自分達の家と違い、ナミの実家はしんと静まり返っていた。
聞こえるのは、柱時計の音だけ。
真っ暗闇の中、アリスは寝返りを打った。ここにはテレビも無く、する事がないので床に就いたが、まだ九時頃だ。寝られる筈が無い。
サラとエリは、魔法界のお店で今、何をしているだろう。
――どうして、あの二人だけなの?
アリスだって、決して平均程度なんかではないのに、あの二人がいるから自分が一番になる事は無い。
どんなに頑張っても、あの二人は「特別」なのだ。アリスはそれに勝てっこない。
能力だけでなく、生まれまでもが「特別」だったなんて。
自分が恵まれている事は分かっているし、あの二人がそんな事で「特別」である事なんか決して喜ばないという事も分かっている。
早く、来年になって欲しい。
早く、ホグワーツに入学したい。
魔法学校という事自体が、アリスにとっては「特別」だった。
「特別」な環境でなら、きっと変わる。アリスはそう、漠然と考えていた。
No.4
「ねえ、ハグリッド。クィディッチってなあに?」
サラが採寸を終えるまでに、エリとハリーでサラの分も羊皮紙と羽ペンを買いに行った。その店でエリがあの男の子に一言言っといた事を放すと、ハリーは元気を取り戻し、ハグリッドにそう聞いた。
店を出ればサラも終わったらしく、今はアイスを片付けるのに忙しい。
「なんと、ハリー。お前さんが何にも知らんと言う事を忘れ取った……クィディッチを知らんとは!」
「これ以上落ち込ませないでよ」
ハリーは彼の話をした。途中途中、エリも口を挟んで説明した。
その間に、サラはアイスを食べ終えた。
「――その子が言うんだ。マグルの家の子は一切入学させるべきじゃないって……」
「お前達はマグルの家の子じゃない。お前が何者なのかその子が分かっていたらなあ……その子だって親が魔法使いなら、お前さん達の名前を聞きながら育った筈だ……魔法使いなら誰だって、『漏れ鍋』でお前さん達が見た通りなんだよ。兎に角だ、その餓鬼に何が分かる。俺の知ってる最高の魔法使いの中には、長い事マグルの家系が続いて、急にその子だけが魔法の力を持ったという者もおるぞ……お前の母さんを見ろ! 母さんの妹がどんな人間か見てみろ!」
「クィディッチは?」
サラが口を挟んだ。
「私、おばあちゃんとの会話でだと思うけど、聞いた事がある気がするの……何か、競技の名前じゃなかった?」
「そうだ。俺達のスポーツだ。魔法族のスポーツだよ。マグルの世界じゃ、そう、サッカーだな――誰でもクィディッチの試合に夢中だ。サラとエリのばあさんも、ホグワーツではクィディッチの選手だった。じいさんもだ。あの二人の試合は伝説だ。だから、サラがその話を聞いていても不思議じゃねぇ。箒に乗って空中でゲームをやる。ボールは四つあって……ルールを説明するのはちと難しいなあ」
「じゃ、スリザリンとかハッフルパフ、レイ……何だったかな。なんか、そういう名前のは?」
「レイブンクローだな。学校の寮の名前だ。四つあってな。ハッフルパフに劣等性が多いと皆は言うが、でも――」
「僕、きっとハッフルパフだ」
「スリザリンよりはハッフルパフの方がマシだ。悪の道に走った魔法使いや魔女は、皆スリザリン出身だ。『例のあの人』もそうだ」
「ヴォルデモートも?」
エリとサラが言うと、ハグリッドは息を呑んだ。
「その名前を言うんじゃねぇ!」
「ダンブルドアは言いなさい、って言ったわ。――そうだったの?」
「……昔々の事さ」
次に教科書を買った。
ハグリッドは順番を間違えた。本屋なんて、後回しにすべきだったのだ。そこでサラは教科書以外にも大量に本を買い込み、荷物がかさばって仕方が無い様子だった。ハリーとハグリッドは手伝いを申し出たが、サラは断った。どうせ、魔法で軽くしてあるのだろう。
エリ達三人とも、魔法薬の材料を測る秤は上等な物を買い、真鍮製の折りたたみ式望遠鏡も買った。ハリーは純金の大鍋を買おうとしていたけど、恐ろしくてそんな事エリはしようとも思わなかった。無駄遣いした事がナミに知れれば、間違いなくあの素敵な笑顔を向けて下さる事だろう。
その次に入った薬問屋は色々と醜悪な物が置いてあったが、それはそれで面白かった。エリが、一さじ五クヌートの黄金虫の目玉を指差して「ハグリッドの目玉と似てるな」と言うと、ハグリッドはあまり気に入らなかったようだった。
薬問屋から出て、ハグリッドは教科書リストを調べた。多分、ハリーのだろう。
「あとは杖だけだな……おお、そうだ、まだ誕生祝いを買ってやってなかったな」
その言葉に、ハリーは顔を赤らめた。
「そんな事しなくていいのに……」
「しなくていいのは分かってるよ。そうだ。動物をやろう。ヒキガエルは駄目だ。大分前から流行おくれになっちょる。笑われっちまうからな……猫、俺は猫は好かん。くしゃみが出るんでな。ふくろうを買ってやろう。子供は皆ふくろうを欲しがるもんだ。何ちゅったって役に立つ。郵便とかを運んでくれるし」
「ハリー、誕生日なの? 今日?」
サラの問いに、ハリーは頷いた。
サラは笑顔で「じゃあ、私も何かあげなくちゃね」と言う。
エリは眉を顰めた。いつものサラと違い、やけに愛想が良くて、はっきり言って気持ち悪い。
「じゃあハグリッド。私、他のお店見てくるわ。エリは如何する?」
「俺もサラの方に行くよ」
「分かった。そんじゃ、俺達はそこのイーロップふくろう百貨店にいるからな。迷子にはならんようにな」
「ええ、大丈夫よ。――行きましょう、エリ」
――何だ、こいつ。
いきなり愛想が良くなっている。……気持ち悪い。
ハリーとハグリッドと別れると、予想通り、エリは即刻言った。
「サラ……お前、何企んでるんだ? 明らかにキャラが違ぇよな?」
サラは感情の無い目でエリを見上げながら、フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店へと足を運ぶ。
「ほら、いつもそういう顔してるくせによ。なんか今日は妙に大人しいし、変に愛想良いし。如何いうつもりだ?」
「別に。彼らは何もしてきてないじゃない。冷たくする理由も無いでしょう?」
「本音は?」
「それが本音よ」
「……」
エリは黙り込んだが、やはり警戒するような視線を送っていた。
何も、嘘など吐いていない。それが本音だ。
マグルの学校では、周りは皆、敵だった。
ダンブルドアから話を聞いているのではないかと最初は警戒してたが、如何やらその様子は無い。それなら、この世界の人達は、皆、あの世界でのサラを知らない。誰も、サラを攻撃しない。自己防衛の必要は無い。
ダンブルドアは、やり直すチャンスを与えてくれた。
これからの世界は、皆、私と同じ魔法使い。サラは、「化け物」ではない。「異端者」ではない。
だからきっと、大丈夫……。
ハリーの誕生日プレゼントを買い、サラ達はハリーとハグリッドの待つイーロップふくろう百貨店に入った。
店の中は薄暗い。此処彼処からふくろうのバタバタと言う羽音がし、四方八方で目が光っている。
「すっげ……マジでふくろうばかりだな。なぁ、ふくろう買っても、母さん怒らないと思うか? 怒んねぇよな? だって、魔法界じゃふくろうで手紙出したりするんだろ? だったらいた方が便利だろうし……」
「さあね。私に聞かれても困るわ。――じゃ、私はどの子を買おうかしら」
サラの言葉に、エリはちっと舌打ちする。そして、店内を見回した。ふくろうを見ているのだか、二人を捜しているのだか。
恐らく、前者だろう。ふくろうの籠が乗った商品棚は天井まであって、いくらハグリッドが大きいとは言えキョロキョロと見回すだけで見つかるとは思えない。
サラは一匹一匹を眺めながら、奥へと歩を進めた。看板に偽りは無く、森ふくろう、このはずく、めんふくろう――様々な種類のふくろうがいる。
「サラ! ハリー達、こっちにいるぜ!」
棚の向こうにエリの顔が見え、そう言った。
サラはアカアシ森ふくろうの籠を離れ、もう一つ向こうの通路へ行く。
そこは白ふくろうや茶ふくろうの列で、そこにハリーとハグリッドはいた。エリはもうプレゼントを渡したらしく、ハリーは誕生日用に包装された小さな包みを持っている。
サラは、先ほど買った本を取り出した。これも、誕生日用に包装されている。
「誕生日おめでとう、ハリー。これ、さっきハリーが立ち読みしてた本よ。でもね、他の本を読んで分かったんだけど、例え使えても未成年は特別な場合を除いて魔法を使っちゃ駄目みたい。『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令』に引っかかるらしいわ」
「そっか……でも、ありがとう!」
そしてハリーは、何度もお礼を言う。
「別に構わないって。そんなに高いものじゃないし」
ハリーの本当に嬉しそうな顔に、サラもつられて笑顔になる。
エリは、何処からかふくろうの入った籠を下げてやってきた。
「見ろよ、このふくろう! 顔おもろくね? 足も長ぇし。あっちの方、もっと面白い顔のふくろうがたくさんいたぜ。なんか顔が平べったいのとか」
「これは、めんふくろうじゃな。エリも買うんか?」
「うーん……」
エリは如何しようか考え込むが、どうせ結局は買うのだろう。いつもそうだ。だから、エリは友達と一緒に遊びに行く時にもらえるお金をたった百円にされてしまった。
「ねぇ、ハグリッド。私、向こうの方見てくるわね。買い終わったら出入り口の所で会いましょう」
「ああ、分かった」
サラはそう言って、更に奥へと進んだ。
どのふくろうにしようか。
ふと、突き当たりの立ち木に止まったふくろうが目に留まった。
何の種類だろう。灰褐色に黒い斑点や黄色い目など、特徴はシマフクロウだ。けれど、それにしては小さい。全長四十センチあるか無いかだ。第一、あれは絶滅危惧種の筈。
サラは、傍の立ち木のふくろうに餌をやっている店員を呼び止める。
「はい。何をお求めでしょう?」
「このふくろう、何の種類ですか?」
店員は営業スマイルで、そのふくろうを見た。
「シマフクロウと森ふくろうの雑種ですよ。雑種なんて、滅多にないのですがね……」
サラは、この子を飼う事にした。
雑種のふくろうを買って店を出ると、ハリーがハグリッドに何度もお礼を言っているところだった。
「そんじゃ、あとはオリバンダーの店だけだ……杖はここに限る。杖のオリバンダーだ。最高の杖を持たにゃいかん」
「やった! 俺、これが一番楽しみだったんだよな〜」
エリはそう言って飛び跳ねた。
エリの持った籠の中で眠っていためんふくろうが、慌ててバサバサと羽ばたいた。
オリバンダーの店は、狭くてみすぼらしかった。扉には、剥がれかかった金色の文字で「オリバンダーの店――紀元前三八二年創業 最高杖メーカー」と書かれている。
中に入ると、奥の方でチリンチリンとベルが鳴った。奥から人が来る気配がする。
店内は、古色蒼然たる様子だった。ナミの実家と同じような静けさが漂っている。
「いらっしゃいませ」
柔らかな声がして、ハリーとハグリッドが飛び上がった。サラとエリは近付いてきているのが気配で分かったが、そうでなければ二人も飛び上がっていた事だろう。
「こんにちは」
サラ、エリ、ハリーの声が重なった。
老人の銀色の目が、店の薄明かりできらっと光った。
「おお、そうじゃ。そうじゃとも、そうじゃとも。間も無くお目にかかれると思ってましたよ、ハリー・ポッターさんにサラ・シャノンさん。それから、エリ・モリイさん」
「俺の事も知ってるのか?」
「もちろんだとも。君はお母さんによく似ている」
サラは肩を竦める。
この老人は、きちんとエリの顔が見えているのだろうか。どう見ても、エリは母親似ではなく、子供の頃のナミがエリの容姿だったとは考えにくい。
「シャノンさんは、おばあさんに似ているな。彼女達も、ここで杖を買った。よく覚えておる。あなた達のおばあさんは、桃とグリフィンの毛の杖だった。たった三種、日本から輸入した杖じゃ。芯の方も、珍しい事この上ない……。その娘の彼女は、桜と一角獣の鬣、二十五センチ。これも日本からの輸入の一つじゃ。流石は親子よ。残る輸入はあと一つになった……。ポッターさん。貴方はお母さんと同じ目をしていなさる。あの子が此処に来て、最初の杖を買って行ったのがほんの昨日の事のようじゃ。あの杖は二十六センチの長さ。柳の木で出来ていて、振りやすい、妖精の呪文にはぴったりの杖じゃった。お父さんの方はマホガニーの杖が気に入られてな。二十八センチのよくしなる杖じゃった。どれより力があって変身術には最高じゃ。否、父上が気に入ったと言うたが……実はもちろん、杖の方が持ち主の魔法使いを選ぶのじゃよ」
言いながら、オリバンダーはハリーに顔を近づけた。
「それで、これが例の……」
オリバンダーは白く長い指で、ハリーの額の傷に触れた。
「悲しい事に、この傷をつけたのも、わしの店で売った杖じゃ。三十四センチもあってな。イチイの木で出来た強力な杖じゃ。とても強いが、間違った者の手に……そう、もしあの杖が世の中に出て、何をするのかわしが知っておればのう……」
老人は頭を振り、そしてハグリッドに気がついた。その視線から逃れて、ハリーがホッと息を吐く。
「ルビウス! ルビウス・ハグリッドじゃないか! また会えて嬉しいよ……四十一センチの樫の木。よく曲がる。そうじゃったな」
「ああ、じい様。その通りです」
「いい杖じゃった、あれは。じゃが、お前さんが退学になった時、真っ二つに折られてしもうたのじゃったな?」
オリバンダーは急に険しい口調になった。
ハグリッドは足をモジモジさせた。
「いや……あの、折られました。はい。――でも、まだ折れた杖を持ってます」
ハグリッドが威勢良くそう言うと、オリバンダーはぴしゃりと言った。
「じゃが、まさか使ってはおるまいの?」
「とんでもない」
ハグリッドは慌てて答え、ピンクの傘の柄をギュッと握った。嘘が苦手なタイプらしい。
「ふーむ」
オリバンダーは探るような目でハグリッドを見ていた。が、直ぐに視線を三人の子供達へと動かした。
「さて、それでは何方からにしようかの?」
「はいっ! じゃあ、俺! いいか?」
エリが目を輝かせて進み出た。
最後の言葉は、ハリーに問う。ハリーはこくりと頷いた。
オリバンダーはポケットから巻尺を取り出した。
「では、モリイさん。杖腕を伸ばして下さい」
エリは、利き腕をオリバンダーの方へ伸ばした。
オリバンダーはエリの肩から指先、手首から肘、膝から脇の下、頭の周り、と寸法を採った。測りながらも、杖について熱弁していた。
エリの杖は、比較的早く決まった。樺と一角獣の鬣、四十五センチもある杖だ。サラが買ったふくろうより長い。
軽く十本以上の杖を振って確かめたが、それでもハリーに比べれば早い方だ。
ハリーも同じようにして寸法を採られ、そして次々と杖を振った。然し、一向に決まらない。
試し終わった杖が椅子の上に高々と積み上げられている。だが、オリバンダーは嬉しそうだった。
「難しい客じゃの。え? 心配なさるな。必ずぴったり合うのをお探ししますでな。……さて、次は如何するかな……おお、そうじゃ……滅多に無い組み合わせじゃが、柊と不死鳥の尾羽、二十八センチ、良質でしなやか」
ハリーはその杖を受け取り、頭の上まで振り上げてヒュッと振り下ろした。
すると、杖の先から赤と金の火花が花火のように流れ出し、光の玉が踊りながら壁に反射した。
ハグリッドは「オーッ」と声を上げて手を叩き、エリはいつもながら「すっげぇ!!」と言って飛び跳ね、オリバンダーは「ブラボー!」と叫んだ。
エリの時でも、こんなにも輝きはしなかった。エリの場合は赤い光が部屋中に溢れ、ふわりと温かな風が流れたのだった。
「素晴らしい。いや、良かった。さて、さて、さて……不思議な事もあるものよ……まったくもって不思議な……」
オリバンダーはハリーの杖を箱に戻し、エリのと同じように茶色の紙で包みながら、「不思議だ」を連呼する。
エリがイラついたように聞いた。
「何がそんなに不思議なんだ?」
オリバンダーは手を止め、ハリーをじっと見た。
「わしは自分の売った杖は全て覚えておる。全部じゃ。貴方の杖に入っている不死鳥の羽根はの、同じ不死鳥が尾羽をもう一枚だけ提供した……たった一枚じゃが。貴方がこの杖を持つ運命にあったとは、不思議な事じゃ。兄弟羽が……なんと、兄弟羽がその傷を負わせたと言うのに……」
サラも、ハリーも、エリもハグリッドも息を呑んだ。
それは、つまり……。
オリバンダーは再び手を動かしながら、話を続ける。
「左様。三十四センチ、イチイの木じゃった。こういう事が起こるとは、不思議なものじゃ。杖は持ち主の魔法使いを選ぶ。そういう事じゃ……。ポッターさん、貴方はきっと偉大な事をなさるに違いない……。『名前を言ってはいけないあの人』もある意味では、偉大な事をした訳じゃ……恐ろしい事じゃったが、偉大には違いない」
包装し終えた箱を受け取りながら、ハリーは身震いした。
オリバンダーはサラに目を向けた。
「さて……では、次はシャノンさん。杖腕はどちらかな?」
嫌な予感がした。
予感は当たった。
ハリーに匹敵する数の杖を試した末、オリバンダーが持ってきたのはイチイの木とバジリスクの牙、十八センチ。
イチイの木……まさか。
何度も繰り返し言われている。忘れる筈がない。サラは、恐る恐る、呟くように聞いた。
「あの……まさか、この杖のイチイの木って、その……同じ木からのはもう一本だけ、なんて事はありませんよね……?」
「よくお分かりになりましたの。その通り、これも芯は他に無いが、木はもう一本――貴女方を襲った杖と同じじゃ」
後ろで、三人が息を呑むのが分かった。
渡された杖を持つ手が震えそうになるのを、何とか抑える。
――お願い。この杖も違いますように。
サラは杖を振り上げ、他の杖の時よりもそっと降ろした。
金銀の光が杖先から溢れ、部屋中が眩く輝いた。
ハグリッドは、再び手を叩いて「オーッ」と声を上げる。エリは何も言わなかった。
「なんと……!」
オリバンダーは私から杖を受け取り、箱に戻して茶色い紙で包む。
「今日は本当に不思議な事ばかりじゃ……まさか、貴女がこの杖を持つ事になろうとは。貴女は、おそらくおばあさんやお母さんと同じ、日本から輸入された木になるじゃろうと思っておったが……あと一本残る、梅に……この杖は強力じゃ。バジリスクの牙も、不死鳥の尾羽やグリフィンの毛に匹敵するほど珍しい。きっと、貴女も偉大な事をなさるじゃろう……」
サラは何も言わずに、包みを受け取った。何と言って良いか分からなかった。
夕暮れ時のダイアゴン横丁を、無言で元来た道へと歩き、壁を抜けて、「漏れ鍋」まで戻ってきた。「漏れ鍋」にはもう、人気が無くなっていた。
「そんじゃ、ハリー、ハグリッド、またな」
エリの声で、サラはハッと我に返った。
そうだ、サラ達はここから煙突飛行で戻る事になる。
ハグリッドも気がついていなかったらしい。
「おお、そうじゃった。ちょいと待ってくれ。二人に渡さにゃならん物がある――ホグワーツ行きの切符だ」
ハグリッドは、エリに封筒を手渡した。
「二人分、その中に入っとる。九月一日、キングズ・クロス駅発――全部切符に書いてある。大丈夫か? お前さん達三人とも、何だか随分と静かだが」
「ああ……。――眠い」
確かに、エリの目はとろんとしていた。
オリバンダーの店では険しい目つきでサラを見ていたが、別にそれで黙っていた訳ではないようだ。
「そうか。そう言えば、日本は今、真夜中だからな。あれだけはしゃいどったんだ。疲れん筈がねぇ。……じゃあな。サラ、エリ」
「ええ。ハリーもまたね。九月一日に会いましょう」
「うん。バイバイ」
「じゃーなー……」
言いながらエリは大きな欠伸をし、暖炉へと向かう。
その背中に、ハグリッドが心配そうに声をかけた。
「発音はしっかりするんだぞ! どっか他ん所に落っこっちまうからな!」
「うー」
ハグリッドは心配そうに何度も振り返りながら、ハリーをつれて漏れ鍋を出て行った。
エリは煙突飛行粉を暖炉に撒く。エメラルド・グリーンの炎に入っていって、目が覚めたようだ……と思ったのだが。
「隠れ山!」
「はぁっ!?」
サラは、思わず声を上げた。
正確には、「陰山寺」だ。「隠」と「陰」を間違えて覚えていたらしい。しかも、寝ぼけている。
エリは、もう暖炉の中にはいなかった。
サラは、呆れたように溜息を吐いた。
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The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
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2007/01/02