エリは、上から玄関ホールを見渡していた。夕食を終え、門限前の玄関ホール。大丈夫だ、誰もいない。それを確認し、天井に位置する隠し扉から飛び降りる。
軽い着地音。抜き足差し足で、大扉から外へと出て行った。
日は暮れ、辺りは闇と静寂に包まれていた。
エリの鞄の中には、夕飯や厨房からくすねた食事が入っていた。ここ数週間、テスト勉強に忙しく、警戒が厳しかった事もあり、なかなか黒犬に餌を持って行ってやれなかった。一度、何とか城を抜け出せた時にまとめて食料を持って行ったが、それで足りているか分からない。また出会った時のように痩せ細っているかも知れない。餓死していなければ良いのだが……。
不安に思いながらも、森へと向かう。温室を越え、木々が近付いてきた所で、左手から物音が聞こえた。振り向き、眼を凝らす。そこにいるのは、ハリー、ロン、ハーマイオニー、サラ。
エリは森沿いに身を隠して歩きながら、ゆっくりとそちらへ近付いて行った。エリも人の事を言えた義理では無いが、こんな時間に一体何をしているのだろう。
次第に、何が起こっているのか見て取れるようになって来た。暴れ柳が動いていた。傍にいるサラ達を追い払おうとしている。
そしてその根元を見て、エリはぎょっとした。ロンが、あの黒犬に引きずり込まれているではないか。
慌ててそちらへと駆ける。暴れ柳が止まるのが分かった。闇の中にある明るいオレンジ色は、その大きさからしてクルックシャンクスだろうか。
エリが木の所へ辿り着いた時には、もうサラ達も根元の穴に姿を消した後だった。暴れ柳も動いてしまっている。
「エリ!?」
咎めるように呼びかけられ、エリは飛び跳ねた。
辺りをきょろきょろと見回すが、何処にも姿が見えない。気のせいかと思った途端、ほんの数メートル先でナミが姿を現した。
「す、姿現し? でも、声が――」
「透明になってただけ。エリ、杖持って来てる?」
腹を押さえ呻きながら答える。ナミの声は切羽詰っていた。エリが外にいる事を、咎める気は無いらしい。
エリは気圧されながらも頷く。
「それじゃ、そこの節を狙い撃ち出来る? ビービー弾じゃ重さが足りなくて……」
エリは、ナミに指示された通りに、木の節の一つに呪文を当てた。途端に、暴れ柳は動きを止めた。
「エリは城へ帰りなさい」
「やだよ。ロンを助けに行くんだろ――俺も行く」
「駄目!」
ナミはぴしゃりと言う。
「……シリウス・ブラックなんだよ」
「え?」
突然ナミが何を言い出したのか、解らなかった。ナミは、エリの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「あの犬――ブラックなんだ。ハリー達を連れ戻しに行かなきゃいけない」
あの犬とは、エリがふざけて「ブラック」と呼んでいた黒犬の事だろう。それが――本当にブラック? 一体、何を言っているのか。
「詳しくは後で話すから。今は急がないと」
言って、ナミは暴れ柳の根元へと駆け寄る。そして、穴へと消えて行った。
エリは黙ってそれを見つめていたが、やがて歩を踏み出した。
大人しく帰るなんて、出来るものか。
No.98
サラ、ハリー、ハーマイオニーの三人は、杖を構え部屋を見回した。閉め切った、埃っぽい部屋だった。窓が全て打ち付けられているのだ。壁紙ははがれかけ、床は染みだらけ。家具は何者かに打ち壊されたかのように片っ端から破損している。
「……何度も出入りしてるみたいね」
床に積もった埃が動いているのを見て、サラが呟いた。
「ここ、『叫びの屋敷』だわ」
ハーマイオニーが言った。それを受けて、壊れた家具を見てハリーが言った。
「ゴーストの仕業とは思えないな」
頭上で軋む音がした。三人はハッと上を見上げる。
顔を見合わせ、頷きあうと、三人はそろそろと隣のホールへと忍び込んだ。崩れそうな階段を上り、踊り場の上で杖明かりを消す。前方に、一つだけ開いている扉があった。扉の向こうから物音が聞こえてくる。ロンの呻き声、動物の唸り声。
サラ達はここへ来て三度目の目配せをし、頷き合った。
ハリーが先頭に立ち、杖を構えて扉を蹴り開いた。
真っ先に眼に飛び込んできたのは、壮大な四本柱の天蓋ベッドだった。そこにクルックシャンクスが寝そべり、三人の姿を見て喉を鳴らした。その脇の床に、ロンが座り込んでいた。投げ出した脚は、妙な角度に曲ってしまっている。
「ロン――大丈夫?」
三人はロンに駆け寄った。ハリーの問いに、ロンは呻く。
「犬じゃない。ハリー、罠だ……」
「え――?」
「あいつが犬なんだ……あいつはアニメーガスなんだ……」
ロンはハリーの肩越しに背後を見つめていた。サラはパッとそちらを振り返る。男が、今し方三人の入って来た扉を閉める所だった。
サラは杖を上げたが、男の方が早かった。
「エクスペリアームス!」
ロンの杖を向け、男は唱えた。サラのだけでなく、ハリーとハーマイオニーの杖も男の手中に納まる。
痩せこけた男だった。長い髪が肘まで垂れ、サラ達を陥れた興奮に眼はギラギラとしている。しかし、ずっと逃亡し続けている身にしては、随分と小ぎれい過ぎるように思えた。
男は、サラを真っ直ぐに見据えていた。
「生きていると知った時から、ずっと会いたいと思っていた、サラ――」
「奇遇ね。私も同じだわ」
サラは冷ややかに答え、男を睨み返す。男の瞳は、サラと同じ灰色をしていた。
男は、ハリーへと視線を移した。
「君なら友を助けに来ると思った。君の父親も、私の為にそうしたに違いない。君は勇敢だ。先生の助けを求めなかった。ありがたい……その方が、ずっと事は楽だ……」
サラは、奪われた杖をじっと見つめる。どうにかして、取り返せないものか。せっかく出会えたのにこれでは、何の意味も無い。首を絞め、その間に奪う――タイミング勝負だ――
杖ばかりに気を取られていたサラは、隣でハリーが駆け出そうとした事に気付けなかった。幸い、ハリーはロンとハーマイオニーが引き止めてくれた。
「ハリーとサラを殺したいなら、僕達も殺す事になるぞ!」
ロンは激しい口調で言ったが、立とうとするとよろめいた。ハーマイオニーは、もう一方の手でサラの腕を掴んでいた。
「座っていろ。脚の怪我が余計酷くなるぞ」
ブラックは静かにロンに言った。
ロンは尚も続けたが、脚の痛みで声は弱々しくなっていた。
「聞こえたのか? 僕達四人を殺さなきゃならないんだぞ!」
「五人だ!」
声がした。続いて、ブラックの背後の扉が蹴破られる。ナミが、コートの内側に手を入れながら立っていた。
「サラ、貴女は私の居場所判ってたでしょう。よくも置いて行ってくれたね」
「……」
サラは冷たい眼で、ナミを見つめる。こいつは、本当に解っていないのだろうか。サラがナミにも声をかけて一緒に行こうとすると、本気で思ったのだろうか。
ブラックはやや驚いた顔をした。
「ナミなのか――?」
「お久しぶり」
ナミは冷ややかに言っただけだった。それ以上、何も言おうとはしない。
挟み撃ちになった状況にも関わらず、ブラックはニヤリと笑った。
「お前に何が出来る? それに、今夜はただ一人を殺す」
「何故なんだ?」
尋ねたのは、ハリーだ。
「この前は、そんな事を気にしなかった筈だろう? ペティグリューを殺る為に、沢山のマグルを無残に殺したんだろう?
どうしたんだ。アズカバンで骨抜きになったのか?」
「ハリー! 黙って!」
「こいつが僕の父さんと母さんを殺したんだ!」
ハリーは大声を上げ、そしてブラックへと飛び掛った。
あまりにも突然で、あまりにも無謀な行動だった。その為か、ブラックは杖を上げ遅れた。ハリーは掴みかかり、もう一方の手で殴りかかる。ハーマイオニーが悲鳴を上げた。
「ハリー、駄目だ! ――サラ!」
ハーマイオニーがショックで手を離した隙に、サラは前へと進み出た。ナミは唖然としていたが、ハッと我に返りハリーに加勢した。ハリーに杖を向けようとするブラックの腕にしがみ付く。クルックシャンクスがナミを襲い、ナミは短く叫び声を上げて離れる。
ブラックの手がハリーの喉を捕らえた。ハーマイオニーがブラックに蹴りを入れる。ロンの体当たりで、ブラックは杖を落とした。ハリーが杖に飛びつく。クルックシャンクスはナミを離れ、ハリーに飛び掛る。ハリーはクルックシャンクスを蹴飛ばした。クルックシャンクスはシャーッと鳴いて脇に飛び退いた。ハリーは杖を掴み、ブラックを振り返る。
「どいてくれ!」
ハリーは、ロン、ハーマイオニー、ナミに向かって叫んだ。三人は急いで脇へ避ける。
ハリーがブラックに杖を向け歩み寄っていくのを、サラは腕を組み壁にもたれて眺めていた。杖は拾った。また形勢が変わるようならば、いつでも加勢出来る。
壁の下に倒れているブラックに、ハリーは馬乗りになるような位置で立ち止まった。
ブラックは、じっとハリーを見つめていた。――何故、そんな眼をする。
「ハリー、私を殺すのか?」
「お前は僕の両親を殺した」
「否定はしない。しかし、君が全てを知ったら――」
「全て? お前は僕の両親をヴォルデモートに売った。それだけ知れば、たくさんだ!」
それでも、ブラックは懇願していた。
サラは杖を握り締める。早くやってくれ。言い訳など、聞きたくもない。
クルックシャンクスが、ブラックの胸の上に飛び乗った。杖との間に入り、じっとハリーを見上げる。ブラックは退かそうとしたが、猫は動かなかった。
ハリーは固まったまま、動かない。杖を構えた状態で、じっとブラック、そして猫を見下ろしていた。
――時間切れ。
サラは杖を上げた。バチンと音を立てて、猫が弾き飛ばされる。
その場の全員が驚いて、閃光の飛んで来た方を振り返った。サラは壁から身を起こし、指先で杖を弄びながらハリーとブラックの方へと歩み寄る。その瞳には、ギラギラとした紅い光があった。
「殺る気が無いならそこを退きなさい、ハリー。貴方なら、譲ろうと思ったわ……でも、もう時間切れよ」
「サラ――」
「そこを退けって言ってるのよ!」
サラは杖を振り、今度はハリーが弾き飛ばされた。ナミが慌てて駆け寄る。ハリーは直ぐに起き上がり、ショックを受けたような顔でサラを見つめていた。
ハーマイオニーが金切り声を上げる。
「サラ! 何て事を――」
「……ッがはっ」
ブラックが喉を押さて呻く。
苦しみに歪むブラックの表情に、サラは顔を綻ばせた。やっとこの時が来た……この手で、奴に制裁を加えているのだ……。
誰も声を上げる事が出来なかった。サラはクスクスと笑う。
「苦しい……? 貴方、さっき、ハリーにも同じ事をしていたのよ……。
私の大切な人を、どれだけ奪えば気が済むの……? 貴方は、ハリーのご両親や私のおばあちゃんを裏切った。貴方の所為で、私達はあの家で暮らす事になった。貴方が裏切っていなければ、おばあちゃんは死ななかったのよ……! お前の所為で、おばあちゃんは殺された!! だから仇を取ってあげる! 魔法省になんて渡さない! 私がこの手で殺してやるわ……!」
「サラ……っ」
「貴女に止める権利なんて無いわよ、ナミ・モリイ。――同じ理由で、貴女もおばあちゃんが殺された一因なんだから」
ナミは言葉を詰まらせ、崩れ落ちた。
サラは口元を歪めて笑う。
「お前の所為よ……お前が裏切らなければ……信じてたのに……」
ぽたり、と雫が床に落ちた。
「お父さんは、おばあちゃんみたいに愛してくれたんじゃないかって、信じてたのに……っ!」
サラはぴたりとブラックの胸に杖を当てた。屈み込み、涙に濡れた顔でにぃっと笑う。
「お終いよ、シリウス・ブラック……。アバダ――」
唱えようとしたサラは、横からの衝撃で吹き飛ばされた。サラの呪いから放たれ、ブラックはゴホゴホと咽る。
サラにのし掛かり、手を押さえつけているのは、エリだった。ナミが叫ぶ。
「帰りなさいって言ったでしょう!」
「放しなさい! どう言うつもり!? そいつはシリウス・ブラックよ!!」
サラはジタバタと暴れるが、エリはしっかりと押さえつけて放さない。
「貴女だって、知ったら――」
「あいつが俺達の親父だって事なら、知ってる」
エリはきっぱりと言った。
「ハリーの両親や、シャノンのばあさんを売ったって事も……ハリーの親父さんと親しかったって事も……」
エリはサラを押さえつけたまま、背後を振り返る。ブラックは漸く、息も整ってきていた。
「……ブラックなのか?」
「ああ。お前には世話になった。感謝している――」
「どういう事だ!?」
ロンが驚いてエリを見る。エリはむすっと口を尖らせた。
「俺だって、知らなかったんだよ。犬になってるなんて……」
カチャリと言う音がした。ナミが、ブラックの目元に銃口を突きつけていた。
「マグルのおもちゃだけど、失明するぐらいの威力はあるよ。城まで来てもらう。少しでも変な真似を見せれば――」
その時階下から、足音が聞こえて来た。ハーマイオニーが叫ぶ。
「ここよ! 私達、上にいるわ――シリウス・ブラックよ――早く!」
突然の叫び声で、エリに一瞬の隙が出来た。
「サラ!」
サラはエリを押し退け、起き上がっていた。杖を向ける。階段を慌しく駆け上がる音が聞こえる。こっちは、呪文を唱えれば直ぐだ――
紅い火花が飛び散り、扉が勢い良く開いた。蒼白な顔のルーピンが飛び込んで来る。
「エクスペリアームス!」
サラの杖が手を離れた。五本の杖が、ルーピンの手に飛び込む。
サラは、その場にぺたりと座り込んだ。
「殺れなかった……」
涙が頬を伝う。ぽんと、掌が頭に乗せられた。
「……いいんだよ、それで」
エリは、ぽつりと呟いた。
ハリーも隣で片手を挙げた状態で佇んでいた。ナミはブラックの目元から銃を離し、ルーピンを振り返る。
「良かった。地図見てたんだね――」
「シリウス、あいつは何処だ?」
サラはぽかんとする。ナミも、眼をパチクリさせていた。
ややあって、ブラックはゆっくりと手を挙げた。彼の指が指す先は――ロン。
「しかし、それなら……何故、今まで正体を現さなかったんだ? 若しかしたら――若しかしたら、あいつがそうだったのか……若しかして、君はあいつと入れ替わりになったのか……私に何も言わずに?」
ブラックは、ゆっくりと頷いた。
何が起こっているのか解らなかった。ナミを見るが、彼女もきょとんとしているだけだ。続いてサラは、信じられない光景を目にした。
ルーピンは杖を下ろすと、ブラックの方へ歩いて行き、手を取って助け起こした。そして、あろう事か、奴を兄弟のように抱き締めたのだ。
「何て事なの!」
ハーマイオニーが叫んだ。
サラは歯軋りする。脅しで済ませてはいけなかったのだ――彼は本当に、ブラックを手引きしていた。人狼と判った時点で、追い出すべきだったのだ。
ハーマイオニーやハリーが叫ぶ。ルーピンは、弁解しようと必死になっていた。
「違う。この十二年間、私はシリウスの友ではなかった。しかし、今はそうだ……説明させてくれ……」
「駄目よ! ハリー、騙されないで。この人はブラックが城に入る手引きをしていたのよ。この人も貴方達の死を願ってるんだわ――この人、狼人間なのよ!」
沈黙がその場を支配する。ナミを見ると、青ざめた顔で見つめていた……ハーマイオニーを。彼女は知っていたのだ。ルーピンが人狼だと言う事を。
ルーピンも青ざめていたが、不可解な程に落ち着いていた。
「いつもの君らしくないね、ハーマイオニー。残念ながら、三問中一問しか合ってない。私はシリウスが城に入る手引きはしてないし、もちろん、ハリーの死を願ってなんかいない……しかし、私が狼人間である事は否定しない」
ロンは立ち上がろうとして、痛みに小さく悲鳴を上げて座り込んだ。
ルーピンは心配そうにそちらへ行きかけたが、ロンが叫んだ。
「僕に近寄るな、狼男め!」
「ロン!」
声を上げたのはナミだった。
「何て事を言うの!? リーマスが何であろうと、そんなの――」
「やっぱり庇うのね、貴女」
サラの冷ややかな声が遮った。サラは口の端を上げて笑う。
「貴女だって、疑いは生じるのよ。ブラックを手引きしてたんじゃないかって――貴女も、ブラックと親しかったんですものねえ?」
「サラ? 何を言って――」
ハリーが訝しげに口を挟む。エリが慌てた。
「おい、サラ――」
「ナミ・モリイ――そこにいる女は、私が今暮らしている家の母親なのよ。私達三人の産みの親よ!」
エリの慌てる様子が、信憑性を上げてくれた。ハリー、ロン、ハーマイオニーは眼を丸くしてナミを見つめる。三人とナミの間に、突然、見えない壁が出来たかのようだった。
もう逃げ道は無い。ナミは苦笑した。
「……今までごめんね、騙していて。――でも私は、年齢以外を偽った覚えは無いよ」
「どうだか……」
「いい加減にしろよ、サラ!」
「貴女は母親を信じていたいのでしょうけど、彼女は人狼とつるんでたのよ?」
エリが言葉を詰まらせる。当惑した表情でナミ、そしてルーピンを見た。
ナミがムッとする。
「だから、リーマスのその事は何も――」
言いかけたナミを、ルーピンが手を挙げて制した。
そして、サラとハーマイオニーに尋ねかけた。
「いつ頃から気付いていたんだい?」
ハーマイオニーが答えた。
サラは、油断無く大人三人を見据えていた。やはり、ブラックを殺してしまうべきだった――父親がブラックと知った時点で、ナミを疑うべきだった――あの時、ルーピンが人狼だと本当に皆にばらすべきだった――
しかし、ルーピンが人狼だと言う事は教師達は皆知っているとの事だった。ダンブルドアは、知っていて雇ったのだ。
「そして、ダンブルドアは間違ってたんだ!」
ハリーが叫んだ。
「先生とナミはずっとこいつの手引きをしてたんだ!」
ハリーはブラックを指差していた。
ブラックは萎れた様子でベッドの方へと歩いて行き、震える片手で顔を覆いながら座り込んだ。クルックシャンクスがその膝に乗り、喉を鳴らす。ロンは脚を引きずって、その両方から離れた。
「私もナミも、シリウスの手引きはしていない。訳を話させてくれれば、説明するよ。ほら――」
ルーピンは、五本の杖をそれぞれの持ち主に放り投げた。そして、自分の杖はベルトに挟み込む。
「君達には武器がある。私達は丸腰だ。聞いてくれるかい?」
「ナミが武器を持ったままよ」
サラが淡々と言う。
ルーピンは、ナミに目配せした。ナミは、不安げにブラックの方を見やる。
「でも――」
「大丈夫だ。彼は、ハリーもサラも、殺そうなんて考えていない。私が保証する」
「……リーマスが言うなら」
ナミは渋々と、ビービー弾を床に置いた。その他にも、いくつかの小瓶を床に置く。その中には、アリスが夏休みにサラとエリを脅した、あの劇薬もあった。
「これでいいかい?」
ルーピンはサラに問う。サラは、ゆっくりと頷いた。
ルーピンは、忍びの地図を見てサラ達がこの場にいる事を知ったと話した。ハリーがウィーズリーの双子から貰った、あの地図だ。ルーピンは使い方を知っているどころか、製作者の一人だとの事だった。ナミも、製作した頃にはいなかったものの、地図の企画には携わっていたらしい。
地図だけでなく、透明マントの存在もルーピンは知っていた。
「ジェームズがマントに隠れるのを何度見た事か……。
要するに、透明マントを着ていても、忍びの地図に表れるという事だよ。
私は君達が校庭を横切り、ハグリッドの小屋に入るのを見ていた。二十分後、君達はハグリッドの所を離れ、城に戻り始めた。しかし、今度は君達の他に誰かが一緒だった」
サラは眉を動かす。誰も、増えてなどいない。エリが来たのは、ここに着いてからだ。
ハリーもそう言ったが、ルーピンはそれを無視して続けた。
「私は目を疑ったよ。地図がおかしくなったかと思った。あいつがどうして君達と一緒なんだ?」
「誰も一緒じゃなかった!」
「すると、もう一つの点が見えた。急速に君達に近付いている。シリウス・ブラックと書いてあった……シリウスが君達にぶつかるのが見えた。君達の中から二人を、暴れ柳に引きずり込むのを見た――」
「一人だろ!」
「ロン、違うね。二人だ」
ルーピンはそれまで歩き回っていたのをやめ、ロンを見据えた。
「ネズミを見せてくれないか?」
その言葉に、ナミが反応した。ブラックを見つめ、ロンを見つめ、それからルーピンを振り返る。
「ネズミって……そんな、まさか……」
「何だよ? スキャバーズに何の関係があるんだ?」
「大有りだ。
頼む。見せてくれないか?」
ロンは躊躇ったが、ローブに手を突っ込んだ。必死にもがくスキャバーズを取り出す。クルックシャンクスがブラックの膝の上で立ち上がり、低く唸った。ナミは顔面蒼白だった。
「待って……待って……嘘……そんな……」
スキャバーズを見つめ、ぶつぶつと一人で呟いている。
「何だよ? 僕のネズミが一体何の関係があるって言うんだ?」
「それはネズミじゃない」
突然、ブラックが口を挟んで来た。
「どう言う事――こいつは、当然ネズミだよ――」
「いや、ネズミじゃない」
ルーピンが言った。
「こいつは魔法使いだ」
「アニメーガスだ――名前は、ピーター・ペティグリュー」
ブラックの言葉に、ナミが膝をついた。その眼は見開かれ、真っ青な顔でネズミを見つめていた。
Back
Next
「
The Blood
第1部
希望求めし少女たちは
」
目次へ
2010/03/29