その場の誰も、言葉が出なかった。皆ただ無言で、お互いの顔を見回す。六人。何度繰り返し数えたところで、その人数が増える事は無かった。
 ハッフルパフ・チームのキャプテンは深い溜め息を吐いた。
「結局、飛び入りも無くこれだけか……。
あの子達は?」
 その視線の先には、ハンナ達がいた。エリの予選を応援に来たのだ。
「あいつら、俺の友達だよ。そういう会話した事あるけど、選手になるつもりは無いって」
「そっか……飛行訓練での様子は?」
「上手下手って事? 皆、普通ぐらいかな。――あ。でも、スーザンは、結構いい位置にいる事が多い。チェイサーでの事な。チーム引っ張ったりしないから目立たないけどよ」
 彼は「ふうん」と頷きながら、ちらりとスタンドを見た。
 それから、立候補者達に向き直った。
「それじゃ……皆、どのポジションを希望? まず、キーパー」
 そう言い、自ら手を挙げる。他に挙手した者はいなかった。
「じゃあ、キーパーは僕に決定します」
 パラパラとまばらな拍手が、広い競技場にやたら大きく響いた。
 キャプテンは同じ調子で続ける。
「次、チェイサー希望の人」
 エリを含め、四人の手が挙がった。
「それじゃあ、様子を見て決めるとするか……一人、別のポジションに異動する事になるけどいいかい?」
「俺、降りるよ」
 エリは軽い調子で言い、隣にいる男子生徒を見る。
「セドリックはシーカーだろ?」
 彼は無言で頷いた。
「じゃ、俺はビーターに移るよ。正直、そっちとチェイサーで迷ってたし」
「いいのかい?」
「いいって。それより、あと一人、何とかしないとな……」
「ああ……」





No.42





 午後は飛ぶように過ぎ去った。いつの間に、昼食を食べただろう? いつの間に、寮へ帰っただろう? 気がつけば、八時五分前だった。今夜八時から、それぞれ罰則なのだ。ハリーとサラはロックハートの所で、ファンレターの返事を書く手伝い、ロンはフィルチと共に、トロフィー・ルームで銀磨きである。
「それじゃ……健闘を祈るよ」
「そっちも、頑張って」
「後でね……」
 三人は沈みきった声で互いに言葉を掛け合い、二手に別れた。重い足を引きずるようにして進む。
 出来る限りゆっくり歩いたのに、ロックハートの部屋の前には直ぐに着いてしまった。ハリーとサラは目配せし合い、ハリーが意を決して扉を叩いた。
 扉は直ぐに開かれ、鬱陶しいほど楽しげな様子のロックハートが目の前に現れ、二人を見下ろした。
「おや、悪戯っ子のお出ましだ!
入りなさい。ハリー、サラ、さあ中へ」
 部屋の壁には、フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店の時のようにロックハートの写真が多数飾られ、蝋燭に照らされ明るく輝いていた。サイン入りの物もいくつかある。机の上には、写真が一山も積み上げられている。
「封筒に宛名を書かせてあげましょう!」
 まるで、それが素晴らしく名誉な事であるかの様な言い方だ。
「この最初のは、グラディス・ガージョン。喜ばしい事に――私の大ファンでね」
「はぁ……」
 ハリーは気の無い返事を返して無理に会釈をし、サラは無表情のまま返事もしなかった。
「おやおや、サラは照れ屋ですね。大人しい女性も素敵ですが、多少の明るさは無いと人を引き付ける事は出来ませんよ!」
 ウィンクをする彼に、サラは冷たく返した。
「ご心配無く。人を引き付けたいなどという馬鹿馬鹿しい願望は、持ち合わせておりませんので。――早く、作業を終わらせましょう、先生」
 サラの嫌味に、ロックハートは肩を竦めただけだった。
「本当にシャイな子だ。双子の妹とは、全く違うね。彼女を少しは見習った方が良いでしょう。でも、彼女の場合は行きすぎですね。もう少し、控える方が良いかと――」
「それはエリに仰って下さい。彼女が貴方の授業を乗っ取ろうと、私には関係ありませんから」

 八時が来るまでの時間はあっと言う間に過ぎたと言うのに、今度は時計の進みがやけに遅かった。何度も繰り返し部屋の時計を盗み見たが、壊れているのではないかと思うほどに針は進まなかった。
 ハリーは中途半端な返事をしながら、ロックハートの話を聞き流していた。サラは一切返事をしなかった。ロックハートの話は相変わらずで、サラは「こっそり耳栓をする事が出来る魔法は無いのだろうか」と真剣に考えていた。
 それもやがて考えるのが億劫になり、睡魔がサラを襲ってきた。視界は霞み、腕も止まりがちになり、気づけば封筒に妙な線が引かれている。それも構わず、サラは記入済みの山へと重ねた。
 ロックハートの声が遠ざかる。寝ない……あの夢を見るのは嫌だ……寝るものか……。
 しかしついにロックハートの声は聞こえなくなり、視界も闇に覆われた。





 闇の中にサラは立っていた。また、あの夢だ。この先にはミセス・ノリスが吊るされている。
 そしてふと気がついた。いつもの、ぼんやりとした人影が無い。
 辺りを見渡すが、それらしき者は何処にも見当たらない。足は、いつもと同じく勝手に先へと進む。かと思えば、声が聞こえてきた。サラを起こす声ではなかった。
「来るんだ……。俺様の所へ……」
 冷たい声だった。サラはぶるっと身震いし、激しく前後左右に首をめぐらす。
 だがやはり、声の主は見えない。ズルズルと重い物を引きずるような音が段々と近づいてくる。
「引き裂いてやる……八つ裂きにしてやる……殺してやる……」

 突然隣で大きな音がして、サラは夢から目覚めた。
 目の前では、ロックハートが得意げにハリーに話しかけている。
「驚いたろう! 六ヶ月連続ベストセラー入り! 新記録です!」
「そうじゃなくて、あの声!」
 ハリーは興奮して叫ぶ。どうやら、サラを起こしたのはハリーの声のようだ。
 ロックハートは訝しげにするだけだ。
「えっ? どの声?」
「あれです――今のあの声です――聞こえなかったんですか?」
 声、とサラは反応する。だが、あれは夢だ。
 ロックハートはきょとんとしていた。
「ハリー、一体何の事かね? 少しトロトロしてきたんじゃないのかい? おやまあ、こんな時間だ! 四時間近くここにいたのか! 信じられませんね――矢の様に時間が経ちましたね?」
 ハリーは答えず、耳を澄ませた。だが、もう声は聞こえない。
 サラを振り返る。
「サラは聞こえたよね? さっきの声!」
「……ごめん、ハリー。私、その……眠かったから……」
 サラはロックハートの方を伺いながら答えた。幸い、ロックハートは再び自慢話に戻っていて聞いていなかった。
「――さあ、それじゃあ、もう君達は帰らねば! 処罰を受ける時、いつもこんなにいい目に遭うと期待してはいけませんよ!」





 部屋を出て、サラはハリーに何が聞こえたのかと尋ねようと試みたが、やはりやめた。この場で尋ねるのは何となく怖かった。三階の廊下を渡る間、サラはずっと俯いてハリーにピッタリとくっついて歩き、右手はネックレスをしっかりと握り締めていた。
 階段を上り出してようやくサラはホッと息を吐いた。ハリーは不審そうにしていた。
「どうしたの、サラ? 何かに怯えてるみたいだったけど……」
 サラは決まりが悪くて目を逸らした。
「私だって、分からないわ。分からないの……でも、何だか凄く嫌な感じがして……」
「誰かの『気配』って事? フィルチ?」
 ハリーの言葉に、サラは大きく目を見開いた。
 ハリーの言葉は的を射ていた。あれはまさに、魔力の気配と同種の物だった。ただ、それがあまりにも強く、邪悪で気がつかなかったのだ。
「嫌、だ……」
 サラは足を止め、再びネックレスを握り締める。
 顔を上げ、きょとんとした様子のハリーを見上げた。
「校内に何かいるわ……!」

 暫し、沈黙が流れた。緊張した空気の中、ハリーは周囲を警戒しながら、恐る恐る尋ねた。
「何か、って……? 去年の、三頭犬やトロールみたいな?」
 しかし、サラは首を振る。
「違うの。私も分からないのよ……何か、凶悪な気配。こんなの、今までに傍に寄った事が無いもの……」
「……とりあえず、寮へ帰ろう。帰りながら話そう。ここにいたら、いつフィルチが来るか分からないもの」
「ええ……」
 二人は再び足を動かし始める。
 沈黙が流れ、今度はサラがそれを破った。
「ねぇ……ハリー、貴方、声が聞こえたって言ってたじゃない? それって、何て?」
「え? ああ、うん……骨の髄まで凍るような、冷たい声だった。誰かを引き裂いて、殺してやるって……」
「『来るんだ、俺様の所へ……引き裂いてやる、八つ裂きにしてやる、殺してやる……』」
 サラの呟いた言葉に、ハリーは驚いて目を丸くする。
「どうして知ってるの? 寝てたんじゃ……」
「夢を見たのよ。いつもの夢」
 サラは右手でネックレスを握り締める。
 夢の事は、ハーマイオニーに話した後にも繰り返し見た為、ハリーとロンにも相談していた。
「暗闇の中にいて……でも、いつもと違ったの。人影が無かった。その代わりに、声が聞こえて……」
「それが、今の声って訳か……」
「ええ。私、夢の中の声だと思ってたけど……それじゃ、違うみたいね」
 違うと思いたかった。あの夢に声が加わるのは、あまりにも恐ろしすぎる。
 ハリーは頷いた。
「うん。それじゃあ、サラも聞こえた訳だ。あの声。でも、どうしてロックハートは聞こえないなんて言ったんだろう?」
 普段のサラなら「さあ? 自慢話に夢中だったんじゃない?」ぐらいは言いそうなものだが、俯いたままネックレスを握り締めているままだった。
 ハリーは小柄な自分より更に低い位置にあるサラの頭に手を乗せ、ポンポンと優しく叩いた。それから、サラの空いている方の手を握る。
「大丈夫だよ。サラは一人じゃないんだから。今年は、何かあったら必ず僕達に相談してよ?」
「ええ……ありがとう。帰ったら、ハーマイオニーにも話してみるわ」
 サラの表情に、少しばかりの笑みが戻った。
 それを見てハリーも微笑み、歩を進める。手は繋いだままだ。
「でも、普通、叩くなら肩とか背中じゃない? 頭だったら、撫でるとかそういうのだと思うんだけど」
「そう? でも、撫でるのは絶対嫌だろ」
「ええ。即刻、振り払って差し上げるわ」
「それに、サラは小さいから頭が叩きやすいんだよ。肩とかよりも」
 その言葉に、サラの手に力が入った。ハリーの手を握りつぶさんばかりの力に、ハリーは声にならない悲鳴を挙げる。
「貴方だって、ロンに比べれば小さいくせに」
「ロンと比べたら、同学年は殆ど誰だって小さいよ」
 ハリーの仕返しに、今度はサラが声にならない悲鳴を挙げる番だった。流石は名シーカー、握力が随分と強い。
 ハリーはただ、笑顔だった。





「ん?」
 ハリーが大声を上げ、サラが飛び起きたのと同時刻。エリは間の抜けた声を出して、寮へ上がる階段から談話室を振り返った。
 前を行くハンナが怪訝そうにする。
「どうしたの、エリ?」
「スーザン、今、何か言ったか?」
「え?」
「何か物騒な言葉言った? 引き裂いてやるとか何とか」
 スーザンは目をパチクリさせる。
「私、何も言ってないわよ」
「エリ、寝ぼけてんじゃないのー? クィディッチの練習で疲れてるから、余計に」
「そっかなぁ……? ……そっか」
 エリはそれ以上深く考えなかった。
 その後は何の音も聞こえず、エリはベッドに倒れこむなりぐっすりと眠った。

 アリスは宿題を片付け眠る準備をしていたが、何の反応も見せなかった。





 十月になった。今年も、ホグワーツの夏は日本より「涼しい」を通り越して、寒い。
 サラはやはり、繰り返し夢を見ていた。寝付いては飛び起き、寝付いては飛び起き、の繰り返しだった。ロックハートの所で夢を見たあの日以来、夢にはその声が加わるようになっていた。ハーマイオニーは夢を見なくなる方法が何か無いかと、一生懸命図書館で捜してくれたが、そのような方法は何一つ見つからなかった。サラは、図書館ではなく日々の中でその方法を発見した。クィディッチに疲れて帰った日は、何も夢を見ない事が多かった。これは、素晴らしい発見だった。
 雨の多い時期となったが、それでもウッドの熱が冷まされる事は無い。
 ハグリッドの巨大カボチャは雨でぐんぐん成長し、今やかまくら程の大きさになっていた。くりぬけば楽々、数人が中に入れそうだ。
 ドラコには相変わらず心配されたが、サラはやはり何も話さなかった。信用しないと心に決めているのに、夢を見て飛び起きた後は思わずドラコからのネックレスを握り締めていた。
 顔色が悪いのは、サラだけではなかった。

「ジニー、今日も顔色悪い」
 大広間でエリはジニーの正面に腰掛け、頬杖を突き彼女の青い顔を覗きこんで言った。
 傍にいたパーシーがエリの言葉にやってくる。
「やっぱり、そうだろう? 医務室へ『元気爆発薬』を貰いに行った方がいい」
 パーシーは心配そうにジニーに話しかける。いつも勉強熱心なパーシーにしては、意外な台詞だった。
「何だ?」
 クスクスと笑っているエリに気づき、パーシーは不快気に眉を顰める。
「いや、なんかさ……完璧・パーフェクト・パーシーが、ちゃんと妹を気にかけるなんてな。おかしくって、おかしくって……」
「失礼な奴だな。僕はジニーの兄だ。心配ぐらいするさ」
「うん、うん。お母さん、嬉しいよ。パーシーがいい子に育ってくれて……ねぇ、貴方……」
 突然話しかけられたネビルは、「えっ、えっ?」と慌てふためく。
 パーシーは無視を決め込んだ。
「まだ、授業まで時間がある。授業の前に、マダム・ポンフリーの所へ――僕が一緒に行くから――」
「大丈夫よ」
「そう言うけど、自分がどんなに青い顔をしているか分かってるのかい? 今は風邪が流行っている事だし……」
「僕は可愛い妹が病に侵されないかと心配なんだ! さあ、ジニー! 僕と一緒に『元気爆発薬』を求めて医務室への旅に出よう!」
「五月蝿いぞ。黙れ、エリ」
「女の子にそんな口の利き方は良くないなぁ、パース」
「仮にも監督生だと言うのに……ああ、サラの妹にパースがこんな口を利いたなんて知ったら、ママはどんなにお嘆きになる事か……」
 フレッドとジョージがやって来て、それぞれパーシーの両側から、頭に肘を乗せて話す。
 パーシーはその重みで、僅かに頭が下がる。
「どけ。重い!」
「それはきっと、君の頭さ」
「ああ。君以上の石頭はいないだろうからな」
 二人は離れるどころか、更に肘へと体重を掛けた。パーシーは机の下へと消える。
 エリは、急に真面目な顔つきでジニーの方へと身を乗り出した。

「でも、ほんと、パーシーの言う通り、医務室に言って来いよ。これ以上は無いってくらい、真っ青だぜ?」
「でも、本当に大丈夫だから――」
「何が大丈夫なものか」
「そうそう。さあ、医務室へレッツ・ゴー!」
 ジニーは両腕を持って双子に椅子から抱え挙げられ、つれて行かれた。
 パーシーはやっと机の下から這い出てくる。出てくるなり立ち上がり、ビシッとエリを指差した。
「君はハッフルパフ生だ! ここは、グリフィンドールのテーブル! 自分の寮の所へ帰りたまえ!」
「ほんとお前、石頭なのなー……」
 エリは面倒臭そうに「へい、へい」と返事をしながら、席を立つ。
 ハンナ達の所へ戻ろうとしたエリを、パーシーが呼び止めた。
「何だよ? まさか、こんな事で減点したり処罰与えたりするつもりじゃないだろうな?」
「そうじゃなくて――ジニーは?」
「フレッドとジョージが医務室に連れて行った」
「何だって?」
 「あの二人が医務室に行ったら、五月蝿くて迷惑をかける!」と、パーシーは大広間を駆け抜け、観音開きの扉から出て行った。





「サラ! ハリー!」
 雨の降る外へと向かうサラとハリーの所へ、アリスが笑顔で駆け寄ってきた。
 アリスは相変わらず、度々サラ達の所へ来る事が多かった。それでも鬱陶しく思わないのは、アリスがコリンやロックハートと違い、物分りが良いからだろう。忙しいと分かれば、あっさりと身を引く。サラも妹に懐かれるのは嬉しいし、ハリーも年下に好かれる事は悪い気はしなかった。例え相手がスリザリンでも、だ。
 皆、やはりアリスがスリザリンに入った事は未だに信じられなかった。アリスはどの寮とも分け隔てなく仲が良く、今やサラやエリと同じぐらいに校内では有名だった。尤も、有名であるサラやエリの妹だという事をそれと無くアピールしているのだから、当然の事だ。
「ねえ、ねえ、聞いて! あたし、この間の魔法薬学のレポート、満点取っちゃった!」
「魔法薬学で!?」
 サラとハリーの声が重なった。
「でも、スネイプはスリザリンの生徒ばかり贔屓する奴なのに――あ。アリスはスリザリンか」
「それに、料理も得意で器用だものね。私、最近、魔法薬が尚更成績ガタ落ちしてきてるのよねぇ……」
 サラの言葉に、アリスは内心ほくそ笑んだ。サラの苦手科目を、自分は得意なのだ。これだけは、サラに勝つ事の出来るものだった。
 尤も、ハリーの言う通り、スリザリンだからという贔屓もあるだろうが。とは言え、アリスはスリザリンの一年生の中で、どうもスネイプのお気に入りのようだった。それは当然、成績が関係しているだろう。それとも、母親がスネイプと同期だった事と関係あるのだろうか。
 スネイプは、サラとエリの父親を嫌いだと言っていたらしい。アリスの父親は圭太だ。母親はナミ。スネイプは、ナミの事は嫌いとは一言も言っていない。
 ハリーはアリスの肩の上に目を留めた。
「今日も、リアと一緒なんだね」
「ええ。だって、友達だもの」
 アリスは毎日、黒猫のリアを連れていた。離れる事は滅多に無い。
 アリスは、目の前の二人と、二人の持つ箒とを交互に見る。
「あら……これから、クィディッチの練習?」
「ええ」
「こんなに雨が降ってるのに?」
「こんなに雨が降ってるのに」
「ウッドは、雨ぐらいで練習を取りやめにしたりしないよ」
 アリスは、窓の外に目をやった。中へ「ごーっ」という音が聞こえるほど、外は雨が降りしきっている。
「大変ね……頑張ってね。最近風邪流行ってるから、気をつけて」
 アリスはさも心配そうに言った。
 サラもハリーも、笑みを見せる。
「大丈夫だよ、これぐらい」
「ありがとう、アリス」
 アリスは照れたように笑う。ニコニコと笑顔で手を振り、二人と別れた。

――さてと……。
 サラとハリーが角を曲がって見えなくなると、アリスはすっと笑顔を引っ込ませて手を下ろした。その場に棒立ちのまま、人気の無い廊下で声を張り上げる。
「何の用? そんな所に隠れたりして」
「ふぅ〜ん……気づいてたの」
 アリスの背後の角から、五、六人の女子生徒が現れた。全員、スリザリン生。同学年の、普段一緒にいない、大して地位も高くない旧家の者達だ。
 アリスも、魔力の気配が分かる。廊下の角まで来た生徒達が曲がって来なければ、当然不審に思う。サラがその事に気づかなかったのは、やはり疲れているからだろうか。
 女子生徒達は一斉にアリスを包囲し、杖を向ける。
「抵抗なんて馬鹿な真似はしない事ね。大人しくついて来なさい」

 アリスが連れて行かれたのは、人気のある所からずっと離れた空き教室だった。
 だが、隠し通路を使用すればあっと言う間に人通りの多い廊下から来る事が出来る。サラ達がクィディッチ練習中には、エリの所へ行っていた。その為、いくらかの隠し通路は教わっている。
 アリスを部屋に追い詰め、リーダー格の女の子が腕を組んで睨み付ける。
「貴女、どうして呼ばれたか分かってるわよね?」
「グリフィンドールであるハリーやサラと話すから、って所かしら? でも、ドラコやセオドール、パンジー達は了承済みの事だわ。貴方達、私が彼らにこの事を話すかもしれないとは思わない訳?」
 サラの妹だという事で、ドラコを初めとする二年生からは信頼を得ている。だが、パンジーはサラと寧ろ敵対している。パンジーはドラコを好きだ。それは、周知の事実だった。アリスは彼女に手を貸す事で、パンジーからも目を付けられず上手くやってきていた。
「そんな事を言うなんて、全く反省してないみたいね」
「告げ口なんて出来なくしてあげるわ」
「リア、行って!!」
 アリスの切羽詰った声に、リアはアリスの肩を飛び降り、部屋を黒い矢のように出て行った。
 女子の一人がクスクスと笑う。
「ペット想いなのねぇ。随分と余裕じゃない。この状況で、ペットの心配が出来るなんて」
 アリスは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


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2007/07/25