クリスマス・ダンスパーティーの開催が告知され、学校中が沸き立っていた。生徒達はこぞって、クリスマス休暇に城に残るリストに名前を書いた。誰を誘おうか、誰かに誘われるだろうかと生徒達はそわそわし始め、異性の方を見ては照れ隠しをするようにクスクスと笑っていた。
 スリザリン生も、もっと言えば三年生も、例外ではなかった。
 四年生未満の生徒も、誘われれば参加出来る。特に、上に兄弟姉妹がいると残る子は多かった。ジニーも、アストリアも、残るらしい。アリスも、同様だった。自分以外の姉妹がダンスパーティーで皆とはしゃいでいるのに、自分ひとり家に帰ったって何も面白くない。
 しかし四年生に満たない生徒達には、大きな関門があった。――誘われれば、パーティーに参加出来る。裏を返せば、例え城に残ったとしても誘われなければ一人寂しく寮でお留守番となると言う事だ。三年生以下の残る生徒に兄姉のいる者が多いのは、そのためもあるのかも知れない。上に知り合いもいない状態では、参加も難しい。
 アリスには、サラもエリもいる。彼女達の友人とは顔見知りだし、特にエリの交友関係は広い。エリを通じて当たれば、特に誘いたい女の子がいる訳ではない者もいるだろう。
 けれども、アリスはそれをしたくなかった。
 男女で参加するパーティー。本当ならば、好きなひとと参加したい。だが、ドラコは当然サラと行く事だろう。そこに割って入る気にはなれない。かと言って、他の人を適当に見繕って行くと言うのも気が引けた。
 行かないのも、惜しい。城に残りながら、相手が見つからなかったのだとも思われたくない。でも、妥協した相手と行くのはプライドが許さないし、相手にも悪い。
 ――この方法しか無いかな……。





No.16





 城中が、クリスマスムードに浮き足立っていた。今年は、クリスマス・パーティーがある。誰と行きたいだの、誰に誘われただの、女の子達はひそひそと囁き合う。
 サラとハーマイオニーはそんな輪からははずれ、相変わらず図書室で本に囲まれていた。ハリーは代表選手として必ずパートナーを見つけなければならず、ロンはその支援だ。女の子を誘うのに、同数の女の子が一緒では誘い難いだろう。あまり乗り気でないS.P.E.W.の活動をサラが手伝っているのも、そういう理由があったからだ。
 サラは目を通し終えた歴史書を横の山に積み上げ、次の本を手に取る。これも、マグルの世界の歴史書だ。奴隷の歴史や、解放について。ドビーやウィンキー達の様子を見る限り、人間の歴史がそのまま当てはまるとも思えないのだが。
 ドラコと別れたと言う話は、その日の夜グリフィンドール寮へ帰って来た三人に話した。別れるに至った、その原因――ルシウス・マルフォイの事も。
 ハリーとハーマイオニーは言葉を失い、予想外にも真っ先に慰めの言葉が出たのはロンだった。
「まあ、元々あんな奴がサラと吊り合う筈がなかったのさ。秘密の部屋が開かれた時のマルフォイの様子、サラだって見てただろ? それに、ハーマイオニーへの態度。あいつらはそう言う奴らなんだ。早い内に縁が切れて良かったじゃないか」
 ロンの声は、やや嬉しそうな様子を隠しきれていなかった。
 元々、サラがドラコとつきあう事をハリーやロンはあまり喜ばしく思っていない様子だった。邪魔をするよりはサラやドラコをからかう方を選んだようだが、それでもスリザリン生と親しいのは嫌だったのだろう。それも、よりによって相手はドラコ・マルフォイ。スリザリン生の中でも、何かとハリーに突っかかって来る生徒。自分の意思があって死喰人になっていたに違いないと、ロンの父親が証拠を追い求めている家系。
 誰も――ハーマイオニーさえも、サラを説得しようとはしなかった。
「ここ、いい?」
 声を掛けられ、サラとハーマイオニーは同時に顔を上げる。ジニーが、何処かそわそわしながらハーマイオニーの隣の席を指差していた。
「ええ、どうぞ」
 言って、ハーマイオニーはその前に積み上げられていた本の山を引き寄せる。ジニーは、机に積み上げられた本の山に感嘆とも呆れともとれる息を漏らした。
「勉強熱心ね。もう、学期は終わるのに」
「授業の宿題じゃないわ。S.P.E.W.――ほら、ジニーにも話したでしょう? 屋敷僕妖精の人権をいかにして世間に認めさせるか、まずは過去の例を調べてみているの」
「へぇ……ねえ、あなた達も、クリスマスはホグワーツに残るの?」
 ハーマイオニーが熱弁を始める前にと、ジニーは切り出した。
「……ええ、まあ。残るわよ」
 ハーマイオニーは、努めて何気なく聞こえるように言った。サラもうなずく。
「私は、いつも残ってるから。ハリーもそうね。尤も、ハリーの場合今年は代表選手として最初に踊らなきゃいけないみたいだけど」
「ハリーはもう、あの子を誘ったの?」
 サラはきょとんとする。ハーマイオニーは、ジニーが何を言っているのか解ったらしい。
「まだなんじゃないかしら。早く誰か誘わなきゃって、ロンとよく話しているもの」
 ハーマイオニーは、何処かそわそわした話し方だ。
 サラは、冷めた表情で二人の会話を聞いていた。ハリーはもちろん、ハーマイオニーもロンも、きっとクリスマスパーティーに参加する。寮へ帰るのは遅くなるだろう。――抜け出すには、格好の機会。
「ああ、嫌だ。またあの人だわ」
 ふと、ハーマイオニーが小さく呟いた。サラも、つられて顔を上げる。
 ビクトール・クラムが、図書室に入ってきたところだった。彼の追っかけが現れる前にと、ハーマイオニーは編み物魔法の本を閉じて図書室を出る準備を始める。
「少し早いけど、魔法薬学の教室へ行きましょう。ジニーは、次は?」
「無いわ」
 思い返せば、コリンが授業中のハリーを呼びに来た事があったか。十一月の頭、ハリーが代表選手に選ばれて直ぐの事だ。サラにはそれが、もう遠い昔の出来事のように感じられた。
 サラは不意に片付けの手を止め、振り返った。クラムはどの席にも座らず、真っ直ぐにこちらへ向かって来ていた。ハーマイオニーとジニーも、それに気付く。
 クラムは、サラの一メートル程前で立ち止まった。
「君に用があるんだ」
 クラムの真剣な眼差しは、サラの向こう側にいるハーマイオニーに向けられていた。
「少し、話しても大丈夫か?」
 ハーマイオニーは驚いた表情だった。おずおずと頷く。
 ジニーがてきぱきと荷物をまとめ、唖然としているサラの腕を引っ張った。
「それじゃ、ハーマイオニー。あたし達、先に行ってるわね」
 ジニーに廊下へと押し出されて、サラは不安げに図書室を振り返った。
「前にハーマイオニーがクラムの事を言ったの、聞こえていたのかしら」
「何か言ったの?」
「『皆、彼がクィディッチ選手で有名だからちやほやしているだけだ』って……ハーマイオニー、大丈夫かしら……」
 サラが言うと、どう言う訳かジニーはぷっと吹き出した。サラは怪訝な表情でジニーを見下ろす。
 ジニーはクスクスと笑いながら、言った。
「不要な心配よ、サラ」
「どうしてそんな事が言えるの?」
「クラムは文句を言いたくてハーマイオニーの所へ来たんじゃないわ。この時期に男の子が女の子に話があるって言ったら、話題は決まっているじゃない」
 サラはぽかんとジニーを見つめる。
 ボーバトンやダームストラングに対して見栄を張ろうと、普段以上に華々しく飾られた廊下。日増しにクリスマスムードを漂わせていく大広間。ハリーとロンがサラ達と行動を別にし、緊張している理由。
「まさか……クラムが、ハーマイオニーを?」
「そう言う事でしょうね」
「ハーマイオニーは断るのよね?」
「どうして?」
 今度は、ジニーが驚いた表情だった。
 サラはむっつりと黙り込む。
「どうするかなんて、ハーマイオニーの決める事よ。尤も、断る理由なんて無いと思うけれど。『有名なクィディッチ選手だから人気がある』って言うのは確かだとしても、裏を返せばそれだけクィディッチの腕は本物って事だわ。どんなに有名で有能でも、性格が悪ければとうにファンも離れているでしょうし」
 ジニーと別れて地下まで降りて行ったところで、漸くハーマイオニーはサラに追いついて来た。クラムの話はジニーの予想通りだったらしく、ハーマイオニーの頬は僅かに紅く染まっていた。
 何と返事をしたのだろう。ハーマイオニーは、クラムの誘いを受け入れたのだろうか。
 サラの脳裏に、ジニーに言われた言葉が蘇る。
『いい? ハーマイオニーが誰と行く事を選んだって、あたしも、もちろんサラも関係無いわ。サラとドラコの事だって、ハーマイオニーは何も言わなかったでしょう?』
 サラの不満に気付き、ジニーはそう釘を刺した。
 どう答えたのかぐらいは、尋ねても良いだろうか。でもそれで、ハーマイオニーがクラムの誘いを受けていたとしたら? そうしたら、サラは何と返せば良いのだろう。
 結局尋ねる間も無く、ハリーとロンがその場に現れてしまった。
 そして更に悪い事に、その日の魔法薬学でスネイプは学期最後の授業で解毒剤のテストを行うと宣告したのだった。

「悪だよ、あいつ」
 その晩、談話室で苦々しげに言った。
「急に最後の授業にテストを持ち出すなんて。山ほど勉強させて、学期末を台無しにする気だ」
「抜き打ちじゃなかっただけ、スネイプにしちゃビックリするほどお優しい心遣いなんじゃない?」
 サラは魔法薬学の教科書とにらめっこしながら、皮肉たっぷりに言った。ハーマイオニーも同じく、サラの隣で魔法薬学のノートを広げていた。
 一方で、ロンは爆発スナップゲームのカードを三角形に連ねて積んで城を作っていて、ハリーが広げているのは本は本でもクィディッチの関連書籍だった。
 案の定、ハーマイオニーはそれを指摘した。
「クリスマスじゃないか、ハーマイオニー」
「解毒剤の方はもう勉強したくないにしても、ハリー、あなた、何か建設的な事をやるべきじゃないの!?」
「例えば?」
 ハーマイオニーの剣幕にも関わらず、ハリーの問いかけは暢気だ。
「あの卵よ!」
 ハーマイオニーの出した話題に、サラは教科書から顔を上げた。ロンはカードを積むのに夢中になっているし、ハリーは本から目を離そうとしない。当の本人のハーマイオニーもハリーに厳しい視線を向けていて、サラがまじまじと見つめている事には気付いていなかった。
 あの卵。第一の課題で、ハリーがドラゴンの鼻先から華々しく獲得した金色の卵だ。代表選手はあの卵の謎を明かし、第二の課題への準備をしなくてはいけない。卵には蝶番があって開くようになっていたが、中から出てきたのは何とも聞き苦しい叫び声だけだった。以来、ハリーがその卵を開けている様子は無い。
 まだ時間がある。それが、ハリーの言い分だった。
「でも、解明するのに何週間もかかるかも知れないわ! 他の人が皆次の課題を知っているのに、貴方だけ知らなかったら、間抜面もいいところでしょう!」
 クラムに何か言われたのだろうか。それとも、クラムと話した事で思い出しただけなのだろうか。
 ロンはハーマイオニーをなだめすかしながら、最後の二枚のカードを城の頂点に置いた。途端にカードが爆発し、ロンの眉毛は二本の墨のようになった。
「男前になったぞ、ロン……お前のドレスローブにぴったりだ。きっと」
 フレッドとジョージが、からかうように言いながらやって来た。二人はサラ達が囲むテーブルの椅子に座り、ジョージが口を開いた。
「ロン、ピッグウィジョンを借りてもいいか?」
「だめ。今、手紙の配達に出てる。でも、どうして?」
「ジョージがピッグをダンスパーティーに誘いたいからさ」
「俺たちが手紙を出したいからに決まってるだろ」
「二人でそんなに次々と、誰に手紙を出してるんだ、ん?」
 ロンは怪訝気に尋ねる。二人とは、前にもふくろう小屋で会った事があった。それも、朝早い時間に。サラ達が、シリウスに手紙を出そうと人目を忍んで向かった時間だ。
 それからも彼らは、手紙を送り続けているらしい。
「嘴を突っ込むな。さもないとそれも焦がしてやるぞ」
「エリには聞いてみたの?」
「最初に聞いたさ。シロは今、日本まで長旅中だとよ。父親思いなこった」
 そう言って、ジョージは肩を竦めた。
 サラ、ハリー、ロン、ハーマイオニーはピンと来た。エリが言った父親とは、シリウスの事に違いない。エリはサラと違って、頻繁に父親と連絡を取っていた。ここ暫くは、シリウスが移動中だったため連絡が取れずにいたようだが。ハリーがホグズミードの帰りにシリウスと話して以来、エリへも一通返事が来たようだ。エリは回数を自重しつつも、近況報告は送り続けているようだった。
「で……皆、ダンスパーティーの相手を見つけたか?」
 話をそらそうとするかのように、フレッドは切り出した。
 ロンが首を振る。サラはちらりと素早くハーマイオニーに視線をやった。一瞬だが、ハーマイオニーの頬が紅潮したように見えた。
 フレッドは、急げとロンに警告する。
「それじゃ、二人は誰と行くんだ?」
「アンジェリーナ」
 フレッドが答えた。あまりの即答っぷりに、一同は目を瞬く。
 ロンが代表して尋ねた。
「もう申し込んだの?」
「いい質問だ」
 言うなり、フレッドは背後を振り返り談話室の向こうへと呼びかけた。
「おーい! アンジェリーナ!」
 アンジェリーナがアリシアとの会話を中断し、振り返る。
「何?」
「俺とダンスパーティーに行かないか?」
「いいよ」
 やや考えるような間の後、アンジェリーナはさらりと答えた。誘う方も、答える方も、実にあっさりとした流れだった。
 フレッドはハリーとロンに簡単だと言い、ジョージと共に去って行った。サラもハーマイオニーも、魔法薬学の勉強に戻る。ロンは、ハリーに話しかけた。
「僕達、行動開始すべきだぞ……誰かに申し込もう。フレッドの言う通りだ。残るはトロール二匹、じゃ困るぞ」
 パッとハーマイオニーがノートから顔を上げた。
「ちょっとお伺いしますけど、二匹の……何ですって?」
 サラも教科書から顔を上げ、冷たい視線をロンに向ける。ロンはその人数に気付き、慌てて言った。
「あのさ――ほら。一人で行く方がましだろ? ――例えば、エロイーズ・ミジョンと行くくらいなら」
「あの子のにきび、この頃ずっと良くなったわ――それにとってもいい子だわ!」
「鼻が真ん中からずれてる」
「ええ、分かりましたよ。それじゃ、基本的に、貴方は、お顔の良い順に申し込んで、最初にオーケーしてくれる子と行く訳ね。とっても嫌な子でも?」
「あ――ウン。そんなとこだ」
「私、もう寝るわ」
 ハーマイオニーはバンッと音を立ててノートを閉じ、足早に女子寮の方へと去って行った。
 サラはハーマイオニーの後姿とロンとを交互に見て、直ぐに立ち上がりハーマイオニーの後を追った。ハーマイオニーは肩を怒らせて、寝室への階段を上がっていた。
「ハーマイオニー!」
 サラはハーマイオニーに追いつき、言った。
「ロンも悪気は無かったのよ。二人って、別に私達の事じゃないわ。自分達の相手って事で言っただけで――」
「ええ、解ってるわ。そんな事!」
 寝室には、まだラベンダーとパーバティは戻って来ていなかった。ハーマイオニーはドスンと鞄をベッドの上に放り投げる。
「私、決めたわ。サラ」
「え?」
「ダンスパーティー、彼と行くわ。誰と約束をしている訳でもないのに、断る理由なんて無いもの」
「彼――クラム? 誘い、受けても断ってもいなかったの?」
 ハーマイオニーは答えず、ベッドのカーテンの向こうに消えてしまった。
 サラは一人、能面のような無表情で暗い部屋に佇んでいた。ロンの失言がこれ程にも腹立たしい事なんて、未だかつて無かっただろう。


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2010/12/26