グリフィンドール寮の寝室まで帰ってくるなり、医務室の寝間着を脱ぐ。ベッド下の引き出しから私服を取り出し、それに着替えた。
皆出払っていて、部屋にはサラしかいない。
「しもべ。来なさい」
パチンと言う軽い音と共に、部屋に屋敷僕妖精が現れた。
何処の者と知れない屋敷僕妖精。最初に出会ったのは、去年のクィディッチ戦の後。その時は急いでいた為命令を出すのみしか出来ず、結局その後もすっかり忘れていて、今日まで呼び出していなかった。
サラは着ていた寝間着を屋敷僕妖精の方へと投げ渡す。
「これを洗って、医務室に返しておいてちょうだい。勝手に抜け出して来たから、制服と一緒に洗濯に出すのは気が引けるもの。出来うる限り早くお願いね」
「ご主人様の仰せのままに」
屋敷僕妖精は寝間着を慎重に抱え込み、肩膝を着いて頭を下げる。
早速立ち上がって消えようとする彼を、サラは制止した。
「待って。この場を去る前に、幾つか質問に答えて欲しいの」
屋敷僕妖精は大きな目をパチクリさせる。
「まず、今更なんだけど……あなたの名前は?」
「お教え出来ません」
即答された言葉に、サラは眉を顰める。
「それじゃあ、仕える家は? シャノン?」
「答える事は出来ません」
「私とは、どういった関係なの? あなたの仕える家の当主は、私から見てどういった関係に当たる人?」
「私目はお答えになれないのでございます」
サラはますます眉を顰めた。
「申し訳ございません。しかし、言いつけられているのでございます。ご主人様の為にも、知らせるべきではないのです」
「そのご主人様っていうのは、あなたに口止めをしている人? それとも、私の事?」
「貴女様の事でございます」
サラは眼の前にいる屋敷僕妖精をじっと見つめる。
明るい光の下で見れば、この屋敷僕妖精はドビーとは全く違った。何より、ドビーよりずっと年老いているように見える。大きな耳からは白髪が生え、頭皮に毛は無く、皮膚はだぶついている。
言いつける者がいるという事は、関係は遠かれどもサラに親戚がいる事を意味する。祖母に、ナミや自分達姉妹以外の親戚がいたのだろうか。それとも――
――私の、実父の家……?
尋ねたところで、この屋敷僕妖精は答えを返さないだろう。
否、答えを聞くまでもない。消去法で考えれば、それしか答えは無いのだから。
「……そう」
サラは顔を上げ、屋敷僕妖精に命じた。
「いいわ。行きなさい」
屋敷僕妖精は指を鳴らし、寝間着と共にその場から消えうせる。
入れ替わりに、ハーマイオニーが部屋へと入ってきた。彼女は室内にいるサラを見るなり、目を見開く。
「サラ!? どうして貴女がここにいるの? 医務室で寝てたんじゃ……」
「治ったから帰ってきたわ」
「本当に?」
ハーマイオニーは疑わしげに尋ね返す。
「本当よ。あのマダム・ポンフリーよ? 治すのにそんなに掛かる訳ないじゃない。
早く夕食の時間にならないかしら。ハグリッドに、無事だって事を確認させなくちゃ」
サラは開けっ放しにしていた引き出しを閉じ、ベッドの上に腰掛けた。
「それとね、皆に話そうと思ってまだ話していなかった事があるのよ。
……私の実父が、生きているらしいの」
No.74
金属のぶつかり合うような音が、教室中に響き渡る。
一ヶ所、皆が避けぽっかりと空いている所があった。音は、その空白の中心にいる人物から聞こえている。
木曜日の昼前。魔法薬学の授業が半分ほど終わった頃に、ドラコは魔法生物飼育学の授業以来初めて医務室から出てきた。右腕には包帯を巻き、肩から吊っている。サラは、翌日には包帯が取れたと言うのに。
ドラコが入ってくるなり真っ先に擦り寄って行ったのは、例によってパンジー・パーキンソンだった。ドラコは如何にも苦痛に耐えているかのようなふりをして見せる。
スネイプは遅れて来たドラコを何も咎めず、座るように言っただけだった。
ドラコはどういう訳か、態々サラがいるのとは別の、サラやハーマイオニーの隣の机に鍋を置いた。あれ以来ドラコとは会っておらず、サラとしても一緒に作業をするのは気まずい。だが、サラ達の隣の机と言えば、ハリーやロンがいる机だ。
理由は直ぐに分かった。
準備をする段階になって、ドラコは「先生」と声を上げた。
「僕、雛菊の根を刻むのを手伝ってもらわないと、こんな腕なので――」
「ウィーズリー、マルフォイの根を切ってやりたまえ」
スネイプはこちらを見ることも無く、即座に言った。
その後も、次々とドラコは自分の作業をハリーやロンに押し付ける。
「サラ……そんなに力を入れて切らなくても……」
サラの視線を浴び、隣で作業をするネビルの声は尻すぼみになって消えていった。
サラは大きさや形に構う事無く、力任せにナイフを芋虫に叩きつけていた。芋虫はぐちゃぐちゃに刻まれ、ナイフと台のぶつかり合う音が辺りに響いている。
一匹の芋虫が大方潰れ、次の芋虫に手を伸ばそうとしたが、そこにサラの分の材料は無かった。見れば、ハーマイオニーが離れた所に置いている。
「気が落ち着いて、輪切りが出来るようになったら使いなさい。全部ぐちゃぐちゃにしてしまったら、飛んでもない薬になるわよ」
「……」
「うわあぁぁぁ」
プシューという音と共に、ネビルの鍋から細い煙が上がっていた。
待っていましたとばかりに、スネイプが大股でこちらへと歩いてくる。ネビルの鍋を覗き込むと、いつもの嫌味な笑みを浮かべた。
「オレンジ色か。ロングボトム」
そう言って薬を柄杓ですくい、鍋の中へ垂らして皆に見せる。
「オレンジ色。
教えて頂きたいものだが、君の分厚い頭蓋骨を突き抜けて入って行くものはあるのかね?
我輩ははっきり言った筈だ。ネズミの脾臓は一つでいいと。聞こえなかったのか? ヒルの汁はほんの少しでいいと、明確に申し上げたつもりだが?
ロングボトム、一体我輩はどうすれば君に理解して頂けるのかな?」
「その辺にしておいたら如何ですか? スネイプ先生」
声は、やや離れた所からした。
後ろの方の机だった。ナミが、にこやかな表情を浮かべていた。
「後で少々お話ししたい事があるのですが、よろしいでしょうか? 先生」
あくまで笑顔は崩さず、嫌味なほどに丁寧な言葉で話す。その口調から刺々しいオーラを感じ取る事が出来たのは、サラとスネイプのみだった。
ハーマイオニーが席を立ち、スネイプの方へ身を乗り出した。
「先生、私に手伝わせてください。ネビルにちゃんと直させます」
「君にでしゃばるよう頼んだ覚えは――」
「先生?」
ナミの声が、スネイプの言葉を遮った。
この一連のやり取りでサラもようやく平静を取り戻し、芋虫の輪切りに取り掛かる。未だに鍋を火にかけていないのは、サラとグレゴリーだけだった。
スネイプは苦虫を噛み潰したような顔でナミを一瞥し、ネビルに視線を戻す。
「ロングボトム。この授業の最後に、この薬を君のヒキガエルに数滴飲ませて、どうなるか見てみる事にする。そうすれば、恐らく君もまともにやろうという気になるだろう」
「セブルス!」
ナミは人称を変えるのも忘れ、椅子を蹴って立ち上がる。
「座れ、ミス・モリイ。
この授業の教授は、我輩だ。君の指図を受ける筋合いは無い。
何、心配には及ばん。完璧な薬を作る事は出来ずとも、普通にやっていればこの薬でヒキガエルが死んでしまう事は無い。有毒な物質は何も無い事ぐらい、君も分かっているだろう」
「それは……そうだけど……」
ナミは、大人しく席に座る。
ネビルの魔法薬学の腕がどれ程壊滅的なものか、今年彼と出会ったばかりのナミは把握していなかった。
スネイプは続いて、サラの鍋を覗き込んだ。ようやく火にかけたばかりの鍋には、まだどの材料も入っていない。
だがそれでも、スネイプは粗を捜し出したようだ。
「何をしているのかね、ミス・シャノン」
「『縮み薬』を作っています。これから、雛菊の根を入れる所です」
何も問題ない筈だ。そう思っていたのだが。
「ほう。もしや、この場所だけ防音の呪文でもかけられていたのかね? 我輩は、雛菊の根を先に入れてから、火にかけるように言ったと思ったが」
――どっちでも一緒じゃない……。
「そもそも、未だにその段階というのはあまりに遅すぎる。君は、授業の時間内に薬を完成させる気があるのかね?」
サラは答えず、火を消して切り刻んだ根を鍋の中に入れる。
怒りを抑えながら、なるべくスネイプの小言を聞き流すようにしていると、ふと隣の机で話すハリー達の声が耳に入ってきた。
シェーマスの話によると、ここからあまり遠くない場所でシリウス・ブラックが目撃されたそうだ。三人の話に、ドラコの声が加わる。
「ポッター、一人でブラックを捕まえようって思ってるのか?」
「そうだ、その通りだ」
ハリーは投げやりに答える。
「僕だったら、もう既に何かやってるだろうなぁ」
ドラコは落ち着き払った様子で、嘲るかのように話す。
「いい子ぶって学校でじっとしてたりしない。ブラックを探しに出かけるだろうなぁ」
「マルフォイ、一体何を言い出すんだ?」
ロンが苛々とした調子で問う。
「ポッター、知らないのか?」
ドラコは囁くように低く話す。サラは聞き漏らさぬよう、耳をそばだてていた。
「君は多分、危ない事はしたくないんだろうなぁ。吸魂鬼に任せておきたいんだろう?
僕だったら、復讐してやりたい。僕なら、自分でブラックを追いつめる」
「聞いているのかね、ミス・シャノン?」
サラはぎょっとして、振りかえる。スネイプの暗い黒い瞳が、サラをじっと見据えていた。
「えーっと……」
「どうやら、魔法界の英雄、生き残った女の子のサラ・シャノンには、我輩のような輩の指示は不要らしい。父親そっくりな、傲慢な奴だ――」
ガタッと席を立つ音がした。ナミだ。
「あー……えーと、先生、私の薬も見て頂けませんか? 一通り、作業は終わったので……」
スネイプはナミの方へと向かう。
サラは唖然としていた。今のは、自分を庇ったのだろうか。まさか。ナミに限って、そんな事ある筈が無い。
だが、状況を見れば庇ったようにしか思えなかった。
当然、ナミはサラを庇ったつもりなど毛頭無かった。
スネイプもそれを知っていた。ナミの机の前まで来ると、ナミの鍋を覗き込みながら囁くように言った。
「……心配せずとも、口を滑らしたりはせん」
「……」
「グリフィンドール、五点減点」
スネイプが冷たく言い放ち、グリフィンドール生達による拍手はぴたりと止んだ。
授業終了時に試したネビルの魔法薬は、上出来だった。オレンジ色から正常な緑色になった水薬を飲んだトレバーは、おたまじゃくしへと退化した。
なのに、どうして。拍手が止むと同時に、生徒達の表情から笑顔も消える。
「手伝うなと言った筈だ、ミス・グレンジャー。授業終了」
スネイプがそう告げると同時に、サラは教科書を鞄の中へ乱暴に放り込み、教室を出て行く。
ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は、少し遅れて教室から出てきた。昼食の為、玄関ホールへの階段を上っていく。
ロンがスネイプの事で腹を立てている傍らで、ハリーはいつもながら聞いているのか聞いていないのか、他の事を考えている様子だった。サラは、心の底からロンの文句に同調していた。
「水薬がちゃんと出来たからって五点減点か!
ハーマイオニー、どうして嘘吐かなかったんだ? ネビルがちゃんとやりましたって、言えば良かったのに!」
しかし、ハーマイオニーの返答は無い。
サラはおかしな事に気がついた。ホグワーツは元々学校自体に気配が強く、その上多くの魔法使いがいる為、探ろうとしない限り魔力の気配が掴みにくい。いつの間にか、ハーマイオニーの気配が背後から消えていたのだ。
「何処に行っちゃったんだ?」
後ろを振り返ったロンが言う。サラも振りかえる。やはり、ハーマイオニーはいなかった。
「直ぐ後ろにいたのに」
ふと、サラはロンの背後に隠れる。
ドラコがビンセントとグレゴリーを従えて通り過ぎる間、サラは視線を落としたまま決して顔を上げようとはしなかった。
「あ、いた」
ハリーの声に、サラは顔を上げた。ハーマイオニーが息を弾ませ、何かを鞄に押し込みながら階段を上ってきていた。
「どうやったんだい?」
「何を?」
ロンの質問に、ハーマイオニーは聞き返す。
「君、ついさっきは僕らの直ぐ後ろにいたのに、次の瞬間、階段の一番下に戻ってた」
「え? ああ――私、忘れ物を取りに戻ったの」
と、ハーマイオニーは鞄の破れ目に気づき、落胆した声を出す。
ハーマイオニーの鞄はいつもはち切れそうな程に本が詰まっていて、いつ破れてもおかしくなかった。
「どうしてこんなにいっぱい持ち歩いてるんだ?」
「私がどんなに沢山の学科を取ってるか、知ってるでしょ。ちょっと、これ持ってくれない?」
「でも――」
ロンは渡された本をひっくり返し、表紙を見る。
「今日はこの科目はどれも授業が無いよ。『闇の魔術に対する防衛術』が午後にあるだけだよ」
「ええ、そうね」
ロンはまだ何か聞きたそうにしていたが、ハーマイオニーは構わずロンに預けた教科書を数冊ずつ取り、鞄に詰めなおした。
「お昼に美味しいものがあるといいわ。お腹ぺこぺこ」
そう言って、ハーマイオニーはスタスタと歩いていってしまう。
その後ろ姿を眺めながら、ロンがハリーとサラに問いかけた。
「ハーマイオニーって、何か僕達に隠してると思わないか?」
サラ達が昼食を終えて席を立ち大広間から出て行こうとすると、サラを呼び止める者があった。
ドラコだ。サラは聞こえなかったふりをし、そのままハリー達と一緒に広間を出ようとする。
「待てって言ってるだろう」
ドラコは足早に扉の所までやって来て、四人に続いて外へと出てきた。
流石にこれ以上無視する事は出来ず、サラは立ち止まりドラコに冷ややかな視線を注ぐ。
「何の用かしら、ミスター・マルフォイ?」
「ここじゃ人通りが激しい。来い。話がある」
「貴方と話す事なんて無いわ」
「君が無くても、僕がある」
サラが答えないでいると、不意にドラコは肩から吊っていない方の手でサラの腕を掴んだ。そのままグイグイと引っ張っていく。
押し留めようと一歩前に出たロンを、ハーマイオニーが制した。
サラは抑揚の無い声で言う。
「貴方に触れるなんて、虫唾が走るわ。放しなさい。さもないと、投げ飛ばすわよ」
「本当に嫌なら、忠告していないで振り払えばいいじゃないか」
「どういう意味よ」
「そのままの意味だ」
サラは、ムスッとした表情で視線を逸らす。
「……仕方ないわね。皆、先に行っててちょうだい。私は後から行くから。
話ぐらいなら聞いてあげてもいいわ。なるべく早く済ませなさいよ」
そして、サラは腕を引かれるままにその場を去って行った。
ロンは、唖然としてそれを見送っていた。ハリーが呟く。
「……何だかんだ言って、結局仲いいじゃないか」
ハーマイオニーは、ふっと微苦笑を浮かべた。
二人の歩く足音が、石の壁に反響する。この辺りの壁に絵画は無く、聞こえるのはサラとドラコの足音だけだった。
不意に、前を行くドラコが立ち止まった。サラも続けて立ち止まる。
ドラコはくるりと振りかえった。真剣な瞳でサラを見つめる。
「……僕が悪かった」
「……」
「本当に鈍感だった。あの場にパンジーがいたら、君の寝覚めが悪くなる事ぐらい、少し考えれば分かる筈だったのにな」
サラは何と答えて良いか分からず、眼を背ける。
ドラコは何か言おうとしたが、口を噤む。言おうとしては留まるのを暫く繰り返し、やがて、言った。
「……だけど、その……僕が愛しているのは、サラだけだ」
サラの返答は無い。その顔はトマトのように真っ赤だった。
そして、そのままその場にしゃがみ込む。顔を伏せているが、耳まで赤く染まっている。
ドラコまさかこれ程の反応を見せるとは予想しておらず、ただその場に立ち尽くす。先程までの照れも何処かへ消えてしまっていた。
「えっと……サラ……?」
サラはふっと我に返り、すっくと立ち上がる。それから、肩にかかった髪をぎこちない動作で払った。
「……い、いいわ。その事に関しては、許してあげなくもないわよ」
その頬はまだ紅い。
しかしそれも、ドラコの右腕を一瞥して消えうせた。急に、真剣な顔つきになる。
「その腕の包帯……まだ取れないの?」
責める口調ではなく、サラは心底心配していた。
今日、初めにその姿を見た時、それは大げさなふりをしているだけなのだと思った。
だがもしかしたら、大げさではないのかもしれない。あの時サラは、確実に自分がドラコとヒッポグリフの間に入ったと思った。だけどそれは思い過ごしで、サラは間に合っていなかったのかもしれない。ドラコは、サラよりも深手を負ったのかもしれない。
「いや、本当はこんなに大きな怪我じゃない」
ドラコは言った。
「サラが庇ってくれたおかげで、僕は大した傷を負わなくて済んだ。ありがとう。
でも、君は大丈夫だったのか? 途中で医務室を抜け出したりして――そりゃ、それは僕の所為だけど――本当に治ったのか?」
サラはホッと胸を撫で下ろす。
「平気よ。この通り、完治しているわ。
でも、それじゃあどうしてまだ包帯を巻いているの? まさか、さっきみたいにパンジーの同情を買うのが目的じゃあ――」
「違うよ。
……これぐらいまでしないと、学校や理事会は、事の重大さを分かってくれない」
サラは眉を顰める。ドラコの言わんとするところを分かりたくなかった。
「僕は許さない。僕や君にこんな大きな怪我を負わせた、奴を――」
「ハグリッドを陥れるつもり……!?」
サラは愕然とする。
「陥れるなんて、人聞きが悪いな。ただ、あんな奴が教職に就くなんて、やっぱり無理だったんだ。それだけさ。僕達には、不服を申し立てる権利がある筈だ」
「私は不服なんて無いわ」
今度は、ドラコが眉を顰めた。
「私の怪我も、ドラコの怪我も、ハグリッドは何も悪くない。ハグリッドの所為じゃないわ」
「あいつがあんな化け物を連れてきた所為で、君はあんな大怪我をする羽目になったんだぞ? あいつは、報いを受けるべきだ。
既に、父上に今回の件は話した。いずれ、奴は訴訟されるだろう」
「ハグリッドは私の友達よ!」
サラは、今にもドラコに掴みかからんばかりの勢いだ。
「やめて。ハグリッドの所為じゃないわ。寧ろ、私の所為よ……!」
「サラ……? 何を言い出すんだ? サラこそ、何も悪くない。サラがあのデカブツを庇って、自分を責める必要は無いんだ」
「別に自虐とかじゃないわ。
だって、ハグリッドはきちんとクラス全員に説明をしていた。ヒッポグリフはプライドが高いから、決して怒らせてはいけないって。だけど、ドラコはそれを聞いていなかったんだわ。ハグリッドの授業を潰す事に一生懸命になっていたから。
あの授業の前、私達が悪ふざけをしてドラコをからかったりしなければ、ドラコもせめてその話ぐらい聞いていたかもしれないのに……っ」
サラが、あの場で大人しくなんてしていなければ。ハリーを振り払っていれば。
「私、少し図に乗ってたわ。その……ドラコが、私がハリーといる事に嫉妬するのを、見てみたいなんて思っちゃって……。だから、ロンに乗せられてハリーが肩を組んできても、拒否せずにドラコの反応を伺ってた……。ごめんなさい……!」
「……」
ドラコは不機嫌そうな面持ちになる。
サラは俯き、ぎゅっとローブを握り締める。
「本当に、ごめんなさい……。
だから、あれは私の所為なのよ。ハグリッドを訴えたりしないで……お願い……」
どうしてこうも、サラは口下手なのだろう。ここでドラコを怒らせてしまえば、尚更ドラコはサラの願いを聞き入れなくなるだろうに。
しかし、ドラコは言った。
「……分かった。ハグリッドについては咎めないよう、父上にお願いしてみるよ」
サラは驚いて顔を上げる。
「だけど、期待しないでくれ。もう父上には事の顛末を話してしまった。一度敵対した相手に、父上は容赦無い。僕如きが父上の決断を覆せるとは思えない」
「ドラコ……本当に……? 私の事、怒ってないの……? 私の願いを聞き入れてくれるの……?」
「そりゃあ、腹は立ってるさ。でも、それとどうしてハグリッドの事が関係あるんだ?」
「だって、ほら。見せしめとか……」
ドラコはふっと笑みを浮かべる。
「言っただろう。サラが一人になるなんて、僕は嫌なんだ。サラが辛い思いをするのは見ていられない。ハグリッドが解雇、最低の場合投獄なんてされたら、君は自分を責めて止まないだろ」
「ありがとう、ドラコ! 大好き!」
そう言って、サラはドラコに抱きついた。突然の事態に、ドラコは硬直する。
「え、ちょ、サラ!?」
サラは我に返り、パッとドラコから離れる。またしても、真っ赤になってしゃがみ込んでしまった。
ドラコは床に肩膝を着き、サラに視線の高さを合わせる。
「それじゃあ、その代わりに約束をしてくれないか」
「……何?」
サラは顔の下半分は腕に埋めたまま、ドラコを見上げる。
「今年はホグズミードへ行ける週末があるだろ? 一回目が来週辺りあると思うけど、僕と一緒に行こう」
サラは、満面の笑みで頷いた。
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The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
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2008/06/23