男子寮から出てきたハリーとロンは、暖炉を見て呆れたように顔を見合わせ、溜め息を吐いた。
 二人は、暖炉の傍の肘掛け椅子へと近付いていく。ハリーが、肘掛け椅子に座る彼女の肩を叩いた。
「サラ。もう朝だよ」
 びくりと肩を大きく揺らし、サラは飛び上がってハリーから離れた。
 ハリーはサラの過剰な反応に驚き、目を瞬く。その場にいるのがハリーとロンだと分かると、サラは決まり悪そうに笑い、手櫛で髪を梳いた。
「あ……ハリーとロンだったのね。おはよう」
「あ、うん。おはよう」
「おはよう。今日も、ここで寝てたのかい?」
 気を取り直し、ハリーとロンは挨拶を返す。
 ここ三日間、起きて談話室へ行くと、サラはこの席で眠っていた。どうやら、本を読みそのまま眠ってしまっているらしい。
「ええ。だって、冬休み中に読める限りの本を読んでおきたいの。新学期になって皆が戻ってきたら、また図書館へ行きづらくなるもの。ちょっとでも呪いに関係ある本を借りようものなら、マダム・ピンスまで眉を顰めるし」
 サラは肩を竦めて苦笑した。
 サラのベッドの上には、リドルの日記が指一本触れられずに放置されていた。





No.51





「ほうら、ハーマイオニー。頼まれてた本、借りてきたわよ!」
 サラ、ハリー、ロンは、それぞれ手に抱えていた数冊の分厚い本を、ベッドの脇の小机にデンと置いた。
 改めてその本の量を眺め、ロンは感心したように口笛を吹く。
「ほんと、凄い量。これ、本当に全部読む気?」
「当然よ。医務室生活って、退屈なのよね。寮の門限が過ぎれば、貴方達も来られないでしょう。宿題だって、直ぐに終わっちゃうし……」
「じゃあ、明日からは夜にも来るわ! そうよね。暇だものね。ハリーの透明マントを使えば、こっそり来る事も可能だもの」
「絶対に駄目」
 ハーマイオニーは即答した。
「分かってる? それって、規則を破るって事なのよ。休み中だって、学校にいる限り規則は守らなくちゃ。
貴女達、新学期が始まる時にたっぷり叱られたでしょう。また規則を破ったりしたら、今度こそ退学になりかねないわ」
 サラは不貞腐れたように、傍の椅子に腰掛けた。

 目の前にいる女の子は、体中に毛が生え、耳と尻尾まであった。目は黄色くなっている。
 ハーマイオニーは、ミリセント・ブルスロードの髪の毛と間違い、猫の毛を入れてしまったそうだ。ポリジュース薬は、動物の変身に使う事は出来ない。
「それにしても、サラ、貴女、あの日本当は何処へ行っていたの? まさか、本当に本を買いに行った訳じゃないのでしょう? だって貴女、パンジー・パーキンソンの髪の毛も準備してたじゃない……」
「……」
 途端に、サラの表情から笑顔が消えた。膝の上で握った拳をじっと見つめ、黙り込んでしまう。
 部屋の中に気まずい沈黙が訪れる。
 ふと、ロンが気まずい空気を打破するかのように声を上げた。
「あーっ。そうだ。そろそろ、フレッド達と約束してた時間じゃないか?」
「あ、ああ、うん。そうだね。
ごめん、ハーマイオニー。皆で雪合戦をする約束をしてたんだ」
 ハリーが同調し、そしてサラの方を見た。
「サラは? 来る?」
「私はもう少し残るわ。後から行く」
「そっか。じゃあ……」
 ハリーとロンは席を立ち、医務室を出て行った。

 二人が出て行き、医務室は再び静まり返った。
 今度は、ハーマイオニーが口を開いた。
「マルフォイとはどう? 彼、クリスマスの日、サラはどうしたのかって聞いてきたのよ。
私の下手に出るのが、凄く屈辱的だったみたいだったわ……あの時の様子、サラにも見せてあげたかったわよ」
 そう言ってハーマイオニーはクスクスと笑う。
 しかし俯いたままのサラを見て、ふっと溜め息を吐いた。
「ねぇ。何があったのか……今年も、話してくれないの?」
 サラは少し顔を上げてハーマイオニーを見たが、再び目を伏せてしまう。
「あのね。私だって、サラを大切に思ってるのよ。サラが私達を何かに巻き込みたくないって気持ちは分かるわ。私がサラの立場でも、きっとそうだろうから。
だけど、話してくれなきゃ寂しいじゃない。私も、サラに一人だけ辛い思いをさせるなんて嫌なのよ。一人で背負い込まないで。
あの二人から聞いたわ。貴女、泣いて女子寮から飛び出してきたって。ねえ、一体何があったの?」
 サラの目に、恐怖の色が浮かんだ。
「言えないわ……ごめんなさい……」
「どうしても?」
 サラはこくりと頷く。
「私、去年みたいにサラだけが苦しむなんて嫌よ。どんなに思い荷だって、分けて背負えばその分だけ軽くなるわ」
「……」
 やはり、サラは話そうとしない。ハーマイオニーはもう一度溜め息を吐き、サラに持ってきてもらった自分のお菓子に手を伸ばした。
 ハーマイオニーが蛙チョコレートの袋を開いた時、サラが不意に口を開いた。
「……貴女達が人質にされているの」
 ハーマイオニーは、ハッとサラの方を向く。蛙チョコレートは袋から飛び出し、ピョンピョンと跳ねてベッドから降り、物陰へといなくなった。
 サラは猶も言葉を紡ぐ。
「スリザリンの継承者よ。私、犯人に捕まっていたの。なんとか逃げ出す事は出来たけど……でも、それはその檻からってだけ。犯人は今も私を監視してる。私の友人関係も、知っているの。私が余計な事を話したら、ハーマイオニーが殺されちゃう……!」
 じわっとサラの目に涙が浮かぶ。
 ハーマイオニーは、まだ肉球が治らぬ手でサラをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、サラ。話してくれて。ありがとう……」
「私……だから、犯人の名前は言えない……」
「いいのよ。そうやって話してくれただけでも、私、嬉しいわ。ありがとう」
 予想内の出来事しか、話されていない。それでも、大きな進歩だった。
 サラは、去年よりも自分達に心を開いてくれているのだ。





 帰宅していた生徒達もホグワーツへと戻り、新学期が始まった。ハーマイオニーは姿が見えない事で、当然、襲われたものと思われた。
 医務室の前を徘徊する生徒は少なくなかった。興味本位で、不愉快極まりない。
 三日もすると、マダム・ポンフリーがカーテンを取り出し、ハーマイオニーの周りのベッドを囲った。「毎日毎日、医務室前で呪いを飛び通わせられては敵わない」と言いながら。
 ハリー、ロン、サラの三人は面会を許された。毎日夕方になると、その日の宿題と共に見舞いに行く。

 今ではもう、ハーマイオニーの顔の毛はきれいに無くなり、目も少しずつ戻ってきていた。
「何か新しい手掛かりは無いの?」
 マダム・ポンフリーに聞こえぬよう声を潜め、ハーマイオニーは三人の顔を一様に見回した。
「何にも」
「絶対マルフォイだと思ったのになぁ」
「最初から違うって言ってたでしょう。ロン、貴方、その台詞もう百回は言ってるわよ」
 新学期前に生徒達も皆、帰ってきた。それと同時にリドルの日記も無くなり、サラも少しずつ調子を取り戻しつつあった。
 ロンのぼやきと同じように、ハーマイオニーも、毎日のように何か新たな手掛かりは無いかと尋ねる。サラは、自分が何があったのか話す事を期待されているのだと分かっていた。だが、それでも休暇中以来、クリスマスの日の話題は徹底的に避けていた。

「それ、なあに?」
 ハリーは、ハーマイオニーの枕の方を見て唐突に言った。
 見れば、枕の下から何やら金色の紙がはみ出している。
「ただのお見舞いカードよ」
 ハーマイオニーは明らかに動揺した様子でカードを押し込もうとしたが、ロンの方が速かった。
 ロンはカードを引っ張り出すと、ベッドの上からでは届かないように掲げ、声に出して読んだ。
「ミス・グレンジャーさんへ。早く良くなるようお祈りしています。貴女の事を心配しているギルデロイ・ロックハート教授より。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、『週間魔女』五回連続チャーミング・スマイル賞受賞――」
 そこで読み上げるのを止め、ロンは呆れ返ってハーマイオニーを振り返った。
「君、こんな物を枕の下に入れて寝てるのか?」
 ハーマイオニーの顔が、恥ずかしさと怒りとでかぁっと赤くなった。
 ハーマイオニーは口を開き何か言い返そうとしたが、言葉が出てくる前にきびきびした声に遮られた。
「夜の薬の時間ですよ。貴方達も、そろそろ門限でしょう。さあ、早く行って!」





「ロックハートって、おべんちゃらの最低な奴! だよな?」
 グリフィンドール塔へと向かう階段を上りながら、ロンは二人に同意を求めるように言った。
 ロンは猶もロックハートの悪口を続けるが、サラはただ苦笑して聞いているだけだった。確かにサラもロックハートは嫌いだが、どうもロンが彼に腹を立てている点は、サラの理由とはずれている。ハリーに至っては、聞いてもいない様子だ。
 三階までの階段を半分も上った所で、下方から声が掛かった。名を呼ばれてサラが振り返ってみれば、階段の下でアリスが手を振っていた。
 アリスはそのまま、サラ達の方へと階段を駆け上がってくる。
「良かった。もう寮に帰っちゃったのかと思ったわ。ねぇ、ちょっといい? 話があるの」
「今? だって、もう直ぐ寮の門限――」
「直ぐに終わるわ。新学期になってから何度も話そうとしたんだけど、いっつも見つからないんだもの」
 それはそうだろう。今学期、サラは図書室もまだ行っていないし、クィディッチの練習以外は殆ど医務室か談話室だ。
 サラは了解すると、ハリーとロンに先に行くよう促した。そして、アリスに向き直る。
「なあに? 話って」
「こっち!」
 アリスはただ一言そう言って、はしゃいだ足取りで階段を駆け下りていく。
 サラは慌てて後に続いた。
「何処へ行くの? あまり遠いと、門限までに寮に帰れないわ」
「大丈夫よ。そんな奥深くへ行く訳でもないから」
 玄関ホールは、寮へと帰っていく生徒でごった返していた。外から帰って来た者。図書館で勉強をしていた者。遅い夕食をとっていた者。それぞれが、それぞれの寮へとホールを横切ろうとする。
 蠢く黒山の人だかりを見て、アリスは呻いた。
「こりゃあ、横切るのはちょっと苦労するわね……。サラ、潰されないでね」
「どうせ私は小さいわよ」
 ホールの喧騒に負けぬよう、アリスは声を張り上げて話した。
「ねえ、サラ。もう直ぐ何の日が来るか、分かってる?」
「もう直ぐ? おばあちゃんの誕生日なら、つい先日だったわよ」
「違うわよ! 来月よ、来月。あと一ヵ月後」
「アリスの誕生日?」
 アリスは呆れたように頭を抱えた。
「サラ。貴女、誕生日ぐらいしか思いつくものが無いの? 二月の大きなイベントがあるでしょう。イギリスではどうなのか、知らないけど」
「ああ! バレンティヌス司教が、拷問の末に撲殺された日!」
「多分あってるだろうとは思うけど……普通に言えばいいじゃない、普通に……」
 アリスは溜め息を吐きながら言った。
 誰もが、バラバラに自分の行き先へ行こうとするものだから、一向に先へ進む事が出来ない。ようやく、三分の一を過ぎた所だった。
 サラははぐれぬようにアリスのローブの肩の辺りを掴み、アリスが人混みを掻き分けた後についていく。

「それで? バレンタインが向かう先とどう関係あるって言うの?」
「あら。サラ、何もしないつもり? あたし、エリから頼まれたのよ。チョコレートケーキの作り方教えて、って。せっかくだから、サラもどうかなって思って。
別にケーキじゃなくてもいいけど、せっかくのバレンタインよ? サラって、ドラコの事好きなんでしょう? 腕の見せ所じゃない」
 自分がドラコを好きだという事を、アリスに教えた覚えは無い。
「私、そんなに分かりやすいの……?」
「見てれば分かるわよ。姉妹だもの。特に仲良くは無かったとは言え、十年間ずっと一緒に暮らしてたんだから。
それに、先学期の終わり頃から、パンジーと真っ向勝負してるでしょう? パンジーが嫉妬して絡んでるだけだろうって思ってる人も多いけど、ドラコを取り合ってるって気づいてる人も同じぐらいいるわよ。少なくとも、スリザリンじゃパンジーがドラコの事を好きなのは有名だから。
……サラ?」
 突然肩を引っ張る力が無くなり、アリスは後ろを振り返った。
 サラは両手で顔を覆い、しゃがみ込んでいた。
「どしたの、冗談抜きで潰されるわよ」
「……嫌だーっ」
 サラは耳まで真っ赤だった。
「嫌だぁ……最悪……パーキンソンの奴、なんでそんな目立つアピールしてんのよ……」
「パンジーと目立って対抗する前に、それぐらい分かってたでしょうに」
「何か言った?」
 アリスの呟いた言葉は、喧騒に紛れてよく聞こえなかったらしい。
 アリスは肩を竦めて言った。
「決闘クラブの時、ドラコの事で言い争ってたんですって? 傍にいた友達が聞いてたみたいよ」
「嫌あぁぁ」
 失念していた。あの時、杖を振る前までは話し声はあったとは言え、それほど騒がしくはなかった。傍にいれば、確実に二人の会話は周囲に聞こえていた筈だ。
 そしてハッとある事に気づき、立ち上がってアリスに詰め寄った。
「まさか……ドラコには聞かれてないわよね……?」
 あの時、傍にはドラコとハリーのペアもいた。聞こえていた可能性は零ではない。
「彼はそんな話してなかったけど」
 サラがホッと息を吐いたのも束の間、アリスは満面の笑みで言った。
「でも、分からないわよ。彼、天然で臭い事を言ったりする割に、照れ屋だったりするもの。聞こえていたとしても、あたしなんかに話さないんじゃないかしら」
 サラは奇声を上げ、再びしゃがみ込む。
「なんでそんな意地の悪い事、言うのよ……」
「だって、サラの反応が面白いんだもの。
それで? どう? サラも、ドラコにチョコ作ってみない? せっかくだから、一緒に、ね?」
「おい、アリス!! 何、勝手な事言ってんだよ!」
 怒声と共に、人が上方から降ってきた。
 サラがしゃがみ込んだ事で、人が避け、少しスペースが出来ていた。エリはそこに軽々と着地する。

「なんで、サラまで一緒じゃなきゃなんねぇんだよ! 俺は反対だかんな」
「私だって、別にやるとは言ってないわ」
「えー。だって、パンジーは絶対手作りケーキとか作るわよ〜。去年もあげたんですって」
「関係無いわよ、私には。だいたい、こっちじゃお菓子会社の戦略も無いのに突然あげたら、そんなの告白するようなもんじゃない」
「いいじゃない! この際、告っちゃいなさいよ」
「ななな何、とんでもない事言ってんのよ!?」
 エリが、ぶっと噴き出した。
「うわー。アリス、それ絶対ふられるって! お前、サラの通知表覚えてないのかよ。家庭科と図工は、いっつも2だったじゃん。やる気だけはあるみたいだから、流石に1は無かったけど。魔法薬だって下から三位以内だし」
「魔法薬は教師との相性が最悪なだけよ!」
「それでも、ハリーは平均点以上らしいけど?」
 それを言われてしまえば、返す言葉が無い。
「基本、不器用なんだよなー、サラって。作業がザツなんだよ。マンドレイクの植え替えの授業の時だって、上手く押し込めれないからって、マンドレイクを机の角に叩きつけて気絶させてたろ」
「魔法じゃなく、机の角で?」
「そ。机の角で。成績はいいくせに、結構バカなんだよなー」
「貴女に言われる筋合いは無いわ。貴女なんて、毎日馬鹿な事して、遊んで暮らしてるだけじゃない。単細胞だと、何も悩みが無くっていいわね」
「何だと!?」
 エリはサラの胸倉を掴んだ。身長差の為、サラは爪先立ちになる。
「何よ。本当の事でしょう? 今の言葉ぐらいでキレるなんて、カルシウム足りてないんじゃない? 肉ばっかり食べてるからよ」
「サラだって肉好きの癖に……」
 アリスはボソッと呟いたが、誰も聞いていなかった。
 徐々に周囲の人が気づき、足を止め、野次馬が出来始める。
「お前のそういう態度がムカつくんだよ。自分ばっかり可哀想な子だと思いやがって」
「貴女、どれだけ話を飛躍させるつもり? 誰がそんな事を言ったって言うの?」
「何も悩みが無いってか? よく言うよ!!」
 エリはサラを強く突き飛ばす。サラは踏みとどまり、エリを睨んだ。
「お前の所為で、双子の俺がどんだけ大変だったか、分かってんのか!? お前はいつも、自分の事ばっかりだ! お前ばかりが辛い人生送ってる訳じゃねーんだよ!!
親に愛されてないのはお前だけじゃない! そもそも、本当に愛してないとは限らねぇじゃんか。ハリーなんて、その親と言葉を交わす事さえ出来ねぇんだぞ!?
小学校で辛い目に遭ってたのはお前だってのか? 一人ぼっちだったから、何をしてもいいってのか?」
「エリ。それをここで言ったら、サラが――」
「自分に危害を加えたからって事故に遭わせたり、首絞めたり。それが許されるとでも思ってんのかよ!?
日本で同じ事していて、今度はスリザリンの継承者気取りってか。どんなにお前がいい子ちゃんを演じていようと、俺は絶対に許されない!
被害者面してんじゃねぇよ!! お前は何人の生徒を病院に送った? お前は立派な加害者だろうが!!」

 しんと辺りは静まり返っていた。
 沈黙の後、アーニー・マクミランの声が玄関ホールに響いた。
「エリ……それ、如何いう事だ?」
「あ……」
 エリはハッとして口を押さえる。しかしもう、手遅れだった。
 どっと人の波が押し寄せる。口々に詰め寄るが、どの生徒も尋ねようとしている事は同じだった。
 日本でも同じ事をしていたとは、如何いう事なのか。サラは再び生徒を襲っているという事なのか。
「それじゃあ、スリザリンの継承者はサラの方だったのか?」
「ポッターは違ったの?」
「やっぱりね! 僕は最初から言っていただろう」
「以前にも、って如何いう事だよ。なんでそんな奴がこの場にいるんだよ。アズカバンにでも入ってるのが妥当じゃないのか?」
「シャノンは、フィルチを嫌っていたわ! コリン・クリービーだって、ハリーは鬱陶しそうにでも挨拶を返してたのに、シャノンは無視してた!」
「ジャスティンはエリと仲が良かったから?」
「うわ、最低!! ニックは巻き添えか」
「アズカバンに入れるべきだ! ホグワーツから出て行け!」
「出ーてーけ、出ーてーけ」
 誰かが言いながら、手を叩き出した。
 それを合図に、次々と手を叩き、声を合わせる。
「やめろ! 俺は、そんなつもりで言ったんじゃねぇよ!!」
――偽善者が。
 日本での事をこんな大勢の前で言ってしまえば、こうなる事ぐらい分かっていただろうに。
 記憶がフラッシュバックする。日本の小学校での最後。ベランダから突き落とされたあの日が、日本の学校での最後だった。
 あれから一年半。結局、また同じところへと行き着いてしまったのだ。
 エリがどんなに怒鳴ろうと、例えウィーズリーの双子と共に人気者で影響力が強かろうと、大勢の力には勝てない。
「……」
 「出て行け」コールを最初に始めた生徒が誰なのか、はっきりと分かっている。この大人数の中、見失ってもいない。
 だが、サラは微動だにしなかった。動けずにいた。
 彼の首を絞めれば、このコールは止み、悲鳴へと変わる。見せしめだ。私に危害を加えるなという警告を出せば、今後も楽だろう。
 だが、それでもサラは俯き、黙り込んでいた。何もせず、ただ全てを自分の扉の外へと遮断していた。

 突如、バーンという大きな音が玄関ホールに響いた。
 ピタリと「出て行け」コールは止まり、戦慄とも取れるような沈黙が玄関ホールに流れる。
 サラは、恐る恐る顔を上げた。その場の誰もの視線が、一点へと集中していた。サラとアリスが降りてきた、大理石の階段の正面左側の扉の所だ。
 やがて、生徒達は動き出し、その場から逃げるようにして立ち去っていった。
 人が減り、ようやく人垣の向こうで大きな音を出した人物が誰なのか分かった。
 セブルス・スネイプ。
 そしてその斜め後ろに、従うようにしてついてきた様子の生徒がいた。彼の背後には、巨大な二人の男子生徒がボディーガードのように構えている。
「違う……私は……私は何もしてない……」
 サラはくるりと背を向けると、逃げるように駆け出した。





「サラ! 待てよ、サラってば!!」
 突如腕を掴まれ、ぐいと引き止められた。
 とうとう捕まってしまった。ドラコは一体、どう思ったのだろうか。ドラコの顔を見るのが――怖い。
「何があったんだ? スネイプ先生に授業の事についてお聞きしてたら、突然アリスが教室に入ってきたんだ。行ってみたら、玄関ホールにいる誰もが手を叩いてて……」
 エリのようにサラを擁護して、周囲から反発を買うのは避けたい。かと言って、姉であるサラを皆と一緒になって強く非難する事はしたくない。
 悩んだ末、アリスは「サラが可哀想だ」と泣きまねをした。同情を買ってその場を抜け出し、助けを呼ぶ。それがアリスの出した答えだった。
 集団の脅威。ホグワーツには、小学校の何倍もの生徒がいる。
 震えぬように、己を守るかのように、サラは自分の肩を抱いた。
「私じゃないわ……私は、スリザリンの継承者なんかじゃない……」
「サラ」
 ドラコは落ち着けと言い聞かせるかのように、肩に手を置き、軽く揺する。
 しかし、サラには何も聞こえていなかった。

「君にだって部屋は開けた筈なんだ」

 部屋を開けるのは、継承者だけ。
「違う違う違う違う!! 私はスリザリンなんて関係無い! 人を襲ったりなんてしない!!」
「サラ!」
 不意に、視界が真っ暗になった。ドラコに抱きしめられたのだと、一拍遅れて気がつく。
「僕は信じてるから……サラは、スリザリンの継承者じゃない。部屋を開いてなんかいない。僕は、分かってるから……」
「私……日本で、仕返しをしてた。でも、それじゃあ私はどうすれば良かったの……!? 誰も守ってくれる人なんていなかった! 違うからって非難する!! 皆も見て見ぬふり!! 傍観していた子達だって、同罪よ!! 黙認してたって事じゃない!!
私はどうすれば良かったのよ!? 誰も味方なんていなかった! おばあちゃんは死んだんだもの。親さえも、何もしてくれなかった……そしたら、自分の身は自分で守るしかないじゃない!!
ドラコだって、話を聞けば離れていくんでしょう!? 見せ掛けの同情なんか、私は要らない!!」
「サラ」
 サラを抱く腕に、力が入る。
「僕はサラの味方だよ。サラも、僕を信じてよ……」
「……」
「僕は、サラを信じる」
 涙が後から後から溢れて、どうにもならなかった。
 サラは、そっとドラコの背に腕を回し、躊躇いがちに抱きしめ返した。今度は、腕は下ろさなかった。


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2007/10/11