エリの元にふくろうが舞い降りたのは、サラ達がムーディを尋ねた翌朝の事だった。
エリのサラダの横に封筒を落としたふくろうは、生徒達の頭上をすいーっと飛んでグリフィンドールの机へと飛んで行った。手紙は、シリウスからの物だった。
『既にサラやハリー達から話を聞いているかも知れない。バーテミウス・クラウチが最近、姿を見せなかった事は気付いているだろうか。彼がつい先日、ホグワーツの敷地内で目撃された。ハリーが、森の傍で遭遇したらしい。
ハリーの話によると、彼は話が支離滅裂で混乱している様子だった。ダンブルドアに会いたいと言われハリーが呼びに行ったが、戻った時にはいなくなっていたと言う話だ。クラウチと一緒に現場に残したビクトール・クラムは、何者かに襲われ気絶していたらしい。クラウチも、そいつの手に落ちた可能性が高い。
ホグズミードで会った時にも話したが、何者かの陰謀が動いている。ハリーの名前がゴブレットに入れられたのには、何か意味があるはずだ。決して彼を一人にしないよう。そして、エリ。おまえ自身も決して一人では行動しないよう。特に外へ繋がる隠し通路には、決して近付かないように。日が暮れたら城の外へ出てはいけない。悪戯好きな友人達にも、忠告しておいた方が良いだろう。
父より』
「なんで隠し通路利用してる事やフレッドとジョージが一緒だって事、知ってんだよ……」
読み終えたエリは思わず呟いた。
現状報告の手紙は、夏休みから頻繁に書いている。そこにフレッドやジョージの名前が出た事もある。しかし、ホグワーツ城脱走について触れた覚えは無い。
「どうしたの? 誰から?」
ハンナが手紙を覗き込む。
「親父から。最近、クラウチが行方不明だったろ? 城ん中で見つかったんだって」
「ホグワーツでですか?」
ジャスティンが目を丸くして尋ねた。エリは頷く。
「城ってか、森の方らしいけど。目撃されて、でもまたいなくなっちゃったって。危ないから、あんまり一人で行動すんなってさ。皆も気をつけなよ」
アーニーが苦笑した。
「僕達よりも、気をつけるべきは君だろう。いつも、ウィーズリーの所の双子と一緒に色々やらかしてるんだから」
「親父にも釘刺されたー。何で分かったんだろな。話には出しても、ホグズミード行ったりしてる事については触れてないのに」
「エリのお父さんだもの。もしかしたら、自分が子供の頃に同じような事をしていたんじゃない?」
そう言ったのは、スーザンだった。手紙を鞄にしまうエリに、アーニーが尋ねた。
「でも、そうしたらどうするんだ?」
「どうするって?」
「トレーニングだよ。エリ、毎朝やってるだろう? 一人でやるのは――」
「あー、そっか。――おーい、セドリックー!」
エリは、ちょうど大広間へ入って来たセドリックを大声で呼ばわった。友達と話していたセドリックは、そのままエリ達の所までやって来た。
「何だい?」
「セドリックは聞いた? クラウチ目撃されたって話」
「クラウチ? 審査員の、バーテミウス・クラウチさんかい?」
「うん。何かちょっとイカレてたみたいで。その上、またいなくなっちゃったんだってさ。親父から手紙が来て、危ないからあまり一人で行動するなって。
セドリックも、朝、トレーニングしてるだろ? 一緒に走ろーぜ」
「ああ、うん。いいよ。それより、クラウチさんがおかしくなってたって?」
「これ」
エリはしまった手紙を再度出し、セドリックに突きつけた。セドリックは手紙を読み、そして心配気な顔でエリを見た。
「クラムが襲われたって? 一昨日選手の集合があったのに、僕達何も聞かされなかった……」
「結構最近の事みたいだし、その後だったんじゃねーの? あたしもまだハリーやサラから聞いてなかったからな」
「それにしてもエリのお父さん、随分と魔法界の事情に詳しいんだね。ホグズミードにも来たのかい? でも、君達の親って確か両方ともマグルだろう?」
「エッ。あー……ウン、まあ……。三人も、ホグワーツ行ってるとなるとなー」
エリは、ハハハと笑う。
一同は、きょとんとした表情でエリを見ていた。
No.27
第三の課題までの数日、サラ、ロン、ハーマイオニーは試験勉強の合間にハリーの特訓を手伝った。図書館で呪いの捜索、空き教室に忍び込んでの呪文練習。
試験と練習の両立をハリーは心配したが、今年はクィディッチが無いのだ。サラに言わせてみれば、むしろクィディッチとの両立の方が体力的につらい。
第三の課題までに、また事件は起こった。占い学の授業中に、ハリーが額の傷の痛みを訴えたのだ。本人は頭痛だと言い張り、トレローニーを振り切って教室を出て行った。その後向かったダンブルドアの部屋で、ハリーはペンシーブを見たと話した。彼が見たのはサラが以前見た祖母の記憶ではなく、クラウチの息子の裁判だった。彼の息子は死喰人で、アズカバンに投獄されたのだ。その名前を挙げたのが、若かりし頃のルード・バグマンだった。死喰人に情報提供したとして罪を問われたバグマンは、自身の釈放と引き換えに彼らを売った。その中にはセブルス・スネイプの名もあったが、ダンブルドアが庇ったのだと言う。
サラはサラで、魔法史の授業で見た夢を繰り返し見ていた。水晶玉に投影して目が覚めた状態で振り返るも、情報が断片的過ぎて要領を得ない。
ヴォルデモートが力を取り戻そうとしている。ダンブルドアの部屋での話に乗じてサラも夢で見た内容を三人に話したが、何の手掛かりにもならなかった。
祖母は、はっきりと予言する事が出来たのだろうか。闇払いとして、そして予見者として有名だった祖母。サラは、いつになったら祖母のようになれるのだろうか。
六月になり、マクゴナガルは自身の教室をハリーの呪い練習に使う許可を与えた。城中至る所で遭遇する四人にうんざりしたらしい。
まずはサラが提案した失神呪文、続いて妨害の呪い、粉々呪文、四方位呪文などハリーは様々な呪いを習得して行った。ただ盾の呪文はなかなか上手くいかず、今日もハリーはくらげ足の呪いを受けてしばらくくにゃくにゃの足で教室を歩き回っていた。
「でも、なかなかいい線いってるわよ」
ハーマイオニーは、呪文のリストにチェックしながら言った。
「この内のどれかは必ず役に立つはずよ」
「へぇ、結構やって来たのね……」
リストを後ろから覗き込み、サラは感嘆の声を上げる。
窓際に立っていたロンが、三人に手招きした。
「あれ見ろよ。マルフォイの奴、何やってんだ?」
ハリーとハーマイオニーがロンの横から窓の外を覗く。サラはたたらを踏みながらも、二人の後に続いた。
校庭の木陰に、ドラコ、ビンセント、グレゴリーの三人がいた。ビンセントとグレゴリーは、ドラコに背を向けてきょろきょろと辺りを見回している。見張りに立っているようだ。
ドラコは手を口の辺りにやって、何やら話している様子だった。
「トランシーバーで話してるみたいだな」
「そんなはずないわ」
ハリーの呟きを、ハーマイオニーは即座に否定した。
「言ったでしょ。そんな物はホグワーツの中では通じないのよ。さあ、ハリー、もう一度やりましょ。盾の呪文」
ハーマイオニーは窓を離れる。
サラはドラコから視線を外し、教室内を振り返った。――彼とはもう、関係無い。
第三の課題の朝は、誰もが今夜行われる最終決戦に心を躍らせていた。それは、スリザリンも例外ではない。そんな中、スリザリン生を更に活気付ける、つまりグリフィンドール生のテンションを削ぐ事件が起こった。
朝食の席、配達された日刊予言者新聞の見出しを見るなり、ドラコは立ち上がった。大広間の向こう側へと、大声で呼びかける。
「おーい、ポッター! ポッター!」
毎度毎度、ご苦労な事だ。
アリスは何の感慨も無く、スクランブルエッグを皿に盛る。先日、ドラコがスキーターのインタビューに答えた事は知っていた。他のスリザリン生達も各々に新聞を読み、クスクスと笑う。ドラコのように立ち上がるまではせずとも、身を乗り出してハリーの様子を見ようとしていた。
アリスの隣の席にも、日刊予言者新聞を携えたふくろうが舞い降りて来た。記事を読んだアストリアは、パッとアリスを振り返った。直ぐに顔を戻したが、気にするなと言う方が無理な話だ。
「どうしたの?」
アリスはきょとんと小首を傾げる。ドラコは漸くアリスの正面で席に座り、ビンセントとグレゴリーにも見せながら悠々と新聞記事を読み出した。
アストリアはおどおどとした表情を見せる。
「あの……ポッターの記事なんだけど、あなたのお姉さんの事も……」
「見せて」
アストリアは恐々と、日刊予言者新聞を差し出した。『ハリー・ポッターの「危険な奇行」』と書かれた大見出し、ハリーの顔写真。記事には、ハリーの傷跡がしばしば痛む――と本人は言っている事、そして彼がパーセルマウスである事が書かれていた。
そして、サラも。
アリスはパッと新聞から顔を上げる。ビンセントやグレゴリーと一緒に騒ぎながら新聞を読んでいたドラコはいつの間にか押し黙り、青い顔で新聞を読み耽っていた。
アストリアはおどおどとアリスを見上げている。アリスは新聞記事に目を戻した。
『「サラ・シャノンも蛇語を話します」ドラコ・マルフォイは言った。ポッターが蛇語を話すと知れ渡った際、シャノンは自らパーセルマウスを名乗り出たとの話である。ポッター一人が目立つのが許せなかったのではないか、と先述の専門医は語った。
更に彼女の過去の経歴を調べたところ、恐るべき事実が判明した。彼女がマグルの下で暮らしている事は、誰もが知る有名な話である。マグルの学校に通っていた頃、シャノンは魔法を意のままに操りクラスメイト達に暴力を振るっていた可能性が高いのである。サラ・シャノンの機嫌を損ねた者は、「報復」に遭う。かつてのシャノンのクラスメイト達に聞き込みを行ったところ、幾つもの有力な証言が得られた。起こりえるはずの無い状況での交通事故や発火事故。当然、マグルには何が起こったのか解らない。しかし、我々からしてみれば何が起こったのかは明白である。本人はこれらの事件への関与を否定し、逃げ延びた。
サラ・シャノンの数々の前科。この裏には、犯罪者の血が大きく関与しているのかも知れない。
彼女の養母であるシャノンは、サラ・シャノンの実の祖母である。シャノンの若い頃の写真を見れば、彼女らの血の繋がりは明白である。では、シャノンの子、サラの実の両親は誰なのか。これは未だ不明であるが、娘だったのではないかという声が大きい。そして我々は、それを決定付ける証言を得た。サラ・シャノンの父親が明白になったのだ。
シリウス・ブラック――そう、十三年前に十二人ものマグルと一人の魔法使いを皆殺しにし、今も脱獄を続ける殺人鬼である。
シリウス・ブラックは学生時代から素行が荒く、両親から勘当されていた。しかし、彼女の母ワルブルガ・ブラックは孫娘が出来た事で彼を呼び戻そうとしたのだと言う。その子の名前は、サラ・シャノン。現に、同時期、シャノンはサラ・シャノンを頻繁に彼のところへ預けていた。実の父親と過ごさせようとしたのだろう。まさかそれが、サラ・シャノンの人格形成に好意的でない影響を与えてしまうとは、誰が想像しただろうか。
サラ・シャノンがハリー・ポッターと行動を共にしている事は、周知の事実である。蛇語を話す二人。内一人は殺人犯の娘であり、自身も後暗い過去を持つ。シャノンとの交流がポッターの奇行を更に助長させている可能性は想像に難くない。アルバス・ダンブルドアはこのような少年に三校対抗試合への出場を許すべきかどうか、当然考慮するべきであろう。試合に是が非でも勝ちたいばかりに、ポッターが闇の魔術を使うのではないかと恐れる者もいる。尚、当該試合の第三の課題は今夕に行われる予定である』
「ありがとう」
アリスは笑顔を取り繕って、アストリアに新聞を返した。
そして、正面の席で青白い顔を更に青くしている者に目を向ける。
「――どういう事? ドラコ」
スキーターのインタビューに答えていたのは、ドラコだ。アリスもパンジー伝いで情報提供しないかと誘われた事がある。当然、断ったが。アリス自身はハリーやハーマイオニーを売る気は無いが、彼らがインタビューに答えるのは彼らの自由だ。そう思って、放置していた。
「まさか、サラまで売るなんて。確かにあなた達は別れたけど――それでも、そんな事はしないと思ってたわ」
「……違う」
ドラコは力無く首を振った。
「本当だ。僕は、サラまで売ってない。スキーターは既に知ってたんだ。多分、他の情報源から聞き出したんだと思う……。ポッターの事を話した後に『サラも話せるのらしいけど本当か』って聞かれて、頷いただけだ。括弧内の台詞以外は話していない」
アリスはじっとドラコを見据える。顔面蒼白で、グリフィンドールの方をちらちらと気にするドラコ。嘘を吐いているようには見えない。
「……でも、サラの事も探ってるって分かったなら止められたんじゃない?」
「……僕には、そんな力無いよ」
ドラコは、沈んだ声で言った。
「父上に頼めば、魔法省でも新聞社でも圧力をかける事は出来る。――でも、自分を殺そうってぐらいに憎んでいる相手を庇ったりすると思うか?」
「……」
「ブラックの話の情報源は、多分母上だ。それか、母方の他の親戚。去年、僕が母上から聞いた話と同じだから」
ドラコを責める事なんて出来なかった。
彼は、子供だ。彼自身には何の権力も無い。彼の両親は、サラを敵と見なした。
そしてドラコは、サラよりも家族を選んだのだ。それは一見冷酷にも思える判断だが、付き合って一年の恋人とずっと暮らして来た家族。彼の判断は、決して責められるようなものではなかった。
午前の試験を終えて昼食を取りに大広間へ向かったアリスは、玄関ホールで思わぬ人々を見かけた。スリザリン三年生の仲間達を先に行かせ、アリスは彼らに駆け寄った。
「ハリー! ウィーズリー夫人、ビルさん、こんにちは。お久しぶりです」
三人は、大広間の戸口で振り返った。
「あら、アリスじゃない! こんにちは」
「久しぶりだね」
アリスはにこやかに笑いかけ、尋ねた。
「今日はどうなさったんですか?」
ウィーズリー夫人が答える前に、背後から声が掛かった。
「ママ――ビル!」
ロンとサラが大広間へやって来たところだった。サラは、二人にぺこりと軽くお辞儀をする。ロンは目を瞬いて、ウィーズリー夫人とビルを交互に見る。
「こんな所で、どうしたの?」
「ハリーの最後の競技を見に来たのよ。サラ、ハリーの事しっかり応援してあげてね」
「え……あ、はい……?」
サラはきょとんとしながらも頷く。本人達は忘れているようだが、アリスはピンと来た。週刊魔女の記事を、ウィーズリー夫人も読んだのだろう。ハリーとサラの仲を勘違いしているのだ。この様子だと、今朝の新聞記事の方は読んでいないらしい。
ウィーズリー夫人は、心底楽しそうな様子だ。
「お料理をしなくていいってのは、本当、たまにはいいかもね。試験はどうだったの?」
「あ……大丈夫さ。ゴブリンの反逆者の名前を全部は思い出せなかったから、いくつかでっち上げたけど、問題無いよ。皆同じような名前だから。ボロ髭のボドロッドとか、薄汚いウルグだとかさ。難しく無かったよ」
ロンは慌てて言って、逃げるようにグリフィンドールのテーブルへと歩き出す。ハリー、ビル、ウィーズリー夫人、サラも後に続く。
歩き出したサラのポケットから、ぽろりと銀色に光る物が落ちた。
「サラ。何か落としたわよ」
アリスは拾い上げる。それは、小さな鍵だった。
ホグズミードの、祖母の家の鍵。
「あら。ありがとう、アリス」
サラは引き返して来る。
アリスは返そうとして――留まった。
「ねえ、サラ。これ、少し借りてもいいかしら」
「え?」
「去年の十一月頃から、ずっと見つからない物があって……そう言えば、あの家は探してなかったなって思って」
サラはぴくりと眉を動かした。
「それ、城を抜け出すって事? 誰がハリーの命を狙っているのか分からない、誰がクラウチやクラムを襲ったか分からない、こんな時に?」
「だって、もうホグズミード行きの休日って無いでしょう? 来年度まで待つ事になっちゃう。エリを連れて行くわ。それならいい?」
サラは渋い顔をしていた。
「来年度じゃ駄目なの?」
「日本の友達に貰った大切なストラップなの。――ずっと探してるのよ。他のじゃ駄目なの。サラなら、解ってくれるわよね?」
サラの手が、無意識にカチューシャに触れた。
大切な人から貰った、大切な物。サラにはそれがあるから、この言葉には弱い。
予想通り、サラは折れた。
「エリも一緒なら……絶対、はぐれないようにするのよ?」
「ええ、もちろんだわ。
――それにしても、サラ。意外と元気みたいで安心したわ」
サラは目を瞬く。
アリスは言った。
「今朝の記事よ。シリウスが父親だって暴かれて……小学校での事も、書かれちゃって。サラもハリーも、もっと落ち込んでると思ってたわ」
「ああ……」
サラは合点がいったように頷く。そして、微笑んだ。
「だって、ハーマイオニーもハリーもロンもいるもの。他の誰が何と言おうと、気にする事じゃないわ。慣れてるもの。
私は彼らさえ味方でいてくれれば、それでいいの」
サラは、仲間達の後を追ってグリフィンドールのテーブルへと駆け去って行った。
その後姿を見つめ、アリスは手の平の中の鍵をぎゅっと握り締める。
エリをつれてなんて、行くものか。非日常を求めるなら、その他大勢とは何か別な行動を取らなければならない。今夜は第三の課題。誰もが競技場に注目する。行動を起こすなら、今晩がチャンスだ。
祖母からサラに受け継がれた家。不思議に満ちた物が多々ある家。あの家ならば、何かが起こりそうだ。そんな気がした。
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2011/08/15