、って事も考えられるし……」
「……知らないわ。仮に屋敷僕妖精がいたとしても、彼らは人の目に付かずに働くものよ。いるにしても、いないにしても、全く見てないわ」
嘘は、すらすらと口をついて出た。
ハリー達は、簡単に納得したらしい。再び何処の屋敷僕なのか、という話に戻っていった。エリだけが、サラをまだじっと見つめていた。
ドビーは、誰かに仕掛けられて来たのだろうか。ルシウス、ナルシッサ、ドラコ。彼らの内の誰かに、命じられて来たのだろうか。
ドラコの父親が死喰人だったというのは、事実なのだろうか。確かに彼らは、純血主義者だ。でも、ドラコがハリーやロンを憎むのと同時に、ハリーとロンだってドラコを憎んでいる。親も同じだという可能性だって、皆無ではない。
ドラコの両親がハリーやサラを行かせまいとして、何になる? 仮に、彼らがヴォルデモートの手下だったとしよう。昨年度、ハリー達がヴォルデモートの復活を止めた事を、憎んでいたとしよう。
だがそれでも、彼らは大人だ。こんな女々しい方法でハリーに仕返しをするとは思えない。気に食わないから、学校へ来られなくしよう――この思考はまるで、喧嘩相手に対する子供のようだ。
……そう、子供。
だけれど、サラはその必然的な答えを認めたくなかった。
何故、自分の所にまで仕向けた? 何故、サラまで退学になりかねないような事をしでかした?
ドラコがハリーに仕向ける動機は、決まっている。――自分も、同じなのだろうか。
ドラコは、サラをも退学にしようとしたのだろうか。どうして。自分は嫌われていたのだろうか……。
ハリー達が他の話題に移っても、サラは黙り込んだままだった。
いつの間にか眠ってしまったらしい。サラは、軽い振動で目を覚ました。車の下には地面があり、皆は扉を開けて降り出している。
「やあ、サラ。起きたかい?」
前の席のジョージが、車を降りながら言った。
「もう着いたよ。荷物は後からこっそりジニーの部屋にでも運べばいい。今は兎に角、そーっと静かに二階へ上がって」
車の外では、同じ内容の作戦をフレッドがハリーに説明している所だった。サラは荷物をまとめ、車を降りた。
フレッドも、ジョージも、目を輝かせて作戦を説明している。
「……でも、そう上手くはいかないみたいよ」
サラは、欠伸を手で隠しながら言った。エリはしきりにフレッドに知らせようとするが、邪魔者扱いされてしまう。ジョージはきょとんとする。
と、庭の向こうにウィーズリー夫人が現れた。そちらを向いていたロンの顔から、さーっと血の気が引く。エリは絶望的に天を仰ぎ、溜め息を吐いた。
彼女は鶏を蹴散らしながら、猛然と突き進んでくる。
フレッドもジョージも、諦めたようだった。
ウィーズリー夫人は、どんな言い訳も聞かなかった。
凄みを効かせ、フレッド、ジョージ、ロンの三人に怒鳴った。
「ベッドは空っぽ! メモも置いてない! 車は消えてる……事故でも起こしたかもしれない……心配で気が狂いそうだった……分かってるの!? こんな事は初めてだわ! お父さんがお帰りになったら覚悟なさい。ビルやチャーリーやパーシーは、こんな苦労は掛けなかったのに……」
「完璧・パーフェクト・パーシー」
フレッドが、皮肉気に低く呟いた。
「パーシーの爪の垢でも煎じて飲みなさい!!」
ウィーズリー夫人はフレッドの胸に指を突きつける。
「貴方達、死んだかもしれないのよ。姿を見られたかも知れないのよ。お父さんが職を失う事になったかもしれないのよ――」
ウィーズリー夫人は、ずっとこの調子で、声が枯れるまで怒鳴り続けた。
実際には数十分程度だったが、何時間も経ったかのように思われた。
不意に、彼女はハリー、サラ、エリの方へ向き直った。三人とも、揃って後ずさりする。
ウィーズリー夫人はにこやかに言った。
「まあ、ハリー、サラ。よく来て下さったわねえ。家へ入って、朝食をどうぞ。エリも、疲れたでしょう? ごめんなさいね、この子達につき合わせちゃって――」
ウィーズリー夫人はくるりと背を向け、家の方へ歩き出した。
あまりの態度の違いに、サラもエリもは呆然としていた。
ましてやエリは昨夜から泊まっていて、三人と共に抜け出したのだ。その為に来たようなものだ。共犯と言っても差し支えない。
戸惑いながらも、彼女達はウィーズリー兄弟とハリーの後について行った。
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The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
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2007/05/14