九月一日の昼頃、一行は再び母親の実家へと向かった。
 再び囲炉裏に煙突飛行粉を撒く。
「じゃあ、間違いの無いようにね。キングズ・クロス駅へは地下鉄。お金はさっき渡したのを使う事。分からなかったら、駅員に聞けばいいから。ただし、九と四分の三番線のホームへの行き方は、マグルの駅員に聞いてもどうにもならないからね。九番線ホームと十番線ホームの間の柵を通り抜けるの。ぶつかったりしないから。分かったね?」
「分かってるって! そう、何度も何度も言わなくってもさ」
「何度も行ったのに煙突飛行を失敗したのは何処の何方?」
「さーて。行くとするか……」
 エリはエメラルド・グリーンの炎に飛び込み、「ダイアゴン横丁!」と叫んだ。
 エリの姿が消える。
「じゃあ……行ってきます」
「冬休みは学校に残りなさいよ」
「心配なさらなくても、そのつもりよ」
 サラも煙突飛行粉を撒き、炎の中に飛び込んだ。
「ダイアゴン横丁!」
 これで、もう来年まではここへ戻ってくる事は無い。





No.6





 漏れ鍋にはいくらか人がいたが、誰もサラに気がつかない様子だった。
 これは、エリにもサラにも良い事だった。ここで囲まれたりでもしたら、十一時に間に合うかどうか分からない。
 二人は、「漏れ鍋」を出た。
 エリは、その明るさの違いに目を細める。
 漏れ鍋の外は、普通のマグルの世界だった。「漏れ鍋」の両脇は本屋とレコード屋、どちらもマグルのに違いない。
 その二つの店に挟まれて、「漏れ鍋」は尚更小さくて薄汚れて見えた。それでも確かに、そこにある。だが、如何だろう。他の人達はまるでそこが見えないかのようだ。
 エリがその気づいた事を話す前に、サラは通りを歩き出した。エリは慌ててついて行く。
 暫く歩いて、二人はチャリング・クロス駅についた。ところが、サラは切符を買わずに路線図と睨めっこして何やら考え込んでいる。
「如何したんだよ。切符、買わねぇのか?」
 金はサラが預かっている。
 ナミはサラを嫌っていても、やはりこういう事はエリよりサラの方が頼りになると考えているらしい。
「待って。何かおかしいのよ。今いる駅って、あれでしょう? でも、そこからじゃキングズ・クロス駅へは――あっ。あら。チャリング・クロスって、もう一つあるみたい。きっとそっちだわ」
「えー。こっちからじゃ行けねぇのかよ」
 エリの言葉を無視して、サラは駅員に確認に行ってしまった。エリは券売機を一瞥し、サラについて行った。
「あの。キングズ・クロス駅へ行きたいのですが――」
 サラは英語で話しかける。
 駅員は二人の荷物を見て眉を顰めた。何せエリ達はトランクを引きずり、大鍋を抱え、ふくろうの籠まで提げた格好だ。それらをじろじろと見つつ、駅員は言った。
「ああ。それなら、もう一つの方からだよ。チャリング・クロスは国鉄駅と地下鉄、両方あるからね。ちょっと、おいで」
 駅員について行くと、事務室のような所まで来て、地図を広げてくれた。
「今いるのがこっち。キングズ・クロス駅へ行くにはもう一つのこっちの駅からだ。そこから――」
 駅員は今度は路線図を取り出し、指差しながら説明する。
 エリは路線図を見るだけで目眩がしてきた。山手線みたいに、もっと簡単ならいいのに。
 駅員が説明を終え、礼を言って駅を出てから、エリはサラに言った。
「サラ、俺、英語が分からなくなったみたい――」
「ここからキングズ・クロスへ行くのはそこまで複雑じゃなかったわよ。ノーザン線で行けばいいだけ。エリって、大して難しくなくても、文章問題だったらそれだけで難しいって決め付けて取り組まないタイプでしょ?」
「何言ってんだよ。文章問題は難しいに決まってるじゃんか。どーせ、俺はサラみたいに頭良くないですよー」
 サラは呆れたように溜め息を吐いた。

 荷物で目立ってじろじろと見られながら列車に揺られ、二人はキングズ・クロス駅に到着した。
 サラは降りるなりキョロキョロと辺りを見回し、時計を確認する。
「結構早く着いたわね。あと四十分ぐらいあるわ。晩御飯――っていうより、ここでの時間だと遅めの朝食だけど、何か買いましょ。サンドイッチぐらいだったら買えそうなだけ残ってるから」
 エリ達は駅の売店でサンドイッチを買い、ベンチを捜して座り込み、食べた。
 それから、九番線と十番線の方へと向かう。
「あった、あった! ここだよな。この柵かぁ。母さんが言ってたのって。本当に、ぶつかって行っても平気なのかな」
「平気よ……多分」
 流石のサラも不安そうだ。
 こんな大荷物を乗せたカートを押し、自分で障壁にぶつかっていって倒れようものならば、それこそ注目の的だ。
 だが、ずっとここにいる訳にもいかない。ここはナミの言葉を信じて、ぶつかっていくしかない。
 エリが腹を決める前に、サラは既に歩き出していた。
「ちょ、おい! 待てって」
 その時ちょうど九番線の方から沢山の人がやってきて、サラは人混みの中へと消えていった。
 エリは少したたらを踏み、そして、障壁へと駆け出す。
 柵がぐんぐんと近付いてくる。あと、五メートル――四メートル――もう、カートを止める事も曲げる事も出来ない――二メートル――一メートル――エリは、ぎゅっと目を瞑った。
 ぶつか――らなかった。エリは、まだ進んでいた。
 恐る恐る目を開ければ、そこはホームだった。エリの表情が、ぱあっと明るくなる。
 ホームの上には「ホグワーツ行特急11時発」と書かれた看板があり、プラットホームには紅色の蒸気機関車が停車している。時間が早いだけあって、まだ人は少ない。
「すっげぇ……」
「とりあえず、荷物を置きましょう」
 ホームの様子に見とれていたエリは、一気に現実に引き戻された。
 まったく、サラは景色を楽しむと言う事を知らないのだろうか。
「君達、洋装店の時の子じゃないか」
 声がして振り向けば、そこにはダイアゴン横丁の洋装店で会った、あの腹の立つ男の子がいた。今日は、背後にエリよりも大柄な男の子を二人、従えている。入学初日に会うのがこいつとは、最悪だ。
「何のよ――」
「あら。あの時の――えっと、そういえば、名前を聞いてなかったわね」
 喧嘩腰に言いかけたエリの口を塞ぎ、サラがあの薄気味悪い愛想笑いを浮かべて言った。
「ああ。僕は、ドラコ・マルフォイ。こいつはビンセント・クラッブ。こっちはグレゴリー・ゴイルだ。君達は? 確か、君の方はエリだっけ?」
 マルフォイは、エリの方を見て言った。
 エリは冷たく言い返す。
「てめぇなんざに名乗るような名前はねぇよ。とっとと失せやがれ」
「エリ!」
 こんな奴らと一緒になんていたくない。
 エリは、四人をその場に残し、列車へ向かった。
 出来る限り彼らから離れようと、エリは最後尾の車両近くに乗り込んだ。適当に、ホーム側のコンパートメントに入る。
 最初から、何だかつまらない。
 何もする事が無い。かと言って、サラみたいに教科書を読む気には到底なれない。
 エリは、少しずつ増えるホームの人々を眺めていた。





 「失せろ」と言いつつ、エリは自らその場から失せた。
 まったく、如何してエリは、第一印象が悪ければそれだけでずっと嫌い続けるのだろう。
「えーと、ごめんなさい。私の妹が……」
 サラが恐る恐る切り出せば、ドラコはエリの去っていった方をまだ睨み付けながら言った。
「別に、君が謝る事はないさ。でも、礼儀ってもんを知らないみたいだね、君の妹は。
それで、君の名前は?」
「サラ・シャノンよ」
 一瞬、三人が固まった。
 だが、ドラコは直ぐにそのショックから立ち直ったようだった。
「君が――? サラ・シャノンって、あのサラ・シャノン――?」
「貴方がどのサラ・シャノンを言っているのか分からないけど。でも、ヴォルデモートから生き残ったサラ・シャノンの事を言っているのなら、それは私の事だわ。でも、私はその時の事なんて全く覚えてないし、自分がそういう子だって事自体、ホグワーツの事と同じで今まで知らなかったの」
「じゃあ、『例のあの人』の恐ろしさを知らないんだ。だから、名前をそう易々と……。その名前は言うもんじゃない」
「でも、ダンブルドアが言うべきだ、って言ったわ」
「ああ。ダンブルドアはな。あの人は、あれだ。こういう言い方も何だが、ちょっとおかしい――色々な意味でね。『例のあの人』の名前を言うなんて、ダンブルドアぐらいだ。他には滅多にいない。皆、その名前を恐れてる。言うべきじゃないんだ。言わないでくれ」
「そうなの? 変なの。名前を恐れているなんて――」
「今までその存在さえ知らなかった君にはそう思えるかもしれない。だが、君はこれから魔法界で生活するんだ。それなら、魔法界の基準で考えてくれなきゃ困る」
「分かったわ。『例のあの人』、ね」
 ドラコは、満足そうに頷き、そして言った。
「そうだ。君、良かったら一緒に座らないか? 僕達、一両目のコンパートメントに席を取ってあるんだ」
 サラは了解し、三人と共に列車に乗り込んだ。
 荷物も、三人で持ってくれた。イギリス人は子供でも紳士みたいだ。そう言えば、ハリーとハグリッドも、ダイアゴン横丁で本を大量に買い込んだ時、持つのを手伝うと申し出てくれた。

「シャノンさん――」
 荷物を棚の上に片付け、席に着いてから、ドラコが口を開いた。
「サラでいいわ。私も、ドラコって呼んでいいわよね?」
「ああ、うん。じゃあ、サラって確か日本に住んでいたんだよな? どんな感じだ?」
「どんなも何も。特にこちらとの違いなんてないわね。そうねぇ……家では靴を脱ぐ、って事ぐらいかしら。最近の家じゃ畳や障子も少ないし」
「ふぅん。そう言えば君、双子の妹なんていたんだね。どんな本にもそんな事書かれていないし、聞いた事もなかったから。すると、彼女はエリ・シャノン?」
「エリ・モリイよ。私達、同じ家に住んでいるってだけだから」
 サラはそれだけ言った。ダンブルドアから、ナミがシャノンの娘である事を話すのは、どういう訳か止められている。当然、エリが本当の双子だと話す訳にはいかなかった。
 ドラコは特に疑問は抱かなかったらしく、話題を変えてきた。
「洋装店の時にも聞いたけど、君は何処の寮に入るか分かっているかい? あ、それとも寮がどんなのがあるか知らないんだっけ――」
「いいえ。分かってるわ。あの後、フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店で『ホグワーツの歴史』を買ったもの。寮は四つ。グリインドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、それから貴方が言っていたスリザリン、でしょ? でも悪いけど、私はスリザリンには入りたくないわ」
 サラの言葉に、ビンセントとグレゴリーはきょとんとし、ドラコは眉を顰める。
「どうしてだ? 『例のあの人』の出身寮だからか?」
「大元はそれね。私が嫌なのは、死喰人の多くがそこの寮の出身者だからよ。死喰人とは関わりたくないもの。知らない? 私のおばあちゃんは、死喰人に殺されたの」
「ああ――『例のあの人』がいなくなって五年も経ったのに、しかもイギリスから遠い日本に『闇の印』が現れた、ってちょっとした騒ぎになったな。しかも、その崖の近くの浜辺にシャノンの死体が打ち上げられたんだから、尚更だ」
「『闇の印』?」
「簡単に言えば、『例のあの人』の印だ。これが家の上に上がっていたら、それはその家の者の命は無いって事さ。『例のあの人』の全盛期、至る所で『闇の印』が上がったそうだ」
「待って……じゃあ、その印が上がっていたから、死喰人って分かっただけなの? 犯人は捕まっていないの?」
「捕まっていない」
「そんな……!」
 祖母を殺した犯人が監獄に入らず、今も何処かでのうのうと生きていると思うと腹が立って仕方が無かった。
 祖母の命を奪った奴。サラは、それによって唯一の味方を失った。居場所を失った。
 人殺しが捕まらずに、今も何処かで生きている?
 それなら、尚更スリザリンは御免だ。
 若しもその犯人と出会ったりすれば、自分は何をしでかすか分からない。それどころか、その犯人に子供がいて、仲良くなったりなんてしたら――そんな事、絶対に嫌だ。
「だったら尚更、スリザリンは入りたくないわね……。ビンセントとグレゴリーは? 貴方達も、スリザリン?」
 二人は大きく頷いた。
「じゃあ、逆に聞いてもいいかしら? 過去に『例のあの人』や死喰人みたいな闇の魔法使いを多く排出しているのに、如何して貴方達はスリザリンに入りたいの?」
「父上がスリザリンの出身だからさ。僕は父上を尊敬している」
 ドラコは胸を張って答えた。
 ビンセントとグレゴリーは「うー」と唸って考え込んでしまった。サラは慌てて言う。
「別に、そこまで深く考え込まなくてもいいわよ。ちょっと気になっただけだもの。――そうね。ドラコの動機、分かる気がする。私も、おばあちゃんの出身寮が分かれば、そこの寮に入りたいと思うもの」
 祖母は、一体何処の寮だったのだろう。
 それは、本にも載っていなかった。
 祖母は闇祓い兼予見者として有名だったらしい。何でも、学生時代から予言をしていたそうだ。
 学生時代から、と書かれていても、その学生時代について詳しい記述は無かった。
 ダンブルドアは祖母を知っているようだったが、それも闇祓いや予見者としてだろう。それとも、学生時代の祖母を知っているだろうか。だが、知っていたとしてもそれは教師としてだろう。まさか、祖母があそこまで年老いている筈が無い。
 その時ふと、ある人物を思い出した。
「あっ!!」
 突然声を上げたサラに、三人は驚いて振り返る。
 ちょうど、ドラコが来年は絶対に箒を持ってくると力説している所だった。
「どうしたんだ? サラ」
「思い出したのよ! おばあちゃんの学生時代を知っている人。親しかったのか如何かは分からないけど……。でも、年齢的にも同じぐらいだわ」
「へぇ。誰?」
「ルビウス・ハグリッド!」
 サラが言った名前に、ドラコは呆れたように首を振った。
「君、自分の祖母やハグリッドがどんな人物だか分かっていないんだね。いいかい? 君の祖母は有名人だ。偉大だと言う人もいる。でも、ハグリッドは如何だ? あの二人が親しい仲の筈がないだろう。あまりにも立場が違いすぎる」
「おばあちゃんはそんな事を気にする人じゃないわ。聞いてみる価値はあると思うの。だって彼、私を見て『おばあさんにそっくりだ』『一発で分かった』って言ったわ。まさか、年老いたおばあちゃんに似ている訳じゃないでしょう? 一発で分かったって事は、それだけ親しかったのかも!」
「まぁ、あまり期待は持たない事だな」
「そりゃあね。五分五分って所よ」
 ドラコは肩をすくめただけだった。





 ぼんやりとホームを眺めている内に、人はどんどん増えていった。
 その中で、エリは知ってる顔がこっちへ歩いてくるのを見つけた。空いている席は無いか、外からコンパートメントを一つ一つ覗いている。
「ハリー!」
「エリ!」
 ハリーは俺に気づき、こっちまで駆け寄ってきた。
「こっち乗れよ。俺、一人だからさ」
「うん。ありがとう。今行くよ――先に、ヘドウィグを預かってくれないかい?」
 ハリーが窓からヘドウィグの籠を入れ、エリはそれを受け取ってシロの籠の横に置いた。

 ハリーを迎えに車両の戸口まで行くと、そこにはもう二人、知ってる顔がいて、ぽかんとした顔でハリーを見ていた。
「フレッドとジョージじゃねぇか! 何やってんだ?」
「え、エリ、知り合いなの? 二人、僕がトランクを入れるのを手伝ってくれたんだ」
「エリ!!」
 二人は何かに驚いているようだ。
「エリ、君、ハリー・ポッターと知り合いだったのかい!?」
「ああ。それか。ウン、まあ。ハグリッドにダイアゴン横丁を案内してもらった時、一緒だったんだ」
「凄いや!」
 その時、外からウィーズリーおばさんの声が聞こえてきた。
「フレッド? ジョージ? 何処にいるの?」
「ママ、今行くよ」
「じゃあな、エリ」
 二人は、もう一度ハリーを見てから、列車を降りて声がした方へと行った。
 エリ達はコンパートメントにハリーの荷物を運び、窓際に座る。そこからは、ウィーズリー一家が見えた。
 ハリーがその一家を眺めながら聞いてきた。
「ねぇ、エリ。さっきの二人と知り合いなの?」
「ああ。ちょっとな……。ハリー達と別れた後、俺、ちょっとやり方しくじって、家じゃなくて他の所行っちゃって。それが、あいつらの家だったんだ。すげぇ良くしてくれてさ。さっきのはフレッドとジョージ。双子で、面白い奴らだぜ」
 簡単に話し、再び一家に目を向けると、ロンがウィーズリーおばさんに捕まって鼻を擦られている所だった。
「ママ、やめて」
 ロンはもがき、おばさんから逃れた。
 フレッドがはやし立てる。
「あらあら、ロニー坊や、お鼻に何か付いてまちゅか?」
「五月蝿い!」
「パーシーは何処?」
「こっちに歩いてくるよ」
 パーシーが、相変わらずからかいたくなる様な偉そうな態度でこちらへ歩いてきた。休み中、毎日のように見せびらかしていた監督生のバッジが、パーシーの胸で銀色に光っている。
「母さん、あんまり長くはいられないよ。僕、前の方なんだ。Pバッジの監督生はコンパートメント二つ、指定席になってるんだ……」
「おお、パーシー。君、監督生になったのかい?」
「そう言ってくれればいいのに。知らなかったじゃないか」
「待てよ、そう言えば、何か以前に一回、そんな事を言ってたな」
「二回かな……」
「一分間に一、二回かな……」
「夏中言っていたような……」
「黙れ」
「如何して、パーシーは新しい制服を着てるんだ?」
「監督生だからよ」
 答えたのは、ウィーズリーおばさんだった。
「さあ、皆。楽しく過ごしなさいね。着いたらふくろう便を頂戴ね」
 おばさんはパーシーの頬にさよならのキスをした。
 パーシーが再び制服のローブを翻していなくなると、今度はフレッドとジョージに向き直った。
 そこで、エリはジニーもいる事に気づいた。
 エリがコンパートメントを出ようとすると、ハリーが呼び止めた。
「エリ、何処に行くの?」
「え? そこにいる皆の所。フレッド達は学校で会えるけど、ジニーは来年にならないと会えねぇからさ。あと、おばさんにももう一回お礼言っときたいし」
「でも、もう直ぐ出発しちゃうよ?」
 ハリーに腕時計を見せてもらうと、確かにその通り。そろそろ十一時だ。
 エリは諦めて、再びハリーの正面に座った。
 窓の外を見れば、再びロンが何を言われたのかジョージに「五月蝿い」と言っている所だった。
 双子はそれを軽く無視する。
「ねぇ、ママ。誰に会ったと思う? 今列車の中で会った人、だーれだ?」
 ハリーが慌てて身を引いた。
「駅で傍にいた黒い髪の男の子、覚えてる? あの子はだーれだ?」
「だあれ?」
 双子は演出の為に間を置き、それから声を合わせて叫んだ。
「……ハリー・ポッター!!」
 ジニーがおばさんに懇願するように言った。
「ねえ、ママ。汽車に乗って、見てきてもいい? ねえ、ママ、お願い……」
「ジニー、もうあの子を見たでしょ? 動物園じゃないんだから、ジロジロ見たら可哀想でしょう。
でも、フレッド、ほんとなの? 何故そうだと分かったの?」
「本人に聞いた。傷痕を見たんだ。ほんとにあったんだよ……稲妻のようなのが」
「可哀想な子……どうりで一人だったんだわ。どうしてかしらって思ったのよ。どうやってプラットホームに行くのかって聞いた時、本当にお行儀が良かった」
「そんな事は如何でもいいよ。『例のあの人』がどんなだったか覚えてると思う?」
 ウィーズリーおばさんは途端に厳しい顔をした。
「フレッド、聞いたりしては駄目よ。絶対にいけません。入学の最初の日にその事を思い出させるなんて、可哀想でしょう」
「大丈夫だよ。そんなにムキにならないでよ。
――ああ、そうだ。エリも一緒にいたぜ。彼と知り合いだったんだ」
「ママ、あたし、行って来ていい?」
 然し、その時、笛が鳴った。
「急いで!」
 ウィーズリーおばさんが急かし、ジニーを除く子供三人は汽車によじ登って乗り込んだ。
 皆窓から身を乗り出し、パーシーと同じようにさよならのキスを受ける。
 ジニーは泣き出した。
「泣くなよ、ジニー。ふくろう便をどっさり送ってあげるよ」
「ホグワーツのトイレの便座を送ってやるよ」
 エリと同じ発想だ。
「ジョージ!?」
「冗談だよ、ママ」
 エリは、ナミがダンブルドアに「君達に似ている」と言われニヤッと笑っていたのを思い出す。
 汽車が動き出した。
 ジニーは汽車を追いかけてきていたが、とうとう追いつけなくなって立ち止まり、手を振っていた。
 エリもハリーも、汽車がカーブを曲がって二人の姿が見えなくなるまで見つめていた。
「――とうとう、出発だな」
「うん」
 落ち着かない気持ちだった。これから、どんな事が待ち受けているだろう。不安と楽しみが入り混じっている。

 間も無く、コンパートメントの戸が開いた。入ってきたのはロンだ。
「よぉ! ロンじゃねーか!」
「エリ、ここ、空いてる? 他は何処もいっぱいなんだ」
「空いてるよ。いいよな、ハリー?」
 ハリーが頷き、ロンは俺の隣に腰掛けた。ちらりとハリーを見たが、何も見なかったかのように窓の外に目を移した。
「おい、ロン」
 コンパートメントが開いて、やってきたのはフレッドとジョージだった。
「なあ、俺達、真ん中の車両辺りまで行くぜ……リー・ジョーダンがでっかいタランチュラを持ってるんだ」
「わかった」
 ロンはもごもごと返事した。
「ハリー」
 ジョージが言った。
「自己紹介したっけ? 僕達、フレッドとジョージ・ウィーズリーだ。こいつは弟のロン。じゃ、また後でな」
 二人が立ち去る前に、エリは席を立ち上がった。
「なあ、俺もそのタランチュラ見に行っていいか?」
「いいぜ。おいでよ」
「じゃあ、ハリー、ロン。また戻ってくるから」
 エリは二人に手を振り、フレッドとジョージについてコンパートメントを出た。

 隣の車両まで行った所で、フレッドとジョージはエリを振り返った。
「エリ! ハリーに、『例のあの人』がどんなだったか聞いたかい?」
「ダイアゴン横丁の時とかにさ!」
「別に、聞いてねぇよ。そっか。ハリー、『例のあの人』を見てるんだっけ……。でも、まだ一歳の頃だろ? 覚えてる訳ねぇじゃん」
「そうかなぁ……」
「そうだと思うぜ。サラも、覚えてなかったみたいだし」
 エリが言うと、二人は立ち止まった。
「サラって……」
「サラ・シャノン?」
 エリは首を傾げながらも頷く。
 フレッドが目を丸くして言った。
「エリ、サラ・シャノンとも知り合いなのかい!?」
「知り合いっつーか、双子の姉だし。隠れ穴でもサラの事は話してただろ? あ、苗字が違うから分からなかった?」
「当たり前じゃないか! 如何して違うんだい? 確か、サラってシャノンの養女だったよな? エリは違う、って事か? それじゃ、今一緒に暮らしてる家族は、どんな関係で?」
「母さんは本当の母さんみたい。父さんが違うんだとさ。サラは、シャノンのばあさんが孤児院からそれを引き取ったんだ。だから、サラは姓がシャノンなんだ。俺達が一緒に暮らしてるのは、シャノンのばあさんが父さんの継母だったから」
 エリは、ダンブルドアから聞いた通り、世間一般に出回っているらしい関係性を話す。兎も角、サラの両親を隠せば良いと言う事だろうか。複雑すぎて、エリ自身、未だに混乱してる。
 フレッドとジョージは目を輝かせながら、再び歩き出した。
「まさか、エリがそんな凄い奴だったとは思いもしなかったよ!」
「俺は何も凄かねぇよ。オルデメントがサラ達を襲ったって時も、俺は別にその場にはいなかったんだしさ」
「オルデ……? 『例のあの人』の事かい?」
「そう、そう。何だっけ。オル……ああ、そうだ。『ヴォルデモート』!」
「エリ!!」
 エリが言うと、二人は顔を青くした。
「その名前は言っちゃ駄目なんだ。教えてもらわなかったのかい?」
「えー……。 じゃあ、ヴォルっち」
 これには二人共、思わず吹き出した。
 フレッドがエリの背中をバンと叩く。
「エリ、最高だよ! 全然恐ろしさって物が感じられなくなるな」
「エリは何としてもグリフィンドールに来るべきだ。他の寮になんて譲れないな」
「ホグワーツって、四つ寮があるんだっけ?」
「ああ。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、スリザリンの四つさ。うちの家族は皆グリフィンドールさ。でも、今年は如何なる事やら……」
「ロンか? 如何いう事だ?」
「ロンはハッフルパフになる可能性、大だな。劣等性が割りと集まる寮さ。まぁ、皆が皆劣等性という訳じゃないけど……」
「寮って、どうやって決まるんだ?」
「試験さ。俺達の場合はトロールと取っ組み合いをさせられたよな?」
 フレッドの言葉に、ジョージはニヤリと笑う。
「ああ。他にも凄く痛い試験があったり……」
「嘘だー。だって、俺、一つも魔法なんて知らねぇのに、何やるってんだよ」
「ちぇ。エリはひっかからなかったか」
「ロンはこれ、信じたんだぜ。あの時の顔、エリにも見せたかったなぁ……真っ青になってやんの」

「着いたぞ。ここだ」
 前を歩いていたフレッドとジョージが立ち止まった。
 フレッドがコンパートメントの扉を開ける。
「リー。お客さんを連れてきたぜ。ほら、話しただろ? 夏休み、うちに迷い込んできた奴」
 リー・ジョーダンは、縮れた毛をドレッドヘアにした長身の少年だった。
「ああ。あの、煙突飛行での? 二人から聞いたかもしれないけど、僕はリー・ジョーダン。よろしく」
「俺はエリ・モリイ。よろしくな。――それで、でっかいタランチュラってのは何処だ?」
 リーはニヤッと笑った。
「本当にでかいぜ。でも、意外だな。君、女の子だろう?」
「俺は別に、虫とかは全然平気だぜ。俺の友達は、虫を見る度にキャーキャー騒いでたけど」
「早く見せてくれよ、リー!」
 ジョージに急かされ、リーは大きな箱を取り出した。
 中を覗いてみれば、拳三つ分はありそうな蜘蛛が黒光りしている。エリは目を輝かせて叫んだ。
「カッケーっ!!」
「すっげぇ! これ、ロンにも見せてやりたいな」
「あいつ、卒倒しちまうんじゃねぇか?」
 言って、二人はニヤリと笑う。
 それからふと、フレッドが思い出したように言った。
「そうだ、リー。ロンの奴、かの有名なハリー・ポッターと同じコンパートメントに座ってるんだぜ」
「本当かい!?」
「驚くのはそれだけじゃないさ」
 ジョージがもったいぶって言った。
「なんと! 今、ここにいるエリ・モリイは、サラ・シャノンの義理の双子の妹なのである!」
「何だって!!?」
 それからエリは、色々と質問攻めに遭うのだった。


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2007/01/04