クィディッチ初戦であるスリザリンとの対戦は、ハリーがスニッチを獲得した事により、辛くも勝利を得る事が出来た。
 しかし、めでたしめでたしと言う訳にはいかなかった。試合終了後、ドラコがハリーやウィーズリー兄弟を挑発し、ハリーとジョージがそれに乗ってしまったのだ。観衆の前での乱闘騒ぎ。二人は、マクゴナガルの部屋へと呼び出されて行った。
 階段を昇って来る足音が聞こえ、サラは読んでいた教科書を閉じ、枕の下へと滑り込ませた。布団をかぶり、横になるのと同時に、寝室の扉が開かれた。
「――サラ。起きてる?」
 サラは答えず、無言のまま横たわる。ハーマイオニーはめげずに、続けた。
「良い報せと悪い報せがあるの」
「……何?」
 サラは答えた。
 悪い報せの方は、大方予想がつく。いくらドラコが先に仕掛けたとは言え、ハリーとジョージは二人掛かりで彼に殴りかかったのだ。その上、あの場にはアンブリッジがいた。サラとパンジーの時とは違う。あのアンブリッジが、減点や罰則だけで済ませるとは思えない。
 良い報せについては、全く見当も付かなかった。
「ハリーとジョージが帰って来たわ。ロンも、ついさっき。それで……その、クィディッチを、禁止になったって……箒も没収ですって……あなた達、四人」
「……そう。ハリーと、ジョージと、フレッドと、私?」
「ええ……」
 ハーマイオニーは上ずった声だった。サラは目を閉じ、溜息を吐く。
「あの――サラ――私も、おかしいと思うわ。あなたは、何もしていないのに。でも、あの、この事でハリーやロンを恨んだりは――」
「大丈夫よ。想定の範囲内だわ」
 サラはゆっくりと上体を起こし、振り返る。茶色い瞳は今にも泣きそうで、怯えたようにサラを見つめていた。せっかく会話ぐらいはするようになって来たのに、また仲が拗れてしまうのではないかと心配しているのだろう。
「……私が何もしていないなんて、本当に言い切れる?」
「……え?」
「私は過去に、魔法でクラスメイトを懲らしめていたわ。私がやったとは気付かせないようにして。入学前だもの、もちろん杖は持っていなかった。杖を使わずにそう言う事が出来るのよ、私は」
「でも――そんな――やっていないでしょう? だってあなた、アンジェリーナやケイティと一緒に、フレッドを押さえていたじゃない――」
「ええ、やっていない。でも、アンブリッジにとっては、それだけで十分でしょうね。彼女はずっと、私をはめる機会を伺っていた。全てを回避する事は出来ない事ぐらい、私も分かっていたわ」
 ――クィディッチの禁止。去年までのサラなら、それは多大なダメージとなったかも知れない。今でも、クィディッチ自体は大きな楽しみの一つだ。どんなに練習が厳しくても、箒で空を飛び回るのは気持ちが良かった。仲間達とクァッフルをやり取りし、ゴールが決まった時は気分が高揚した。
 楽しみを取り上げられたと言うのに、自分でも驚くほど、サラは落ち着いていた。クィディッチの練習は、ハリーやロンと顔を合わせる事になる。間で取り持ってくれるハーマイオニーはいない。その状況が無くなった事による安堵が、少なからずあるのかも知れない。
「アンジェリーナとケイティとロンには、迷惑掛けちゃうわね……でも私の穴なら、アリシアがいるから大丈夫そうかしら? 一年生の時に私がシーカーの代理を務めて、アリシアがチェイサーになった事があったけど、とっても上手かったもの。選手の選抜がちゃんと行われていれば、彼女が選手になっていたかも知れないぐらい――」
「サラ――大丈夫?」
「大丈夫よ。それに、ニンバスが没収されたって、いざと言う時はホグズミードに行けば、おばあちゃんのコメットとニンバス1000があるわ。それで? 良い方の報せは? まさか、ハリー達が帰って来たなんて当たり前の話の事じゃないわよね?」
「ええ。帰って来たは、帰って来ただけどハリー達の事じゃないわ――ハグリッドが、帰って来たのよ」
 ハーマイオニーの表情が、少し明るくなった。
 コートを羽織り、屋敷僕妖精向けの帽子の山から毛糸の帽子を一つ取り、てきぱきと身支度を始める。
「今から、ハリーとロンと一緒に会いに行くの。サラもどう? サラだって気になっていたでしょう、ハグリッドの事」
「私は、パス。こんな時間に出歩いて、もし見つかったら言い訳できないもの」
「もちろん、透明マントに隠れて行くわ。サラも持っていたでしょう?」
「……やめておくわ。別に、今行く必要はないもの。急いだ方がいいんじゃない? ハリーとロンが待っているでしょう」
「それじゃあ、帰って来たら伝えるわね」
 ハーマイオニーは少し寂しそうに言うと、スカーフを巻き、手袋をはめながら寝室を出て行った。
 ハーマイオニーが出て行ったのを確認すると、サラはベッドを抜け出し、祖母の透明マントを引っ張り出した。





No.47





 ハグリッドは、巨人に会いに行っていたと話した。ヴォルデモートに対抗するよう説得をするため、マダム・マクシームと共に山へ行っていたのだと。しかし巨人の群れには、既にヴォルデモートの手が回っていた。ハグリッド達は歓迎されず、共に闘うと約束を取り付ける事は出来なかった。
 ハグリッドは、傷だらけだった。顔は変色した傷に覆われていて、ただでさえ髭に覆われている顔は黒や紫に覆われ、肌色は殆ど見えない。血の止まっていない傷も多く、足も引きずっていた。ハリー達がその事について言及した時、小屋の扉がドンドンと叩かれた。
 カーテンの向こうに見えるのは、ずんぐりとした人影。
 ハリー達は慌ててマグカップを片付け、透明マントに隠れる。入って来たアンブリッジは案の定、小屋の中から聞こえた話し声について尋ねた。
「俺がファングと話してた」
「それで、ファングが受け答えしていたの?」
 素早いアンブリッジの切り替えしに、ハグリッドはしどろもどろになる。
「そりゃあ……、その、俺も時々、ファングの奴がほとんど人並みだと思うぐれえで……」
「城の玄関からあなたの小屋まで、雪の上に足跡が四人分ありました」
「さーて、俺は今帰ったばっかしで、それより前に誰か来たかも知れんが、会えなかったな」
 ハグリッドはあくまでも素知らぬふりを貫き通した。足跡の主については、さっぱり分からない。怪我は友達の箒に躓いて転んだ。休暇は、健康上の理由。
 アンブリッジは明らかに真相を知っている様子だったが、今はそれ以上問い詰めはしなかった。
「魔法省はね、ハグリッド。教師として不適切な者を取り除く覚悟です。では、おやすみ」
 アンブリッジが出て行き、ハグリッドは窓の外を確認する。
「城に帰って行きおる。なんと……査察だと? あいつが?」
「そうなんだ。もうトレローニーが定職になった……」
 ハリーが透明マントを剥ぎ取り、答える。ハーマイオニーが立ち上がり、部屋中を見回した。
「サラ! サラ、いるんでしょう?」
「ハーマイオニー?」
 ロンが当惑したように問い掛ける。
「アンブリッジが言っていたでしょう。足跡は、四人分あったって。私達三人と、もう一人……」
「ああ、そりゃあエリだ」
 ハグリッドが口を挟んだ。
「お前さんらが来るちぃーっと前にな。ちょうど森に忍び込もうとして、ここまで来ていた所だったらしい」
「でも、帰って行く足跡は無いってアンブリッジは言っていたわ。私達が来た時も、他に足跡は無かったし、エリにも会ってない……」
「それは――ほれ、その――エリと話している時にちょうど、お前さん達が来てな。それで、裏口から――」
「それじゃ、エリは森に入って行ったの? 正気かよ」
「じゃあ、ハグリッドはエリを連れ戻さなきゃいけないんじゃないの?」
 ハーマイオニーは、ハグリッドの下手な嘘を見抜いているようだった。しかし何も口出しせず、じっとハグリッドを見据えていた。
「ん――ああ――いや――大丈夫だ。森の淵伝いに帰って行ったんだ。エリやお前の兄さんらがよく使ってる手だ。そっちの方が、隠れやすいらしい。誰が来たのか、分からなかったんでな。エリは、透明マントを持ってねぇし――
 それで、そうだ。サラの事だが」
 そう言って、ハグリッドはちらりと暖炉の横に目をやった。
「お前さん達、去年の終わり頃から、一緒にいる所を見かけねぇが――喧嘩でもしたか?」
「いや、別に。そう言う訳じゃあ……」
 ハリーは歯切れの悪い返答をした。ロンは何も言わず、ただ居心地悪そうに視線を外した。
「まさか、サラの血筋の事で避けとるんじゃないだろうな?」
「まさか!」
 咄嗟に否定したのは、驚いた事に、ロンだった。
「いや、でも――いや、違うんだ。そうじゃない。僕らは、スリザリンや例のあの人と血が繋がってるってだけで、サラを避けてる訳じゃないんだ。だって、そんなの、エリやアリスだって一緒だろ?」
「ナミも」
 ハリーが口添えする。ロンはうなずいた。
「うん、そう、ナミも。だから、違うんだ。ただ……サラが、何を考えてるのか分からなくて」
「考える? サラが何を企んでるっちゅうつもりだ?」
「ハグリッドは見た事がないから。サラは、おかしいんだ。僕達とは違う。――それに、あいつ自身、あれから嫌な態度ばかり取ってくる。僕らなんかと話す気はないって、そう言ったんだ。それに、スリザリンの純血主義を支持するのは当然だって言った」
 サラは目を瞬く。
 ――全く心当たりがない。そんな事、一言も言っていない。
 いったい何が、そんな風に認識されてしまったのだろう。ロンが嘘を吐いているようには見えなかった。全く身に覚えのない言動が、ロンには事実として存在してしまっている。ひしひしと絶望感が込み上げる。もう、彼には何を言っても言葉が届かないのではないかと思えた。
「本当にサラがそんな事を言ったのか?」
 ハグリッドはまた暖炉の横をちらりと見て、それからハリー、ハーマイオニーに問うた。
「僕は……あまり、サラとは話していないから……」
「少し違うわ」
 ハーマイオニーが、きっぱりと答えた。
「ロンが、サラに聞いたの。例のあの人みたいに、ご先祖様を支持するのかって。それで、サラは『答える必要のない事だ』って……サラはたぶん、支持しない、聞くまでもなく当然の事だって言いたかったんじゃないかと思う……たぶん……」
「だったら、そう言えばいいじゃないか。スリザリンを支持する気がないなら、あの態度は何だ? どうして僕達に血筋を隠そうとしたんだ? やましい事があるからじゃないのか?」
 ハグリッドは最早ちらりとではなく、ジッと暖炉の横を見据えていた。ハーマイオニーもその視線に気付き、暖炉の周辺を探るように見る。ハリーはずっと下を向いていて、ハグリッドとハーマイオニーの様子には気付いていなかった。
「――私は、サラとこれからも友達でいたい」
 はっきりと何処が正解なのかは分からぬまま、ハーマイオニーは暖炉の辺りを見ながら言った。
「サラはきっと、何か勘違いをしているわ。私、サラに聞かれたの。『怖くないのか』って。私達は、サラを怖がっている訳じゃないわ。どうして友達を怖がると言うの?
 ただ、分からないの。どうしてサラが、冷たい態度を取るようになったのか。どうしてサラが、私達を避けるのか。どうしてサラが、私達に血筋を隠そうとしたのか。――サラは、私達が血筋なんかで離れるとでも思ったの?」
 ファングとハグリッドの視線が突き刺さる。ハーマイオニーの視線の先は少しずれていた。
 それでもサラは、沈黙を貫き通した。
「……俺は、サラの気持ちも分からんでもない」
 ハリー、ロン、ハーマイオニーの視線が、ハグリッドへと集中する。
「今となっては、俺が半巨人だからってお前さんらは離れて行ったりしないって分かるけどな。あの記事の前も、お前さん達を薄情者だと思っていた訳じゃねえ。でも、それでも怖かったんだ。どんなに親しくても、事実を知れば離れて行っちまうんじゃないかってな。それは、薄情者だからじゃねえ。それが『普通』、『当たりめぇの事』だからだ」
「そんな事――」
「そう言う経験を、何度もして来たんだ」
 ハグリッドの目が暖炉の横から外れ、ロンへと向けられた。
「もし、サラが隠そうとした理由が俺と同じだったら、同じじゃなくても別に悪意があった訳じゃなければ、また今まで通りに友達でいられるか?」
「それは……まあ……。本当に、そうならね。でも、その後の態度は? それに、時々おかしいのは本当なんだ。この前だって、死んだ人の遺志を大事にしようって人に、そんなもの意味ない、復讐こそが正しい道だって感じの言い方して……そんな事、同じ寮の仲間だとか恋人だとかを亡くした人に言う事じゃないだろ?」
「そこは人それぞれだろうからなあ……相手が守りたいと思うモンを否定するのはどうかと思うが……サラだって、まだ子供だ。どんな状況でそんな話になったか分からんから俺には何とも言えんが、冷静さを欠いて周りが見えなくなる事だってあるだろうし、自分の祖母を亡くした事と重なれば感情的にもなるだろう」
 ロンはまだ腑に落ちないと言った顔をしていた。ハグリッドの視線が、ハリーへと移る。
「ハリーはどうなんだ?」
「――えっ?」
 急に名前を呼ばれて、ハリーは声を上げた。
「ハリーは、サラに悪意がなければ仲直り出来るか?」
「え――あ――まあ、うん」
 短くうなずき、それ以上反論も何もしなかった。
「お前さんも、何かシコリがあるような顔しちょるが」
「いや……何もないよ。大丈夫」
 ハリーは、努めて明るい声を出そうとしているようだったが、それが尚更不自然さを際立たせていた。
 ハリーは頑として、胸中に抱える蟠りを口にする気はないようだった。ハグリッドもそれを悟ったのか、それ以上何も聞き質しはしなかった。
「さて、と。とにかくお前さん達は、一度、ちゃーんと話し合うべきだ。互いに何か誤解しちょる。俺の授業の時には、また四人で仲良い姿を見せちょくれよ」
「――そうだわ、授業!」
 ハーマイオニーが、ハッと我に返ったように叫んだ。
「ハグリッド、授業でどんなものを教えるつもり?」
「おう、心配するな。授業の計画はどっさりあるぞ。ふくろう年用に取っておいた動物がいくつかいる。まあ、見てろ。特別中の特別だ」
「えーと……どんな風に特別なの?」
「教えねえ。びっくりさせてやりてえからな」
「ねえ、ハグリッド。アンブリッジ先生は、あなたがあんまり危険なものを授業に連れて来たら、絶対に気に入らないと思うわ」
「危険?」
 ハグリッドは、きょとんとしていた。
「バカ言え。お前達に危険なもんなんぞ連れて来ねえぞ! そりゃ、なんだ、連中は自己防衛ぐれえはするが――」
 ハーマイオニーは必死になって、無難な動物にするよう懇願していたが、ハグリッドは一切聞き入れる気はなかった。
「ええか、俺の事は心配すんな。俺が帰って来たからには、お前さん達の授業用に計画しとった、ほんにすんばらしい奴を持ってきてやる。任しとけ――さあ、もう城に帰った方がええ。足跡を残さねえように、消すのを忘れるなよ」

 三人は再びハリーの透明マントに包まって、ハグリッドの小屋を出て行った。
 ハグリッドは窓際に立って見えない三人が遠ざかる――と思われる――のを見送り、それから暖炉の横を振り返った。
「さーて……サラ。ええ加減、姿を見せてくれてもいいんじゃないか?」
「よく分かったわね。――やっぱり、ファングの様子で?」
 サラはひらりと透明マントを脱ぎ去る。暖炉の横に、紫色のカチューシャを付けた小柄な姿が現れた。
 ハグリッドは頷いた。
「ああ。ファングの奴、じぃーっとお前さんの方ばかり見とったからな」
「ファングがこっちに寄って来ないように殺気を振りまいていたのだけど、逆に警戒させて目印になっちゃったわね。――おいで。ごめんなさい、脅しちゃって」
 サラはしゃがみ込み、ファングへと手を伸ばす。殺気の無くなったサラにファングは恐る恐る近付き、フンフンと匂いを嗅ぐ。サラに悪意が無いと分かると、ペロペロとサラの手を舐めた。
「三人の話、聞いていただろう」
 サラは黙りこくる。
 ハグリッドは、サラが隠れている事に気付いていた。気付いて、わざと三人にサラについてどう思っているのか話させたのだ。足跡はエリの物だと苦しい嘘まで吐いて。
「誤解されてるだけだと分かっただろう。どうして、否定せん。あいつらに冷たい態度を取ってるっちゅうのは、本当か?」
「……」
 ハグリッドは、チャンスをくれた。誤解を解くチャンスを。ロンがサラについて話した時、ハグリッドはサラが「違う」と声を上げるのを待っていたのだろう。透明マントを剥ぎ取り、三人の前に姿を表すのを。三人と、正面から向き合うのを。
 しかし、サラは隠れたままだった。彼らと言葉を交わそうとはしなかった。――出来なかった。
「黙っていたら、なんにも伝わらんぞ。魔法はそこまで手伝ってはくれねぇ」
「……怖いのよ」
 ぽつりと呟いた声は、わずかに震えた。
「ハグリッドの言った通りよ。怖かったの。私が本当にスリザリンの子孫だったなんて知ったら、これまでの関係が壊れてしまうんじゃないかって。――私は、きっと、異質な存在なんだわ。皆とは違うのよ。血筋は、それを裏付けるものだった。私は、ここにいちゃいけないのかも知れない」
『薄々気づいていたのではないか? お前の居場所はそこではない。こちら側へ来るべきなのだと』
 墓場で、ヴォルデモートに言われた言葉。それは、サラの心を、サラ自身でさえ目を背けていた奥底を、見透かしたかのようだった。
 彼らがサラの言動に困惑あるいは恐怖していると感じられる事が、度々あった。サラも、彼らがどうしてそんな反応をするのか理解出来なかった。
 誰も、サラを分かってくれない。誰も、サラを理解出来ない。
 サラの悲しみと憎しみを理解出来るのはただ一人――ヴォルデモート卿。
「サラの居場所は、ここだ」
 サラはハッと顔を上げる。
 毒々しい緑色の生肉の向こうから、黄金虫のような小さな瞳がサラを見つめていた。
「そこにいちゃいけねぇ奴なんかいねえ。他の人と違う? 当たりめぇだ。誰一人として、同じ人間なんかいるもんか。人間だけじゃねぇ。動物だって、一匹一匹違う。違うからこそ、面白いんだ」
 ハグリッドは微笑む。
「中には、生まれや育ちや考え方が自分と違うモンを、受け入れられない頭の固い奴もいるかもしれねぇ。だが、ハリー達は違う。お前もだ、サラ。お前達は、半巨人である俺を受け入れてくれた。そんなもん関係なく、友達だと言ってくれた。そんなあいつらが、何百年も遡った親戚にちぃっとばかし過激な純血主義がいるってだけで、サラを見放したりなんかするもんか。最初から決まった居場所なんちゅうもんはない。皆、茂みの中をがむしゃらに進んで、そうやって道ってもんは出来ていくもんだ」
 ぽろりと、雫が床に落ちた。ファングが、クゥンと鼻を鳴らす。
「怖いの……」
 止め処なく、溢れ出す。ずっと一人で抱え込んでいたものが、堰を切ったように。
「ハーマイオニーも、ハリーも、ロンも、私の友達なの。初めて出来た友達で、代わりなんていない、本当に大切な親友なの。話をして、顔を合わせて、彼らに怖がられたり、警戒されたり……そんな風にされたらと思うと、耐えられなくて……っ。冷たい態度って言われても、そうやって突き放す事でしか、自分を守れなくて……怖いの……どうしていいのか分からないの……!」
 日記の祖母にさえ吐かなかった弱音が、後から後から溢れて来る。
 膝をつき、うなだれるサラの頭に、大きな手が不器用に乗せられた。潰してしまわぬように、力加減を気にするようにそっと。
「泣けばええ。泣いて、全部吐き出しちまえ」
 絨毯のように分厚い布の服にしがみつき、サラはまるで赤子のように大声を上げて泣き続けた。

 一頻り泣いて、ようやく落ち着いたサラを、ハグリッドは椅子に座らせた。それから、湯気の立ったマグカップを、サラの目の前置く。
「こういう時はココアとかの方がええらしいが、生憎、この小屋には紅茶ぐらいしかねぇ」
「ううん、大丈夫……ありがとう」
 サラはハンカチで涙を拭い、気まずさを誤魔化すように笑った。
「恥ずかしい所を見せちゃったわね」
「気にするな、お互いさまだ。一人でモヤモヤ考えてたら、悪い方に悪い方に行っちまうもんだ。口に出して言葉にすれば、自分でもびっくりするほど落ち着くだろう?」
「……ええ」
 子供のように泣いて喚いて。自分の血筋を知ってから、誰との関わりも避けていた。家族でさえも。こもっていた部屋を出て顔を合わせるようになっても、会話は最小限に止め、やはり必要以上に関わらぬようにしていた。
 親にも、祖母にも、サラの血筋を知りながらも受け入れてくれた騎士団の者にも、言えなかった弱音。それをハグリッドにだけは話せたのは、彼もまたサラと似た境遇であるからかも知れない。
「ねえ、ハグリッド……私はこれから、どうすればいいと思う?」
 熱過ぎる紅茶を、マグカップを揺らして冷ましながらサラは問う。
「そんなもん、簡単な事だ」
 ハグリッドはドラゴンの生肉をまた別の傷に当てながら、あっけらかんと答えた。
「ハリー達にも言ったが、ちゃんと真っ正面から向き合って話し合えばええ。自分の気持ちに素直になればええ。ただ、それだけだ」
「でも……」
「大丈夫だ。サラになら、出来る。それだけの勇気が備わっとる。お前さんは正真正銘、ちゃーんとグリフィンドールだ。帽子は何にも間違っちゃいねえ」
 熱いものが込み上げてくる。また泣いてしまいそうだった。
 相殺するかのように、マグカップに口をつける。そして、一気に飲み干した。
「ありがとう、ハグリッド。あなたがいてくれて本当に良かった」
 今度は熱さで涙目になりながらも、サラは微笑った。作り笑いでも誤魔化しでもない、心からの笑顔だった。


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2016/08/31