十月三十日の朝は、夕方に到着する代表団の話で大広間は溢れかえっていた。
 エリはトーストの残りをミルクで流し込むと、席を立ちグリフィンドールのテーブルへと向かった。
 いつもの事ながら、サラはハリー、ロン、ハーマイオニーの三人と一緒にいる。四人で額を寄せ合い、何か話し込んでいた。近くまで寄ると、ハリーが手に持った何かを読み上げているのだと分かった。
「おはよ、何読んでんの?」
「うっわ!?」
 ハリー達は飛び上がり、声を掛けたのがエリだと判ると安堵したように息を吐いた。
「何だ、エリか……。おはよう。ちょうど、シリウスから手紙が来た所なんだ。ほら、この前の手紙の返事だよ」
「親父、何て?」
「もうこっちへ帰って来てるってさ」
 そう言ってハリーは、エリに手紙を差し出した。そこには、既にこちらへ来て隠れている事、ふくろうを次々に変える事が書かれていた。自分は心配要らない、と。
「この『傷痕について言った事』って?」
「次に痛む事があったら、直ぐにダンブルドアの所へ行くようにって話よ。ねえ、ハリー?」
 答えたのはハーマイオニーだった。同意を求めると言うよりも、念を押すようにハリーを振り返る。ハリーは渋々頷いた。
「それで、エリは何の用?」
 突っかかるように言って来るのはサラだ。
 エリは、思い出したと言う様に手を打った。
「フレッドとジョージに話があったんだ」
 フレッドとジョージは、サラ達の直ぐ近くの席にいた。自分達の名前が出て来て、エリを仰ぎ見る。
「年齢制限掻い潜る方法、何か見つかったか? どうやって選ばれるのか……あたしもスプラウトとかマクゴナガルとかに聞いてみたんだけど、さっぱり教えてもらえなくて」
「こっちも同じだよ。俺達もマクゴナガルに聞いてみたけど、全く教えてくれねえの」
「今はそんな事よりハリネズミを針山に変える事に集中なさい、ってか?」
「そうそう。こっちは、アライグマだけどな」
「まあ、何にしたって今夜どうやって選ぶか分かるだろうさ。そっちの方を考えるのは、それからだな」
「そっちの方って?」
 エリが聞き返し、フレッドはジョージの脇を小突いた。
「何でもないよ。それよりエリ、鞄を持ってないって事はハッフルパフのテーブルに置いて来てるんだろ? そろそろ戻らないと間に合わないんじゃないか?」
 二人は急いで席を立つと、大広間を出て行った。
 エリは首をかしげながら、その背を見送っていた。





No.11





 午後の授業は三十分早く終わり、アリスはクラスメイト達と一緒に寮に鞄を置き、玄関ホールへ出て行った。寮ごとに整列し、アリス達スリザリン生はスネイプに引率されて外へと出て行く。
 六時ちょうどに、ボーバトンの馬車が到着した。少しして、ダームストラングの潜水艦が湖に姿を現した。ダームストラングの代表団の中にいる一人の人物に、生徒達は騒然としていた。ドラコも例に漏れず、大広間へ向かいながらザビニと熱く語り合っている。
 大広間へ着くとホグワーツ生達の列は崩れ、生徒達は各寮のテーブルへと座って行った。そのどさくさに紛れ、一人の女子生徒がビクトール・クラムの前に飛び出した。他校の生徒達は、席に迷い出入り口の所に固まっていたのだ。
「クラム! お前、ビクトール・クラムだよな? サイン貰ってもいいか?」
 クラムが返答する前に、エリはハンナ・アボットに引き戻されて行った。アリスはいたたまれず、視線をそらした。
 ボーバトンの生徒達は、レイブンクローのテーブルに着いた。それを見て、ダームストラングの生徒達も動き出した。エリの行動に辟易したのか、ハッフルパフのテーブルを避けるようにしてこちらへ歩いて来る。
 ドラコが席を立ち、大きく手を振った。
「ここ! ここが空いてるよ! ほら――」
 ドラコの声が届いたらしく、クラム達はスリザリンのテーブルへとやって来た。グリフィンドールのテーブルに目をやると、ロンや彼の兄の双子が悔しそうにこちらを見ていた。
 ダームストラング生達が席に着き、スリザリン生も思い思いの席に座る。
「それじゃ、僕達もそろそろ座ろう」
 いつの間にか隣にハーパーがいた。クラムの周辺ばかりに目を凝らし、空いている席を探している。
 クラムの直ぐ傍の席に、ドラコは座っていた。両隣はいつもながら、クラッブとゴイルが固めている。近くには、ザビニやパンジーなど他の四年生達もいた。ドラコはクラムの方へ身を乗り出すようにして、話し出す。話し出して直ぐ、彼はこちらを振り返った。
「アリス! こっちへ来いよ。そこが空いてる」
「ありがとう、ドラコ」
 アリスはドラコの正面の席へと座った。クラムとの間には、ダームストラング生が二人いるだけだ。
 ドラコが再びクラムの方へと身を乗り出して、アリスは何故自分が呼ばれたのか解った。
「彼女は、アリス・モリイ。サラ・シャノンの妹だ。もちろん、血は繋がっていないけれど……」
 クラムと、その辺りのダームストラング生がこちらを見る。アリスはにっこりと笑った。
「初めまして、ミスター・クラム。私、貴方の試合を見たわ。とっても素晴らしかった!」
「ありがとう」
 クラムは慣れない様子の英語で短く言った。
 クラムは、色黒で痩せた青年だった。少年と言うのに違和感があるのは、眉毛が濃いせいか、大きな曲がった鼻のせいか、アリスには判断出来なかった。
 ダンブルドアが立ち上がっても、ドラコはいつも通り無視して話を続けようとした。けれどもクラムはドラコよりもダンブルドアの方へ興味を示し、ドラコは渋々諦めて押し黙った。
 ダンブルドアの短い挨拶が終わると、再びクラムの方へと身を乗り出した。
「僕の父上は、魔法省に顔が利くんだ。ルシウス・マルフォイって言うんだけど、聞いた事無いかな。母上はブラック家の出身だ。代々純血の一族だ。著名人もたくさん出ていて――」
 クラムはドラコの両親よりも、初めて見るのであろうイギリス料理の方に興味を示していた。普段の食事では見ない料理は、ボーバトンやダームストラングのある国のものだろう。
 ドラコは構わず話し続けた。
「ホグワーツにも、各寮にクィディッチ・チームがあるのは知っているかい? 今年は三大魔法学校対抗試合で中止だけど、毎年リーグ戦で優勝寮を決めているんだ。僕もその選手なんだよ。もちろん君には及ばないけれど――」
 この話には、クラムも興味を示した。
「君も選手なのか?」
「ああ。シーカーをやってる。二年生の頃からだ――」
「こいつ、去年はレイブンクロー戦で大活躍だったんだ」
 ザビニが席を立って移動して来て、ドラコの後頭部を軽く小突いた。
「キャプテンはマーカス・フリントって生徒だったんだけど、去年卒業した。次になるとしたら、マイルズかな……」
「モンタギューも、去年からだけどなかなか上手いぞ」
「そしたら、ホグワーツ内に競技場があるのかい?」
「ああ。後で、案内するよ」
 男子生徒達を中心に、クィディッチの話に花を咲かす。クラムは無口で、表情もあまり変わらなかった。それでもサラと言う姉がいるアリスには、彼がこの会話を楽しんでいる事が解った。
 やがて会話が途切れ、ダームストラングの女子生徒がアリスの方へ身を乗り出した。
「アリス・モリイ――だっけ? 貴女、シャノンの妹なのよね? 彼女とは仲が良いの?」
「ええ、まあ。姉妹だもの。でも、『例のあの人』の事なら何も知らないわよ。本人も覚えていないみたい。
そう言えば、サラとハリーもグリフィンドール・チームのクィディッチ選手だわ。サラはチェイサー、ハリーはクラムやドラコと同じシーカー。ハリーとは宿命のライバルなのよね、ドラコ?」
 アリスは悪戯っぽく笑って、ドラコを見やった。ドラコは「誰があんな奴気にするもんか」とか何とかモゴモゴと言って、そっぽを向いた。
 隣に座ったダームストラング生の男の子が、勢い良くこちらを振り返った。
「ハリー・ポッターとサラ・シャノンなら僕、知ってる。『生き残った男の子』と『生き残った女の子』だ」
「誰だって知っていると思うわよ、ポリアコフ」
 ポリアコフと呼ばれた生徒を見て、アリスはぎょっとした。彼のローブは、食べこぼしでベタベタになっていた。さり気なく座る位置をずらし、彼から身を離す。反対隣に座るハーパーが、突然咽返った。
「大丈夫?」
 アリスはグラスに水を注ぎ、ハーパーの前に置く。テーブルの上の料理は消え、デザートになっていた。
 暫くして、デザートも皿からきれいに無くなった。ダンブルドアが再び立ち上がり、大広間は静まり返る。今回ばかりは、ドラコも無視しようとはせずダンブルドアを見つめていた。
「時は来た」
 ダンブルドアが話し出す。
 ダンブルドアはまず、魔法省からの来賓を紹介した。バーテミウス・クラウチと、ルード・バグマンだ。ウィンキーの一件で、アリスはどうもクラウチに良いイメージを抱けなかった。続けてダンブルドアは、ダームストラングとボーバトンそれぞれの校長を紹介した。カルカロフとマダム・マクシーム。
 彼らの紹介が終わると、いよいよ三大魔法学校対抗試合の代表選手選抜方法だ。フィルチが持って来た木箱の中には、青白い炎に包まれた大きなゴブレットが入っていた。このゴブレットが玄関ホールに置かれ、生徒達は自分の名前を入れるのだと言う。期限は明日の夜まで。明日の夕、ハロウィーンの宴にて代表者三名が選び出される。
「年齢に満たない生徒が誘惑に駆られる事の無いよう……」

 ダンブルドアの話が終わり、アリスはドラコ達の直ぐ後について大広間を出て行った。スリザリン寮へと階段を降りながら、やはりドラコは年齢制限に不満気な様子だった。
 クラッブとゴイルも、こちらはこちらで別の理由で不満気だった。恐らく、外国料理の種類が豊富過ぎて時間内に食べ切れなかったのだろう。
「でも、『年齢線』か。直接誰かが顔を見る訳じゃないなら、掻い潜る手はあるかも知れないな」
「ザビニ、貴方エントリーする気なの?」
 ダフネが驚いた様子で問う。
 ザビニは肩を竦めた。
「いや、別に。年齢制限が設けられたんだ。必死になってそれを掻い潜ろうなんて、馬鹿馬鹿しい事は考えないさ。なあ、ドラコ?」
「な、何で僕に……ああ、もちろんさ」
 ドラコは大きく頷いたが、ザビニの最初の言葉で考え込むようにしていたのをアリスは見逃していなかった。
 パンジーが大きく息を吐く。
「でも、本当に残念だわ。年齢制限さえ無ければ、きっとドラコが選ばれたでしょうに」
 買いかぶり過ぎな気もするが、お世辞でもなく本気で言っているようだ。
「いや。どちらにせよ、僕達より上の学年が三つもいるんだ。それだけいたら、僕よりふさわしい人がいるだろうさ」
 言いながらも、ドラコはまんざらでも無い風だ。
「でも、エントリーはした。そうだろう、ドラコ?」
 ノットが珍しく口を挟んだ。
「ああ。でもそれは、ザビニもじゃないか?」
「年齢制限さえ無ければな。
アリスはどうだ? 何だかんだで、課題をこなせそうな気がするけど」
「私!? 私はエントリーもしないわ。ドラコでさえ謙遜するぐらいなのよ? 私なんかじゃ、こなせる訳ないじゃない」
 スリザリン寮に着き、アリス達は談話室を横切る。
「それじゃ、おやすみ。パンジー、アリス、ダフネ」
「おやすみなさい、ドラコ、皆」
「おやすみ」
 パンジーの後に続けて、アリスは言った。
 それから、 少し遅れて歩いて来ているハーパーを振り返った。
「ハーパーも、おやすみなさい」
「……」
「ハーパー?」
 アリスは首を傾げる。ドラコやパンジー達は、既にそれぞれ寝室へと消えて行っていた。
「……クラムやドラコばかり、彼らがそんなに良いか?」
「え?」
「何でもない、おやすみ」
 ハーパーはぷいとそっぽを向き、男子寮へと去って行った。
 アリスは首を傾げつつも、寝室へと向かった。





 翌日は日曜日にも関わらず、サラは早い時間に起こされた。窓から差し込む日光に目を瞬きながら、きょろきょろと辺りを見回す。アンジェリーナの姿は見つからない。
「なあに? クィディッチの練習?」
 返って来たのは、ハーマイオニーのクスクス笑う声だった。
「クィディッチは、三大魔法学校対抗試合で中止でしょう。忘れちゃった?」
「朝から元気ね……」
「貴女が特別、朝弱いだけよ」
 ベッドの横にある棚からくしを取り、髪を梳かす。それから、カチューシャを付ける。祖母から誕生日に貰った、ラベンダー色のカチューシャだ。
 ハーマイオニーと一緒に談話室へ降りて行くと、既にハリーとロンもそこにいた。早過ぎるのではないかと思ったが、玄関ホールへ行くと二十人ほどの生徒がうろうろしていた。どの生徒の視線も、「炎のゴブレット」に注目している。
「あれが年齢線みたいね」
 ハーマイオニーが言った。ゴブレットはいつも組分け帽子が乗せられている丸椅子に置かれ、玄関ホールの中央に安置されていた。そうして、それを丸く囲むように金色の線が描かれている。
「もう誰か名前を入れた?」
 ロンが近くにいる三年生の女の子に聞いた。彼女の話では、ダームストラング生が全員入れたらしい。彼らは一体、何時に起きたのだろう。ホグワーツからは、まだ誰も入れたのを見ていないとの事だった。
「昨日の夜の内に、皆が寝てしまってから入れた人もいると思うよ。僕だったら、そうしたと思う……。皆に見られたりしたくないもの。ゴブレットが、名前を入れた途端に吐き出して来たりしたら嫌だろ?」
 ハリーが言った直ぐ後に、階段の方から笑い声がした。フレッド、ジョージ、リー、それから長い黒髪の女子生徒が階段を駆け下りて来ていた。
「やったぜ」
 四人の所で立ち止まり、フレッドが低い声で言った。
「今飲んできた」
「何を?」
「『老け薬』だよ。鈍いぞ」
「一人一滴だ。エリはコップ一杯必要だったけど。俺達はほんの数ヶ月分、年を取ればいいだけだからな」
 ジョージの言葉に、ロンはぽかんと口を開けた。サラはまじまじと、もう一人の女子生徒を見ていた。大人びた顔立ちの上級生。そうすると、彼女は――
「……エリなの?」
 ハーマイオニーがおずおずと問いかけた。
 彼女はニヤリと笑った。見栄えも何も気にしない、間抜け面にさえ見える、ただ楽しそうな笑み。確かに、エリの笑い方だった。
「誰だか判らなかったよ。上級生かと思った。ハッフルパフ生なら、知らない人もいるし――」
「エリ、君――すっごく綺麗だ」
 ハリー、ロンが言った。エリは笑っていた。
「ロン、お前も随分と浮ついた台詞を言えるようになったなあ」
 どうやら冗談で言っていると思っているようだ。ハーマイオニーは少し気分を害した様子だった。
「冗談なんかじゃないわよ。誰かさんってば、ぼーっと見惚れてらしたもの」
「僕、昨日の言葉を撤回するよ」
「『ホグワーツではああ言う子は育たない』って話?」
 ロンはこくんと頷いた。
「ホグワーツでも、『近づける』事は出来るんだ」
「ほーう? 我が弟は、昨日来た生徒の中に運命の人を見つけたか?」
「五月蝿い」
 フレッドに言われ、ロンは我に返って噛み付くように言った。
「それで、成功する見込みはあるの?」
 自分の台詞で勘繰られたのを気にしてか、ハリーが話題をそらした。
 フレッド、ジョージ、リーも、エリと同じようにニヤリと笑う。リーが答えた。
「当然。四人の内誰かが優勝したら、一千ガリオンは山分けにするんだ」
「でも、そんなに上手くいくとは思えないけど。ダンブルドアはきっと、そんな事考えてある筈よ」
「どちらにせよ、エリは無理でしょうね」
 サラは、ハーマイオニーの後に続けて言った。
「どう言う意味だよ?」
 エリは突っかかるようにサラを見下ろす。元々背が高いからか、身長はそんなに変わっていなかった。
「そのままの意味よ。彼ら三人は六年生だから兎も角、貴女、まだ四年生なのよ? それに、四年生の中でも……貴女が選ばれるようじゃ、ホグワーツの品性が疑われるわ」
「な――」
「おーい、エリ! 早く来いよ!」
 フレッド、ジョージ、リーの三人は既に年齢線の直ぐ外側まで言っていた。エリはベーっとサラに向かって舌を出し、彼らの方へと駆け寄った。
「まったく……見た目だけ大人になっても、中身はまるで子供ね」
「エリらしいじゃない」
 ハーマイオニーはクスクスと笑っていた。
 フレッドは自分の名前を書いた羊皮紙を手に、大きく息を吸った。そして、線の内側へと足を踏み出した。
 線を越えた。
「やった!」
「やっほぅ!」
 ジョージとエリが直ぐに駆け寄った。途端、ジュッと言う大きな音がした。二年生の頃、陰山寺に箒で乗り込もうとした時の事を思い起こさせた。三人は円の外に弾き出され、冷たい石の床に叩きつけられた。それから、ポンと言う音がしたかと思うと、三人の顎に全く同じ髭が生えてきた。
 サラは思わず噴出し、口元に手をやった。玄関ホールは笑いの渦に飲み込まれていた。本人達でさえ、お互いの顔を見て笑い出した。
「忠告した筈じゃ」
 大広間の扉が開き、ダンブルドアが出て来た。何処か面白がるように、三人を鑑賞している。
「三人とも、マダム・ポンフリーの所へ行くが良い。既に、レイブンクローのミス・フォーセット、ハッフルパフのミスター・サマーズもお世話になっておる。二人とも、少しばかり年をとる決心をしたのでな。もっとも、あの二人の髭は君達の程見事ではないがの」
 笑いが収まらないリーに付き添われ、三人は医務室へと向かって行った。去り際、エリが「一日で十七歳と百歳を一気に体験した」と楽しそうに話しているのが聞こえた。

 朝食の席で、グリフィンドールからはアンジェリーナ、ハッフルパフからはディゴリー、スリザリンからはワリントンが立候補した事が分かった。朝食が終わると、サラ達は、ハグリッドの小屋へ向かった。ハーマイオニーはハグリッドもS.P.E.W.に勧誘すると言って、態々寮まで戻ってバッジを取って来た。
 今日のハグリッドは、奇妙な格好をしていた。本人は礼服か何かのつもりのようだが、それにしても似合わない。それに、背広のモコモコした毛はサラでも悪趣味だと思った。髪は一つに結ぼうとしたようだが、纏めきれずにエリのような二つ結びになっている。
 こう言った場面の対応は、ハーマイオニーが一番上手い。ハーマイオニーを見たが、彼女は何も言わない事にしたようだった。
「えーと……スクリュートは何処?」
「外のかぼちゃ畑の脇だ。でっかくなったぞ。もう一メートル近いな。ただな、困った事に、お互いに殺し合いを始めてなあ」
 この話に本気で心配したのは、サラだけだった。ハーマイオニーでさえ、「困ったわね」と言う言葉に心が篭っていないのが分かった。幸い、ハグリッドは気付かなかった。
「そうなんだ。ンでも、大丈夫だ。もう別々の箱に分けたからな。まーだ、二十匹は残っちょる」
「良かった……」
「うわ、そりゃ、おめでたい」
 ハグリッドの小屋でも、一番に出たのは三大魔法学校対抗試合の話だった。ハグリッドは最初の課題が何か言いかけ、慌てて口を噤んだ。
「言ってよ、ハグリッド!」
「お前さん達の楽しみを台無しにはしたくねえ。だがな、凄いぞ。それだけは言っとく。代表選手も、課題をやり遂げるのに苦労するだろう。生きてる内に三校対抗試合の復活を見られるとは、思わんかったぞ!」
 サラ達は昼食をハグリッドと一緒に食べたが、あまり食べない内に終わった。ビーフシチューだと言って出されたが、ハーマイオニーが中から大きな鉤爪を発見してしまったのだ。
 昼を過ぎた頃から雨が降り出し、サラは席を立った。
「私、スクリュートの様子を見て来ても良い?」
「おお、そうだな。そんじゃ、俺達も――」
 ハグリッドの言葉に、ハリー、ロン、ハーマイオニーの顔が強張った。「余計な事を!」と目で訴えているのが分かった。
「良いわ、私一人で見て来る。その服を泥水で汚しちゃ不味いでしょう? 傘、借りるわね」
 サラは、直ぐ傍の棚にあるピンク色の傘に手を伸ばした。
「おっと、それは違う」
 ハグリッドは慌てて奥の棚をごそごそやり、大きなこうもり傘を取り出した。
「こっちは傘じゃないの?」
「うんにゃ……そっちは、その……古くていかん……」
 ハグリッドは歯切れの悪い返事で、サラはオリバンダーの店へ行った時の事を思い出した。杖の事を言及された時、握り締めていたのが確かこの傘だ。
「ごめんなさいね。そっちを借りるわ、ありがとう」
 サラは黒い傘をさして、外へ出て行った。背後で、ハーマイオニーがハグリッドをS.P.E.W.に勧誘しているのが聞こえた。
 かぼちゃ畑の脇に置かれたスクリュートの入った箱は、雨ざらしになっていた。雨を浴びた程度では、スクリュートが死ぬ事はないだろう。それでも、木箱が雨水を含んで腐朽してしまったら危険だ。箱の中のスクリュート達も、外の状況を察しているらしい。狭いのもあるのだろう。あの大きな鋏が内側の壁を叩いたり、中で尾を爆発させたりしているようだった。
 小屋の軒下まで持って行けば、少しは雨が掛からない。けれど、もう積み上げる事は出来ない大きさになってしまった。一つずつ並べて置いたのでは、軒下に収まりきらないだろう。
 サラは杖を出し、木箱を軽くトントンと叩いた。
「インパービアス」
 二十の木箱全てに、サラは防水呪文を掛けて行った。
 小屋に戻った時にはもう、S.P.E.W.の話はしていなかった。ハーマイオニーの不貞腐れた様子からして、ハグリッドは勧誘に応じなかったらしい。
「サラ、どうだった? スクリュートは」
「元気溌剌ね。箱が水を吸って腐ったらいけないから、防水呪文を掛けておいたわ。少なくとも、この雨が止むまでは大丈夫だと思う。でも永遠に効いてる訳じゃないから、箱の上に屋根を作っておいた方が良いんじゃないかしら」
「そうだな……そろそろ雨季も来るしな」
 五時半には暗くなり出し、四人は城へと戻った。ハグリッドも一緒に行くと言ったのだが、結局サラ達四人の事は忘れてマダム・マクシームを迎えに行っていた。
 サラはきょとんとしていた。
「何か大変な用でもあったのかしら?」
「大変な用? サラ、ハグリッドの顔を見なかったのか? ハグリッド、あの人に気があるんだ!」
 ロンが信じられないと言うように言った。
「二人に子供が出来たら、世界記録だぜ――あの二人の赤ん坊なら、きっと重さ一トンはあるな」
 城へ向かう途中、少し前をダームストラングの生徒達が歩く形になった。ロンは熱心にクラムに視線を注いでいたが、クラムの方は誰とも目を合わせないようにしているように見えた。サラは、何となく彼の気持ちが分かるような気がした。
 大広間にはもう、殆どの生徒が集まっていた。フレッドとジョージも、髭がすっかり無くなった状態で座っていた。ハッフルパフの席を見ると、エリも髭が無くなっていた。年齢も元通り十四歳に戻り、いつも通り髪を二つに結んでいる。

 宴会が長く感じられるのは、初めての事だった。誰もが待ちきれない様子で、そわそわとダンブルドアの方を伺っていた。
 漸く金の皿が空っぽになり、ダンブルドアは立ち上がった。サラはいずまいを正し、ダンブルドアを見つめた。
「さて、ゴブレットはほぼ決定したようじゃ」
 大広間はしんと静まり返り、誰もが固唾を呑んでダンブルドアを見つめていた。
「わしの見込みでは、あと一分ほどじゃの。さて、代表選手の名前が呼ばれたら、その者達は大広間の一番前に来るが良い。そして、教職員テーブルに沿って進み、隣の部屋に入るよう――」
 ダンブルドアは、教職員テーブルの後ろにある扉を示した。
「――そこで、最初の指示が与えられるであろう」
 ダンブルドアが杖を振り、大広間の明かりが一気に暗くなった。一瞬遅れて、残った灯りがジャック・オ・ランタンだけだと見て取れた。暗闇の中、青白く輝くゴブレットはひときわ目立った。
 サラはそわそわと身体を揺らした。今度ホグズミードに言った時には、腕時計を買おう……そうしたら、他の生徒のように時間を気に出来るのに……。
「来るぞ」
 少し離れた席から、誰かの呟く声がした。
 ゴブレットの炎が赤くなっていた。火花が飛び散り、火柱が上がる。そして、その先から焦げた羊皮紙がひらひらと舞い降りてきた。
 ダンブルドアがその羊皮紙を捕らえ、炎の明かりに掲げた。
「ダームストラングの代表選手は――ビクトール・クラム」
「そうこなくっちゃ!」
 ロンが大声で言った。他のテーブルからも、賛辞の声が上がっていた。拍手と歓声の中、ビクトール・クラムがスリザリンの席から立ち上がった。
 クラムが奥の部屋へ消えてからも、拍手は鳴り響いていた。
 再びゴブレットが赤く燃え上がり、大広間は静寂に包まれた。二枚目の羊皮紙が落ちて来る。
「ボーバトンの代表選手は――フラー・デラクール!」
 またしてもロンは大興奮だった。フラーは、ロンが見惚れていたあの女子生徒だったのだ。彼女の優雅な動きを見て、確かにヴィーラだと思っても不思議ではないかも知れないとサラは思った。ボーバトンでは、選ばれなかった生徒が泣き出したりもしていた。
 フラーが奥の部屋に消え、沈黙が訪れる。残るはホグワーツ。大広間にいる誰もが、ゴブレットを見つめていた。
 ゴブレットが赤く燃え出した。火花が飛び散り、火柱が燃え上がる。そして、羊皮紙が舞い降りる。
「ホグワーツの代表選手は――セドリック・ディゴリー!」
「駄目!」
 ロンの大声は、恐らく両隣にいるサラとハリーにしか聞こえなかっただろう。隣のテーブルの歓声が、これまでの比ではなかった。ハッフルパフ生は総立ちになり、今にもディゴリーを胴上げしそうな勢いだった。拍手は鳴り止まず、恐らくクラムの時より長かったろう。
 長い大歓声が収まり、やっとダンブルドアは話し出した。
「さて、これで三人の代表選手が決まった。選ばれなかったボーバトン生も、ダームストラング生も含め、皆打ち揃ってあらん限りの力を振り絞り、代表選手達を応援してくれる事と信じておる。選手に声援を送る事で、皆が本当の意味で貢献出来――」
 ダンブルドアの言葉が途切れた。
 理由を考えるまでも無かった。「炎のゴブレット」が、再び赤く燃え始めたのだ。火花が散る。火柱が燃え上がる。代表選手選出と、何ら変わりなかった。
 一枚の羊皮紙が舞い降りてきた。
 ダンブルドアはその羊皮紙を捕らえ、じっと名前を見つめていた。サラは何故だか、ぞわりと鳥肌が立っていた。嫌な予感がする――そして総じて、そう言った予感は当たる事が多い。
 痛々しい沈黙の末、ダンブルドアはその名前を読み上げた。
「……ハリー・ポッター」


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2010/09/17