部屋の窓には、悉く暗幕が引かれている。白い月の光も、当然この部屋には差し込まない。
奥の机には、一人の少女が物思うように目を伏せて座っていた。
少女は金色のポニーテールを揺らし、ハッと顔を上げた。
彼が、動き出した……。
部屋が開かれた。
あの頃とは違い、今度はその犯人が分かっている。しかし、彼女には成す術が無かった。
己の無力さへの苛立ちで、握った拳が震える。
世間の情報によると、ホグワーツへは今、自分の養女が通っているという。彼女は無事なのだろうか。
「どうか、無事でいてくれ……」
No.44
「何だ、何だ? 何事だ?」
ドラコの声に呼び寄せられたのだろう。アーガス・フィルチが人混みを押し分けてやってきた。
彼はいつもながら生き生きと生徒を蹴散らして前へと進み出ていたが、ミセス・ノリスを見た途端、手で顔を覆い、後ずさりした。
サラはあまりにも哀れで見ていられず、フィルチから顔を背けた。するとミセス・ノリスが再び視界に入った。夢の内容とは寸分の狂いもなく、その場に吊るされている。
フィルチは金切り声で叫んだ。
「私の猫だ! 私の猫!! ミセス・ノリスに何があったんだ!?」
そしてふと、その飛び出した目にハリーを捕らえた。
「お前だな!! お前だ! お前が私の猫を殺したんだ! あの子を殺したのはお前だ!! 私がお前を殺してやる! 私が――」
「アーガス!」
ダンブルドアが現場に到着した。マクゴナガル、スプラウト、スネイプ、ロックハートも一緒だ。
ダンブルドアはサラ達の横を通り抜け、ミセス・ノリスを松明の腕木から外した。
「アーガス、一緒に来なさい。ポッター君、ウィーズリー君、シャノンさん、グレンジャーさん。君達もおいで」
ロックハートの部屋で、サラ達四人は直立不動で立ち竦んでいた。
ダンブルドアはミセス・ノリスを磨き上げられた机の上に置き、目を凝らし、長い指でそっと突いたりして調べている。マクゴナガルも、横から同じようにして覗き込んでいる。スネイプはその後ろの影の中に立ち妙な表情を浮かべていた。ロックハートはいつもの鼻持ちならない得意げな口調で、的外れな意見を述べている。返事と言えば、フィルチのしゃくりあげる声のみだった。
サラはちらりとハリーを盗み見た。フィルチは何故、ハリーが犯人だと考えたのだろう。あの状況で疑われぬ筈が無いという事ぐらいは分かる。だが、あの場にいたのはハリーだけではないのだ。サラやロン、ハーマイオニーもいた。それなのに何故、フィルチは真っ先にハリーを疑ったのだろう?
ロックハートは猶も話を続ける。話は、いつの間にか自慢話に摩り替わっていた。ロックハートが、ウグドゥグで起こった似たような事件を見事に解決したと話し終え、自分が未然に防いだ殺人事件の数を数えている最中だった。ようやく、ダンブルドアが体を起こし、フィルチに優しく言った。
「アーガス、猫は死んでおらんよ」
「死んでない? それじゃ、どうしてこんな――こんなに固まって、冷たくなって?」
「石になっただけじゃ」
ロックハートが何か叫んだが、サラは他の皆と共に無視した。
「ただし、どうしてそうなったのか、わしには答えられん……」
「あいつに聞いてくれ!」
フィルチは見るも醜い形相でハリーを振り返った。
ダンブルドアは首を振り、きっぱりと言った。
「二年生がこんな事を出来る筈が無い。最も高度な闇の魔術をもってして、初めて――」
「あいつがやったんだ。あいつだ! あいつが壁に書いた文字を、読んだでしょう! あいつは見たんだ――私の事務室で――あいつは知ってるんだ。私が……私が……」
フィルチの顔が、苦しげに歪んだ。
「私が出来損ないの『スクイブ』だって、知ってるんだ!!」
フィルチは大変な事でも言ったかのように、肩で大きく息をしていた。
ハリーが、一歩前へ出た。フィルチはハリーを睨みながらも、怖気つくように半歩下がった。
「僕、ミセス・ノリスになんて指一本、触れていません! それに、僕、スクイブが何なのかも知りません」
「馬鹿な!」
フィルチは歯噛みし、部屋にいる面々を見渡す。
「あいつは、クイックスペルから来た手紙を見やがった!」
「校長、一言よろしいですかな」
影の中から、スネイプのネチネチとした声がした。サラは顔を顰めた。スネイプがサラ達に有利な発言をするなど、あり得ない。何か、自分達を問い詰めるネタを思いついたに違いない。
サラは影の中から進み出てきたスネイプを睨み付け、彼が何を言っても対応出来るように身構えた。
スネイプは嫌悪感を露にするサラを嘲るかのように、冷笑を浮かべた。
「ポッターもその仲間も、単に間が悪くその場に居合わせただけという可能性もありますな……。
とは言え、一連の疑わしい状況が存在します。だいたい、連中は何故、三階の廊下にいたのか? 何故、四人はハロウィーンのパーティーにいなかったのか?」
ハリー、ロン、ハーマイオニー、サラは一斉に、絶命日パーティーの説明を始めた。
「――ゴーストが何百人もいましたから、私達がそこにいたと彼らが証言してくれると思います」
ハーマイオニーが締めくくり、三人は同調するようにがくがくと頷いた。
しかし、スネイプは意地悪く切り返す。
「それでは、その後パーティーに来なかったのは、何故かね? 何故、あそこの廊下に行ったのかね?」
ロンとハーマイオニーは、真ん中に立つハリーとサラの顔を見た。サラはハリーと顔を見合わせた。そしてサッと視線を足元に落とした。
「それは――つまり――」
ハリーが言葉に詰まりつつ言い訳を考える間、サラは昨年と全く丈の変わらないローブの裾を見つめていた。
あの声は、ロンとハーマイオニーには聞こえなかったと言う。以前、罰則の時に聞こえた時も、ロックハートは聞こえなかった。姿も見えない、声が聞けるのも自分とハリーだけ。そんな物を追ったなどと言って、信じてもらえるとは思えない。
そこでふと、サラはある事に気がついた。唐突に顔を上げ、スネイプを見上げる。
「エリはパーティーの席にいましたか?」
スネイプはサラの質問の意図を捕らえかね、眉間の皺を増やした。
「エリは、パーティーの途中で抜け出しませんでしたか? だってエリ、他の皆よりも早くあの廊下へ来ました」
「それを何故我輩に聞くのかね?」
「先生は、生徒を随分とよく見ていらっしゃるようですから。何百人という生徒がいる学校で、私達四人がパーティーにいないとお気づきになるなんて」
サラは目一杯の嫌味を込めて言った。
「先生、言ったじゃないですか。私達の父親は気に食わないって」
「その、短気で傲慢な態度が父親そっくりだと言っただけだ。話を逸らすという事は、聞かれては不味い事でもあるからかね?」
「僕達疲れたので、ベッドに行きたかったんです」
ハリーが慌ててそう答えた。
サラは、ハリーの言い訳が上手ではない事を悟った。スネイプが、勝ち誇ったような笑みを浮かべたのだ。
「夕食も食べずにかね? ゴーストのパーティーで、生きた人間に相応しい食べ物が出るとは思えんがね」
「僕達、空腹ではありませんでした」
ロンは大声で言ったが、その途端、腹の虫が大きく鳴いた。
スネイプはますます底意地の悪い笑みを浮かべた。そして何か言いかけたが、サラは慌てて口を挟んだ。
「つまり、食欲が無かったんです。だって、ほら、絶命日なんてものを祝うパーティーに出て、腐った食べ物を大量に目にした後ですから。私達、繊細で、そういうの気にしちゃって――」
「繊細? 君達がかね?」
スネイプは鼻で笑った。
「校長、どうもポッターが正直に話しているとは言えないようですな。全てを話してくれる気になるまで、彼の権利を一部取り上げるのがよろしいかと存じます。当然、友人として庇っているシャノンも。我輩としては、彼が告白するまで、グリフィンドールのクィディッチ・チームから二人を外すのが適当かと思いますが」
「そうお思いですか、セブルス」
マクゴナガルが厳しい口調で口を挟んだ。
「私には、この子達がクィディッチをするのを止める理由が見当たりませんね。この猫は、箒の柄で頭を打たれた訳でもありません。ポッターが悪い事をしたという証拠は、何一つないのですよ」
ダンブルドアはハリー、そしてサラに探るような目を向けた。
サラは目を向けられた途端、視線を逸らした。キラキラと輝く明るいブルーの目で見られるのは、やはりどうにも慣れなかった。何もかもが見透かされるような気がしてならない。
「疑わしきは罰せずじゃよ、セブルス」
ダンブルドアはきっぱりと言った。
スネイプは酷く憤慨したようだが、フィルチも負けていなかった。
「私の猫が石にされたんだ! 刑罰を与えなけりゃ収まらん!」
「アーガス、君の猫は治してあげられますぞ」
ダンブルドアの話し方は、フィルチとは対照的に穏やかだった。
「スプラウト先生が、最近やっとマンドレイクを手に入れられてな。充分に成長したら、直ぐにもミセス・ノリスを蘇生させる薬を作らせましょうぞ」
「私がそれをお作りしましょう!」
ロックハートが意気揚々と口を挟んだ。
「私は何百回作ったか分からないぐらいですよ。『マンドレイク回復薬』なんて、眠ってたって作れます!」
「確認致しますが」
スネイプの声は何処までも冷たかった。
「この学校では、我輩が魔法薬の教師の筈だが」
四人は走らずとも、それに近い速さでロックハートの部屋から遠ざかっていった。上の階まで上り、誰もいない教室に入るとようやく足を止め、そっと教室の扉を閉めた。
四つの溜め息が重なった。
「どうなるかと思ったわ。サラ、あんな場で余計な事を言わないでちょうだい」
「だって、腹が立つじゃない。楽しそ〜に、ニヤニヤ笑っちゃって。嫌味の一つぐらい、言いたくなるわよ」
「でも、サラの言う通りだよな。どうして、エリもあの場に来たんだろう? フレッドとジョージまで」
「貴方のお兄さん達は多分、私達と同じだわ。……エリも、ハリーとサラの言う『声』が聞こえたのかしら」
「僕、あの声の事、皆に話した方が良かったと思う?」
「いや」
不安げなハリーの問いに、ロンがきっぱりと答えた。
「誰にも聞こえない声が聞こえるのは、魔法界でも狂気の始まりだって思われてる」
ハリーもサラも、ロンの言い方に引っかかりを覚えた。
「ロン、それ、どういう意味?」
「僕はもちろん、君達の事をそんな風になんて思ってないさ」
ロンは慌てて言った。
「だけど……君達も、薄気味悪いって思うだろ……」
「確かに薄気味悪いよ」
ハリーが答えた。
「何もかも気味の悪い事だらけだ。壁に何て書いてあった? 『部屋は開かれたり』……これ、どういう意味なんだろう?」
「ちょっと待って。何か思い出しそう」
ロンは考えながら言った。
「誰かがそんな話をしてくれた事がある――ビルだったかもしれない。ホグワーツの秘密の部屋の事だ」
「……ほんと、気味が悪いわ。私の見た夢も、言わなくて正解よね?」
ロンは大真面目な顔で頷いた。
「当然さ。そんな事言ったら、サラが犯人扱いされちゃう」
「ダンブルドア先生がそれだけで犯人扱いするかしら。何か、事件の手掛かりになったかもしれない。言った方が良かったんじゃ――」
「正気かい、ハーマイオニー!? あの場には、スネイプだっていたんだぜ?」
ロンは信じられないといった目でハーマイオニーを見た。
ハーマイオニーは少しムッとして言い返した。
「正気よ。私、本で読んだ事があるの。実際、そんな事があるのか、半信半疑だけど……サラの見た夢って、予知夢なんじゃない?」
「予知夢だって? ハーマイオニー、魔法使いでも、そんな才能があるのはほんの一部だけだよ。確かにサラは、魔法薬以外は君以上に賢いかもしれない。でも、だからってそんな……」
「分からないわよ。だって、サラの祖母はあのシャノンよ? ロンだって、去年の学期末に話を聞いたじゃない。サラと彼女は、血の繋がりがあるのよ。
そうとなったら、徹底的に調べなくちゃね。秘密の部屋、サラの見た夢、分からない事だらけだわ」
「分からないといえば……出来損ないのスクイブって、一体何?」
ハリーが口を挟むと、何がおかしいのか、ロンは嘲笑を噛み殺すような表情を浮かべた。
「あのね――本当はおかしい事じゃないんだけど――でも、それがフィルチだったもんで……。
スクイブっていうのは、魔法使いの家に生まれたのに魔力を持ってない人の事なんだ。マグルの家に生まれた魔法使いの逆かな。でも、スクイブって滅多にいないけどね。
フィルチがクイックスペル・コースで魔法の勉強をしようとしてるなら、きっとスクイブだと思うな。
これで色んな謎が解けた。例えば、どうして彼は生徒達をあんなに憎んでいるか、なんてね」
ロンは満足げに笑った。
「妬ましいんだ」
何処かで時計の鐘が鳴る音がした。
ハリーが、廊下から差し込む松明の灯りに自分の腕時計を照らした。
「午前零時だ。早くベッドに行かなきゃ。スネイプがやって来て、別の事で僕達を嵌めない内にね」
数日の間、学校中はミセス・ノリスの事件の話で持ちきりだった。フィルチはしょっちゅう事件の現場に現れ、理不尽極まりない理由で、誰彼構わず生徒に処罰を与えようとした。
ジニーは事件以来、ずっと真っ青だった。ロン曰く、ジニーは無類の猫好きらしい。
サラも、猫どころか動物全般が好きだが、それでもサラの顔色が悪いのは、ミセス・ノリスを哀れむ気持ちからではなかった。連日見ていた夢の内容が、現実となったのだ。ハーマイオニーが言っていた予知夢というのは、本当なのだろうか。サラは気になって眠れず、眠っても直ぐに飛び起きる日々が続いた。また同じように夢を見るのが怖かった。これで終わりではないような気がしてならないのだ。
ある日の魔法薬の授業で、レイブンクローのリサ・ターピンと組み、早めに提出を終えたエリは、元気良く手を挙げた。
「スネイプー。先生〜。質問ー!」
スネイプは敢えて無視した。
エリの「質問」がまともでない事は、指さずとも分かっている。
「スネイプ〜! 今日のは別に、年齢とか恋人の有無とか、そんなんじゃないって。普通の質問! 皆も気になる、大事な質問!」
「ミスター・フレッチリー。貴様の薬は、話にならんな……」
「先生ー! はーい!
何だね、ミス・モリイ。言いたまえ。
はい、先生。ご質問致させて頂きます」
「誰も指しとらん。敬語が明らかにおかしいという事に気づかんのか」
「嫌だなあ。態とだっての。わ・ざ・と」
語尾にハートマークでも付けるかのような調子でエリは言い、オマケにウィンクもしておく。
スネイプは頭を抱えたかった。
「今日も、前の時間は『闇の魔術に対する防衛術』だったか」
「おおっ。よく分かるな」
「授業を乗っ取った後の貴様は、無駄にテンションが高い」
「やっだ〜。セブルス君ったら〜。そんなにあたしの事見てくれてるのぉ〜? ――否、すんません。ゴメンナサイ。マジ謝ります。もう言いません。だから、その無言のオーラは止めてクダサイ」
スネイプは呆れたように溜め息を吐く。
「……それで。質問とは、何かね?」
「マジ? いいの?」
エリの目がきらりと光った。
「やはり止めておく」
「いやいやいやいや、そんな事言わずに。お願いしやすよ、親っさん」
「誰だね貴様は」
「エリ・モリイ。ホグワーツ魔法魔術学校二年生、ハッフルパフ所属です」
突然真顔になり、妙に滑舌良く言った。ついでに敬礼もしておく。
他の生徒は笑いを噛み殺すのに必死で、薬の調合どころでは無い。
エリは真顔のままだった。いつもと違うエリの様子に次第に生徒達の顔から笑みは消え、スネイプも生徒達もエリの質問が何なのかと待ち構える。
「……先生。目玉焼きは、味噌派ですか、油派ですか」
「味噌でなく醤油では無いのか? 油など、最早調味料でもないわ!」
「おっ。スネイプ、味噌知ってるんだ。あ、母さんと同期っつってたっけ。それでか?」
「貴様にまともな質問を期待した我輩が愚かだった……」
スネイプは溜め息を吐き、クラスを見回す。生徒一同、ぎくりと固まった。
案の定、スネイプは怒鳴った。
「作業の手が止まっとる! それとも、終わっとらん者達は、そんなに零点が欲しいのかね?」
「せんせーい。俺の質問、終わってませーん」
スネイプは完全に無視し、近くの生徒の鍋を覗き込み文句をつける。
エリは構わず、全くふざけた様子も無く、大きな声で尋ねた。
「……秘密の部屋について、教えてください」
一瞬、地下牢教室の空気が静止した。
エリは教室を見回し、明るい声を出す。
「ほら、皆、作業作業!」
生徒達はハッと我に返り、再び手を動かす。手元は動かしつつも、じっとスネイプの様子を伺っていた。
スネイプはケチをつけていた鍋から顔を上げ、エリの方を真っ直ぐ見つめている。
「今は、魔法薬の授業中だ」
「何者かがミセス・ノリスを襲った。ダンブルドアでも治せないんだろ? そんな事をした犯人がうろついてるんだぜ。せめて、その部屋ってのが何かを知らないと、危険回避も出来ねぇよ」
スネイプとエリは暫し睨み合った。先に折れたのは、スネイプの方だった。
「――今からおよそ千年前、四人の男女がここに集結し、ホグワーツ魔法魔術学校を創設した」
「ほら、皆、作業作業! ――スネイプは、気にせず続けて」
スネイプはジトッとした視線をエリに向けたが、再び続けた。
「各寮の名称は、創設者達の名前に由来しておる。サラザール・スリザリン、ロウェナ・レイブンクロー、ヘルガ・ハッフルパフ、ゴドリック・グリフィンドール。時代が時代であったが為に、彼らは人里離れたこの地を選んだのだ」
時折エリに話の腰を折られながらも、スネイプは続ける。
「暫くは、四人は互いに協力し合っていた。だが数年も経つと、四人の意見に食い違いが現れた。――サラザール・スリザリンは、純血主義だった。マグル出身の魔法使いや魔女が魔法を学ぶ事を、嫌ったのだ。特に、グリフィンドールとは折り合いがつかなかったと言われておる。結果、スリザリンは学校を去った。
ここまでは歴史として知られている内容だ。この先は、何の証拠も無いあくまでも伝説の話となる。
スリザリンが学校を去る際、他の創設者に知られておらぬ隠された部屋を作ったと云われておるのだ。それが、『秘密の部屋』と呼ばれるものだ。その部屋は、真の継承者以外には開けられないと云う。スリザリンの継承者が部屋を開き、魔法教育を受けるに値しないとスリザリンが考える者――つまり、マグル出身者を排除すると。
部屋の中には何らかの怪物がいるのではないかという説が最も強いが、実際のところは分からん。そもそも、この『秘密の部屋』が実在するのかさえも」
しんと教室中が静まり返っていた。鍋を掻き回す音も、完全に止まっていた。
「以上が我輩の知る限りの話だ。これはあくまでも伝説であり、事実は分からん。我輩はこの話を肯定する事も、否定する事も出来ん。何故なら、どちらと分かる証拠が一切出とらんからだ」
スネイプは時計に目をやり、意地の悪い笑みを浮かべた。
「あと一分足らずで授業終了のベルが鳴る。今回は、零点が多いようだな?」
スネイプの言葉に、未提出の生徒全員が席を立った。そして、一斉にスネイプの方へと押し寄せる。エリが度々話の腰を折って皆を急かしていた為、その度に我に返り、調合を終わらせられたのだ。
授業終了のベルが鳴り二分後、ようやく列は無くなった。エリとハンナ、スーザンは既に片づけを終え、列の最後尾に並んでいたアーニーとジャスティンを急かす。
「急げよー。俺、腹減ったー」
「そんな急がなくったって、昼ご飯は逃げたりしないって」
「それにどうせ、エリは食事後に厨房から色々と食べ物をくすねるんでしょ?」
「今日は無し。ってか、最近はそれやってねぇぜ。こういう空いた時間こそ、大切だからな」
エリはスネイプの方を意味ありげに目で示しながら、敢えて伏せて言った。
スーザンは肩を竦めた。
「別に、もう各寮の選手なんて、互いに情報入ってると思うわよ」
「いや、分かんねぇぜ。特にグリフィンドールは、スリザリンのニンバス2001に気を取られてるからな。――よし。二人共片付け終わったな。じゃ、早く行こうぜ」
エリは男子二人の背を押し、五人で教室を出て行こうとする。
しかしスネイプの前を通りかかると、不意に呼び止められた。エリは四人を先に行かせ、スネイプを振り返る。
「何だ?」
「気をつけろ。君達の母親――ナミは、スクイブだった」
「スクイブ?」
エリは聞き慣れない言葉に、目をパチクリさせた。
「魔法使いの子でありながら、魔法を使えぬ者だ。マグル出身者の逆パターンだと思えばいい。――分かるかね?」
「なるほどな。オッケー。で?」
「犯人が誰であれ、スリザリンの継承者を名乗る者だ。スクイブもマグル出身者と同じように扱うだろう。だから――」
「待て。それじゃ……じゃあ、アリスはスクイブとマグルの子って事になるんだよな?」
「そうなるが――」
「アリス、危ないじゃんか! 絶対、一人で行動させないようにしねぇと……。サンキュ、スネイプ。俺、絶対アリスを守るよ」
「アリスも確かに危険だが、君も――」
「じゃあな。俺、皆待たせてるから。ありがとよ」
「エリ!!」
スネイプの呼び止める声も聞かず、エリは教室を飛び出して行ってしまった。
スネイプは浮かせた腰をすとんと降ろす。
エリは、自分の身の危険は考えないのだろうか。初めて彼女を見た時は、憎いほど父親似だと思った。しかしその後言葉を交わし、性格は母親似なのだと思っていた。だが、どうも違う。エリは、父親とも母親とも、何処か違っているようだ。
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2007/08/10