サラが一人でナミの実家へ帰り、エリの事を話すと、ナミはまるでそれがサラの所為だとでも言うように文句を言った。
「まったく、ちゃんと発音しないからだよ――如何してやる前に確認しなかったの。ああ、もう。一体、何処へ行ったのかしら――」
「発音の問題じゃないわ。エリは『隠れ山』と言ったのよ。私だって、まさかエリがそんな馬鹿な間違え方をするなんて思わなかったもの」
「だから、やるまえに確認すれば良かったんだって言ってるでしょ! 全く、何処へ――親切な人の家ならいいけど、若し死喰人の残党の家なんかに行ったら――寧ろ、その可能性の方が高い。だって、煙突飛行粉を使うのは魔法族だもの。純血の魔法族のどれだけが闇の陣営に組したか――」
「エリ、他の人の家に行っちゃったの? 帰ってこないの?」
アリスが心配そうに尋ねる。
サラは、買ってきたふくろうを籠から放しながら言った。
「エリも馬鹿じゃなければ、ちゃんと本当の場所思い出して、またその暖炉から帰ってくるわよ。何かあったら、ふくろうで手紙を出せばいいしね……」
「あのエリがその事に気づくかなぁ?」
アリスの言葉に、サラは何も返せなかった。
No.5
「ったぁ……」
ガツンと頭を強くぶつけて、エリは目が覚めた。
うとうとしていて、とうとう眠ってしまったらしい。また横に寝転がった状態だ。
「……んあ?」
驚いたような表情で、暖炉を覗き込んでいる女の子がいた。
誰だろう。少なくとも、アリスではない。アリスは黒髪だし、日本人だ。赤毛の欧米顔ではない。
「……お前、誰だ?」
エリは一応、英語で聞いてみた。
それで正解だったようだ。女の子は英語で返してきた。
「貴女こそ誰? ――若しかして、迷子? 間違えて来ちゃったのかしら」
「……みたいだな」
エリは、炎の中で何と言ったのだろう。寝ぼけていたから、覚えてない。
それ以前に、ナミの実家さえ、何という名前だったか思い出せなかった。
「とりあえず、こっちに出なさいよ。そんな所にいたら狭いでしょう?」
その女の子の手を借りて、エリは暖炉から這い出た。結構苦しい体勢だったから、手を貸してくれたのはありがたかった。サラと違って、気が利く子だ。
エリは立ち上がり、灰を払う。
「サンキュ。えっと、名前は? 俺はエリ。エリ・モリイ」
「変わった名前ね」
「俺、日本人だから」
「へぇ。あたしはジニー・ウィーズリーよ。大丈夫? 何処へ行こうとしてたの?」
「母さんの実家」
一緒にここへ来た荷物を暖炉から引っ張り出しながら、エリは答えた。
「家号は?」
「忘れた。なんか、神社だって事は覚えてるんだけど……」
エリは「寺」という単語を知らなかった訳ではない。寺と神社の違いを知らなかった。
「それじゃあ、如何しようも無いわね……。とりあえず、お母さんの所へ行きましょう。さっきまでここにいたんだけど、フレッドとジョージを叱りに上へ上がって行っちゃったの」
エリは改めてその部屋を見回した。煙突飛行したのに驚いていないのだから、多分ここは魔法使いの家なんだろう。
壁にかかった時計には針が一本しかなく、数字の代わりに「お茶を入れる時間」だとか「遅刻よ」だとか書いてある。エリが這い出てきた暖炉の上に詰まれた本は、「お菓子を作る楽しい呪文」のように魔法関係の物ばかりだ。
エリはジニーについて台所を出た。ウィーズリー家の広さは、ナミの実家よりも街中にあるエリ達の家に近かった。廊下の先に凸凹の階段があり、ジグザグと上の方に伸びていた。
二階まで上る前に、上からふっくらした女性が降りて来た。彼女は、俺を見て立ち止まる。
「ジニー。その子は――?」
「エリっていうの。煙突飛行粉で、間違えて来ちゃったみたい。家号を忘れちゃったんだって。エリ。この人があたし達のママよ」
「こんばんは」
他に何と言って良いか分からず、エリはそう言ってぺこりと頭を下げた。
ウィーズリーおばさんは、怪訝そうに眉を動かす。
「家号を忘れた? 一体、如何いう事?」
「えーと。そこ、母さんの実家で。俺、今日初めてそこに行って、そこからダイアゴン横丁に行ってたんです。それが、帰る時には眠くって……寝ぼけてたのもあって何て言ったんだか自分でも思い出せないんだけど、間違えちまったみたいで。それで、ここに……」
おばさんは信じてくれたらしく、優しく言った。
「あらあら大変……それじゃ、きっと家族は心配してるわね。でも、大丈夫よ。煙突飛行ネットワークに繋がっているのなら、その家は魔法使いの家って事よね。姓は何? それが分かれば、何とかなるかも――」
「俺はモリイだけど……母さんの旧姓は分かりません。母さん、全然自分の子供の頃とか話してくれなくて。母さんが魔女だって事も、この間ホグワーツからの手紙が来るまで知らなかったぐらいなんです」
「ホグワーツからの手紙? まあ。じゃあ、貴女、今年入学するのね? うちのロンもなのよ。
それにしても、それじゃ何も手掛かりが無いわね……とりあえず、夕食を一緒に如何? あまり大した物は無いんだけれど」
確かにご馳走では無かったが、夕食はおいしそうな物ばかりだった。
「ジニー。兄さん達を呼んできてちょうだい」
「はーい。エリも行く?」
エリもジニーについて行った。階段を上りながら、ジニーに問う。
「兄さん達って、さっき言ってたフレッドとジョージの事か? ああ、それからロンってのもいるんだっけ」
「ええ。でも、その三人だけじゃないわ。あと三人いるのよ。一番上がチャーリーで、その次にビル、そしてパーシー。チャーリーとビルは仕事で家にはいないけどね。エリは、兄弟っているの?」
「あー……うん、まぁ。双子の姉と、父親の違う妹が」
「あ……ごめんなさい。なんか、複雑なのね」
ジニーはそう言って、それ以上家族については聞いてこなかった。
階段を上り始めた所で、上から全く同じ顔の二人の男の子が降りて来た。ジニーが「フレッドとジョージよ」とエリに耳打ちする。
フレッドとジョージはエリに気づくなり、エリ達の所まで駆け下りてきた。
「お客さんかい? ジニーの友達か?」
「客って言うか、煙突飛行で迷い込んじまって。エリ・モリイって言うんだ。よろしくな」
「アジア系の顔だな。中国?」
「日本だよ」
フレッドとジョージは下へ降りず、エリ達について来た。
「エリは何処の学校の生徒なんだい?」
「ホグワーツよ。今年、入学するんだって」
ジニーが答えた。二人はぱぁっと顔を輝かせる。
「転入生かい!? 見たところ、俺達と同じぐらいじゃないかと思うんだけど――何年生に?」
「一年生だよ。だから、転入生って言うより新入生だな」
「何だって!? じゃあ、ロンと一緒って事か? ロンでも背が高い方だろうと思っていたんだけど、それじゃ、今年の一年生は全体的に高いのかな」
日本人は童顔の筈なのにおかしいと思ったが、如何やら身長で判断していたようだ。それなら納得できる。
何しろ、エリは百六十を越えている。電車やバスに乗った時、子供料金を払ったら疑わしげに見られた事が何度あった事か。
三階でパーシーを呼んだが、彼は勉強の最中らしく、「後で行く」と短い返事を返しただけだった。
エリ達は最上階へ上がった。
二人が大声で叫ぶ。
「ロニー坊や! ご飯でちゅよー!」
「早く来ないと無くなるよー」
「五月蝿い! なんで今日に限って二人が呼びに――」
扉が開き、赤毛でエリと同じくらい背がある男の子が出てきた。男の子はエリに気づき、言葉をとぎらせた。
「あー……。えーと――お客さん?」
「客っつーより、迷子。煙突飛行で間違えて。名前はエリ」
初対面のエリの前で怒鳴って、ロンは罰が悪そうにしながら一緒に階段を降りていった。
台所へ戻れば、既に赤毛に眼鏡の男の子が食卓についていた。多分、彼がパーシーだろう。
おばさんはにっこりする。
「これで皆揃ったわね。お父さんは、遅くなるそうだから。エリ、食べる前に手を洗った方がいいわ。ジニーも。灰だらけよ」
エリ達は大人しく手を洗いにいった。
「なぁ、ジニーは何年生なんだ?」
「まだ入学できないのよ。あたしは来年なの」
「じゃあ、アリスと同じだ! あ。アリスって、さっき話した妹な。きっと、仲良くなれると思うぜ」
「ああ、うん……。――えっと、気にしてはないのね?」
「ん? 異父姉妹って事か? 全然。ずっと一緒に暮らしてきたんだから、アリスは俺の妹だし、父さんも俺の父さんだよ。俺の場合は、孤児院に預けられたりしなかったしな。ちゃんとした家族さ」
ジニーはきょとんとする。
「孤児院? エリの場合は、って?」
然し、それに答える前にウィーズリーおばさんの大声がした。
「早くしなさい! 覚めてしまいますよ!!」
エリ達が慌てて台所へ戻ると、おばさんがエリの荷物を指差して聞いてきた。
「あの荷物は、貴女の?」
「ああ、うん。ごめんなさい、床が灰だらけになっちゃって――」
「気にしないで。そうじゃなくってね」
パーシーが続きを言った。
「君、ふくろうを持っているだろ? それで家族に連絡取ったらいいんじゃないか?」
一時の沈黙が流れる。
「……そっか!!」
エリは荷物の方へと駆け寄り、買ったばかりの羊皮紙に「神社の名前が分からなくなった」と書き、めんふくろうを籠から出してその足に縛り付けた。
「これで外に放せばいいんだよな?」
一応、こういう事になれているであろう皆に確認を取る。同じような間違いは御免だ。
ジニーが言った。
「便箋を貸してあげるわよ。相手の住所を封筒に書くのよ。それから、こっちの場所も本文に書いておかなきゃ。返事を出せないじゃない?」
やはり、確認して正解だった。
ジニーが持ってきた便箋と封筒を借り、エリはもう一度用件を書き直した。そして、ふくろうの足に持たせる。
「よしっ! 行って来い! シロ!」
「そのふくろう、『シロ』っていうの?」
「うん。今名づけた。正面が白いからシロ。白って、日本語だと『シロ』って言うんだ」
ウィーズリー一家は、そのめんふくろうに同情した。
夜が明け、太陽が高く昇っても、エリは帰ってこなかった。
ナミは囲炉裏の前でずっとそわそわと歩き回っている。サラは心配していないのか、たくさんある部屋の一つに閉じこもり、普段と変わらず読書をしていた。
アリスがサラのいる部屋に入ると、サラはちょっと本から目を上げただけで、直ぐ読書に戻った。
サラが読んでいるのは英語の本だ。きっと、昨夜魔法界のお店で買ってきた本だろう。
「ねぇ。サラはエリの事、心配じゃないの?」
「別に」
サラは、「変身術入門」のページを捲りながら素っ気無い口調で言った。
「エリは強いわ。それに、あまり嫌な予感とかしないしね」
「でも、お母さん、言ってたじゃない。魔法使いの家に行ったんだろうって。どんな家なのか分からないのよ? 若しも危険な目に合ってたら……例えエリが喧嘩強くても、相手は魔法使いでしょ?」
アリスがそう言うと、サラはパタンと本を閉じた。
色素の薄い目で、じっとあたしを見る。
「『強い』っていうのは、喧嘩だけじゃないわよ。力だけあったって、そんなの強いとは言わないわ」
「如何いう事?」
「自分で考えるのね。そうやって何もかも人に聞いたりせずに」
サラは冷たくそう言い、本を持って部屋を出て行った。
サラは本当に、よく分からない。
終業式を翌日に控えたあの日の事件。窓際の席の子達が騒ぎ出して、アリスが席を立ち窓へ駆け寄った時、上の階の一番向こうから、人が次々と飛び降りていた。
噂では、あれはサラの仕業だとか。
ダンブルドアが来た日、サラはそれを否定しなかった。でも、殺そうとはしていない、と。
確かに、落下した人々は皆、掠り傷一つしなかったらしい。でも――
サラに、そんな力があるのだろうか。
アリス達は三人とも魔女らしい。サラは魔法を使えると言っていた。
――でも……。
如何してだろう、認めたくない。
これ以上、サラが遠い人になるのが嫌だ。アリスだけ、サラやエリから置いてけぼりを食らうのは嫌だ。
ただでさえ、学年が違って出遅れるのに。ただでさえ、アリスは能力も二人に劣るのに。
きっとそれは、二人の親が両方魔法使いだからなのだろう。生まれまで違う訳だ。
「クラスメイトと比べれば、あたしは決して劣等生なんかじゃないのに……」
それからナミから返事が来るまで、エリはウィーズリー家に世話になった。
ウィーズリーおばさんは本当によくしてくれた。庭小人を駆除したり、フレッドとジョージと一緒にパーシーをからかってみたり、新鮮で楽しい毎日だった。
おじさんは魔法省という所に勤めているらしく、帰りの遅い日が多かった。二日目の朝、早く起きたらおじさんがいて、エリがマグルの生活をしていたと知ると、非常に興味を持った様子だった。何でも、趣味はプラグ集めだそうだ。
エリはジニーの部屋に泊まって、服はおばさんの若い頃のを借りた。
ウィーズリー家に迷い込んで四日目の朝、エリはまだ日が昇る前に目が覚めた。何か物音がした気がしたのだ。
目を開けて首を動かさずに部屋を見回せば、ジニーがそろそろと部屋を出て行くところだった。
「おはよ、ジニー。早いんだな」
エリが声をかけると、ジニーはぴょんと飛び上がり、振り返った。そして、ぎこちなく笑う。
「おはよう、エリ。ごめん、起こしちゃった?」
「気にしなくていいよ。昨日、寝るの早かったし――何処かへ行くのか?」
ジニーは上着を羽織っている。
「え――まぁ、ちょっと。散歩に」
「俺も一緒に行っていいか? ちょっと待って。着がえるから」
エリは布団を跳ね飛ばして起き上がる。
ジニーは部屋の扉の外を窺いながら、ヒソヒソ声で言った。
「いいわ。でも、静かにね。皆、起きちゃうから。起きたら絶対、まだ早い、って止められるもの。あのね、実は、箒置き場へ行くのよ」
「箒置き場?」
エリはきょとんとしたが、直ぐに思い立った。
そうだ、エリ達は魔法使いだ――魔法使いで箒と言えば、飛ぶに決まっている。
「箒で飛ぶのか? ジニー、飛べるんだ!? 俺も出来るかな?」
「しーっ。皆が起きちゃうわ」
ジニーに言われ、エリは慌てて口を噤んだ。
庭の箒置き場に忍び込み、ジニーが壁に掛けてある二本の箒を取り、床に置いた。
「フレッドとジョージのよ。あの二人、クィディッチの選手なの。――最初はやっぱり、箒を浮き上がらせてみた方がいいかしら。箒の上に手をかざして、『上がれ!』って叫ぶのよ」
ジニーは片方の箒の横に並び、「上がれ!」と叫んだ。
箒は、ぱっと吸い付くようにジニーの手に納まった。
エリも同じようにして叫ぶ。
「上がれ!」
箒は、地面を少し転がっただけだった。
「……」
「最初は皆、そんなもんよ。あたしの場合、転がりもしなかったわ」
「……そうなのか?」
「ええ。何回か繰り返せば出来るようになるわよ」
ジニーの言った通りだった。
五分ぐらい「上がれ!」を繰り返し、とうとう箒はエリの手に飛び込んできた。
その後は、割りと楽だった。箒の握り方なんて、エリもジニーも自己流だ。それでも、何も問題なく直ぐに飛べるようになった。
エリは体育は得意な方だ。どうやら、箒で空を飛ぶという事も運動能力と関係あるらしい。
「エリ、上手いじゃない! 素質があるわ」
「サンキュ」
面と向かって誉められると、照れくさい。
エリ達は暫く箒を乗り回して、皆が置きだす前に家へ戻った。
台所へ行くと、既におばさんが起きて朝食の準備をしていた。
「おはよう、ジニー、エリ。今日は一段と早いのね。もう直ぐ朝食が出来ますからね」
言いながら、おばさんは卵をフライパンに割る。
そこへ、ハート型の顔をしたふくろうが窓から食卓へと突っ込んできた。
「シロ!」
シロは長旅でぐったりしながらも、足にくくりつけられた手紙を得意げに差し出した。
宛名は、日本語で「隠れ穴 エリ・モリイ様」と書いてある。
「ウィーズリーおばさん! 母さんから返事が来た!!」
「まあ!」
おばさんは料理を中断し、こちらへやってきた。
エリは急いで手紙を外し、封筒から出す。ジニーとおばさんが横から覗き込んだ。
「読めないわ……。日本語? やっぱり、心配してた?」
「――くそっ! あーっ、ムカつく!!」
エリは手紙をバンと食卓に叩きつけた。シロが慌ててバサバサと羽ばたき、暖炉の上に移動した。
手紙はナミからではなく、サラからだった。如何やらシロは、サラの下へと手紙を送ったらしい。
『お母さんの実家は「陰山寺」よ。「隠れ山」じゃないわ。
一刻も早く帰ってくるのね。お母さん、貴女が迷子になった事で私に文句たらたらなんだもの。迷惑極まりないわ。
貴女がここまで愚かだとは思わなかったわ。「陰」と「隠」は違う字よ。分かってる? それに、お母さんの実家は寺であって、神社じゃないわよ。
お母さんもアリスも、貴女が何処へ行ってしまったのかと心配してるわ。手紙には何も書いてないし、こうして手紙を送ってきたって事は無事なのでしょうけど。でも、危険な目に会えば少しは懲りたかもしれないわね。
帰ってくる際、今いる家に忘れ物をしない事。それから、帰ってくる前にお世話になった家の方にきちんと礼を述べる事。いいわね? 今度こそ、ちゃんと本当の場所を言いなさいよ。
お母さんの実家は「陰山寺」――読めないようなら、平仮名で書くわ。「いんざんじ」よ。』
エリを、これでもかと言うぐらい馬鹿にした文章だ。差出人の名前は無いが、サラに違いない。
読んでいらついているエリに、ジニーが驚いて聞いた。
「如何したの? 何を書いてあるの?」
「寺の名前。すっげ、俺の事馬鹿にしてる。母さんからじゃなかった。サラからだ。母さんとアリス『は』心配してるから、直ぐに帰って来いってさ。
――って訳で。ウィーズリーおばさん、お世話になりました。直ぐ帰らないと、マジ、殺されるんで」
今日のはちょうど、来た時の服だ。着がえる必要も無い。
「そう……。ジニー、皆を起こして――」
「いいよ。まだ早いし。他の四人とは、ホグワーツでまた会えるだろうから。荷物は、全部あそこから移動してませんよね?」
「ええ。そのままよ」
「エリ、もう帰っちゃうの? もう一度手紙を書いて、もう少しいたら――?」
「ジニー。無理を言うんじゃないの」
エリはシロを籠に入れ、荷物を抱え上げた。
おばさんは暖炉まで歩いてきて、中にある鉢を差し出す。
「煙突飛行粉よ。今度は間違えないようにね」
「はい。ありがとうございました。ジニー、またな」
エリは煙突飛行粉を一つまみ、暖炉の中に撒いた。エメラルド色の炎はやはり、温かな風のようだ。
「陰山寺!」
ぐにゃり、と景色が歪んだ。
雨が降っていて、山の中にあるここは薄ら寒かった。
サラは囲炉裏の前に座り込み、「薬草ときのこ一〇〇〇種」を読み耽っていた。
並みはこの雨の中、何処かへ出かけていった。買い物はエリの手紙が届いた時に行っていたし――何処へ行ったのだろうか。
アリスはこの屋敷を探検している。
不意に、目の前の囲炉裏にエメラルド・グリーンの炎が立った。そして次の瞬間、そこにはエリが荷物を抱えて立っていた。
エリは部屋を見回しながら、囲炉裏を出る。
「お……? 良かった、母さんはいないな。それにしても、囲炉裏は暖炉と違って広いから楽でいいなー。壁に囲まれてないから、到着の際に壁にぶつかる事もねぇし」
エリはそう言い、荷物を畳の上に置いた。
途端に私はエリに突進し、腕と胸倉を掴むとエリを背に乗せ、反動をつけて投げ飛ばした。
「った……何しやがるんだ!!」
エリは直ぐに立ち上がり、サラの胸倉を掴み、持ち上げる。
「何するんだじゃないわ。貴女、反省の色も無いのね。こっちがどれだけ心配していたかも考えないで……」
「サラも心配してたのか?」
サラは、宙に浮いていた足でエリのすねを蹴飛ばした。
エリは手を離し、サラは畳の上へ落ちる。
「痛ぇじゃんか!! 何するんだよ!!」
言いながら飛んできたエリの足を、サラはひらりとかわす。
立ち上がったサラに更に殴りかかるが、それもかわし、こちらからも反撃しようと腕を掴むが、払い飛ばされた。
「ほんっとチビだよな。そんなんに二度も投げ飛ばされるかっての! 言っとくけど、魔法はこういうのに使っちゃ駄目なんだぜ?」
「言われなくても、使うつもりは無いわよ!」
暫く取っ組み合っていると、サラとエリの頭にそれぞれ桶が飛んできた。
飛んできた方には、アリスが素晴らしい笑顔で立っていた。手には台所にあった包丁を持っている。次はこれを投げるつもりだろうか。
「貴女達、ドタバタと五月蝿いわよ」
「はい……」
アリスが、ナミと重なって見えた。
家へと帰る車の中、誰も一言も話さなかった。
エリの頬は、ナミの手の平の痕がまだ赤く残っている。
振り返ってみれば、エリはサラ達三人それぞれから殴られたり、投げ飛ばされたり、投げつけられたりしている訳だ。
でも、当然の報いだろう。間違いとは言え、寝ぼけていたとは言え、分かりもしないのに煙突飛行を行って皆に心配をかけたのだから。
……サラは心配なんてしてないが。
三十分ほどして、エリが沈黙に耐えかねたかのように口を開いた。
「なぁ。母さんもホグワーツだったんだよな? 母さんは何処の寮だったんだ?」
「グリフィンドールだよ。確か、ダイアゴン横丁はハリーも一緒だったんだよね? その子の親も両方、グリフィンドールだった」
「俺達の本当の父さんは?」
「同じ。グリフィンドール」
「父さんさ、何て言うんだ? 考えてみれば、聞いてないよな」
やはり、それを聞こうと思っていたのか。
ナミは答えないだろう。そんな気がする。
予想は当たっていた。
「知る必要は無いよ。まぁ、もう少し大きくなってからならね……」
「……」
また沈黙が訪れ、それを破ったのは今度はアリスだった。
「ねぇ、エリ。エリ、何処に行ってたの? エリが言った所の家の人、どんな人達だった?」
エリは、「良くぞ聞いてくれた!」というように目を輝かせる。
「俺が行った所、『Burrow』って場所だったんだ。日本語の意味だと狐とか兎の隠れる巣かな。だから、そこに飛んだんだろうな。そんで、そこに住んでるのはウィーズリー一家で、なんと! 家族皆魔法使い!」
「わぁ〜っ! ね、ね! どんな家だった?」
「すっげ変わった家。外から見るとな、元々は大きな石造りの豚小屋だったんじゃないかって家に、いくつも部屋を増築して数階建てにしたみてぇないびつな形なんだ。くねくね曲がってて、あれ、多分魔法で支えてるんだぜ。家ん中も変わった物ばっか。時計には数字じゃなくて『遅刻よ』とか何とか書いてあったり。あと、喋る鏡なんてのもあったな。家にある本は当然、魔法だの呪文だのの本だし、屋根裏にはお化けがいるんだぜ! 庭には『庭小人』ってのがいて、それの駆除も手伝ったりしたんだ」
「いいなぁ〜。ウィーズリー一家って、子供いた?」
エリは楽しそうに話す。
「いた、いた! 全部で七人! っつっても、上の二人は仕事で家にいないんだけど。一番下がジニーって名前で、アリスと同じで来年ホグワーツに入学だってよ。あとは皆、男。皆、赤毛でそばかすだったな。ロンが俺と同学年だってさ。俺は寧ろ、ジニーやフレッドやジョージと仲が良かったんだけど……。ジニーが今年入学なら良かったのに」
「ジニーかぁ。あたしと同じ学年なら、友達になれるといいな!」
「きっとなれるって。明るくていい子だったぜ」
それから、エリとアリスはその一家の話で盛り上がっていた。
家に帰ってからの一ヶ月は、大して面白いものではなかった。
サラは夏休み最後の日まで自室に閉じ込められ、朝から夜まで教科書を読んで過ごした。
ふくろうにはエフィーと名づけた。「黒魔術の栄枯盛衰」で見つけた名前だ。
クーラーの使用を禁じられていても、魔法で部屋の温度を下げる事が可能だった。
買ってきた本を色々と引っ張り出して確かめたところ、入学前の魔法の使用は魔力を示すのと混同され、法律には引っかからないようだ。ハリーにも教えてあげれば良かった。
また、魔法省はマグルの家で魔法が使われると分かるが、それを誰が使ったかまでは分からないらしい。これは好都合だ。サラの家は、ナミが魔女なのだから。
ハリーやサラの名前は、教科書以外で買って来た本の至る所で見つけた。「黒魔術の栄枯盛衰」にも載っていたし、「二十世紀の魔法大事件」にも、「暗黒の時代を覆した者達」にも――
ホグワーツへ行っても、また「漏れ鍋」の時と同じような目に遭うのだろうか。あれには閉口だ。
敵意をもたれていないのは良いが、あまり注目されるのも好きじゃない。ましてや、自分の覚えていないような事で。
――マグル界での失敗を繰り返したくない。
この世界では、最初、私は自分の力を制御できなかった。だから、サラの周りでおかしな事が起こり、それによってサラは攻撃されるようになった。周りは皆、敵になった。
でも、今度は違う。
制御できるのだからおかしな事なんて起こる筈が無いし、皆、マグル界でのサラを知らない。今までの自分の闇を包み隠して、再スタートが出来る。
サラはもう、自己防衛の必要は無い。
誰もサラを攻撃しないから。
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第1部
希望求めし少女たちは
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2007/01/03