スネイプの指示により、皆一斉に席を立つ。
鍋と必要な材料、教科書を抱えて動こうとしたアリスの腕を、同じ寮の仲間が掴んだ。
「やめとけよ、アリス」
「なあに? 一体、何の事?」
アリスは疑問符を浮かべ、振り返る。彼は、ちらりと背後へ視線を送った。そこにいるのは、先日アリスを取り囲んだ女子達。
「……これ以上、波風立てるような事はよした方がいい。君、またウィーズリーと組もうとしたんだろ?」
「ええ、そうよ」
けろりとした調子で言うアリスに、彼は頭を抱える。
あの日以来、一緒に行動していたルームメイト達の態度もそれぞれに変わった。
二人は、無視こそしないものの、アリスを避けるようになった。巻き込まれる事を恐れているのだ。
後の二人は、アリスを敵視するようになった。片方は、名家の出身だった。彼女が離れるのは、アリスとて痛手だ。だが、仕方が無い。彼女は、パーキンソン家と繋がりを持つ家系だ。
そしてどういう訳か、ハーパーという男子生徒がアリスにお節介を焼くようになった。彼はアリスにグリフィンドールと親しくするな、波風を立てるな、とばかり言い諭す。
「ねぇ、アリス。君、馬鹿じゃないんだから分かるだろ? 無駄に敵を作る事が、どれほど愚かしい事か。
僕は別に、他の寮の生徒と親しくする事が悪いとは言わないよ。だけど、どうしてよりにもよってジニー・ウィーズリーなんかと? もちろん、君の姉さんのようにマグル出身なんかと一緒にいるよりは、ずっといいけれど。だけど、ウィーズリー家は血を裏切る者達だぜ?
君は混血だから、マグル出身者への認識が薄いのかもしれないけれど……でも、今この時期は、連中に近付くのは暫く控えた方がいいよ。君のそういう態度も、彼女達の気に障るんじゃないかな」
「ご忠告、どうも。貴方に馬鹿にされる日が来るとは思わなかったわ、ハーパー」
「僕は別に馬鹿にしている訳じゃない。輪を乱すような行為はやめて欲しいから言ってるんだ」
「それじゃ、スリザリン生の誰があたしと組むって言うの? シャノンを姉に持ち、パンジーを裏切ってまで彼女に媚を売ったりするあたしなんかと」
ハーパーは黙り込んでしまう。
アリスは、呆れたように溜め息を吐いた。
「そこで『僕がやる』って言葉さえ、出てこないのね。まあ、例え貴方が申し出たとしても、こっちはお断りだけど。だって貴方、馬鹿なんだもの。あたし、足を引っ張られるのは好きじゃないの。
結局、貴方だって人目を気にしてるんじゃない。それなら、あたしにお節介を焼くのもやめた方がいいわよ。その方が、貴方の為にもあたしの為にもいいわ」
「アリス。――若しかして今日は、その人と組むの?」
ジニーが傍へ来ていた。アリスは肩を竦める。
「冗談。
ごめんなさい、待たせちゃって。早く準備に取り掛かりましょう。――貴方も早くお友達の所へ戻ったら? ハーパー」
アリスは荷物を抱えなおし、ジニーと連れ立って教室の端へと歩いていった。
歩きながら、アリスはジニーに苦笑する。
「ほんと、他より遅れを取っちゃったわね」
「大丈夫よ。アリスって、手際いいもの。お陰で、いつも完成は一番。今日も多分、コリンが途中で覗きに来るんじゃ無いかしら」
ジニーの鍋が、既に火にかけられている。アリスは、小さな鍋をその隣で火にかけた。
「コリンと言えば、どうするの? あの話」
「あの話?」
「ほら、ハリーとサラを支持し、交流を深めようって会。所謂ファンクラブって奴よね。貴女、昨日、勧誘されてたじゃない?」
「まさか! そんな、ファンクラブなんて恥ずかしい事出来ないわよ。それに、あたし、別にファンとかって訳じゃ……」
後はモゴモゴと言っていて、聞き取る事が出来なかった。
アリスは教科書を細い指でなぞり、材料を順に読み上げていく。
「――あら。今回の調合、アスフォデルの球根の粉末とニガヨモギが混ざるのね。予習した時には気づかなかったわ。どうして、これが無効になるのかしら。ニガヨモギを事前に煎じない限り、大丈夫なのかしらね」
「何の話?」
ジニーは目を白黒させている。アリスは何でも無い事のように答えた。
「ほら、最初の授業で言ってたじゃない? アスフォデルの球根の粉末に煎じたニガヨモギを加えると、強力な眠り薬になるって。その効果はどうやって中和されてるのかしら」
ジニーは曖昧な相槌を打つ。
アリスとジニーの成績は、大して変わらない。だが、魔法薬と飛行訓練だけは歴然とした差があった。魔法薬ではアリスが、飛行訓練の場合はジニーの方が遥かに上になる。
アリスは最初の授業を思い起こす。平和だったあの頃。スタートは順調だった。アリスは、同室の仲間達と行動を共にしていた。
「そう言えば、ジニーは、あたしと組まない時って誰と組んでるの? 確か、クリスマス休暇前だったかしら。組まなかった事があるわよね」
「えっ」
ジニーは目を泳がせる。
アリスは眉を顰めた。彼女は一体、何に動揺している?
「『肥え薬』……それとも、『忘れ薬』だったかしら……『忘れ薬』だわ。あの時は、珍しくスネイプ先生が調合法を口頭でも説明したのよ。これテストに出るんじゃないかしら、って会話が授業後に飛び通ったわ」
「えっと……」
ジニーはやはり焦点が定まらぬまま、取り繕った笑みを見せた。
「……あたし、よく覚えてないみたい。アリス、よくそんな前の事覚えてるわね〜」
ジニーはそそくさと作業に取り掛かる。アリスは、じっとジニーを見つめる。
そして、調合の最中、会話の中でジニーに尋ねた。
「ねえ、クリスマス休暇前に行われた抜き打ちテスト、ジニーはどうだった? せっかくあたしがグリフィンドールにも、テストが行われるって事を横流ししたんだもの。わりと取れたでしょう?」
「……そこそこ、かしら」
また、ジニーの目が泳いだ。
――やっぱり。
テストが行われたのは、「忘れ薬」を作った授業の始まりだ。やはり、ジニーはあの日の魔法薬の授業の記憶が無い。参加していない。
だが、それならば何故? 自分は兎も角、何故スネイプもジニーがいない事に気がつかなかったのだろう。出欠を取る時も、テストを回収する時も。そこにジニーがいない事に気づいても良い筈なのに。
アリスは緑色の液体を杖でゆっくりと混ぜながら、隣で教科書の内容を確認するジニーを盗み見る。
「忘れ薬」の授業――それは、決闘クラブの翌日だった。
No.56
「パンジー・パーキンソンと、何の話をしていたんだい?」
スネイプの監視下から離れ、野菜畑を通って温室に向かいながら、ロンが尋ねた。
「……アリスの事よ。イースター休暇の前、アリスがスリザリン生に集団で苛められたの」
「その筆頭が、彼女だったって事?」
サラは首を振る。
「違うわ。――でも、彼女は決して止めようとはしてない、って。加害者にも言い分があるのだろうから。自分達が関わるような事じゃないって。
パーキンソン、アリスとは別に友達じゃなかったんですって。利害関係によって一緒にいただけだ、って」
「さっすが、スリザリン」
ロンが皮肉気に言う。
サラは唇を噛んだ。
「……アリスもそのつもりだった、って。それから、アリス、自分でスリザリン生達に立ち向かおうとしている、って」
ハリーは顔を顰め、サラを振り返った。
「そんなの、関わり合いにならないようにする為の言い訳に決まってる。だって、アリスはそんな冷淡な奴じゃないだろ?」
「……分からないの。
私、アリスと一緒に暮らしていても、殆ど口も利かなかった。話をするようになったの、ホグワーツに入ってからだもの。アリスの姉だなんて、名ばかりなのよ……」
思い起こしてみれば、姉だというのに、アリスの事を何も知らない。
友達は誰なのか、好きな事は何なのか、好きな食べ物は、嫌いな食べ物は、好きな人はいるのかいないのか、勉強はどの程度出来るのか、スネイプはやはり寮監だから好んでいるのだろうか……。
何一つ、知らないのだ。魔法薬学で満点を取ったと聞いた事はあるが、普段どうなのかは分からない。
一部の者達と上手くいっていないという事も、リアに連れて行かれ現場を目撃するまで全く知らなかった。アリスは誰の事も悪く言わない。だが、果たして誰の事も嫌わないという事など、あるのだろうか。
そしてサラは、ある事に気がつく。誰かを嫌っているという話は聞かない、逆に誰かを特別好いているという話を聞いた事が無い。アリスはサラやハリーに懐いているようで、その実、自分の胸の内は明かそうとしないのだ。
サラの脳裏に一人の人物の顔が浮かぶ。自分の胸の内を語る事は無く、ただ人当たりの良い微笑みを浮かべて――
「余計な事は考えない方がいいよ」
頭に触れた手を、サラは強く払い後ずさった。
払われた手をそのままに、きょとんとした様子のハリーが、そこにいた。サラは慌てて取り出した杖を仕舞う。
「ご、ごめんなさい。私……その……」
最低だ。アリスを、リドルなんかと重ねるなんて。ハリーの言葉を、リドルの声と聞き違えるなんて。
ハリーは所在無く宙に留めていた手を下ろす。その顔は、少し不機嫌そうだった。
「別に。いいよ。襲撃事件の事で気を詰めてるんだろうから。
でも、余計な事を考えてると身が持たないよ。アリスが苛めに合うのも、ハーマイオニーが襲われたのも、別にサラの所為じゃないんだから」
サラはただ黙って顔を背ける。その様子に、ハリーは苛立ちを募らせる。
「一緒にいるようになったって事は、ハーマイオニーについては、いつもながらの過剰な自己嫌悪から脱したんだろうけど。
だけど、何か悩んでるなら相談してくれよ。僕達だって、真犯人を突き止めたい。この手で捕まえたい。サラが何か悩んでるなら力になりたいんだ。去年みたいなのはもう、絶対に嫌だからね」
「別に、過剰なんかじゃないわ。貴方達と行動しているのも、貴方達が勝手に行動を起こすなら、せめて一緒にいる方がいい、って考えたからよ」
「それじゃ、ハリーの言う通りまた勝手に自己嫌悪してたんだ」
列になって温室へと入りながら、サラは僅かに眉を顰める。
「何よ? やけに突っかかってくるじゃない」
「僕もハリーも、いい加減、イラついているんだよ。君が何か悩んでるのは確かなのに、君はその事を僕達に相談しようとはしないから」
「……」
「サラ。僕、言ったよね? 今年は、何かあったら、必ず僕達に相談してくれって。君は頷いた。なのに、結局は話さないんじゃないか。そんなに僕達の事が信用出来ないのかい?」
「別に……そういう訳じゃ……」
そこで授業開始のベルが鳴り、会話は途切れた。
黙り込んでしまうと、クラスの沈んだ空気がこれでもかというほど思い知らされた。グリフィンドールのハーマイオニー、ハッフルパフのジャスティン、二人も生徒が欠けているのだ。
今日の授業は、アビシニア無花果の剪定だった。
サラはハリーとロンの直ぐ隣で作業をしていたが、二人とは目も合わさず、一言も話そうとはしないでいた。
ハリーは、一抱えの枯れた茎を堆肥用の山に捨てる。その時、ちょうど向かい側にいるアーニー・マクミランと目が合った。アーニーは深く息を吸い、非常に丁寧に話しかけてきた。
「ハリー、サラ、僕は君達を一度でも疑った事を、申し訳なく思っています。君達がハーマイオニー・グレンジャーを襲うなんて、ありえない。僕が今まで言った事をお詫びします。
僕達は今、皆同じ立場なんだ。だから――」
アーニーは丸々とした手を差し出す。ハリー、サラは順に握手した。
「……あのさ、サラ」
エリが、ハンナに背中を押されるようにしてやってきた。アーニーは、ハリー達の方へ行って剪定を手伝う。
サラはちらりと目を向けるが、また直ぐに無花果の剪定に戻る。エリは構わず、言葉を選びながら話し出した。
「えっとさ……俺、本当に馬鹿な事したと思ってる。その、ほら、俺、絶対サラが犯人だって思って疑わなかったし、それに、皆に言いふらしてた」
サラは手を止める。視線だけ横に向け、まごつきながら話すエリを見た。
「それから、一月の事……本当に馬鹿だよ。考え無しだった。ダンブルドアが止めてた意味が分かった。そりゃ、あんな話をすれば、大変な騒ぎになるよな……サラは今、何もしてないのに。
お前が日本でやってきた事が正しいとは、今でも思えない。だけど、今は違うんだ。お前は、本当に変わったんだ。
スリザリンの継承者は、サラじゃなかった……。だって、お前がハーマイオニーを襲うなんて、断じて無いだろうから。ハーマイオニーとハリーとロンの三人には、お前は絶対の信頼を置いてる。そうだろ?」
サラはただ無言で、反対隣で作業をするハリーとロンを盗み見た。
……自分は、どうするべきなのだろう。
「本当に馬鹿だよな。ハーマイオニーが襲われるまで、サラが犯人だという事を否定する確かな状況になるまで、犯人はサラじゃないって事を信じられないなんて。
……本当に、ごめん! 俺、本当に馬鹿だった」
エリは背筋を伸ばし、深く頭を下げた。
サラは剪定ばさみを手に、再び無花果を切り始める。エリが顔を上げてみると、もうこちらを見てもいなかった。
作業を続けながら、サラは冷ややかに言った。
「別に、貴女が馬鹿だって事なんて、今に知った事じゃないわ」
「……悪かったよ。ごめん」
サラの作業する手が止まった。青い顔をし、自分の腕を摩る。
サラは何も植物のアレルギーなど無かった筈だが。エリがきょとんとしていると、サラは一言吐き捨てるように言った。
「……気持ち悪い」
「は?」
「寒気がするわ。エリが、あの口汚くて意地汚くてガサツで乱暴なエリが、そんなに素直に謝罪するなんて!」
「は!?」
サラはぶるっと身震いする。
「鳥肌が立ってきたじゃない。どうしてくれるのよ」
「おま……っ。やっとの思いで謝った奴に、そういう事言うか!?」
「ごめんなさい。私、嘘は吐けないタイプなの」
「相変わらず、ムカつく奴! ほんとお前、何も変わらねぇのな! なあ、ハンナ?」
エリは振り向くが、そこにハンナはいなかった。二人の言い争いが始まった辺りから、そっとその場を離れ、サラの向こう側でハリーやアーニー達と一緒に無花果の剪定を行っていた。
サラは小馬鹿にしたように、鼻で笑う。
「貴女、脳だけでなく視力も可哀想な事になってしまったの? 彼女は、さっき向こうへ移動したじゃない」
「料理の才能が可哀想なお前に言われたくねーよ」
「そうねぇ。貴女が私に勝てるものなんて、それぐらいだものね。そりゃあ、その話に縋りたいわよねぇ」
「クィディッチだって、お前には絶対負けねぇよ。箒さえ良けりゃいい訳じゃねぇ、って事を分からせてやる」
「生憎だけど、そんな事、スリザリン戦で十分に分かってるわ」
「それと、魔法薬だって俺も決して悪い点じゃねぇぜ。お前、どうなんだよ? 去年の魔法薬のテストでは、上位者名簿の中にサラの名前は見なかったけどなぁ……」
サラはぎくりとする。エリにサラの成績がばれれば、絶対にその話題を今後出し続けるに違いない。
「魔法薬なんて、スネイプの教科じゃない。スリザリンが贔屓されていて当然だわ」
「へぇ〜。ハーマイオニーが一番だったけど?」
「……」
エリはニヤリと笑う。
「今年のサラの成績表、楽しみだな〜。去年も見りゃあ良かったな。さーて、サラの魔法薬学の成績はー?」
エリは嫌味ったらしく言いながら、サラの横をすり抜けてハンナ達の方へ歩いていく。
サラは慌てて振り返った。
「それじゃ、エリの成績表だって見せてもらうわよ!」
目の前に立っているのは、ハリーだった。
ハリーは面白そうに微笑む。
「さっきまでサラ、ずっと考え込むようにしてたのに。エリは、サラの笑顔の特効薬だね」
「私がいつ、エリと話して笑顔になったって――」
ハリーはサラの言葉を遮り、温室の端の方の地面を指差した。サラはつられるように振り返る。
大きな蜘蛛が数匹、逃げるように温室を出て行く所だった。
「『禁じられた森』の方に向かってる……?」
「うん」
先に伝えられたロンは、少し向こうで情けない顔をしていた。
エリは、ドン、と怒りに任せて鞄を床に置き、ハッフルパフの席に着いた。ガチャガチャと音を立てながら食器を引き寄せる。
ハンナもアーニーもスーザンも、もうエリの癇癪には慣れてしまっていた。
「ほんとムカつく奴! 謝ったのに、普通、あんな事言うか!? いや、謝ったんだから、とかじゃなくてさ。
馬鹿はどっちだよ! あんな事言うような場面じゃねぇだろ、明らかによ。ゴメンっつったら、何て言ったと思う? 気持ち悪いだぜ、気持ち悪い! 人が真面目に謝ってるってのによ!」
「エリ。スープを怒りに任せて掻き混ぜるのは勝手だけど、そろそろ溢れそうよ」
「しかも、一回『エリが』って言ったのを、態々悪態を付け加えて言い直したりさ!」
掻き混ぜる手を止め、エリは怒鳴り散らす。
大広間の反対側にあるグリフィンドールのテーブルでは、サラがハリーやロンと何やら深刻な様子で話しながら食事を取っている。
サラはレイブンクローとスリザリンのテーブルを挟んだ向こうで、こちらに背を向けて座っている。なのに、サラの声が背後からした。
「エリ。話があるの」
アリスだ。アリスは、真剣な面持ちだった。
今では、部屋の事があるからか、リアとは一緒にいない。
エリは目を瞬かせつつも、席を立つ。
「ああ……。何?」
「こっち」
アリスはエリの腕を取り、引っ張る。エリはきょとんとしながらも、ハンナ達に言った。
「先、食べといて。俺、ちょっと話して来るから……」
「あまり遠くへ行っちゃ駄目よ。今は、危ないんだから」
スーザンが心配そうに言う。アリスが答えた。
「大丈夫よ。大広間から出て直ぐの所で話すつもりだから。心配してくれて、ありがとう。
行こう、エリ」
エリとアリスは、連れ立って大広間を出て行った。
玄関ホールへ出ると、大広間が他のどの場所よりも気楽な空気だと分かる。大広間へ入れば、皆がいる。一先ず、その場で襲撃に遭う危険性は低い。誰もが先を争うようにして、押し黙って、大広間へと入って行く。
エリとアリスは、玄関ホールを渡った反対側にある扉を開け、入っていった。そこは、小さな空き部屋だった。
扉を閉めるなり、アリスは真剣な顔で振り返った。
「エリ。あたし、さっき、魔法薬の授業だったの」
エリはまだ話が飲み込めぬまま、相槌を打つ。
「あたしね、調合の時、大抵、ジニーと組んでるの。それで……ジニー、『忘れ薬』を作った授業の時の出来事を何一つ覚えてないのよ」
「そりゃ、毎日の授業の事覚えられるような奴、そうそういないだろ」
「そうじゃないの。
その日、テストもあったのよ。それに、その日はあたし、ジニーを見なかった。だから、同じ寮の子と組んだんだもの。
……ジニー、その授業の時、いなかったのよ。あたしもジニーがいた記憶は無いし、ジニーもその授業の記憶が無い。全く」
エリは眉を顰める。
アリスは、何を言おうとしている?
「……十二月十八日、最初の授業――ジャスティン・フィンチ‐フレッチリーと、殆ど首無しニックが襲われた時間よ」
皆まで言い終える前に、エリはアリスの襟元を掴んでいた。
怒りに肩を震わせ、アリスを睨みつける。
「お前……ジニーがスリザリンの継承者だって言うのかよ?」
「そんな事言ってないわ。でも、そうね。可能性の一つではあるわ。ジニーは、何か知ってるんじゃないかって――」
「可能性なんて、一パーセントもありはしない!! ジニーがジャスティンやハーマイオニーを襲ったなんて、ありえない! お前、ふざけんなよ!!」
散々喚き散らすと、エリは突き飛ばすようにアリスを放した。アリスはよろけながらも、体勢を直す。
エリは突然静かになっていた。目を見開き、青い顔をしている。
アリスは静かに言った。
「何か、思い当たる事があるみたいね……」
「……別に」
アリスは溜め息を吐き、扉の取っ手に手を掛ける。
「大広間へ戻りましょう。あんまり遅いと、エリの友達が心配するわ」
大広間へと戻りながらも、エリはずっと考え込んだままだった。
クィディッチ予選もまだ行われていない、九月の初めの頃。練習帰りに、ジニーに会った事があった。
ジニーは鶏小屋をじっと見つめていた。その時の表情。
小学生の頃の、サラが次の標的を見定める時のような。
「また、ハリー・ポッターについていくのかい?」
夕食を終え、いったん荷物を置きに薄暗い寝室へ戻ってきた時だった。背後から声がし、サラは杖を出して振り返った。
そこにいるのは予想通り、スリザリンの継承者。
彼は口元をきゅっと上げて笑う。
「毎回、毎回、そんな怖い顔をしなくったっていいだろう。祖母譲りの可愛い顔が台無しだよ」
「また、脅しに来たの?」
「へぇ……今夜は強気じゃないか」
リドルはゆっくりとサラの方へ歩み寄る。サラは退かず、じっとリドルを睨み据えていた。
リドルは、一定の間隔を空けて立ち止まった。
「まだ、形ばかりのお友達に縋るつもりなのかい? 一度は突き放したというのに」
「それでも彼らは、私を受け入れると言ったわ。私にとって、彼らはかけがえの無い親友よ」
「いずれ、確実に一人になると言うのに?」
「彼らが生きている限り、私が一人になる事は無いわ」
サラは、リドルを真正面から見据える。
「そして、私が殺されない限り、彼らが死んでしまう事は無い」
リドルは微笑むのを止める。
眼光は鋭く、足が竦むようだった。彼は確かにヴォルデモートと同一人物なのだ、と思い知らされる。
「ふぅん……。随分と言うようになったね」
「おかげ様で。
それで? 一体、何の用?」
サラは杖を握り直し、尋ねる。そして、咄嗟に唱えた。
「プロテゴ!」
強い抵抗を押し切り、リドルの武装解除の呪文を相殺する。
リドルは一瞬、自分の無言呪文が相殺された事に唖然としたが、サラがそれに気づく前には元通り余裕の笑みを見せていた。
「流石はクィディッチ選手。反射神経がいいね」
「用件を言いなさい」
「今夜、君は森へ行くな」
「お断りよ」
今や、先ほどまでのようなリドルへの恐怖心は全く抱いていなかった。寧ろ口元に笑みさえ浮かべている。
「私はハリーやロンとの縁を切るつもりは無いし、森へもついて行くわ」
「森へ行けば、命の危険にさらされると言ってもかい?」
「それは、彼らも命の危険があるのよね?
言ったでしょう。私が殺されない限り、彼らが死んでしまう事は無い。彼らに危険があるならば、私は彼らについて行くわ」
「ハーマイオニー・グレンジャーの事を忘れたのかい?」
「ハーマイオニー達犠牲者は、先生達が総出で護衛しているわ。
ハリー達は、私が守る。もう、貴方の好きにはさせない」
リドルは、鋭い目でサラを睨みつけていた。サラも同じく睨み返す。
ラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルの声がして、リドルはその場から掻き消えた。サラは杖を下ろし、寝室を出る。
『僕、言ったよね? 今年は、何かあったら、必ず僕達に相談してくれって。君は頷いた。なのに、結局は話さないんじゃないか。そんなに僕達の事が信用出来ないのかい?』
『ハーマイオニーとハリーとロンの三人には、お前は絶対の信頼を置いてる。そうだろ?』
その通りだ。自分は、ハリー達を信用している。何かあったら話す、と約束した。
『自ら仲間を切り捨てたなら、自力できちんと解決すべきなのよ。中途半端に甘えて勝手に嘆いてるなんて、許されないわ』
サラはハリー達を切り捨てるなんて事、絶対に出来ない。彼らは仲間だ。ならば、勝手に一人で嘆くのではなく、相談するべきなのだ。
自分だけの力で何とかするなんて、今のサラには出来ない。仲間の力が必要なのだ。自分だけで何とかしようとすれば、また去年のようになってしまう。
ハリー、ロン、ハーマイオニーは、共に戦う仲間だ。彼らはそれを望んでいる。巻き込まぬように、危険に遭わせぬように、自分の力で何とかするなど、自己満足でしかない。
彼らと共に戦う。ただし、いざという時は命に変えても彼らを守る。
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2007/11/28