寮へと戻って行くグリフィンドール生達は、興奮の渦に包まれていた。
 ハリーの名前が呼ばれた瞬間は大広間が静寂に包まれたものの、驚きを乗り越えるとグリフィンドールに残るのは喜びと歓迎だった。
「ハリーならやってくれると思ったよ!」
「何せ、『生き残った男の子』だ! 二年前だって、ホラ、スリザリンの怪物をやっつけたじゃないか」
「奴は一年生の頃から頭角を現してたぜ。賢者の――」
「フレッド。その話は、『秘密』でしょう」
「優勝杯はグリフィンドールが頂きだな。『例のあの人』からだって生き残ったんだ。三大魔法学校対抗試合なんて、へっちゃらに決まってる」
「セドリックが選ばれた時は、もうおしまいだと思ったよ。グリフィンドールからも選手が出て、本当に良かった……!」
「でも、一体どうやったのかしら。フレッドとジョージだって、失敗していたのに!」
「ハリーが戻って来たら聞いてみましょう。どんな話をしているのかしら。ねえ、選手達がこなす課題ってどんなのだと思う?」
 生徒達は口々に喋る。他の寮が向ける視線なんて、全く気付く素振りも見せない。
 興奮したさざめきの中に、ロンの声は無かった。彼はむっつりと黙り込み、早足に寮へと向かっていた。横並びになって歩く集団を掻き分け、サラとハーマイオニーは七階まで上った所で何とか彼に追いついた。
「ロン! どうしたのよ、一体?」
 ロンはムスッと口を尖らせていた。太った婦人の肖像画に合言葉を告げ、談話室に入って漸く彼は口を開いた。
「……ハリーの奴、どうして僕には教えてくれなかったんだ?」
「え?」
「ゴブレットを出し抜く方法さ! 僕にも教えてくれたって良かったじゃないか!」
 ロンは声を荒げて、サラとハーマイオニーを振り返る。
 ハーマイオニーが宥めるように言った。
「ロン。ハリーの表情を見たでしょう? ハリーが入れたんじゃないわ。ハリーはきっと、何も知らなかったのよ」
「驚いたふりなんて、誰にでも出来る」
「ロン……それ、本気で言ってるの?」
 サラが静かに問うた。
「ハリーが、年齢制限を破ってまで目立ちたがるような人だって、本当にそう思うの?」
 サラの声色は問い詰めるでもなく、それどころか何処か物悲しげだった。
 突然知らされた、魔法界での自分の立場。周囲からの奇異な目。小学生の頃とはまた違う種の、名前を名乗る事への抵抗。
 自分でも覚えていないような事で注目される。期待される。それが、どんなに重荷であるか。ひそひそと噂する全ての人達の口を縫いとめてやりたくなる衝動。
 そして彼らの勝手な期待を裏切った時、世間は一斉に冷たい視線を向ける。誰が悪目立ちなんて望むものか。けれども誰も、それを解ってはくれない。勝手に期待して、勝手に裏切られたと嘆いて。
 ハリーが自ら規則を破ってまで目立とうとなどするものか。ロンだって、それが解るだろうと思っていたのに。
「そうか。君達はハリーの味方をする訳だ」
「ロン。味方なんてそんな――」
「良いさ。『生き残った男の子』――次は何だい? 例外的な代表選手か? あいつと一緒にいればいい。僕はハリーのおまけなんかじゃない」
「誰かがそう言ったの?」
 ロンは答えず、男子寮への階段を駆け上がって行ってしまった。
 サラはロンの消えて行った扉を見つめ、ハーマイオニーを振り返る。ハーマイオニーも、心配そうに男子寮の階段の先を見つめていた。
「そっとして置きましょう……。少し気が立ってるのよ。頭を冷やして考えれば、きっと……」
 ハーマイオニーの最後の言葉は、不安げに消えて行った。
 サラは再び階段の上を仰ぎ、頷いた。
「でも、ロンがハリーの事をあんな風に言うなんて思わなかったわ。ドラコが嫉妬して嫌味を言うのと同じじゃない」
「ロンは元々、お兄さん達と比べられて来たもの。入学しても、今度はいつも渦中にいるのはハリーで……少し、コンプレックスを抱いていたって仕方ないわ」
「……」
 サラとハーマイオニーは宿題を持って来て、談話室でハリーを待つ事にした。
 間も無く、肖像画の裏の扉が開いた。わっと言う喧騒と共に、グリフィンドール生達が談話室に続々と雪崩れ込んで来る。
 まだハリーの姿は無い。
 それどころかハリーを待つのに痺れを切らしたグリフィンドール生達は、サラとハーマイオニーなら彼がどうやったのか知っていないかと考えたらしい。二人は早々に談話室を避難し、その日、ハリーと会う事は出来なかった。





No.12





 翌朝サラとハーマイオニーが大広間へ降りて行くと、ロンはフレッドやジョージと朝食をとっていた。案の定、ハリーの姿は見当たらない。
「ロン、おはよう」
「おはよう」
「ハリーは?」
「……」
 まだ突っぱねたままのようだ。
 サラは、ハーマイオニーの向こう側に座るロンへと身を乗り出した。
「ねえ、まだハリーが自分でエントリーしたって思っているの?」
「だって、誰が入れる必要がある?」
「必要のある人物がいたのかも知れないわ。ゴブレットの何らかの手違いって可能性も、ゼロとは言い切れない」
 ハーマイオニーは責めるでもなく、根気良く説得する。それでもロンは、手強かった。
「ゴブレットの手違いなら、今頃エントリーの取り消しが発表されてる筈だろ? 誰かが入れたって、誰がそんな事するって言うんだ?」
「そこまでは分からないわ。でも、何が起こったって不思議じゃない。それは貴方だって経験して来ているでしょう? ハリーは巻き込まれやすいのよ」
「それじゃあ、どうして今回はサラは違うんだ? 今までの事、思い出してみろよ。クィレルだって、リドルだって、ハリーとサラを誘き出そうとした。去年だって、サラも狙われるって言われてた。だけど、今回はどうだ。そう言う何かのせいなら、どうしてサラも一緒じゃないんだ?」
「私は私。ハリーはハリーよ」
 サラは口を挟んだ。
「何もかも一緒な筈が無いわ。それにリドルの時は、貴方だって一緒だったじゃない。たまたま岩で分断されただけでしょう。賢者の石の時だって、貴方達も一緒に向かって来ていたって言ってたじゃない。何も、私とハリーばかり同じ条件で同じ目に遭っている訳じゃないわ」
 ロンは「そうかな」と短く言っただけで、トーストに付けるジャムを探す事に熱中し出した。
 ハーマイオニーは朝食にも手を付けず、白々しくそっぽを向くロンの横顔を見据える。
「ねえ、今、ハリーには貴方が必要だわ。いつまで、目をそらし続けるつもり? 大変な事が起こっているのよ。ダンブルドアの年齢線を誤魔化して、ゴブレットも騙すなんて! シリウスの手紙、貴方も読んだじゃない。闇の印に、ハリーの傷痕に……何かが起こっているに違いないのよ」
 ロンは答えなかった。サラもハーマイオニーも食べ始める気にはなれず、ロンをじっと見据えていた。
「どうした、ロン? ジャムか?」
 ジョージが目の前にあったジャムをロンへとよこし、ロンもこれ以上サラ達を無視する口実は無くなってしまった。パンの裏面にまでジャムを塗りたくり、漸くロンはこちらを向いた。
「……僕、ただ――」
「おはよう、ロン!」
 ロンの言葉を、明るい大きな声が遮った。エリが、やっと逢えたとでも言うかのような笑顔で駆け寄って来る。
「ロンなら、何か聞いてるかと思ってさ! ハリーがどうやってエントリーしたのか! 凄いよな。あたし達も駄目だったのに――」
 果たして、三人の表情が凍った事にエリは気づいただろうか。
 ロンの声は冷ややかだった。
「本人は『入れてない』って言ってるよ」
 そのまますっくと席を立った。何やらヒソヒソと話し込んでいたフレッドとジョージが、驚いてこちらを振り返る。
「ロン、トースト残ってるぞ? おーい、ロン?」
「食べちまうぞ……って、うわ、何やってんだあいつ」
 両面ジャムたっぷりのトーストに、フレッドが素っ頓狂な声を上げる。
 ロンは振り返りもせず大広間を出て行った。エリはきょとんとその背を見送っていた。恐々と、サラとハーマイオニーに目を向ける。
「何かあったのか……?」
「最低のタイミングね」
 サラは冷たく言い放つ。ハーマイオニーにも、フォローのしようが無かった。

 ハリーは皆に囲まれて朝食を食べる気分にはなれないだろうと、サラとハーマイオニーの意見は一致した。ナプキンにトーストを数枚包んで寮に戻ると、ちょうどハリーが談話室から出て来た所だった。
「これ、持って来たの……ちょっと散歩しない?」
 ハーマイオニーの提案に、ハリーは大賛成だった。誰かに声をかけられる前にと、三人は素早く会談を降り玄関ホールを横切って外へと出た。
 寒さに手を擦り合わせながら、芝生の上を足早に歩いて行く。湖の傍には、ダームストラングの船が繋がれていた。トーストを食べながら、ハリーは昨日選手達が集まった部屋での事を話し出した。
「――それで……ムーディは、誰かが僕を殺そうとして名前を入れたんじゃないかって……」
 ハリーは、言いにくそうに話し、サラとハーマイオニーの表情を伺い見た。サラもハーマイオニーも何も口を挟まず、ただ真剣な表情でハリーの話に聞き入っていた。笑い飛ばすでもなく、馬鹿にして嘲るでもない二人の様子に安堵し、ハリーは続きを話した。
「もちろん、ムーディはあんな性格だ……だから、誰も本気にはしなかった。ムーディは、ゴブレットに誰かが『錯乱の呪文』を掛けたんじゃないかって……。
当然、カルカロフとマダム・マクシームはカンカンだったよ。ホグワーツから二人も選手が出るんだもの。バグマンは寧ろ楽しんでそうだったな。クラウチはそんなに気にしてないみたいだった。ワールドカップの時に比べて、随分疲れた様子だったよ。
最初の課題は十一月二十四日だって。杖だけの持込が許される。それ以上は何も教えてくれなかった。第二の課題については第一の課題の後にって事と、期末試験は受けなくて良いって事だけだ。
……皆、僕が自分でエントリーしたと思ってる」
 ハリーの表情は一気に暗くなった。
「セドリックにも聞かれたんだ。どうやったのかって。寮に帰ったら、皆が聞いてくるし……。一体どうして、僕がそんな事をすると思うんだ?」
「ええ、貴方が自分で入れたんじゃないって、もちろん、解っていたわ」
 ハーマイオニーが言った。
「ダンブルドアが名前を読み上げた時の貴方の顔ったら! でも問題は、一体誰が名前を入れたかだわ! だってムーディが正しいのよ、ハリー……生徒なんかに出来やしない……ゴブレットを騙す事も、ダンブルドアを出し抜く事も――」
 ざわざわと木々が音を立てる。
 誰が入れたのか。ハリーはいつも、巻き込まれる。生き残った男の子だから。――命を狙われる。今朝も、その可能性をハーマイオニーが指摘していた。サラもその可能性は高いと思っていたが、それは何処か実感の無い浮ついたものでしかなかった。けれどもムーディも指摘した事で、それは一気に現実味を帯びて迫って思えた。この穏やかな風景の中から、今にも緑色の閃光が飛び出して来るのではないかと言う気がした。
 けれどもハリーの関心は、何者かの企みとは別のものに向いていた。
「ロンを見かけた?」
 サラとハーマイオニーは思わず顔を見合わせる。
 サラが、恐々と頷いた。
「ええ……朝食の席で……」
「僕が自分の名前を入れたと、まだそう思ってる?」
「そうね……ううん」
 今度はハーマイオニーが答えた。
「そうじゃないと思う……そう言う事じゃないのよ」
 ハーマイオニーは、昨晩サラにも話したのと同じ話をハリーにした。恐らく、ロンは嫉妬している。元々、優秀な兄達と比較されて育って来た。今回の事で限界が来たのだろう、と。
「そりゃ傑作だ」
 ハリーはそう言ったが、全くそうは思っていないのがありありと判った。
「本当に大傑作だ。ロンに僕からの伝言だって、伝えてくれ。いつでもお好きな時に入れ替わってやるって。僕がいつでもどうぞって言ってたって、伝えてくれ……サラは分かるだろう? 何処に行っても、皆が僕の額をジロジロ見るんだ……」
「私は何も言わないわ。サラも何も言わない。自分でロンに言いなさい。それしか解決の道は無いわ」
 しかし、ハリーも意固地になっていた。ロンの態度が余程気に障ったのだろう。
 サラは不意に口を挟んだ。
「ねえ、ハリー。第一の課題は、えーっと……十一月二十……」
「四だよ。十一月二十四日」
「そう」
 十一月二十四日。二十二日ではなかった。けれど、近い日だ。それこそ、何があっても不思議ではない。
 サラは、まるで誰かを警戒するかのように辺りを見回した。けれどももちろん、この場にいるのはサラとハリー、ハーマイオニーの三人だけだ。ダームストラングの潜水艦も、大分後ろに過ぎ去っている。
 ハーマイオニーは、この事をシリウスに知らせるべきだと主張していた。ハリーは渋っていた。そんな手紙を出せば、今度こそ城に乗り込んで来るだろうと言うのだ。確かにハリーの言い分も尤もだが、それでもサラはハーマイオニーに賛成だった。
「ハリー、これは秘密にしておける事じゃないわ。この試合は有名だし、貴方も有名。『日刊予言者新聞』に、貴方が試合に出場する事が全く載らなかったら、かえっておかしいじゃない……貴方の事は、『例のあの人』について書かれた本の半分に既に載っているのよ……。どうせ耳に入るものなら、シリウスは貴方の口から聞きたい筈だわ」
「それに、ハリーが書かないなら私が手紙に書くわよ。ちょうど何を書いて出せば良いか迷っていたところだしね」
 二人の矢継ぎ早の攻撃に、ハリーは折れた。
「わかった、わかった。書くよ」
 投げやりに言い、ラスト一枚のトーストを湖に放り投げる。トーストは直ぐに、湖面に現れた吸盤付きの太い足に引きずり込まれて行った。それを見送って、三人は城へと引き返した。
「サラ、エフィーを使っても良い?」
「ええ、良いわよ。確か、ふくろうを次々変えるように書いてあったわよね?」
「うん。エリにも声を掛けといた方が良いかもな……」
「ロンにもピッグウィジョンがいるわ」
「僕、ロンには何も頼まない」
 ハリーの断固たる態度に、サラは肩を竦めるしかなかった。





 月曜日の最初の授業は、グリフィンドールとハッフルパフ合同の薬草学だ。ハリー、ハーマイオニー、サラの三人は、他のグリフィンドール生から少し遅れて現れた。エリは三人の所へ駆け寄ろうとしたが、後ろから襟を思いっきり捕まれて蛙が潰れたような声を上げた。
「何するんだよ、アーニー」
「君こそ何するつもりだよ。今、ハリー・ポッター達の方へ行こうとしなかったか?」
「うん。だって、アーニーもハリーがどうやったのか気になるだろ?」
「自分がどんな卑怯な手管を使ったかなんて、正直に話すもんか。僕、セドリックにも聞いてみたんだ。あいつが何をしたのか。でもポッターの奴、何も教えてくれなかったってさ」
 ジャスティンが会話に加わった。
「そんなに目立ちたいのか? 何にしたって、あいつは正規の選手じゃない。ホグワーツの代表はセドリックだけです」
「グリフィンドールの奴ら、まるでハリーだけが代表に選ばれたみたいな態度だよね」
「おい、お前ら何言ってんだよ――」
 スプラウトがやって来て、会話は途切れた。アーニーとジャスティンはハリー達と同じテーブルになっていたが、全く口を利く様子は無かった。それどころか、スプラウトまで何処かハリーによそよそしいように感じられる。
 ――スプラウトは兎も角、アーニーとジャスティンだってエントリーしたいと思っていたくせに。
 どうしてハリーに冷たい態度を取るのか、エリには理解出来なかった。けれどもロンにせよ、アーニーとジャスティンにせよ、ハリーについて何か怒っている事は確かなようだ。

 授業終了後、アーニーやハンナ達と城まで戻る途中で、エリは立ち止まった。
「いっけね、ちょっと忘れ物して来た。先行っててくれよ」
「急いでね。次の授業はマクゴナガル先生よ」
「大丈夫、大丈夫」
 エリは笑って、温室へと駆け戻って行く。
 途中で振り替えると、ハンナ達はもう城の前の階段まで到達していた。そのまま温室を回り込み、エリはハグリッドの小屋へと向かった。グリフィンドール生達の間を抜け、小屋へと急ぐ三人の後姿へと呼びかける。
「おーい、ハリー!」
 ハリーが振り返った。続いて、ハーマイオニーも振り返る。二人が立ち止まったのに合わせて、サラも渋々と立ち止まった。
 ハリーは、固い表情でエリを見つめていた。
 三人の所まで駆け寄り、エリは言った。
「代表選手おめでとう、ハリー」
 ハリーはぽかんと口を開ける。エリは目を瞬いた。
「あれ? 出るんじゃないの? 三大魔法学校対抗試合。ゴブレットに選ばれただろ?」
「え……あ、うん。ダンブルドアが、ゴブレットの決定は絶対だって……」
 エリは「うんうん」と頷く。それから周囲に視線を走らせ、声のトーンを落とした。
「それじゃ、さ……教えてくれるか? どうやったのか。別に、告げ口とかしないからさ。気になるんだよ。老け薬でも駄目だったのに……」
 ハリーはムッとした表情になった。
「僕、入れてない。どうしてゴブレットから僕の名前が出てきたのか、僕、本当に分からないんだ」
「えっ? そうなの?」
 何の含みも無い純粋な問い返しだった。ハリーは困惑する。
「……信じてくれるの?」
「だって別に、嘘吐く事もないだろ?」
 ハリーにとって、これは全く新しい反応だった。ハリーが入れた訳ではないと最初から信じていた訳でもなく、エリはハリーの否定をそのまま信じたのだ。
「でもそれじゃあ、本当にどうして選ばれたんだ? 誰かが入れたのかな。何のために――」
「そこなのよ」
 ハーマイオニーが口を挟んだ。
「誰が何の為にハリーを選手にしたのか、何も分からないの。ゴブレットは『錯乱』させられたそうだけど、そんな事出来るなんてよっぽど力のある魔法使いでしょうし……」
「何にしたって、良い事じゃないのは確かだわ」
 サラの声はピリピリと緊張していた。
「危険だからって、年齢制限が設けられたのよ? そこに、ハリーを放り込む……闇の印や、ハリーが見た夢の事もあるし……」
「ああ、何か現実に起こってるみたいな夢見たんだって? でも、それは本当に夢だって可能性もあるだろ?」
 サラは呆れたように溜息を吐いた。
「まったく、相変わらず暢気な人ね。何が起こったって不思議じゃないって事よ。それこそ、ハリーの命が狙われていたって……。ハリー、夢の内容ってエリには話した? 話しても良いかしら」
「どうだったかな……。言ってもいいけど」
「内容までは聞いてないよ」
 首を傾げるハリーに、エリが口添えする。サラは、ラベンダーとパーバティーが通り過ぎるのを待って、エリを屈ませて言った。
「ワームテールが、ヴォルデモートの所に戻ったんですって。殺す人と、仲間に引き込む人の相談をしていたって……」
 エリは目を見開き、ハリーを見る。
「その殺す相談が、ハリーだったって事か?」
「可能性は高いと思うわよ」
 サラはハリーに目をやる。ハリーはサラと目を合わせようとしなかった。
「ハリー、貴方、もっと注意するべきだわ。去年みたいな警戒措置があったって良いくらいよ。クィディッチ・ワールドカップでの騒動もあった事だし。吸魂鬼はご免だけど……。措置が無いなら、自分達で注意するべきなんだわ。彼だか彼女だか分からないけど、敵はゴブレットに小細工をしたのよ。若しかしたらもう、城内に潜んでいるのかも――」
「やめとけよ、サラ。ムーディに感化されたか?」
 エリに咎められ、サラは不快気に口を噤んだ。
 エリは腕時計を見て、悲鳴を上げた。
「やっべ! 変身術に遅れる! じゃあな! 対抗試合、頑張れよ!」
 エリは二カッと笑った。
「ま、優勝杯はセドリックが頂くけどな」
 唖然としている三人に背を向け、エリは城へと駆け去って行った。
 エリが去り、ハリーはぽつりと言った。
「……元々思ってたけどさ、エリって……何か、凄いよね」
「良くも悪くも単純なのよ、あの子は」
 サラは言って、ふっと口元に笑みを浮かべた。





 どの寮も、ハリーへの対応は冷たかった。ハッフルパフ生は、珍しく出来た自分たちの寮の見せ場を取られたように感じているらしい。スリザリンは、言わずもがな。レイブンクロー生はそのどちらにも該当しない筈だが、ハリーが目立とうとしたのだと思い込んでいる様子だった。
 とりわけ、二週目終わりの魔法薬学の授業は酷かった。魔法薬学はスリザリンと合同だ。ドラコは酷いバッジを作ってくる。ハーマイオニーはハリーとドラコの呪い合いの煽りを食う。スネイプは相変わらずのスリザリン贔屓。しまいに、危うくサラは毒殺される所だった。遂に、作った解毒剤を実験すると言い出したのだ。幸い、ドラコが庇ってくれてサラは毒殺を逃れた。
 ハリーは授業の途中で代表選手として呼び出され、サラはロンと二人で夕食へと向かった。二人は大広間へと向かいながら、スネイプへの悪口雑言を吐き出していた。ハリーがいなくなった事で、サラがスネイプの集中攻撃を受ける事となったのだ。ロンはドラコについても文句を言ったが、サラは止める気は起きなかった。それどころか、元々の原因を作った彼に庇われた事を悔しくも感じていた。
 夕食の席にも、ハーマイオニーはいなかった。ロンはハリーが現れる前にと、素早く夕食を済ませて大広間を出て行った。
 間も無く、ハリーがやって来た。スネイプの毒殺を逃れた筈のハリーは、あまり嬉しそうではなかった。
「貴方が出て行ったものだから、スネイプってば、私を集中攻撃して来たわ。もちろん、ネビルは除いてだけど――毒薬実験も、私を指名。この通り、何とか逃れたけどね。
ハリーは? 代表選手の写真って、インタビューか何か?」
「うん」
 ハリーは暗く頷いた。
「リータ・スキーターって女、僕、好きになれないな……」
「スキーター?」
「知ってるの?」
「知ってるも何も。覚えてない? ロンのお父様を紙面上で叩いたのが、その記者だったわ。その前にも魔法省を叩いてたって、パーシーが怒ってた」
「生憎、僕には君やハーマイオニーほどの記憶力は無いんだ」
 ちらほらと夕食を終える生徒が出始めた頃、アリスがグリフィンドールのテーブルへと来た。
「こんばんは、ハリー。サラも久しぶりね」
 アリスも、用件はエリと同じようだった。にっこりと、ハリーに笑いかける。
「ドラコから聞いたの。午後に、代表選手は集まりがあったそうね。それじゃ、本当に選手として出場するのね?」
「ああ……うん」
「ごめんなさい……何か、あったの?」
 ハリーの歯切れの悪い返事で、アリスは察知したらしい。おずおずと尋ねた。
「僕はゴブレットに名前を入れてないんだ。でも、誰も信じてくれない。さっき来た記者も、しつこくて――」
「ハリー。それはちょっと誤りがあるわね。少なくとも、私とハーマイオニーは貴方を信じているわ。エリとハグリッドだって、信じてくれたじゃない」
「ああ、うん。ごめん」
 アリスはにこにこと笑顔で、ハリーの隣に座った。他のスリザリン生が向けるような嘲笑とは、まるで違う。
「私も信じるわ。どう言う事なの?」
「どう言う事か、僕にも分からないよ。ムーディは、誰かが『錯乱の呪文』を掛けたんじゃないかって……そんな事、生徒には出来ないとか何とか」
「ふぅん……。でも、出るのね?」
「うん、そうだよ」
 アリスは席を立った。
「頑張ってね。私にも手伝える事があったら、言って頂戴」
 そう言って、アリスはハリーの肩に手を置き真っ直ぐにハリーを見据えた。
「私はハリーの味方よ。何も隠さなくて良いわ。誰にも言うつもりも無いし、貴方を責めたりもしない」
 それからアリスは、スリザリンのテーブルへと戻って行った。サラはアリスに手を振り替えしたが、ハリーは複雑な表情でアリスを見つめているだけだった。
 アリスが話の聞こえない所まで行って、ハリーは呟くように言った。
「……アリス、信じてくれてないみたいだ」
 サラは眼を瞬く。
「何言ってるのよ、ハリー。信じてくれたじゃない。アリスも、貴方の味方だって」
「可愛い妹の笑顔が、本物だと思いたいのかも知れないけど。でも、アリスは信じてないよ。僕がどうやったのか、聞き出そうとしてた。それに、君の事も疑ってたみたいだよ。ムーディが言った『錯乱の呪文』の話をした時、サラの方を見たもの。サラなら出来そうだからね」
「そんな事するぐらいなら、私自身がエントリーしているわよ」
「でも、アリスはそう思ってない」
「ハリー、貴方、疑心暗鬼になってるんだわ。皆貴方を疑うし、ロンまで冷たいものだから――」
「ロンは何も関係無い!」
 ハリーはきっぱりと言い、デザートを飲み込んだ。
 確かにアリスは、怒っている時、笑顔で脅す。それは裏のある笑顔と言えるかも知れないが、根は良い子だ。ハリーが言うような、策略で愛想を振りまく子ではない。ハリーはロンとの関係を否定するが、声が大きくなる時点で気になっている事は明らかだ。
 このいざこざは、一体いつまで続くのだろうか。サラは、溜息を吐くばかりだった。


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2010/09/26