「汚らわしいマグルの父親の姓だ」
リドルは、静かに話し続ける。
「母方の血筋にサラザール・スリザリンその人の血が流れている僕が、そんな名前をいつまでも使うと思うかい?
汚らしい俗なマグルの名前を、僕が生まれる前に母が魔女だというだけで捨てた奴の名前を、僕がそのまま使うと思うかい?
答えは否だ。
僕は自分の名前を自分で付けた。ある日必ずや、魔法界全てが口にする事を恐れる名前を。その日が来る事を僕は知っていた。僕が世界一偉大な魔法使いになるその日が!」
部屋はしんと静まり返る。
ハリーもサラも、愕然としてリドルを見つめていた。
エリは、一人少し離れた所からそれを眺めていた。リドルだけでなく、サラやハリーも輪郭が朧になってきている。実体である彼らが薄れる筈が無い。エリの視界がやられてきているのだ。
No.62
沈黙の後、ハリーが静かに、しかし怒りと憎しみの篭った声で呟いた。
「……違うな」
「何が?」
「君は世界一偉大な魔法使いじゃない。
君をガッカリさせて悪いけど、世界一偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ。皆がそう言ってる。
君が強大だった時でさえ、ホグワーツを乗っ取る事は愚か、手出しさえ出来なかった。ダンブルドアは、君が在学中は君の事をお見通しだったし、今の君が何処に隠れていようと、ダンブルドアを恐れている事には変わりない」
リドルの表情から笑みが消えた。醜悪な顔つきで、歯を食いしばり叫ぶ。
「ダンブルドアは僕の記憶に過ぎない物によって追放され、この城からいなくなった!」
「ダンブルドアは、君が思っているほど遠くに行っちゃいない!」
ハリーも激しい口調で言い返す。リドルは更に言い返そうとしたが、口を開いたまま表情が強張った。
何処からか歌が聞こえてきていた。人の言葉には聞こえない、それどころかこの世の物とさえ思えない、しかし美しい旋律だった。
現れたのは、深紅の鳥だった。大きさはちょうど白鳥と同じぐらいだろうか。美しい旋律を奏でる鳥に、サラは目を奪われる。それは、書物の挿絵でしか見た事の無い魔法生物だった。
不死鳥だ。
深紅の歌う不死鳥はこちらと真っ直ぐ飛んで来て、金色の爪で掴んでいたボロボロの包みを、ハリーの足元に落とした。そのまま、ハリーの肩へ着陸する。
「フォークスかい?」
ハリーがそっと呟いた。ハリーのローブの肩の皺が僅かに深くなる。鳥が、ハリーの言葉に答えるようにして少し力を入れたのだ。
リドルは、たった今現れた場違いな二つのモノを、口に出して確認しながら交互に見ていた。そして、途端に声に出して笑い出す。ここが地下だからか、ドーム型の天井の所為か、リドルの高笑いは倍以上にも大きくなって反響した。
「ダンブルドアが味方に送って来たのは、そんな物か! 歌い鳥に古帽子じゃないか!
ハリー・ポッター、さぞかし心強いだろう? もう安心だと思うか?」
ハリーは無言だったが、決して不安を抱いている訳ではなかった。寧ろ、勇気が沸いてくるのを感じていた。
ダンブルドアが味方についている。それだけでも、十分に心強い。
リドルは猶も、話を続ける。ハリーがどうして生き残ったのかと問う。
理由は分からぬが、サラが生き残ったという事には疑問を抱いていない様子だ。何故なのか疑問だったが、話を長引かせれば、その分、リドルはより力をつける事が出来る。
決着をつけるならば、早い方が良い。エリがこちらへ来ず、ずっと向こうにいるままなのは、こちらへ来る事が出来ないのかもしれない。ほんの数メートル歩くだけの力も、残っていないのかもしれない。
そして、今は保留になっているとは言え、ジニーもこのまま放っておいて良い方向へいく訳が無い。部屋へ駆けつけた時よりいっそう、顔が青白くなっているように見えるのは、気のせいだろうか。
ハリーの言葉に顔を歪めながら、リドルは言葉を返す。ハリーが助かった理由に、納得がいったようだった。
サラは杖を握り締め、構える。ハリーは、今にもリドルはハリーの杖を振り上げるだろうと身を固くした。
しかし、リドルは再び笑い出していた。
「さて、ハリー。少し揉んでやろう。
サラザール・スリザリンの継承者であるヴォルデモート卿の力と、ダンブルドアから精一杯の武器を頂いた有名なハリー・ポッターと、どちらがより優れているかお手合わせ願おうか」
リドルはフォークスと組み分け帽子を見て鼻で笑い、その場を離れた。サラは口を真一文字に結び、空いている手で首もとのネックレスを握り締める。
リドルが立ち止まったのは、一対の高い柱の間だった。半分は暗闇に隠れているスリザリンの石像の顔を、仰ぎ見る。そして、シューシューという音がリドルの口から漏れた。ハリーも、サラも、エリも、その言葉が何と言っているのか分かった。
「スリザリンよ。ホグワーツ四強の中で最強の者よ。我に話したまえ」
ハリーもサラも、その場に凍てついたかのように立ち尽くし、ただ石像の口が広がるのを眺めていた。
邪悪な気配の源。それが、ズルズルと這い出てこんとしているのが分かった。
サラは咄嗟に俯いた。目は閉じない。視界を塞いだ状態で、バジリスクに対峙できるとは到底思えない。せめて足元だけでも、自分の居場所だけでも分かっていないと、発狂してしまいそうだ。
バジリスクが出てこようとしている場所は、サラ達の遥か頭上だ。突然正面にバジリスクの目が現れる事は無いだろう。視界に何か入ったら、直ぐに目を閉じれるようにすれば良い。
「あいつを殺せ」
リドルの口から、低いシューッと言う音が出る。
ズルズルと重い体を引きずる音が、左手の方から聞こえた。駄目だ。これでは、杖があっても何にもならない。
「怖がらなくってもいい。君を殺すつもりは無いよ。反抗したりしない限りはね」
予想以上に近い位置からリドルの声が聞こえ、サラは思わず顔を上げ退いた。リドルの手が、空を掻く。
リドルは、その手をサラへと差し出した。
「……何の真似よ?」
「言っただろう? 君には、僕の右腕となってもらうつもりだ、と。君がこの手を取れば――そうだね、君の大切な者達の命は保障しよう。ハリーとダンブルドアは除かざるを得ないけどね」
「お断りよ」
「それじゃあ、せめて、彼らを苦しまずに死なせてやるよ。それでどうだい?
君は運がいい。その手をほんの少し伸ばすだけで、この状況の中、生き延びる事が出来るんだ。何が自分にとって最善の選択か、分かるだろう?」
「馬鹿にしないで!」
サラはリドルの手をパシリと払う。そして、真正面から睨み据え言った。
「私は仲間を売るつもりなんて、さらさら無いわ。
そうでなくとも、貴方と手を組むつもりなんて無い。私は貴方を怨むわ、ヴォルデモート。貴方の手先が、私の祖母を殺した。貴方も、その死喰人も、決して許さない」
サラはじっと睨めつけていた。怒りの為か、リドルの肩が震えている。
しかし、漏れ聞こえたクスクスという声に、サラは表情を凍りつかせた。リドルは怒っているのでは無い。笑っているのだ。
「君はまだ、分かってないみたいだね……」
リドルは顔を上げる。
「君に拒否権は無いよ。馬鹿な奴だ。大人しく頷いていれば、痛い目にも遭わず、仲間の一部の安全も保障されたというのに」
目には、赤い光がはっきりとちらついている。危険だ。サラは咄嗟にそう判断し、脱兎の如く駆け出した。
早く。ハリーの所へ。ただそれだけを胸に、部屋の奥へと駆ける。今ここでバジリスクが振り返ったらどうなるかなど、考えている余裕も無かった。リドルの傍は危険だ。
しかし、十メートルも走らぬ内に、サラは前につんのめって床に倒れ込んだ。
足が動かない。両足がくっついていて、離れない。振り返れば、リドルが杖を手にこちらへゆっくりと歩いてくる。
「フィニート・インカンターテム! フィニート・インカンターテム!」
サラは杖を自分の足へと振り下ろし、繰り返し叫ぶ。
だが、サラの力ではリドルの呪いに敵う事が出来ない。リドルは、一歩、一歩と歩み寄ってくる。じりじりと。まるで、サラの焦る様子を愉しむかのように。
突然、背後で大きな音がした。振り返れば、バジリスクが壁に迫っていた。ハリーの跳ねた髪が、巨体の向こう側に見え隠れしている。
バジリスクの尾を、ハリーは間一髪で避ける。体勢を崩したハリーに、今度は尾が振り下ろされる。
「ドレンソリピオ!」
叫んだ直後、サラは痛みに顔を歪めた。
サラの呪文によってバジリスクは弾かれ、ハリーは一時的に危機を脱した。
しかし、サラの杖はリドルの手にあった。辿り着いたリドルに、腕を捻り上げられたのだ。
「君は、本当に馬鹿な子だよ……。他の奴を助けている余裕なんてあるのかい?」
「……」
「こちら側へ来ると誓え」
「嫌よ」
リドルは冷たい視線でサラを見下ろす。
「どうしても、痛い目を見ないと分からないみたいだね」
リドルは杖を振り上げた。
サラには、何も成す術が無い。ただ顔を背け、ぎゅっと目を強く閉じた。ヒュッと杖を振り下ろす音がする。
「クルーシオ!」
迸った悲鳴は、サラのものではなかった。
サラは目を見開く。エリが、サラを守るかのように、サラに覆い被さっていた。
エリは、体中から汗を噴出しながら肩で息をしている。顔色も良くない。サラはエリを押し返そうとしたが、如何せん、体の大きさにハンデがあるのでどうにも動かない。
「何やってるのよ!?」
「……俺は……痛いのなんて、慣れてるからさ……。黙って見てるなんて、出来るかよ……」
「貴女に何が出来るって言うの!? そこを退いて! 早く!」
「退かねーよ……俺だって、盾ぐらいには慣れる……」
サラは、エリの肩越しにリドルを見た。目に、危険な光が宿っているのを見て取る。
それを見て、サラは必死にエリを押し返す。しかし、こうも覆い被されては、どうにもならない。
「邪魔だ。退かないならば、望み通り、君から始末しようか」
言うが早いか、リドルは杖を振り磔の呪いをかける。エリの悲鳴が、部屋中に木霊する。
サラの手は震えていた。エリは苦しむほど必死にサラを抱え込み、退こうとはしない。どんなに押そうとも、サラの腕力では敵わない。
「退いて……っ。なんで、退かないのよ……っ! やめて……エリが死んじゃう!!」
サラが叫ぶと同時に、ハリー達の方からまたしても大きな音が聞こえた。サラは、思わずそちらを見る。
バジリスクが床にのた打ち回っていた。蛇の頭部の周りを、フォークスが飛び回っている。バジリスクの目があった所は潰れ、どす黒い血が噴出していた。
「違う!」
フォークスを狙うバジリスクに、リドルは呪文を中断して呼びかけた。
「鳥に構うな! 放っておけ! 奴は後ろだ! 臭いで分かるだろう! 殺せ!!」
バジリスクはふらついているものの、まだ戦う力は残っているようだった。バジリスクの尾が、つい先ほどまでハリーのいた所を払う。
気がつくと、サラはバジリスクに向かって叫んでいた。
「やめなさい! ハリーに構わないで! ハリーを殺さないで!!」
馬鹿な事をしている、と叫びながら気がついた。例えサラが蛇語を話せようとも、バジリスクはリドルの言う事しか聞かないに決まっているのに。
そう思っていたから、唖然とした。
バジリスクが、動きを止めたのだ。
しかしそれも一瞬の事。次の瞬間には、リドルの命令によりハリーに襲い掛かっていた。
サラはハッとして、声を張り上げた。もしかしたら。もしかしたら、出来るかもしれない。そうすれば、ハリーもエリも守る事が出来る。
「やめなさい!! その子は貴方の敵じゃない! ハリーを殺したら許さないわよ! 殺しては駄目。絶対に!」
「殺せ! そいつを殺すんだ!! こんなチビの言う事なんかに耳を貸すな! 後ろだ! 殺せ! そいつを殺すんだ!」
バジリスクは、サラとリドルの命令の間で混乱する。尾を振ったり、止まったり、振ったり、止まったり。
その間に、ハリーは組分け帽子を深々と被っていた。先ほどの一撃に煽られ、ハリーの腕の中に飛んできたのだ。いつまでも、こうしている訳にもいかないだろう。何か、何かこちらも反撃出来ねばならない。頼みの綱は、この帽子だけだ。
サラとエリは、目を見開いた。
ハリーが、古びた帽子の中から、輝かしい銀の長剣を取り出したのだ。
「奴を殺せ! 鳥に構うな! 女の声は聞くな! 直ぐ後ろにいる!! 臭いで嗅ぎ出せ!!」
「殺すな! 絶対に殺しては駄目よ! 男の声は聞かないで! 元の像の中へと帰りなさい! そうすれば、私達も貴方を殺しはしないから!」
「貴様!」
サラの上に覆いかぶさっていたエリが離れた。リドルが吹っ飛ばしたのだ。
リドルは、サラへと真っ直ぐ杖を向ける。
「ここまで徹底的に邪魔をするとはね。君とハリーを同時に招いたのは、大誤算だった。君には暫く、選択の余地が無くなるまで眠ってもらおう」
「やめろおぉぉぉ!!」
叫び声と共に、エリが横から飛びかかった。リドルは既に実体化しており、エリはその腕に必死に掴まる。
「こいつ……っ。放せ!」
リドルはエリを振り払おうとするが、エリは必死でリドルの腕にしがみつく。
サラはパッと立ち上がった。一瞬の内にリドルの真ん前まで幅を狭める。エリの掴んでいる方の手と、リドルの胸倉を掴み、そのままリドルに背を向ける。腰にリドルを乗せ、左手を引いた。エリは咄嗟に離れる。
リドルの体が一回転し、床に落ちた。リドルにしては、随分と重い物が倒れる音がした。
見れば、バジリスクが床に横たわっていた。ハリーは全身に返り血を浴び、血に濡れた剣を脇に置き、腕に刺さった巨大な毒牙を引き抜いている所だった。牙を脇に捨て、それから、動かなくなった。
「ハリー!」
サラとエリは、ハリーの方へと駆け寄った。
不味い。視界が霞む。足がふらつく――
ハリーの所まで辿り着いた途端、エリがサラの隣でどさりと崩れ落ちた。
「エリ!!」
サラはしゃがみ込み、エリの状態を抱え起こす。ジニーと同じだった。顔は蒼白、目は堅く閉じられている。
ぞっと血の気が引いていくのが分かった。ハリーに目をやるが、彼も虚ろな瞳だ。毒が全体に回ってきているのが分かった。
「ハリー……ねえ、ハリー?」
サラは恐る恐るハリーの腕に触れる。ぬるり、という感触が指先に触れた。
驚愕に見開かれた目で、サラは自分の指先を見つめる。バジリスクの血ではなかった。ハリーの物だ。こんなに、失血している。
「し……止血しなきゃ」
口に出して呟くものの、どうする事も出来ない。包帯など、持ってきていない。杖はリドルの手にある。
フォークスが、ハリーの腕の上に舞い降りた。
サラは自分でもガクガクと震えているのが分かった。ミセス・ノリスの時と同じ。既視感。
薄暗い部屋。じめじめとしていて、居心地が悪い。薄ら笑いを浮かべている少年。部屋には、サラとその生徒の他に、三人の人物。くしゃくしゃの髪に眼鏡の少年。長い髪を二つに縛った少女。赤い髪の、サラより少し背が高いぐらいの少女。
「嫌だああぁぁぁぁぁっ!!」
サラは頭を抱え、その場に膝を着く。
足音が響き、リドルが背後に立ったのが分かった。
「ハリー・ポッター、君は死んだ」
リドルは、ハリーに話しかける。
「死んだ。ダンブルドアの鳥にさえ、それが分かるらしい。鳥が何をしているか、見えるかい? 泣いているよ」
フォークスの涙が、羽毛を伝い滴り落ちる。
サラは頭を掻き毟り、俯き、ハリーから目を逸らす。
「嘘よ……そんな……ハリーが……エリが……」
目の前に立ちはだかる、温かい大きな体。小さな自分は相手から隠され、守られる。そうして、自分はただ守られ、守ってくれた者は命を落とす。
「こんなの嘘よ!! そんな筈が無いわ……」
「ハリー・ポッターは死んだ、サラ」
「嘘よ」
「死んだんだよ。彼だけじゃない。エリも、ジニーも。そして、僕は力を取り戻す」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!!」
「君もこっちへおいで。一緒にこいつの臨終を見物しよう。ゆっくりやってくれ、ハリー・ポッター。僕は急ぎはしない」
サラは駄々っ子のように首を振り、ハリーを見つめる。そして、エリ、ジニーへとゆっくりと視線を移していった。皆、動きはしない。
喉の奥が焼け付くようにヒリヒリと痛んだ。息を吸うばかりで、苦しくなってくる。頬は濡れ、顎まで伝った涙は床へと滴り落ちた。
結局、自分は誰も守る事が出来なかった。ただ、皆を巻き込んでしまっただけだった。涙は後から後から溢れ出す。引き笑いのような呼吸で、息苦しい。リドルの話す声も、まともに聞く事が出来なかった。
両手で顔を覆うが、それでも涙は止まらない。自分の所為で、三人を犠牲にしてしまった。そして、これから起こるであろう恐ろしい出来事を思うと、体が震えてどうしようも無かった。
「……僕は大丈夫だよ、サラ」
ハリーの声が聞こえた気がした。そんな筈が無い。自分は幻聴を聞いているのだ。
しかし、次に続いたリドルの怒声で、サラはパッと顔を上げた。
「鳥め、退け! そいつから離れろ。聞こえないのか。退くんだ!!」
リドルが、ハリーの杖をこちらへと向けていた。その先を辿り振り返れば、ハリーの腕に止まったフォークスがいた。ハリーはパッチリと目を覚まし、傷も完治している。傷があった所には、代わりにフォークスの涙が輪になってあった。
バーンという大きい音がし、フォークスは空中へと舞い上がる。
「不死鳥の涙……」
リドルの低い呟き声がした。リドルは、ハリーをじっと眺めている。
「そうだ……癒しの力……忘れていた……。
しかし、結果は同じだ。寧ろこの方がいい。一対一だ。ハリー・ポッター……二人だけの勝負だ……」
「させない!!」
リドルが杖を振り上げる。
サラは手を大きく広げ、ハリーとエリに背を向けて立ち上がった。
「させないわ! 私は磔の呪いでもくたばらないわよ! ハリーを攻撃したいなら、まず私を――」
背後で激しい羽音とどさりと言う音がし、サラは振り返った。リドルも、杖を振り上げたままそちらに目を奪われる。ハリーもそれを見て固まっていた。
最初に行動を起こしたのは、ハリーだった。隣に落ちているバジリスクの牙を掴んだかと思いきや、日記の中心に、深々と突き刺した。
耳を劈くような悲鳴が部屋中に響き渡った。日記帳から、インクがまるで出血しているかのように迸り出る。リドルは身を捩り、のた打ち回り、そして、消えた。
呆気無いほど突然だった。
ハリーの杖が床に落ち、カタカタと音を立てる。それもやがて、無くなった。
静寂を破るのは、日記から滴り落ちるインクの音だけだった。
Back
Next
「
The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
」
目次へ
2008/01/06