彼は、忠実なる僕に取り付き、その頭に巻かれたターバン越しに、生徒達を眺めた。その中には、注目すべき二人の人物。
 己をこんな姿にせしめた少年、ハリー・ポッター。
 己の力を弱め、結果、敗北へと導いた少女、サラ・シャノン。
 ポッターは兎も角、まさかサラまでもがグリフィンドールに入るとは。
 当然、あの少女も彼女と同じくこちら側へ勧誘するつもりだ。だが、あの少女もそれを拒むのだろうか。自分が何者なのかを知っても、愚かにも光にしがみ付く事を選ぶのだろうか。
 ――なんと、愚かな。
 彼女は多くの物を失った。光にしがみ付いた事によって。
 所詮、光の中に我々の居場所など無いのだ。力ある者は、弱きものとは相容れない。彼女もそれを知っていただろうに。
 そして、あの少女も――





No.9





「さあ、諸君、就寝時間。駆け足!」
 ダンブルドアの言葉を合図に、エリ達は一斉に席を立った。
 ハンナやアーニーと共に監督生について行こうとすると、エリはスプラウトに呼び止められた。
「ミス・モリイ。私と一緒に来て下さいな」
 スプラウトにつれられて行ったのは、先程一年生が通された小部屋だった。
「ダンブルドア先生。ミス・モリイをつれてきました」
「ありがとう、スプラウト先生。エリ、掛けなさい」
 ダンブルドアは杖を一振りし、椅子を出した。スプラウトは一礼して部屋を出て行った。
 エリは出された椅子に腰掛ける。ダンブルドアも、自分の椅子を出して腰掛けた。
「このような小部屋ですまぬが、エリも早くベッドへ行きたいと思っての――話もほんの少しじゃ」
「はい。構いません」
 別にどんな部屋でだっていい。兎に角、早く寝たかった。
「実は、君の双子の姉、サラの事での。彼女が日本で行っておった事――誰にも言わんと約束してほしいのじゃ」
「え?」
 一気に眠気が吹っ飛んだ。
 サラがやってきた事を、黙ってろ? ……如何して!
 エリの気持ちを読んだかのように、ダンブルドアは言った。
「サラにはやり直しのチャンスを与えたい。彼女もそれを望んでおる事じゃろう……」
「でも……っ!」
「君が言いたい事は分かる。じゃが、彼女を責める事はできまい。君も、サラのような強力な力が無い為やり方は違うが、その力で自分の身を守っておったじゃろう?」
「な……っ。俺がサラと同じ事をしてたって言うのかよ!!」
 とんでもない侮辱だ。あんな奴と一緒にされるなんて。
「同じとは言わぬ。じゃが、サラにとってあれは、君が殴られたら殴り返すのと同じく、『自己防衛』だったのじゃ。彼女は変わろうとしておる。温かく見守ってやろうぞ。のう?」
「……」
「エリ」
「……分かりました。誰にも言いません。でも、俺はサラを許す訳じゃありませんし、完全に信用する訳でもありません」
 ダンブルドアは、少し眉を動かしただけだった。
 それから、席を立ち上がった。
「では、ハッフルパフ寮へ行くかの。もう皆行ってしまったじゃろうから、わしが案内しよう」

 エリ達は玄関ホールに出て、大理石の階段の正面右側の階段を降りていった。
 そこは明々と松明に照らされた広い石の廊下だった。
 巨大な果物皿の絵を通り過ぎた所で、後ろから声がかかった。
「ダンブルドア先生!」
 小人のように小さな先生が、キーキー声で叫んでいる。
「ダンブルドア先生。何者かが――ピーブズを――ピーブズに、魔法をかけているそうです! グリフィンドールの生徒が大広間へ駆けつけてきて――マクゴナガル先生が、現場へ向かっています!」
「分かった。今、行こう。エリ、ハッフルパフの寮は直ぐそこの壁じゃ。監督生が、入り口の前に立って待っておる――」
 それだけ言い残し、ダンブルドアは小さな先生と共に廊下を駆け戻っていった。
 ピーブズとは、誰だろうか。兎に角眠く、エリは何も考えずにそのまま廊下を進んで行った。
 廊下の途中に立っていた上級生に会い言葉を教えてもらい、入った所は談話室だった。
 黄色を基調とした色使いで、暖炉には炎がくすぶっている。談話室には誰もいなかった。
「女子寮はこっちよ」
 エリは、監督生に従い、大人しく寮への階段を上った。途中で別れ、エリは自分の名前が入った部屋を捜す。
 エリの部屋は、ハンナやスーザン達と一緒だった。
 部屋へ入れば、既に皆寝静まっている。エリも着替え、淡い黄色のビロードがかかった、四本柱の天蓋付きベッドに潜り込んだ。
 ベッドに入り、ふと、小さい教師が言っていた言葉を思い出した。
『グリフィンドールの生徒が大広間へ駆けつけてきて――』
「グリフィンドール!!?」
 エリは、がばっと起き上がった。
 如何してあの時、気がつかなかったのだろう。
 あの時、生徒は全員、寮へ向かっていた。グリフィンドールの生徒が駆けつけてきたと言う事は、もちろん、グリフィンドール生が目撃したという事――つまり、ピーブズとかいう者はグリフィンドール寮への道のりの途中で襲われた訳だ。
 そんな所にいるのは、グリフィンドール生しかいない。否、教師達ならいた可能性もあるが、それでもグリフィンドール生には疑わしい人物がいる。
「サラか……!」
『サラにはやり直しのチャンスを与えたい。彼女もそれを望んでおる事じゃろう……』
 サラにやり直しのチャンスなど与えて、本当に大丈夫なのだろうか。
 ダンブルドアは間違っていないのだろうか。また、ダンブルドアは本当にサラを信用してしまっているのだろうか。
 如何して、サラはグリフィンドールに入れたのだろう。如何して、スリザリンではなかったのだろう。
 帽子は、何やら意味深な事を言っていた。サラは、何を言われたのだろうか。
 思い出せば、自分も、本来ならばグリフィンドールかスリザリンだと言われたのだ。一体、何故? 父親の事と関係しているのだろうか――?





 サラは城の中を適当に走り、薄暗い空き教室に入った。
 ぴしゃりと扉を閉じ、その場に崩れ落ちるようにして座り込む。
 ……やってしまった。
 やり直そう、と決めたのに。もう誰もサラを攻撃する筈が無い。だから、サラも自己防衛の必要は無い。
 いつの間にか、癖のようになってしまっていた。ちょっとでも自分に危害を加えようものなら、見境無しに反撃する。そんな癖がついてしまっていたのだ。
 しかも、それをハリーに気づかれた。
 ハリーは、皆に言ってしまっただろうか。サラがやったのだと。きっと言った事だろう。言わない筈が無い。
 せめて、こんな力が無かったら。
 こんな力が無ければ、例え反撃しようと思った所で、ポルターガイストを攻撃なんて出来なかった事だろう。
 如何して、こんな力が。如何して、サラが。
 魔力の気配がして、サラはふと顔を上げた。
 これは、ハリーだ。ハリーが、この部屋に近付いてくる。
 サラは扉からじりじりと後ずさった。動揺していて、鍵を閉める事も考え付かなかった。
 扉が開き、ハリーが顔を覗かせた。
 ハリーは困惑したような表情だった。少なくとも、サラがこの短い間だったが偽の笑顔を振り撒いていたという事に、気づいていないらしい。
 ならば――
「サラ……?」
「ごめんなさい。ちょっと、感情的になっちゃって。寝ぼけてたのもあって、魔力が暴走したみたい――まさか、あんな事になるとは思わなかったわ」
 ハリーはまだ、困惑気味だ。
「……ダンブルドアが、言ってたの。私、他の人よりも魔力が強いんですって。それが何故だかは分からないけど。――それで、マグルの小学校でも嫌われていたわ」
 予防線も張っておく。
 しかしその次の瞬間、サラはそれを後悔する事になった。
 ガラリ、と再び扉が開き、そこにはダンブルドアが立っていた。
「ダンブルドア先生……っ!? そんな、気配が全く……」
 ダンブルドアは微笑んでいた。然し、その目は油断なくサラを見つめている。
「わしは気配を隠す事も出来るのでの。サラ、ハリー、皆心配しとったぞ。寮へ戻ろう」

 ダンブルドアにつれられて寮へ戻る間、サラ達は一言も話さなかった。
 八階の廊下の突き当たり、太った婦人の肖像画の前で、ダンブルドアは立ち止まった。
「こんばんは。校長先生」
 肖像画の中の婦人が喋った。
「こんばんは、婦人。カプート ドラコニス」
 肖像画がパッと手前に開いた。その後ろの壁には丸い穴がある。
 ハリーが穴に這い登った。サラも続こうとすると、ダンブルドアが不意に言った。
「『やり直す』とは、真実を偽る事ではないのじゃよ」
 一瞬、ダンブルドアと目が合った。
 サラは唇を噛み、やっと言った。
「……分かっています。そんなつもりはありません」
「サラ?」
 ハリーがきょとんとして様子を伺っていた。
 サラは穴に這い登る。
「では、おやすみ。ハリー、サラ」
「おやすみなさい。先生」
 ダンブルドアはにっこりと微笑み、背を向けて去っていった。
「じゃあね、ハリー。おやすみ」
「うん。おやすみ、サラ」
 サラ達はその場で別れ、ハリーは男子寮へ、サラは女子寮へと階段を上って行った。
 事実を偽るつもりは無い。
 サラが「報復」を繰り返したのは、事実。でも、それは自己防衛だって事も、また事実。例え偽りの笑顔でも、それで皆に嫌われずに済むなら、それでいい。
 もう攻撃されたくない。
 もう誰も傷つけたくないから。
 祖母が今も生きていたら、サラは、どんな日々を送っていたのだろう。
 そんな風に現実逃避しても、何も変わりはしないし、亡くなった者が還って来る事もない。それでも、そう思わずにいられない。
 だから余計に、祖母を殺した犯人が憎い。
 如何して祖母は殺されなくてはいけなかったのか。祖母が何をしたと言うのか。ヴォルデモート失脚後なのに、如何して。
 サラの荷物がある部屋は、螺旋階段をずっと上って行った所にあった。
 深紅のビロードがかかった、四本柱の天蓋付きベッド。
「サラ……」
 音を立てぬように着がえ、布団に潜り込むと、隣のベッドから声が聞こえた――ハーマイオニーだ。
「ごめんなさい。起こしちゃったかしら?」
 サラは、出来る限り明るい声を出して言った。
「ううん……大丈夫。まだ起きてただけだから……大丈夫?」
 優しく言うその声を聞いて、なんだか虚しくなってきた。
 彼女が心配してくれるのは、サラが愛想を振り撒いているからだ。偽りのサラを心配しているだけ。
 若しも、サラが今まで何をしていたかを知ったら――サラがピーブズを攻撃し、それで逃げたと知ったら――そしたら、ハーマイオニーはこうやって優しく声をかけてくれるのだろうか。
「サラ?」
「大丈夫よ……驚かせたみたいで、ごめんなさい。――おやすみ」
「それなら良かったわ。おやすみ、サラ」
「……」
 サラはじっと暗闇を見つめていたが、やがてゆっくりと目を閉じた。


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2007/01/07