埃にまみれたカーテンを外すと共に、そこに巣食っていたドクシーがバサバサと飛び立つ。
駆除スプレーを忙しく振り回しながら、ロンが口を尖らせた。
「こんなの、魔法使っちまえばもっとパパッと終わるのにな」
ロンの右手の人差し指には、深い切り傷があった。ハリーが襲撃にあった晩、ヘドウィグがグリモード・プレイスへとハリーの手紙を運んで来たのだ。ヘドウィグはまるで返事を急かすかのように、ロン達を突き回した。
「ロン。夏休み中の魔法の使用は禁止されているのよ。ただでさえハリーの事があったばかりなのに、そんな――」
「分かってる、分かってるよ。ちょっと言ってみただけさ」
ハーマイオニーに言われ、ロンは軽く肩をすくめて見せる。
シリウスは相変わらず、高価そうな置物も珍しい不思議な飾りも構わず、手当たり次第にゴミ袋へと放り込んでいた。
「エリ、今、何時だ?」
「んーと、四時ちょっと過ぎたところ」
「シリウス。ハリーが来るのは夜なのよ。窓の外が明るい限りはまだまだだわ」
騎士団は三日間かけて準備を整え、今日、ハリーを迎えに行く事になっていた。シリウスは朝からそわそわした様子で、時間を聞くのもこれで六度目だ。
「フレッドとジョージは何処に行ったんだ?」
部屋を見回して、ロンが言った。騎士団にまだ入れない子供達と家を預かる事になるシリウス、ウィーズリー夫人、ナミの三人は、屋敷の掃除が任務として課せられていた。ウィーズリー夫人とナミは、そろそろ夕飯の仕度だろう。部屋には、ロン、ジニー、ハーマイオニー、シリウス、そしてサラ、エリ、アリスの三姉妹しかいなかった。
「あの二人、最近こそこそと一体何をやってるんだ? 掃除までサボって、ママに言いつけてやる」
「別の部屋の掃除じゃないのか?」
「さっき、下の階で見たけれど」
サラが空になったスプレーの缶でドクシーを殴りつけながら言った。
「私、呼んで来るわ」
言うなり、そそくさとアリスは部屋を出て行った。僅かなりともドクシーの大群から逃れられるならば、大歓迎だ。
階段を降りて行くと、下の踊り場で立ち話をする二人の魔法使いがいた。騎士団の者達だ。名前は確か、エルファイアス・ドージとスタージス・ポドモア。二人とも確か、今夜のハリー護衛隊に名乗りを挙げていたはずだ。この屋敷に集まってから向かうのだろうか。
会釈でもして通り抜けるつもりでいたが、聞こえて来た会話にアリスは思わず足を止めた。
「それじゃあ、ダングを襲っていたのはサラだって言うのかい?」
ゼイゼイ声で問われたのは、先日、マンダンガスが任務を放棄した時の話。アリスはそっと後退し、彼らがいる一つ上の踊り場を折り返して身を潜めた。
「ダングはそう言っている。それにあの時のダンブルドア、あれは明らかにあの場にいる誰かに向かって言っていた。サラを叱ったのだろうと言う事で、我々の意見は一致している」
「まさか。あの時のサラは、杖を握っていなかった」
「杖を使わずに魔法を使えたと言う事だろう。……彼女は、例のあの人の血縁者なんだ。
ダンブルドアから彼女達の事を聞かされた時は驚いたさ。それでもそんなものは関係ないと、ダンブルドアの言うとおりだと思っていた。事実、シリウスはブラック家の出だが純血主義ではないし我々の味方だ。しかし、先日の一件――本当に、彼女をここに置いていて良いのか?」
「彼女は確か、ホグワーツに入る前にマグルを魔法で痛めつけていたと言う話があったな……スキーターの記事だからどうせまた誇張しているのだろうと思っていたが、まさかそれも事実なんじゃあるまいな?」
「どうだかな……。この前の事があるんだ、事実である可能性も否定できない」
「ダンブルドアは一体、何を考えているんだ? サラ・シャノンを守る? とんでもない。第二の『例のあの人』を育て上げようって言うのか……?」
「ダンブルドアの事だ。何か考えがあるのだろう。例えば、守るのではなく、目の届く範囲に置いて監視しておこうと言うつもりかも……」
「――サラは『例のあの人』と同じなんかじゃない!」
エリならば――ロンやハーマイオニー、ジニーでさえも、きっとそう言って彼らの会話に割って入った事だろう。
声は段々と遠ざかって行く。アリスは膝を抱え、階段に座り込んでいた。
サラの事は信じている。小学校での「報復」の事だって、彼女には彼女なりの理由があった。そしてもしまた同じ状況に置かれても、今のサラならば自分の身を守るためだけに他者を傷つける事はしないだろう。
日刊預言者新聞についても、アリスも怒りが沸いてこない訳ではなかった。ハリーとサラを貶める記事。今は、ナミの事ばかりが取り上げられている。自分の母親だ。サラへの育児放棄は事実だ。しかし、あたかも圭太とシリウスと同時に関係を持っていた浮気性な女のように書かれたりだの、今更出て来た事に対しても何か企んでいるだの、目立ちたがり屋だの、腹が立たないはずがない。
けれどもアリスは、ナミのように自身を犠牲にする事は出来なかった。エリのように、自分も血縁者だと、同じだと主張する気にはなれなかった。
こちら側が世間的に信頼の無い人ばかりになる訳にはいかない。それは確かだ。しかしそれは、アリスにとっての「逃げ」でしかなかった。ナミがアリス達とシャノンの血縁は隠し続ける事にしたと聞いて、エリが憤る傍ら、アリスはホッとしたのだ。
つまるところは、ただ怖いから。サラやハリー、ナミのようにバッシングを受けたくはないから。ヴォルデモートから狙われるのが恐ろしいから。
姉が批判を受けているのに、相手はたった二人、それもこちら側の人物なのに、反論する事さえ出来ない。冷静なふりをして、中立なふりをして、結局は周りの顔色を伺ってばかり。そんな自分に嫌気が差す。
アリスは階段に座り込んだまま、抱え込んだ膝の上に顔を埋めた。
No.37
ハリーがグリモード・プレイスへとやって来た翌日も、屋敷の掃除に追われる一日だった。午前中は客間のドクシー駆除で潰れた。これまでもドクシーはちらほらといたが客間は特に酷く、サラも「勉強」と称して一定時間部屋に引き篭もっている訳にはいかなかった。
「――昨日の話、エリから聞いたわ」
玄関のベルが鳴り、シリウス、そしてウィーズリー夫人が部屋を出て行った。他の皆が玄関を見ようと窓際に集まっているのを確認し、アリスはサラにこっそりと話しかけた。
ファッジはダンブルドアを恐れている。魔法省はヴォルデモートの復活を否定し、ダンブルドア、そしてハリーとサラの信頼性を落とそうと印象操作を行っている。不死鳥の騎士団が結成され、人々に警戒を呼びかけている。ハリーに話された内容は、アリス達も既に知っている事ばかりだった。しかし唯一、シリウスの話には新しい情報があった。
武器。前に持っていなかったものを、ヴォルデモートは求め秘密裏に計画を進めている。
アリスとジニーは追い出されたが、エリはアリスに聞いた事を話した。ジニーも、ハーマイオニーから聞き出した事だろう。そして、サラも自室に戻り聞いた内容について相談したはずだ。
アリスの予想は、当たっていた。
「おばあちゃんにも、『武器』について思い当たるものはないか聞いてみたわ」
他の皆には聞こえないよう、サラも声を低くした。
「おばあちゃんでも、手がかりがこれだけじゃ何も分からないって……。前の時におばあちゃんは騎士団に入っていたけれど、日記の彼女は十三歳時点の記憶でしょう? おばあちゃん自身との接触はあったと言っても逐一日記に書き込んでいた訳でもなかったみたいだし、流石に難しいみたい……」
「そう……」
「――ここは盗品の隠し場所じゃありません!!」
突然響き渡った怒鳴り声に、サラとアリスの会話は打ち切られた。
階下からだ。何が起こっているのかは、見なくても分かった。マンダンガスがまた、盗品を持ち込んだのだろう。フレッドが部屋の扉を少し開け、ウィーズリー夫人の声がよく聞こえるようにした。
「お袋が誰か他の奴を怒鳴りつけるのを聞くのは、いいもんだ。気分が変わって、なかなかいい」
しかしブラック夫人の肖像画が叫び出すとそうも言ってられず、ジョージが扉を閉めた。閉まりきる寸前に、小さな姿がその隙間から部屋へと滑り込んで来た。
クリーチャーだ。クリーチャーは相変わらず、背中を丸めた姿でブツブツと呟いていた。
「……ドブ臭い、おまけに罪人だ。あの女も同類だ。いやらしい血を裏切る者。そのガキどもが奥様のお屋敷を荒らして。ああ、お可哀想な奥様。お屋敷にカスどもが入り込んだ事をお知りになったら、このクリーチャーめになんと仰せられる事か。おお、何たる恥辱。穢れた血、狼人間、スクイブ、裏切り者、泥棒めら。哀れなこのクリーチャーは、どうすればいいのだろう……」
「おーい、クリーチャー」
フレッドの呼びかけに、クリーチャーはぴたりと立ち止まった。そして、仰々しく驚いて見せた。
「クリーチャーめは、お若い旦那さまに気付きませんで。――血を裏切る者の、いやらしいガキめ」
「え? 最後に何て言ったか分からなかったけど」
ジョージはわざとらしく尋ね返す。
クリーチャーは相変わらずだった。慇懃無礼な態度で、必ず悪口雑言を付け加える。本人は、本気で誰にも聞こえていないと思っているらしい。
「穢れた血が、クリーチャーに友達面で話しかける。クリーチャーめがこんな連中と一緒にいるところを奥様がご覧になったら、ああ、奥様はなんと仰せられる事か――」
「ハーマイオニーを穢れた血なんて呼ぶな!」
ロン、ジニー、エリの三人が叫ぶ。サラも、流石にこれには黙っていなかった。
「クリーチャー、いい加減になさい」
「これはこれはお嬢様」
クリーチャーは低い鼻が床につきそうなほどに、深く頭を下げた。
「ご主人様まで、裏切り者の連中にたぶらかされてしまわれた。唯一奥様の望みが叶ったと思われたのに、奥様を傷つけた父君のようにお裏切りになるのだろうか……」
「何をしに来たの? クリーチャーも手伝ってくれるの?」
クリーチャーのブツブツを無視して身を起こさせ、彼の視線の高さに合わせるようにしゃがみ込んでサラは尋ねた。クリーチャーはうなずいた。
「クリーチャーめは掃除をしております」
「見え透いた事を」
シリウスが戸口に立っていた。苦々しげにクリーチャーを睨みつけている。サラが彼を睨み返しクリーチャーを背に庇うようにしたが、彼女が口を開く前にクリーチャーは再び頭を低く床にこすり付けた。
「ちゃんと立つんだ。さあ、いったい何が狙いだ?」
「シリウス。そんな言い方――」
「お前は黙ってなさい」
シリウスは相変わらず、クリーチャーに厳しかった。クリーチャーもクリーチャーで、従順な返事の後に悪口を欠かさない。間に立ってしまったサラは板挟みになって、困ったように二人を見比べていた。
どんなに憎んでいてもご主人様の命令には背けないらしく、シリウスの「立ち去れ」の一言でクリーチャーは部屋を後にした。部屋を出て行きながらも、ブツブツとしゃべり続けていた。
「アズカバン帰りがクリーチャーに命令する。ああ、お可哀想な奥様。今のお屋敷の様子をご覧になったら、何と仰せられる事か。カスどもが住み、奥様のお宝を捨てて。奥様が呼び戻されたとき、ご主人様は戻って来なかった。なのに今になって戻って来た。その上、人殺しだと皆が言う――」
――皆?
「ブツブツ言い続けろ。本当に人殺しになってやるぞ!」
怒鳴り、シリウスは乱暴に扉を閉めて屋敷僕妖精を追い出した。
アリスは小首を傾げていた。今ここにいる者達は皆、シリウスの無実を知っている。彼を人殺しなどと言う者はいないはずだ。クリーチャーは、日刊預言者新聞でも盗み見たのだろうか。
「シリウス、クリーチャーは気が変なのよ」
ハーマイオニーが懲りずにクリーチャーを弁護していた。クリーチャーを自由にするなどと言う提案を、シリウスが受け入れるはずもない。クリーチャーは、騎士団の事を知りすぎているのだ。
「サラももう、あれには構うなと言ったはずだ。狂った肖像画の命令を受け続けて、あいつは狂ってしまった。お前まで飲み込まれるぞ」
「ご心配どうも」
サラはクリーチャーに対するシリウスの態度が許せないようで、冷たく言い放った。
シリウスは眉根を寄せてサラを見つめ、それから壁の方へと歩いて行った。そこには、クリーチャーが守ろうとしていた壁一面もあるタペストリーが掛かっていた。アリス達も、シリウスの後についていきそれを眺める。
タペストリーは古色蒼然としていたが、金糸による家系図は今も十分に判読可能だった。家系図は何代も続いている。アリスは歴史を途中までしか習っていないが、日本で言う江戸時代よりも前まで遡っている事は分かった。タペストリーの一番上には、『高貴なる由緒正しきブラック家 純血よ永遠なれ』と言った意の文章。ブラック家がいかに純血主義であったか、如実に表していた。
「シリウスが載ってない!」
家系図の一番下を見て、ハリーが言った。
「かつてはここにあった」
シリウスが、タペストリーの小さな丸い焼け焦げを指差した。オリオンとワルブルガの間から伸びた線の先に、焼け焦げがあった。
「お優しい我が母上が、私が家出した後に抹消してくださってね――クリーチャーは、その話をブツブツ話すのが好きなんだ。抹消した者の娘だと言うのに、サラは書かれているな。だから、クリーチャーはサラの言う事は聞くのだろう」
焼け焦げから線が伸び、空白と繋がっていた。シリウスと空白の間から伸びた線の先は、「サラ」の文字。空白からは上に線が伸び、祖母の名前に繋がっていた。祖母からは更にモーフィン、更に上にはマールヴォロ・ゴーント。隣にはメローピー。そしてその先に繋がる、「闇の帝王」の文字。ここだけ、人名ではなく通称だった。モーフィンとメローピー兄妹からはマールヴォロ・ゴーントと言う名前に繋がっていた。マールヴォロの上は長く線が伸び、サラザール・スリザリンの名へと繋がっていた。スリザリンに、ヴォルデモート。この二人との血縁関係をどうしても、ブラック家のタペストリーに記したかったのだろう。そのためには、シリウスの娘であるサラをブラック家の者として認める必要があった。
隣を見れば、二者の名前をサラが暗い瞳で見つめていた。
シリウスは、十六歳の頃の家出についてハリーに語っていた。話はシリウスの弟へと波及し、彼が死喰人であった事、命令に恐れをなして身を引こうとし殺された事をシリウスは告げた。
ウィーズリー夫人が昼食のサンドイッチを持って来ても、シリウスもハリーもタペストリーを眺めて会話していた。サラは会話には参加せずとも、自身も名を連ねるタペストリーをじっと見つめていた。アリスも皆の方へは行かず、シリウスとハリーと一緒にいた。
「トンクスと親戚なの?」
トンクスの名は、タペストリーにはない。だからクリーチャーは彼女の命令に従わないのだろうと、シリウスは話した。同じように、存在を知られていなかったエリの名前も、ここにはない。
「トンクスの母親、アンドロメダは、私の好きな従姉だった。――アンドロメダも載ってないな。見てごらん」
言って、シリウスはもう一つの焼け焦げを指差した。ベラトリックスとナルシッサの間にある名前。
「アンドロメダの他の姉妹は載っている。素晴らしい、きちんとした純血結婚をしたからね。しかし、アンドロメダはマグル生まれのテッド・トンクスと結婚した。だから――」
シリウスは杖でタペストリーを撃つ真似をして自嘲的に笑ったが、一緒にいる誰も笑いはしなかった。アリス、そしてハリーも気を取られていた名前――正確にはその名前から親の位置に繋がる者の名前を、サラが静かに読み上げた。
「ルシウス・マルフォイ……」
アリスはハッとサラを振り返る。スリザリンとヴォルデモートの名を見つめていたサラの瞳は、今度は下の方にあるその名前を見つめていた。灰色の瞳を、一瞬、紅い光が過ぎったように見えた。
「純血家族は皆姻戚関係だ。娘も息子も純血としか結婚させないと言うのなら、あまり選択の余地は無い。純血種はほとんど残っていないのだから」
ウィーズリー夫人もシリウスの従姉弟関係であり、アーサーも遠縁の又従姉弟だと、シリウスは話す。
アリスは思わず、サラの名前から金の刺繍糸を目で辿っていた。しかし、辿るまでもなかった。シリウスとアンドロメダが従姉弟。アンドロメダの姉妹の子がドラコなのだから。
「三親等外……」
思わず漏れた呟きは、サラにも聞こえてしまったようだった。灰色の瞳が、冷たくアリスを見据える。
「あなたはシリウスと血の繋がりなんて無いのだから、関係ないじゃない」
「え、あ、そうね……」
アリスは曖昧に笑って誤魔化す。サラの事だと言えば、彼女の神経を逆撫でするだけだろう。今はもう、彼とは恋人関係ではなく、それどころか祖母の仇として憎悪の対象なのだから。
アリスは再び、タペストリーへと目を戻す。
思わぬところで繋がっていたサラとドラコの縁。イギリスの法律にはアリスは明るくないが、日本では従兄妹から結婚は可能だったはずだ。更に離れたこの程度の繋がりであれば、何ら問題はないだろう。ましてや、シリウスの話が本当ならば、純血の魔法使い達は知らず知らずの内に遠縁の関係にある可能性が高い。気にしていたらキリが無い。タペストリーの中にはチャールズ・ポッターなる名前もあった。本人はその名前に気付いていないようだが、ハリーとも親戚関係にあるのかも知れない。
そっとサラの顔を盗み見るが、そこには何の表情も無かった。視線の先はドラコか、それともルシウスか。そもそもアリスの言葉の真意に気付いてはぐらかしたのか、それとも本気で気付かなかったのか、それさえも読み取る事は出来なかった。
午後は、ガラス扉の飾り棚の片付けに費やした。またしてもクリーチャーが現れ細々とした物を腰布に隠して持ち去ろうとしていたが、ことごとくシリウスに奪い返されていた。クリーチャーは怒りで大泣きしながら、部屋を出て行った。部屋を出る間際、今までに聞いた事がないような酷い言葉でシリウスを罵っていた。
サラはクリーチャーの酷い言葉遣いに顔をしかめながらも、やはり彼を庇おうとしていた。
「言っても無駄なんでしょうけど」
「ああ、無駄だ」
シリウスは、クリーチャーから奪い返した指輪を袋に投げ入れる。サラはムッとして言った。
「前にも言ったけど、説明すればいいじゃない! あなたがそんな態度だから、クリーチャーもああなんだわ。実際、私自身に対しては悪口を言わないわよ、あの子」
「それは、お前が――お前にとっては嫌な話だろうが、スリザリンの子孫だからだ。純血主義の母にとって、スリザリンの血筋は光栄な事だったからな。お前の事も相当良いようにクリーチャーに言い聞かせていたんだろう」
「あら。それなら、私の妹達やお母様にクリーチャーが敬意を示さないのは、どうしてかしらね?」
「母は彼女達も同じ血を引いている事を知らなかった。タペストリーにも、載っていなかっただろう」
「自分には懐いてるって言うなら、もっとどうにかしてくれよ」
シリウスとサラの言い合いに口を挟んだのは、ロンだった。
「ハーマイオニーの事をあんな言い様、まさかサラが言わせてるんじゃないだろうな?」
「な……」
サラは絶句し、黙り込んだ。シリウスが眉根を寄せる。
「ハーマイオニーに、何か言ったのか?」
「クリーチャーがハーマイオニーの事を『穢れた血』って、そう言ったんだ! なのにサラは、奴の事をかばうばかりして――」
「サラだってあの時はクリーチャーを叱っていたわ」
ハーマイオニーが急いで言う。
「またそんな事を……」
シリウスは苦々しげに呟き、そして、ハーマイオニーへと頭を下げた。
「すまない。屋敷僕妖精の不始末は、私が謝ろう。だが、これだけは覚えておいてくれ。私も、サラも、断じてあれにそんな言い方をさせてなどいない。君達に対するあいつの悪口は全て、私達の意志に反するものだ」
「ええ。もちろん解っているわ、シリウス」
「そんな……僕は別に、シリウスの事は……」
思わぬシリウスの言葉に、ロンはうろたえる。
その日の掃除を終え、皆が夕飯に向かい出す中、シリウスはサラへと話しかけていた。
「お前も、そんな態度だから誤解されるんだろう。どうしてクリーチャーなんかにそんなに構うんだ」
「別に。不必要に怒鳴りつけたりはしない。ただそれだけよ」
「……昼間、レギュラスの話は聞いていたか?」
「私達の叔父の話? 死喰人で、ヴォルデモートを裏切ろうとして殺されたって言う……」
「ああ。彼も、クリーチャーをやけに可愛がっていた」
「何が言いたいの? クリーチャーを構うと死喰人になるとでも?」
サラは不愉快気にシリウスを見上げる。
「そんな事は言っていない。ただ……お前を見ていると、たまにあいつがいるみたいだと思ってしまう。この屋敷に来た時お前が選んだ部屋は、サラ、レギュラスの部屋だったんだ」
「……」
「何も、お前が死喰人になるだとかヴォルデモートに従うだろうとか思っている訳じゃない。
ただ、たまに怖くなる。お前も、あいつみたいに、いつかいなくなってしまうのではないかと……お前に、レギュラスと同じ轍を踏んで欲しくない」
「……心に留めておくわ」
サラはシリウスとは目を合わせずに言った。シリウスはうなずくと、部屋を出て行った。サラも、雑巾を持って立ち上がる。
部屋を出る間際、サラが処分品の袋の中からロケットをくすねてポケットに入れたのを、アリスは見逃さなかった。
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The Blood
第2部
真実の扉開かれて
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2013/06/06