昔、動物たちと鳥たちは戦争をしていました。
動物たちに、コウモリは言いました。自分には手足があるから、動物たちの仲間である、と。
鳥たちに、コウモリは言いました。自分には翼があるから、鳥たちの仲間である、と。
戦争が終わり、両方を裏切っていたコウモリは――
(イソップ童話『卑怯なコウモリ』より)
No.45
「フレッド! ジョージ! 例のアレ、出来てたぜ!」
呪文学の教室から大広間へと向かう双子を捕まえ、エリはジャラジャラと音のする缶を差し出した。
「おっ、もう出来たか。俺たちも、昼飯の後に様子見に行こうと思ってたんだ」
「ハッフルパフの方が、厨房から近いからな。寮に忘れた教科書取りに行くついでに、取って来た」
「まさか、エリにお菓子作りの才能があったとはなあ。助かるよ、ほんと」
受け取った缶の蓋を少し開けて、隙間から覗き込みながらジョージが言う。
「才能って、そんな難しいもんじゃないだろ。二人だって一緒に作ったじゃんか。あたしだって、最初はアリスに教わったし。それに今回は材料が整ってたから、余計な手間もなかったし」
二人と並んで大理石の階段を降りて行きながら、エリは話す。
「でもほんと、よくあんな材料揃えられたよな。お金はどうしたの? おばさんもおじさんも、絶対こんな事に小遣いなんてくれないだろ」
「余計な事は聞く事なかれ」
「我々はスポンサーの名誉のためにも、多くを語る事は出来ないのだ」
仰々しい口調で、二人は話す。エリはつまらなそうに口を尖らせた。
「ちぇー。なんだよ、それ。あたしだって協力してるのにさ。ヤバい金じゃないだろうな?」
「まさか。実際のところ、俺たちとしてはエリ自身には知られても構わないんだけどさ。エリ、どっかでボロ出しそうだから」
「う゛……」
そう言われてしまうと、エリも自信がない。軽々しく秘密を口にする気はもちろんないが、ウィーズリー夫人やナミを欺ける気はしなかった。
「まあ、そういう事だから。本人がいいって言ったら、教えてやるよ」
「分かった。どうする? 今日の放課後、集まって試すか?」
「今夜は駄目だ。うちはクィディッチの練習がある」
「俺たちがゲーゲー吐きながら練習参加なんてしたら、アンジェリーナがお気に召さないだろうな」
「そういや、申請必要になったチームやクラブの定義って何人だっけ」
ふと思い出したように、ジョージが言う。フレッドは肩をすくめた。
「さあ? あんなの、気にする価値あるか?」
「クラブ申請したとこで、アンブリッジが許可出すとは思えないしな。じゃあ、また」
フレッドとジョージに軽く手を振って、エリは自分の寮の席へと座った。
「また、あの二人と悪だくみですか?」
隣に座ったエリに、ジャスティンが少しからかうような口調で言った。
「アンブリッジがいても、相変わらずね……」
スーザンは呆れ顔だ。
「あの箱は何だい?」
ジョージが持った缶箱を見ながら、アーニーが問う。
「へっへー、今は秘密」
「そう言えばエリ、クィディッチ・チームの再結成申請はもう出したの?」
「はにほれ?」
ハンナの質問に、クロワッサンを頬張りながらエリは問い返す。飲み込み、そして言った。
「クィディッチもあの貼り紙の対象なの? クィディッチなのに?」
「らしいわよ。今朝、アンジェリーナが憤慨していたわ」
「でも、そんなの形式的なもんだろ。クィディッチは各寮に一チーム、そう決まってるんだから……それに、別に魔法省に不都合なんて何もないだろうしさ。むしろ、ワールドカップで運営する部署とかあったろ?」
「その理屈がアンブリッジに通用すればいいけどね……」
結論から言えば、ハンナの懸念は的中する事になった。アンブリッジは、ハッフルパフに再結成の許可を出さなかったのだ。
「そんな、どうして!」
昼休み中に急いで作った申請書を突っぱねられ、エリは叫んだ。
アンブリッジはただ、笑みを浮かべていた。
「あたくしは何も、拒否すると言った訳じゃないのよ。吟味する時間が必要だと言ったの。あなたの申請書みたいに、急ごしらえで形だけ整えれば良いと言うものではないのよ。普段の行動を参考に、しっかり精査しなくちゃね?」
エリは口を真一文字に結ぶと、むんずと鞄を掴み、アンブリッジの部屋を出て行った。
魔法省なんて恐くない。アンブリッジに媚びへつらったりなんて、するもんか。ずっと、そう思っていた。そこに、何の迷いもなかった。
だからこそ、ハンナ伝いで闇の魔術に対する防衛術をハリーに習うという話を持ちかけられた時は二つ返事で賛同したし、アンブリッジの目と鼻の先で彼女に反発する企みを働いているという事が、誇らしくも思えた。
新聞に圧力をかけてエリをも叩くなら、叩けばいい。信念を捻じ曲げるぐらいなら、退学になる方がずっとマシだとさえ思っていた。
――彼女に反抗する事でリスクを負うのが、エリ個人なのであれば。
ハッフルパフ・チームの再結成許可証は、言わば、人質だった。チーム・リーダーとして、自分のせいでチームをこのまま解散させてしまう訳にはいかない。
そこにはもちろん、自分がクィディッチをやりたいという事や、寮代表と言う事への責任感もあったが、何より、ハッフルパフ・チームはセドリックから受け継いだものなのだ。セドリックの遺志を継ぐ者として、エリにはチームの存続を守る責務がある。
昼休み中に申請書を作成し、アンブリッジに提出したエリが魔法薬学の教室に着いたのは、授業始まりギリギリだった。すでに他の生徒達は席に着き、大鍋やらサラマンダーの血液やらを準備していた。
黒板の前に立つセブルスは、エリを横目でチラリと見て冷たく言い放った。
「早く席に着きたまえ、ミス・モリイ。授業開始のベルが鳴るまでに準備が出来ていなかった場合、ハッフルパフから五点減点する」
エリはムスッと黙り込んだまま急ぎ足でセブルスの前を横切り、奥に座るハンナとスーザンの隣へ行った。
いつもならば「げっ、マジで!?」などと、相手がセブルス・スネイプだとは思えない軽いノリで騒ぐところだ。ハンナとスーザンはエリの様子で、申請結果を察したようだった。
イライラしながら調合した魔法薬は酷い出来で、提出の際、セブルスが容赦無い数字を手元のリストに書き込むのが見えた。
授業が終わり、ハンナ達と共に教室を出ようとしたエリは、セブルスに呼び止められた。
「ミス・モリイ。残りたまえ」
「うへえ……先行ってて」
説教の心当たりは幾らでもある。ハリー達との企み、フレッドやジョージとの企み、未だアンブリッジに反抗的な態度を取り、何度も罰則を食らっている事。
「エリ、なんだ。今日の調合は」
「あー……ちょっと気が立ってて……」
エリは、ぽりぽりと頬を掻きながらきまり悪気に話す。本日は魔法薬学教授モードのようだ。
「我輩が最初の授業で言った事を覚えているか?」
「えーと、名声を醸造しウンヌンって奴?」
「違う。今年最初の授業だ。今年度の末、君達はOWL試験を受ける」
「ああー、それ……」
エリは思い出し、相槌を打つ。
「話した通り、我輩はふくろうでOを取った生徒にしか、いもりレベルの授業を教える気はない」
そう言うと、セブルスは小瓶の並ぶ中から一本を取り、エリの前に置いた。半分固まりかけているような毒々しい緑色の液体の入ったその小瓶には、「モリイ」とラベルが貼られている。
「今のエリの成績では、Oなど到底届かないだろう」
「いやでも、あたしも上手く作れる事だってそこそこあるんだし、採点を甘めにしてもらえれば……」
「OWL試験の採点をするのは、我輩ではない。例え我輩であったとしても、貴様のために試験のレベルを下げる気はない」
「デスヨネー」
エリは誤魔化すように笑う。
「これから一年間、魔法薬学の補習授業を行う」
「……え?」
エリは、ぽかんとした表情で問い返す。セブルスは、至極真面目な表情だった。
「君を魔法薬学の授業から落としはしない。しかし、今の君の成績ではOを取るなど到底不可能だ。この一年で、試験に必要となる知識と技術を全て叩き込み、君にOを取らせよう」
「お、おお……めっちゃ正攻法……」
いくらセブルスが魔法薬学の教授だとは言っても、八百長をする訳にはいかないし、エリもそんな事をしてまで良い点数を取りたいとは思わない。セブルスが全くの善意から補習を申し出ている事は分かる。しかし、各教科で課題の量と難易度が格段に上がっている中、更に魔法薬学の補習まで増えるのだと思うと気が滅入る。
「いや、でも、セブルスだって騎士団の仕事とかもあって忙しいだろ? あたしも、クィディッチの練習とかあるしさ……」
「もちろん、予定は考慮するつもりだ。罰則ではないのだから」
「セブルス、サラの事、一人にするなって言ってたじゃん? 空いてる時間を魔法薬に当てたら、サラに構ってる暇なんてなくなっちゃうと思うんだけど……」
「確かにシャノンを気にかけるようには言ったが、そのためにエリ自身のための時間を犠牲にするのは違うだろう。無理のない範囲で構わん。――どうやら、エリが構わなくてもグリフィンドールの仲間との関係も修復に向かいつつあるようだしな」
「え、そうなんだ!」
エリはぱあっと明るい顔になる。
「良かったー。週末会った時はハリーや皆から離れて微妙な距離置いてたけど、いい方向に向かってるんだな!」
「週末にポッターや皆? そんなに大勢でホグズミードに行っていたのか?」
「え、あ、いや……そんな事より、セブルスもさすが先生だな! 生徒の事、ちゃんと見てるんだな!」
エリは慌てて話をすり替える。セブルスは疑るような目で、じっとエリを見つめていた。
「今朝告知された掲示は、もちろん目を通しているだろうな?」
気が立っていたまさにその原因に触れられ、エリはムスッとする。
「知ってるよ。チーム解散、再結成はアンブリッジの許可が必要って話だろ」
「以前にも言ったが、ドローレス・アンブリッジ教授に反抗するような真似は――」
「分かってる。……ハッフルパフ・チームの許可、貰えなかった」
エリはぎゅっと両の拳を握りしめる。
「考えるってさ……普段の行動も、見て決めるって……。クィディッチ・チームはさ、ずっとセドリックがまとめて、引っ張って来たチームなんだよ。そりゃ、スリザリンやグリフィンドールみたいに強くはないけど、でも、メンバー皆、いい奴らでさ……練習だって、試合では勝てなくても、皆、いつも一生懸命頑張ってたんだ」
セブルスは、何も言わなかった。自分を見つめている事は分かったが、エリは俯いたまま、彼の顔を見る事は出来なかった。
「分かってるよ。あたし一人のせいで、チームを壊される訳にはいかないんだ」
エリは、机の上の鞄を掴むとセブルスに背を向けた。
「補習の件はありがたいと思うけど、ちょっと待ってくれないかな。そういう訳で、今、予定が組めない状態だから。この後、またアンブリッジの所に行ってみるよ。……大丈夫、大人しくしてる」
一息に言うと、エリは魔法薬学の教室を出て行った。
木曜日の夜、アリスはスリザリンの談話室でドラコやパンジー達、お馴染みのメンバーと一緒に机を占領しながら、数占いの宿題を片付けていた。
「そう言えば、グリフィンドールもクィディッチの申請が下りたのね」
「ああ。マクゴナガルがダンブルドアに直談判したらしい。それから、スネイプ先生も」
「スネイプ先生が?」
パンジーは眉根を寄せ、尋ね返す。うなずいたのは、アリスだった。
「ダンブルドアじゃなくて、アンブリッジ先生に進言したそうだけど。スリザリンだけ許可されても、敵対チームがレイブンクローだけじゃ寮対抗が成り立たないからって。グリフィンドールも、ハッフルパフも、結成許可が下りたみたい」
――その割には、ハッフルパフの方はやけに大人しかったのが気になるけど……。
アリスは、夕食の席を思い出す。クィディッチの許可が下りて、盛り上がっていたグリフィンドールのテーブル。ハッフルパフも選手達の喜んでいる様子は見えたが、エリの表情は浮かないものだった。
「まあ、でも今回の事で、ポッター達も身に沁みてわかっただろう。アンブリッジ先生がいらっしゃった以上、これまでのように好き勝手は出来ないって事がな。ダンブルドアが庇い続けられるのも、時間の問題だ。僕は、今年中にポッターは退学になると思うね」
「監獄行きと病院行き、どっちかしら?」
パンジーが、クスクスと笑いながらドラコに同調する。
「クィディッチと言えば、ロンの調子は芳しくないみたい」
答えに困る同意を求められる前に、アリスは話題を変える事にした。
オリバー・ウッドの穴を埋める新しい選手がロンに決まった事は、そうと知った時点で直ぐにドラコに伝えていた。もっとも、アリスが情報を横流しせずともいずれどこからか耳にした事だろうが。今では、全ての寮がグリフィンドールの新しいチーム・メンバーを把握していた。
「サラやハリーからは聞けてないけど、練習から帰って来たら落ち込んでばかりだってジニーが言ってたわ」
「僕は最初からそうだろうと思っていたさ。ウィーズリーなんかがキーパーになるなんて、今年はよほど不作だったんだろうね。あるいは、ポッターや兄弟がチームにいる事でコネで選手になったかだな。実力で入った訳じゃない選手なんて、碌なもんじゃない」
ドラコも箒の寄付によるコネで入っただろうと言う話は、胸の内にしまっておく。
ふと、アリスは腕時計に目を落とした。時計の針は、七時半を回っていた。教科書を閉じ、羊皮紙を丸めてアリスは席を立つ。
「それじゃあ、私、そろそろ……」
「ああ、ポッター達に呼ばれてるんだっけ」
「帰ったら、何の話だったか教えてくれるのよね? もっとも、向こうがアリスを信用して、重要な話もしてくれればだけど」
「それは大丈夫よ。スリザリンをスパイする、スリザリン側にもハリー達をスパイをするために交流を続けると言ったって伝えてあるもの。サラも、ハーマイオニーも、私が彼女達の味方だと信じて疑っていないわ」
「あまり無茶はするなよ。何かあったら僕達に言うか、僕達がいなければスネイプ先生やアンブリッジ先生を頼るんだ。最悪、フィルチでもいい」
「ええ。ありがとう、ドラコ」
アリスはにこりと微笑み、堂々とスリザリン談話室を出て行った。
ハリー達との交流をこれまで通りに続け、彼らの情報をドラコ達に横流しする。サラ達には、スリザリンをスパイすると言ってある。
サラとハーマイオニーに告げたのとは全く逆の答えを、アリスはドラコとパンジーに返していた。立場を生かして二重スパイとなるが、本心ではスリザリン側なのだと。
サラとハーマイオニーがあっさりとアリスを信じたように、ドラコとパンジーもあっさりとアリスを信じた。……それだけの信頼関係を、築いて来たのだ。どちらとも。誰にも嫌われないように。自らの居場所を確保するために。
アリスの出した答え。それは、どちらも手放さない事。手放す事など、出来なかった。
どちらにも味方だと言って、どちらにも良い顔をして。手に入れた居場所を、壊さないために。
こんなどっちつかずの状態では、きっと、いつか破綻する。そう分かっていても、誰かと対立するのは怖かった。どちらの居場所も失いたくなかった。
八階の廊下へと辿り着くと、ハッフルパフのメンバーが大きなタペストリーの前にたむろしていた。
「こんばんは」
アリスは、礼儀正しく挨拶する。そして扉の前に立つ五人を見回し、きょとんと尋ねた。
「エリは一緒じゃないの?」
「ええ……」
ハンナが答え、ザカリアス・スミス以外の四人は視線を交し合う。
「……とりあえず、入ろう。ハリー達にも話した方がいいし」
そう言って、アーニーは真鍮の取っ手を回し、押し開いた。
八階にたどり着いた時点でこんな場所に扉があっただろうかとは訝ったが、部屋に入り、アリスはこの部屋はこれまで存在していなかった、あるいは存在していても見えないようになっていたのだと確信した。
三方の壁を埋め尽くす本棚、一番奥の壁の棚に並ぶ珍しい道具の数々、床に置かれた人数分の大きなクッション。こんな広くて色々な物が揃った部屋があったなら、気付かないと言う事はないだろう。普段は、魔法か何かで隠れていたに違いない。あるいは、魔法か何かで今夜新しく作り出したか。
クッションの一つにはハーマイオニーが座っていて、本棚にあったのだろう本を読み耽っていた。ハリー、ロン、ハーマイオニーの他にも、ジニー、ネビル、ラベンダー、パーバティー、ディーン、フレッド、ジョージ、リーの八人が既に部屋の中にいた。
「……すごい」
ジャスティンが、呆然と部屋中を見回しながら呟く。
「いったい何なんだ? こんな部屋、これまで無かった!」
ザカリアスがハリーに問う。
「必要の部屋だよ。本当に必要としている人の前にだけ現れる――」
「うわあ、凄い!」
アリス達の背後で扉がまた開き、サラとクリービー兄弟が入って来た。どうやら、途中でこの兄弟に捕まったようだ。
「凄いや、ハリー! ここ、いったいどうしたの!?」
ハリーは一から説明を始めるが、その度にまた扉が開いて何度も一から繰り返す羽目になっていた。八時になる前にエリを除く全員が集まり、その頃にはやっとハリーも部屋についての説明を終わりまで話す事が出来た。
「もう全員集まったかな」
部屋に集まった人数を指さし数えながら、ロンが言う。
「エリがいないみたいだけど」
ウィーズリーの双子の片方が、部屋の中を見回しながら言った。「必要の部屋」に興味津々で顔を輝かせていたハッフルパフ生達の表情が、一瞬にして陰った。
「何かあったの?」
ハリーがアーニーに問う。アーニーは、言いにくそうに答えた。
「エリは……来ない」
「どういう事? 罰則とでも重なったの?」
「いや……エリ、やっぱり、この計画への参加はやめるってさ」
一同の間に衝撃が走る。真っ先に声を上げたのは、ウィーズリーの双子の片方だった。さっきも、エリがいないと指摘した方だ。
「エリがそう言ったのか? 嘘だろ!?」
「嘘じゃないよ。ほら、今週の頭に、クィディッチのチームが解散させられそうになっただろう……それで、もう自分の身勝手でチームの存続を危険に晒す事は出来ないって」
「それを言ったら、俺達なんて、キャプテンのアンジェリーナも含めて、チーム全員で参加してる! それに、君だってハッフルパフ・チームの選手なんだろ?」
双子のもう片方が、ザカリアスの方へと話を振った。
「選手の一人が参加するのと、キャプテンが参加するのとでは、全然違う。それに、自分は少し目立ち過ぎた。アンブリッジにも目をつけられてるから、きっと迷惑になるだろうってさ」
「それこそ、ハリーやサラなんてその筆頭じゃないか! 一体全体、どうしてそんな事になったんだ!?」
「知らないよ。エリ本人に聞いてくれ」
双子に交互にまくし立てられ、ザカリアスはうんざりしたように言った。
「……チームを守らなきゃいけないんだって言ってたわ」
落ち着いた口調でそう告げたのは、スーザンだった。
「セドリックから受け継いだチームを、壊す訳にはいかないって」
しんと部屋の中が静まり返る。
ヴォルデモートの復活に居合わせ、殺されたセドリック・ディゴリー。彼の死をも冒涜する魔法省の対応は、ハッフルパフの生徒達の反感を買っていた。
静寂を破ったのは、ぽつりと呟かれたサラの声だった。
「馬鹿ね。死んだ人の遺志を継いで守ろうなんて、そんな事したって何にもならないのに」
場の空気が凍り付くのが分かった。
アリスはサラを振り返る。サラは読んでいた本を棚に戻しながら、呆れたような表情をしていた。どうして彼女は、こういつも場を乱すと解るような発言をしてしまうのか。
「そ……そんな言い方、あんまりだわ」
少し怯えつつも、チョウ・チャンが異を唱える。
「亡くなった人を思うなら、その人が大切にしていたものを守ろうとするぐらい……!」
「でもそれで足枷になって、その亡くなった人の敵討ちも出来なくなるんじゃ、本末転倒じゃない?」
「敵討ちよりも、遺志を継ぐ事の方が大切だって事もあるわ。エリも、そう思ったのでしょう」
いつの間にか、サラとチョウの口論のようになってしまっていた。誰も口を挟む事が出来ず、ハラハラと二人を見守る。
「遺志を継いで、それで何になるの? 身動きが取れなくなってるだけじゃない」
「それを言ったら、敵討ちだって一緒よ。復讐なんて、何も生み出さない――」
「あら。そんな事はないわ。人殺しが消えれば、また新たな被害者が生まれるような事もなくなる。生きている価値のない人間が消えるなんて、客観的に見ても利のある事だと思わない?」
「何を言ってるの……?」
「皆、少なからずそう思っているから来たのでしょう? ヴォルデモートを倒すために。死喰人に対抗するために。――殺された仲間の、仇を討つために」
サラは、ハッフルパフ生達を見据える。五人は、居心地が悪そうに視線をそらした。
セドリックの仇を討つ。もちろんそれは、彼らの胸にもあった事だろう。しかし、サラの物言いは、うなずくのを躊躇わせた。
――これ以上は、いけない。
「ねえ! そろそろ、本題に入らない? エリの事は、また本人と相談するとして。せっかくの練習時間が、無くなっちゃうわ」
アリスは無理矢理にも明るい声を出し、ハリー、ロン、ハーマイオニーの方へと話しかけた。
我に返ったように、ハリーはうなずく。そして、前に出た。
「えーと。それじゃ、まず、練習場所だけど、ここが僕達が見つけた場所で――ここでいいかな?」
口々に賛同の声が上がる。
その後は、ハリーを正式にリーダー任命したり、チーム名に防衛協会とダンブルドア軍団をもじって「DA」と名付けたりと簡単な話し合いを行った。アンブリッジや魔法省に対抗するチームを形作っていく間に、皆の士気も戻っていった。
それからハリーは皆を二人ずつの組にして、武装解除の練習を行わせた。
「ジニー。一緒に組んでくれる?」
広い部屋で場所を取ろうと皆が散り散りになる中、アリスはジニーに声を掛けた。
「ごめんなさい。マイケルと組むの。ルーナはどうかしら? ――ルーナ!」
ジニーは、レイブンクローの友達へと声を掛ける。
「ルーナ、空いてる? アリスと組んでくれる?」
「いいよ。よろしく、アリス」
「ええ」
内心では一瞬戸惑ったが、気取らせる事なく、アリスは笑顔のままうなずいた。
「サラ」
ハリーの声に、アリスはルーナの後に続きながら振り返る。サラはネビルと組み、空いているスペースへと向かおうとしていたところだった。
「誤解のないように言っておくけど、この会合の目的は、闇の魔術に対抗する術を学ぶ事だ。復讐や仇討ちじゃない」
二人の間に、一時の沈黙が流れる。
「――ええ。肝に銘じておくわ」
サラは無表情で答え、ネビルの待つ方へと去って行った。
「アリス?」
「あ、ごめんなさい。今行くわ」
ルーナは、だいぶ前へと進んでしまっていた。アリスはサラから視線を外し、彼女の方へと小走りに駆けて行く。
本当なら、練習で二人組を組むなら、サラに声を掛けようと思っていた。DAのメンバーでも、サラを避ける人はまだ多い。アリスも、魔法を使えないという事情を知るサラとなら組みやすい。
でも、彼女に声は掛けられなかった。
チョウとの問答。チョウの言う事が本気で解らないと言うようなサラの様子。
――初めて、彼女を怖いと思った。
魔法の強さだとか、報復を行っていた過去だとか、そう言う問題ではない。その、思考回路。その、感性。
アリスにはあっさりと人を殺すヴォルデモートの考える事など微塵も解らない。でも、もしかしたら、サラは彼に近いのかもしれない。彼らは、アリスとは別次元の存在なのかもしれない。――そう、思った。
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2016/06/25