「マリア! ねぇ、ねぇ。僕、また新しい隠し通路見つけたんだ。マリアも知ってる所かもしれないけど……」

「僕さ、ちょっと面白い事思いついたんだ。ね、マリアも参加しない?」

「マリア、もう宿題終わったの? 待って。僕も直ぐ終わらせるから。その後さ、チェスやろう!」

 あの日以来、何故かアルバスに懐かれてしまった。アルバス曰く、マリアは「隠し通路の師匠」らしい。
 マリアは、アルバスと行動を共にする事が多くなった。まだ、入学して一ヶ月しか経っていなかった事もあり、アルバス自身も固定した仲間はいなかったようだ。
 時が経つにつれ、それなりにグループは出来てくる。マリアは、アルバスと一緒にいるようになった。





No.2





「……ごめんなさい」
 マリアはさも申し訳無さそうに言い、軽く頭を下げた。
「気持ちは嬉しいけど……私、貴方の事もよく知らないし……」
「付き合う内に、知ればいいじゃないか」
「じゃあ、友達になるなら。恋人にはなれないわ。ごめんなさい」
 今回の入学で、最初の告白だ。
 今回は珍しいパターンだった。マリアは今回、グリフィンドールに入った。なのに、スリザリンの上級生が告白してきたのだ。
 フィニアス・ナイジェラス・ブラックは、納得しない様子だった。断られるとは思っていなかったのだろう。

「如何してだい? 他に好きな人でもいるのかい?」
「別に、そういう訳じゃ……」
「アルバス・ダンブルドアか?」
 何故そこにアルバスの名が出るのか分からず、マリアはきょとんとする。
「最近、君はダンブルドアとよく一緒にいるだろう。君みたいな真面目で物静かな子が、彼の所為でしょうも無い事に巻き込まれるなんて、我慢ならない」
――真面目で物静かな子、ねぇ……。
 マリアは、苦笑する。確かに、時が経つにつれ、悪戯もしなくなった。でも、昔のマリアをフィニアスが知ったら、どう思うのだろう。
「彼は別に、そんなんじゃないわよ。ただの友達でしかないわ」
「……」
「それじゃあ、私はこれで。アルバスも探してるだろうし……。貴方も早く行かなきゃ、昼食を食べ損ねるわよ」
 マリアはそう言って会釈すると、その場を立ち去った。





「マリア! こっち、こっち!」
 大広間に入れば、アルバスが大きく手を振って合図してきた。マリアはグリフィンドールの席の奥へと向かう。
「遅かったね。授業の後、直ぐ教室出て行ったのに……何処行ってたの?」
「ちょっと、人に呼ばれてて」
「ああ、今朝来てた手紙か。あれ、家族からじゃなかったんだぁ。
でもさ、マリアの家族からの手紙、来ないよね」
「だって、家にふくろうがいないもの」
 その一言で、アルバスは『マリアはマグル出身なのだろう』と勝手に解釈した。ふくろう所か人さえいないだなんて、普通なら思いもしないだろう。
 マリアの所へ来るふくろう便など、通販かラブレター、そして時々来る校長からの呼び出ししか無い。家族もおらず、卒業した友人はマリアの事を忘れてしまうのだから、当然だ。
 当然、他の生徒達は度々家族からのふくろう便が来ている。入学当初、記憶を失ってから間も無く、創設者達もいた頃はそれを羨ましくも思ったが、今ではもう気にならなかった。



「ああ、それとさ」
 アルバスは声を低くした。
「今度の週末、三年生以上はホグズミード休暇だろう? どうだろう、マリア。あの隠し通路使って、ホグズミードに行ってみない? 他の生徒達も行ってる時なら、人が多くて教師達に見つかる可能性も低いだろうしさ」
「それ、私も行くって事?」
「当たり前じゃないか。一人で行ったって、面白くないよ。あのしつこい事務員だけには見つからないようにしなきゃね……」
「そうね。今週中は、大人しくしてた方がいいかも。下手したら、ハロウィーンパーティーの時間帯に罰則を食らうわよ。あの事務員、陰険だもの」

「そこー。二人で仲良く、何話してんだよー」
 アルバスと同室の生徒が冷やかすように言う。
「別にぃー。今度、あの事務員に仕掛ける悪戯についての相談さ」
「本当か? 怪しいな〜」
 その友達までが、悪乗りする。
「今度はどんな悪戯を仕掛けるんだい? どうせならさ、明後日のハロウィーンパーティーにドカーンと盛大な事やってよ」
「オッケー! 任せとけって」
 ニヤリと笑い、了承してから、アルバスはマリアに囁いた。
「どうやら、ホグズミード休暇まで大人しくしてる、って訳にはいかなそうだね」
 マリアは肩を竦めて笑った。



 そんな二人を、不穏な目つきでフィニアスは見ていた。
 そして、フィニアスを無表情で見ている少年がいた。





 アルバスは、自分を取り囲むスリザリンの上級生達を見上げた。
 地下にある、隠し部屋。部屋までの通路は長く、人通りのある所からは遥かに離れていて、外に物音は聞こえない。今彼らが入ってきた扉の前には、スリザリン生達。アルバスがいるのは、部屋の奥に掛かった肖像画の前だ。
「こんな所に連れ込んで、一体、何?」
 アルバスは、きょとんとした様子で正面に立つ上級生に尋ねる。
 フィニアス・ナイジェラス・ブラック。ブラック家を知らぬ者などいない。アルバスも、フィニアスの事は名前と顔が一致する程度に知っている。
「何も心配には及ばない。今日は忠告だけだよ。

――マリア・シノの周りをうろつくな」

「そんな事言っても、同じ寮だもの。近くに寄らない訳にはいかないよ」
 アルバスは、おどけた調子で切り返す。

 フィニアスの声は冷たかった。
「そういう意味ではない事ぐらい、分かってるだろう?」
「分からないね。どうして、友達と一緒にいちゃいけないんだい? 心配する必要は無いよ。その言葉、そのままそっくり返すよ。僕達、ただの友達だ」
「『友達』? 君みたいな子供、彼女のような大人びた少女が同等に見ていると思うのかい? せいぜい――」
「子供の面倒を見る保護者のようなつもりでしかない」
 フィニアスの言葉の先を続けたアルバスの表情に、いつものようなおどけた調子は無かった。
「それぐらい、僕だって分かってるさ。マリアが自分の話をする事は、殆ど無い。したって、それは会話の流れや僕から聞いた時ぐらいだ。マリアの家族も、何も、僕は知らない」
「それなら、分かるだろう?」
「でも、彼女は僕を鬱陶しくなんて思ってない。マリアは、そんな奴じゃない。
君、マリアの事が好きなんじゃなかったの? よく、そんなマリアが心の狭い奴みたいな言い方出来るね」

「彼女の傍から離れろ」
「嫌だ」

 十数本の杖が、一斉にアルバスに向けられる。アルバスは、ちらりと背後の肖像画に目をやった。そして、ポケットの中の杖を握り締める。
「君に拒否権は無い。目障りなんだ」
「酷いなぁ。僕、君には悪戯を仕掛けた覚えも無いのに」
 そう言って笑った途端、赤い閃光が一斉にアルバスを襲った。
 アルバスは床に向かって呪文を放つ事で高く飛び、閃光を避ける。複数の閃光は、アルバスの背後にあった無人の肖像画を破壊した。一同はハッと息を呑む。
 アルバスは空中で再び呪文を唱え、肖像画の裏にあった小さな穴に見事着地した。その穴はあまりに小さく、十五歳のフィニアス達にはとてもではないが通れない。
「じゃあねぇ〜」
 アルバスは笑顔で手を振る。
 赤い閃光が穴の口を襲ったのは、アルバスが頭を引っ込めたのと同時だった。





 十月三十一日。マリアとアルバスはハニーデュークス店で、悪戯に使えそうなお菓子を吟味していた。
 フィニアスの呼び出しから一週間が経ったが、彼らが特に危害を加えてくる事は無かった。
 一体、何故だろう? 頷かせる事も出来ず逃がしてしまったというのに、そのまま野放しにするなんて。アルバスが教師に告げ口してしまわないか、と気にしないのだろうか。口を塞ぐべく、徹底的に脅そうとはしないのだろうか。
「――聞いてる? アルバス」
 マリアの声で、アルバスはハッとした。マリアは眉を顰めて、アルバスの顔を覗きこんでいる。
「あ、ああ。ウン。ごめん。えっと、何だっけ?」
「ハロウィンのご馳走を――例えば、パイか何かを、ゴキブリごそごそ豆板みたいに動くように仕組んでみたら如何かしら、って言ったのよ。
アルバス、大丈夫? 貴方がぼーっとしてるなんて……最近、多いわ。具合でも悪いの?」
「ううん。大丈夫だよ」
 アルバスは、首を振って答えるしかなかった。

「えっと、お菓子が動くようにするんだっけ? じゃあ、コウモリとか如何かな」
「いいわね」
 アルバスの様子にマリアは釈然としなかったが、話に合わせて頷いた。
 どちらにせよ、あまり深入りしない方が良い。何れは別れが来て、彼もマリアの事を忘れてしまうのだから。彼の方から多くを話してこないのならば、好都合だ。
「それじゃあ、ちょっと早いけど、これ買ったら切り上げましょ。厨房に行かなきゃ。出来て何十枚と言うお皿に振り分けられた料理に呪文を掛けるより、作っている段階の料理に呪文掛ける方が楽だもの」





 マリアは、仕方なく厨房を後にした。廊下は、大広間へと向かうハッフルパフ生で溢れかえっている。
 ホグワーツへ戻り、アルバスが荷物を置きに行き、マリアは先に厨房へ行って待っていた。然し、アルバスはなかなか来ない。そしてとうとう、夕食の時間になってしまったのだ。
 何かあったのだろうか。新たな隠し通路や隠し部屋を発見し、迷子になってしまったのだろうか。
「大丈夫かしら……」
 ハッフルパフ生の波に流されながら、マリアは呟いた。





 目を覚ませば、アルバスは薄暗い部屋の中に倒れていた。タイル張りの床が冷たい。
「目が覚めたかい? ダンブルドア」
 フィニアス・ブラックが、腕を組み、戸口にもたれるようにして立っていた。手には箒を持っている。
 アルバスは恐る恐る起き上がる。
「君が悪いんだ、ダンブルドア。マリア・シノの周りをうろつくなと、警告したのに」
 部屋の天井はやけに高い。光源は、天井近くにある窓だけだった。
 フィニアスはひらりと箒に跨り、数メートル上昇する。
「言っておくけどね、そこの扉は開かないよ。形だけさ」
「一体、如何いうつもりだい?」
「足元を見れば分かるんじゃないかな」
 言われるままに床を見渡し、アルバスはぎょっとした。
 人骨だ。古くなった人骨が、そこここに転がっている。
「この部屋に間違って落ちてしまった者達だろうね……」

 フィニアスは冷たく笑い、パチンと指を鳴らした。途端に、四方八方の壁から水が霧吹きのように出てくる。
「な、何だ!?」
 アルバスは壁際まで下がったが、何処へ移動しても水は掛かる。
「これは、ただの水じゃない」
 フィニアスは既に、窓の所に着陸していた。霧の向こうから声が響く。
「この水は、魔力を無効化する力を持っている。杖に掛かってしまえば、その杖は一発でただの棒切れだ」
「な……っ!?」
 上方で窓が閉じられ、鍵の掛かる音がした。


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2007/05/21