クィディッチでのハッフルパフ・チームの敗退によって、グリフィンドール・チームは一斉に火が点いた。ウッドも熱が入り、どんなに強い雨が降ろうと練習は行われた。
練習、授業、宿題、それらの合間を縫って、サラは図書館に入り浸っていた。特に約束をしていた訳では無いが、昼休みには再びドラコ達も来るようになった。
「あれから、アリスはどう?」
本のページを捲りながら、サラは尋ねた。
「一年生の頃みたいな様子に、戻りつつあるよ。辛い目に遭ったんだ、思うところもあるだろうけど、僕が見ている限りアリスは明るく振舞ってる。アリスに話しかける子も突然増えたな。まあ、天文台の件の犯人だとは思われたくないだろうからな」
「そうね」
ドラコは、パンジーがアリスを庇った事を知らなかった。皆が慌てたようにアリスに構うのは、天文台から突き落とした犯人として疑われる事を恐れていると思っているらしい。パンジー自身が伝えないのならば、サラから真実をドラコに教えるつもりは無い。
授業の時間が近付き、四人は片付け始める。
広げていた本を重ねながら、ドラコが思い出したように言った。
「そうだ。今年は家に帰れるんだ。また来ないか?」
「ありがとう。でも、ごめんなさい。今年は、学校にいなきゃいけないのよ。ほら、シリウス・ブラックの件で……」
「ああ……」
ドラコはやや残念そうに相槌を打つ。
ハリーとサラは、監視下にいなくてはいけない。城から出られるのは、クィディッチの練習とホグズミードの時ぐらいだ。尤もホグズミードの方は、ハリーは行く事が出来ないが。
「それと、次のホグズミードも今回は別で回りたいの。そこで、クリスマスの買い物をしたいから」
「ああ、うん」
ドラコと一緒でないとなると、ロンやハーマイオニーと一緒に行く事になる。予想はついたのだろうが、ドラコはその事に触れなかった。
本と鞄を抱え込み、席を離れる。
今日も、父親探しについて大した収穫は無かった。
「やっぱり、本で調べるのは無理があるのかしらね。でも、知っている人達は口を割ってくれそうにないし……。ハグリッドなら、鎌を掛ければ何か引き出せるかしら」
「……」
「どうして隠すのか、理解出来ないわ。子供が実の父親を知りたい、会いたいと思うのなんて、邪魔するような事じゃないじゃない。いっそ、あの家を離れて本当のお父さんと暮らせると良いんだけど」
そう言ってサラは微笑う。
ドラコは黙って、サラの横顔を見つめていた。
No.87
学期最後の週末、ハリーとナミ以外の三年生は皆ホグズミードへと出かけて行った。ロン、ハーマイオニー、サラを見送り、二人は大理石の階段を寮へと帰って行く。
「ハリーはこの後、どうする?」
「読書しようかと思ってるよ。ウッドが、『賢い箒の選び方』を貸してくれたんだ」
「新しいの、早く買わないとねぇ……。学校の箒は酷いもんね」
ナミの言葉に、ハリーは「え?」と呟く。
きょとんとするナミに、ハリーは言った。
「ナミ、ホグワーツの箒使った事あるの? 飛行訓練は一年生の時だけなのに……」
「え、あっ。エリやアリスから聞いてて。――新しい箒だけど、ニンバスの2001は? 前のも、ニンバスだったんでしょ?」
「スリザリンのと一緒だ。マルフォイが良いと思ってる奴なんて、嫌だ」
ハリーの言い分に、ナミは苦笑する。
「あと聞いた事あるのは、コメットぐらいだなあ……。サラもニンバスなんだよね? エリのはあれ、何の種類だったんだろ。十一月頭の試合見た限りじゃ、結構速いじゃない?」
「うん、あれもいいよね」
「暇だし、私も調べるの手伝うよ。サラやエリほどの知識は無いから、役に立てるか分からないけど……」
「ありがとう」
四階の廊下の中ほどまで来ると、突然何処からか声を掛けられた。見れば、フレッドとジョージが隻眼の魔女の像の後ろから顔を覗かせている。
ハリーが目をパチクリさせて返事をした。
「何してるんだい? どうしてホグズミードに行かないの?」
「行く前に、君達にお祭り気分を分けてあげようかと思って」
そう言って、フレッドはウィンクする。
フレッドの合図に従い、ハリーとナミは二人の後に続いて空っぽの教室の中へと入って行った。
ジョージは辺りに人がいないのを確認して扉を閉め、振り向いて悪戯っぽく笑った。
「一足早いクリスマス・プレゼントだ」
フレッドがマントの下から何かを取り出した。机の上に広げられたのは、古びた羊皮紙だ。何も書かれていない。
「何なの?」
ナミが目を輝かせて尋ねた。フレッドとジョージの事だ。これが、ただの無地の羊皮紙な訳が無い。
ハリーは訝しげな様子だった。
「僕達の成功の秘訣さ」
ジョージは羊皮紙をいとおしげに撫でる。
フレッドが続けて言った。
「君にやるのは実におしいぜ。でも、これが必要なのは俺達より君達だって、昨日の夜そう決意したんだ」
「それに、僕達はもう暗記してるしな。
我々は汝にこれを譲る。僕達には、もう必要無いからな」
「古い羊皮紙の切れ端の何が僕らに必要なの?」
「古い羊皮紙の切れ端だって!」
フレッドは大仰に顔を顰める。そして二人は、芝居がかった口調でこの羊皮紙を手に入れた経緯、そしてこれがいかに役立ったかを語った。
ハリーはまだ、半信半疑の様子だった。古ぼけた羊皮紙を見て、言う。
「僕をからかってるんだね」
「へぇ、からかってるかい?」
ジョージが言って、杖を取り出した。そして、羊皮紙に軽く触れる。
続いてジョージが唱えた言葉に、ナミは目を見張った。
「我、ここに誓う。我、良からぬ事を企む者なり」
――嘘。
ナミはパッと羊皮紙から顔を上げ、ジョージを見つめる。フレッドもジョージも、ナミの表情を別の意味に取ったらしく、得意気な様子だった。
羊皮紙には、インクの線が現れていた。蜘蛛の巣のように広がった線は、彼方此方で繋がったり交差したりして、やがて一つの大きな地図をそこに映し出した。一番上に現れた緑色の文字を、ナミはじっと見つめる。
『ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ――我ら『魔法悪戯仕掛人』の御用達商人がお届けする自慢の品』
ナミは、これが計画段階だった時点でホグワーツを去ってしまった。話には出ていたが、彼らは本当に作ってのけたのだ。
親しかった四人のあだ名をナミが見つめている内に、ハリー達の話は進んでいた。
ふと我に返ると、フレッドが抜け道について説明していた。
「待って」
盛り上がる三人の間にナミは口を挟んだ。
「この抜け道でハリーを連れ出すって言うの? ハリーは城にいなきゃ――」
「無粋な事言うなよ、ナミ。せっかくのクリスマスだぜ。ハリーも楽しまなきゃ。ナミだって、行きたいだろう?」
「ナミは大喜びで賛成すると思ったんだけどな。サラとか、ハーマイオニーとか――あの辺のお嬢さん達は大反対しそうだけど」
「……」
ナミは口を噤む。
確かに、ハリー一人だけホグズミードへ行けないのは可哀相だ。それに考えてみれば、サラだって監視下にいなければいけない立場だ。それでも、保護者のサインがあると言うだけでホグズミード行きが許可されている。ブラックが、まさか昼日中のホグズミードに現れるとは思えない。
何より、今はクリスマスの時期。
「……仕方ないか」
「君ならそう言うと思ったよ。――と言う訳で。使った後は、忘れずに消しとけよ」
「じゃないと、誰かに読まれっちまう」
「もう一度地図を軽く叩いて、こう言えよ。『いたずら完了!』――すると、地図は消される」
「それでは、ハリー君、ナミ君よ」
フレッドは、パーシーそっくりな畏まった口調で言った。
「行動を慎んでくれたまえ」
「ハニーデュークスで会おう」
ジョージがウィンクした。そして、二人は出て行った。
地図に見入っているハリーに、ナミは声をかけた。
「ハリー、今日は止めないけど、幾つか約束してよ」
「約束?」
「そ。まあ、別に厳しい制限設けるって訳じゃないから、そんな固くならないでいいよ。決して一人にならない事、行動するのはメインストリートだけ。人通りの無い所は行かない。――これだけ」
「メインストリートだけ?」
ハリーは、やや不満げにナミの言葉を繰り返す。
ナミは肩を竦めた。
「大丈夫。どの道、買い物するならメインストリートぐらいしかないから。一日だと、そこ回るだけでいっぱいだろうしね」
「随分と詳しいんだね」
「編入前に、行った事はあるからね」
ナミは肩を竦める。決して嘘では無い。
「それじゃ、行こっか」
言って、ナミは教室の扉に手を掛ける。ハリーはまだ、立ち尽くしていた。何か考え込んでいるようだ。
「どうしたの?」
「いや……何でもない」
ハリーは呟くように言って、ナミの後に続いて出て来た。
「ねえ、ナミ」
像の陰に滑り込み、ハリーは言った。
「ナミは、リドルの日記の話は聞いてる?」
「うん。聞いたよ」
ハリーの問いかけで、ナミは彼が何を悩んでいるのかに気がついた。
ナミは杖を取り出しながら笑った。
「大丈夫。それを作った人達、私ちょっと知ってるんだよね。――ディセンディウム」
像のコブが割れ、細い割れ目が現れた。
ハリーは目を瞬き、地図を見る。ハリーやナミの点の傍にはふきだしが現れ、そこに「ディセンディウム」と言う単語が書かれていた。
ナミは振り返る。
「何やってんの。ほら、早く。地図消すの忘れないでね。あと、悪いけど明かりはハリー出してくれる?」
ナミは杖をしまいながら言った。
「ルーモス」
ハリーは杖に明かりを灯すと、続けて地図を叩き唱えた。
「いたずら完了!」
「アリス!」
突然声を掛けられ、アリスは暴れ柳の前で足を止めた。
しかし、リアはもう離れて行ってしまった。するすると枝を避け、木の節に触れて暴れ柳の動きを止める。
駆け寄って来たのは、ジニーだった。
動きを止めた暴れ柳に、ジニーは目を瞬く。
「どうしたのかしら。この木、人が近付いたらいつも暴れ出すのに……」
この場で逃げ出す訳にはいかない。
アリスは観念して、ジニーに向き直った。
「それで、何? あなた達、私とは一緒にいたくないんじゃなかったの?」
「違うわよ! その誤解を解こうと思っていたのに、いっつも貴女、逃げちゃうんだもの」
「誤解? だって、はっきり――」
「違うの。あのね、えーっと……貴女についての中傷が書かれた紙がばら撒かれたじゃない? それで、若しかして、あたし達と一緒にいるからスリザリンの中でいづらくなってるのかと思って……」
「……」
「だから、コリンは一緒にいない方がいいんじゃないかって言ったの。
でも、あたし達は一緒にいたい。それが本音よ」
アリスは呆然とジニーの話を聞いていた。一時の間が二人の間に流れる。
そして、アリスはふっと微笑んだ。
「……ありがとう。
でも、恥ずかしいわね、私。つまり、勝手に一人で勘違いして、勝手に大事起こして、皆に心配掛けたって事でしょ」
アリスは紅くなって俯く。
「それだけ、参ってたって事じゃない。本当に良かったわ、二人共無事で」
ジニーはホッとしたように笑みを漏らす。
ふと、アリスは思いついた。一人で行くのは、どうにも気が引けていたのだ。ちょうど良い。
「ねえ、ジニー。ホグズミードに行ってみない?」
「え? 何、突然。それにホグズミードって、三年生にならないと駄目なんじゃ――」
「エリが、城からの抜け道を教えてくれたの。叫びの屋敷で落ち合う約束をしてるんだけど、良かったら……」
表には出さないものの、アリスは必死だった。
隠し通路の中は暗い。発光する魔法薬を持ってきてはいるが、やはり杖明かりに比べ心許無い。例え明かりの必要無い程度だったとしても、一人で行くのはやはり嫌だった。以前一度行って以来、アリスはこの通路を一人で通っていなかった。エリに誘われても断り続けていた。しかし散々せがまれ、その上エリには天文台の件での負い目があり、仕方なくもう一度黒犬に会いに行く事になったのだ。
ジニーは案外、あっさりと話に乗った。
「本当? それって、本当に見つかったりしないで済むのよね? だったら行ってみたいわ! 何処から行くの?」
「そこよ。木の根元に、隙間があるの。近付くと分かるわ」
前へ進もうとしたアリスを、ジニーは慌てて引きとめた。
「駄目よ、近付いちゃ。危ないわ」
「大丈夫。リアがあそこに乗ってる限り、この木は動かないから」
アリスは平然と木の幹へと近付いて行く。ジニーは恐々と枝を見上げながらも、アリスの後について来た。
「中は暗いわ。杖を出しておいて」
言って、アリスは傾斜を滑り降りた。ポケットから小瓶を取り出す。中の液体は、杖明かりよりは若干弱いが似たように青白く光っている。
続いてジニー、その後からリアが滑り降りて来た。
「こっちよ……」
先導するふりをして、アリスはジニーの服の袖を引っ張る。
それでも、身体を二つ折りにせねばならない程狭い道でもなるべく離れないようにするのは、やはり不自然極まりなかった。
「アリス、若しかして……怖いの?」
上り坂になった所で、不意にジニーが尋ねた。
アリスは一瞬、言葉を失う。
「……別にっ」
振り返らずに、短く答えた。アリスの表情は強張り、声は震えてしまいそうだった。
ジニーのクスクス笑う声が、後ろから聞こえる。
反抗したかったが、声が震えそうで声を出せなかった。
ジニーは知らないから平気でいられるのだ。叫びの屋敷の名を出した時に聞かなかったから、恐らくそれがどういう所なのかは兄達から聞いているのだろう。けれど、実際あそこには何かがいる。エリは人を見たと言っていた。アリスが行った時には既にその人物はいなかった。何処にも、人が出られる場所など無い筈なのに。
若し、今度はアリスが遭遇してしまったらどうしよう。嫌な考えばかりが浮かび、不安が渦巻く。
やがて、道が大きく曲った所へ出た。曲がり角の向こうからは、ぼんやりとした明かりが漏れている。
固唾をのみ、角の向こうの気配を探る。――エリと、もう一人。
アリスは息を呑んで立ち止まった。直ぐ後ろから来ていたジニーが、アリスにぶつかる。
「どうしたの?」
ジニーが言った直後、聞き慣れた声が穴の向こうから聞こえて来た。
「アリスー、ブラックー、いるか〜?」
「ブ、ブラック?」
ジニーは驚き、アリスの腕にしがみ付く。
自分とは別の事で怯えているのを見て、アリスは落ち着きを取り戻した。同時に、もう一人分の気配も消えた。
アリスは振り返り、苦笑する。
「野良犬の名前。黒いからって、エリがそう名付けたの」
「エリらしいわ……」
二人は角を曲り、穴を出る。
穴を出た所の部屋を出て廊下に出ると、ちょうどエリが他の部屋から出て来た所だった。その後ろには、黒犬とクルックシャンクスがいる。以前出会った時に比べ、黒犬は幾らか標準体型に近付き、毛並みも綺麗になっていた。
エリは、ジニーを見て目を丸くした。
「え、何でジニーが……」
「一緒に来たのよ。いいじゃない、ジニーは私達の友達だもの」
そう言って、アリスはにっこりと笑いかける。
エリは直接言い返しはしなかったが、「フレッドやジョージ達にばれたら殺される」と頭を抱えていた。確かにウィーズリー兄弟は、ジニーに城を抜け出すなどと言う真似はさせたくないだろう。万が一ばれた場合は、全責任をエリに擦り付けるとしよう。アリスは、自分達が逃れるシナリオを即座に考え出す。
直ぐ傍の部屋に入り、アリスは床に鞄を置いた。中から出したのは、ご飯や肉など犬が食べそうな物だ。エリも、手に持っていた袋を開け、中から買ったばかりの菓子を取り出し始めた。
「またお菓子?」
アリスは眉を顰める。
「まさか、いつもそう言う物あげてたんじゃないでしょうね?」
「別にいつもじゃねーよ。ホグズミードで買い物してない時は、厨房からくすねたモンを……今日は買い物して来たからさ。犬だって、やっぱ菓子食いたくなるだろ」
エリの言葉に、アリスもジニーも頭を抱える。
ジニーが言った。
「犬の味覚が人間と同じな訳ないじゃない。そう言うのは、身体に悪いわ」
「でも、ブラックは喜ぶよ?」
エリの言葉に呼応するかのように、黒犬は尻尾を振る。
アリスはエリが出した菓子を、強制的に片付けさせた。黒犬の尾はぺたりと床に垂れてしまい、しょげたように俯いていた。
エリがいつの間にか用意した器に、アリスが持ってきた食事を乗せる。黒犬は名残惜しそうにエリが持ってきた店の袋をちらちらと見ながら、ご飯を食べていた。
エリがもう一つ器を出し、アリスはペットボトルで持ってきた水を入れる。
「それ、どうしたんだ?」
「え?」
「ペットボトル。この辺、無いだろ。瓶で持って来るしかなくて、重かったんだよな。何処に売ってた?」
「売ってた物じゃないわ。ほら、パッケージ。お茶でしょ。お父さんに手紙書いて、送って貰ったのよ」
「変わった入れ物ね。瓶より軽いの?」
きょとんとしたように言ったのはジニーだ。アリスは、空になったペットボトルをジニーに渡す。
「軽いわよ、ほら。魔法界では見かけないわよね。イギリス自体、自販機が日本より少なく感じるし――」
「ジハンキ?」
「無人で売ってる機会よ。お金を入れてボタンを押すと、選んだ商品が出て来るの」
「魔法みたいね」
「確かに、マグルの物って結構魔法と近いものあるよな。連絡取ったりするのなんて、ふくろうより電話の方が速いだろうし」
「電話はお父さんがよく話に出すわ。気に入ってるみたいで。夏にはロンが、ハリーの番号を貰って帰って来たわ」
「あ、それ俺も貰った。俺が貰ったのはハリーだけだけど、サラ達互いに交換してたらしいな。夏休み、サラが国際電話ばっか掛けて母さんキレまくってたよ。
――あ、そうだアリス。俺、冬はホグワーツ残る事にしたから。母さんや父さんに言っといて」
「何言ってるの? 今年はうち、全員残るわよ。帰ったって誰もいないじゃない。お母さんはそもそも――あー――ほら、目的があって外出中じゃない? 帰る訳が無いわ。サラは言うまでもないし、だからお父さんは出張を入れたって。手紙出してないの?」
「あー……そう言や、最近はめっきり……」
「可哀相よ。お父さん、今一人なんだから。こっちからふくろう飛ばさない限り、向こうからは送れないんだし」
「いやあ、だって連絡取ろうと思えば直ぐ取れるだろ? 母さ――ナミがポケベル持ってるんじゃねーの?」
「海外で使える訳無いじゃない」
「ポケベルって若しかして、何か小さい四角い奴? それだったらナミ、新学期始まって直ぐに壊れたって嘆いてたわよ」
ジニーがグリフィンドールでの事を報告した。
その際にサラが「ホグワーツでは電子機器は使えない」と馬鹿にしたように話し、険悪な状態になったそうだ。相変わらずの様子に、エリとアリスは苦笑する。
黒犬があらかた食べ終え、エリは立ち上がった。
「じゃ、俺はこの辺で。三本の箒で皆と落ち合う約束してるからよ。やっぱ、クリスマス前ってだけあって、メインストリートはすっげー混んでるぜ。その所為で俺も、ここに来るの遅くなっちまったし……。
裏に小さく戸口開けたんだ。来いよ」
エリの後に続いて、アリスとジニーは廊下へ出る。端の部屋にエリは入り、正面の壁へと真っ直ぐ歩いて行く。板で継ぎ接ぎされた、ぼろぼろな壁だった。エリは、下の方の一枚を外した。
「一枚だけ、釘抜いたんだ。出た後は、ブラックとクルックシャンクスが直してくれる。こいつらは、床下の穴から出入り出切るしな」
エリは穴をくぐり、外へ出て行った。アリスとジニー、それからリアもその後に続く。外へ出てからアリスが振り返ると、板が持ち上げられ塞がれる所だった。
ぞっとアリスは背筋が凍った。また、あの気配がしているのだ。先程の、もう一人分。ちょうど、黒犬とクルックシャンクスの残された部屋の辺りだ。
エリを振り返ったが、全く気にしていない様子だった。
「また入る時は、ノックしてあいつら呼べば来てくれるよ。あと、ジニーは絶対に、兄ちゃん達に見つからないようにな」
「当然よ。あたしだって、何だかんだ言われるのは嫌だもの」
エリは一人、先にメインストリートの方へ向かって言ってしまった。
アリスは叫びの屋敷を振り返る。道の方まで遠ざかると、中の気配など判らなかった。帰りにはまた、ここを通らなくてはならないのだ。
――こんな事なら、外に出ないで帰るんだった……。
ジニーと共に人気の無い通りを歩きながらも、アリスは帰り道を思い憂鬱だった。
メインストリートへ行けば、知り合いに出会ってしまう可能性も高い。二人は、裏路地ばかりを選んで歩いて回った。
どれ程歩いただろうか。町の外れまで来た所で、アリスは「あっ」と声を上げて立ち止まった。
「どうしたの?」
「これ……」
畑や林ばかりの中に、ぽつんと一軒建った家だった。小さな二階建ての白い家。アリスは、その表札を指差す。そこには、『シャノン』と書かれていた。
「シャノンって……若しかして、サラのおばあさんの関係? それとも、彼女本人かしら」
家の中に魔法使いの気配は無い。それどころか、ずっと誰も住んでいないように感じられる。庭は手入れがされていると言うよりも、時が止まっていると言った方がしっくり来た。
アリスは、そっと門を押し開く。そして、そろそろと中へと入って行った。
「ちょ、ちょっと、アリス!」
ジニーは制止しようと手を伸ばしてアリスを追い、弾かれたように転んだ。
アリスは振り返る。
「大丈夫?」
アリスの差し伸べた手を取り、ジニーは立ち上がる。それから、門を振り返った。
「何だったのかしら……壁でもあるみたいだった」
「私はそんな物、何も無かったけど……」
アリスは門へと近付き、そっと触れる。
何の変哲も無い青銅製の門だ。その時、今度はジニーが「あっ」と声を上げた。
「何?」
ジニーは二階の窓を指差す。
「今、誰かいたわ。――見つかったら、不味いんじゃない?」
「親戚なら、会ったっていいんじゃない?」
アリスは石のタイルの上を、玄関へと歩く。
玄関扉の横にベルがあり、紐が垂れていた。アリスは、迷う事無くそれを引っ張る。錆付いた金属音が辺りと家の中に響いた。
暫く待ったが、誰かが出てくる様子は無い。
もう一度鳴らし、待ってみたが、やはり何の反応も無かった。アリスは首を振り、ジニーの所まで戻る。
「誰もいないみたいよ」
「そう……? ナミみたいな金髪が見えた気がしたんだけど……」
ジニーは首を捻り、二階の窓を見上げる。
アリスもジニーの視線の先を追ったが、やはり何も見る事は出来なかった。
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The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
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2010/01/18