暗闇の中、サラはハッと目を覚ました。
 暖炉の火は既に、燻っている。闇に慣れた目に、正面のソファに腰掛ける人影が映る。
 サラは咄嗟にポケットから杖を引き抜いた。
「ルーモス」
 杖先に灯った青白い光に、端整な顔立ちが照らし出される。彼は微笑みを浮かべていた。
「おはよう、サラ。久しぶりだね」
「……何の用?」
 サラは灰色の目を鋭くし、リドルを睨めつける。
「そんな怖い顔をしなくてもいいだろう。でも、睨んだ表情も君のおばあさんにそっくりだね」
「……」
「部屋へは戻らないのかい? 君の部屋、ベッドが二つも空く事になるね」
 リドルの首を絞めようとしたが、サラの魔法はいとも簡単に相殺されてしまう。再び腕を振り上げた瞬間、杖はサラの手を離れて闇の中へと消えていった。
 サラは飛んで行った杖を目で追い、視線をリドルに戻す。リドルは相変わらず、笑みを崩さない。
「余計な事はしない方が身のためだよ。君も、お友達を危険な目には遭わせたくないだろう?」
 何も言葉を返せず、ただリドルを睨み据えるサラに、彼はクスクスと笑う。
「だからって、お友達の邪魔をするような真似は、しちゃいけないよ」
「……如何いう意味」
「そのままの意味さ。ハリー・ポッターは、秘密の部屋やスリザリンの継承者について、調べているだろう? それを邪魔されると、こちらも詰まらないんでね」
「何か、罠を張ってるって事?」
「詮索するのかい? さっき言ったばかりだろう、余計な事はしない方が身のためだ」
 リドルは冷ややかに言い放つと、闇の中へ溶け込むようにして消えていった。サラはその場に立ち尽くし、リドルのいた闇を睨み据えていた。

 やがて、サラはその一点から視線を外した。四方の闇をキョロキョロと見渡し、そっと呟く。
「ルーモス」
 女子の部屋へ向かう階段の下に、青白い灯りが灯った。サラは歩いていき、杖を拾う。
 イチイの木に、バジリスクの牙で出来た杖。あのリドルと同じ、イチイの木。そして、一連の事件の元凶である、バジリスク。
 今朝聞こえた、いつもの声。今朝、ようやくサラは気がついた。声は、音だったのだ。蛇のシューシューという音と同じものだった。
 サラは唇を噛み、階段の上を見上げる。この中に、ハーマイオニーはいない。サラの傍にいた事で、襲われてしまった。
 サラは階段の上の扉から視線を外し、杖灯りを頼りに暖炉の傍へと戻っていった。魔法で火を灯し、暖炉に入れる。殆ど灰となった薪に触れ、火は弱々しいとは言え、炎となり辺りを照らす。
 肘掛椅子を暖炉の傍へと寄せ、腰掛ける。リドルが現れた後、闇の中、一人で眠るような勇気は持てない。
 その時、二人分の気配と共に声がした。
 ハリーとロンだ。





No.55





 戸を叩いた途端、内側から勢い良く開けられた。ハグリッドは三人に石弓を突きつけていたが、真夜中の客が誰なのか分かり、武器を下ろしまじまじと見る。
「三人とも、こんな所でなにしとる?」
 言いながら、ハグリッドは念入りに外を見回し、ハリー、ロン、サラの三人を小屋の中へ招き入れる。
「それ、何の為なの?」
「なんでもねぇ……なんでも。ただ、若しかすると……うんにゃ……座れや……茶、入れるわい……」
 ハグリッドは上の空だった。やかんの水をこぼし、暖炉の火を消しそうになってしまう。手を滑らし、ポットを粉々に割ってしまう。
「ハグリッド、大丈夫?」
 見るに見かねて、ハリーが心配そうに声をかけた。
「ハーマイオニーの事、聞いた?」
「ああ、聞いた。確かに」
 ハグリッドはハーマイオニーの話に妙な反応を示しながら、不安げな様子で窓の方へ度々目をやる。
 席に着いている三人にマグカップを差し出したが、ティーバッグを入れ忘れている為、中は熱いお湯だった。自分の前にそのお湯の入ったマグカップが差し出された途端、サラはパッと立ち上がった。城の方向に位置する壁を、じっと見つめている。
 サラの動作にも気づかず、ハグリッドは再びテーブルを離れていく。サラが立ち上がり透明マントを広げた時、戸を叩く大きな音が小屋の中にやけに大きく響いた。
 サラはハリーとロンを引っ張って立たせ、透明マントを一緒にかぶって部屋の隅へ体を寄せる。ハグリッドは皿に入れている最中だったフルーツケーキを取り落とし、三人が隠れた事を確認すると、再び石弓を掴み、先ほどと全く同じに扉を強く押し開いた。

「こんばんは、ハグリッド」
 聞こえた声は、ダンブルドアのものだった。サラの視界に入ってきたダンブルドアは、深刻な表情だった。
 次に、とても奇妙な格好をした男が続いた。細縞のスーツに、真っ赤なネクタイ。その上に黒く長いマントを羽織り、先の尖った紫色のブーツを履いている。極め付けに、ライムのような黄緑色の山高帽を小脇に抱えていた。背丈が低く恰幅の良い体に、くしゃくしゃの白髪頭の彼は、ダンブルドアと同じく深刻な表情をしている。
「パパのボスだ!」
 ロンが囁いた。
「コーネリウス・ファッジ、魔法省大臣だ!」
 ハリーが肘で小突き、黙らせた。
 ハグリッドは真っ青だ。冷や汗を掻いている。恐れをなしたかのように椅子へ座り込み、ダンブルドアとファッジの顔を交互に見る。
「状況は良くない、ハグリッド」
 ファッジはぶっきらぼうに言った。
「すこぶる良くない。来ざるを得なかった。マグル出身が四人もやられた。もう始末に負えん。本省が何かしなくては」
「俺は、決して」
 ハグリッドは、ダンブルドアに縋るような目を向ける。
「ダンブルドア先生様、知ってなさるでしょう。俺は、決して……」
「コーネリウス、これだけは分かって欲しい。わしはハグリッドに全幅の信頼を置いておる」
「しかし、アルバス。ハグリッドには、えー……不利な前科がある。魔法省としても、何かせねばならん。学校の理事達が五月蝿い」
 ダンブルドアとファッジは押し問答をしている。会話の内容から、ハグリッドは自分の絶望的推測が現実の物となったと分かったようだった。
 ファッジはハグリッドと目を合わせずに話す。彼には分かっているのだ、とサラは思った。ハグリッドではないと分かっておきながら、ハグリッドを逮捕しようとしている。
「罰ではない。ハグリッド。寧ろ念のためだ。他の誰かが捕まれば、君は十分な謝罪の上、釈放される……」
「まさか、アズカバンじゃ?」
 ハグリッドが掠れた声で言ったその時、またも新たな客がやってきた。サラは気配で分かった。ルシウス・マルフォイだ。何故だか、彼の気配はそれと分かりやすい。さして特徴的という訳でもないというのに。
 戸が開かれ、ハリーは大きく息を呑んだ。ロンが、先ほどのお返しにハリーの脇腹を小突いた。
 マルフォイ氏は小屋へと大股で入ってきた。質の良さそうな長い黒いマントを着こなし、冷笑を浮かべている。ファングが警戒し、低く唸った。
「もう来ていたのですか、ファッジ」
「何の用があるんだ?」
 満足気なマルフォイ氏に、ハグリッドが突っかかるように言った。
「俺の家から出て行け!」
「威勢が良い事だ。言われるまでも無い。君の――あー――これを家と呼ぶのかね? その中にいるのは、私とて全く本意では無い。
ただ学校に立ち寄っただけなのだが、校長がここだと聞いたものでね」
「それでは一体、わしに何の用があると言うのかね? ルシウス?」
 言葉は丁寧だったが、ダンブルドアは明らかに怒りを見せていた。
 ハグリッドがアズカバンへ送られるかもしれない。そこへマルフォイ氏が来た。マルフォイ氏が、ハグリッドにとって良い用件を持ってくるとは到底思えない。
「誠に心苦しい事だがね、ダンブルドア」
 マルフォイ氏は長い羊皮紙の巻紙を取り出しながら、物憂げに言った。
「しかし、理事達は、貴方が退く時が来たと感じたようだ。ここに停職命令がある――十二人の理事が全員署名している。残念ながら、私共理事は、貴方が現状を掌握出来ていないと感じておりましてな。
これまで一体何回襲われたのですかね? 今日の午後にはまた二人。そうですな?
この調子では、ホグワーツにはマグル出身者は一人もいなくなりますぞ。それが学校にとってどれ程恐るべき損失か、我々全員が承知している」
「ちょっと待ってくれ、ルシウス」
 ファッジが驚愕に目を見開き、言った。
「ダンブルドアが停職……駄目駄目……今と言う時期に、それは絶対困る……」
「校長の任命も、もちろん停職も、理事会の決定事項ですぞ。ファッジ。
それに、ダンブルドアは、今回の連続攻撃を食い止められなかったのであるから……」
「ルシウス、待ってくれ。ダンブルドアでさえ食い止められないなら、つまり、他に誰が出来る?」
「それは確かに、やってみなければ分からん。
しかし、十二人全員が投票で……」
「そんで、一体貴様は何人脅した!?」
 ハグリッドが勢い良く立ち上がり、ぼさぼさの黒髪が天井を擦った。
「何人を脅迫して賛成させた? えっ? マルフォイ」
「そういう君の気性を何とかせねば、その内墓穴を掘る事になるぞ、ハグリッド。アズカバンの看守にはそんな風に怒鳴らないよう、ご忠告申し上げよう。あの連中の気に障るだろうからね」
「ダンブルドアを辞めさせられるものなら、やってみりゃあええ! そんな事をしたら、マグル生まれの者はおしまいだ! この次は殺しになる!!」
「落ち着くんじゃ、ハグリッド」
 ダンブルドアがぴしゃりと言った。そして、ルシウス・マルフォイに向き直る。
「理事達がわしの退陣を求めるなら、ルシウス、わしはもちろん退こう」
「しかし――」
「駄目だ!」
 ダンブルドアは明るい青色の瞳で、マルフォイ氏の冷たい灰色の目をじっと見据えていた。
「しかし」
 ダンブルドアはゆっくりと、その場の誰もに言い聞かせるかのように、言葉を続けた。
「覚えておくが良い。わしが本当にこの学校を離れるのは、わしに忠実な者が、ここに一人もいなくなった時だけじゃ。
覚えておくが良い。ホグワーツでは、助けを求める者には必ずそれが与えられる」
 サラはどきりとした。ダンブルドアの目が、サラ達の隠れている片隅に向けられたのだ。
 しかし、ダンブルドアは何事も無かったかのように再び視線を戻した。
「あっぱれなご心境で」
 マルフォイ氏は皮肉気に言った。
「アルバス、我々は、貴方の――あー――非常に個性的なやり方を懐かしく思うでしょうな。そして、後任者がその――えー――『殺し』を未然に防ぐのを望むばかりだ」
 マルフォイ氏は戸の方へと大股で歩いていき、戸を開いた。ダンブルドアに一礼し、先に外へと送り出す。
 ファッジは黄緑色の山高帽をいじりながら、ハグリッドが先に出るのを待っていた。ハグリッドは深呼吸をし、言葉を選びながら言った。
「誰か何かを見つけたかったら、蜘蛛の跡を追っかけて行けばええ。そうすりゃ、ちゃんと糸口が分かる。俺が言いてえのは、それだけだ」
 きょとんとしているファッジに合図し、ハグリッドはモールスキンのオーバーを着込む。
 それから外に出る直前に、戸口の所で立ち止まり、大声で言った。
「それから、誰か俺のいねえ間、ファングに餌をやってくれ」
 戸がバタンと閉められた。三人は、透明マントを脱ぎ捨てる。
「大変だ」
 ロンが掠れた声で言った。
「ダンブルドアはいない。今夜にも、学校を閉鎖した方がいい。ダンブルドアがいなけりゃ、一日一人は襲われるぜ」
 サラは、閉まった扉を掻き毟り遠吠えするファングを、ぎゅっと抱きしめた。





 ダンブルドアがいなくなった事により、今までより更に警戒が強くなった。
 外には夏が来て、空も湖も濃く明るい青色になり、温室では花々が咲き乱れている。しかし、ハグリッドがいなければそれらも何処か色褪せて見えた。
 城の中は更に酷かった。誰もが心配そうな面持ちで、誰かが授業や待ち合わせに遅刻したりすれば城中に緊張が走った。笑い声は石の廊下に不自然に響き渡り、直ぐに押し殺されてしまうのだった。
 そんな中、ドラコはやけに愉快気だった。肩をそびやかして校内を歩き、この状況を楽しんでいる様子だった。
 二週間ほど経ったある日の魔法薬学の授業で、その理由が分かった。サラ達の直ぐ後ろに座ったドラコが、ビンセントとグレゴリーに話しているのが聞こえてきた。
「父上こそがダンブルドアを追い出す人だろうと、僕はずっとそう思っていた」
 ドラコは声を潜める事もしないが、スネイプがドラコを叱る事は決して無い。
「お前達に言って聞かせたろう。父上は、ダンブルドアがこの学校始まって以来の最悪の校長だと思ってるって。多分、今度はもっと適切な校長が来るだろう。『秘密の部屋』を閉じたりする事を望まない誰かが」
 背後を振り返ろうとしたサラを、隣に座っていたハリーが押し留めた。サラは渋々、正面に向き直る。ドラコは猶も話し続けていた。
「マクゴナガルは長くは続かない。単なる穴埋めだから……」
 傍を通り過ぎたスネイプを、ドラコが大声で呼び止めた。
「先生が校長職に志願なさっては如何ですか?」
「これこれ、マルフォイ」
 スネイプは戒めるように言いながらも、薄い唇がほころぶのを押さえ切れていなかった。
「ダンブルドア先生は、理事達に停職させられただけだ。我輩は、間も無く復職なさると思う」
「さあ、どうでしょうね。
先生が立候補なさるなら、父が支持投票すると思います。僕が、父にスネイプ先生がこの学校で最高の先生だと言いますから……」
 サラはフン、と鼻で笑った。スネイプは薄笑いしながら教室内を闊歩していた。
「『穢れた血』の連中がまだ荷物をまとめてないのには全く驚くねぇ。
次のは死ぬ。金貨で五ガリオン賭けてもいい。グレンジャーじゃなかったのは残念だ……」
 授業終了を告げるベルの音に、バシッという強い音が重なった。
 ロンはハリーに腕を掴まれ、引き止められていた。ハリーとロンはその体勢のまま呆気に取られていたが、ハッと気を取り直し、猶もドラコに殴りかかるサラを止めに入った。
 暴れるサラを、二人がかりでなんとか引き剥がす。ビンセントとグレゴリーのお陰で、ドラコは最初の一発以外は傷を負っていなかった。巨体の二人に小さなサラが殴りかかった所で、大して効果は無かった。
「グリフィンドール、十点減点!」
 スネイプが大声で叫んだ。
「シャノン、罰則だ。授業後、我輩が迎えに行く。忌々しい。処罰を受ける生徒を、教師が迎えに行かねばならんとは……まったく、親に似て野蛮な奴だ。その内、親と同じ道を辿る事になるだろう」
 サラはスネイプを睨み付けたが、既にスネイプは廊下へと出ようとしていた。
「急ぎたまえ。君達も、薬草学のクラスに引率して行かねばならん」
「大丈夫? ドラコ」
 パンジー・パーキンソンだった。ドラコの頬にそっと手を当て、心配そうに様子を伺っている。サラが叩いた頬は、赤く腫れ上がっていた。
 ドラコと目が合ったが、ふいとそっぽを向かれてしまう。続いて、パーキンソンと目が合った。パーキンソンは蔑むような視線をサラに送っていた。
「……最低ね」
「……っ」
 ドラコは何のフォローもせず、ビンセントとグレゴリーを従え、パーキンソンと一緒にスネイプの待つ廊下へと出て行った。
 サラは俯き、唇を噛む。その目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
「サラ……」
 気遣うようにハリーが声を掛ける。
 サラはハリーとロンの腕を振り払い、荷物をまとめると、スタスタと教室を出て行ってしまう。ハリーとロンは、慌てて後を追った。

 渡り廊下を歩きながら、ハリーとロンは一言も話さず、サラの様子を伺っていた。サラは沈んでいる。一度はドラコに殴りかかろうとしたロンだが、今はもう大人しくなっていた。
 サラは少し先を歩く面々を盗み見る。パーキンソンは相変わらず、ドラコにベタベタとくっついている。
 ドラコに殴りかかってしまった直後である今、あの場へ割り込むのは気が引ける。だが、スリザリン生とはもう直ぐ分かれてしまう。他の寮生と話す機会など、今の警戒態勢では滅多に無い。
 サラは意を決し、ドラコとパーキンソンの方へと近付いていく。ハリーとロンは、サラがまた殴りかかるのかと思い、慌てて後を追った。
「ねえ」
 サラの声にドラコはちらりと振り返ったが、直ぐに視線を外してしまう。パーキンソンはサラを完全にいないものとして扱い、ドラコとの会話をやめようとしない。
「ねえ、話があるの」
 サラは負けじと声を掛ける。
 パーキンソンが、鬱陶しそうに振り返った。
「ドラコは今、私と話しているのよ。そんなに急用なの?」
「ドラコじゃないわ。私は貴女に用があるのよ、パンジー・パーキンソン」
 パーキンソンは眉を顰めたが、それでも、ドラコの腕から離れた。
 サラはパーキンソンを、列の最後尾まで引っ張っていく。ハリーとロンは、きょとんとして顔を見合わせていた。
「何の用? 早く済ませてちょうだい。授業中は両脇をクラッブとゴイルが固めてしまって、隣に行く事も出来ないんだから」
「アリスの事よ」
 サラはパーキンソンを見据え、真剣な面持ちで言った。パーキンソンは呆れたように視線を逸らす。
「先日、アリスが苛められたの。一年生の女子生徒に、囲まれてたって」
「それが?」
 パーキンソンは冷たく尋ね返す。
「『それが?』って……だって貴女、アリスとは仲良かったじゃない。
スリザリンの一、二年の女子の中では、貴女が中心でしょう? そんな状況に陥ったって事はまず、友達が傍にいなかったのよ? スリザリン生が全く関わってない筈が無いわ」
「だから何だって言うのよ?」
 サラは拳に力を入れる。
 それだけは違うと思っていたのに。確かに、パーキンソンは鬱陶しい。性格も決して良いとは思えない。
 だが、友を裏切り貶めるなど、絶対にしないと確信していたのだ。
「――それじゃやっぱり、貴女が仕掛けた事なの?」
「私は何も関わってないわ。そうね、知らなかったと言えば嘘になるけれど」
「どうして!」
 どうして、パーキンソンはそんな事を冷ややかに言えるのか。アリスとは仲が良かった筈なのに。何故、アリスの傍から離れたのか。
「だったら止めてよ。アリスがどんな目に遭ったと思ってるの? あんなに素直で、いい子なのに……。そういう子がスリザリンとは合わないのは分かるわ。でも、だからって集団で痛めつける事ないじゃない!」
「言ったでしょう。私がした事じゃないの。確かに私は影響力があるかもしれない。だけど、アリスがリンチに遭ったなら、それは当の加害者達がアリスに不満を持っていたって事でしょう。何も知らない私が制圧する事じゃないわ」
「アリスとは仲が良かったじゃない!」
「私はね、シャノン」
 パーキンソンは、サラに畳み掛けるようにして言った。
「裏切られても一緒にいるほど彼女と親密な関係じゃないし、親密でもない子を庇おうとするほどお人好しでもないのよ」
「如何いう事……?」
「彼女とは、利害の一致による関係でしかなかった」
 パーキンソンは、淡々と言い放つ。
「アリスは私とドラコの仲を応援する。私はアリスの人間関係を保障する。
ええ、もちろん、彼女が私を利用している事には気づいていたわ。アリスが私に近付いたのは、自分の保身の為」
「そんな事――」
「貴女、日本で家族にも嫌われていたんですって? アリスと仲良くなったのも、去年だそうじゃない。去年はもちろん、貴女はずっとホグワーツにいた。私はこの一年、ずっとスリザリン寮であの子と暮らしているのよ。
アリスは私を利用していた。だけど、構わなかったわ。代償として、彼女は私とドラコの仲を応援していたから。ただ応援するだけでなく、貴女の妹というポジションを活用し、ドラコにも近付き、私を売り込んでくれていた。
――だけどあの子は、私を裏切ったのよ」
 パーキンソンの声は、何処までも冷たい。
「私とドラコの間を取り持つ事が、私との言わば無言の契約だった。
だけどあの子は、貴女との仲を取り持った。私との利害関係を自ら破壊したのよ。当然、私が彼女を庇う理由は無くなったわ。ただ、それだけの事」
「……嫌な関係」
「何とでも言えばいいわ」
 パーキンソンは抑揚の無い声で言うと、サラの傍を離れドラコの所へ戻ろうとした。サラは慌てて呼び止める。
「待って! でも、それでも、一時は一緒にいたんでしょう? 利害関係と言ったって、情が生まれない筈ないわ。
ねえ、お願いよ。アリスを護ってちょうだい。貴女なら、出来る筈だもの」
「それが人にものを頼む態度? さっきはドラコを殴ったりまでしたくせに。何処まで自分勝手なの」
 サラはピタリと立ち止まる。パーキンソンもつられて足を止めた。少しずつ、列との間が開いていく。
 サラはじっと自分のローブの裾を見つめ、抵抗しようとする自分の頭を深く下げた。
「お願いです……アリスを、私の妹を、護ってください……」
「お断りするわ」
 サラは顔を上げる。
 パーキンソンは嘲りの表情を浮かべていた。
「貴女も、堕ちたものね。頭さえ下げれば、人の同情が買えるとでも思ってるの? そんな生易しい事、ある筈ないじゃない。
貴女ってそんなに簡単に他人に頼ろうとする人だったかしら。これは、アリス自身が招いた事なのよ。アリス自身が解決しなきゃ、どうにもならないじゃない。私や貴女が口出しするような事じゃないわ。
最近貴女、妙に甘くなったんじゃない? 周囲の好意に甘えてばっかり。ドラコに対しては特に酷かったけど、とうとう殴ったりまでするなんてね。呆れたわ。我慢ってものを覚えたらどうなの。
自ら仲間を切り捨てたなら、自力できちんと解決すべきなのよ。中途半端に甘えて勝手に嘆いてるなんて、許されないわ。
あの子はそれに気づいたわよ。きちんと、自力で立ち向かおうとしてる」
 パーキンソンは冷ややかに言い放つと、ドラコのいる列の前方へと小走りに駆けて行った。
 サラはパーキンソンが列の中に消えるのを見届けると、少し走って最後尾へと追いついた。


Back  Next
「 The Blood  第1部 希望求めし少女たちは 」 目次へ

2007/11/23