大広間に生徒が集まったが、未だにアルバスは姿を現わさなかった。
いくら何でも、遅すぎる。やはり迷子だろうか。
教師にアルバスがいないという事を話そうと席を立った時、背後から声が掛かった。
「あの喧しい子は、今日は一緒じゃないのか?」
スリザリンの一年生、リチャード・グリーンだった。
「まあ、当然の事だろうな。大広間から随分と離れた所だから……果たして、ハロウィーン・パーティーに間に合うかな」
「……貴方、アルバスの居場所を知ってるの?」
マリアは目の前で淡々と話す彼を、まじまじと見つめた。
リチャードはマリアと目を合わせたが、首を縦には振らなかった。
「さあ? 別に、知っているとは言ってないけど。
――俺は、ハロウィーン・パーティーは不参加にさせてもらうよ。騒々しいのは苦手なんでな」
リチャードはそう言って、そのまま真っ直ぐ大広間の扉へと向かっていく。
マリアはその場に立ち尽くして目を瞬いていた。しかし不意に動き出し、彼の後を追って大広間を出て行った。
No.3
リチャードの歩く速度は速い。マリアは彼より背が高く歩幅もあるとは言え、忙しく両足を動かさねばならなかった。
ただ無言で進み、足音も殆ど立てず、廊下はしんとしている。最初の内は聞こえていた大広間の喧騒も、いつしか全く聞こえなくなった。
リチャードは何も話そうとはしない。マリアは痺れを切らし、口を開いた。
「ねぇ、グリーン。貴方――」
しかしマリアが話しかけるのにも関わらず、リチャードはするりと隙間の空いた扉の向こうへ消えてしまった。慌てて後に続こうとし、マリアは留まる。そこは、男子トイレだった。
ここにアルバスがいるのだろうか? だが、そのような気配も無い。寧ろ、リチャードはトイレの中で息を潜めているようだ。
とりあえず出てくるのを待とうと傍の壁に寄りかかったその時、フィニアス・ブラックが角を曲がってきた。
彼は薄暗い廊下にマリアが立っているのを認めると、スタスタとこちらへ歩いてきた。
「やあ、マリア。如何したんだい? こんな所で……そろそろパーティーの時間だろう?」
それから、思いついたように手を打つ。
「ああ、そっか。若しかして、アルバス・ダンブルドアを捜しているのかい?」
マリアは頷き、肯定の意を示した。
「ええ。ねぇ、ブラック。アルバスを何処かで見かけなかった?」
「フィニアスでいいよ。僕とマリアの仲じゃないか。
ダンブルドアなら、数時間前――ホグズミードから帰ってきた時だったかな。大広間から階段を降りようとして、引き返すのを見かけたよ」
「引き返した?」
「ああ。何やら、悪戯の仕込をするって張り切っていたなぁ……」
アルバスは、迷子という訳ではないらしい。
突然引き返したという事は、何か新たな悪戯を思いついたという事だろうか。
マリアは考え込んでいたが、突如肩に腕を回され、顔を上げた。フィニアスがにっこりと微笑んでいる。
「彼なら大丈夫だよ。心配無いさ。きっと、ハロウィーン・パーティーの途中で、思いもよらない登場の仕方をするんじゃないかな。
一緒に大広間へ行こう。彼が来た時に君がいなかったら、彼の方も心配するよ」
そう言って、マリアとリチャードが来た道の方へ歩を進めようとする。
マリアはやんわりと彼の腕を払った。
「ごめんなさい。でも私、アルバスを捜さなきゃ。彼と一緒に悪戯を仕掛ける約束をしてたから……。入れ違いにならないように、この先の肖像画の紳士に伝言を頼むわ。彼、大広間の傍にも肖像画があって行き来が出来るから」
フィニアスは不満げで何度もしつこく「一緒に行こう」と言って来たが、マリアがどうしても譲らないと分かると、残念そうに諦めた。
「それじゃあ、先に行くよ。君も、パーティーに間に合うようにね。ここからでも、大広間まで随分遠いから」
「ええ、ありがとう。気をつけるわ」
マリアは微笑んだ。
フィニアスは爽やかな笑顔でマリアに手を振り、廊下の薄暗闇へと消えていった。
フィニアスが姿を消すと、待っていたかのようにリチャードがトイレから出てきた。
マリアは呆れたようにリチャードに目をやる。一体、何の為に隠れる必要があるというのか。マリアがフィニアスに話しかけられている事ぐらい、トイレからでも分かった筈だ。出てきて、助けてくれれば良かったのに。
「随分と長いトイレなのね」
「君はグリフィンドール生だろ。俺はスリザリン生だ。
そして彼、アルバス・ダンブルドアは、スリザリン生からは特に嫌われている。そんな奴を捜している君と一緒にいるなんて、同寮生に見つかったら不味いからな」
相変わらず淡々とした調子で言って、リチャードはフィニアスが去ったのと反対の方向へと歩を進める。
マリアは慌てて彼についていき、横に並んだ。
「少しぐらい、説明してくれたっていいじゃない。
貴方、どうしてアルバスの居場所を知ってるの?
フィニアス・ブラックの話からすると、アルバスが大広間に来ないのは、何か悪戯の作戦って事?
貴方は、私を呼ぶようアルバスに頼まれたの?」
マリアの質問に、彼は答えようとはしない。
マリアは溜め息を吐き、リチャードの少し後ろに下がった。
廊下の角を曲がり、階段を下っていく。階段の光は所々の蝋燭のみ。それも段々と間隔が広くなっていく。
リチャードは杖を取り出し、唱えた。
「ルーモス」
マリアも同じようにする。
二つの杖灯りが点いた所で、リチャードがその固い口を開いた。
「俺は別に、君を呼んでなどいない。君が勝手について来ているだけだ」
一瞬、マリアはきょとんとする。そして、直ぐに思い当たった。先ほどの質問攻めの答えが、数分経ち、ようやく返って来たのだ。
マリアは少し待ってみたが、リチャードはそれ以上何も言おうとしなかった。
マリアは先ほどのリチャードの言葉を思い出し、口の端を上げて微笑を浮かべる。
「――了解」
水は、まるで小雨のカーテンのように噴射している。さーっという音だけが部屋に溢れていた。
アルバスは壁の僅かな凹凸に手を掛け、一歩一歩、慎重に踏みしめるようにして這い登る。大して古い部屋でもないのか壁は綺麗な大理石で、凹凸もなかなか見つからない。二、三メートルほど登った所で、とうとう止まってしまった。
「――うわっ」
手を滑らし、アルバスは小さく声を上げた。壁から離れ、背中から床へと落下する。
尻餅を着き、辺りに溜まった水が大きく跳ねた。
アルバスは尻を摩りながら立ち上がる。既に水は、アルバスの膝の辺りまで溜まっていた。
落下するのも、これで六度目だ。何度這い登っても、どうしても二、三メートルの所で足場が無くなる。その上、四方八方から噴き出す水によって壁は濡れ滑りやすかった。
這い登るのが無理ならば、あの小窓まで浮いていく事は出来ないだろうか。
そう思い、部屋中を見渡した。しかし、見渡す限り水に浸かり、捕まって浮けそうな物は何一つ無かった。水の下に転がっている人骨の主達の物と思われる杖が数本浮いているだけだ。
アルバスは水に浸かったローブの裾をまくりあげ、雑巾のように絞った。ローブは水を吸い、途方も無く重くなっていた。
もう、打つ手は無いのだろうか。自分も、この人骨達のようにここで朽ち果てるのだろうか。助けが来る事も無く、ここで、たった一人で。
アルバスが部屋の端まで歩いていき、壁に寄りかかった時だった。
盛大な爆音と共に、一気に足元の水が引いた。
マリアがリチャードに連れて来られたのは、地下の廊下の突き当たりだった。廊下は狭く、二人並んで歩くのがやっとだ。目の前には杖灯りに照らされた石の壁があるだけで、他には何も無かった。
マリアもホグワーツの創設に携わったとは言え、それはもう約八五〇年も昔の話だ。長い年月の間に好奇心旺盛な生徒達や元々の魔法によって校内には部屋が増え、マリアでさえも学校中を把握してはいなかった。このような、普段は何も用の無い場所など尚更覚えていない。
リチャードは壁の前まで来て立ち止まり、マリアを振り返った。
「ダンブルドアは、この向こうにいる」
マリアは目をパチクリさせ、再び石の壁をじっくり眺めた。リチャードの横まで歩いていき、触れてみるが、隠し通路があるとは思えない。ダイアゴン横丁の入り口のように、何処かを杖で叩くのだろうか。
マリアの考えを見透かしたかのように、リチャードは相変わらず淡々と言った。
「隠し通路も隠し扉も無い。ただの壁だ」
「どういう事? でも、この向こうにアルバスがいるって――」
「この向こうには、部屋がある。天井の高い部屋だ。部屋の扉はあるが、内側から開く事は出来ない。天井に近い位置に小窓があって、出入りするならそこを利用するしかない」
「だったら、そっちへ連れて行ってちょうだい」
「馬鹿言うな。話は最後まで聞け。その小窓へ続く隠し通路は、スリザリン寮からしか繋がっていない」
「なるほどね……」
マリアは落ち着ち払った様子で相槌を打ち、再び石の壁へと目をやる。
つまり、部屋は封じられているのだ。閉ざされた空間となっている。何の為に作られ、何の為に閉ざされたのかは、計り知れないが。
マリアは杖を振り上げた。
彼女の声は、アルバスの置かれた状況が思いつかぬほど、明るかった。
「それじゃ、この壁をぶち壊すしかないわね。壁の厚さがどれぐらいだか、分かる?」
「さあ? ただ、壁の向こうに木製の扉がある。それが開かないのだから、恐らく壁と密接してるのだろうな」
「そう。それじゃ、その扉も一緒に壊しちゃいましょ」
しかし、リチャードがマリアの腕を止めた。
マリアは怪訝気に、リチャードを見下ろす。
「何?」
「考え無しに破壊するのはやめた方がいい。何かトラップがある可能性がある。まさか、ダンブルドアをただ閉じ込めているだけだとも思えないしな」
「……やっぱり、閉じ込められてるって事なのね」
マリアはぽつりと呟いた。
このような閉ざされた空間にいるなど、普通では考えられない。アルバスが自分でこの部屋に向かったとは思えなかった。
やはり、アルバスは閉じ込められたのだ。恐らく、犯人はスリザリン生。だからリチャードも、アルバスがここにいると知っているのだろう。
「……犯人、聞かないのか?」
リチャードは、傍らで俯くマリアを見上げた。マリアは顔を上げ、微笑む。
「私が貴方に聞いてどうするのよ。アルバスになら聞くつもりだけど。
それに、どうせ貴方、言うつもりないでしょう?」
グリフィンドール生と共にアルバスを捜しているのを、上級生に見られまいとするような子だ。もしマリアに犯人を教えれば、自分がスリザリン生を裏切ったと犯人の耳に入る恐れがある。リチャードがそのような危険を冒すとは思えない。
リチャードは薄く笑った。
「まあな。グリフィンドール生の割には、冷静な奴だな」
「どうも。別に、グリフィンドールだって冷静な子はいくらでもいると思うけどね。
さ、壁をぶち壊すわよ。下がって」
「シノ、君、さっき俺が言った事を忘れたのか?」
「忘れてなんかいないわ。――大丈夫、杖使うのには慣れてるから」
マリアは得意げな笑みを浮かべた。
扉が破壊され、その場に立っていたのはマリア・シノだった。
マリアが杖を振ると、身を切るような冷たい空気が部屋を通り過ぎた。バラバラという音に目を向ければ、霧状の水が氷となって降り落ちていた。水は氷りつき、もうそれ以上噴き出る事は無い。
「アルバス! 早く、こっちよ!」
マリアは破壊され大きく穴の開いた向こうから手を振っている。外へと流れ出た水も、マリアの足元へ達する前に氷りついている。アルバスはマリアの方へ行こうとしたが、不可能だった。
マリアはそれに気づき、慌てて氷の上をアルバスの方へすいーっと滑ってくる。
「ごめんなさい。全部凍らしちゃ、そりゃあ、足が動かないわよね」
マリアはアルバスの前に立つと、慎重に杖で氷を叩き、囁いた。
「レダクト」
アルバスの足を捕らえていた氷が、粉々に砕け散った。
アルバスはマリアに手を引かれ、そっと氷の上に上る。
「急ぎましょう。時間が経てば、氷も溶けるもの」
二人は連れ立って、穴から部屋を出て行った。
「分からなかったよ。気づいたら、あの部屋にいたんだ」
誰に閉じ込められたのかと尋ねると、アルバスはそう言った。
マリアは特に問い詰めもせず、前を歩くリチャードに駆け寄る。
「ありがとう。まさか、あんな部屋だとは思わなかったわ。貴方が教えてくれなかったら、間に合わなかったかもしれない」
「別に。案内じゃなく、君が勝手についてきているだけだと言っただろう」
「あ……そうだったわね」
マリアは苦笑する。
アルバスも、リチャードを間に挟むようにして並んだ。
「ありがとう。スリザリンのリチャード・グリーンだよね? 僕、アルバス・ダンブルドア。よろしく! スリザリン生って、なかなか相手してくれなくって困ってたんだ――君とは仲良くなれそうだよ」
「勘違いするな」
リチャードは冷ややかな視線をアルバスに向けた。
「俺はお前と慣れ親しむつもりは無い。君のような、鬱陶しい奴とはな。それに君は、マグル出身者といるような奴じゃないか。何かにつけては、マグルへの興味を示す。スリザリン生である俺が、そんなお前と一緒にいようとすると思うか?」
「マグルも、マグル出身者も、同じ仲間じゃないか!」
「勝手にそう思うがいいさ。でも、俺を巻き込まないでくれ――じゃあ、俺の寮はこの階だから」
リチャードは一人、薄暗い廊下へと去って行った。
アルバスはその背中を睨み付けていたが、不意に「あーっ!!」と大きな声を上げた。
「な、何? どうしたの?」
「ねえ、今、何時!?」
マリアは腕時計を灯りにかざして見せる。時計の針は、もう直ぐ門限である事を示していた。
アルバスはガックリと肩を落とす。
「ハロウィーン・パーティーのお菓子、食べ損ねたぁ……」
アルバスにとっては、フィニアス・ナイジェラス・ブラックに目をつけられた事よりも、その事の方が重要だった。
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2007/07/29