何も見えない真っ暗闇。どれ程時間が経ったのか、最早定かではない。
いつの間にか眠っていたらしい。エリは、引っ張られるような痛みを感じ、目を覚ました。足元から光が差し込んでいる。どうやら、内側に抜ける事が出来たらしい。
ぼんやりとした頭でふと視線を上に向ければ、自分の上体は誰かに抱え込まれていた。魔力の気配は、見知らぬ者。だが、ずっと昔から知っているような気がした。実の双子であるサラよりも、自分に近いような感覚。その為だろうか、眠気の為だろうか、見知らぬ者だと言うのに随分と安堵した心地だった。
大きな掌がエリの頭をくしゃりと撫でた。
「まだ、寝てなさい」
疲れ切っているようだが、しっかりとした低い声。エリは言われるがままに、再び眠りへと堕ちていった。
No.78
自分の名を呼ぶ声に、エリは目を覚ました。
エリが横たわっているのは、薄暗い部屋の中。アリスが、心配そうな表情でエリを覗き込んでいた。
「アリス……? ここは……?」
「良かった! 目が覚めたのね。こんな所で寝て、風邪ひくわよ」
エリはゆっくりと起き上がる。
アリスは立ち上がり、スカートに付いた埃を払っていた。
「ここが何処なのかなんて、あたしの方が聞きたいわよ。あたし、エリに教えてもらった道が何処に出るかなんて聞いてないもの。ね、ここ何処? 随分と薄気味悪い所よね……。見て、窓なんて全部打ち付けてあるわ。どういうつもりかなぁ……」
アリスの言葉に、エリは辺りを見回す。
埃だらけの部屋。窓は全て内側から板が打ち付けられていて、明かりが入らず薄暗い。
「ここ、『叫びの屋敷』だ」
「叫びの屋敷?」
「そ。俺、ちょっと入ってみようかなって思って、忍び込んだんだ。――そうだ。そう言えば、大人の男がいなかったか?」
「大人? 知らないわ。あたしが来た時にはエリ、ここで寝てたの。傍にいたのは、そこの黒い犬だけよ」
アリスは、ちょうど今部屋を出て行こうとしていた黒犬を指差した。黒犬は、びくりと反応し立ち止まる。
「その犬が、エリの事見ていてくれたみたい。人は誰も見てないわ」
黒犬は無視して部屋から出て行こうとしたが、叶わなかった。大型犬と言えど、憔悴しやせ細った身。エリに軽々と抱きかかえられる。
「そっか。ありがとな。えーと……何か名前付けるか。こいつ、野良だよな?」
「多分ね」
アリスは頷く。エリはニヤリと笑みを浮かべた。
「よぅし! お前、黒いからブラックに決定!」
「それじゃ、逃走中の脱獄犯じゃない!」
知らない女の子達に囲まれているからだろうか。ブラックと命名された黒犬は、緊張に身を固くしている。
「ほら、エリ。ずっと抱き上げていたら可哀想よ。そろそろ下ろしてあげたら? 大体、重くないの?」
「否、重さは無いんだ。こいつ、大きい割りにすっげぇ痩せてるから……」
言いながら、エリは黒犬を床に下ろす。黒犬はもう、逃げようとはしなかった。
アリスがその頭を優しく撫でる。
「可哀想……。ちゃんと食べてないのかも知れないわね……」
「あ、それじゃ俺、ちょうど買ったもんがある! 外にあるから今、取りに――」
言いかけ、エリは「あ」と声を漏らす。
「そうだ……俺、中に入る時詰まったんだ。外、出られないかも……。
アリスはどうやって入ってきたんだ?」
「エリが教えてくれた隠し通路が、ここに通じていたのよ。ここまでは、この猫が案内してくれたわ」
アリスの後ろから、クルックシャンクスが顔を覗かせる。
「この猫、ハーマイオニーの猫よね。随分と賢いみたい。暴れ柳を止めてくれたのも、この猫なのよ。人の言葉も分かるみたいで……」
「へぇ……。じゃ、この床下通ったら、外へ出られる穴があるんだ。そこの横に、俺が買った菓子が置いてある。取ってきてくれるか?」
クルックシャンクスはゆっくりと歩き出し、部屋を出て行った。まるで、本当に人の言葉を理解したかのようだ。
エリは痩せ細った黒犬の身体を抱きしめる。
「待ってろよ、ブラック。今、クルックシャンクスが食べ物を持ってきてくれるからな。
なあ、アリス。犬に菓子って食わせても平気だよな?」
「さあ? 飼った事無いんだもの、あたしも知らないわ。でも、犬って雑食だから大丈夫なんじゃないかしら。お菓子は色々と人口調味料とかあるから、心配だけど……」
「ブラック、お前菓子食えるか?」
「犬自身に聞いたって、分かる訳無いじゃない」
そう言ってアリスは苦笑する。
黒犬は分かっているのか分かっていないのか、尻尾を千切れんばかりに振っていた。少なくとも、食べ物が来るという話は分かっているようだ。
エリは、改めて黒犬をまじまじと見つめる。立ち上がればエリ達ぐらいの子供と同じくらいありそうな、大きな身体。毛は泥に汚れ、まるで骨と皮で出来ているかのように痩せ細っている。一体どれだけの間、食べ物を口にしていないのだろう。
アリスは部屋の内装をきょろきょろと見渡していた。埃にまみれた部屋。打ち付けられた板の間から、細く差し込む外の光。天井や扉の所に張られた、蜘蛛の巣。
「ねえ……エリ。ここ、『叫びの屋敷』って言ったわよね? 何、それ? ここに住んでる人は……?」
「いない、多分。空き家なんだ。夜な夜な妙な叫び声が聞こえる、って噂がある。まあ、簡単に言えばお化け屋敷だな。……どうした? 怖いか?」
アリスの表情を見て、エリはニヤリと笑って尋ねた。
「別に怖くなんてないわよ。ホグワーツにだって、沢山のゴーストがいるじゃない」
「おんやぁ? それじゃ、俺のコートの袖を掴んでる、この手は何かなー?」
「劇薬ぶっかけるわよ」
そういう声に、いつもの覇気は無い。にこりともせず、余裕の無い強張った表情のままだ。
エリは軽く肩を竦め、扉の方に目をやる。クルックシャンクスはまだ戻って来ない。
「……エリ。さっき言ってた大人の男って、どんな感じだった?」
ふと、アリスが恐る恐るといった調子で尋ねた。エリの腕の中で、黒犬がピクリと身体を動かす。
「うーん……。どんな感じと言われてもなぁ……暗くて顔とか見えなかったし」
「じゃ、どうして男って分かったの?」
「声だよ、声。低い声だったんだ。俺、ここに入る穴に挟まって動けなくなっちまって。そいつが引っこ抜いてくれたみたいなんだ。でも、全然気配無いよなぁ……アリスが見てないって言うなら、もう出て行ったのかな」
アリスの顔が段々と青ざめていく。エリは軽く笑った。
「大丈夫だよ。俺を引っこ抜けたって事は、少なくとも実態があるって事だ。それに、そんな怖い感じじゃなかったぜ? 寧ろ、ホッとするような感じだった」
身を硬くしていた黒犬が、尻尾を振り出した。クルックシャンクスが持ってきているお菓子の匂いでも、嗅ぎつけたのだろうか。
アリスはやはり、表情を強張らせたままだ。
「おかしいわよ。ここに入る方法って、あたしが通って来た隠し通路とエリが入って来た穴だけなんでしょ? あたし、ここに来るまでに誰ともすれ違ってないわ。エリがつかえるような穴、大人の男が通るなんて不可能に決まってる。でも、ここには誰もいない。
それじゃ……それじゃ、その人は一体何処から外へ出て行ったの?」
「え……。中から出るなら、板剥がすとか……」
「どうやって外から貼り直すって言うのよ」
「あ、そっか」
「ねえ、早くここでましょう。長くいたくないわ」
「え、ちょっ、アリス!?」
アリスは強引にエリの腕を引っ張って行く。エリの腕から放れた黒犬は、大人しく二人について来ていた。
「待てって。クルックシャンクスはどうするんだよ」
「あの猫なら、自分でちゃんと追ってくるわよ」
アリスの言う通りだった。アリスが通って来た隠し通路を行って間もない内に、クルックシャンクスはお菓子だけでなくエリの荷物を全て持ってやって来た。
「本当に賢いんだな、この猫。
ほら、ブラック。菓子やるよ。どれ食いたい?」
「こんな所で立ち止まらないでよ! ね、エリも明かり出して。杖ぐらい持ってきてるでしょ?」
アリスは小瓶を掲げていた。中には、緑色に発光した液体が入っている。
エリは杖を出すと、小さく唱えた。
「ルーモス」
杖先にぽっと青白い光が灯る。
エリは歩きながら、横を歩く黒犬にお菓子を与える。なるべく咥えながら食べやすい物を選んだのだが、黒犬は落とす事なく上手い事歩きながら食べていた。
「そういえばさ、アリス。お前、何かの動物の言葉が分かったりってするか?」
突然のエリの質問に、アリスはきょとんとして振り返る。
杖と魔法薬の明かりだけでは、相手の表情など全く分からない。
「分からないわよ。どうして?」
「いや……別に、何となく」
アリスは小首を傾げ、細道を先に立って歩いて行く。
隣を歩く黒犬が、エリの横顔をじっと見つめていた。
「私のお母さん、危険な仕事をしてるの。だからだと思う。私が娘だって、世間に明かす事は出来ない。
だから私、絶対魔法使えるようにならなきゃいけないの。強くならなきゃ。お母さんを安心させられるように。お母さんが何の心配もせずに、私を娘だって皆に言えるように」
反応を示さない杖。
それでも、ナミは挫けなかった。認めてもらえるように。安心させられるように。ただそれだけを胸に、精一杯勉強した。足掻き続けた。
そしてそんなナミを、仲間達は支え続けてくれた。ずっとひた隠しにしていたと言うのに。それを責める事もなく、ただ黙ってナミの力になってくれていた。
「ナミ! 芋虫を材料に使わずに縮み薬を作る事って出来ないかな。僕ら、新しい悪戯グッズを開発しようと思っててね。あ、この話、もちろんリリーには内緒だよ?」
「ナミが僕に魔法薬学を教えてくれる代わりに、僕がナミの実技の自習を手伝うよ。それで、お互い様だろう?」
「僕、そんな風に言って貰えたの初めてだよ。ナミだって、十分凄いよ」
「君達と同じ寮なら良かったのにな……スリザリンで無くたっていい。レイブンクロー辺りででも」
「ナミが編入してきて良かった。こんな事、他の誰にも話せないもの」
「――……」
脳裏に浮かびかけたあと一人の仲間を、ナミは記憶からかき消す。
彼は裏切り者だ。彼の裏切りによって、ジェームズやリリーは命を落とした。彼が、ピーターを殺害した。
そして、その前に。往来で十二人も殺害するその前に、彼はナミを裏切った。ナミの言い分を聞かず、シャノンの側についたのだ。だからナミは、再び行方をくらました。
親友達の命を差し出すような裏切り者だ。あんな小さな事でナミを裏切ったのも、当然の事だろう。
「……」
学校から外へと繋がる隠し通路。彼らと共に、何度もここを利用した。
今は崩れて塞がれた通路の壁を、ナミはそっと撫でる。
かつての仲間達の半数以上が欠けてしまった。もう、あの頃に戻る事は二度と出来ない。ただただ純粋で、信じる事を諦めなかったあの頃。
熱い物が込み上げてくる。もう、彼らはいない。ナミが行く事の出来ない所へと逝ってしまった。
仲間達のみならず、全ての元凶であるシャノンも。養女として引き取ったサラを残し、逝ってしまった。結局、彼女がナミを認める事は無かった。そしてそれは、実の娘であるサラも同様。あの子も彼女と同じだ。サラがナミを母と認める事は無い。
当然だ。ナミは、サラを遠ざけた。自分が認められないのが怖くて、自らサラを認めなかった。もう、やり直す事は出来ない。
シャノンが残して行ったこの鎖の鍵は、一体何処にあるのだろうか。そもそも、その鍵は存在するのだろうか。
ナミが談話室へと戻った頃には、もうホグズミードへ行っていた生徒達は帰って来ていた。ロンが、ハリーにホグズミードの土産話をして聞かせている。
ウキウキと弾んだ声がざわめく中、剣呑な空気を醸し出している者がいた。サラだ。サラは長椅子の隅の方に座り、のっぺりとした無表情でじっと暖炉の火を見つめていた。
ナミは目をパチクリさせ、ハーマイオニーにこっそり問うた。
「サラ、何があったの? 今日はマルフォイとデートだったんでしょ?」
「さあ……。聞いても、答えようとしないのよ。何にせよ、こんな人の多い所じゃ話そうとしないでしょうけど。大方、デートをパンジーにでも邪魔されたんじゃないかしら。
ナミ達は何をしていたの? 宿題はやった?」
「んー……、まあまあ。結局私達、特に一緒にはいなかったよね」
ハーマイオニーの問いかけには曖昧に答え、ナミはハリーへと話を振った。
ハリーはこくりと頷く。
「ルーピンが部屋で紅茶を入れてくれたんだ。それから、スネイプが来て……それで、薬を持ってきてたんだ。ルーピンは特に驚いた様子でもなかった。元々そういう手筈だったみたいで。でも、あのスネイプが煎じた薬だよ? ゴブレットからは煙が立ち上っていて……」
ハリーは、その薬がどんなに酷い様子だったかを事細かに話した。ハリーは遠回しに止めた事。けれど、ルーピンは疑う様子も無かった事。
話し終えた時、ロンは口を半開きにし唖然としていた。
「ルーピンが、それを飲んだって? 本当に?」
「そろそろ降りた方がいいわ。宴会があと五分で始まっちゃう……」
ハーマイオニーが言い、五人は急いで肖像画の穴から談話室を出て行った。
周りがハロウィン・パーティーの話で持ちきりになっても、ロンはまだスネイプの話を続けていた。
「だけど、もしスネイプが……ねえ……」
ナミは呆れたように溜息を吐く。
「いくらスネイプ先生でも、毒を盛ったりなんてしないでしょうよ。ルーピン先生は持病持ちらしいから、その薬なんじゃない?」
「ナミ!」
あまりにもハッキリと毒と言う単語を持ち出したナミに、ハーマイオニーが咎めるような声を上げる。
そして辺りを注意深く見回し、続けた。
「でも、ナミの言う通りだわ。もし、スネイプが本当に『そのつもり』だったら、ハリーの目の前ではやらないでしょうね」
「ウン、多分」
同意しながらも、ハリーは不安げな様子だった。
サラが肩を竦める。
「寧ろ、薬より他の物に注意した方がいいかもしれないわね。その薬を運ぶ役割を担っているって事は、スネイプは当然ルーピンの部屋に易々と入れる訳でしょう? 私が毒を混ぜるなら、自分が持って行く薬よりも紅茶や砂糖に混ぜるわ」
「だから、彼はそんな事しないってば」
ナミは苦笑する。
ハロウィンの飾り付けが施された大広間へ到着すると、ナミは四人と別れてラベンダーとパーバティの方へと向かった。彼女達も他の生徒達と同じく、ホグズミードの話に花を咲かせていた。
ラベンダーはデザートのカボチャパイをおかわりしながら、ナミに言った。
「ナミも来られれば良かったのに。残念だわ」
「本当。ねえ、ナミの保護者ってどうなっているの? まだ未成年だもの。いない訳ではないでしょう?」
「んー……まあ……」
そこまで細かくは考えていなかった。
ナミが返答に困っていると、ちょうどデザートが皿から消えダンブルドアが立ち上がった。いつもながらの短い言葉。そして、ナミ達はグリフィンドール寮へと戻っていく。
太った婦人の肖像画が掛けられている廊下まで来ると、生徒達でごった返していた。皆進まず、どんどん後が来て詰まっている。
「どうしたのかしら? ラベンダー、何か見える?」
「何も。大体、私だって貴女達と大して身長変わらないじゃない」
ナミは背伸びをして前の方を見る。気配を探っても、談話室へ入っていく者はいない。
「肖像画が閉まってるのかな。婦人がお出かけ中?」
だが、ここ何年も寮の出入り口を勤めている婦人だ。夕食の終わる時刻は分かりきっている筈。それが、今日に限っていないなど……。
妙な胸騒ぎがして、ナミは人垣の間に突っ込んで行った。ラベンダーとパーバティの呼ぶ声がしたが、構わない。人ごみの間を縫って、前へ前へと進んでいく。
なかなか前へと進む事が出来ない。やがてパーシーが現れ、ナミはその後ろに続いて付いて行く事にした。堂々と生徒達を掻き分けるパーシーのお陰で、楽々と前に進む事が出来る。
生徒達に呼びかけるパーシーの言葉は、途中で途切れた。ナミは呆然としてその場に立ち尽くす。
咄嗟にきょろきょろと辺りを見回した。人ごみの中、目的の人物は見つからない。
心臓が鷲掴みにされたようだった。冷水を浴びせられたかのような寒気が、ナミを襲う。ハリーは。ハリーは無事なのか。そして、もう一人。
「ああ、なんて事――」
聞き慣れた声がし、ナミはそちらへと人ごみを掻き分けて向かう。ハーマイオニーがそこにいた。ハリー、ロン、そしてサラも一緒にいる。四人は一様に肖像画の掛けられていた部分を愕然と見つめていた。
太った婦人の肖像画は滅多切りにされ、見るも無残な状態だった。そしてピーブズが、婦人からその犯人の名を聞いていた。
シリウス・ブラック。
ピーブズは、ニヤニヤと笑みを浮かべてその名を口にしていた。
グリフィンドール生だけでなく、他の寮生達も皆、今夜は大広間で眠る事になった。グリフィンドールの入口が襲撃にあった今、他の寮とて安全の保証は無いからだ。
ダンブルドアが出した寝袋を引きずり、サラはハリー達と共に大広間の隅の方へと行った。
皆ブラックがどのようにしてホグワーツに入ったのかと話していたが、どれも不可能だとはっきり分かっている方法ばかりだった。考えたところで、ブラックが入り込んだ方法など分かりそうも無い。
サラは壁に寄りかかり、大広間を見渡す。集まった全校生徒。ドラコ達は、離れた所にいた。一緒にいるのは、ビンセントとグレゴリー。良かった、パンジーは一緒では無いらしい。
ホッと息を吐き、ハーマイオニーとハリーの間に並んで寝転がる。
例え四人でも、別に良かったのだ。いつもと同じではあるが、それでも初めての町。十分に楽しむ事が出来た。……途中までは。
半分ほど店を回り、バタービールを飲みに三本の箒へと入った時だった。空いている席が少なく、ようやく見つけた席の近くには、パンジーが友人のダフネ・グリーングラスと一緒に座っていた。
邪魔に入られると思ったが、その逆だった。パンジーは席を立ったのだ。そして、そのままパブを出て行こうとした。
安堵するサラを他所に、何故かそれをドラコが止めたのだ。
「最近、僕の事避けてないか?」
ドラコはそう言っていた。
二人の間で何があったのかは分からない。ただ、パンジーは答えなかった。何も答えず、パンジーは駆け去って行った。……泣いているようだった。
呆然とその背を見送っていると、ドラコが駆け出したのだ。
そう、ドラコはパンジーを追って行ってしまった。その後はビンセントとグレゴリーと一緒に三人で回ったが、人の多い町の中、ドラコと会う事は出来なかった。
あの後、一体どうしたのだろう。ドラコを信じつつも、不安が渦巻く。
又、腹立たしくもあった。ドラコはサラを置いて、パンジーを追って行ったのだ。それを思うと、明日、ドラコにどう接して良いか分からなかった。
「灯りを消すぞ! 全員寝袋に入って、お喋りはやめ!」
パーシーの怒鳴り声がし、蝋燭の火が消された。大広間は一気に暗闇に包まれる。ぼんやりとしたゴーストの銀色の光と、天井に瞬く星が残された明かりだった。
何時間経っても、眠れやしない。一時間毎に教員が確認に来るから、時間を計る事は出来た。
夜中の三時頃になって、ダンブルドアが大広間へとやって来た。パーシーは寝袋の間の巡回を中断し、ダンブルドアの方へと向かう。
「先生、何か手がかりは?」
「いや。ここは大丈夫かの?」
「異常無しです」
「よろしい。何も今直ぐ全員を移動させる事はあるまい。グリフィンドールの門番には臨時の者を見つけておいた。明日になったら皆を寮に移動させるが良い」
「それで、『太った婦人』は?」
「三階のアーガイルシャーの地図の絵に隠れておる。合言葉を言わないブラックを通すのを拒んだらしいのう。それでブラックが襲った。婦人はまだ非常に動転しておるが、落ち着いてきたらフィルチに言って婦人を修復させようぞ」
大広間の戸が開く音がした。入って来た気配は、スネイプの物だ。
「校長ですか?」
暗闇の中スネイプは確認し、報告する。
「四回は隈なく捜しました。奴はおりません。更にフィルチが地下牢を捜しましたが、そこにも何も無しです」
「天文台の塔はどうかね? トレローニー先生の部屋は? ふくろう小屋は?」
「全て捜しましたが……」
「セブルス、ご苦労じゃった。わしも、ブラックがいつまでもグズグズ残っているとは思っておらなかった」
「校長、奴がどうやって入ったか、何か思い当たる事がおありですか?」
ハリーが隣でごそごそと動いた。
サラは目を閉じ、全神経を耳に集中させる。
「セブルス、色々とあるが、どれもこれもあり得ない事でな」
「校長、先日の我々の会話を覚えておいででしょうな。確か……あー……学期が始まった時の?」
パーシーの当惑した表情が見えるかのようだった。
ダンブルドアは「いかにも」と頷く。その声の調子には、警告めいた響きがあった。
「どうも……内部の者の手引き無しには、ブラックが本校に入るのは殆ど不可能かと。私は、しかとご忠告申し上げました。校長が任命を――」
「そこまでにしな、セブルス」
割って入った声は、ナミのものだった。
「ブラックは狡賢い奴だ。それはセブルスもよく知ってるでしょ? 私は内部犯なんて疑わない。貴方が言ってるのが誰なのかは、容易に想像がつく。でも、彼は絶対にそんな事しない。彼は私の親友だよ。その彼を疑うって言うなら、私も同じじゃない?」
「我輩は貴様に話してなどおらん。これは私情でなく、教師間の問題だ。ウィーズリー、ミス・モリイを寝かしつけたまえ」
「え。あ、あら〜っ。パーシーじゃない。いたの? 言ってくださいよ、スネイプ先生ー」
パーシーは当惑している様子だった。
サラは呆れて溜息を吐く。パーシーがいる事ぐらい、気配を確認すれば分かっただろうに。間抜けな奴だ。
「この城の内部の者がブラックの手引きをしたとは、わしは考えておらん」
更に続けようとしたスネイプの言葉を遮り、ダンブルドアは毅然とした態度で言い放った。
「わしは吸魂鬼達に会いに行かねばならん。捜索が終わったら知らせると言ってあるのでな」
「先生、吸魂鬼は手伝おうとは言わなかったのですか?」
パーシーが口を挟んだ。
「おお、言ったとも」
そう答えたダンブルドアの口調は、珍しく冷ややかだった。
「わしが校長職にある限り、吸魂鬼にはこの城の敷居は跨がせん」
ダンブルドアは足早に大広間を出て行った。ややあってスネイプも出て行き、ナミはパーシーが動く前に自ら寝袋へと戻っていった。
――内部の手引き……ナミの親友……。
図書館で見た過去の名簿がサラの脳裏に蘇る。同期の者達。死した人々と残った人々。
ナミ・モリイ、セブルス・スネイプ、リーマス・ルーピン。そしてとうとう、シリウス・ブラックは侵入を果たした。この集結に、何か意味があるのだろうか。
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The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
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2009/03/30