世界が停止したかのようだった。
オーナメントを飾るのを手伝ってもらおうとクリーチャーを探しに厨房へと向かい、その途中で見たのは思いもよらない光景。キスをし、見た事のないような表情で笑う妹の姿。その相手は、あろう事か――
振り下ろされた杖から光が迸り、サラはテーブルに隠れるようにしゃがみ込んだ。身を屈めたまま、奥にいる彼らの方へと走る。サラを狙う呪文が、机や椅子、壁へと当たり跳ね返る。
「えっ。ちょっ……セブルス!? 何やってんだよ!」
「記憶を消さねばならん!」
テーブルの陰を飛び出し、揉み合うエリとスネイプへと迫る。気付いたスネイプが、エリを突き放し杖をサラに向ける。
サラはエリの腕を引き、自分の前に立たせた。スネイプが怯み、動きを止める。
「ちょっ……サラ!?」
サラは無言でエリの腕を引き、食堂の出口へと駆け戻る。スネイプはもう、攻撃して来なかった。
No.52
食堂から十分に離れ、祖母の肖像画が叫び出す心配もない所まで階段を上がって、ようやくサラはエリを放した。
くるりとエリに向き直り、サラはまじまじとエリの顔を見つめた。
「エリ……あなた、泣いたの?」
サラの胸中に、一つの可能性が過る。
「まさか……スネイプは、無理矢理……」
「ちっ、違うよ! ちが、これは、その……えっと、ゴミ! ゴミが目に入って! セブルスに取ってもらってたんだ! それだけ! だから、サラの見間違いだって!」
エリは大きく両手を振り、慌てふためいて弁解する。サラはじとっとした視線でエリを見上げていた。
「私がどう見間違えたって?」
「あっ……」
「下手な嘘を吐くのはやめなさい。ただゴミを取っていた様子を、スネイプ先生は私の記憶から消そうと躍起になったのかしら?」
「うぅ……」
「それにあなた、いつからスネイプを『セブルス』なんて呼ぶようになったの?」
「え……あっ……」
「私には躊躇いもなくオブリビエイトを放っていたけれど、あなたを盾にしたら彼、怯んだわね」
「え……えへへ……」
照れ笑いをするエリの眼前で、サラは両手をパンと叩いた。エリはびっくりしてのけ反る。
サラはキッとエリを睨む。
からかう気など起きなかった。これは、冗談で済むような問題ではない。
「あなた、スネイプの事が好きなの? スネイプも、あなたを?」
「えーっと……」
エリは言葉を濁し、視線を逸らす。何か上手い言い訳がないかと探しているのは明白だった。
「嘘でしょ……」
愕然とつぶやくサラの言葉に、エリはムッとした顔になる。
「サラだって、マルフォイと付き合ってたじゃんか」
「ええ。でも、別れたわ。いったい、スネイプのどこがいいの? あんな陰険教師――それに、彼はナミやシリウスと同級生なのでしょう? 二十も年上なのよ?」
「いいとこなら、たくさんあるよ! そりゃ、教師としてはちょっと、贔屓が過ぎるところもあるけどさ……でも、いざって時は助けてくれるし、優しいし……それに、教師としてだって凄く真面目なんだ。課題だってあれだけの量出してるけど、その分、ちゃんと一人一人見てるし、教え方も丁寧だし、普段の授業や騎士団の任務で忙しいのに、あたしがふくろうでOを採れるようにって補習までしてくれて――」
「補習? あなたがスネイプと? まさか、二人で?」
サラはオウム返しに尋ねる。エリは「しまった」という顔をしていた。
「何を考えているの? スネイプは嫌な奴だとは思っていたけれど、まさか生徒相手に――気持ち悪い――」
「なっ……! 補習は、あくまでも補習だって! 何も変な事はなかったよ! キスだって、さっきのが初めてで……!」
「やっぱりキスしてたんじゃない!」
「誤魔化したってもう、お前、確信してんだろ!」
エリは真っ赤になって叫ぶ。完全に開き直っていた。
「サラがマルフォイと付き合ってたのだって、あたしからすれば信じられなかったよ。でも、あたしには分からない何かいい所があいつにもあったんだろ? 好きになるような事があったんだろ? 同じだよ。お前には嫌な教師かもしれないけど、あたしにとっては大切な人なんだ……!」
エリが何を言おうと、サラの疑念と嫌悪感は拭い切れなかった。
「エリ。あなた、騙されてるんじゃないの?」
「あたしは騙されてなんかいない! それじゃ、サラはマルフォイに騙されて付き合ってたって言うのかよ?」
「ドラコは同い年の子供よ。スネイプは大人だわ。あなたより、ずっと悪知恵だって働くでしょうね」
「あいつはそんな奴じゃないって!」
「なあに? サラにバレちゃったの?」
言い争う二人の間に割って入ったのは、アリスだった。リースの束を腕に抱え階段を上って来たアリスは、平然とした顔でサラとエリとを見る。
「運んだはずの飾りが散らかっていてサラの姿がないから、どこに行ったのかと思えば……。もう直ぐお昼ですって。シリウスも、探してたわよ」
サラは、アリスをまじまじと見る。
「まさか……アリス、知っていたの? エリとスネイプが付き合っているって?」
「ええ、まあ。放っておきなさい。サラがとやかく言うような事じゃないわ。これは、二人の問題よ」
「アリス……!」
エリが感動したように両手を組み、アリスを拝む。
「相手は、あのスネイプなのよ!?」
「何か問題?」
アリスはきょとんと首を傾げる。
「問題しかないわ! あのスネイプが、エリを好きに? 絶対何か裏があるわよ。それに、年も離れていて――」
「スネイプ先生は、エリが秘密の部屋にさらわれた時、何処に部屋があるのか必死になって調べていたわ」
「どうしてそんな事が分かるって言うの? あなたは石にされていたじゃない」
「全部解決した後に先生の所を尋ねたら、秘密の部屋に関連する本がたくさんあったから。こんな事、絶対にあなた達には知られたくないでしょうし、その時も一番上には他の本を乗せてカモフラージュしていたけれど」
アリスは淡々と述べた。
「それに私、魔法薬学の研究でよく先生の所を尋ねるけど、エリもよく来ているわ。スネイプ先生はエリの事、心から大切に思っているわよ。間違いを起こす事だってないと思うわ」
「でも、キスをしていたのよ!」
「ちょおおおおおおおお!?」
ビッと人差し指をエリに突き付け、サラはアリスに叫ぶ。あまりにさらりとバラすサラの言動に、エリは言葉にならない悲鳴を上げた。そしてその場に膝をつき、頭を下げる。
「頼むよ、サラ様、シャノン様! この事、他の誰にも話さないでくれ! じゃないとセブルスだってまずい事になっちゃうからさ……!」
深々と下げられたエリの頭を、サラは見下ろす。
そして、ふと思いついた。アリスの言葉が真実で、スネイプが本心からエリに好意を寄せているのだとしたら、この状況は彼の弱点を握ったとも言えるのではないか。
「そうねぇ……黙っていてあげてもいいわ」
「本当!?」
エリは顔を上げる。サラは口元を三日月形に歪めて笑った。
「でもまあ、スネイプの今後の態度次第かしらね。じゃないと、『ついうっかり朝食の時に大広間で漏らしちゃう』かも」
さすがのエリでも、これが脅しである事は理解できたらしい。表情を歪め、それでもうなずいた。
「まあ……お前やハリーに対しては、ちょっとやり過ぎなところもあるしな……。それとなく、言っておくよ……」
「そうね。二人だけの秘密にしておきましょうって、伝えておいてちょうだい」
にっこりと笑い、サラは階段を下りて行った。
――これで、スネイプとサラは一蓮托生だ。
スネイプには、ルシウス・マルフォイ暗殺計画の秘密を握られてしまっている。幸い、サラが最も話されたくない人達はスネイプにとってもあまり会話したくない人達ばかりだったためか、誰にも話されてはいないらしい。しかし、彼は個人で山ほどの課題をサラに与えたりと、妨害工作をして来た。
しかし、これからはサラもスネイプの弱みを握ったのだ。この脅しが有効なら、彼はもうサラを妨害する事は出来ない。もちろん、サラの秘密を誰かに話す事もない。
サラが企てている計画は、このまま永久に、サラとスネイプ、二人だけの秘密となるのだ。
宣言通り、サラはエリとセブルスの関係を黙っていてくれたようだった。それから戦々恐々と一日を過ごしたが、シリウスも、フレッドやジョージも、何か言ってくる様子はなかった。
サラにセブルスとの関係がばれた翌日、フレット、ジョージと共に玄関前のホールでクリスマスツリーの飾り付けをしていると、玄関の呼び鈴がなった。近くにいたエリが扉を開け、ジョージが肖像画を黙らせに行く。開いた扉の先にいる人物を見て、エリは目を瞬いた。
「――スネイプ先生。どうしたの?」
さすがに、フレッドとジョージがいるこの場で、同じ失敗は繰り返さない。ツリーの陰からは、フレッドが興味津々にこちらの様子を伺っていた。
「会議? 報告? 今日は、騎士団は誰も来てないけど……」
「いや……」
セブルスは歯切れ悪く言葉を濁す。
ひょこっと食堂の方からナミが顔をのぞかせた。
「フレッド、ジョージ。明日の料理作るの手伝ってくれる?」
「えー……」
フレッドとジョージは、気乗りしない声を上げる。
「デザート、ちょっと味見させてあげるから」
「よし、来た!」
「何すればいい?」
二人は大乗り気で、ナミに続き厨房の方へと消えて行った。
「これを」
二人の姿が見えなくなるなり、セブルスは一冊の分厚い本を差し出した。エリは苦い顔になる。
「えー……あたし、本なんて……」
「違う。開いて中を見ろ」
言われたとおりに表紙を開くと、中のページは丸ごとくり抜かれていた。そこに収まっているのは。
「あ、弁当箱」
「本はカモフラージュだ。誰かに聞かれたら、補習の課題だとでも言っておけ。……それで、その、これなら今後も渡しやすいのではないかと思うのだが」
エリは目をパチクリさせ、セブルスを見上げる。セブルスは、スイと目をそらした。
「アー……また、作ってもらえると、ありがたいのだが」
彼の、精いっぱいの誉め言葉だった。思わず頬が緩んでくる。
サラに二人の関係が知られてしまったのは、元はと言えば、エリのせいだ。エリが勝手な勘違いを起こして、セブルスを引き留めたから。エリがキスしてもらおうとなんてしたから。それらについては深く反省しているが、それでも、彼がまた来てくれた事に「嬉しい」と言う気持ちは抑えられなかった。
まるで、自分が自分でなくなったみたいだ。彼の事になると、やりきれないほどに苦しくなったり、どうしようもなく嬉しくなったり。激しく昇降を繰り返す感情をコントロールする事はできず、自分でも呆れるほどに彼に惚れ込んでしまっているのが分かる。
エリは、大きくうなずいた。
「あっ。じゃあ、今日も何か。そうだ、おにぎりなら直ぐ――」
「待て」
厨房へと向かいかけたエリの腕を、セブルスが掴む。
「そっちは今、ウィーズリーの双子がいるだろう」
「あっ。そうだった」
「今日はいい。それより――あの後、どうなった?」
セブルスは急き込んで問うた。
「すまない。どうしても急がねばならず、君達を追う事も、待つ事も出来なかった――それに、もしあの場でブラックにまで遭遇していたら、事態はよけいややこしい事になっただろう――」
「うん、大丈夫。サラ、黙っててくれるってさ」
「……本当に?」
セブルスは疑わし気な表情だった。エリは言葉を濁す。
「うーん……まあ、その……セブルスが態度を改めるなら、って話だったけど……。でも、それで本当に黙っててくれるなら、安いもんだろ? セブルスも、これを機にサラやハリーへのあんまり酷い仕打ちはやめにしようよ。サラも、『二人だけの秘密にしよう』って伝えておいてくれってさ。……あれ? なんで二人? あたしもいるんだから、三人だよな。アリスも入れるなら、四人……セブルス?」
セブルスは、難しい表情をしてこめかみを押さえていた。まるで、頭痛でもするかのように。
「……大丈夫だ。想定の範囲内だ。彼女が脅しに出る事くらい――」
「脅しって……でも、サラやハリーへの態度は、本当ならこんな事がなくても……」
「その話ではない。……まあ、いい。君自身に対して彼女が何か仕掛けたりする事はなかったか?」
「それは全然。そりゃ、拒否感バリバリだったけど……でもむしろ、騙されてるんじゃないかって心配されたぐらいだよ。あたし達二人がやり合ってるところにアリスが来て、サラをなだめてくれたんだ」
「アリスが?」
「アリスも、セブルスによろしくだって……ちょっ、セブルス、大丈夫!?」
セブルスは、倒れこむように玄関扉へ寄りかかっていた。ふらふらと姿勢を立て直す彼を、エリは慌てて支える。
「平気だ……ありがとう、エリ。そうか……アリスが……」
「誰が来たのかと思えば、君か。スネイプ」
冷ややかな一声を浴びせながら階段を降りて来たのは、シリウスだった。
「いったい何の用だ? 今日は、会議もないはずだが」
「君の娘が我輩の教室に忘れ物をした。それを届けに来たまでだ」
エリは腕に抱えた分厚い本を持ち上げて見せる。シリウスは胡散臭そうに一瞥したが、すぐにセブルスへと視線を戻した。
「用が済んだなら、早々に私の家を立ち去ってもらおう。君の底意地の悪そうな顔を見ると、せっかくの気分が台無しになるのでね。クリスマスにまで会ったりはしたくないものだ」
「我輩こそ、クリスマスに貴様の顔を見たいと思うほど悪辣な趣味はしていない。それに我輩は、『君と違って』クリスマスに遊ぶほど暇ではないのでね。わざわざ来る理由も予定もないので、安心したまえ」
セブルスは同じく辛辣な言葉を返すと、ふいと背を向け外へと出て行った。
シリウスは彼を閉め出すように、即座に鍵を閉め、チェーンを掛けた。夏の終わり頃のような、酷い不機嫌面だった。
「忘れ物を届けに来ただと? 馬鹿な。あいつが、それだけのために来たと言うのか? わざわざ嫌味を言うために来たのか? それとも――とうの昔に諦めたものと思っていたが――」
シリウスはちらりと厨房の方に目を走らせ、それから、エリが抱えている本に目をやった。
「ずいぶんと大きな本を読むんだな。何の本だ?」
エリは答えず、シリウスの肩に無言の頭突きを食らわした。
「――親父のバカ!」
短く叫び、部屋へと階段を駆け上がって行く。
シリウスは訳が分からず、目を白黒させていた。
クリスマスの朝をグリフィンドールの談話室以外で迎えたのは、いったい何年ぶりだろうか。色の濃いカーテンを開き、太陽の光が一気に部屋の中を満たす。サラは眩しそうに眼を細め、それから部屋の中を振り返った。
ベッドの横には、クリスマスのプレゼントが積み重なっている。サラはいそいそとベッドに腰かけると、プレゼントの開封に取り掛かった。
幾つものプレゼントの中でもひと際大きな箱は、ロンからだった。かぼちゃパイならぬ、ポテトパイの詰め合わせだ。試しに一つ開けて食べてみる。内袋のパッケージには、「甘さ控えめ」や「ヘルシー」の文字があった。サラは甘いものが嫌いな訳でもダイエット中という訳でもないが、それでもイギリスのお菓子は、あるいは魔法界のお菓子はサラはやや甘過ぎた。しかしこのパイは日本のお菓子の甘さに近く、サラの口にも合った。これなら定番品として毎日食べる事だって出来そうだ。
ハリーからは、占い学の本だった。『天文、水晶玉、瞑想――未来を「視る」事についての数理的考察』。魔法省に勤める予見者たちの能力についての論文のようだ。目次を開いて、彼がこれをサラに贈った理由が分かった。実際の予見者の一人として、祖母の寄稿があったのだ。後でじっくり読もうと、サラは本に付いたしおり用の紐を祖母のページに挟み込んだ。
ハーマイオニーからのプレゼントもハリーからの本と大きさや形はよく似ていたが、中に入っていたのは読み物ではなかった。ハーマイオニーお手製の宿題計画帳で、ページを開くとハーマイオニーの励ましの声がした。
何ともハーマイオニーらしいプレゼントだ。サラは苦笑し、紺色のリボンが掛けられた小さめの箱を開けた。
それは、シリウスからのプレゼントだった。シルバーのメタルバンドの腕時計で、時計盤には時刻を指す針の他、箒用に速度や距離も表示されるようになっていた。
ハリーやハーマイオニーからとは別にもう一冊、本のプレゼントがあるのは、ルーピンからだった。闇の魔術に対する防衛術についての、様々な実践事例が書かれた本だ。それぞれのシチュエーションで使用された呪文の使い方の他、魔法生物への対処や人を騙そうとする者の手口と対策など、まるで丸々一冊が授業のような本だった。
ハグリッドからは、手綱と鞍だった。いったい何に使うのかと思えば、セストラル用らしい。バックビークの時のように、乗りたがるものだとでも思ったのかもしれない。もっとも、ホグワーツには馬車があるのだから、必要になる事はないだろうが。
トンクスからは、ネビルの思い出し玉から透明度を除いたような白く丸い珠だった。握って思い浮かべた物に、勝手に変化するらしい。珠と同程度の大きさでお金以外なら、何にでも変化出来るようだ。試しに本を思い浮かべてみたところ、ページの少ない文庫本サイズの本へと変化した。
ウィーズリー夫婦からのプレゼントは、恒例の手編みのセーターとミンスパイだ。
ロンからのプレゼントの箱と同じくらい大きな袋は、ナミと圭太からだった。中に入っていたのは、真冬用のコートと手編みの帽子。ナミも圭太もフルタイム勤務の会社員だ。圭太はもちろん、ナミが編み物をしているところも、サラは見た事がなかった。きっと、ウィーズリー夫人に作り方を聞いて練習したのだろう。
服を着替え、ウィーズリー夫人からのセーターを着ていると、コンコンと部屋の戸を叩く音がした。
「サラ。起きてる? 入ってもいい?」
「ええ、どうぞ」
扉が開き、ハーマイオニーが部屋へと入って来た。
「メリー・クリスマス、サラ!」
「メリー・クリスマス」
部屋に入ったハーマイオニーは、ベッドの上に広げられたコート、そしてその上に置かれた手編みの帽子に目を留めた。
「これって、ロンのお母さまから? ――いいえ、違うわね。セーターを着ているもの……」
「ナミからよ」
「彼女、編み物が得意なの?」
「さあ。少なくとも、私は編み物をしているところなんて見た事がないけど……」
「でも、これ、手編みよ。手作りかしら。この模様、難しいのよね……」
「本人に聞いてみたら? 教えてくれるんじゃない?」
言いながら、髪を梳かし、ベッド脇の棚の引き出しからカチューシャを引っ張り出す。カチューシャの先に引っかかって一緒に出て来た物を見て、サラはドキリとした。
小さな丸を包むような三日月型がモチーフに付いた、シンプルなネックレス。――最後にホグワーツ以外で過ごしたクリスマス。一年生の時にドラコから貰った、あのネックレスだった。
サラは絡まったチェーンを急いで外し、棚の上にプレゼントの包み紙で覆い隠すようにして置く。幸い、ハーマイオニーは興味津々な様子で帽子の縫い目や裏地を見ていて、サラの不審な行動には気付いていなかった。
「ハーマイオニー、その包みは?」
ハーマイオニーは、プレゼントらしき包みを抱えていた。
「クリーチャーにプレゼントしたいと思って。サラなら彼がどこにいるのか知らないかしら」
「さあ……最近、見かけないのよね。昨日も探してたんだけど、結局見つからないままで……寝床なら分かるけど」
そして、サラは眉をひそめて包みに目をやった。
「でも、何を渡すの? まさか、服じゃ……」
「服じゃないわ。パッチワークのキルトなの。――それは何? あなたのおばあさんの名前みたいだけど」
ハーマイオニーが指し示した棚の上を見て、サラはぎょっと息をのんだ。
暗い赤色の表紙に、題字はなく、あるのは祖母の名前のみ――日記だ。ネックレスを隠すために棚の上の包み紙を動かして、代わりに日記が出て来てしまったらしい。
「何でもないわ」
サラは急いで言って、カチューシャを装着し立ち上がった。
「ほら、行きましょう」
包み紙をまとめてゴミ箱に捨て、ハーマイオニーの背中を押すようにして部屋を出る。
――包み紙と共にドラコから貰ったネックレスがゴミ箱に落ちてしまった事には、気付かずに。
Back
Next
「
The Blood
第2部
真実の扉開かれて
」
目次へ
2017/02/25