日本へと帰ったエリは、今日も俊哉と留美の二人と出かけていた。
遊園地へと来たのだが、やはり夏休みという事で園内は人で込み合っている。午前中だけで、既に三人はくたくただった。エリでも、この炎天下長時間並びっぱなしというのに疲れぬ筈が無い。
そして今も、エリ達は長蛇の列に並んでいた。
昼食をとろうとしているのだが、何処の店にしても混んでいるのだ。
「腹減ったー……まだかよ〜」
「あたし、クッキー焼いてきたんだ。食べる?」
「食うー!」
エリは突然復活し、元気良く返事をする。
留美は荷物から袋を取り出し、差し出した。中には、様々な形をしたクッキーが入っている。
「すっげーな。これ全部、留美が作ったのか? こんな型あるのか?」
エリは、ハートや星型などの形をした、小さなクッキーを二、三枚ほど手に取り、感嘆の声を上げた。ハートや星型以外にも、色々と幾何学的な模様をかたどっている。型にしては、珍しい。
「ハートは型だけど、あとは全部手で試行錯誤だよ」
「ほんとかよ!? すっげーなぁ……」
言ったのは、エリではなかった。
エリが口を開く前に、俊哉がそう、口にした。そして、エリの方を振り向く。
「エリも少しは、こうやって料理とか女らしい特技があればいいのになー。健気な彼女とかさ、良くね?」
俊哉は冗談めかして言った。
「ねーよ。漫画じゃあるまいし。俺と付き合った時点で、それは諦めるんだな」
エリは、笑いながら返した。
料理かぁ……。
俊哉は冗談で言っている。それぐらい、分かっている。
だけど……。
エリは、クッキーと共に、僅かな劣等感を噛みしめていた。
No.27
階下からは、エリとナミの声が聞こえている。サラも下にいるだろうが、声はしない。圭太はまだ帰っていない。
エリの話を遮り、ナミが何か言った。そして再び、エリと話し出す。
僅かに間が空いて、階段の下からサラの声が響いた。
「アリスー。早く降りてきなさい。揚げ物なのに、冷めるわよ」
「んー。行くー」
適当に返事をし、だが、アリスは部屋を出ようとはしない。
アリスの足元にいるのは、先日ダイアゴン横丁にて買ってもらった、黒猫のリア。
ふくろうにはしなかった。ふくろうなら、学校のを借りれば良い。それに、ふくろうは連れ歩く訳にはいかない。
ホグワーツでも姉達と比べられるのは、ご免だ。しかし、折角姉が人気者なのだ。利用しない手は無い。
アリスも、ホグワーツの生徒全員と馬が合うとは思っていない。姉の人気に便乗し、上手くいったとしても、それを疎ましく思う者は必ずいるだろう。
サラもエリも、利用できる点は名声だけではない。二人は特別だ。サラは勉学、エリは体力が、他の人よりも秀でている。
アリスは、足元のリアに目をやる。
「リア。行って!」
リアは従順に、殆ど駆けるようにして部屋を出て行った。
「なんで駄目なんだよ! だって、もう九月からは二年生だぜ? 箒ぐらい、買ってくれたっていいじゃんか」
「箒がいくらすると思ってるの? 学校にあるので十分でしょ。買いません」
サラが食卓へと戻ってきても、まだエリは駄々を捏ねていた。
サラは呆れ、鼻で笑う。エリは気づき、睨んだがサラに構っているつもりはなかった。
「学校のじゃ、枝があちこちに飛び出してたりとか、柄が日焼けして反ってたりとか、そんなんだぜ?」
「別にいいじゃないの。箒で何処へ行くって言うの? ここらじゃ飛ぶ事なんて出来ないよ。学期中は、無断で校外へ出るのは禁止されてるしね」
ナミ自身、人の事を言えるような学生生活ではない。だが、だからと言って娘に許す訳にもいかない。
「違う。外出用じゃなくって、その……俺、クィディッチの寮代表になりたいんだ」
どうせ、そんな所だろうと思っていた。寧ろ、去年ハリーとサラが寮代表になったというのに――つまり、一年生の選手が許されたというのに、エリが立候補しなかった事の方が不思議なぐらいだ。
サラは二人に構わず、自分の分だけ、茶碗にご飯をよそう。アリスは呼んだのにも関わらずまだ来ないが、構わない。
席に着き、手を合わせて箸を手に取った丁度その時、足元で小さな鳴き声がした。見れば、リアがサラを見上げている。サラはじっと自分を見上げている黒猫に微笑んだ。
「駄目よ。これ、魚じゃないもの。お腹壊しちゃうわ。あなたの餌は、後であるから。
なんなら、あなたのご主人様を呼んでおいで。アリスが降りてこない限り、あなたも餌を貰えないわよ」
リアはくりっとした目でサラを見つめ、くるりと背を向ける。
自分の言った事を理解したのかと思ったが、リアはそのまま居間を出ず、顔だけ振り返る。まるで、「ついて来い」とでも言っているかのようだ。
「なあに? ついて来いって事?」
サラは箸を卓上に戻し、立ち上がる。それを確認すると、リアは歩き出した。
サラは、首を傾げながらリアについて階段を上っていった。
リアがサラを案内したのは、アリスの部屋だった。部屋の扉の前にアリスが立っていて、戻ってきたリアを抱き上げ、撫でて餌をやる。
サラはきょとんとしている。
「夕飯? もう行くところよ。行こっ、サラ!」
アリスは、人懐っこい笑顔でそう言うと、サラの手を引き、一階へと向かう。
訓練成功。申し分なく、合格である。魔法界の猫は、賢くて、躾も楽だ。
この分なら、何があっても大丈夫だろう。
アリスは心の中でほくそ笑んだ。
「早く! まだ? もう、予定してたのには間に合わないわよ。次のじゃ、ギリギリね……間に合うかしら」
チャリング・クロス駅の時刻表を手に、アリスは部屋の外へと呼びかける。サラは荷物をまとめ、静かに本を読んでいる。
現在、九月一日の夕暮れ。イギリス時間では、まだ昼前。今日、三人はホグワーツへ向かうのだ。
アリスは苛々と時計と廊下を交互に見る。
少しして、エリとナミが部屋へ駆け込んできた。エリは、箒を手に持っている。
「結局、買ったの? いつの間に?」
アリスが、エリの持った箒を指差し、尋ねた。
「買ってなんかないよ。これは、貴方達のおじいちゃんが使ってた箒。おじいちゃんも、母親から譲り受けたらしいよ。私は箒の種類なんて分からないけど、随分と性能がいいのは確かだから」
「クィディッチ選手になれたら、新しいのを買ってくれるんだとさ。予選はこれで出ろだって」
エリは、「こんな古い箒、予選以前に飛べるのかも怪しい」とでも言いたげな様子だ。
だが、ナミに微笑まれて黙り込む。アリスが、自分の腕時計を見て声を上げた。
「大変! 早くしないと、次の電車にも乗り遅れるわよ!!」
十時五十分、電車はキングズ・クロス駅に到着した。途端に三人は飛び出し、九と四分の三番線へと駆ける。
今年も、ナミは見送りには来ない。
九番線と十番線の間の柵の前には、見覚えのある一家がいた。赤毛の大家族の中に、黒髪の小柄な少年が一人――ウィーズリー一家とハリーだ。
ウィーズリー氏が柵を通り抜けて行った所だった。
後に続こうとした双子が、三姉妹に気がついた。
「やあ! エリ! サラ!」
フレッドとジョージは、二重唱で叫んだ。
「君達もまだだったんだね!」
「その子が、エリの言っていた妹かい?」
「つくづく、君達姉妹って似てな――」
「早く行きなさい! もう時間がないのよ!!」
ウィーズリー夫人に怒鳴られ、二人は「それじゃ、列車で」と手を振り、壁を通り抜けていなくなった。
サラ、エリ、アリスは、軽く頭を下げてウィーズリー夫人に挨拶をする。
「それじゃあ、貴女達、お先にお行きなさいな。三人は無理ね――二人かしら。誰と誰が行く?」
「私は最後でいいですよ」
サラはそう言うと、ハリーとロンの後ろへ回った。
「じゃあ、俺とアリスが行くよ。皆、後でな」
エリはアリスと共に、障壁を通り抜けていなくなった。
「私がジニーを連れて行きますからね。三人とも、直ぐにいらっしゃいよ」
ウィーズリー夫人はジニーの手を引っ張りながらそう言い、行ってしまった。
残り一分。
「それじゃ、二人共先にどうぞ。直ぐ後に続くから」
ハリーとロンは頷き、カートの方向を柵に向けた。
柵をめがけて歩いていく。段々とスピードを上げる。駆け出す。そして――通り抜けなかった。二人は大きな音を立て、荷物を辺りに盛大に撒き散らしながら、跳ね返ってその場に倒れた。
「大丈夫!?」
サラはカートをその場に残し、慌てて二人の方へと駆け寄った。周りのマグルは、ジロジロとこちらを眺めている。
サラは痛い視線が突き刺さるのを感じながら、二人の荷物を拾うのを手伝う。
駅員までもが駆けつけてきた。
「君達、一体全体、何をやってるんだね?」
「カートが言う事を聞かなくて」
ハリーが脇腹を押さえて立ち上がり、喘ぎながら答えた。ロンは大騒ぎするヘドウィグを拾いに走っていった。人垣から、動物虐待だという声まで聞こえる。
荷物をあらかた拾い上げると、サラは障壁へと歩み寄った。未だ残っているマグルの野次馬に気づかれぬよう、背で隠しながら手で障壁に触れる。しかし、あるのは硬い感触で、通り抜ける事は出来ない。
「駄目。完全に塞がってるわ」
サラはひそひそと話しているハリーとロンに近付き、これまた声を潜めて言った。
ハリーに倣い、サラとロンも頭上にある大時計を見上げた。そして、絶望する。もう間に合わない。あと八秒。
無理だと言ったのに、ハリーはカートを進め、必死で通り抜けようとする。だが当然、通り抜ける事は無い。
三――二――一――
「行っちゃったよ」
呆然としながら、ロンは言った。
「汽車が出ちゃった。パパもママもこっち側に戻って来れなかったらどうしよう? 君達、マグルのお金、少し持ってる?」
「ダーズリーからは、かれこれ六年間、お小遣いなんか貰った事が無いよ」
ハリーは力なく笑い、サラに目を向ける。サラは肩を竦めた。
「日本円が、七百二円。ここへ来るまでのポンドは渡されても、余分なお金なんてくれないもの」
ハリーは辺りを見回した。ヘドウィグがギャーギャーと喚き続けている所為か、まだ見ている人がいる。
「ここを出た方が良さそうだ。車の傍で待とう。ここは、人目につき過ぎるし――」
「ハリー!」
ハリーの言葉を遮り、ロンは目を輝かせて言った。
「車だよ!」
「車がどうかした?」
「ホグワーツまで、車で飛んで行けるよ」
「そんな。休暇中、魔法を使ったりしたら――」
「僕達、困ってる。そうだろ? それに、学校に行かなくちゃならない。
半人前の魔法使いでも、本当に緊急事態だから、魔法を使ってもいいんだよ。何とかの制限に関する第十九条とか何とか……」
「未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令、第七条でしょう。それは知ってるわ。でも、それって他に手立てが無い場合じゃないの? 私達にはふくろうがあるじゃない。手紙を送れば――」
「またドビーに奪われるのが落ちだよ。
君、車を飛ばせるの?」
ハリーもロンに大乗り気だ。
カートを出口へと押していく二人に、慌ててサラも自分のカートを押してついていく。
ホグワーツ特急の中では、ハーマイオニー、ジニー、エリ、アリスが、ハリー、ロン、サラの三人を探し回っていた。
ハーマイオニーとエリは後方、ジニーとアリスは前方だ。自分達のコンパートメントから、一つ一つのコンパートメントを覗いて進んでいく。
どうせなら、ハーマイオニーと回りたかったなあ……。
同学年の子よりは、上級生と仲良くなっておく方が得だ。名家だったりするのならば話は別だが、ウィーズリー家は旧家ではあっても、特に地位が高い訳ではない。
「ねぇ、どうしよう。三人が間に合ってなかったら……」
「きっと大丈夫よ! だって、サラとハリーはふくろうを持ってるもの。学校に手紙を出して、きっと何とかするわ」
「君、この間のポッターのガールフレンドじゃないか!」
やって来たのは、ダイアゴン横丁で大人二人が喧嘩をしていた時、サラが話しかけていた男子生徒だった。背後には図体の大きな男子を、二人従えている。
「ドラコ・マルフォイよ。すっごく嫌な奴だって、ロンが言ってたわ」
ジニーは、警告するようにしてアリスに耳打ちする。もちろん、アリスはドラコの事はサラからもエリからも聞いている。
「今日はポッターと一緒じゃないんだな。あいつは何処だ?」
「それが貴方にどう関係あるの?」
ジニーはキッとドラコを睨みつける。
「君、新入生だろう? 変にたてついたりしない方が、身の為だ」
ドラコの背後で、二人の男子生徒がぽきぽきと手を鳴らす。ジニーは全く怯まなかった。
「そんなの、怖くないんだから! ロンの言ってた通りだわ。最低ね!」
「ドラコ・マルフォイ? 若しかして、サラが言ってた人かしら?」
アリスが、二人の間に割って入った。
そして、ドラコに笑みを向ける。
「初めまして。あたし、アリス・モリイ。サラの妹よ。よろしくね」
「え? あ、ああ……そうか。君がアリスか。クリスマス、サラに手紙を出した子だよな?」
「ええ。名前を覚えてくれてたのね! 嬉しい!」
アリスは無邪気に笑って見せる。
ジニーは、ぽかんと呆気に取られていた。
「サラ達ね、あたし達も分からないのよ。あたし達、ギリギリで列車に乗り込んだの。間に合わなかったのかしら……ああ、もちろん、それは一つの可能性であって、そうと決まった訳じゃないわ」
ドラコの顔色が変わったのに気づき、アリスは慌てて付け加えた。
「だから、こうして探してるんだもの。後ろの方の車両は、エリとハーマイオニーが探してるわ。
ねぇ、若し見つかったら、あたし達にも教えてちょうだい」
「ああ、分かった」
ドラコは頷いた。
アリスは「ありがとう」と言って微笑むと、横をすり抜けて行こうとした。しかし、ドラコに呼び止められる。
「なあに?」
「これより前にはいなかったよ。だから、いるとしたら後ろの方だろうな」
「そうなの。ありがとう。
行こう、ジニー!」
アリスとジニーは、殆ど小走りにエリとハーマイオニーの所へと向かった。
「ねぇ、アリス、知らないの?」
二人の所へと向かいながら、ジニーがアリスに尋ねた。アリスは「ん?」と首を傾げる。
「エリから話、聞いてない? マルフォイって、本当に嫌な奴みたいよ。お金持ちだからって、それを鼻にかけたような態度らしいわ。一々、ロン達に突っかかって来るらしいし。特にハリーに。それに純血主義で、マグル出身者を馬鹿にするのよ? 典型的なスリザリン生だわ」
「聞いてるわよ」
「それじゃ、どうして? あんな奴とは仲良くならない方がいいわよ」
「でも、サラからはいい所も聞いてるから。サラは、彼と仲がいいみたいよ」
「でも――」
「エリはサラの事を嫌ってるわ。『サラは嫌な奴だ』って、エリは言ってるでしょう? でも、ジニーはサラの事は嫌ってないのよね?
それと一緒よ。嫌な奴かどうかは、自分で判断するわ。誰だって、馬が合う・合わないがあるだろうし。
初めから『こいつは嫌な奴だって聞いた。仲良くなんかしたくない』って、壁を作るよりも、誰とでも仲良くなってみた方が、楽しく過ごせると思わない?」
アリスはそう言い、にっこりと笑った。
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The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
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2007/06/17