扉を開くと、そこにはハグリッドと、今年入学する一年生達。
「マクゴナガル教授。イッチ年生の皆さんです」
「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」
マクゴナガルは大きく扉を開けた。一年生がぞろぞろと入ってくる。
マクゴナガルは一年生をホール脇の空き部屋に通し、挨拶と説明をしながらその不安そうな面々を見回した。
――いた……。
小さくてなかなか見つからなかったが、間違えようもなかった。違うのは髪と目の色だけで、彼女に瓜二つだ。
「学校側の準備が出来たら戻ってきますから、静かに待っていて下さい」
そう言い残し、マクゴナガルは部屋を出て行った。
部屋の扉を閉めた所で、少し立ち止まる。
本当に驚いた。よく似ているとは聞いていたが、あそこまでそっくりだとは。
――彼女と同じ事にならなければいいけど……。
自分の行いに後悔していた旧友。彼女の周りの人々は、ことごとくいなくなった。友人も、幼馴染も、夫も、娘も……決して、彼女に非があった訳ではないのに。
マクゴナガルは部屋の戸に少し目をやると、ホールへと入っていった。
No.8
「ねぇ、ドラコ。貴女の父親、学校の理事をやってるなら知ってるわよね? 寮って、どうやって分けるの? どの本にも書いてなかったのよ」
マクゴナガルが部屋を出て行くと、サラはドラコに聞いた。ドラコは呆れたように言う。
「本当に親から何も聞いてないんだな。僕もよく分からないんだけど、僕達は帽子を被るだけらしい。それで如何して分かるのかは疑問なんだけど」
「帽子?」
確かに、よく分からない。それでどうやって決まると言うのだろう。
その時突然、隣にいたグレゴリーが飛び上がってサラをビンセントとの間に押しつぶしそうになった。危機一髪、ドラコが二人の間からサラを引き寄せ、何とか潰されずに済む。
「如何し……」
言いかけ、ドラコは息を呑んだ。
さっきまでグレゴリーが寄りかかっていた壁から、ゴーストが二十人ぐらい現れて、部屋を横切っていた。
皆真珠のように白く透き通っていて、一年生の方には見向きもせずに何やら議論している。
太った小柄なゴーストが言った。
「もう許して忘れなされ。彼にもう一度だけチャンスを与えましょうぞ」
「修道士さん。ピーブズには、あいつにとって充分すぎるぐらいのチャンスをやったじゃないか。我々の面汚しですよ。しかも、ご存知のように、奴は本当のゴーストじゃない。
――おや、君達、ここで何してるんだい」
ひだのある襟がついた服を着、タイツをはいたゴーストが、サラ達に気づいて声を掛けた。
「マクゴナガルって先生が、ここで待ってろって言ったんだ」
エリだった。所々で、おおっとどよめきが上がる。
太った修道士がエリを見て、それから一年生全員に微笑みかけた。
「新入生じゃな。これから組分けされる所という事か?」
ゴーストの近くにいた生徒が二、三人、頷いた。
「ハッフルパフで会えると良いな。わしはそこの卒業生じゃからの」
「さあ行きますよ」
マクゴナガルだった。いつの間にか戻ってきたらしい。
ゴーストはふわふわと漂い、壁を抜けて出て行った。
「組分け儀式が間も無く始まります。さあ、一列になって。ついて来て下さい」
マクゴナガルについて部屋を出て再び玄関ホールに戻り、そこから二重扉を通って大広間に入った。
これまでもそうだったが、今までに見た事がないような光景だった。何千と言う蝋燭が宙に浮かび、四つのテーブルを照らしている。テーブルには上級生達が着席し、キラキラと輝く金色のお皿とゴブレットが置いてあった。広間の奥にもう一つテーブルがあり、そこには教師達が座っていた。本に書いてあったとおり、天井には魔法がかけられ、まるで本物の空のように星々が輝いている。
マクゴナガルは上座のテーブルの所までサラ達一年生を引率し、上級生の方に顔を向け、教師達に背を向ける格好で一列に並ばせた。何百という顔が一年生を見つめている。
一年生の前に、四本足のスツールが置かれた。椅子の上にはダイアゴン横丁の人々が被っていたようなとんがり帽子が置かれている。
帽子を被るとは、まさかあれの事だろうか。その帽子はつぎはぎだらけで汚らしかった。出来る事なら、あまり被りたくは無いような帽子だ。
そんな事を考えながら帽子を見つめていると、突然、帽子がぴくぴくと動いた。そしてつばのへりの破れ目が口のように開き、歌いだした。
歌が終わると、広間にいた全員が拍手喝采した。……やはり、被るのはこの帽子らしい。
マクゴナガルが、長い羊皮紙の巻紙を手にして前に進み出た。
「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組分けを受けて下さい。――アボット・ハンナ!」
ピンク色の頬をした、金髪のおさげの少女が転がるようにして前に出てきた。
帽子を被ると、目が隠れる。腰掛け、一瞬の沈黙の後、帽子は叫んだ。
「ハッフルパフ!」
右側のテーブルから歓声と拍手が上がり、ハンナはハッフルパフのテーブルに着いた。
皆、時間に個人差はあれども同じようにして決まっていく。
そして――
「シャノン・サラ!」
サラが進み出ると、突然広間中にシーッと言う囁き声が広がった。これは、サラもハリーも同じ反応だった。
帽子を被り、目の前が暗闇になった。じっと待っていると、「ふーむ」と低い声が帽子の中で聞こえた。
――話せる?
それならば、交渉できるかもしれない。
エリは、サラは絶対スリザリンだろうと言った。だが、そんなのは絶対に嫌だ。
「ほぅ? スリザリンは嫌なのかね? それは確かかね? 君は偉大になれる可能性があるんだよ。いや、確実になれるだろう。スリザリンに入れば、間違いなくその道が開ける。君の場合、確かに他の寮にも見合ったものを持っている。勇気もある。頭も良いし、今までは毎日苦痛に耐えてきた。だが、君は是非スリザリンに行くべきだと思うがね。君ほどスリザリン向きの子は、今までに一人しかいなかった。――それでも嫌なのかね? よろしい。
それならば……『グリフィンドール』!」
帽子は、最後の言葉を広間全体に向かって叫んだ。
サラはラベンダー色のカチューシャが外れぬよう注意して帽子を脱ぎ、ホッとしてグリフィンドールの席へと向かった。スリザリンに入らずに済んだ。何故だか分からないが、自分はグリフィンドールかスリザリン、それもスリザリンの可能性の方が高いのではないかという気がしてならなかったのだ。
席に着くと、ハグリッドと目が合った。ハグリッドは親指を上げて「良かった」とサラに合図した。
本当に良かった。自分はスリザリンではなかったのだ。
組分けは「アボット・ハンナ――ハッフルパフ」で始まり、どんどんと進んだ。
エリは手に汗を掻いている事に気づき、ローブで拭く。
ここまで緊張したのは初めてだった。運動会やマラソン大会などで緊張するほど野暮ではないし、寧ろ代表委員だとか実行委員だとか、目立つ事を割りとやってきた。それでも、今までこんなに緊張なんてしなかったのに……。
「モリイ・エリ!」
名前を呼ばれ、エリは慌てて前に出た。
椅子に座り、帽子をぐい、と被る。
「ふむ……君は、ナミの娘だね?」
「うっわ! こいつ、喋った!!」
広間に笑い声が広がったのが分かった。思わず立ち上がっていたエリは、そろそろと座る。
歌うだけではなく会話が出来るとは、流石は魔法だ。歌うだけなら、マグルにだって創れる。
「わしをマグルの玩具と一緒にするでない。ふむ……君は、随分変わった子だ」
変人と言われたみたいで少し傷つく。
「別にそういった意味ではない。本来ならば、君はグリフィンドールかスリザリンに入れる所なのだがね……君は違う。これまでと違った方向へと導く者になるだろう」
――これまで、って……?
「すると君はレイブンクローかハッフルパフになる。そうとなれば、一目瞭然じゃ。君も自分で分かっている事だろう」
さり気なく失礼な事を言う。
でも、その通りだという事が悲しい。
「君には忍耐力がある。耐え忍び、陰で努力をしてきた。当然――『ハッフルパフ』!」
帽子は叫び、一番右のテーブルから拍手と歓声が上がった。
フレッド、ジョージ、リーがガッカリしているのが見えた。エリも三人と一緒じゃないのは残念だが、別に、寮が違ったって同じ校内にいるのだから会おうと思えば会える。
ハッフルパフにはどんな人々がいるのだろう。エリは、これからの出会いに胸を弾ませていた。
最後の「ザビニ・ブレーズ――スリザリン」で組分けは終了し、マクゴナガルはクルクルと巻紙をしまい、帽子を片付けた。
ダンブルドアが立ち上がり、腕を大きく広げた。
「おめでとう! ホグワーツの新入生、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせて頂きたい。では、いきますぞ。そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上!」
ダンブルドアはそれだけで席に着き、出席者全員拍手喝采した。
サラはただ、呆気に取られていた。小学校の始業式での校長の挨拶なんて、どんなに長かった事か。ダンブルドアのは本当に二言、三言だ。
気がつけば、目の前にある大皿は食べ物でいっぱいになっていた。サラはざっとそれを見回す。
ローストビーフ、ローストチキン、ポークチョップ、ラムチョップ、ソーセージ、ベーコン、ステーキ、茹でたポテト、グリルポテト、フレンチフライ、ヨークシャープディング、豆、にんじん、グレービー、ケチャップ、そして何故かハッカ入りキャンディ。
野菜が少ない。最初に思ったのはそれだった。こんなにも少なくて、栄養バランスはいいのだろうか。
そう考えつつも、サラは肉ばかりお皿に取る。取ろうとしなくても、周りがやたら進めてきた。
正面にはハリーが座っていて、彼も周りから色々と勧められながら食べていた。
「あの……サラ」
いくつめかのローストチキンを食べている時、ハリーの隣に座っているロンがおずおずと切り出した。
「ちょっと待って」
食べかけのチキンを平らげてから、サラは顔を上げた。
「何?」
「汽車の中での事さ、ごめん。サラの事、純血主義者なんじゃないかって疑っちゃって。マルフォイといたもんだから、つい……。でも、グリフィンドールに入ったって事は、違うんだよね? それに君は本当に、僕達の家族とかを見下したりはしてないんだよね?」
「当たり前じゃない! 見下す理由が無いわ。良かったわ、誤解が解けたみたいで」
「でも、如何してあんな奴と一緒にいたんだい? ボートも一緒に乗ってたし……」
「親しくなったから、かしら。コンパートメントが同じだったのよ。ホームで会ってね。貴方、彼の家は闇の陣営だった、って言ったけど、それって親の事でしょう? 親と子供は関係ないわよ。ドラコ、父親を尊敬してるみたいだけど……でも、それって、普通の事でしょう? 普通なら、親ってだけで尊敬するんじゃないかしら。特に男の子は父親を尊敬して、女の子は母親に懐く傾向が強いみたいね」
「『普通は』って……君は違うの?」
「ロン!」
ハリーが口を挟んだ。ロンが訝しげに振り返れば、「それは駄目だ」と言う風に首を振る。
「貴方、知らないの?」
サラの隣に座っていたハーマイオニーが、ロンに向かって小馬鹿にした様な口調で言った。
「サラって、シャノンの養女よ? 今住んでるのは、シャノンの親戚の家だわ。息子夫婦だったかしら。でも、息子って言っても、結婚相手の連れ子らしいけど」
「ハーマイオニー!」
ハリーが腰を浮かせた。
「別に構わないわよ。気にして無いから」
サラは軽く肩をすくめて言った。
第一、それは違った。祖母は、本当にサラ達の祖母でもあったのだ。サラは実の親に捨てられ、嫌われていたのだ。その事実に比べれば、世間一般に知れている事など、大した事は無い。
正面の男子達がグリフィンドールのゴースト、「殆ど首なしニック」と会話している時、ふとハッフルパフの席を見れば、エリと目が合った。
エリはぎくりと硬直する。恐らく、マグルの小学校での事でも話していたのだろう。否、周りの子達はきょとんとしているから、これから話すところか。
とりあえず、にっこりと笑っておいた。エリは慌てて目を逸らした。
「如何したの、サラ?」
ハーマイオニーがエクレアを取りながら私を見た。いつの間にか、お皿には今度はデザートが並んでいる。
「エリと目が合ったの」
サラは甘そうなものは避けて皿に取りながら、返した。
ハーマイオニーはハッフルパフの方を眺める。
「ああ……そう言えば、彼女、ハッフルパフに入ったわよね。私、てっきりエリはグリフィンドールだとばかり思っていたわ」
「君達、エリの友達なのかい?」
ハリーの隣にいた筈の赤毛で眼鏡の上級生が、いつの間にかハーマイオニーの向こう側に来ていた。
ハーマイオニーが答えた。
「ええ。汽車の中で、一緒にネビルのヒキガエルを捜してくれて……若しかして、貴方、ウィーズリー家の人? エリが言ってたわ。夏休み、貴方達の家に行ったって……」
「ああ。僕はパーシーだ。監督生だから、何かわからない事があったら何でも聞いてね」
それからサラの方を見た。
「それで――まさかとは思うけど、エリが言ってた『双子の姉のサラ』って、君の事?」
「ええ、そうよ。血は繋がってないし、私はシャノンの幼女だから、姓は違うけどね」
パーシーは目を丸くして、ハッフルパフの席の方を見た。エリは、身を乗り出して同じ寮の生徒達と楽しそうに話している。
サラはそれを一瞥し、パーシーに聞いた。
「授業は、どんな事をするんですか? 私、魔法学校なんて始めてだから……」
ハーマイオニーも口を挟んだ。
「ほんとよね。早く始まればいいのに。勉強する事がいっぱいあるんですもの。私、特に変身術に興味があるの。ほら、何かを他の物に変えるっていう術。もちろん凄く難しいって言われてるけど……」
「始めは小さな物から試すんだよ。マッチを針に変えるとか」
「『闇の魔術に対する防衛術』っていうのは、何をするんですか?」
「名前の通りだよ。闇の魔術に対抗する手段を学ぶんだ。クィレル先生が担当している。ほら、あの先生だ」
パーシーは、教職員の席を指差した。
クィレル先生は、「漏れ鍋」で会った時とは違い、大きな紫色のターバンを頭に巻きつけている。……そして、二人分の気配を纏っている。
サラは首を傾げる。今まで、二人分の気配を纏った人なんて会った事が無かった。
「イタッ!」
突然、正面に座っていたハリーが小さく叫んだ。片手で額を覆っている。
「如何したの?」
「な、何でもない。――あそこでクィレル先生と話しているのは何方ですか」
ハリーはパーシーに尋ねた。
「おや、クィレル先生はもう知ってるんだね。あれはスネイプ先生だ。どうりでクィレル先生がオドオドしている訳だ。スネイプ先生は魔法薬学を教えているんだが、本当はその学科は教えたくないらしい。クィレルの席を狙ってるって、皆知ってるよ。闇の魔術に凄く詳しいんだ、スネイプって」
スネイプ先生は、ねっとりした黒髪、鉤鼻、土気色の顔をしていた。
それにしても、ホグワーツは変わった容姿の先生が多い。
とうとうデザートが消え、ダンブルドアが再び立ち上がった。それだけで、広間中がしーんと静まり返る。
ダンブルドアは咳払いし、話し始めた。
「全員良く食べ、良く飲んだことじゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。一年生に注意しておくが、校内にある森に入ってはならぬ。これは上級生にも、何人かの生徒達に特に注意しておく」
ダンブルドアはキラキラと輝く目で、グリフィンドールの席にいる双子らしき二人を見た。赤毛だから、恐らくウィーズリーだろう。すると、エリが言っていたフレッドとジョージだろうか。
「管理人のフィルチさんから、授業の合間に廊下で魔法を使わないようにという注意があった。
また、今学期は二週目にクィディッチの予選がある。寮のチームに参加したい人は、マダム・フーチに連絡して下さい。
最後になるが、とても痛い死に方をしたくない者は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはならん」
四階に、何があるのだろうか。
ほんの少数の生徒は笑っていた。ハリーもその一人だった。
「真面目に言ってるんじゃないよね?」
ハリーがパーシーに向かって呟いているのが聞こえた。
「いや、真面目だよ。変だな、何処か立ち入り禁止の場所がある時は必ず理由を説明してくれるのに……森には危険な動物が沢山いるし、それは誰でも知っている。せめて僕達監督生には訳を言ってくれても良かったのに」
訳の分からぬ歌を歌い、サラ達一年生はパーシーの案内で、グリフィンドールの寮へ向かった。
兎に角眠かった。日本時間ではもう、朝だろう。徹夜をしたのと同じ訳だ。
あまりに眠かったから、サラはうっかり魔法を使ってしまった。
階段を上り、廊下を渡り、隠し扉を抜け、またいくつもの階段を上っていたときだった。突然、皆が止まった。
――眠いのに……。
前方に一束もの杖が浮いている。パーシーが一歩前進すると、杖がバラバラと飛び掛ってきた。眠気でぼーっとしながらも、サラの方へきた物はもちろん弾き返す。
「ピーブズだ――ポルターガイストのピーブズだよ」
パーシーが一年生に囁いた。
そして大声でピーブズに話しかける前に、ピーブズは姿を現わした。
見えない手で首を絞められているかのように喘いでいる。
「な――っ!?」
パーシーも驚きで目を見開いている。
一体、誰が? ハリーは辺りを見回した――そして、気づいた。サラが、ピーブズから目を逸らさぬようにし、口元には笑みを浮かべている。
――サラ……!?
パーシーは通りがかった同じ寮の上級生を呼び止めた。
「君達! 先生を呼んできてくれ! 誰が、こんな事を――ゴーストと同じような存在のピーブズに手を出せるなんて――」
ハリーは一年生の間を縫って、サラの所まで行った。ロンが呼び止めるが、振り返らない。
「サラ!」
小さく囁くように叫び、サラの肩を掴んで揺さぶった。
サラはハッとしたような表情になり、俯く。ピーブズは解放され、尻尾を巻いて逃げていった。
サラの顔はみるみる青くなり、二、三歩後ずさったかと思うと、その場から逃げるようにして駆け出した。
「サラ!!」
Back
Next
「
The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
」
目次へ
2007/01/06