「何よ、この記事! あのスキータって女!」
第三の課題の朝。朝食の席で目にする事となった新聞記事を、ハーマイオニーは乱暴にテーブルに叩きつけた。
「よりによって今日かよ……ハリー、こんな記事気にするなよ」
「気にしないさ。そろそろ、僕を悲劇のヒーローとして持ち上げるのに飽きてきたってところだろう」
周囲から向けられる奇異の目。ひそひそと囁かれる声。
「……サラ、大丈夫? あの女、サラの父親や小学校の事まで掴んでるなんて……」
「平気よ、私は。気にしてないわ」
それでも心配げな三人に、サラはけろりとした顔で肩を竦めた。
「本当よ。こう言うのは、慣れてるもの。それに、今回はあの頃よりもずっと状況が良いわ」
ロンが不可解そうに眉根を寄せる。
「学校内の噂じゃなくて、新聞だぞ? 何処が良いって言うんだ?」
「だって、あなた達がいてくれるもの」
ハリー、ロン、ハーマイオニー。
あの頃はいなかった仲間が、今はいる。自分のために怒ってくれる人がいる。心配してくれる人がいる。信じてくれる人がいる。ただそれだけで、こんなにも心強い。
彼らが傍にいてくれるなら、それで良い。
――そう、思っていた。
No.32
翌朝、エリは足の傷が完治し、退院して行った。ロンとハーマイオニーも健康体で授業をサボる訳にはいかず、医務室を去った。
皆が朝食や授業に向かっている間、ハリーとサラはセドリック・ディゴリーの両親と会った。ディゴリー氏はずっと泣き続けていて、夫人はもう涙が枯れ果てた様子だった。昨晩のセドリックの様子について、サラは殆ど話せる事が無かった。緑色の閃光に、サラは思考が停止してしまった。その直後に狙われ、気絶させられてしまったのだ。セドリックの木霊と話したのもハリー、セドリックの身体を持ち帰ったのもハリーの判断。生前だって、サラは然程セドリックとは関わっていない。同じハッフルパフ生のエリの方が、よっぽど親しいだろう。だからと言って、彼の死に直面した者として、その場にいない訳にはいかなかった。
ディゴリー夫婦と話す間も、昼休みにロンとハーマイオニーが会いに来た時も、ハリーとサラは一度たりとも目を合わせはしなかった。
夜になって、サラ達は医務室から解放された。医務室からグリフィンドール塔まで向かう間、廊下ですれ違う生徒達は皆何やらヒソヒソと耳打ちし合ってハリーとサラを避けた。目を合わせようともしない。
――そう言えば、昨日はスキーターの記事があったんだっけ……。
ハリーの頭痛を「自己顕示欲の表れ」と評し、ハリーとサラがパーセルマウスである事を公にした記事。サラについても、父親がかの凶悪犯シリウス・ブラックであると明かし、サラ自身の小学校での前科を問いその残忍性を追及した。その二人がセドリック・ディゴリーの死に直面したのだ。どのような捉え方をされていても不思議ではない。
サラはフッと自嘲の笑みを浮かべる。
――まさか、本当にスリザリンの子孫だったなんてね……。
その事実に比べれば、記事に書かれた事など些細な事に思われた。あの朝刊を目にしたのが、もうずっと昔の事のようだ。
すれ違う生徒達は、昨晩起こった出来事を目撃していない。自分がヴォルデモートの血縁者だと言う負い目など、全く抱えていない。蝋燭に照らされた明るい廊下を歩んでいるはずなのに、サラ一人だけ何処か別の闇の中を彷徨っているかのようだ。
『お前は薄々気づいていたのではないか? お前の居場所はそこではない。こちら側へ来るべきなのだと』
ヴォルデモートの言葉が、胸中に蘇る。
ホグワーツに来て、確かに最初は誰も信じきれず偽りがちだった。けれども真実を話し、何度も共に困難に立ち向かって、少なくともハリー、ロン、ハーマイオニーとは打ち解けあえたはずだ。サラの居場所は、そこにあるはずだ。
それとも、それは幻想でしかないのか。
現に、昨日の話をサラはロンとハーマイオニーに話していない。サラの血筋を知ったハリーがどう思っているのか、確かめるのが怖い。
「ハリー! サラ!」
呼び声に、顔を上げる。廊下の向こうから、ロンとハーマイオニーが駆けて来る所だった。
「退院したのね。もう、身体の方は平気?」
「うん。……今朝、ダンブルドアは何処まで話したんだい?」
大きく避けるようにしてすれ違っていくハッフルパフ生の一団を一瞥し、ハリーは尋ねた。
「特に、詳しい事は何も。君達をそっとして置くようにって話さ。迷路で起こった事について、質問したり話をせがんだりしないようにって」
「そうか……」
ロンとハーマイオニーも、ハリーから昨晩の事について何も聞いていないようだった。ハリーも、今は話すつもりは無いらしい。
ハリーがサラの血筋の事を話してしまわないのであれば、ロンとハーマイオニーが加わったのはとても気が楽だった。彼らは何も知らない。知らないままでいい。今まで通りの関係を、壊したくない。
その後は、他愛も無い話ばかりだった。今、あれこれ話しても仕方が無い。昨晩、ファッジはヴォルデモートの復活を断固として認めず、ダンブルドアと魔法省は決裂した。ダンブルドアはモリーやビル、そしてシリウスに指示を出し、かつての仲間達を動かし始めた。何らかの便りが来るまでは、サラ達には何もしようが無い。動きがあるまでは、再び穏やかな時間を過ごす事になる――そう思っていた。
談話室まで戻り、ロンとハーマイオニーがチェスをする傍らで変身術の専門書を読んでいると、ジニーが肖像画の裏の出入口から真っ直ぐにサラの元へとやって来た。サラはふと顔を上げる。
「サラ。アリスが寮の外に来ていて――マクゴナガル先生があなた達姉妹を呼んでいるんですって」
「姉妹?」
ロンがチェスの手を止め、ジニーを見上げる。盤上は、いつもの如くロン優勢だ。
「ええ。アリスも呼ばれてるみたい」
「ハリーとサラじゃなくて、サラとアリス? 珍しいな。それも、マクゴナガルなんて」
サラは本に栞を挟んで閉じ、立ち上がる。ハリーがこちらを見ているのが分かった。
「サラ……顔色が悪いみたいだけど、大丈夫?」
ハーマイオニーの問いかけに、サラは微笑う。
「大丈夫。ちょっと疲れが残っているだけよ。じゃあ、行って来るわね」
ひらりと手を振って、サラは彼らに背を向ける。
太った婦人の肖像画の裏にある扉を出ると、アリスが壁にもたれかかるようにして立っていた。去年のシリウス・ブラック侵入事件の一件で、グリフィンドールの入口は学校中に知れ渡っている。
「お待たせ、アリス」
「マクゴナガル先生が、私達を呼んでいるの。行きましょ」
「ええ」
サラは、重い足を動かしてアリスの後に続く。マクゴナガルの話は、だいたい予想がついた。――アリスは、前を行くこの子は、その事実をまだ知らない。
マクゴナガルの部屋に入り、サラは目を瞬いた。アリスも呼ばれたと聞いた時点で、何の用なのか予想が付いた。だから、エリがいる事には然程驚きはしなかった。ポンフリーの処置は見事なもので、既に左足の傷口は塞がっているようだ。
待っていたのは、部屋の主であるマクゴナガルと、エリと、そしてナミ。
部屋にいる面々を見回し、サラは初めて気が付く。祖母が、トム・リドルの従妹――つまりは、彼女らも同じ血を引いていると言う事。
――否、違う。
血筋こそ繋がっているものの、彼女達は決してリドルに共感を抱いたりなどしないだろう。相対する存在。
サラとアリスをエリ、ナミの横に座らせ、マクゴナガルは口を開いた。
「後からハグリッドも来ます。彼は今の時間、五年生の授業があるそうですから」
「ハグリッドも来るの?」
エリが目を瞬く。
「ハグリッドも、おばあちゃんと親しかったから……そうですよね? ミネルバ・マクゴナガル先生」
静かにサラは問う。一年生の頃、ハグリッドからのクリスマスプレゼントに紛れていたマグル式の写真。祖母と、リドルと、ハグリッドと、マートルと、もう一人。恐らく、あれはマクゴナガル。
「ええ……。私は彼女より上級生でしたが、グリフィンドールで時間を共にした三年間、彼女とは親しくしていました。私が卒業して一時は疎遠になった事もありましたが、決して縁が切れる事は無かった。
私も、ハグリッドも、そしてあなた達のおじい様――ナミのお父様も、彼女の血筋について聞かされていました」
「血筋……」
重々しく呟いた声は、エリのものだった。
普段の様子からは想像も出来ないような、厳しい表情。……エリも、既に何か話を聞いている?
マクゴナガルは目を閉じる。部屋はしんと静まり返っていた。
一呼吸置いて、マクゴナガルは目を開いた。強い眼差しで、ナミ、サラ、エリ、アリスを順々に見る。
「真実を知るべき時が来たのでしょう。あなた達三人の祖母、ナミの母親が何を突き止めたのか……彼女は、ナミに何をしたのか……」
がた、と椅子の一つが音を立てる。振り返ると、ナミが立ち上がっていた。
「申し訳ありませんが、聞きたくありません。シャノンが何をしていようと、もう私には関係の無い事ですから」
「お母さん……」
アリスはナミを見上げ、呟く。
その時、部屋の扉が開いた。入って来た人物は、マクゴナガル、そしてナミを見やる。
「遅くなってすまねぇです、マクゴナガル先生。――どうした、ナミ。座れ」
「久しぶり、ハグリッド。貴方も説明に来たんだってね。でも、私はシャノンの話なんて聞くつもりないよ」
「ナミ」
席を離れようとしたナミを、マクゴナガルの強い声が制した。
「座りなさい。これは、貴女にも大いに関係のある事なのです。『今』の貴女にも」
マクゴナガルとナミが見つめ合う。サラ達四人は、固唾を呑んで二人を見つめていた。ハグリッドは、戸口の所に立ったままだ。
折れたのは、ナミの方だった。
不機嫌な表情で、再び席に着く。マクゴナガルは頷くと、ハグリッドに目で合図した。ハグリッドは我に返り、部屋に入って来てマクゴナガルの斜め後ろに立った。
アリスは、不安げにナミの顔色を伺っていた。サラ、エリ、アリスをマクゴナガルは見回す。
「ナミの母親は、ナミを決して娘と認めようとはしませんでした。例え会っても冷たい態度で接し、夏休みには私の家でナミは暮らしました。――けれどそれには、彼女なりの理由があったのです」
マクゴナガルはナミを見据えるが、ナミは視線を落としたまま合わせようとしない。
「シャノンは危険な立場にいる。娘だと知られれば、人質にとられかねないから。
その話ですか?」
「いいえ。それは、あくまでも表向きの理由でした。とは言え、さして真実から遠くはありません。
……彼は、彼女を愛していました。幼馴染として、唯一残された血縁者として、一人の女性として」
「血……縁……者……?」
呟いたのは、ナミだけだった。エリは拳を硬く握り、俯いている――やはり、知っていたのだ。そして、アリスが言った。
「私達、『例のあの人』の血縁者なんだって。私やお母さんも呼ばれたって事は、シリウス・ブラックからの家系じゃなくシャノンのおばあさんの家系がそうだったって事ね」
ナミは、娘達を振り返る。ナミ以外は誰しも、心得顔。
「あなた達……知ってたの……?」
「ムーディが言ってたんだよ。あいつトチ狂ってたし、まさか本当の話だとは思わなかったけどな」
「……私は、サラがムーディ先生に話すのを聞いて」
サラは驚いてアリスを見る。アリスは肩を竦めて苦笑した。
「ごめんなさい。あの後、ダンブルドア先生を呼びに行かずにサラについて行ったの。……扉越しにその話を聞いて、逃げ出しちゃったけど」
ナミが、ハッとサラを見る。何も言わずに視線をそらしたので一瞬の事だったが、サラは見逃さなかった。
「そう言えば、あなたは聞いて来た事があったわね。私が、蛇と話せるんじゃないかって。――そう言う事よ。パーセルマウスは、サラザール・スリザリンの持っていた能力。私は、遺伝としてそれを受け継いだ……」
「そっか……だから、あたしも」
エリの呟きに、サラは目をパチクリさせる。
「エリも話せるの?」
「え? あ、まあ。だって、遺伝なんだろ? アリスや母さんも喋れるんじゃないか?」
「私、そんな能力無いわ」
「……私もだよ。パーセルマウスは、サラだけだと思ってた……」
サラ達四人は当惑する。サラのパーセルマウスは、その血を最も濃く受け継いだから。そう思っていた。だが、エリも話せる? 遺伝として、全員が所持するものなのだろうか。しかし、そうすると何故ナミとアリスはパーセルマウスでない?
「あなた達も知る通り、パーセルマウスはスリザリンの能力です。彼女の父親と、トム・リドルの母親は兄妹なのだと、以前、彼女が私達に話してくれました」
「だからって、気にするこたぁねえ。お前さん達がお前さん達である事に変わりはねぇんだ。血筋だの親だの、そんなもんで人の価値は決まらねぇ。サラ、俺の母親の事が知れ渡った時、いじけちょる俺にお前さん達が叱ってくれたじゃないか」
「ハグリッドの言う通りです。その事について、あなた方が負い目を感じる必要はありません。私達も、その話を聞いて彼女への態度を変える事は無かった。――けれども、トム・リドルは違った。彼にとって、彼女が自分と同等の血筋である事は、願っても無い事だった……」
リドルが祖母にそれまで以上に入れ込んだのは、ちょうどその血縁関係を知った頃から。一時は祖母を孤独へ追いやり、自分以外に味方がいないと思い込ませ、祖母を我が物にしようとした。
結果的にその野望は砕かれ、祖母とリドルは疎遠になり、やがて祖母は祖父と結婚した。しかし、だからと言ってリドルが諦めた訳ではなかった。
「嫉妬。『例のあの人』は敵対勢力やマグル出身者やマグルを見境無く襲撃しているようでしたが、ナミのお父様に限ってはそれが理由だったのだと思われます。そして彼女に娘がいるとなれば――当然、自分との子ではありません。彼がその醜い感情を彼女の娘にも向けるだろう事は、想像に難くありませんでした。
ナミを身篭った時、彼女は自分の子供に魔法を掛け――娘の力を、封印しました」
「封印――?」
マクゴナガルは、硬い表情で頷く。
スリザリンの末裔。同じ血筋、そして遺伝により特殊な能力を持つ者として、魔力の気配で気付きやすい。当時の祖母は、娘を守りたい一身で彼女から魔力を奪った。
ナミは愕然としていた。
「それじゃ……私が魔法を使えないのって……」
「ナミ。あなたはスクイブじゃありません。アリスも――サラとエリは父親が魔法使いなので、そちらから封印の無い魔力を受け継ぐ事が出来ました。けれどもアリス、あなたの魔法はナミからのみ。封印のかかった魔力を、そのまま受け継いでしまったのでしょう」
ナミの顔は真っ青だ。握り締められた拳は震えている。
ナミに厳しくあたり、スクイブだからとナミを娘として認めなかった祖母。けれども彼女はスクイブではなく、魔法が使えないのは祖母の掛けた魔法故だった。当然、ナミがスクイブでない事は分っていた筈だ。
全ては、ナミのためだった。
祖母は決して冷たい人ではなかった。
「あっ!!」とその場にそぐわぬ大声を上げたのは、エリだった。
「やべーよ! ムーディ……じゃねえや、クラウチ? だっけ? 先生に化けてたあの死喰人、あたしがスリザリンの子孫だって知ってたんだ。シャノンのばあさんの血筋の事、ヴォルデモートから聞いたって……母さんがばあさんの娘だって事、ワームテールがチクったって!」
さーっとマクゴナガルとハグリッドの顔から血の気が引いて行くのが分かった。ハグリッドの怒号が部屋に響く。
「あの意地汚い裏切り者め!! ジェームズとリリーの次はシリウス、その次はナミか!!」
「ハグリッド、今直ぐダンブルドア先生にご連絡を」
「ええ。行って来ますだ」
ハグリッドは辺りが揺れるのも構わず、ドスドスと足音を響かせてマクゴナガルの部屋を出て行った。
マクゴナガルは駆け去るハグリッドの背を見送り、ナミに視線を移す。これまでに無いほどの厳しい表情をしていた。
「ナミ。ここへは、どのようにして?」
「どうって……いつもの通り、実家の囲炉裏から……ああ、でも汽車は遠いから、三本の箒まで直接……」
「もうその家を使う訳にはいきません」
四人は目をパチクリさせる。
「そんな、何もそこまで……」
「『あの人』は、あなたが彼女の娘であると知ったのです。当然、あなたの命も奪おうとするでしょう……あなたのお父様と、同じように」
ナミは押し黙る。
魔法省は、ヴォルデモートの復活を虚実だと言い張り認めなかった。それはつまり、死喰人として寝返った者達が魔法省内に残り今もなお普通の人達に混じって魔法界の中枢を握っている事を意味する。
昨晩のファッジの態度は、サラ達が思っていた以上に大きな影響を及ぼす事になるのだ。
「今のあなた達の住まいが特定されるのも、時間の問題かも知れません。何処か、隠れ家を用意した方が良いでしょう」
「あの……」
アリスが、おずおずと口を挟んだ。
「お母さんがシャノンのおばあさんの娘だってばれたって事は、もう隠す必要も無いんですよね? ……つまり、私やお母さんの魔法を封印しておく必要も?」
「確かに、君達の魔力を封じたままにする理由はもう無かろう」
ダンブルドアが、ハグリッドが開け放したままにして行った戸口の所に立っていた。足早に部屋へと入り、ハグリッドがその後に続く。ぴしゃりと戸を閉め、彼は口を開いた。
「ヴォルデモートが再び力を取り戻した今、ナミが命を狙われるとなれば、寧ろ身を守れるよう魔法が使えた方が良いじゃろうて」
パッとアリスの表情が明るくなる。
「じゃあ――」
「出来んのじゃ。
彼女が亡くなった時、ナミに掛けられた魔法は解かれたものと思っておった。しかし実際は解けておらず、その娘のアリスまでもが封じられ今も使えない。本来なら、既に解かれているはずなのに。
封印が解かれるは、かけた本人が解くか、もしくはかけた本人がこの世からいなくなった時じゃからの」
かけた本人が解く。
又は、かけた本人がこの世からいなくなる。
「って事は――」
「彼女は確かに亡くなった」
サラの言葉を遮り、ダンブルドアは静かに言った。
「それについては、わしらが他の手段を探しておる。君達は何もせず、任せて待ちなさい」
ぼんやりとした違和感。
ダンブルドアが皆まで言わず秘密を残すのは、何も今回に限った事ではない。しかし、何故だか今回は妙に感じた。まるで、詮索するなと釘を刺されているかのような。
マクゴナガルは厳しい顔つきだ。ハグリッドは、やや不安げな表情。一体、誰が何処まで聞かされているのか。この状況では、判断しづらい。
「さて、ヴォルデモートにナミの事がばれたとなれば、隠れ家を用意せねばの。ナミ、今夜はここへ泊まって行きなさい。明日、迎えをよこそうぞ。不安であれば、日本にいる君の伴侶も迎えよう」
「圭太もそうですけど、職場にも連絡を入れてもいいですか? もう復帰できるかも分からないのでしょうし……。それに、私はともかく、彼はそう簡単に仕事を抜けられるかどうか……」
ぴくりと眉を動かし口を開こうとしたダンブルドアを、ナミは遮る。
「分かっています。これは命に関わる事で、仕事だの立場だの言ってる場合ではないと言う事は。
でも、私はともかく、彼はマグルなんです。魔法界に私達魔法使いの生活があるように、マグルにはマグルの生活がある。一人が抜ける事で大きな損失が出る事だってある。それは会社に影響し、つまりは他の全く関係無いマグルの家族複数にも影響するんです。私達は、マグルの社会人なんです」
ナミは、サラ、エリ、アリスを見つめる。そしてダンブルドアに視線を戻し、言った。
「……子供達には悪いけど、いざとなれば彼と籍を外す事も考慮します。彼まで巻き込まれるいわれはありませんから」
「ナミ!」
叫んだのは、マクゴナガル。彼女は蒼ざめていた。わなわなと唇が震えている。
「そんな……それでは、また同じ……」
何の話か、直ぐにサラは思い当たった。
祖母だ。
大切だから。愛しているから。守るために夫と別れ、娘を捨てた祖母。ナミは、同じ事をしようとしている。
「二の舞なんて踊らない」
ナミは微笑む。
「安心して。あくまでもそれは、最終手段だから。ちゃんと、圭太と話し合うよ。それに、私は娘達まで突き放したりしない。封印された力で何処まで出来るか分からないけど、この身を投げ出してでも守ってみせる」
ぎゅ、とサラは膝の上に置いた手でローブの裾を握り締める。
封印が効かなかったサラを、祖母は守っていたのだ。守り抜くために、崖から落ちて行った祖母。
部屋を去る間際、各々の寮へ別れようとしてアリスがぽつりと言った。
「そう言えば、スリザリンの血を引いている割に、私以外は皆スリザリンじゃないのね」
「……私は、スリザリンの方が向いてるって帽子に言われたわよ」
サラの言葉に、エリも、アリスも、用意された隣の部屋に入ろうとしたナミも、振り返る。サラは自嘲するように笑った。
「私以外にスリザリンに合う人物は、今まで一人だけだったって。きっと、トム・リドルの事ね。
昨晩も、ヴォルデモートに言われたわ。私と彼は似ているって」
「そんな――」
「いいの。解ってるもの。私、スリザリンに入るべきだったんだわ。何を選んだかが重要だってダンブルドア先生は仰ってくださったけど、それでも……」
「そう言えば、言い忘れとったな」
同じく廊下に出て来ていたハグリッドが、ふと思い出したように言った。
「何も気にする事なんかねぇが、そんなに気になるんだったら、これも教えといちゃろう。サラ、エリ、アリス、ナミ。お前さん達のばあさんの父親は、確かにスリザリンの血筋じゃった。だがな、その妻は――母親の方は、グリフィンドールの血筋だったんだ。
グリフィンドールの方は純血主義でも何でもねぇから、その血を引くモンは他にもいっぱいいるだろう。それでもどうだ、少しは気が楽になっただろう」
四人は顔を見合わせる。
若しかしたらハグリッドは、励まそうとして話をでっち上げているのかもしれない。けれども、妙に合点のいく話だった。帽子は、スリザリンを拒否するサラを、グリフィンドールに入れたのだ。母もグリフィンドール。祖母もグリフィンドール。どの寮にも適正があると言っていたのに、スリザリン以外の中から帽子が迷う素振りは無かった。
「まあ、何にせよ」
エリが大きく伸びをし、明るい声を出した。
「あたしらがヴォルデモートの親戚だっつーなら、あたしらにしか出来ない事とかあるかも知れねぇ。
今こそ、あたし達三姉妹が力をあわせねぇとな。一時休戦だ」
言って、彼女は二カッと笑った。
夜も遅い時間となり、談話室にはちらほらとしか人が残っていなかった。ロンとハーマイオニーのチェスは終わっていたが、それでもハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は部屋の片隅に座りサラの帰りを待っていた。
サラが罰則を受けた時や図書館に行っていた時にもしばしばある、何でもない光景。
大丈夫だ。いつもと何も変わりない。何も変わらない。ハリーだって、きっとその内忘れてそれどころでは無くなるだろう。ロンとハーマイオニーに至っては、何も知らないのだ。
サラの帰りに気付き、ロンが立ち上がり手を振った。
「サラ! マクゴナガル、何の話だった?」
ぎくりとサラは身を固める。歩み寄る足は、思わず止まっていた。
「……気にしないで。あなた達には関係無いわ」
重い足を再稼動して、ハーマイオニーの隣の椅子に腰掛ける。
読みかけの本に手を伸ばしていると、ロンの小さな呟きが耳に入った。
「何だよそれ……やっぱ、スリザリンなんだな」
サラはパッと顔を上げ、ロンを見る。そして立ち上がり、ハリーを睨めつけた。
「話したわね!?」
ロンはムッとした表情になる。
「なんで僕達が聞いちゃいけないんだ?」
「……ロンの言う通りだよ。君が話さないみたいだから、話した。ただ、それだけだ」
ハリーは無表情。抑揚の無い声で話す。いつものハリーではないみたいだ。まるで、知らない人のようだった。
ロンは立ち上がる。サラも一年生の頃から背が伸びたとは言え、ロンは更に大きい。彼が立ち上がると、見上げるようにしなければならなかった。
「ずっと黙ってるつもりだったのか!? 僕達を騙すために!?」
「……や……」
ハーマイオニーが立ち上がり、ロンの腕を引く。ロンはそれを振り払い、サラを真正面から睨み据えた。
「僕達、君とは本当の友達なんだと思ってた。君はもう、隠し事なんてしないって! どうしてそんな大事な事を黙ってたんだ!? 一体何を企んでるんだ!? それで、何事も無かったように僕達をはぐらかしてようって? ――学生時代の『例のあの人』と同じじゃないか!!」
「やめて、ロン!」
ロンはサラを睨む。ハーマイオニーはその瞳に涙を浮かべ、ロンを止めようとしていた。……ハリーは、やはり目を合わせようとしないまま。
サラは、自分自身に愕然としていた。ハリーは、ハリーだけはフォローを入れてくれるのだと無条件に信じていた。生き残った男の子、パーセルマウス、親や親代わりを亡くし劣悪な子供時代を過ごした者。いつしかサラは、似た境遇にある彼と自分を重ね合わせていたのだ。同じだと思っていた。彼なら、サラを解ってくれるとそう信じていた。
ハリーはハリー、サラはサラ。全くの赤の他人。当然の事だと言うのに。
愛に守られ生き残った男の子と、血筋故に備わった魔力で生き残った女の子。それは、全く違った状況だ。
「シリウスを殺そうとしたり、わざわざルシウス・マルフォイを殺しに行ったり、恋人だったマルフォイも殺そうとしたり、ワームテールを殺す権利なんかで迷ったり……君、おかしいよ! イカレてる! 流石、スリザリンの末裔だよな」
「やめて! ロン、やめて!! サラ、違うの。私達――」
サラの口から漏れ出たのは、含み笑い。
『お前は薄々気づいていたのではないか? お前の居場所はそこではない。こちら側へ来るべきなのだと』
解っていた。気付いていて、見て見ぬ振りをしていたのだ。淡い期待を抱き、それにしがみ付こうとしていた。
異質なモノは、排除される。強い者と弱い者は相容れない。――ずっと前から、解っていたはずなのに。
「……まあ、当然の反応よね」
スリザリンの継承者。
サラは、あのトム・リドルと同じだったのだ。受け入れられるはずが無い。
ふいと彼らに背を向ける。ハーマイオニーが追い縋って来た。彼女の声は、涙に震えていた。
「違うのよ、サラ。ただ、私達、ショックで……」
掴まれたハーマイオニーの手を、サラは無言で振り払う。尚も縋ろうとする彼女から逃げるように、サラは女子寮へと駆け上って行った。背後で、ハーマイオニーが泣き崩れるのが判った。
堅固と思われた岩肌に入った一筋の亀裂。固い岩を寄せ合わせる事など出来るはずも無く、それはもう修復不能だった。
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2012/05/27