『――我々は、もう一人の生き残った子サラ・シャノンへの接触に成功した。彼女は常にハリーと行動を共にしており、傍に寄り添っているらしい。先日の三大魔法学校対抗試合の課題ではハリーの安否を心配し、観客席を飛び出して競技が行われている湖の畔へと駆け寄っていた。神に無事を祈るその姿を見れば、彼女の秘めたる想いは一目瞭然だろう。ハリーの方も、希望はあるらしい。パンジー・パーキンソンの話によると、ホグワーツで行われたクリスマスパーティーでハリーはサラをパートナーに指名した。
 ハリーの応援団としては、ハーマイオニー・グレンジャーよりももっと相応しい相手がいる事に気づく事を、願うばかりである』

「でも、リータ・スキーターはどうして知っていたのかしら……?」
 魔法薬の調合作業が始まって、ハーマイオニーは言った。
 即座に、ロンが反応した。
「何を? 君、まさか本当に愛の妙薬を調合してたんじゃないだろうな」
「馬鹿言わないで。違うわよ。ただ……夏休みに来てくれって、ビクトールが私に言った事、どうして知っているのかしら?」
 サラとロンは揃って乳棒を取り落とした。ハーマイオニーは耳まで真っ赤になっていた。
「湖から引き上げてくれた直ぐ後にそう言ったの。サメ頭を取った後に。マダム・ポンフリーが私達に毛布をくれて、それから、ビクトールが審査員に聞こえないように私をちょっと脇に引っ張って行って、それで言ったの。夏休みに特に計画が無いなら、良かったら来ないかって――」
「それで、何て答えたんだ?」
 ロンは拾い上げた乳棒で、乳鉢から十五センチも離れた場所を擦っていた。ハリーは床に転がったままの乳棒を拾い上げ、呆然と立ち尽くしたままのサラの手に握らせる。
 ハーマイオニーは更に赤みを増しながら、スキーターへの疑問を口にしていた。彼女はどうして、ハーマイオニーとクラムの会話を知っているのか。誰からも見えたサラの行動とは訳が違う。
「それで、何て答えたんだ?」
 ロンが再度尋ねた。机は既に、へこんでいる。
 ハーマイオニーはしどろもどろになりながらも答えた。
「それは、私、あなたやハリーが無事かどうか見るほうが忙しくて、とても――」
「君の個人生活のお話は、確かに目くるめくものではあるが、ミス・グレンジャー」
 冷たい声が、四人の背後からかかった。
「我輩の授業では、そういったお話はご遠慮願いたいですな。グリフィンドール、十点減点」
 スネイプは冷ややかに言い放つ。そしてあろう事か、サラ達の机の下にあった「週刊魔女」を取り上げ、クラス中に聞こえるように読み上げた。
 スキーターが勝手に書いた、でっち上げの記事。ハリーとハーマイオニーが恋仲であるとする嘘八百。ハーマイオニーがハリーを騙し、クラムと二股をかけているかのような言い草。そして、サラがハリーに片思いしているとでも言いたげな内容。
 馬鹿馬鹿しい。ハーマイオニーも言ったその一言に尽きる内容だったが、大勢の前で読まれたいとは思えない。しかもスネイプはスリザリン生達が一文一文に笑えるよう、間を取りながらゆっくりと読み上げる。サラは無表情で、それを聞いていた。
「――感動的ではないか」
 鼻先で笑い、スネイプは言った。
「さて、四人を別々に座らせた方が良さそうだ。もつれた恋愛関係より、魔法薬の方に集中出来るようにな。ウィーズリー、ここに残れ。ミス・グレンジャー、こっちへ。ミス・パーキンソンの横に。シャノンとポッターは、最前列へ――もちろん、それぞれ別だ。シャノンは右手、ポッターは左手のテーブルへ。移動だ。さあ」
 スリザリンとの合同授業は、自然と教室内が二つに分かれる。グリフィンドール生の集まる辺りと、スリザリン生の集まる辺りとに。サラが指示されたのはスネイプの机からはハリーより離れているが、その分スリザリン生達の集まる真っ只中だった。ハリーも決して、グリフィンドール生の間と言う訳ではないが。
 サラが指示された場所の直ぐ後ろに座るのは、ドラコ・マルフォイ。
 サラとドラコの目が合う。サラは、ふいと視線を外した。





No.24





 財布やハンカチなどの入った鞄とは別に紙袋を片手に提げ、アリスはホグワーツ城を出た。門への道を歩いていると、ドラコが後から駆け寄って来た。クラッブも、ゴイルも、今日は一緒ではないようだ。
 アリスは首を傾げる。
「どうしたの、ドラコ?」
「アリス、一人か?」
「向こうに着いてから、エリ達と会う約束をしているわ。玄関ホールは、混むから」
「そうか……じゃあ……」
 ドラコは引き返そうとする。アリスは腕時計を確認し、慌てて言った。
「でも、約束の時間は二時なの。だから、それまでなら大丈夫だわ」
「本当に? じゃあ、それまで一緒にいいかな」
「ええ」
 アリスはにっこりと微笑う。二人は連れ立って、ホグズミードへと向かった。
 思いもよらない状況だった。ドラコと一緒に、ホグズミードへ行けるだなんて。約束の時間までの三十分程度だが、それでもこれはまるで。
 ――デート、みたい……。
 もちろん、ドラコには全くその気は無い。アリスだってそれは解っている。彼の用は恐らく、サラの件。学校中で有名な話だ。今週発売された「週刊魔女」で、サラとハリーとハーマイオニーとクラムの四角関係が報道された。きっと、ドラコはその記事の真偽を問いたいのだろう。
 心配しなくても、サラはハリーをそんな風には見ていない。ハリーもハリーで、想いを寄せている女の子がいる。クリスマスパーティーでの様子を見れば、一目瞭然だ。
 二人は真っ直ぐに、三本の箒へと向かう。今日は晴れて外も過ごしやすい気候であるからか、然程人はいなかった。ドラコは二人分のバタービールを買って、アリスを隅の方のテーブルへと誘う。
「アリスは、ホグズミードへは姉妹で来る事が多いのか?」
「そうでもないわよ。前回なんかは、同室の皆と来たわ」
「……サラ……は……やっぱり、ポッターと一緒なのか?」
「そうね。ハリー、ロン、ハーマイオニーと四人で来てるんじゃないかしら」
「そうか……」
 ドラコの声は沈んでいた。
「それじゃあ……サラとポッターはやっぱり――」
「『週刊魔女』の記事なら、デタラメでしょうね」
 ドラコは顔を上げる。アリスは肩をすくめた。
「だって、ハリーとハーマイオニーは恋人同士なんかじゃないわ。お互い、恋愛感情なんて無い。サラとも同じ。サラも、ハリーも、お互いに恋愛感情なんて無いわ」
「でも、サラは奴とよく一緒にいるし、湖の課題でも――」
「そりゃあ、心配ぐらいするわよ。一時間を切っても誰も帰って来ないし、リタイアまで出るぐらいなんだもの。それに、あの時サラが身を案じていたのはハリーだけじゃないわ。ハーマイオニーやロンもあの湖底にいたの。知っているでしょう?」
「それは――まあ――」
 ドラコはバタービールに口をつける。サラがどんなに仲間を大切に思うかは、ドラコだって知っている。一年生の時、ドラコの悪戯で救助要請の印を打ち上げたネビル。あの時サラは、なりふり構わず必死でドラコ達の方へと戻って来た。二年生の時にはアリスが怪物に襲われ、どれほど落胆していた事か。
 アリスはじっとドラコを見つめていたが、やがて言った。
「ドラコは、一緒にいるからってゴイルやクラッブに恋愛感情なんて抱く?」
 ドラコはぶっとバタービールを吹き出し、むせ返った。
「突然何を言い出すんだ。あいつらは友達だし、そもそも男同士――」
「つまり、そういう事よ。サラも、ハリーも、お互いの事を異性としてなんて見ていない。少なくとも、今のところはね」
「……この先は、変わるって事か?」
「判らないって事よ。先の事なんて、誰にも判らない。でも、サラの方からまた新たな恋をするなんて事は、無いんじゃないかしら。恋人が仇の息子だったなんて経験をすればね……。それをずっと支えてくれて、かつサラに想いを告げるような人が現れたら分からないけど」
「ポッターがそうなる可能性は?」
「前者はあっても、後者が無いわね。そういう意味では、彼の眼中にサラは無いもの。
 サラの方も、今は別方向の嫉妬に忙しいみたいだし」
「誰に?」
 食いつくように聞き返すドラコに、アリスは苦笑した。
「ハーマイオニーよ。クラムに彼女を盗られたくないみたい。ジニーが釘を刺しているそうだから、余計な口出しは控えてるみたいだけどね」
「クラムもサラも、あんな知ったかぶりの穢れた血の、何処がいいんだか……」
「彼らには大切な人なのよ」
 言って、アリスはバタービールを一口飲んだ。

 この場で待ち合わせなのだと偽って、ドラコを先に出て行かせる。彼が遠ざかったのを見計らってから、アリスは反対方向へとハイストリート通りを歩いて行った。通りの端の店も通り過ぎて、村の外れへと向かう。
 しばらく行くと、柵の傍らに立つ長身の女の子とその周りを飛び跳ねる黒犬が見えて来た。それから、赤毛の少女。
 アリスは立ち止まり、目をパチクリさせる。エリが気付き、大きく手を振った。
「アリス!」
「どうしてジニーがここにいるの?」
 アリスは二人の所まで駆け寄り、問い詰めた。エリは決まりが悪そうにする。
 ジニーは、はきはきと答えた。
「エリから話は聞いたわ。あたしだって、犬として世話をしていたんだもの。会いたいと思ったって、いいじゃない。大丈夫。無実の彼を魔法省に売り渡したりなんてしないわ」
 アリスはじとっとした目でエリを見る。黒犬も飛び跳ねるのをやめ、エリを見上げていた。
 エリの事だ。不審な態度で何処へ向かうのか怪しまれ、ジニーに話してしまったのだろう。アリスは軽く溜息を吐く。
「まあ、私がどうこう言える事じゃないし、ジニーも真実を知っているのだから会っても問題無いんでしょうけど……ジニー、大丈夫? ハリーも来るのよ?」
 ジニーはぴくんと反応を示す。その頬は紅い。問うように、エリを振り返った。
「あれ? 言わなかったか?」
「言ってないわ。あなた達の父親に会うって、だからサラが来るって事は聞いていたけど――」
「じゃあ、今言った。サラと一緒に、ハリーとロンとハーマイオニーも来るよ」
 ジニーは目を泳がせる。留まろうか帰ろうか、迷っている風だった。
 アリスは肩を竦める。
「何もそんなに避ける事ないじゃない。むしろ、好きな人と一緒にいられるんだからラッキーじゃないの」
「……それは、そうかもしれないけど。でも、ハリーといると、上がっちゃうんだもの。恥ずかしくて、逃げ出したくなっちゃう。――エリなら、解るわよね?」
「えっ、なななんであたし!?」
 突然話を振られ、エリは素っ頓狂な声を上げる。
 ジニーは事も無げに言った。
「だってエリ、好きな人いるでしょう?」
 エリは言葉も出ず、口をパクパクさせている。そんなエリには構わず、ジニーはアリスを振り返った。
「アリスはいないの? 好きな人とかって」
 思いがけず自分に戻って来て、アリスは言葉に詰まる。
 エリが、話題がそらしに食いついた。
「いや〜、いないんじゃないか? いるとすれば、三つ四つは年上だな。アリスにとっちゃ、同級生なんてガキみたいなもんだろ」
「そうね。物静かで優しい人とカップルになりそう」
「もう、二人ったら……」
 アリスは苦笑する。まさか、年上なのに子供っぽい人だとは言えない。尤も、年上と言ってもそれはイギリスでの数え方。日本でならば、同級生だ。二人の予想からは、大きくかけ離れていた。当てられないという意味では、安心なのかも知れないが。
「アリスって、告白された事とかもあるんじゃない?」
「告白だなんてそんな……ダンスパーティーの時は、何人か誘われたけど。ほんの数人だけよ?」
「お前、男から誘われてたのかよ!?」
 エリが声を上げる。アリスは肩を竦めた。
「あなたが何処かへ消えた後に、何人か」
 エリに声をかける前にも、というのは心の内に秘めておく。
「ジニーだって、パーティーは誘われたんじゃない? 何も焦ってネビルの申し込みを受けなくても」
 アリスの言葉に、ジニーは何かを思い出したように肩を落とした。
「そうなのよね……ネビルにオーケーって返しちゃった後、ハリーに誘われて」
 アリスは目を瞬く。
「で? それ、断っちゃったの?」
「何やってんだよ。ネビルに謝って、ハリーと行きゃ良かったじゃんか」
「そんな訳にはいかないわよ。ネビルだって、決して悪い人って訳じゃないんだし申し訳ないわ。
 正確には、ロンがあたしをハリーに勧めたんだけど。二人とも、他の女の子誘おうとして断られて、最後の最後まで残っちゃったから」
「え……」
 エリが絶句する。他の女の子を誘った。つまり、ハリーには好きな人がいるという事だ。ジニー以外に。
 ジニーはエリの手を取る。
「だから、あたし達、片想い同盟ね!」
 努めて明るく、ジニーは言う。エリは困惑していた。
「なんで、あたしが片想いって……」
「だって、エリならそう直ぐに告白すると思えないもの。お互い知らずに両想いって可能性は、もちろんあるけど」
「え――あ――そうだな! うん! 片想い同盟!」
 エリはジニーの手を握り返し、ぶんぶんと振る。アリスはじっと、エリを見つめていた。
 ――これは、両想いになったわね。
 ジニーはふと、腕時計に目を留める。そして、じりじりと後退した。
「じゃあ――私は、また――」
「帰っちゃうの? そろそろ、ハリーも来る頃でしょうに」
「やっぱり駄目。今日何にもお洒落して来てないし――また、学校でね」
 ジニーは、そそくさと立ち去って行った。
 ジニーに手を振り返してから、アリスは呆れたようにエリを見た。
「あなたもジニーも、彼が人間だって事――もっと言えばあなたの父親だって事、完全に忘れてたわよね」
「あ」
 エリはぽかんと口を開けて固まり、視線を足元に落とす。
 黒犬は柵に前足をかけた状態で、じーっとエリを見つめていた。エリが振り返ると、問うように首を傾げる。
「言わねーよ!? 相手が誰かなんて!」
 黒犬は『日刊予言者新聞』をくわえたまま、くぅーんと小さく鳴く。返答を請うように。
 アリスは、エリと黒犬から視線を外した。
「サラ達、来たみたいよ」
 二人も町の方へ視線をやる。鞄をいっぱいにしたハリー、サラ、ロン、ハーマイオニーの四人が、こちらへ向かって歩いて来ていた。
「やあ、シリウス」
 ハリーが言った。黒犬の尻尾は千切れんばかりに振られていた。柵を離れ、ハリーの鞄の匂いを頻りに嗅ぐ。
 ロンが、アリスを見て目をパチクリさせた。
「どうしてアリスもここに?」
 アリスがジニーに投げかけたのと同じ台詞だ。エリが答えた。
「せっかくだから、親父に紹介しようと思って。あたし達の妹なんだからさ」
 黒犬は鞄から離れると、少し先に進み、アリスたちを振り返った。どうやら、ついて来いと言っているようだ。
 アリス達は顔を見合わせると、彼の後について行った。

 黒犬は、山にある洞窟へと一行を誘った。岩の間の狭い割れ目が入り口になっていて、入り口の割りに中は広い。隠れ家には最適な環境だ。
 奥にはヒッポグリフが繋がれていた。処刑を免れたバックビーク。洞窟に入るなりアリスらはお辞儀し、バックビークもお辞儀を返す。サラが真っ先に、バックビークの傍へと寄った。太い首を両腕で抱きしめ、背伸びして頭を撫でる。バックビークは心地良さそうに、サラの届きやすい高さへと首を下げた。
 アリスは、みるみると人の姿に変わる黒犬を見つめていた。完全に人間の姿になったシリウスは、くわえていた新聞紙を落とし掠れた声で叫んだ。
「チキン!」
 ハリーが鞄を開け、鳥の足を一掴みとパンを取り出す。
「ありがとう」
 言って、鳥の足に齧り付く。その横ではサラが、自分の鞄を引っくり返していた。中から出てくるのは、果物やゼリーなど。今朝の朝食にあった物だ。
 エリも、持って来た食料を床に並べ始めた。鞄を引っくり返しながら、エリはシリウスに話しかける。
「一応知ってると思うけど、こいつがアリス。あたしとサラの妹だよ。
 で、アリス。この人があたし達の親父。シリウス・ブラックだ」
「アリス、シリウスと会った事があるの?」
 ハリーが尋ねた。アリスは頷く。
「ええ。犬の姿だった時にだけど。
 久しぶりです。改めて、よろしくね。シリウス」
 シリウスは鳥の足をかじりながら、こくこくと頷く。アリスも、エリの隣で持って来た食料を取り出した。
「パンと、こっちはジンジャークッキー。卵を使っていないから、それなりに長持ちするはずよ。後、これは口に合うか判らないんだけど、お漬物」
 タッパーを幾つも重ねながら、アリスは説明する。シリウスはやはり鳥の足を食べながら、こくこくと頷いていた。
 エリの鞄からは、百味ビーンズやら蛙チョコレートやらハニーデュークスの商品が次々と出て来る。その中に紛れるようにして、アリスと一緒に作ったスポンジケーキがあった。砂糖抜きで作っていた物がこの場に無いのは、スネイプ用だったのだろう。
「足りなくなったら、また連絡してくれよ。去年みたいにして、届けるからさ」
「そうだ。さっきの話、相手は一体誰だ?」
 シリウスは鳥の足をかじりながら、エリを見上げた。エリは真っ赤になり、口を真一文字に結ぶ。
 ハーマイオニーとサラは、夏休みにテントで話していた話だと勘付いたらしい。ハリーとロンは、きょとんとした顔でエリとシリウスとを見比べていた。
「言えないような相手なのか?」
「……食べるか問い詰めるか、どっちかにしたらどうだ?」
 エリに言われて、シリウスの動きは一瞬止まる。
 チキンを優先させる事にしたらしい。無言でがつがつと鳥の足を一つ平らげ、再度エリを見上げた。
「何だよ、その顔! 鶏肉優先した癖に、教える訳ないだろ!?」
「いや、これは、途中で中断するのは良くないと思ったからだな……。それに、久しぶりのまともな食事なんだ。ほとんどネズミばかり食べて生きていた。ホグズミードからあまりたくさん食べ物を盗むわけにもいかない。注意を引く事になるからね」
「シリウス、どうしてこんな所にいるの?」
 ハリーが即座に口を挟んだ。
「後見人としての役目を果たしている」
 シリウスは、エリからハリーへと視線を移しにっこりと笑った。そして、二つ目の鳥に取り掛かる。
 話題がそれ、エリはホッと息を吐いていた。
「私の事は心配しなくていい。愛すべき野良犬のふりをしているから」
 ハリーは心配気な表情だった。それを見て、笑顔では安心させられないと悟ったのか表情を引き締めた。
「私は現場にいたいのだ。君が最後にくれた手紙……そう、ますますきな臭くなっているとだけ言っておこう。誰かが新聞を捨てる度に拾っていたのだが、どうやら、心配しているのは私だけではないようだ」
 言って、床を顎で示す。そこには、黄色く変色した『日刊予言者新聞』が幾つか積み重なっていた。ロンとエリが、それを拾う。
 ハリーはシリウスを見つめたままだ。
「捕まったらどうするの? 姿を見られたら?」
「私がアニメーガスだと知っているのは、ここでは君達六人とダンブルドアだけだ」
「七人よ」
 アリスが口を挟んだ。
「ジニーも知ってるもの」
「ジニー?」
「大丈夫。僕の妹だ」
 ロンが新聞紙をハリーに渡して、言った。エリも頷く。
「あたしも、親しいんだ。ほら、アリスと一緒に叫――」
「犬として世話をしていた時に、会ったわよね」
 会った場所を言おうとしたエリの足を強く踏んで、アリスは言った。ジニーやアリスが昨年ホグズミードへ来ていたと知ったら、ロンやサラが黙っていないだろう。
「まるでクラウチが死に掛けているみたいだ」
 ロンから渡された新聞紙に目を通したハリーが言った。
「だけど、ここまでこられる人がそんなに重い病気のはずないし……」
「あの日刊予言者だもの。何処まで信用できたものか判らないわよ」
 サラが、ハリーの横から記事を覗き込みながら冷ややかに言う。ハリーは新聞紙を目で辿った。
「でもこれは、スキーターの記事じゃないみたいだ」
 アリスも、エリの持っている新聞紙を覗き込む。『魔法省の魔女、いまだに行方不明――いよいよ魔法省大臣自ら乗り出す』。そんな見出しが、一面を飾っていた。ハリーの持つ方には、クラウチの名が見えた。
「クラウチさんって、国際魔法協力部の人よね? そう言えば、第二の課題、見かけなかったわ……ロンのお兄さんが審査員を代理してたっけ」
 アリスはロンを仰ぎ見る。パーシーがクラウチの秘書なのだとシリウスに前置いて、ロンは言った。
「兄さんは、クラウチが働きすぎだって言ってる」
「だけど、あの人、僕が最後に近くで見たときは、ほんとに病気みたいだった」
 ハリーがゆっくりと言った。
「僕の名前がゴブレットから出てきたあの晩だけど……」
「ウィンキーをクビにした当然の報いじゃない?」
 そう言ったのは、ハーマイオニーだ。彼女はサラと交代して、バックビークを撫でていた。バックビークは、シリウスの食べ残した鳥の骨をバリバリと食べている。
「クビにしなきゃ良かったって、きっと後悔してるのよ――世話してくれるウィンキーがいないと、どんなに困るかわかったんだわ」
 ロンは何かをシリウスに囁いた。大方、ハーマイオニーの屋敷僕妖精保護を揶揄したのだろう。
 ウィンキーの話について、シリウスは何か思うところがある様子だった。
「クラウチが屋敷僕をクビに?」
 問われ、ハリーが闇の印やその後の騒動についてシリウスに説明する。
 シリウスは立ち上がり、洞窟内を往ったり来たりし始めた。腕を組み、何かを考え込んでいる様子だった。
「……それって、凄く怪しくない?」
 同じように考え込んでいたサラが、不意に言った。
「自分のところの屋敷僕妖精が、闇の印を打ち上げられた現場で見つかった。そして、クラウチ本人は姿を消した。――若しかして、逃げたんだったりして」
「でも、クラウチはウィンキーを解雇したんだぜ?」
 異を唱えるのはロンだ。
「もう関係ないだろう。違う?」
「それが、関係あったって場合よ。クラウチの指示で、ウィンキーが動いていた。または――そう。クラウチ自身があの印を上げて、その後にウィンキーに杖の処理を任せて逃げた。それが何処からかばれそうになって、逃げ回ってるってわけ」
「そんな――それが本当なら、私、絶対に許さないわ! ウィンキーに罪を被せて、それで自分は逃げるだなんて!」
 憤るのはもちろん、ハーマイオニーだ。ハリーが首を捻った。
「でもあれは、本当に予想外だったって表情に見えたけど。青ざめてるのと、怒りと」
「そりゃあ、自分の罪が露呈しそうになったんだもの。恐怖で青くもなるでしょうし、ヘマをやったウィンキーにも怒りが沸くでしょうよ」
「クラウチが死喰人?」
 ロンも釈然としない様子だった。
「むしろあの人は、そういうのは徹底的に許さなそうな感じに見えたけどなあ。ほら、パーシーが崇めてるぐらいだし。身内だろうと容赦しないタイプだよ。だからウィンキーを切った」
「むしろ、身内だから、かも知れないわね」
 アリスも口を挟む。
「自分にそんな汚点が付くなんて許せない。だから、切り離した。そんな風に感じたけど」
「整理してみよう」
 鳥の足を片手に立ち止まり、シリウスは言った。
「初めは僕妖精が、貴賓席に座っていた。クラウチの席を取っていた。そうだね?」
「そう」
 アリスの肯定する言葉は、ハリー、ロン、ハーマイオニーと重なった。
「しかし、クラウチは試合には現れなかった」
「うん。あの人、忙しすぎて来れなかったって言ってたと思う」
 それからシリウスは、ハリーの杖がいつ消えたのか検証する。森の中で気付くまで、ハリーは杖の紛失に全く気付いていなかった。盗まれた可能性が高いのは、貴賓席にいたとき。
 ハーマイオニーが叫んだ。
「ウィンキーは杖を盗んだりしないわ!」
「貴賓席にいたのは妖精だけじゃない。君の後ろには誰がいたのかね?」
 ハーマイオニーに言って、シリウスはハリーに確認する。
「いっぱい、いた。ブルガリアの大臣達とか……コーネリウス・ファッジとか……マルフォイ一家……」
「マルフォイ一家だ! 絶対、ルシウス・マルフォイだ!」
 ロンが声を張り上げた。そのあまりにも大きな声に、バックビークが驚いて首を振る。
「彼は違うわ」
 ロンとは対称的に落ち着き払った声で、サラが言った。
「彼は印が上がった時、キャンプ場の方にいた」
「あ……」
 ロンが言葉を失う。
 女子テントでのサラとハーマイオニーの会話は、アリスとジニーのベッドまで筒抜けだった。あの様子だと、ハーマイオニーはハリーやロンを代表してサラに尋ねたのだろう。当然、何があったのか彼女は二人に伝えたはずだ。
「他には?」
 シリウスが、後を促す。
 この場にいる中で、彼だけが知らないのだ。クィディッチ・ワールドカップの晩、一体何が起こったのか。闇の印が上がった一方、キャンプ場で起こった出来事。サラの中に眠る憎悪と殺意。





「……親父にも、話しといた方がいいのかな。サラとマルフォイの事」
 その後はバグマンが疑われたり、クラウチとその息子の話、ムーディの言動やスネイプへの疑いまで話は及んだ。
 狭い出入り口を最初にエリ、続けてアリスが抜けた。後から出て来る皆を待ちながら、エリが言った。
「……それは、私にも判断しかねるわ。ハーマイオニー、どう思う?」
 次に出てきたハーマイオニーに、アリスは話を振る。
 ハーマイオニーは言葉に詰まり、ちらりと背後を振り返る。ロンが出て来るところだった。
「一応、言った方がいいのかも知れない。ただ、問題はどうやって伝えるかだわ。今はサラもいるし、手紙は万一の場合が危険だし……。
 でも、サラ自身直ぐに無茶をしそうな様子もないし、様子見にしてもいいのかも知れないわ……」
 この件はいったん、保留となった。ハリー、サラ、そして再び犬の姿になったシリウスが出て来る。
 石ころの多い険しい山道を今度は下りながら、ふとエリが言った。
「なーんか、嫌な感じだよな。こんなに色んな人を疑ってさ」
「ハリーが命を狙われてるのよ? そんな悠長な事、言ってられないじゃない」
 サラが驚いたように言った。そして、続けざまに言う。
「そうだわ。スネイプも、鎌をかけられる人がいるじゃない」
 エリがぎょっとする。アリスはさらりと言った。
「やれない事も無いと思うけど。でも、私もハーマイオニーに賛成だわ。スネイプ先生は、ダンブルドアが信用しているのよ?」
 エリは、その分かりやすい表情変化をどうにかできないものだろうか。これでは、交際が公になってしまうのも時間の問題だという気がする。
 しかし、スネイプを疑う話題が出た時に何の反応も無かったのは妙だ。エリは何か知っているのだろうか。
 思案する内に、アリス達はホグズミードの元の柵の所まで来ていた。シリウスを見送って、エリがぽつりと言う。
「そういや、親父は『週刊魔女』の記事って読んだのかな」
「知らないんじゃない? 知ってたら、絶対何か言ってるわよ」
 アリスが肩を竦めて言う。エリはにやりと笑って、ハリーとサラを見やる。
「ハリーに『うちの娘は渡さんぞ!』って?」
「多分、逆じゃないかしら」
 ハーマイオニーが言った。
「サラがハリーに恋心を抱いているとしたら、多分一番に喜ぶのは彼ね」
「そうだな」
 意外にも、同意したのはロンだった。
「あの人、本当に君の事を可愛がってるからな、ハリー……ネズミで食いつないでまで」
 サラは呆れた表情。
 ハリーはやはり、心配げな様子だった。


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2011/07/16