「――それじゃ、第二の課題の時にリータ・スキーターの姿は見ていないんですね? 魔法の目でも?」
「右目でも左目でも、奴の姿は確認しとらん」
 ムーディはふてぶてしい口調で答える。
 ハーマイオニーはぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。では、これで。――サラ」
 教室の壁際で待っていたサラに声を掛け、ハーマイオニーは闇の魔術に対する防衛術の教室を出て行く。サラはその後に続いた。
「――よほど、彼女が大切なようだな」
 サラが出る間際、背後から声が掛かった。
 サラは立ち止まり、ムーディを振り返る。普通の瞳はサラを見つめ、魔法の目がぐるりと回って廊下との間を隔てる壁を見つめた。
「最近、大広間の窓の傍に網が張ってあるようだが。透明マントの中に飛び込んだふくろうを運んでいる屋敷僕妖精は、君の実家のものかね?」
「……」
 サラは答えず、無言で教室を出て行った。
 サラとハーマイオニーは、玄関ホールまで行った所で漸くハリーとロンに追いついた。二人の所に駆け寄るなり、ハーマイオニーはムーディに確認した事をまくしたてる。スキーターは透明マントを使っていない。透明マントなら、ムーディに見えるはずなのだ。――サラが毎朝捕らえているふくろうのように。
「ハーマイオニー、そんな事やめろって言っても無駄か?」
 ロンがうんざりしたように言った。
「無駄! 私がビクトールに話してたのを、あの女がどうやって聞いたのか、それを知りたいの!それに、ハグリッドのお母さんの事をどうやって知ったのかもよ!」
 ハーマイオニーの口から「ビクトール」と言う名前が出る度に、ロンとサラが若干ムッとした表情になる。それに気付いてか気付かずか、ハリーは直ぐに口を挟んだ。
「もしかして、君に虫をつけたんじゃないかな」
「虫をつけた?」
 ロンがぽかんとする。
「何だい、それ……ハーマイオニーに蚤でもくっつけるのか?」
「近いけど、違うわ。盗聴器って言いたいんでしょう、ハリー?」
「うん。マグルの物なんだけどさ。周りの音声を拾って、遠くから聞けるような機械があるんだ……本物を見た事は無いけど、でもそんなに大きい物じゃないよ。コンセントの中に仕掛けられてる話とか、よく聞くし……」
「へぇっ。マグル凄いな。パパが興味持つのが解る気がするよ。
 うん、それに違いない! リータ・スキーターの奴、どっからかマグルの物を調達して――」
「二人とも、いつになったら『ホグワーツの歴史』を読むの?」
 ハーマイオニーが二人の話を遮った。ロンはあっけらかんと返す。
「そんな必要あるか? ハーマイオニーとサラ、二人も暗記してるのに。僕らは君達に聞けばいいじゃないか」
「ホグワーツは空気中の魔法が強過ぎて、マグルの機械は壊れちゃうのよ。ほら。去年、ナミがポケベルを持って来て『壊れた』って騒いでたじゃない? 忘れちゃった?」
「だから、違うわ。リータは盗聴の魔法を使ってるのよ。そうに違いないわ……それが何なのか掴めれば……それが非合法ならこっちのものよ……。後、手紙も怪しいけど……それだと会話内容を知った事の説明がつかないのよねぇ……」
「手紙?」
 ハリーとロンが目をパチクリさせた。ハーマイオニーは頷く。
「ええ。一度、日刊予言者新聞が一日遅れで届いた事があったのよ。新聞がよ? おかしいと思わない?」
「ふくろうがどっかでサボってたんじゃないか?」
「妙に思って、シェーマス・フィネガンにも聞いてみたの」
 ロンを無視して、ハーマイオニーは続けた。
「彼も、新聞を購読してるじゃない? そしたら、彼もあったみたい。遅れた事。別の日だから、新聞社側で特定の日に何かあった訳じゃない。ふくろうも別の子だったから、特定のふくろうが遅れ気味だって訳でもない。
 なるべく新聞は直ぐに解放しているみたいだけど、ふくろう便は何者かに検閲されてるわ」
「そうなると……シリウスへの手紙も、気をつけなきゃいけないわね……」
 サラは真剣な表情で言う。
 ハーマイオニーは頷いた。
「直ぐにリータが浮かんだけど、私とビクトールの事は手紙からなんて知れる事じゃないのよ。彼女、一体どうやって盗み聞きなんてしたのかしら……」
 ハーマイオニーは考え込む。
「他にも心配すべき事がたくさんあるだろう? この上リータ・スキーターへの復讐劇までおっぱじめる必要があるのかい?」
「何も、手伝ってくれなんて言ってないわ! 一人でやります!」
 ハーマイオニーはきっぱりと宣言すると、肩を怒らせて大理石の階段を上がって行った。
 ロンはその後姿を見送り、ハリーとサラに言った。
「賭けようか? あいつが『リータ・スキーター大嫌い』ってバッジの箱を持って戻って来るかどうか」
「私、そっちなら入ってもいいかも」
「正気かよ」
 ロンは目を丸くした。サラは肩を竦める。
「でも、一人でやるって言ったからにはそうするんじゃない?
 私、ちょっと用事があるから行くわね。じゃあ、夕飯の時に大広間で」
 サラはひらりと二人に手を振ると、階段を上って行った。

 ハーマイオニーの後を追う訳ではない。二階を通り過ぎ、サラは階段を上り続ける。
 幾らか上ったところで、上から降りて来るレイブンクローの上級生の一団の会話が耳に入った。
「ねえ、聞いた? ハーマイオニー・グレンジャー……」
 ぴたりと、サラの足が止まる。
「クラムとハリーの両天秤でしょう? ハーマイオニー・グレンジャーって、あの子よね? ハリー・ポッターやサラ・シャノンといつも一緒にいる……」
「一緒にいるのに、気付かないのかしらね? サラの気持ち」
「二股掛けるような子よ? 気付いていて横恋慕したって可能性も……」
「嫌だ。ハリーもサラも、可哀想……」
 サラに近付くにつれ声を潜めてはいたが、耳を澄ませばはっきりと聞き取る事が出来た。
 すれ違い様、サラは呟く。
「――楽しい?」
 女子生徒達は、サラを振り返った。サラの瞳には、ちらちらと赤い光が見え隠れしていた。
「ねぇ、楽しい? ゴシップ記事を真に受けて、他人を陥れるような噂話をして」
「サラ……私達、何もあなたの悪口なんて言ってないわ」
 レイブンクロー生の一人が、慌てて言った。
「むしろ私達、あなたの事応援してるのよ。辛いだろうけど、グレンジャーなんかに負けないで――」
「ハーマイオニーは私の親友よ!」
 サラはぴしゃりと言い放つ。
「ハリーだって同じ。親友として心配したまでよ。それにあの湖にいたのは、ハリーだけじゃないわ。つまらない噂話をする暇があれば、自分達の頭でちょっとは考えてみたら? レイブンクローって、頭脳明晰の集まりじゃないのかしら」
 どの生徒も、表情が険しくなる。一人が、その場の皆に目配せした。
「行きましょう」
 レイブンクロー生達は歩を進める。
 と、その内の一人の身体が消えた。階段に穴が開いていた。寸でのところで彼女は腕を伸ばし、床にしがみ付く。
 悲鳴を上げる者、必死に引っ張り上げようとする者。サラは、感情の無い瞳でそれを眺めていた。
「噂話ばかりに気を取られないで、足元にも気をつけるのね……」
 踵を返し、階段を上って行く。辿り着いた先は、八階。まっさらな壁に扉が現れ、サラは中へと入る。
 うずたかく積まれたガラクタの山。それらの間に出来た通路を、サラは奥まで進む。ふくろうの鳴き声が聞こえて来た。
 そして現れたのは、幾つもの籠や木の板を合わせて作ったふくろう小屋。そこにいるのは、サラの魔法で捕らえクリーチャーが運んだふくろう達。記事が載せられた当初は酷かったものの、ここ数週間でハーマイオニーへの手紙の数はぐっと減っていた。一方で朝以外の時間に現れる手紙も多く、中には吼えメールを寄越す者もいて、今やサラ、ハリー、ハーマイオニー、クラムの四角関係は学校中の知るところとなっていた。校内でも噂が絶えない。先ほどの、レイブンクロー生達のように。
 何か聞かれる度、噂を耳にする度、サラは否定に回っていた。その内、彼らも飽きて話題にしなくなるはずだ。そう思いはしつつも、いい加減サラもハリーもハーマイオニーもうんざりしていた。





No.26





 ハーマイオニーへの手紙は徐々に減って行き、イースター休暇の頃には毎日の検閲も必要無くなった。しかし決して読者達の記憶が薄れていた訳ではなく、ウィーズリー夫人からハーマイオニーに贈られたイースターエッグは、サラ達への物よりもずっと小さかった。同時にパーシーからの返事も返ってきたが、クラウチについての内容は日刊予言者新聞に書かれているものと大差無かった。
 五月最後の週、第三の課題の説明を受けに行ったハリーから、サラ、ロン、ハーマイオニーの三人は衝撃的な事件を聞かされた。
「まとめると……狂ったクラウチがホグワーツの敷地内に現れた。ハリーとクラムが、彼に遭遇。ダンブルドアに会いたいと言うので、クラムを見張りに残してハリーが呼びに行った。けれどスネイプに邪魔されて、ダンブルドアと一緒に戻った時にはもうクラウチはおらず、クラムは気絶してた……と」
 サラは、問いかけるようにハリーを見る。ハリーは、頷いた。
「うん。大体そんな感じ」
 もう、夜が明けようとしていた。太陽が顔を覗かせるのを待ち、四人はグリフィンドール寮を抜け出しふくろう小屋へ行った。シリウスに手紙を送るためだ。
「つまり、こういう事になるわね。クラウチさんがビクトールを襲ったか、それともビクトールが余所見している時に別の誰かが二人を襲ったかだわ」
「クラウチに決まってる」
 ロンが即座に言った。
「だから、ハリーとダンブルドアが現場に行った時に、クラウチはいなかった。とんずらしたんだ」
 ハリーは首を左右に振った。
「違うと思うな。クラウチはとっても弱っていたみたいだ――姿くらましさえ出来なかったと思う」
「ホグワーツの敷地内では、姿くらましは出来ないの。何度も言ったでしょ?」
「……でも、屋敷僕妖精なら出来るわよね」
 サラがぽつりと言う。ハーマイオニーがキッと振り返った。サラは慌てて言った。
「ほら、前にドビーの行動をマルフォイの命令じゃないかって疑った事があったじゃない? それと同じように。誰かの命令で、クラウチを連れ去る事は出来るんじゃないかしら」
「それじゃあ、ビクトールは誰に襲われたの? 屋敷僕妖精が襲ったって言うの?」
「よーし……こんな説はどうだ? クラムがクラウチを襲った――いや、ちょっと待て――それから自分自身に失神術をかけた!」
「そして、クラウチさんは蒸発した。そういう訳?」
「ああ、そうか……」
「二つ合わせるのは? もし、クラムに屋敷僕妖精がいれば……」
「それだ!」
 サラの考えに、ロンは指を鳴らす。
 ハーマイオニーは憤然と言った。
「ビクトールの家に屋敷僕妖精はいません!」
 そして、ハリーに目をやる。
「ハリー、もう一回話してちょうだい。クラウチさんは、何を喋ったの?」
「もう話しただろ。訳の分からない事だったって。ダンブルドアに何か警告したいって言ってた。バーサ・ジョーキンズの名前ははっきり言った。もう死んでると思ってるらしいよ。何かが自分のせいだって、何度も繰り返してた……自分の息子の事を言った」
「そうね。確かにあの人のせいだわ」
 ハーマイオニーの脳裏には、またウィンキーの一件が蘇っているのだろう。
「あの人、正気じゃなかった。話の半分ぐらいは奥さんと息子さんがまだ生きているつもりで話してたし、パーシーに仕事の事ばかり話しかけて命令してた」
「それと……『例のあの人』については何て言ったんだっけ?」
 ロンが、恐々と尋ねた。
 ハリーは、昨晩から何度も何度も同じ話を繰り返して、疲れてきたらしい。のろのろとした返答だった。
「もう話しただろ。より強くなっているって、そう言ってたんだ」
 ヴォルデモートがより強くなっている。
 サラは、昨年度の末に見た情景を思い出していた。大鍋から現れる人影。白い顔、紅い瞳孔――
「だけど、クラウチは正気じゃなかったんだ。そう言ったよね。だから、半分くらいは多分、うわ言さ……」
 ロンは出来る限り明るく言ったが、ハリーはきっぱりと否定した。
「ヴォルデモートの事を喋ろうとした時は、一番正気だったよ。言葉を二つ繋ぐ事さえやっとだったのに、この事になると、自分が何処にいて何をしたいのか解ってたみたいなんだ。ダンブルドアに会わなきゃって、そればっかり言ってた。
 ……スネイプに邪魔されなけりゃ、間に合ってたかも知れないのに。『校長は忙しいのだ、ポッター……寝ぼけた事を!』だってさ。邪魔せずに放っといてくれれば良かったんだ」
「若しかしたら、君を現場に行かせたくなかったのかも!」
 ロンが「これだ!」と言う風に叫んだ。
「多分――待てよ――スネイプが禁じられた森に行くとしたら、どのぐらい早く行けたと思う? 君やダンブルドアを追い抜けたと思うか?」
「蝙蝠か何かに変身しないと無理だ」
「それもありだな」
「逆はどう? クラウチとクラムを襲ってから、ハリーの所に姿を現すには?」
「言っただろう。スネイプは、校長室から出て来たんだ」
「ああ、そうだったわね……」
 サラは少しがっかりして呻く。
 ハーマイオニーが言った。
「ムーディに会う必要があるわ。クラウチさんを見つけたかどうか、確かめなきゃ」
「ムーディがあの時忍びの地図を持っていたら、簡単だったろうけど」
「ただし、クラウチが校庭から外に出てしまっていなければだけどな」
 ロンが口を挟んだ。
「だって、あれは学校の境界線の中しか見せてくれないはずだし――」
「しっ!」
 ハーマイオニーが制した。
 階段の方から、足音が聞こえていた。気配を探るまでもなく、口論する二つの同じ声が聞こえて来た。
「――脅迫だよ、それは。それじゃ、面倒な事になるかも知れないぜ」
「これまでは行儀良くやって来たんだ。もう汚い手に出る時だ。奴と同じに。奴は、自分のやった事を魔法省に知られたくないだろうから――」
「それを書いたら脅迫状になるって、そう言ってるんだよ!」
「そうさ。だけど、そのお陰でどっさり美味しい見返りがあるんなら、お前だって文句は無いだろう?」
 現れたのは、フレッドとジョージ。二人は、四人を見つけるとその場に凍りついた。
 ここへ来るからには、手紙を出しに来たと言う事。しかし、こんな時間に? 誰に? 何の言伝を? その疑問は、お互いに当てはまるものだった。
 ならば、互いに見過ごそう。そう、フレッドは考えたらしい。しかし脅迫なんて言葉を聞けば、そう簡単に引く訳にはいかなかった。ロンが問い詰めたが二人ははぐらかして答えず、手紙を出すとそそくさとふくろう小屋を出て行った。





 直ぐにもムーディに昨日の捜索について尋ねたかったが、朝食の後直ぐに行く事は控えた。寝込みを襲ったと勘違いされかねない。
 いつも長く感じる魔法史の授業だったが、今日は殊更長く感じられた。昨晩は遅くまで話し込んでいて、今朝も夜明けと共に起床だ。眠くならない筈が無い。
 ビンズの声が頭に入って来ない。今、教科書のどの辺りをやっているのかも判らなかった。瞼が重い。視界がぼーっとする。
 ふと気が付くと、辺りはぐるりと生垣に囲まれていた。高い高い生垣。箒でも使わない限り、越える事は出来ないだろう。
 辺りは薄暗い。大きな蜘蛛が引っくり返っている。その向こうに、二つの影。――ハリーと、もう一人はハッフルパフのセドリック・ディゴリーだ。
 ふと、辺りの風景が歪んだ。色が渦巻き、そして更に暗くなった。一面の闇。
 緑の閃光が走ったのは、突然の事だった。
 音も何も無かった。闇に慣れて来た目に映る影。その一つが、どさりと草原に倒れた。残る一つを、現れた別の影が引きずって行く。
 闇に浮かび上がるのは、墓石の数々。そこは、墓場だった。そして、とある墓の前に置かれた大鍋。ぞわりと、悪寒が走る。
 ――嫌だ。駄目だ。あれは、成功しちゃいけない。
 止めようにも、サラはその場にいなかった。実態が無い。ただ景色として、それらを眺めるだけだ。
 ――駄目……!
 大鍋から立ち上る煙。その中に揺らめく人影。人の肌とは思えない真っ白な顔。紅い瞳が開き、墓石に縛り付けられた少年を見下ろす。あれは――

 サラはふっと目を覚ました。
 途端に、音が戻って来た。ガタゴトと生徒達が立ち上がり、ざわめく教室内。窓からは明るい陽が射し込んでいる。
「サラ、急いで! ムーディ先生の所へ行くわよ!」
 サラは慌てて立ち上がった。インク瓶に蓋をし、羽ペンと共に鞄の中へ放り込む。教科書は引っつかみ、ハリー、ロン、ハーマイオニーの後を追って廊下を駆けながら鞄にしまった。どうやら、魔法史の授業中に眠ってしまったらしい。
 四人が着いたときには、ムーディは闇の魔術に対する防衛術の教室から出て来るところだった。ハリーが声を掛け、ムーディは通り過ぎる一年生を見送ってから手招きした。
「こっちへ来い」
 サラ達四人は、教室に入っていく。最後にムーディが入り、扉を閉めた。
 即座に、ハリーが聞いた。
「見つけましたか? クラウチさんを」
「いや」
 ムーディは短く言い、自分の机にまで行った。椅子に腰掛け、義足を伸ばす。いつもに比べ、随分と疲れている様子だった。
「あの地図を使いましたか?」
「もちろんだ」
 ムーディは、自分の携帯用酒瓶を取り出しグイと飲んだ。戸口の方を向いた魔法の目が、サラを見ている気がしてならない。
「お前の真似をしてな、ポッター。呼び寄せ呪文でわしの部屋から禁じられた森まで、地図を呼び出した。クラウチは何処にもいなかった」
「それじゃ、やっぱり姿くらまし術?」
「ロン! 学校の敷地内では、姿くらましは出来ないの!」
 ハーマイオニーがぴしゃりと言った。そして、ムーディに向き直る。
「消えるには、何か他の方法があるんですね? 先生?」
 ムーディの魔法の目が、ぐるりと動いてハーマイオニーを見た。
「お前のプロの闇払いになる事を考えても良い一人だな。グレンジャー、考える事が筋道立っておる」
 ハーマイオニーは、照れながらもまんざらでもない風だった。
『シャノン――君は、我々の仲間になる素質がある』
 以前、サラも彼から言われた言葉。闇払いは、サラがなりたいと思っているものの一つだ。祖母は、優秀な闇払いだった。それに適していると言われるのは、名誉な事。嬉しい事。――その、はずなのに。
「シャノン。突然消える方法に、何か心当たりは無いかね?」
 突然話を振られ、サラはぴくんと反応する。
 しかし、問われてもサラに心当たりは無かった。
「姿くらましは出来ないし、アニメーガスでも人間の名前で出るし――透明マントってどうなの、ハリー?」
「あの地図は透明でも現れるよ。――それじゃ、きっと学校の敷地から出てしまったのでしょう」
 後半の言葉は、ムーディに向けてだった。ハーマイオニーが首を傾げる。
「だけど、自分一人の力で? それとも、誰かがそうさせたのかしら?」
「そうだ。誰かがやったかも――箒に乗せて、一緒に飛んで行った。違うかな?」
 ロンは早口に言って、ムーディに目を向けた。ムーディは唸る。
「さらわれた可能性が皆無という訳ではない」
「じゃ、クラウチはホグズミードの何処かにいる?」
「何処にいてもおかしくはないが……確実なのは、ここにはいないと言う事だ」
 透明マントではない。アニメーガスでもない。姿くらましは出来ない。
 後は、ロンの言った通り箒か何かで急いで敷地外に出るしか思い付かない。もしくは、屋敷僕妖精。
「……ウィンキー」
 ふと、サラは呟いた。ハーマイオニーがキッと振り返る。
「サラ? あなた、まさかまだ――」
「違うわ。さらったんじゃなくて――逃げたとしたら? 屋敷僕妖精は、魔法使いの本当に有名な旧家にしかいない。でも、クラウチ氏にはいたじゃない。屋敷僕妖精が。彼女、まだクラウチ氏の事を忘れられないみたいだった。未練があるみたいだった。クラウチ氏が頼めば、手を貸す事もあり得るんじゃない?」
「それは無理だよ、サラ」
 そう言ったのは、意外にもロンだった。
「屋敷僕妖精は服を与えられると、解放されるんだ。どんなに未練があっても、今のウィンキーの主人はダンブルドアだろ? ホグワーツで預かっている状態の生徒を襲った相手なんて、庇えるはずがない」
「逃げたんだとしたら? クラウチが襲って逃げたんじゃなくて、襲われて危険だから逃げた。ウィンキーはそれを手助けした」
「だったら、校外になんて行かないで校長室に行けばいいんじゃない?」
 ハリーが言った。尤もな意見だ。
「しかし、君は随分と屋敷僕妖精の能力に詳しいようだな――ホグワーツ校内でも、彼らなら姿くらましが出来るとは。ウィンキーとは、クラウチの屋敷僕妖精かね?」
 ハーマイオニーが口を開く前に、ハリーが慌てて言った。
「僕ら、屋敷僕妖精に友達がいるんです。ドビーって言って。彼が校内で姿くらましみたいに消えるのを、何度も見ましたから。ウィンキーはクラウチの屋敷僕妖精だったんですけど、夏休みに解雇しちゃって。今は、ホグワーツでドビーと一緒に働いています」
 酒に溺れているあの状態を働いていると言うのかは怪しいが、ハーマイオニーを刺激してもいけないのでサラはハリーの説明に頷いておいた。
 ムーディはじろりとサラに目を向けたが、ふっと視線を外しハリーに言った。
「さーて……ダンブルドアが言っておったが、お前達四人は探偵ごっこをしておるようだな。クラウチはお前達の手には負えん。魔法省が捜索に乗り出すだろう。ダンブルドアが知らせたのでな。
 ポッター、お前は第三の課題に集中する事だ」
「え? ああ、ええ……」
 不意を突かれたように、ハリーは頷いた。
 ムーディは、顎をさすりながらハリーを見上げる。
「お手の物だろう、こういったのは。ダンブルドアの話では、お前はこの手のものは何度もやって退けたらしいな。一年生の時、賢者の石を守る障害の数々を破ったとか。そうだろうが?」
「僕達が手伝ったんだ」
 ロンが即座に口を挟んだ。
「僕とハーマイオニーが手伝った」
 ムーディはニヤリと笑う。
「ふむ。今度のも練習を手伝うが良い。シャノンもな。今度はポッターが勝って当然だ。当面は……ポッター、警戒を怠るな。油断大敵だ」
 ムーディは酒瓶から一口飲み、魔法の目を窓の外に向けた。普通の目の方は、サラ、ロン、ハーマイオニーの方に向けられていた。
「ポッターから離れるでないぞ。いいか? わしも目を光らせているが、それにしてもだ……警戒の目は多過ぎて困ると言う事は無い」
 警告されずとも、そのつもりだ。
 サラは頷き、まどの外に目をやる。そこには、ダームストラングの船の帆が見えていた。


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2011/08/07