「リドルは犯人を間違えたのかもしれないわ。皆を襲ったのは、別の怪物だったかもしれない……」
「ホグワーツに一体何匹怪物がいれば気が済むんだい?」
「ハグリッドが追放された事は、僕達、とっくに知ってた。それで、ハグリッドが追い出されてからは、誰も襲われなくなったに違いないよ。そうじゃなけりゃ、リドルは表彰されなかった筈だもの」
友人が襲撃事件の犯人かもしれないと辛そうなハリーに対し、ロンは寧ろリドルへの怒りを感じていた。
「リドルって、パーシーにそっくりだ――そもそも、ハグリッドを密告しろなんて、誰が頼んだ?」
「でも、ロン、誰かが怪物に殺されたのよ」
「それに、ホグワーツが閉鎖されたら、リドルはマグルの孤児院に戻らなきゃならなかった。僕、リドルがここに残りたかった気持ち、分かるな……。
サラ、どうしたの? ずっと黙り込んでるけど」
サラはハッと顔を上げ、へらっと笑った。
「別に。どうもしないわ。ちょっとボーっとしていただけよ」
――ハグリッドじゃないのに。
とことん、リドルは酷い奴だ。部屋を開けただけではなく、ハグリッドにその罪を着せて突き出しただなんて。
ハグリッドじゃない。
犯人はリドルだ。五十年前の事件も、そして今回も。
違うのに。ハグリッドは何も関係無いのに。なのに、五十年経ってからも友達から疑われるなんて。
真相を知っていても、サラはどうする事も出来なかった。
真実を話せば、ハリー達が命の危険に晒される。それだけは絶対に嫌だ。
もう二度と、傍にいる人を失いたくはなかった。
No.53
突如、頭上からバケツをひっくり返したようにして水を浴びせられた。
朝食を取り終え、一時限目の呪文学の教室へと向かっている時だった。
飛び退く間も無かった。濡れた髪はペッタリと顔に張り付き、ローブからは水滴が滴り落ちる。
「サラ? どうしたんだ?」
サラが唖然として立ち止まっていると、ロンが振り返り怪訝そうに尋ねた。ハリーとハーマイオニーも、きょとんとしている。
だが、最も驚いているのはサラだった。
再び自分の体を見下ろしてみると、何処も濡れてなどいなかった。髪も、ローブも、いつも通りだ。廊下にも水溜りなど何処にも無い。
サラは目をパチクリさせる。今のは何だったのだろう?
「サラ?」
ハーマイオニーが傍まで来て、サラの顔を覗きこむようにしていた。
その顔が一瞬、何故かパンジーの嫌味な笑みと重なった。
サラは慌てて目を擦る。先ほどから、明らかな幻覚ばかりだ。睡眠不足の所為だろうか。
「大丈夫? 体調が悪いのならば、医務室へ行く? それか、寝室で眠っているか……。フリットウィック先生には、きちんとお話しておくわ」
「うん。今の内に寝てた方がいいよ。呪文学の次は魔法薬だ。例えどんな理由があろうとも、スネイプの僕やサラへの対応は変わらないだろうからね」
「それに、愛しい愛しいドラコとの授業は休みたくないだろ?」
ハーマイオニーはサラの様子を伺いながら、ハリーはスネイプに口を尖らせながら、ロンはニヤニヤとからかう様に言った。
サラは、ロンの言葉に敏感な反応を見せた。
確固たる根拠は無い。あくまでも一つの可能性でしかない。だが、確信に近い物があった。
「……アリスが」
「アリス?」
サラは頷く。
「アリスが何処かで水をかけられたの。きっと、またスリザリンの連中だわ。私、行かなきゃ」
サラは早口で捲くし立てると、きょとんとした様子の三人に背を向けて駆け出した。
早く、アリスを助けに行かなければ。
スリザリンの寮があると思われる方へ、階段を駆け下りながらサラは疑問を抱いていた。何故、今になってアリスが再び呼び出されたのだろうか。
以前、アリスが痛めつけられた時、ドラコに話はしておいた。決して一人にはならぬようにしてくれ、と。
ドラコ以外にも、アリスに味方は沢山いる。一部の者達からは嫉妬による反感を買ってはいるようだが、基本的には誰からも好かれている。大広間や廊下で見かける時は、いつも友達と一緒にいる。アリス一人を誘い出すのは容易では無い筈だ。誰か、影響力の強い者がいない限り。
スリザリンの女子に影響力が強い者。サラの脳裏に、パンジー・パーキンソンのパグそっくりな顔が浮かんだ。しかし、サラはその考えを否定する。彼女は、サラの妹だからなどと言う理由でアリスを苛めたりはしないだろう。寧ろ、アリスの事は気に入ってくれているようだった。何度か、食事の席でアリスと一緒にいるのを見かけた事がある。
だから尚、アリスがどのようにして呼び出されたのかが分からない。影響力の強い者を何人も味方につけながら、周囲の誰からも愛されながら、どうしてそのような状況に陥ったのだろう。
三階まで降りてきて、サラはふと足を止めた。
アリスは、バケツで水を掛けられた。ならば、水の処理が出来る場でなければならない。連中も、証拠を残したくはないだろう。教室で水を撒けば、確実にフィルチが犯人を血眼になって探す。水を掛けるのにバケツを使用するような者が、乾かしたり何なり証拠を消すのに役立つ呪文を知っているとは思えない。
サラは動き出した階段から飛び降り、三階の廊下を駆け抜けた。
廊下から差し込む蝋燭の明かりに、冷たいタイル張りの床や壁が照らし出されている。洗面所は埃を被り、このトイレがずっと使用されていない事を物語っている。光源が無く薄暗い女子トイレに、八人の影があった。
女子トイレに連れ込まれるなり、アリスは硬い床へと突き倒される。直後、冷水を頭から浴びせられた。身も切れるような寒さに、ぶるっと体を震わせる。そんなアリスを見て、女子生徒達はキャラキャラと耳障りな笑い声を上げる。
アリスは、倒れた拍子に肩から飛び降り、洗面台の鏡の前にちょこんと座っている黒猫の方に目をやった。
それと同時に、女子生徒の一人が呪文を唱えた。リアはバチンと硬直し、床へと落下する。
「リ――」
「フラグレート」
叫び声は途中で遮られ、頬に鋭い痛みが走る。呪文は掠れ、床に何の形とも取れぬ焼印を作った。
「バーカ。傷は見えない所にしなさいよ」
「あ、そっか。こいつ、チクり魔だものね」
アリスは、クスクスと笑う面々を鼻で笑った。
「毎度ながら、愚かな人達ね。私の背後に誰がいるか、分かっていないの? 私はサラやエリの妹よ。フレッドやジョージとも交流があるわ。ドラコにも目を置かれているし、パンジーとも――」
「貴女、パンジーの周りにいる人の顔も覚えていないのね」
進み出た二人の女子生徒を見て、アリスはあっと声を上げた。二人は、スリザリンの二年生だった。パンジーの取り巻きの中に見た事がある。
アリスの表情に、焦りの色が浮かんだ。二人を穴が開くほど見つめ、それから責めるように言った。しかし、その声には動揺が見られ、覇気が無かった。
「貴女達……パンジーを裏切るって言うの?」
「まだ分かってないの?」
アリスは表情を強張らせる。
二年生の二人は、嘲笑を浮かべた。
「裏切り者は、貴女なのよ。貴女がシャノンとドラコの仲を取り持った事、パンジーが知らないとでも思ってるの?」
アリスは驚愕と恐れに目を見開く。
サラやエリに甘え、ハリーやロックハートに媚を売り、ドラコやパンジーは敬い、友人の前では天然のふり。小学生の頃から、誰にも嫌われぬように、誰とも波風を立てぬようにやってきた。
しかし今、頑なに護り続けたメッキは剥がされてしまったのだ。
アリスはパッと立ち上がり、輪の隙間から逃走を試みる。
「インカーセラス」
突如として現れたロープが体に巻きつき、アリスは水に濡れた床へと前のめりに倒れ込む。
続いて、傍に立っていた者がアリスに杖を向けた。以前、サラに首を絞められた生徒だ。
「シレンシオ。――人気の無い所とは言え、悲鳴なんて上げられちゃ、五月蝿くて敵わないもの」
――貴女達、こんな事をしてただでは済まないわよ。
言葉は声にならなかった。
絶望に打ちひしがれるアリスのローブのポケットから、女子生徒の一人が杖を引き抜いた。そして、その杖をロープで縛られ自由の利かないアリスの手に握らせる。
「ほうら。どうぞ、無言呪文でも何でもやってくださいな。
あ。貴女、浮遊呪文さえ使えないんだったわねー。無言呪文なんて無理よね。ごめんなさ〜い」
不愉快な笑い声がトイレに響き渡る。
アリスは涙ぐみ、唇を噛む事しか出来ない。
踝の辺りを見えない手に掴まれるようにして、ぐんと上へと引っ張られた。床にしがみつこうとするようにして手を泳がせるが、空を空しく引っ掻くばかり。間も無く、アリスの体は天井近くまで浮き上がった。
ロープが解かれた。アリスは、重力に従って下がってくるローブを、必死に押さえる。
頭に血が上ってくる。まさか、このまま真っ逆さまに落とされるのだろうか。
嫌な予想は当たった。
一人が、アリスに向けて軽く杖を振る。
ガクンと上へ引っ張る力が無くなる。
濡れたタイルが、猛スピードで目の前に迫ってくる。
「ウィンガーティアム・レヴィオーサ!」
降下する体がピタリと止まり、ふわりとまた浮き上がった。そして、ゆっくりと床へ降ろされる。
目をパチクリさせるアリスの前に、黒いローブに包まれた背が現れた。いつもは整えられたプラチナブロンドの髪が、幾分か乱れている。
「君達、一体どういうつもりだ? スリザリンの名に恥じるような事は控えて欲しいものだな」
女子生徒達は気まずそうに視線を交し合う。
アリスは、その人数が減っている事に気がついた。パンジーの取り巻きの二人が、いつの間にやらいなくなっている。
「……そいつが悪いのよ」
一人の女子が、ふてぶてしく言った。
「貴方の前ではいい子ぶってるけど、そいつ、かなり性格悪いわよ。自分の事しか考えてない上、人を見下すような態度ばっかり。混血で、マグルとして育った癖に」
「そうよ。スクイブなのに、自分の事は棚に上げて。恩を仇で返すような事までするんだから」
「何をしたって言うんだ?」
「それは……」
彼女達は言いよどむ。言える筈も無い。この件に、パンジーも関わっているなんて。
「君達が言っている事は、アリスを数メートル上空から落下させるのに相応しい事なのかい?」
「……」
一人が、その場の空気に負けて無言でトイレを出て行った。それを合図に、皆、バラバラにトイレから出て行く。
最後の一人が出て行き、ドラコはアリスに向き直った。目の前の小柄な少女は俯き、震えていた。
「大丈夫かい? ごめん。サラに言われてたのに、最近何も無いからって気を緩めてた――」
その時、女子トイレの扉が大きな音を立てて開いた。
サラが杖を握り、中へと飛び込んでくる。ドラコの前に座り込んだびしょ濡れのアリスを目にすると、駆け寄り抱き寄せた。
「一年生の女子達に囲まれてたんだ。
変身術の授業後に、マクゴナガルから忘れ物を預かって――前の授業はスリザリンの一年生だったそうだから、アリスに預けておこうと探したんだ。そしたら、大勢でここへ向かったって聞いて……」
サラはアリスを放し、顔を覗きこむ。
「大丈夫? 怪我は?」
アリスは口を開いたが、声が出てこない。サラは杖をアリスの喉に当てた。
「フィニート・インカンターテム」
呪いが解けた途端、アリスは声を上げて泣き出す。
サラは再び、アリスを抱きしめた。
「もう大丈夫よ……大丈夫だから」
「サラは、どうしてここが?」
「何となく、分かったの……アリスが水を掛けられたって。バケツで。
バケツを使ったって事は、大して魔法を知らないって事でしょう? 教室でそんな事をすれば、フィルチが逃さない筈が無いわ。それでトイレだ、って思い当たって……嘆きのマートルに聞いたら、ここだって教えてくれたの」
嘆きのマートルのトイレは、第一の事件の現場の所にある。だが、そんな事に躊躇している場合では無かった。
サラは立ち上がり、アリスに手を差し伸べる。
「念の為、医務室に行った方がいいわ……。立てる?」
アリスは俯いたまま、首を左右に振る。
そして、涙声で言った。
「リアが……洗面所の所……」
アリスの言葉に、サラは洗面所の方を振り返った。そして、硬直した猫の姿に息を呑む。ハロウィンの日の出来事がフラッシュバックする。松明に照らされた廊下。壁に書かれた血文字。逆さに吊るされた猫の姿――
ドラコがサラの視界を遮った。硬直した猫との間に入り、杖を向ける。
「フィニート・インカンターテム」
ドラコの向こうから黒猫が飛び出し、逃げるようにして駆け去って行った。
サラは俯き、首もとのネックレスを握り締めていた。
「――サラ?」
ドラコの声に、サラはハッとして顔を上げる。
「大丈夫かい? リアは簡単に治ったよ。一年生のかけた、簡単な凍結呪文だから」
「そう……ね……。……医務室へ行きましょう」
しかし、アリスはショックで立つ事が出来ない。
ドラコが、アリスに背を向けてしゃがみ込んだ。
「僕が運んで行くよ。乗って」
サラの手を借り、ドラコの背に乗せられてアリスは医務室へと向かった。
パンジーを敵に回してしまった。アリスは、呆然としていた。サラとドラコの仲を取り持ったからだ。自分は、パンジーの恋を応援せねばならなかったのに。
何故、あんな愚行をしてしまったのだろう。
サラがドラコと上手くいっても、自分には何の利益も無い。
エリの時も同じだ。昨年の冬や夏。何故、エリの為に自分は動いたのだろう。留美や俊哉を責めたのだろう。そのような事をすれば、ただ、自分への印象を悪くするだけだというのに。
サラは、アリスを苛める者達への怒りをドラコに愚痴っている。誰かに愚痴を言うサラを見るのは、初めての事だった。ホグワーツへ来てからのサラは、本当に変わった。
小学生の間、ずっと周囲から厭われ、感情を表す事の無かったサラ。サラの事でどんな目に遭おうと、己の目で目撃するまで、ずっとサラを信じ、辛さを笑顔の裏に隠していたエリ。アリスは、そんな二人の本当の笑顔を見たかったのかもしれない。だから、エリを裏切る者が許せなかった。サラに協力したかった。
だけど、二人のそんな様子を見ていたから尚の事、人に嫌われるのが怖かった。波風を立てたくなかった。
しかし、風は吹いてしまった。波紋は波となり、海を荒らす。波を食い止める事は不可能だ。足をすくおうとする水の中を、一人で立つのは難しい。
冷たい水がアリスに押し寄せる事となる。アリスには、何も掴まるものが無かった。
分かっている。ドラコは、サラが想いを寄せる相手だ。そして恐らく、ドラコもサラを……。
だが、アリスを背負うドラコの背中は大きく温かかった。
アリスを女子トイレへと連れ込んだ具体的な犯人は分からぬまま、イースターの休暇がやってきた。あれ以来、サラもドラコも、エリにも話して総出でアリスの周囲に気を配っているからか、再び同じような事は起こらなかった。
二年生は、休暇中の課題として、三年生で選択する科目を決めねばならなかった。
サラは悩む間も無く、リストが来た途端に選択を終わらせていた。占い学と魔法生物飼育学と古代ルーン語の三つだ。サラは何度か、予知夢と思われるものを見ている。祖母の力をいくらか受け継いでいるのは明らかだった。祖母のような予見者になりたい。それが、サラの夢だった。
エリは占い学とマグル学を選択した。数占いは算数を連想させたし、古代ルーン語は何やら難しそうだ。占いならタロット占いやこっくりさんをやって遊んだ事はあるし、マグル学なら元々マグルの中で育ったのだから苦労しないだろう。それが、選んだ動機だった。
休暇が終わり、次のクィディッチ戦が近付いてきていた。グリフィンドール対ハッフルパフだ。エリがハッフルパフ・チームの選手になったという事は、とうにサラやハリーも知っていた。
グリフィンドールの練習は、毎晩行われるようになっていた。サラもハリーもクィディッチと宿題以外には、殆ど何もする事が出来なかった。サラはその上にアリスの監視も加えられるのだから、尚更だ。天候が良くなり、スリザリン戦前よりも練習がしやすくなったのが、せめてもの救いだった。
リドルは度々サラの所に現れたが、その回数も徐々に減りつつあった。若しかすると、ただ単にサラが疲れの為、リドルが来ても起きなくなっただけかも知れないが。
試合前日の夕方、更にサラにとって良い出来事があった。箒を置き着替えて戻ってくると、談話室にはもう半数の生徒しか残っていなかった。ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がひそひそと話し合っている。
サラは首を傾げ、三人の所へと歩いていった。
「どうしたの? 何かあったの?」
「ハリーの荷物が荒らされて、リドルの日記が盗まれたんだ」
「え……?」
その時、サラはどんな顔をしていただろう。思わず安堵の表情を浮かべてはいなかっただろうか。
しかし、次のハーマイオニーの言葉で安心してはいられなくなった。
「一体、誰がこんな事……だって――グリフィンドール生しか盗めない筈でしょ――他の人は誰もここの合い言葉を知らないもの……」
サラはサーっと血の気が引くのを感じた。
何故、今まで気がつかなかったのだろう。
クリスマス、サラへのプレゼントにリドルの日記が紛れていた。学期が始まると、日記はサラのベッド上から姿を消した。そして、今日、ハリーの部屋を荒らしリドルの日記が盗まれた。
どれも、グリフィンドール寮に入らねば出来ない事だ。グリフィンドール寮に入れるのは、グリフィンドール生のみ。
更に、「ホグワーツの歴史」に書かれていた事が正しければ、女子寮へ男子は入れない。サラの寝室に日記を置いて行くのも、サラのベッドから日記を持っていくのも、女子でなければ出来ない事だ。
サラは自分の肩を抱き、体を震わせた。
あの闇を共有する者が、同じ寮の中にいる……。
翌朝。大広間はこれから行われるクィディッチ戦に誰もが興奮し、意気揚々としていた。
サラは、油断無くグリフィンドールの席を見渡す。この中に、リドルの日記の所有者がいるのだ。リドルの言う、自分を監視する者が。秘密の部屋を開いた者が。
ポンと肩に手を置かれ、サラは驚いて退き振り返った。ネビルが、目を瞬かせて立っていた。
「おはよう、サラ。どうしたの? なんか、怖い顔してたけど……緊張なんて、サラらしくないね。――あ、そっか。今日はいよいよエリとの試合だから?」
「ええ……まあ……」
サラはゴニョゴニョと曖昧な返事をし、席に着いた。
席に着き、グリフィンドールの女子生徒の面々を見ながら神経を研ぎ澄ませる。昨年のクィレルのように、リドルの気配を共に纏った者がいないだろうか。
しかし、何も分からなかった。実体と記憶とでは、訳が違う。リドルは昨年のように、ずっととり憑いている訳では無い。そもそも、昨年の弱った姿とは違い、今年のリドルならば自らの気配を隠す事も可能だろう。
「サラ、大丈夫?」
一向に食事に手をつけようとしないサラを心配し、ハーマイオニーが言った。
「食欲が無くても、絶対何か食べておいた方がいいわよ。じゃないと持たないわ。ブラッジャーの邪魔具合によっては、試合が数時間続く可能性だってあるんだから。前回のハッフルパフとスリザリンの試合、見たでしょう?」
「その点は問題無いわ。我がチームのシーカーは最高だもの」
「ありがとう、サラ」
ハリーもサラと同じく同寮生達を不審な目つきで眺めていたが、サラの言葉に笑みを零した。
ロンが、ハリーの皿の上にサンドイッチをどんどん積み重ねていく。
「ほら、食べろよ。ウッドが盛ってくれたスクランブル・エッグもそろそろ食っちまわないと、また来るぜ。もう三回も回ってきたからな」
ウッドが四度目に回ってくる前にと四人は急いで朝食をかき込み、大広間を後にした。
「でも、リドルの日記を盗って行ったのは、一体誰なんだろう? 随分必死に探したみたいだった――」
「今はそんな事忘れとけよ。ほら、サラも! 表情無くなってるよ」
「……私は元々、この顔よ」
ロンを冷たい目で見上げ、サラは大理石の階段に足を掛ける。
その時、声が聞こえた。
「今度は殺す……引き裂いて……八つ裂きにして……」
ハリーは、突然の声に叫び声を上げた。サラは目を見開き、上りかけたその姿勢のまま硬直する。ロンとハーマイオニーはハリーの叫び声に驚き、飛び上がった。
「あの声だ!」
ハリーはロンとハーマイオニーを振り返る。
「また聞こえた――君たちは?」
「声じゃないわ……音よ……音だったんだわ……!」
サラは、硬直したまま愕然とした様子で呟いた。
ハリーは何の事だか分からず、きょとんとする。ハーマイオニーが、ハッとしたように額に手を当てた。
「ハリー――私、たった今、思いついた事があるの! 図書館に行かなくちゃ!」
「ハーマイオニー!」
矢のように階段を駆け上がるハーマイオニーを、サラが呼び止める。
恐らく、ハーマイオニーが思い当たったのは自分と同じ事。
「気をつけて――絶対、直視しないようにね。鏡でも持ってる?」
「ええ――ほら、この通り」
ハーマイオニーは鞄から手鏡を出して見せる。
「サラも、気をつけるのよ」
「ええ、ありがとう」
ハーマイオニーは再び背を向けて階段を駆け上って行き、踊り場を曲がって見えなくなった。
「それで? 一体、君たちは何に気がついたんだい?」
ロンは尋ねたが、その時丁度、大広間からウッドを始めとするグリフィンドール選手達が出てきた。
「ハリー、サラ、急げ! 試合前に、練習してきたフォーメーションの確認だ。それに、一っ飛びして体を慣らしとかないとな」
サラは肩を竦める。
「そう言う訳だから。試合の後に、ゆっくりと説明するわ。その時には、ハーマイオニーの資料もあるでしょうし」
サラは、階段の上を見やる。
妙に、胸騒ぎがしてならなかった。
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The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
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2007/11/13