占い学の授業前、ハーマイオニーと別れた後にサラは立ち止まった。
「私、ちょっと図書室に行って来るわ。先に行っていてちょうだい」
「今から!? もう直ぐ授業始まっちゃうよ!」
「大丈夫、直ぐ追いつくから」
目を瞬くハリーとロンを残し、サラは階段を駆け下りて行く。
図書室のある階を通り過ぎ、玄関ホールへ。そのまま外へ飛び出し、温室を回り込む。禁じられた森の淵を辿り、城の裏手へ。辺りを見回すと、サラは森へと踏み込んだ。
聞こえるのは、森に住む生物達の声。――そして、幾多ものふくろうの鳴き声。
間も無く、前方に子供ぐらいの人影とうごめく茶や灰色の山が見えて来た。
「クリーチャー!」
サラはその名を呼ぶ。
クリーチャーはサラに気が付くと、恭しくお辞儀した。
「お待ちなさってらっしゃいました、ご主人様。お言いつけの通り、今朝の配達分はこちらに」
そこにある山は、ふくろうだった。茶や灰、体長も様々なふくろうが、見えない網に捕らえられたようにもがいている。
「扱いには、気をつけた?」
「はい。怪我をさせぬよう、気を付けたのですが――しかし」
クリーチャーは、ふくろうの山に目を向ける。視線を辿ると、外側にいるふくろうが網に足を引っ掛けてしまっていた。怪我をしているのは、一目瞭然。他にも、目を凝らすと足や羽に怪我をしているふくろうが見受けられる。
サラは軽く唇を噛む。
「申し訳ございません……何分、ふくろうめもお動きになるものですから……」
「あなたのせいじゃないわ」
サラはぽんと、クリーチャーの頭に手をやる。
「私がもうちょっと、怪我のしにくい網を――それか、網以外の形状の物を準備できれば良かったのだけど。それに、このままじゃなくて何処か場所が確保出来れば……」
何処か、大量のふくろうを一日休められるような広い場所。
直ぐに陰山寺が浮かんだが、あそこはクリーチャーの姿現しを持ってしても遠過ぎる。それに、校外に出る事は躊躇われた。何か問題が起こった場合に、素早い対処が出来ない。
「せっかく来たんだけど、ごめんなさい。今はあまり時間が無いの。午前中、問題は無かった?」
網に引っ掛けてしまっているふくろうの足を外してやりながら、サラは問う。
「一度、大きな人がここを通りました、ご主人様。クリーチャーめは直ぐにお気付きになって、一時的に場所を移動なさったので見付かってはいない筈ですが……」
「ハグリッドね。授業の合間に番人の仕事も継続しているんだわ……。
そう……ありがとう。放課後、また来るわ。それまでまた、見張りを頼める?」
「もちろんですとも」
クリーチャーにふくろう達を託し、サラは森を後にした。階段を駆け上がり、北の塔を目指す。
サラが魔法で網を張り、手紙の配達に来たふくろう達を捕らえる。網には透明マントを被せているので、捕らえられたふくろうはその場で消えて見つかる事は無い。捕らえたふくろうの網を、ホグワーツでも姿くらましの出来るクリーチャーが森へと移動させる。後でサラが合流し、手紙を検閲して無関係のものは翌朝大広間へと飛ばす。
ハリーが厨房の場所やドビーの事を知らなかった事から、屋敷僕妖精は忍びの地図に載らない可能性が高い。動物も、アニメーガスでない限り恐らくは。
ほとんど賭けのような手段だった。それでも、彼女を守るためにはこうするしかない。学校側が、手紙にももっと防御意識を持ってくれれば良いのに。これでは、いつか闇の魔術がふくろうを通じて校内に侵入しても判らないだろう。
森に隠された大量のふくろう達。狭い網に閉じ込められたふくろう達は、ストレスが溜まっている様子だった。怪我だってしやすい。ふくろう小屋のように一羽一羽の面倒を見てやれれば良いのだが、生憎それには相当のスペースを要する。
――広い場所。あれだけのふくろうを安全に隠せるような、広い場所があれば。
ふと、サラは立ち止まった。サラは八階まで上って来ていた。その、廊下。壁に飾られた大きな絵画。その向かい側に、大きな扉があった。こんな所に、部屋があっただろうか?
サラはそっと押し開く。そして、目を見開いた。
「これって……!」
堆く詰まれたガラクタや本や家具などなど。端の壁が見えぬ程の、広い部屋。物を隠すには、うってつけだ。
確かだった。こんな部屋、ここには無かった。サラが望んだから、現れたのだ。サラに呼ばれて、サラのために。
サラは口の端を上げて笑う。――ホグワーツ城は、サラに味方している。
サラが部屋を後にすると、扉は消えた。サラは、占い学の教室を再び目指す。授業後直ぐに、クリーチャーに言ってふくろうをあの場に移動させよう。
そもそもの始まりは、月曜日の朝の事――
No.25
ホグズミードに行った翌日、サラ達は早速パーシーにクラウチの事を尋ねる手紙を送った。厨房でウィンキーにも話を聞こうとしたが、彼女はまたしても酔っていてまるで話にならず、あきらめる外なかった。
そして月曜日の朝。それは起こった。
大広間で朝食を取る、サラ、ハリー、ロン、ハーマイオニーの四人。日刊予言者新聞を待つハーマイオニーの元に、何羽ものふくろうが舞い降りて来た。どのふくろうも、新聞は持っていない。
「一体何の騒ぎ――?」
ハーマイオニーは訝りながら、灰色のモリフクロウの手紙を外し、読んだ。途端に、彼女の顔が赤くなる。
「まあ、何て事を!」
「どうした?」
ロンの問いかけに、ハーマイオニーは手紙を突き出した。ハリー、ロン、サラは額を突き合わせて、それを覗き込む。
サスペンスドラマで見るような、新聞の切り抜きを貼り合わせた文章がそこにはあった。ハーマイオニーを侮辱し、なじる言葉。
サラは眉根を寄せる。ハリーにはもっとふさわしい子がいる。明らかに、「週刊魔女」を読んだ者からの手紙だ。
「皆、同じような物だわ!」
ハーマイオニーは、次々と手紙を開けていた。読み上げるのは、どれも侮辱の文章。ハーマイオニーは憤然としながら、乱雑に封筒に手を伸ばす。
サラは鋭い声で言った。
「不用意に開けちゃ駄目よ!」
遅かった。ハーマイオニーが開けた封筒から、強烈な刺激臭と共に黄緑色の液体が溢れ出す。液体を浴びたハーマイオニーの手は、黄色い腫れ物が膨れ始める。
「腫れ草の膿の、薄めてない奴だ!」
恐る恐る封筒の臭いを嗅ぎ、ロンが言った。
ハーマイオニーは悲鳴を上げ、ナプキンで膿を拭き取ろうとする。サラは杖を出し、ハーマイオニーの手に向けた。
「スコージファイ!」
ハーマイオニーの手や机に溢れた膿は消え去る。しかし手に掛かった膿の効果は今だ持続し、ハーマイオニーの手は腫れ物で見るのも痛々しい状態だ。ハーマイオニーの目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「医務室に行った方が良いよ。スプラウト先生には、僕達がそう言っておくから……」
ハリーに言われ、ハーマイオニーは手をかばいながら大広間を飛び出して行った。その後姿を見送りながら、ロンは憤慨した。
「だから、リータ・スキーターには構うなって言ったんだ! これを見ろよ……」
ロンは、ハーマイオニーの席に残された手紙の一つを読み上げる。
「『あんたの事は週刊魔女で読みましたよ。ハリーを騙してるって。あの子はもう十分に辛い思いをしてきたのに。大きな封筒が見つかり次第、次のふくろう便で呪いを送りますからね』
大変だ。ハーマイオニー、気をつけないといけないよ」
サラは唇を噛む。みすみすと、スキーターの目論見にはまるなんて。隣についていながら、何も出来なかった。こういう事になるだろうとは、経験上分かっていたのに。
薬草学の授業中に、ハーマイオニーは戻って来なかった。次の魔法生物飼育学の授業は、スリザリンとの合同だ。サラ達を見付けた途端、パンジーはそのキーキー声を張り上げた。
「ポッター、ガールフレンドと別れちゃったの? 良かったわねえシャノン、彼を奪えるじゃない。
あの子、朝食の時、どうしてあんなに慌ててたの?」
言い返そうとしたサラの後ろ襟を掴んで、ハリーは引き戻した。そのまま無視を決め込む。サラは冷たい視線をパンジーに向けていたが、何も言わずにふいとそっぽを向いた。
先週の授業で、ハグリッドはユニコーンが終わりである事を告げていた。そして今日は、小屋の外にいくつかの木箱を用意して待っている。まさか、再びスクリュートのお出ましか――サラを除く生徒達は身構えたが、近付いてみると木箱の中にいるのはスクリュートとは似ても似つかないふわふわと柔らかそうな黒い生き物だった。
「スクリュートは?」
サラが、残念そうに尋ねた。
「あいつらは、授業で扱うにはちいっと大きくなり過ぎてな。今は、森の奥で育てちょる」
声には出さず、ハリー達は歓喜した。つまり、もう二度とスクリュートが授業に戻って来る事は無いと言う事。
ハグリッドは全員が集まったのを確認し、木箱を示した。
「今日はニフラーだ。大体、鉱山に棲んどるな。光る物が好きだ……ほれ、見てみろ」
一匹が木箱から飛び上がり、パンジーに襲い掛かった。腕時計を噛み切ろうとしたのだ。パンジーは悲鳴を上げて飛び退く。サラは心の中でハグリッドとニフラーに拍手を送っていた。
ハグリッドは毎度ながら、魔法生物の元気な姿に顔を綻ばせる。
「宝探しにちょいと役立つぞ。今日はこいつらで遊ぼうと思ってな。あそこが見えるか?」
そう言って、小屋の前を指差した。そこは、畑のように地面が耕されていた。
「金貨を何枚か埋めておいたからな。自分のニフラーに金貨を一番たくさん見付けさせた者に褒美をやろう。自分の貴重品は外しておけ。そんでもって、自分のニフラーを選んで、放してやる準備をしろ」
サラは首の後ろに両手を回して、もうそこにネックレスは無い事を思い出す。髪を払う仕草で誤魔化し、ちらりとドラコを見る。彼は腕時計を外しているところだった。
木箱を覗き込み、サラはニフラーを一匹選んだ。抱き上げると、ニフラーは長い鼻でサラの顔をくんくんと嗅ぐ。スクリュートも面白いが、ニフラーも可愛くて良いかもしれない。
「ちょっと待て」
皆が選び終えた後の木箱を覗き込み、ハグリッドは言った。
「一匹余っちょるぞ……誰がいない? ハーマイオニーはどうした?」
「医務室に行かなきゃならなくて」
「後で説明するよ」
ロンとハリーがハグリッドに話す。サラは口を真一文字に結んで、ニフラーを足元に下ろした。
ニフラーの宝探しの最中に、ハーマイオニーは姿を現した。包帯でぐるぐる巻きになった手を、パンジーがじろじろと見つめる。サラは彼女の視界に割り込むようにして、ハーマイオニーに駆け寄った。
「良かった、ハーマイオニー! 大丈夫?」
「ええ、もう平気よ。ありがとう」
宝探しの方は、もう終了だった。ハグリッドは生徒達に呼びかける。
「さーて、どれだけ取れたか調べるか! 金貨を数えろや!
そんでもって、盗んでも駄目だぞ、ゴイル。レプラコーンの金貨だ。数時間で消えるわ」
ビンセントは、不貞腐れた表情でポケットを引っくり返した。金貨がじゃらじゃらと地面に落ちる。
最高成績を収めたのは、ロンのニフラーだった。ハグリッドは賞品としてハニーデュークスの大きな板チョコをロンに与え、授業を終えた。鐘が鳴り、生徒達は一斉に昼食へと向かう。サラ達四人は小屋に残り、ニフラーを片付けるのを手伝った。
ハグリッドは、心配気な視線をハーマイオニーの手に向ける。
「手をどうした? ハーマイオニー」
「腫れ草の膿よ。今朝、たくさんの手紙が来て――」
ハーマイオニーは、今朝の事件をハグリッドに話して聞かせた。押し寄せたふくろう。嫌がらせの手紙の数々。そして、腫れ草の膿が詰まっていた手紙。
「ああ……心配するな」
ハグリッドは慰めるように言った。
「俺も、リータ・スキーターが俺のおふくろの事を書いた後にな、そんな手紙だの何だの来たもんだ。『お前は怪物だ。やられてしまえ』とか、『お前の母親は罪も無い人達を殺した。恥を知って湖に飛び込め』とか」
「そんな!」
「ほんとだ」
ハグリッドは何でも無いように答えると、ニフラーの木箱を抱え上げ小屋の窓際へと運ぶ。
「奴らは、頭がおかしいんだ。ハーマイオニー、また来るようだったら、もう開けるな。すぐ暖炉に放り込め」
「……ないわ」
「ん? 何か言ったか、サラ?」
「いいえ、何でも」
サラは笑顔で取り繕う。
――来させないわ、絶対に。
危険な手紙など、ハーマイオニーを傷つける手紙など、もう届けさせてなるものか。
彼女は、サラが守るのだ。
ホグズミードの翌週の土曜日、エリはいつもの通り闇の魔術に対する防衛術の教室へと来ていた。毎週恒例、服従の呪いの対抗訓練だ。
普段に比べ、早い時間。朝食を終えるなり、エリはここへとやって来た。
軽く戸を叩くが、返事が無い。どうやら、ここにはいないようだ。エリは直ぐ傍の、ムーディの部屋へと向かう。戸を叩いたが、こちらも返事は無かった。
「おはよーございまーす、ムーディーせんせーい!」
大声で呼ばわりながら、何となく取っ手に手をかける。当然、扉には鍵が掛かっていた。
直後、エリは瞬時に身を引いた。
バキッと激しい音を立てて扉が吹っ飛ぶ。その後に続け様に飛んで来る赤い閃光。石壁に身を寄せて、エリはそれらを見送った。閃光は向かいの壁をぼろぼろにし、止んだ。
エリはそろそろと、室内をのぞく。
「ステューピファイ!」
再び光が飛んできて、エリは慌てて首を引っ込めた。
そして、ぱっと戸口に姿を現した。
「先生! あたしだよ、あたし! エリだよ!!」
戸口に杖を向けているのは、ムーディ本人だった。エリの姿を見てもまだなお杖を構えたまま、じっくりと魔法の目で品定めするように見る。
それから漸く、杖を下ろした。
「どうした、こんな早い時間に。死喰人の残党が寝込みを襲いに来たのかと思ったぞ」
「ごめんなさい……。あの、先週は休みにしてもらっちゃったから、早めに来た方がいいかなーって」
「遅れを取り戻して学ぼうとするのは、良い心掛けだな。だが、相手の都合も考えた方が良い」
「……ごめんなさい。朝食がまだなら、あたし、また出直して――」
「構わん。待っていなさい」
扉が戸口に飛んできてはまり込む。これからはもう二度と、返事も無しに扉を開けようとしないようにしよう。エリはそう、心に誓った。
少しして、ムーディは部屋から出て来た。闇の魔術に対する防衛術の教室へと向かいながら、エリは尋ねる。
「――先生、一人?」
ムーディは不可解気にエリを見る。
「いや……声が違って聞こえた気がしたから。気のせいだな、多分」
それに、訪れた人に問答無用で呪文を放つ人物など、ムーディ以外にいないだろう。いて欲しくない。
「寝起きだったからな。若い頃は直ぐに普段の調子で戦えたものだが、最近はいかん。すっかり年老いてしまった」
「いや〜、十分に戦えてたと思うよ」
「生徒に避けられるようでは、わしの腕も鈍ったと言うものだろう。もちろん、モリイが並々ならぬ動体視力の持ち主である事も十分にあるが」
「ありがとうございます」
エリはニッと笑う。
「先週のホグズミードは楽しめたか? 大事な人と会う約束があるとの事だったが」
「うん。おかげ様で」
「そうか。それは良かった。――しかし、翌日にもまた、城を抜け出していたようだが」
エリはぎくりとムーディを見る。
日曜日、エリは厨房からくすねた食料を持って再びシリウスに会いに行った。いつも抜け道に使っている、ハニーデュークスへの通路を使って。辺りには誰もいないのを確認したはずだったが。
エリはにやりと笑う。
「まあ……土曜は、人と会う約束だけで終わっちゃったからさ。だから――」
ムーディは、規則に対して寛容な面がある。だからこそ、エリはそう言った。
しかし、ムーディの反応は普段と違っていた。
「何処に何が潜んでいるか分からん。あまり不用意に城を抜け出すのは控えた方が良いだろう」
「え……。あ、はい……」
ムーディの魔法の目が、ぎょろりと動いてエリを見る。
「これまでは何の咎めも無かったのに、と不満に思うか?」
「え……まあ、ちょっと」
うなずき、上目遣いにムーディの様子を伺う。特に怒る様子は無かった。
「素直な奴だな。城は守られておる。お前はその安全に慣れすぎておる。――油断大敵!」
ムーディの大声が、廊下に響き渡りぐわんと鳴った。
「城の外に出れば、その守りから離れているのだと自覚するべきだ。もちろん、必要以上に抜け出す事はしない方が良い。特に一人では、決して」
「……大丈夫。もう、二度としないよ」
これまでホグズミードへ抜け出すのは、フレッドとジョージが一緒だった。先週は一人だ。シリウスと会うのに、二人と一緒に行くわけにはいかない。
何にせよ、今後エリが城を抜け出してシリウスへ会いに行く事は無いだろう。先週会いに行って、どんなに叱られた事か。食料はふくろうで構わない。二度と城を抜け出すな。そう、釘を刺された。自分自身は、学生時代にもっと危険な事をしていたくせに。
「それから、スネイプにも気をつけた方が良いだろう」
突然出て来た名前に、エリはガンと柱に顔をぶつけた。鼻を押さえながら、ムーディを振り返る。
「奴の研究室に、随分足繁く通っているようだな」
「フィルチから逃げるのに、いい隠れ場所になるんだ。それで」
「追われずとも、自ら出向いている事もあるようだが?」
「うん。最初はフィルチからの逃げ場所だったけど、最近は用が無くても入り浸ってる」
「それだけか?」
「……だけって? ――ああ、後、アリスもよく来るから。あいつ、魔法薬の研究好きみたいで」
事実、部屋の主は放置で二人で話している事も多い。
ムーディはじっとエリを見つめ――そして、言った。
「セブルス・スネイプには気を付けろ」
「え?」
「奴は死喰人の残党だ。ダンブルドアが信用している? ハッ、彼は誰でも信用する。誰もが彼と同じだと思ったら大間違いだ」
ムーディは忌々しげに吐き捨てる。
エリはムッと口を尖らせた。
「確かに死喰人だったみたいだけど、スパイだったんだろ? ダンブルドアのために、潜入していただけだって」
「本人が言ったのか? それはいつの話だと言った? 最初からダンブルドア側だったと言ったか?」
エリは言葉を詰まらせる。
「あ奴は確かに、死喰人として動いていた。最後には裏切ったかも知れんがな。わしだけじゃない。当時を生きていた者達なら、誰もが知っている話だ。現に、今も奴を疑い続けているのはわしだけではない」
思い起こされるのは、シリウスとの会話。誰がハリーの命を狙っているのか。誰がハリーを三大魔法学校対抗試合に参加させたのか。その話題の場でも、セブルスの名は挙がった。
いつも彼に向けられる、疑惑の視線。
「――あいつは、違う」
「ん?」
「ムーディ先生は、スネイプ先生を疑ってらっしゃるようですけど。彼はハリーを何度も救ってる――殺そうとなんてするわけがない。むしろ、守ろうとしている。それは確かです」
ムーディは押し黙り、エリをじっと見据えていた。エリはキッと、その双眸を睨み返す。
「私は、彼を信じます」
誰が何と言おうと。過去に何があろうと。
エリは、教室の扉に目をやる。
「入りましょう、先生。今日も特訓よろしくお願いします」
もう二度と、己の意志を奪われないために。
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2011/07/23