新学期の宴会が終わるなり、サラは大広間を飛び出した。
ホグズミードの駅にお馴染みの巨体と大声はなく、一年生を引率していたのはグラブリー−プランクだった。宴会の席にもハグリッドの姿はなく、プランクはやはり魔法生物飼育学の教師として戻ったとの事だった。「ハグリッドが戻って来るまでの代理」とも「ほんの少しの間」ともダンブルドアは言わなかった。
まだ人気の少ない玄関ホールを横切り、大きな樫の扉に手を掛けたところで、背後から冷たい声が掛かった。
「どこへ行こうと言うのかね? ミス・シャノン」
ぎくりとサラは扉へと伸ばした手を止める。大広間から出て来たセブルス・スネイプが、廊下を滑るようにこちらへと迫って来た。吸魂鬼が地面の少し上を滑る姿が、ふとサラの脳裏をよぎった。
「ハグリッドの所です。宴会にいなかったみたいなので」
サラは正直に言った。
「まだ、外出禁止の時間ではありませんよね?」
スネイプは疑うように、サラをじろじろと見下ろしていた。
「ほう。我輩はてっきり、君の親愛なる父上のように秘密の散歩にでも出かけるつもりなのかと思ったぞ」
サラは口を真一文字に結ぶ。
やはり、彼は見たのだ。先学期、第二の課題が行われた日の朝、彼はサラに開心術を行った。あの時に、見たのだ。サラの部屋に置かれた変身術の――アニメーガスについての参考書を。
「……まさか。私はただ、姿の見えない友達を心配しているだけです。先生はご存知ありませんか? ハグリッドがどうしていないのか」
ハグリッドの小屋に明かりが無いのは、駅から学校に向かうまでのセストラルの馬車からも見えていた。行った所で、誰もいない可能性は極めて高い。ハグリッドの所在が聞けるのであれば、この際相手がスネイプであろうとも構わない。
「彼は、休暇をとっている」
「休暇? それじゃあ、戻って来るんですね? いつ?」
「知らん。我輩が聞いているのは、それだけだ。個人的な事情により、しばらく学校を離れると」
「本当に聞いていないのですか? だって、あなただって騎士団――」
「さて、これで外へ出る理由は無くなったな? ならば、君のいるべき場所へ戻れ。グリフィンドールの寮へ!
貴様の企みがそう易々と叶うとは思わぬ事だな。貴様の前足が少しでも校則を抜け出そうものなら、直ぐにも退学にしてやる。貴様を監視しているのは我輩だけではない。貴様を甘やかす輩は減っているのだと言う事を忘れるな」
「――サラ!」
スネイプの向こうの人ごみから、声がした。他の生徒達も続々と大広間から出て来て、玄関ホールはあっと言う間に人で溢れ返っていた。寮へ向かう生徒達の中を左右に流されながら、ネビルがこちらへとやって来た。その腕には、サボテンの鉢が抱えられている。荷物と一緒に預けなかったのだろうか。
「寮の合言葉、聞いてないよね? 姿が見えないから、ハーマイオニーが心配してたよ。一緒に行こう。僕、知ってるから」
サラに言って、おずおずとスネイプを見上げる。
「えっと……」
サラはするりとスネイプの横をすり抜けた。
「ありがとう、ネビル。行きましょう。おやすみなさい、先生」
早口で言うと、ネビルの腕を掴み人ごみの中へと混ざって行った。
大理石の階段を上がり、十分にスネイプから離れると、サラはネビルの腕を放しふーっと溜息を吐いた。
「ありがとう、ネビル。助かったわ」
「あんな所で何してたの?」
「寮へ戻る前に、ハグリッドの小屋へちょっと様子を見に行こうと思ったのよ。そしたら、スネイプに捕まっちゃって」
「そう言えば、いなかったよね。魔法生物飼育学も、別の先生が教えるって……どうしたんだろう……」
「スネイプが言うには、休暇で学校を離れているみたい」
「休暇? どこに行ってるの?」
「そこまでスネイプが教えてくれると思う?」
「あー……」
ネビルは、合点がいったように呻いた。
元々早く大広間を出ていて、その上スネイプから離れようと急いだサラとネビルは、ごった返す中を抜けて人影のまばらな中を歩いていた。レイブンクローの生徒達が他の階段の方へと去るのを見送って、ネビルは口を開いた。
「ハリー達も、ハグリッドの事心配してたよ。汽車で、彼らと一緒だったんだ」
「……そう」
サラは静かに短く答える。ネビルは心配げな表情で、サラを振り仰いだ。
「先学期から、あまり一緒にいる所を見ないけど……喧嘩でもしたの? アリスも一緒だったから、君達家族で一緒にキングズ・クロス駅に来ていたんだろう?」
「……あなたには、関係ないわ」
「そうでもないよ。組分け帽子の歌、サラも聴いただろう。僕達は、結束しなきゃならないんだ。皆で、『例のあの人』に立ち向かわなきゃいけない。なのに、魔法省はダンブルドアを除け者にして、新聞はダンブルドアや君達を叩いて――こんなの、おかしいよ」
サラは目を瞬いて、ネビルを見つめた。
「あなたは、私やハリーの言う事を信じるの? ダンブルドアが、ヴォルデモートは戻って来たと言っているのを、信じるの?」
ネビルは、強くうなずいた。
「ばあちゃんは、『例のあの人』は必ず戻って来るっていつも言ってた。ダンブルドアがそう言ったなら、戻って来たんだって、そう言ってる」
「おばあちゃん……」
「もちろん、僕自身の考えでもあるよ。新聞が何を書いたって、他の人達が何を言ったって、僕は僕の目で見たサラやハリーを信じる」
「……そう言えばネビルって、おばあ様と暮らしているんだったわね」
「え……う、うん。そうだけど……」
「羨ましいわね」
ぽつりとサラは呟くように言った。ネビルはきょとんとした表情でサラを見つめていた。
サラはふいと視線をはずし、止まっていた足を動かして階段を上る。ネビルも直ぐ、後についてきた。
「私を信じるって言うけれど、それは私が闇の魔法使いと血の繋がりがあって、私自身ホグワーツ入学前にマグルを魔法で痛めつけていたとしても?」
「そうだよ。入学前についての記事がもし事実なら何か理由があったんだろうし、ちゃんと反省しているなら今更僕が責めるような事でもない。血の繋がり云々の方については、何にも関係ない。そんなの気にするなら、スリザリンの純血主義と同じじゃないか」
グリフィンドール寮の入口である太った婦人の肖像画が正面に見えて来て、サラは「あっ」と声を上げた。自然、足の運びが遅くなる。ネビルの方は対照的に、合言葉を知らず困り果てている彼の元へと駆けて行った。
「ハリー! 僕、知ってるよ!」
ハリーが振り返る。ネビルはハリーの所まで辿り着くと、サラへと手招きした。
「玄関ホールの所で、サラとも会ったんだ。サラも、合言葉を聞かないで出て行っちゃってたから。サラ、早く!」
進まぬ足を速め、サラはネビルに追いつく。合言葉を知らないのだから、彼らと一緒に入らねばどうしようもない。
ネビルは気まずげにするサラとハリーを、得意げな表情で交互に見た。
「合言葉、何だと思う? 僕、これだけは初めて空で言えるよ――」
ネビルは、腕に抱えたサボテンを軽く振って見せた。
「ミンビュラス・ミンブルトニア!」
「正解」
婦人の言葉と共に、肖像画が手前へと開いた。サラ達三人は、肖像画の下に現れた丸い穴へとよじ登る。
サラ達は早い方だと思っていたが、一番乗りではなかったらしい。談話室には既に何人かの寮生がいて、暖炉の前で手を暖めていた。部屋の向こうでは、フレッドとジョージが掲示板に何か貼り付けている。
「それじゃあおやすみ、サラ」
「ええ。おやすみなさい」
ネビルは軽く手を振り、男子寮へと階段を上がって行く。ハリーは何も言わず、彼の後に続いて男子寮へと消えて行った。
サラはそれを見送ると、自分も女子寮へと上がって行った。
No.40
寝室へと辿り着いたサラは早々と着替えを済ませベッドに潜り込んだが、朝まで眠り続ける事は叶わなかった。
ほとんど悲鳴のような金切声で、サラは目を覚ました。ベッドを囲むカーテンは閉められて時計を見る事は出来ないが、窓の方から日差しが差し込む様子はない。まだ夜である事は確かだった。
声は、ラベンダーのものだった。
「それじゃあ、あなた、ハリーやダンブルドアの言う事を信じるって言うの? 虚言癖のある目立ちたがりや、ボケてしまったお年寄りを?」
「ハリーは目立ちたがりでも嘘つきでもないし、ダンブルドアもボケてなんかいないわ。そのお節介な大口を閉じなさい、ラベンダー・ブラウン!」
ハーマイオニーがぴしゃりと言った。ラベンダーは口を閉じるどころか、腹を立てたようだった。
「だっておかしいでしょう? 『例のあの人』が戻って来たなんて言うけれど、どうやって戻って来たのか、対抗試合の晩に何があったのか、セドリック・ディゴリーがどうやって死んだのか、誰も知らないのよ? 具体的な話もないのに『例のあの人』が戻って来た、ってただそれだけ。それも、目撃したって言う二人が――」
シャッとサラはカーテンを開ける。窓の外はやはり夜で、部屋から入ってすぐの所でハーマイオニーとラベンダーが仁王立ちになって向かい合っていた。パーバティは、ラベンダーの一方後ろで困ったように立ち尽くしていた。
サラは冷たい視線で、三人を見やる。
「ずいぶんと楽しそうね? 盛り上がっているところ悪いけれど、もう少し静かにしてくれるかしら。何時だと思っているの?」
一瞬の間。
返答は、ラベンダーの悲鳴だった。何か恐ろしいものでも見たかのように絶叫を上げ、ラベンダーは部屋を飛び出して行った。
「ラベンダー!」
パーバティはチラッとサラを横目で見て、ラベンダーの後を追って行った。
残ったのは、ハーマイオニーとサラの二人。
「サラ。私――」
「ラベンダーに伝えておいてちょうだい。心配しなくても、私は誰彼構わず呪いをかけて回ったりしないし、過去にも理由なく襲った覚えはない。それともあなたは『報復』される心当たりでもあるの、ってね」
ハーマイオニーが何かを言う前に早口でまくし立てると、サラは再びカーテンを引いた。それでも、ハーマイオニーは諦めようとはしなかった。
「私、ラベンダーみたいに思ってなんかいないわ。ねえ、サラ。カーテンを開けて。ちゃんと話したいの。どうして――」
ハーマイオニーが何を「どうして」と言いたいのか、続きを聞く事は出来なかった。ラベンダーの悲鳴を聞きつけた生徒たちが、部屋の入口に押し寄せて来たのだ。
「何があったの? 大丈夫!?」
「大丈夫。何でもないわ。ラベンダーが、ちょっと気が動転して――ええ、何もない。彼女なら、パーバティと一緒に部屋を出て行ったわ――」
明日の朝には、サラがラベンダーを襲ったとか何とか誤解した者たちによる噂が広まるのだろう。
これから始まる学校生活に憂鬱になりながら、サラは眠りに落ちて行った。
新学期初日は、これ以上酷い月曜日はないだろうと思うような一日だった。
魔法史の授業は退屈だが、教科書の別のページを読み進めていても、正面の席でなければ全く別の参考書を読んでいようとも、ビンズが咎める事はない。アニメーガスの参考書を読むには、格好の時間だ。ビンズが巨人の戦争について話している間に、サラは魔法史のノートを取りつつ変身術の参考書を丸々一冊片付けてしまっていた。
魔法薬学は、いつもの通り最悪だった。スネイプは年度末に行われるOWL試験について語った後、『安らぎの水薬』の調合を指示した。一人ずつでの調合。例え二人組を組むよう指示されたとしても、ドラコと組む事はもうないだろうし、ハーマイオニーの手助けも望めない。サラのミスをフォローした上でソツなく完成させられるのはあの二人ぐらいなのだから、きっと同じ結果となっただろう。
決められた材料を入れ、決められた回数杖でかき混ぜる。そこまでは良かった。厄介なのは、炎の温度調整だ。薬の完成には、定められた温度を定められた時間だけ保たなければならない。鍋は長く熱していれば、熱くなって来る。炎を弱めれば温度は下がるが、下がり過ぎてもいけない。一定の温度を保つ事が出来ず、サラの鍋は何度もレッドゾーンを上回ったり下回ったりしていた。
「何をしている、ミス・シャノン?」
残り十分になったところでスネイプは教室内を歩き回り、サラの鍋の前で足を止めた。サラは中腰になり炎を杖で突きながら答えた。
「炎の温度を上げているところです」
「温度を『一定に保つ』と言う言葉の意味が分かるかね?」
「だから、下がり過ぎたので上げています」
サラはスネイプの方を見ずに答える。
「調合時に温度を保つのは、これが初めてではないはずだ。今までの授業で、何をしていたのかね? どうやら、お友達に頼りきって授業を怠けていた結果が出たようだな」
確かに、熱する際に温度を一定に保たなければならないのはどの魔法薬でも同じだ。しかし、サラとて怠けていたつもりはない。ここまで指定の温度が幅狭く調合液の温度が上下しやすいのは初めての事だった。
「これまでの授業への怠惰な態度に、グリフィンドール十点減点」
スネイプは冷たく言い放つと、今度はハリーの方へとケチをつけに移動して行った。
サラはムカッとしながらも杖を振る。炎がカッと燃え上がり、これまで湯気さえ出ていなかった鍋に一瞬、火柱が上がった。
全員へ指示したレポートの他、サラには各学年の内容から全部で四つの追加のレポートを宿題として与え、魔法薬学の授業は終わった。追加レポートも、本来の宿題と同じ木曜日の提出。間に合わせるためには、一日に二本のスピードで片付けねばならない事になる。アニメーガスの練習をするような時間など全くなくなってしまい、その後の昼食は五分で平らげて図書館へ向かわなければならなかった。
午後一発目の授業は、占い学だ。OWL試験のために――トレローニーは不本意そうだったが――教科書の序章を読んでいる間は、何も問題なかった。全員が序章を読み終えると、トレローニーは生徒達に二人で組んで最近の夢について『夢のお告げ』を使って解釈するように言った。
当然、サラと組んでくれる者などいなかった。ハリーとロンは二人で組んでいるし、ハーマイオニーは三年生の時にこの授業をやめてしまっている。例え奇数で組もうにも、ハリーやロンに入れてくれるよう頼む事はできない。
組を作った者達が自分の見た夢を相手に説明し始める中、サラはぽつねんと一人取り残されてしまった。
「ミス・シャノン。お一人? それでは、先生と組みましょう」
トレローニーは、眼鏡の奥で巨大に映る瞳を爛々と輝かせている。これ以上なく気乗りしなかったが、かと言って誰も組む相手がいないのは事実だ。サラに断る術などなかった。
「さあ、最近見た夢の内容をあたくしに教えてくださいまし」
祖母の死。墓場での出来事。ハリー達との決別。最近見る夢の内容は、トレローニーでなくともひどいお告げになるだろうものばかりだった。
「えっと……あまりよく覚えてないです……空を飛んでいたような……」
サラは少し考え、適当な夢をでっち上げる事にした。何を言ったところで、彼女が告げる内容に変わりはないのだ。
案の定、これでもかと言うほどに突発的で残酷な死を告げられてその日の占い学の授業は終了した。
月曜日最後の授業である『闇の魔術に対する防衛術』を教えるのは、魔法省から来たドローレス・アンブリッジだ。
魔法省からホグワーツへの、教員派遣。魔法省がホグワーツを監視しようとしている事は、明らかだった。今、魔法省に目を付けられてはならない。ただでさえ、ヴォルデモート復活の目撃者としてハリーと共にマークされているのだ。
ハーマイオニーを筆頭にクラスメイト達がアンブリッジに次々と意見する中、サラは一番後ろの席でひっそりと座り黙り込んでいた。
この授業で、実技は学ばない。それでは、OWL試験で初めて呪文を使う事になるのか。パーバティのもっともな質問さえも、アンブリッジは易々と撥ね退けた。
「繰り返します。理論を十分に勉強すれば――」
「それで、理論は現実世界でどんな役に立つんですか?」
ハリーが、手を挙げながら大声で問うた。アンブリッジは、煽るように猫なで声で話す。
「ここは学校ですよ、ミスター・ポッター。現実世界ではありません」
もう、埒が明かない。これ以上の問答に意味があるとは思えなかった。
変身術だって、独学で勉強を進めているのだ。闇の魔術に対する防衛術も、各自で練習した方が良さそうだ。本来練習すべき授業時間を無駄に過ごし、貴重な放課後が消費される点はやや厄介だが。
しかしハリーは、まだアンブリッジに詰め寄っていた。アンブリッジは、にんまりと笑う。サラはハッとハリーを見た。サラの直観が、危険信号を告げていた。
「あなた方のような子供を、誰が襲うと思っているの?」
「うーん、考えてみます……」
ハリーは完全に釣られてしまっていた。サラが目で危険だと合図を送ろうとも、最後尾に座るサラが彼から見えるはずがなかった。
「もしかしたら……ヴォルデモート卿?」
馬鹿だ、とサラは思った。
クラスの所々から短い悲鳴や息をのむ声がする。ネビルは椅子から転げ落ちていた。
アンブリッジは、獲物を釣り上げた事に満足げな表情を浮かべていた。
「グリフィンドール十点減点です、ミスター・ポッター。
さて、いくつかはっきりさせておきましょう。皆さんは、ある闇の魔法使いが戻って来たと言う話を聞かされてきました。死から蘇ったと――」
「あいつは死んでなかった! だけど、ああ、蘇ったんだ!」
やめれば良いものを、ハリーは猶も口を挟む。
アンブリッジは、ちらりとサラの方を見た。サラの怒りも誘おうとしている事は明らかだった。その手には乗るまい。サラはただ、無表情で見つめ返す。
ハリーに罰則を言い渡し、アンブリッジは続けた。
「闇の魔法使いの復活などたわいのない嘘で皆さんを脅かす者がいたら――あるいは、自分に不都合だからと皆さんに呪いをかけるようなそれこそ闇の魔法使いのような生徒がいたら――」
アンブリッジは、再度サラの方を見た。他にも何人か、後ろを振り返った生徒達がいた。
「――わたくしに知らせてください」
そして、授業は続行された。それでもまだ、ハリーは教科書を開こうとはせず、立ち上がっていた。
「それでは、先生は、セドリック・ディゴリーが独りで勝手に死んだと言うんですね?」
教室中の視線がハリーに集まっていた。皆、あの夜の出来事を聞きたがっているのだとはっきりと分かった。
「セドリック・ディゴリーの死は、悲しい事故です」
アンブリッジは冷たく言い放つ。ハリーは対抗した。
「殺されたんだ。ヴォルデモートがセドリックを殺した。先生もそれを知っているはずだ」
アンブリッジは無表情だった。
かと思うと、優しい、甘ったるい声を出して言った。
「ハリー・ポッター、いい子だから、こっちへいらっしゃい」
アンブリッジはその場で手紙を書き、ハリーに持たせてマクゴナガルの所へ行くように言った。ハリーは引っ手繰るように手紙を受け取ると、肩を怒らせて教室を出て行った。
「――ミス・シャノン」
いきなり自分の名前を呼ばれ、サラはピクリと肩を揺らした。
ここまでサラは、何も発言していない。教科書も開いていた。何も問題行動などなかったはずだ。
アンブリッジは、薄気味の悪い笑顔を浮かべていた。
「この際だから、はっきりさせておきましょう――ミス・シャノン、あなたもミスター・ディゴリーが亡くなった現場に居合わせたはずですね?」
サラは息をのんだ。
サラがあまりにも挑発に乗らないものだから、仕掛けて来たのだ――サラの立場を悪くするために。
「さあ、簡単な質問ですよ。ミス・シャノン。
セドリック・ディゴリーは、どうして亡くなったの?」
これは、罠だ。
ハリーと共にヴォルデモートの復活を主張すれば、否定され、嘘つきのレッテルを貼られるだろう。
アンブリッジの言う通り事故だと認めれば、彼女は満足するだろうが、完全なるハリーへの裏切りとなってしまう。
「指名されたら、お立ちなさい」
サラは、そろそろと立ち上がる。教室中の視線が、今度はサラに向けられていた。
ハーマイオニーは、心配げな表情でサラを見つめていた。目が合うと、彼女は小さく首を振った。「この場で真実を話しては駄目だ」と言うように。
ロンは、真っ直ぐにサラを見据え、サラがどう答えるのか一言も聞きもらすまいとしているようだった。ここで彼らを裏切れば、後でハーマイオニーがどんなにフォローしてくれようとも、もう取り返しはつかないだろう。
「それは……」
サラの声は震えていた。ハッタリを利かせるのは、得意なはずなのに。
生徒達が、息をのむ。
「……それは、この授業と関係があるのでしょうか。他の質問ならクラスが終わってからにしようと、さっき、先生がそうおっしゃいました」
何とか回答を回避しようとしたのだが、これしきで折れるような相手ではなかった。
「ええ、関係ありますよ。一体どのような事故が起こったのか、未然に防げるように、例え再発しても対処できるようにしなければいけませんからね。それは、立派な防衛術でしょう?」
どうあっても、サラからどちらかの答えを引き出すつもりらしい。
逃れられない。そう悟ったサラは、ゆっくりと口を開いた。
「……あの夜の事は、あまり覚えていないんです。ポートキーで移動した途端に、緑色に光って、私……私、おばあちゃんが死んだ時の事を思い出して、気絶してしまって……」
「ずっと気絶していた訳ではないでしょう? 帰って来た時のあなたは、目を覚ましていたと聞いています。さあ、あなたの起きている間に、何があったのかだけでも話して。ミスター・ポッターの話を、あなたも事実だと言うの?」
「緑色に光りました。それから、轟音も」
「それはさっき聞きました。それだけでは、ディゴリーがどうして死んだのか分からないでしょう。あの夜、あなたは何を見たの?」
「おばあちゃんが死んだときと同じ光でした。死喰人に殺されて、崖から落ちていったんです」
「今はあなたの祖母のお話は聞いていません。セドリック・ディゴリーが亡くなった時の話を――」
「もう、やめてください!」
叫び立ち上がったのは、ハーマイオニーではなかった。
ネビル・ロングボトムが、立ち上がりアンブリッジを睨み付けていた。そして思い出したように、片手を挙げる。
「ダンブルドアは僕達に、ハリーとサラにあの夜の事を問い質さないようにっておっしゃいました。二人だって、セドリックの死はトラウマなんだ。辛い思い出を掘り起こして話させようなんて、酷過ぎます」
ハーマイオニーも手を挙げた。
「ネビルに同意します。授業の範囲を、明らかに逸脱しています。もちろん、私の思う授業範囲ではなく、先生が先ほどおっしゃった防衛術の理論を学ぶと言う範囲です。今は『闇の魔術に対する防衛術』の授業中であり、魔法省の尋問や調書の時間ではありません」
ロンは戸惑うようにハーマイオニー、サラ、アンブリッジ、そしてネビルを順番に見つめていた。
終業を告げるベルが鳴り、ネビルとハーマイオニーがサラをかばったせいで咎めを受けるのは免れた。サラはアンブリッジに呼び止められる前にと、早急に教科書と鞄を掴みすぐそばにある扉を出て行った。
「サラ! おーい、サラ!」
スネイプの宿題を片付けに図書館へと向かうサラを、ネビルが背後から呼び止めた。サラは立ち止まり、ネビルを待った。
「サラ、大丈夫?」
「ええ。さっきはありがとう、ネビル」
まさか、彼に助けられるとは思わなかった。サラが傷つき動転した素振りを見せれば、それが演技であろうとなかろうとハーマイオニーならばかばい、アンブリッジへの反逆に持っていくだろう。そう思っての発言だったのに。
ネビルは照れ臭そうに、頬を掻いた。
「ううん。僕も去年、同じように助けられたからさ」
サラはハッと息をのむ。
昨年、同じ『闇の魔術に対する防衛術』の授業だった。ムーディが磔の呪文を行使した時、ネビルの様子はおかしかった。気が付いたハーマイオニーが、ムーディを止めたのだ。
「……ネビルも、誰か……? えっと、答えたくない事なら、別に……」
「お父さんとお母さん。死喰人に、『磔の呪文』をかけられたんだ」
――羨ましいわね。
サラは昨日、そう言った。ネビルが祖母と暮らしている事について、羨ましいと。
ネビルの話に出て来るのは、いつも祖母だ。両親の話はさっぱり出て来ない。駅で見かけるのも、祖母ばかりで両親の姿はない。どうして、気付かなかった?
「ごめんなさい! 私……」
「だ、大丈夫だよ。謝らないで。別に、気にしてな――」
「昨日の事よ。私……私、何て酷い事を……! おばあさんと暮らしている事を、羨ましいなんて……!」
「え、あ……仕方ないよ――サラは、大好きなおばあさんを亡くしてるんだから。それに、ほら、僕の親は別に、死んだ訳じゃないよ。たまにだけど、会う事もできるんだ」
ムーディの授業での彼の反応を思えば、磔の呪いを受けた両親が、ただの仕事の都合でたまにしか会えない訳ではない事ぐらい、容易に想像できた。
いつだったか、エリに言われた言葉が脳裏をよぎる。
『いつも自分が一番不幸だと思って、被害者面してる――』
きっと今のエリは、そんな事は言わないし思いもしないだろう。でも、その言葉は間違いではなかった。
報復だけではない。自分は一体、無意識の内に何人の人を無神経な言葉で傷つけて来たのだろう。
授業を終え教室を出て来た生徒たちが奇異の視線を向けるのも構わず、サラはネビルに頭を下げ続けていた。
Back
Next
「
The Blood
第2部
真実の扉開かれて
」
目次へ
2015/01/01