日は沈みかけ、西の空は赤く染まっている。夕日の差し込む部屋に、サラは一人立ち尽くしていた。真っ赤な陽光が、サラを横から照らす。
 ピーという機械音。静かな室内に、声変わり真っ只中の少年の声が流れる。
「もしもし。シャノンさんの元クラスメイトの、松澤です。夏休みは帰ってるって、噂で聞いたんだけど……出かけてるのかな。
六年の時のクラスのメンバーで、同窓会を行おうと思ってるんだ。シャノンにも来て欲しい。
俺の言葉がきっかけで、海外まで行く事になっちゃって……その件については、悪いと思ってる。小学校での事を水に流す事は出来ないけど、でも、面と向かって話したい。クラスメイトの中には、まだそういう場を設けるには早い奴もいるかもしれない。だけど、時間が経ち過ぎても良くないと思うんだ。
折り返し、電話をください。待ってます」
 そして、再び機械音。
 サラは無言で、電話のプッシュボタンへと手を伸ばす。女性の声が流れた。
「メッセージを消去しました」
 機械音を背に、サラは自分の部屋へと戻っていく。そろそろ、エリやアリスが帰ってくる時間だ。





No.65





 サラは、トランクに荷物を詰めていた。夏休みはまだ、あと一ヶ月残っている。だが、もう我慢の限界だった。こんな家、出て行ってやる。
 原因は昨夜のナミとの会話にある。
 ロンから「ハリーの家に電話はするな」という警告を受けとったサラは、毎晩のようにハーマイオニーの家へと電話を掛けていた。日本に、サラの友達はいない。エリやアリスとの仲はある程度修復されてはいても、やはりこの家は息苦しい。
 親の、それも母親の様子は、家庭全体に影響を与える場合が多い。母親の機嫌が良ければ家庭は和やかで円満になり、逆に母親の機嫌が悪ければ特に子供達が影響を受ける。この家も、例外では無かった。姉妹との仲が良い方に向かっていても、親との仲が相変わらず剣呑なままならば、家庭内でのサラの立場が変わる事は無い。エリやアリスが家にいる時間帯は、ナミも帰ってくる時間帯なのだから、尚更である。
 そこで、ハーマイオニーに電話を掛けた。もちろん、電話料金は馬鹿にならない。電話の使用を禁じられるのは、当然の事であった。
 そんなに友達と話がしたければ、イギリスへ行け。ナミは、そう言った。
 行ってやろうではないか。魔法界のお金ならば、グリンゴッツにたっぷりある。ダイアゴン横丁で宿を探せば問題無い。
 今、ハーマイオニーはフランス、ロンはエジプトにいる。だが、ハリーはいつもと変わらずダーズリー家にいる筈だ。
 今日は、圭太もナミも仕事が休みだ。まだお昼を過ぎたばかり。ナミとエリは家にいる。
 サラは自室から顔を覗かせ、廊下に誰もいない事を確認し、二人の居場所を探る。ナミはベランダ、エリは自分の部屋にいるようだ。布団を叩く音が、簡素な住宅街に響いている。
 サラの頭が部屋の中に引っ込む。かと思うと、トランクや鳥籠などを抱えて出てきた。荷物を落とさぬように細心の注意を払い、抜き足差し足、一階へと降りていく。
 今は真夏。窓も部屋の扉も開け放していて、玄関まで難なく辿り着く事が出来た。あとは外へ出てしまえば、箒で陰山寺までひとっ飛びだ。
 靴を履き、扉に手を掛ける。
 扉は、サラが押してもいないのに、大きく外側へと開いた。
 サラは取っ手から離れ行き場の無くなった手を宙に挙げたまま、その場に硬直する。入ってきたのは、圭太だった。圭太もサラと同じく固まっていたが、直ぐに我に返り眉を顰める。
「……そんな大荷物抱えて、何処へ行くつもりだ?」
 こうなればもう、開き直るしかあるまい。
 サラは圭太の顔を見上げ、冷ややかな視線を向ける。
「この家を出て行くのよ。今までどうも。これからは、一人で生きていくわ。
考えてみれば、もっと早くこうすれば良かったのよね。私の為にも、貴方達の為にも。おばあちゃんの金庫を受け継いだあの日から、出て行こうと思えば出て行けたのに」
「駄目だ!」
 圭太の珍しい怒鳴り声に、サラは身を竦める。普段の様子を考えれば、これしきの事で、あの圭太が必死になって止めるとは思えない。
 圭太は扉を閉め、鍵を掛け、サラを家の中へ戻るよう促す。
「こっちだって、そりゃあ、お前には迷惑を掛けられてばかりだ。だが、追い出す事は出来ない」
 サラは仕方なく靴を脱ぎ、居間の方へと後退する。
 そこへ、エリがやって来た。今日も遊びに行くらしい。それを、圭太は引き止める。
「何だよ。早く済ませてくれよ。一時から、由香達と遊ぶ約束してんだから」
「その約束は断りなさい。今日はサラが出て行かないよう、見張っていてくれ」
「はぁ!? なんで俺がそんな事しなきゃなんねーんだよ!」
 圭太は聞く耳も持たず、二階へと上がっていく。エリはその背中に、罵詈雑言を投げかけていた。

 一頻り怒鳴ると、エリはサラの方へと戻ってくる。そして、エフィーの入った鳥かごを乱暴に引っつかむ。眠っていたエフィーは、慌ててバサバサと羽根を羽ばたかせた。
「ちょっと! 何するのよ」
「とりあえず、人質。こいつ置いて行こうとはしないだろうからな」
 エリは、ムスッとした表情でソファーに腰掛ける。鳥籠はガンと大きな音を立て、足元に置いた。
「大切に扱いなさい。生き物が入ってるって事、分かってるの?」
「別にこんぐらいで死にゃあしねえよ。俺のシロだって、いっつもこんな感じだけど、あいつピンピンしてるしな」
「貴女の図太いふくろうと一緒にしないでくれる? エフィーはデリケートなの」
「シロはデブじゃねえよ!」
「……」
 サラは呆れ返り、大きく溜め息を吐く。エリからすれば、煽るような態度だ。
「ホントお前、ムカつく奴だな! あれの何処がデブだって言うんだよ。言ってみろよ。
お前のふくろうより重いのなんて、当たり前だろ。何たって、お前のふくろうは飼い主に似てチビだからな」
「へぇ……誰がチビですって?」
 サラは表情こそ無いが、額には青筋が浮かんでいる。
 そこへ、圭太とナミが二階から降りてきた。
「お母さん達、夕飯の買出しに行って来るから。喧嘩なんてしてる間には、宿題ぐらい終わらせときなさいよ」
 エリは、言葉にならない呻き声のような返事をする。
 サラはそっぽを向いたままだった。





「それで? 突然買い物に行こうなんて、本当の用事は一体何?」
 大型スーパーの駐車場で空いているスペースを探している時、ナミが口を開いた。
「図書館に行った割には、随分早く帰って来たじゃない。ただならぬ様子だったし……何かあった?」
「……魔法省の役人と会った」
「魔法省? ――あ。あそこ、空いてるよ」
 ナミの指差した先は、駐輪スペースの直ぐ傍に位置する所だった。自転車の傍はいつ子供が飛び出してくるか分からないので避けたい所だが、残念ながら他は全く空いていない。
 仕方なくそちらへと向かい、車は順路に従って進む。
「ああ……サラの無事を確認しに来たみたいだった」
「『みたい』って……」
「仕方ないだろ。俺は、お前ほど英語が完璧に話せる訳じゃないんだから。シャノンがうちに来たのは、高校生の頃だからな。もっと幼い頃なら、エリ達みたいに話せるようになったのだろうけど」
 スペースに停車させ、二人は車を降りる。
「エリも中学校に行ってたら、英語だけは成績が良かったかもね。
でも、それじゃあ役人は英語を話してたの? まさか、イギリスの魔法省?」
 圭太はサイドミラーを倒しながら、神妙に頷く。
 ナミの表情が強張った。
「どういう事? どうしてイギリスの魔法省が……まさか、彼が何か……?」
「分からない。でも、他に思い当たる事はあるか? 『例のあの人』って奴は、とうに倒れたんだろ?」
「『例のあの人』が復活した訳じゃない。若しもそうなら、もっと大きな騒動になってる筈だからね。
それじゃあ、やっぱり……。一体、何があったんだろう」
「さあ……」

 電子音が鳴り、アリスは鞄の中を漁った。取り出した物を見て、一緒にいる友達の一人が声を上げる。
「いいな〜っ。アリス、ポケベルなんて持ってるんだー。自分の奴?」
「ううん。普段はお母さんが持ってるの。今日だけ、少し遠出だからたまたま……」
 アリスは今しがた食べ終えたファーストフードの包み紙を丸め、席を立つ。
「ごめん、帰って来いだって」
「あー、じゃあそろそろ移動する? 次カラオケ行く予定だったし、途中までは道一緒だから」
 皆、バラバラに席を立ち、移動の準備を始める。
 実の所、ちょうど良かった。カラオケに行ったとしても、去年一年をイギリスで過ごしたアリスには、日本の最近の曲など全く分からない。料金だって、学生証が無いのだから高くついてしまう。
 店を出て、自分達の自転車へと、駐輪スペースと駐車スペースの間を歩いている時だった。何処からか、聞き覚えのある声がした。
「――あれから、もう十二年か。月日が経つのは、早いものだな」
「そうだね……。今頃になって、一体何があったんだろ? 今更、親権を主張する訳もないだろうし。そもそも、親権を主張するほどまともな状態の筈が無い」
 アリスは立ち止まり、僅かに眉を動かす。
 圭太とナミの声だ。段々とこちらへ近付いてくる。アリスは咄嗟に、車の陰に身を隠した。同時に、二つ向こうの車の間から、圭太とナミが出てくる。
「それに、あいつの事だから、親権を主張する前に連れ去ろうとするだろうね。それで、魔法省の役人が来たんだったりしてね」
 そう言って、ナミはからからと快活に笑う。
「笑い事じゃないぞ」
「大丈夫だよ。そもそも、来る筈が無いでしょ? 仮に来たとしても、親権を譲るつもりは無いよ」
「……それは、サラも?」
 圭太の言葉に、ナミが立ち止まった。圭太も、二、三歩行き過ぎた所で立ち止まり振り替える。
 ナミは毅然たる態度で、言い放った。
「貴方が忘れてどうするの。――譲るも何も、私達にサラの親権は無い。あの子に親はいない。あの子の親は、シャノンだった。シャノンは――あの子の親は、死んだんだよ」
 痛いほどの沈黙が流れる。
 圭太がふいと顔を背けた。
「ああ……そうだったな」
 そして二人はまた、歩を進め遠ざかっていく。
「サラはそうだけれど、エリの親は私達だよ。今更彼が父親を名乗ったって、認めるつもりは毛頭無い」
 アリスは息を呑んだ。その時肩に何かが触れ、アリスは弾かれたように振り返る。
 そこにいるのは、一緒に遊びに来た友人の一人だった。
「何してるの、こんな所で? 探したよ」
「ああ、うん……ごめん……」
 アリスは友人の後に続き、自分達の自転車の所へと向かう。
 圭太とナミの会話が頭にこびりついて離れない。それでは、サラとエリの父親は、今でも生きているのだ。





 本棚に詰め込まれた、本やら電化製品の説明書やら過去のプリントやらが、バサバサと盛大に落下した。
 エリが「あーあ〜」と声を上げる。
「お前が落としたんだから、お前直せよ。俺、関係ねえからな」
 そう言って、そそくさと自室へ逃げようとする。
 二つに結ばれた長い髪の片方を、サラはむんずと掴んだ。言葉通りの意味で後ろ髪を引かれ、エリは悲鳴を上げる。
「いってぇよ!! 何すんだよ!?」
「貴女だって、これを落としたのに無関係って訳じゃないでしょう。手伝う義務はあるわ」
「お前が落としたんだろ」
 そう言い、サラの髪の毛を引っ張る。
「痛いじゃない! 何するのよ!?」
「さっきの仕返し。これで、どんなに痛いか分かっただろ。自分がやられて嫌な事は、人にすんなって教わらなかったか?」
「論語? それぐらい知ってるわよ」
「は? ロン語?」
 サラは嘲るようにくすりと笑う。
「『己の欲せざるところ、人に施すことなかれ』――孔子とその弟子達の言行禄の一部よ。
何? 貴女、そんなのも知らないの? イギリスの事を知ってる訳でもないし、かと言って日本の事も分からないなんて、情けないったら無いわね」
「チョコを溶かして固める事さえ出来ないような奴も、いるぐらいだからなぁ。そんなの知らない奴、いくらでもいるだろ」
「料理なんて出来なくても、魔法界には屋敷僕妖精ってものがいるじゃない。あら、ごめんなさい。エリは、屋敷僕妖精も知らないかもしれないわね」
「ドビーだろ。馬鹿にすんじゃねぇよ。それぐらい知ってますー。
お前こそ、馬鹿じゃねぇの。屋敷僕妖精は金持ちの所にしかいない、ってロンだか誰だかが言ってたじゃんかよ」
「あら。私はいるわよ。去年、呼んだら出てきたもの。アリスにも聞いてみるといいわ。アリスの所へ遣いにやったから」
「いるにしたって、全部人任せってのはなぁ……。自分一人で料理一つも作れないなんて、情け無い事に変わりはねえだろ。勉強ばっか出来て頭でっかちでもなぁ……」
「運動しか出来なくて、頭の中が空っぽってのもねぇ……」
「あ゛ぁ?」
 相手に言い負かされたくない。喧嘩をしていると、自然とそういった心理が働く。嫌味の応酬が行われ、更に険悪な雰囲気へと悪循環する。
 掴み合いが勃発する。相手の攻撃をかわし、サラはエリを投げ飛ばすべく懐に潜り込む。エリは間を取り、横から蹴りを入れる。しかしサラはそれを避け、エリの右足が床に着く前に右腕と左襟を掴み、左足を払おうとする。エリは払われかけた左足を地から離し、サラにタックルをかます。

 棚にぶつかり、食卓の上の物を落とし、取っ組み合いをしている中、明るい声が玄関から響いた。
「ただいまー」
 居間へ入って来たアリスは、呆れ返って溜め息を吐く。アリスが帰ってこようと、二人の喧嘩は止まる様子を見せない。
 アリスもこんな状況にはとうに慣れている。食卓の上に荷物を置きながら言った。
「小学校低学年までよ、喧嘩で取っ組み合うなんて。いい加減、大人になりなさいよ。
ほら、おはぎ買ってきたの。レジ傍の半額コーナーに和菓子が並んでて、賞味期限は今日の五時までなんだけど――」
 バキッという大きな音に、アリスの言葉は遮られた。
 サラとエリの取っ組み合いに巻き込まれ、食卓の脚が折れたのだ。食卓は傾き、音がした次の瞬間には、おはぎは滑り落ち、同時に倒れた椅子によって潰れていた。
「……」
 潰れたおはぎを見つめるアリスの表情に、段々と笑みが浮かんでくる。サラもエリも、アリスの表情の変化にも潰れたおはぎにも全く気づかず、未だに取っ組み合いを続けている。
 じゅわっという激しい音がし、サラとエリはようやく動きを止めた。
 音がした方を見れば、アリスが小瓶を片手に、観葉植物の鉢の傍らに立っていた。小瓶には、毒々しい色をした液体が入っている。
 そして、確かにそこにあった筈の観葉植物は、跡形も無く消え去っていた。アリスは満面の笑みで振り返る。
「どうしたの? どうぞ構わず続けてて。あたしは、ちょっとした実験をしているだけだから。次はね、激しい運動中の人体に試してみたいと思うの」
 サラとエリは、どっと冷や汗が噴き出るのを感じた。
「……片付けでもしましょう、エリ」
「そ、そうだな」
 二人が散らかした部屋を片付ける中、アリスはソファまで歩いていき、どっかりと座り込んだ。
 サラは杖を出し、破壊した食卓を直す。大人しくなった二人を眺めながら、アリスはポツリと言った。
「……そう言えば、貴方達の父親って生きてるらしいわよ」
 ピタリと二人の動きが同時に止まる。がばっとアリスの方を振り返るのも、全く同じタイミングだった。
「帰りにね、お父さんとお母さんを見かけたの。何か、深刻そうに話していて……。
魔法省の役人が訪ねて来たそうよ。用件は分からなかったけど。貴方達の父親と関係があるんじゃないかって話してた……話の内容からして、貴方達の父親は確実に生きているわ」
 サラやエリの話については、話さない方が良いだろう。話せば、サラとエリの待遇の差をも話す事になってしまう。そんな話、する必要性を感じない。
 あの様子だと、どうも圭太よりナミの方が、サラを拒否する事に固執しているらしい。
「アリス……それって、本当に……?」
 呟いたのはサラだった。思いがけない希望を手にしたかのように、頬を紅潮させている。
 父親に会いたい。サラは強くそう思う。父親は祖母と同じく、サラを愛していてくれたのではないだろうか。無条件に、そう信じていたのだ。
 一方、エリは複雑な表情だった。エリにとって圭太は確かに父親であり、血の繋がりが無いと知ってからも、それが変わる事は無かった。若しも実父が目の前に現れたら。そしたら、自分はどうすれは良いのだろう。問題は、それだけではない。
 サラとエリはパーセルマウスだ。リドルと血縁かもしれないのだ。サラとエリのみという事は、父方の家系だろう。つまり、実父と出会うという事は、その仮定の真偽を明らかにするという事だ。エリは、その答えを知るのが恐ろしかった。

 ようやく片付けを終え、部屋が元通りになった。三人はソファやその足元に座り、ドラマの再放送を見ていた。
 テレビの中の発砲音と共に、バーンという大きな音が通りに響いた。
 三姉妹は顔を見合わせる。現れた気配は、ダンブルドアの物だった。ダンブルドアは、通りを真っ直ぐこの家へと歩いてくる。
 台所へ行きかけたサラをエリが押し留め、代わりにアリスが向かう。エリとアリスは、玄関へとダンブルドアを迎え出た。ダンブルドアは、インターホンに長い指を伸ばしている所だった。
「せっかちな子達じゃな」
 ホッホと笑うダンブルドアを、家の中へと迎え入れる。
 元通り完璧に直した食卓へと案内し、アリスが麦茶を出した。
「すみません。これぐらいしか無いのですが……」
「構わんよ。気が利くのぅ」
 サラ、エリ、アリスは、椅子を一つ移動させ、ダンブルドアの正面に座る。
 エリとアリスはサラへと目を向ける。小さな変化だった。昔ならば、こういった場にサラがいる事は無かった。いたとしても、空気のような扱い。三姉妹の代表は、いつもエリだった。
 サラは居住まいを正し、口火を切った。
「それで……ダンブルドア先生ともあろうお方が態々お越しになられるとは、どのようなご用件で?」
「そうじゃな、もう少し待ってくれんかの? ケイタとナミが帰ってきてからじゃ」
 車の音が近付いていた。音は、家の前で止まる。
 降りてきたのは、圭太とナミだった。ナミの気配は他の魔法使いよりも、遥かに薄い。それを、ダンブルドアは察知したというのか。
 エリが真っ先に席を立ち、先ほど掛けてしまった鍵を開けに行く。
 戻ってきたエリは、買い物したビニル袋を持たされていた。ナミも同じく、パンパンに食料の入ったビニル袋を持っている。最後に入って来た圭太は、上の面が開いたダンボール箱を抱えていた。
「お待たせしてすみません、ダンブルドア先生」
 荷物を抱えて台所まで行くと、ナミと圭太は直ぐに手ぶらで戻ってきた。
 ダンブルドアは静かに麦茶に口をつける。アイスを仕舞うのを任されたのであろうエリを、待つつもりのようだ。
 エリが居間へと戻ってきて、ようやくダンブルドアは口を開いた。
「君達に伝えねばならん事があっての。
――シリウス・ブラックが、脱獄したのじゃ」


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2008/01/27