夏は近付けども、夜中の玄関ホールはひんやりとした空気が漂っている。大広間は集まった生徒達がワイワイと騒いでいるが、大きな観音開きの扉によって、その喧騒は隔てられている。
 玄関ホールにいるのは、一人の少年のみだった。彼は大広間の扉の脇に背を預け、大理石の階段をじっと見つめている。
 一点を見つめ続けるその顔は、不機嫌この上ない表情だった。
 夜中に突然、それもスリザリンの怪物が倒されたなどという理由で起こされた。馬鹿騒ぎの為に叩き起こされるなんて、迷惑甚だしい。その上スリザリンの継承者の敗北を知らされて、スリザリン生が良い気分になる筈が無い。
 だが、理由はそれだけではない。
 コツン、と階段の上の方から幽かに足音が聞こえた。足音は一歩、一歩と階段を降りてくる。その内に、足音ははっきりと聞こえる大きさになった。
 やがて、階段を降りてくるその人物が姿を現した。長い黒髪に、灰色の瞳。ラベンダー色のカチューシャを付けた女子生徒。
 一人玄関ホールに佇む彼を見て、階段を降りてきた少女はきょとんとする。
「……どうして、ドラコがここにいるの?」





No.64





 ドラコは石の壁を離れ、大理石の階段の下までゆっくりと歩み寄る。サラは階段を五段上った所で、ただぼんやりとその様子を眺めていた。
 階段の下で立ち止まったまま、ドラコは一言も発しない。珍しく、ビンセントとグレゴリーは一緒ではない。痛いほどの沈黙が玄関ホールに漂う。
 ドラコはやや俯き加減で、表情はサラの位置からは見る事が出来ない。だが、その感情はヒシヒシと伝わってきた。
「ドラコ……若しかして、何か怒ってる……?」
 恐る恐るドラコの方へと階段を降りていく。
 二段降りた所で、ドラコが突然顔を上げ、キッとサラを睨んだ。サラは思わず立ち止まる。
「……ああ、怒ってるさ」
 大広間の喧騒が、厚い扉の向こうから漏れ聞こえてくる。
 サラは、一体何をしてドラコを怒らせてしまったのだろう。夏休みとは違い、自ら口で言ってきた点は安心だ。だが、ドラコが一体何に怒っているのか、皆目検討が付かない。
 ここ最近、ドラコと会う事は少なく、会話さえも絶えていたからだろうか。だが、あの警戒態勢の中だ。スリザリンとの合同授業以外で、ドラコと会う事は不可能に近い。
 今朝ならば確かに、せっかくスリザリンのテーブルへ行ったというのに会話が殆ど出来ずに終わったが……。だが、あれは邪魔が入ったからだ。
「今晩の出来事は、全校生徒が知っている」
 サラは困惑しながらも相槌を打つ。
「『秘密の部屋』に、君やウィーズリーの妹達がさらわれて、救出したらしいな。ポッターやウィーズリーと一緒に」
「ええ、まあ……私は殆ど、何も出来なかったけど……」
 ドラコは一段上り、サラの右手を掴み袖口に視線を落とす。マクゴナガルの部屋を出た後に手は洗ったが、服は着がえていない。そこには、血が付着していた。
「怪我をしたのか」
「私は無傷よ。これは、ハリーのが……」
 そう言って手を引いたが、ドラコはサラの手を離そうとしない。
「あの……ドラコ?」
「どうして、君はいつもそうなんだ……。自分がどんなに危険な事をしたのか、分かってるのか? サラはいつも、黙って自分だけ立ち向かおうとする。今回だけじゃない。
去年も『賢者の石』の件で同じような事があったし、禁じられた森で妙な奴に会った時もだ。飛行訓練で自分もロングボトムと同じように怪我をした時も、君は黙っていた。ポッター達と喧嘩をしていた時だって、サラは一言も相談してくれなかった。今年も、皆から『スリザリンの継承者』じゃないかって疑われても、ただあの吊るし上げの日のみであとは何事も無かったかのようにずっと笑っていた。
どうしてそうなんだ? 去年も言った筈だろ。もっと僕を頼れって。サラが一人で何とかしようとするなんて、もう嫌なんだ」
「今回は単独行動なんてとってないわ。ハリー達も一緒よ。
それに私、別に普段笑ってないと思うけど。この間も、普通にしているだけなのに、クィディッチ戦に緊張して無表情になってるのかと、ロンに思われたぐらい――」
「そういう事を言ってるんじゃない!」
 サラは目を瞬く。
 サラの腕を掴むドラコの手に、力が加わった。リドルに捻りあげられた腕だ。痣でも出来ているのか、鈍い痛みに僅かに眉を寄せる。
「あ……ごめん」
 サラの表情の小さな変化に気づき、ドラコはサラの腕を放す。
 サラはドラコの様子を伺うようにして見る。ドラコが立つのはサラより二段も下だというのに、顔の高さは一段分しか変わらない。
「僕は……サラに、危険な目に遭って欲しくないんだ……。サラが一人で苦しんでいるなんて、見ていられない。サラが辛い時は、いつでもサラの隣にいたい。
……サラが、愛しいんだ」
 言うなり、ドラコはふいと顔を背ける。階段の手摺の上で腕を組み、その上に顔を伏せている。
 サラはただ呆然とその場に立ち尽くしていた。不意打ちだった。顔が熱くなってくるのを感じ、片手で顔を覆う。袖口にベッタリと付着している血の臭いも、全く気づかない。
 ドラコは顔を上げると同時に、サラに背を向ける。サラの反応を見るのが怖かった。サラは黙り込んだままだ。それは驚いている事だろう。今まで、ただの友達でしかなかったのに。
 返事が来る様子は無い。それがサラの答えなのだと、ドラコは認識した。
「い、今の言葉は忘れろ!」
 ドラコはぎこちない動作で階段を降りながら言った。
「忘れるんだ。分かったか? 今の言葉は無かった事にして、これからも、今まで通りでいよう、うん」
 ドラコは足早に、玄関ホールを横切っていく。
 サラはハッと我に返り、慌てて階段を駆け下りて行った。ドラコは既に、大広間の扉の前まで来ていた。急がねば、ドラコは大広間へ入ってしまう。今の言葉は、無かった事になってしまう。
「待って!」
 扉に伸ばしかけたドラコの腕に、サラが飛びついた。ドラコの腕に縋りつくような形になっている事に気づき、サラは慌てて離れる。
 その顔は真っ赤だった。ドラコも、こんな至近距離で正面から見て、それに気づかぬ筈が無い。
 サラはもじもじと俯く。返事をせねばならない。だが、この上なく照れくさい。汗ばむ手でローブをぎゅっと掴み、恐々とドラコに視線を向ける。
「えーっと……その……い、今の言葉、無かった事にはしたくないわ……。
その……わ、私も、ドラコを……好き、です……」

 サラもドラコも、耳まで真っ赤だった。
 サラは、穴があったら入りたい気分だった。緊張のあまり、普段から英語で話しているとは思えないような文章レベルだ。まるで、本屋で見た中学一年生レベルの英語の参考書の、例文のよう。
 ドラコが何か言おうと口を開いたその時、ドラコの背後の扉が音を立てて開いた。
 大広間から出てきたのは、パンジー・パーキンソン。扉は再び閉まり、喧騒は扉の向こう側へと閉じ込められる。
 サラは顔を強張らせ、パンジーの様子を伺う。パンジーの表情に動揺の類は、特には見られない。聞いていなかったのだろうか。
 パンジーはいつもの如く猫を被り、甘ったるい声を出してドラコだけを視界に入れて話しかける。
「なんだ。ドラコ、こんな所にいたのね。全然戻ってこないもんだから、皆も心配してるわよ。さ、行きましょう」
「え……あ、ああ、うん」
 ドラコはぎこちなく頷くと、挙動不審になりながら大広間へと入って行った。
 パンジーはドラコの後へと続きながら、扉に手を掛けた状態で振り返る。
「……貴女も。もう、ポッターやグレンジャー達は来てるわよ。貴方だけ遅いものだから、心配してるみたいだったわ」
「あの、パンジー」
 扉の向こうへと滑り込みかけたパンジーを、サラは呼び止める。
 パンジーは横に動き、扉を閉めた。サラに背を向け、石の壁を見つめて話す。
「……良かったじゃない。貴女の事、ライバルとして認めてあげてもいいわよ」
「パンジー……それじゃあ、やっぱりさっきの見てたのね……」
「同情なんてよしてちょうだい。貴女に情けをかけられるなんて、虫唾が走るわ。
一つ、言っておくけど――」
 パンジーは身体ごとサラの方を振り返り、真正面からサラを見据える。
「ドラコに甘えてばっかりなんて、腹が立つったらないわ。自分ばかりが辛かったり苦しかったりするなんて、思わない事ね。ドラコが貴女の隣にいるって事は、貴女もドラコを支えなきゃいけない事があるって事なのよ」
 サラは目を瞬かせる。
 パンジーはフンと鼻を鳴らして踵を返すと、今度こそ、大広間へと入って行った。





 ホグワーツでの残りの日々は、あっと言う間に過ぎ去った。
 戻ってきた、普段と変わらない日常。だが、いくつか変わっている事があった。「闇の魔術に対する防衛術」の残りの授業は無くなった。ジニーが再び明るさを取り戻した一方、ドラコは完全に萎んでいた。マルフォイ氏は理事を辞めさせられたらしい。
 そして、そんなドラコを励ますように、サラが頻繁に彼の傍にいるのが目撃されるようになった。サラの周囲の者達にとっては今更二人の仲など何も不思議な事は無く、ハリー達は寧ろ、医務室を出た筈なのにあまり姿を見せなくなったアリスを訝った。
 反対に、エリは以前にも増してアリスと出会うようになった。毎日のように、アリスは地下牢教室へとやってくるのだ。それが分かるという事は、エリも同じく毎日通っているという事なのだが。
 日差しの厳しいある日、エリは暑さを凌ぐべく地下にあるスネイプの教室で、甘味類を使用した実験をしていた。性格に言えば菓子を作っているだけなのだが、エリのチャレンジ精神は実験をしているに等しい。
「アリスさー、毎日毎日、一体何作ってんだー? あんまりそんな事ばっかやってたら、スネイプみたいに根暗になっちまうぜー。魔法薬がお友達とか言い出すぜー」
「勝手な事を言うな。どんな可哀相な奴だ」
「先生。そちらの資料、お借りしてもよろしいですか?」
 アリスはエリ達の会話など聞く耳も持たず、スネイプの机の上に重ねて置かれた本を指差した。
「その一番上の本です。昨日、図書館で探していたのですが、見つからなくて……先生がお借りになっていたんですね。いいですか? 元通りにしておきますので」
「ああ。構わん」
 スネイプは次のテストの束を手元に置き、何気なく答える。この束が、最後のクラスだ。期末試験が無くなろうと、魔法薬学には関係なかった。ただ、授業時間を使用してテストを行うだけの事。
 アリスはこちらへと歩いてくる。そして、積み上げられた中から、一番上の本を手に取った。そして、そのまま立ち止まっている。一体、どうしたというのだろう。スネイプは訝り、そして思い出した。ここに積み上げているのは、図書館から借りた本だ。確か、先日――
「先生〜。この本、何ですかぁ〜?」
 アリスはそう言い、下にあった本の裏表紙を開く。明らかに、声が弾んでいる。
 スネイプは引っ手繰るようにしてその本をアリスの手から奪い返したが、もう遅かった。アリスはニコニコと笑みを浮かべている。
「意外ですね。スネイプ先生が……。その日って、先生、校内の見回りや保護者への連絡で、急がしかったでしょうに。それでも、必死に助けようとしたんですね」
「余計な事を言っとらんで、さっさとその本を持って行け」
 スネイプは奪い取った本を引き出しの中に仕舞いながら、刺々しく言う。アリスは「はーい」と返事をしながら、ニコニコと大鍋の方へ戻っていった。
 エリがビーカーの中のゼリー状の物体を掻き混ぜながら大声で叫ぶ。
「何だ? どうしたアリス! エロ本でもあったか!」
「阿呆か貴様は!!」
「スネイプお前、ふざけんなよ。うちの妹の視界に、そんなもん入れんなよ」
「だから違うと言っているだろう! 第一、図書館にそんな物がある訳無かろう」
 エリとスネイプの論争を尻目に、アリスはスネイプから借りた本のページを捲る。
 この本の下にあった本。秘密の部屋についての研究記録が書かれたものだった。背表紙を捲ったページにある貸し出し記録を見たところ、日付は五月二十九日。
 それは、エリ達が秘密の部屋へとさらわれた日だった。





「――それじゃ、また新学期に会いましょう、サラ」
「ホームで会えたらいいんだけど……多分、マルフォイも一緒になるだろうからね」
「夏休みに、今度こそ手紙を贈るよ」
 ホグズミードの駅で、サラはハリー、ロン、ハーマイオニーの三人に別れを告げていた。
「ごめんなさい。でも今は、ドラコの傍にいたいから。ダンブルドアを追放しようとしたドラコの父親は酷いと思うけれど、その所為でドラコが肩身の狭い思いをするなんて、あんまりだわ。気にしすぎなのよ。私が傍にいなくちゃ……」
「父親の事で大きな顔をするんだから、父親の負の面も影響して当然だよ」
「それはまあ、そうだけど」
 サラは肩を竦め、苦笑する。
「それに、私達の幸せの為に身を引いた人がいるのよ……。その気持ちを無碍にするなんて、出来ないじゃない」
「パンジー・パーキンソン?」
 ハーマイオニーの言葉に、サラはゆっくりと頷く。
「確かに彼女、凄く癪に障る奴だったわ。陰湿で、性悪で、卑怯で、その癖ドラコの前では猫を被ったりして。
だけど、ドラコへの想いは本物だった。彼女は素敵な女の子よ」
「サラ……あんなに、彼女とは仲が悪かったのに……」
「じゃあね。ハーマイオニー、ハリー、ロン。また、新学期に会いましょう。それより前に、夏休み中にも会えるといいんだけど。手紙を書くわ」
 サラは穏やかに微笑むと、鳥籠や鍋を抱えトランクを引きずり、ホグワーツ特急へと乗り込んだ。
「あ、いたいた。ハリー!」
 ハリーが振り返った先にいたのは、アリスとジニーだった。荷物を持たない二人は、大きく手を振りながらこちらへやって来る。
「ねえ、あたし達と同じコンパートメントを使わない? フレッドとジョージも一緒よ」
 特に断る理由も無く、三人は了解し列車へと順に乗り込む。
 重い荷物を列車の中へと乗せながら、アリスがぼやいた。
「失敗したわね。こういう力仕事は、フレッドとジョージの方が適任だわ。迎えに来るのとコンパートメントで待ってるの、逆の方が良かったかも。サラやエリならまだしも……」
「サラと言えばさ、アリス、聞きたい事があるんだけど」
 直ぐ傍にいた為かアリスの独り言が聞こえたらしく、ハリーが荷物を抱えなおしながら口を開いた。
「目が覚めて以来、君、若しかしてサラの事を避けてる? 今も丁度、サラと入れ替わりだったし……」
「なあに言ってるのよ。どうしてあたしがサラを避けるの?
あたし、自立しようと思ってるの。貴方達の所へあまり行かなくなったのは、それでよ。
サラを避けてるつもりなんて、全く無いわ。今のだって、偶然でしかないわよ」
 アリスは愛想の良い笑顔で言ってのける。
 内心では、ハリーの目ざとさに驚きを隠せずにいた。サラと顔を合わせる事は出来ない。気持ちの整理がつくまでは。

 先頭車両のとあるコンパートメントの扉を開けたサラは、その場に立ち尽くしていた。
 中で待っていたのは、ドラコ、ビンセント、グレゴリー、そしてパンジー・パーキンソン。
「ど、どうして――」
「あら、サラ。遅かったわね。駄目じゃない、待ち合わせ相手をあんまり待たせちゃ。
貴女の事だもの。きっと、お友達との別れを惜しんでいたのよね。グリフィンドールのポッター達と」
 猫を被っている。いつもの如く、ドラコの前だからと猫を被っている。その上、いつもながらの嫌味も容赦無い。
 サラは「ホホホ」と軽く笑う。
「お久しぶりね、パンジー。今まであんなに私達の間に割って入っていたのに、最近姿を見せなかったじゃない。てっきり私達に気を使ってくれているのかと思っていたのに、どういった心境の変化なのかしら?」
――私達を認めたのではなかったの? あんな事を言っておきながら、どうして再び邪魔をしようとする訳? 一度諦めたなら、もう邪魔しないでよ。往生際の悪い。
「そんな事を言ったら、クラッブとゴイルも一緒じゃない? 私達、友達として一年の最後ぐらいドラコと一緒に過ごしたいのよ」
――貴女は「友達」をもこの場から追い出そうというつもり? 独占欲の強い女ね。怖いわ〜。
「そうね。貴女、ドラコの友達だものね。一緒にいたいわよね。ごめんなさい、察する事が出来なくて」
――所詮、貴女はドラコの『友達』でしかないのよ。仕方ないから一緒にいるのは許すけど、自分のポジションは忘れるんじゃないわよ。
「いいのよ、気にしないで。私の方こそ、貴女もドラコと二人っきりでいたいでしょうに。家は遠いし、家同士の付き合いも無いから、休み中はなかなか会う事も出来ない。学期中でも寮が違って、ましてや敵対する寮だから、なかなか会える機会が無いものねぇ」
――貴女こそ、自分の立場を忘れない事ね。家系の差もあれば、貴女はドラコと敵対する立場。それを忘れるんじゃないわよ。
 サラとパンジーが言葉の裏で火花を散らしている間に、ホグワーツ特急は出発した。
 サラとパンジーはドラコの両脇を陣取り、猶も火花を散らし続ける。互いに、相手がいないかのようにドラコやビンセント、グレゴリーに向かってのみ話しかけては、相手が話に割って入る。そうすると、棘のある言葉をオブラートに包んで返す。その繰り返し。
 お昼を過ぎた頃、いつもの如く、お菓子のカートを押す魔女がやってきた。ビンセントやクラッブはもちろん、ドラコも席を立つ。
「二人は買わないのか?」
「ええ。アリスから貰ったお菓子があるから……こっちの方が、甘さ控えめで口に合うのよね」
「私もいいわ。さっき、昼食をとったばかりだもの」
「そうか」
 ドラコがコンパートメントを出て行き、サラはパンジーに冷ややかな視線を送る。
「それで? 本当に、一体どういうつもり? 貴女、私達の事認めるって言ったじゃない。身を引いたんじゃなかったの?」
「あら。私は貴女をライバルとして認めるって言ったのよ。身を引くなんて言った覚えは無いわ」
「それはそれは、往生際の悪いです事。何事も諦めが肝心よ?」
「私、自分の気持ちに嘘は吐けないの。それとも何? 私というライバルがいると、貴女は不安なのかしら」
「まさか。冗談じゃないわ」
 サラはそこで口を噤む。ドラコ達が戻ってきたのだ。
 ハーマイオニー達に言った言葉は、前言撤回だ。パンジーはやはり、嫌な奴でしかない。

 ホグワーツ特急がキングズ・クロス駅に滑り込んだ頃には、もう辺りは薄暗くなっていた。列車は徐々に速度を落とし、やがて完全に停止した。
 荷物を棚から下ろしながら、サラは軽く溜め息を吐く。
 ドラコと相思相愛の仲になったというものの、今までと何ら変わり無かった。学期中の三、四週間、パンジーが割って入らなかったのは珍しいが、結局、まだまだ闘いは続くようだ。それに、パンジーがいなくても、いつもビンセントやグレゴリーが一緒だった。
 あの告白以来、一度もドラコと二人っきりになっていない。
 別に、二人っきりになって何をするという訳でもない。だけど、何の変化も無い様子に、サラも少々不安になりつつあった。
 あの告白は、まさかサラの勘違いではないのだろうか。サラの聞き間違いではないだろうか。
 若しくは、家族愛のようなものかもしれない。妹を心配する兄のような、そんなつもりでサラの身を案じたのかもしれない。
 改札である壁を通り抜ける列に並びながら、ドラコにくっつくパンジーを引き剥がす。そうしながらも、サラは悶々と考え込んでいた。
 ようやく順番が来て、マグルの世界へと壁を通り抜ける。ドラコもパンジーもビンセントもグレゴリーも、皆母親と使用人らしき人物が迎えに来ていた。やはり父親は忙しいらしい。ドラコの父親も、学校の理事は辞めさせられたとは言え、魔法省内における立場は変わりない。
 当然、サラの両親はどちらもいない。
「じゃあね、ドラコ。またその内、休み中に会いましょう。ビンセントとグレゴリーも、バイバイ」
 パンジーはにっこりと微笑むと、母親の方へと小走りに駆けていった。ビンセントとグレゴリーも、別れを告げそれぞれに家族の下へと帰っていく。
 サラは横に立つドラコを見上げる。
「それじゃ……ドラコも、またね」
「ああ。それと、夏休みに会えるか? 学期が始まる前に、ダイアゴン横丁で買い物をするだろ? 一緒に行けるといいんだけど……」
 みるみるとサラの表情が輝く。
「行く! 行きたいわ」
「じゃあ、手紙を送るよ。――まだ、ポッター達とは約束してないよな?」
 サラはこくりと頷く。ドラコは満足そうな笑みを浮かべた。
「それじゃ、僕が一番乗りだ。最優先にしろよ」
「ええ、もちろん」
 今度こそ本当に別れを告げ、ドラコはカートを押して行き、使用人に引き渡した。サラは、彼の姿が人混みに紛れて見えなくなるまで、ぼうっとその場に立ち尽くしていた。その頬は、ほんのりと紅い。
 紛れも無く、デートの約束をしたのだ。





 ホームを出て、ハンナ達と別れた所で、エリはハリー達に出会った。サラもアリスも、既に先に出てきていた。
 ハリーの叔父叔母は、まだ来ていないようだ。恐らく、昨年待たされた為、今年は到着時刻よりも遅めに来るつもりなのだろう。ハリーは、真っ直ぐこちらへやって来る。
「エリ。君にも、これを渡そうと思って」
 ハリーから渡されたのは、一枚の紙切れだった。電話番号らしき数字の羅列が書かれている。
「叔父さん達の家の電話番号だよ。休み中に電話をくれ。ダドリーだけが話し相手なんて、耐えられないからさ」
「オッケー。この番号な」
 ハーマイオニーは既に、もうこの場にはいなかった。もう両親と帰ったのだろう。
 ウィーズリー家は、まだパーシーがいない。
 ハリーはロンに呼ばれ、集団の中へと戻っていく。
 アリスはジニーと話していて、サラはエリより少し前に着たばかりなのか、モリーに抱きしめられている所だった。
「……」
「どうしたんだい、エリ? そんな所に立ち尽くしてボーっとして」
 パーシーが出てきて、エリの隣に並んでいた。エリは苦々しげに、パーシーを横目で見る。
「悪かったな。考え込んでいるように見えなくて」
「……そりゃ、失礼……」
 パーシーは視線を逸らして言うと、家族の方へと歩いていく。
 サラはモリーの抱擁から解放され、ハリーとロンの会話に入っていた。
 パーセルマウスである、自分達。エリは、あの部屋で思い当たった嫌な可能性を、また思い出していた。
 リドルは、自分達の祖母と付き合っていたと言った。リドルが七年生、祖母が五年生の頃だった、と。
 だが、果たして本当にその頃だけなのだろうか。
 ナミは、父子家庭だったという。そして、ヴォルデモートに狙われていたと。
 ナミが狙われていた理由が、ヴォルデモートの実の娘だったからだとしたら?
 陰山寺を所持するナミの父親は、その目晦ましの為に、ナミと共に暮らしていたのだとしたら?
 ……可能性は、十分にありえる。自分達の父親もだが、ナミの両親の事も、詳しくは分かっていないのだ。自分は圭太の実の娘だろうと思っていたのに、実際はサラと同じく圭太とは血が繋がっていなかった。ならば、リドルがナミの実の父親だったとしても、何ら不思議ではない。
 だとすると、自分達はリドルの孫という事になる。彼と同じ血が、自分達の中に流れている……。
「エリ! 何、ボーっとしてるのよ。行きましょう!」
「悪かったな! 真剣に物思いに耽っているように見えなくてよ!!」
 エリはムッとして叫びながら、サラとアリスの方へと駆けて行った。


Back  Next
「 The Blood  第1部 希望求めし少女たちは 」 目次へ

2008/01/24