イギリスではクリスマスは鉄道が終日運休になるらしい。そのため、サラ達はマンダンガスがどこからか「借りて」来た車で聖マンゴ病院へと向かった。ウィーズリー氏はすでに元気だったが、あまりにも元気が良過ぎた。何かを隠しているのはあからさまで、それは彼の妻によってあっさりと見破られた。
「あなた、包帯を換えましたね。アーサー、一日早く換えたのはどうしてなの? 明日までは換える必要がないって聞いていましたよ」
「えっ? いや、その――何でもない――ただ――私は――」
ウィーズリー氏は悪戯が見つかった子供のように、おどおどとベッドカバーで身体を隠す。
「いや――モリー、心配しないでくれ。オガスタス・パイがちょっと思いついてね……ほら、研修癒の、気持ちのいい若者だがね。それが大変興味を持っているのが――えーと……補助医療でね――つまり、旧来のマグル療法なんだが……そのなんだ、縫合と呼ばれているものでね、モリー。これが非常に効果があるんだよ――マグルの傷には――」
悲鳴とも唸り声ともつかない声が、ウィーズリー夫人の喉から漏れた。
ルーピンは、見舞客がおらずこちらの様子を伺っていた奥の狼男の方へとゆっくりと歩いて行く。
「喉が渇いたな……お茶でも飲んで来ようかな」
ビルがつぶやいて席を立ち、フレッドとジョージもニヤニヤと笑いながら兄について部屋を出て行った。
「あなたがおっしゃりたいのは――マグル療法で、馬鹿な事をやっていたという訳?」
次々と皆が避難していく中、夫人は夫へと迫る。
「モリーや、馬鹿な事じゃないよ。何と言うか――パイと私とで試してみたらどうかと思っただけで――ただ、まことに残念ながら――まあ、この種の傷には――私たちが思っていたほどには効かなかった訳で――」
「私、お医者さん達の所にご挨拶して来るわ。おじいちゃんがここで働いていたそうで、お母さんからお土産を預かって来てるから……」
「あ、じゃあ、あたしも……」
圭太の父親はマグルだから、ナミの父親の方の話だろう。サラには初耳の話だった。白い紙袋を携えて、アリスとエリが病室を出て行ったが、残念ながらサラは乗り遅れてしまった。
「つまり?」
ウィーズリー夫人の声が大きくなる。
「それは……その、お前が知っているかどうか、あの――縫合というものだが?」
「あなたの皮膚を元通りに縫い合わせようとしたみたいに聞こえますけど? だけど、いくらあなたでも、アーサー、そこまで馬鹿じゃないでしょう――」
「僕もお茶が飲みたいな」
ハリーが言って、立ち上がった。サラは今度こそ乗り遅れず、ロン、ハーマイオニー、ジニーと共にハリーについて行った。
五人が廊下に出て病室の扉が閉まると同時に、ウィーズリー夫人の怒鳴り声が響き渡った。
No.53
……どうしてこんな事になったのか。
お茶を飲みに出たはずのサラ達五人は、とある病室のベッド脇の肘掛け椅子に座らされていた。目の前には、山ほどもある写真の一枚一枚に夢中でサインをするギルデロイ・ロックハート。サインし終わった写真は次々とジニーの膝の上に重ねられ、ジニーはどうして良いものか困惑顔だった。
ウィーズリー夫人の怒りから非難し、病院内を歩き回っていた五人が出会ったのは、自分の呪文で記憶を失ったロックハートだった。無視する訳にもいかず挨拶をしていたところ、慰者に見舞いに来た友人だと誤解され、彼の病室まで連れて来られて今に至る。ロックハートは何があったか、自分が何をしていたのか今も思い出せないようだが、健康的には問題なくかつてのあり余る自信とサイン趣味を取り戻していた。ロックハートの病室はウィーズリー氏の入院している部屋とは違い、長期患者専用のものだと分かるものがあちこちに見られた。
サラ達を病室へと連れ込んだ癒者は、同室の他の患者に声を掛けながら、クリスマスのプレゼントを運んで回っていた。
「――あら、ミセス・ロングボトム、もうお帰りですか?」
癒者の声に、サラ、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニーの視線が部屋の奥へと向けられた。
室内のベッドはそれぞれにカーテンを引いてプライバシーが保てるようになっていたが、奥のベッドは二つで一つのカーテンが引かれていた。そのカーテンが開き、長い緑のドレスに虫食いだらけの毛皮を纏った老魔女が出て来た。彼女が被っているハゲタカの剥製付きの三角帽子には、見覚えがあった。忘れられるはずもない、強烈な格好。教室中を笑いの渦に巻き込んだ、ルーピン先生の最初の授業。
スネイプにその格好をさせた張本人は、老魔女の後ろに続いてカーテンの向こうから出て来た。
「――ネビル!」
ロンが立ち上がり、声を掛けた。
「ネビル、僕達だよ。ねえ、見た――? ロックハートがいるよ! 君は誰のお見舞いなんだい?」
ロンが明るく話す一方で、ネビルの方は驚き、この場から消えたがっているかのように縮こまっていた。
サラはハッと察した。
――会えない訳じゃない。
授業で見た磔の呪文への、ネビルの反応。聖マンゴ病院の隔離病棟を茶化すドラコに、ネビルが見せた怒り。
「ネビル、お友達かえ?」
ネビルは答えず、誰とも目を合わさないようにしていた。ネビルの祖母は五人の顔を順々に見て、そしてハリーとサラに目を留めた。
「おう、おう、あなた方がどなたかは、もちろん存じていますよ。ネビルがあなた達の事を大変褒めておりましてね」
「あ――どうも」
ハリーは短く言って、彼女の握手に応じた。次に目の前に手を差し出され、サラもぺこりと小さく頭を下げながら彼女の手を握った。
「それに、あなた方お二人は、ウィーズリー家の方ですね」
次にミセス・ロングボトムは、ロンとジニーに握手を求めた。
「ええ、ご両親を存じ上げておりますよ――親しい訳ではありませんが――しかし、ご立派な方々です。ご立派な……そして、あなたがハーマイオニー・グレンジャーですね?」
ミセス・ロングボトムは、ハーマイオニーにも手を差し出した。ハーマイオニーは自分の名前を知られている事にやや驚いた風だったが、臆せず握手に応じた。
「ええ、ネビルがあなたの事は全部話してくれました。何度か窮地を救ってくださったのね? この子はいい子ですよ。でも、この子は口惜しい事に、父親の才能を受け継ぎませんでした」
そう言って、ミセス・ロングボトムは奥のベッドを見やった。
「えぇっ!? 奥にいるのは、ネビル、君の父さんなの?」
ロンが仰天して叫んだ。サラは咎めるような視線を送ったが、残念ながらロンの目はカーテンの向こうが見えないかと部屋の奥へと向けられていて、サラの視線など気付きようもなかった。
「何たる事です? ネビル、お前は、お友達に両親の事を話していなかったのですか?」
ミセス・ロングボトムの怒号が飛んだ。ネビルは深く息を吸い込み、何とか首を左右に振るので精一杯だった。
「いいですか、何も恥じる事はありません! お前は誇りにすべきです。ネビル、誇りに! あのように正常な体と心を失ったのは、一人息子が親を恥に思うためではありません。おわかりか!」
「僕、恥に思ってない」
ネビルは、今にも消え入りそうな小さな声で言った。
「はて、それにしては、おかしな態度だこと!」
ミセス・ロングボトムはぴしゃりと言い放ち、それから堂々と胸を張りサラ、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニーに向き直った。
「わたくしの息子と嫁は、『例のあの人』の配下に、正気を失うまで拷問されたのです」
サラは、どんな顔をして良いのか分からなかった。
ネビルから、両親に何があったのか、現在どんな状態なのか、はっきりと聞いた訳ではない。しかし、彼の祖母が告げたその事実は、サラの予想とそう変わらないものだった。
ベッドが見えないかと首を伸ばしていたロンは、恥じ入ったように首を引っ込め、バツが悪そうな顔をしていた。
「二人とも『闇祓い』だったのですよ。しかも魔法使いの間では非常な尊敬を集めていました。夫婦そろって才能豊かでした。わたくしは――おや、アリス、どうしたのかえ?」
カーテンの間から、痩せこけた女性が這うような足取りで出て来た。ネビルの両親であればそう年老いてはいないはずだが、髪は白くまばらで、やつれ果てた顔も合わせると、まるで死人のような風貌だった。彼女はおずおずと、ネビルの方に何かを差し出した。
「またかえ?」
ミセス・ロングボトムはややウンザリしたような声を出した。
「よしよし、アリスや――ネビル、何でもいいから、受け取っておあげ」
祖母に言われる前に、ネビルは手を差し出していた。その手の中にぽとりと落とされたのは、お菓子の包み紙だった。
「まあ、いいこと」
ミセス・ロングボトムは楽しそうな声を取り繕い、母親の肩を優しく叩く。
「ママ、ありがとう」
ネビルはやはり小さな声だったが、しかし祖母に叱られた時よりもはっきりと答えていた。
ネビルの母親は、鼻歌を歌いながらよろよろとベッドに戻って行った。ネビルは顔を上げ、緊張した面持ちでサラ達を見回した。
誰も、何も言えなかった。
言える言葉など、何もなかった。
「さて、もう失礼しましょう」
ミセス・ロングボトムがこれまた濃い緑色の長手袋を取り出しながら言った。
「皆さんにお会い出来て良かった。ネビル、その包み紙はクズ籠にお捨て。あの子がこれまでにくれた分で、もうお前の部屋の壁紙が貼れるほどでしょう」
祖母の後ろについて行きながら、包み紙を握ったネビルの手はゴミ箱ではなく、彼のポケットへと入れられていた。
ベラトリックス・レストレンジが、ネビルの両親に『磔の呪い』を掛け、二人は正気を失った。ダンブルドアから聞いたと言う話をハリーが説明する中、サラはただ無言で、彼らが出て行った扉を見つめ続けていた。
ウィーズリー夫人の怒りのほとぼりが冷めた頃合いを見計らってアリス達は病室へ戻り、全員そろったところで、マンダンガスの運転する車で病院を後にした。
グリモールド・プレイス十二番地に戻り、それぞれが上着や鞄を置きに部屋へと戻る中、アリスはサラを捕まえた。
「ねえ、サラ。――シャノンのおばあさんの本を借りたいのだけど、いいかしら?」
アリスは声を潜めて尋ねる。サラは、警戒するように辺りに目を配った。
祖母の本とは、彼女について記された数々の書籍の事ではなく、もちろん彼女の日記の事だ。サラは、ついて来るように視線で促した。
祖母を殺害したルシウス・マルフォイ。
彼の犯行の理由は、息子のドラコが人質に取られ、日記の中のトム・リドルに脅されたためであった。
子供相手とは言え、人ひとりを乗っ取るだけの力を付けていたトム・リドル。ドラコは、リドルの日記に力を与えるほど書き込んではいなかった。
ならばなぜ、トム・リドルはドラコを乗っ取る事が出来たのか。それほどの力を、誰がリドルに与えていたのか。
日記は、ルシウス・マルフォイの手元にあった。得体の知れない日記に、彼自身が自ら手を出すとは考えにくい。ジニーの前にも、誰かに与えていた事があったのか。しかし、彼自身が行動していたならば、果たして闇の帝王の怒りを買うような事になるだろうか。
レギュラス・アークタルス・ブラックと彫り込まれた扉を、サラは開ける。引き籠るために確保した部屋を、サラはちゃっかりと自分の一人部屋として使い続けていた。いかにもスリザリン然とした部屋は、まるでホグワーツの寝室に戻ったかのように感じられる。ベッドの上や足元には、朝に広げられたクリスマス・プレゼントがそのまま置きっぱなしになっていた。
一人で考え続けていても、答えは見つからなかった。祖母ならば、何か思い当たる事はないだろうか。自身も同じ日記の中の記憶である、祖母ならば。
「ちょっと待ってね。先におばあちゃんに説明するから」
サラはベッド脇の棚の上にある日記をサラはそそくさと手に取り、奥の机へと向かう。
アリスの視線は、棚の横に置かれたゴミ箱へと向けられていた。
ゴミ箱にぞんざいに入れられた色とりどりの包み紙。その中に見える、細い金の鎖。
サラは羽ペンとインクを取り出し、一生懸命に日記に書き込んでいた。アリスには背を向けていて、気付く様子はない。
アリスはそっと金の鎖をつまみ、引っ張り出す。
包み紙の間から姿を現したのは、小さな丸を三日月が包み込むような形のモチーフが付いた、可愛らしいネックレスだった。
(これって……)
アリスは顔を上げ、愕然とサラの背中を見つめる。
ドラコがサラに贈ったネックレスだ。いつだったか、ドラコから聞いた事がある。
ホグワーツでの最初の一年を終えて帰って来た時から、サラは、いつもこのネックレスを身に着けていた。ドラコと別れてからは、外していたようだが。
恋人からの贈り物。サラは今もなお、それを持ち続けていたのだ。しかし、捨ててしまった。それは、彼に見切りをつけようという、彼女自身の決意の表れなのかも知れない。
パタンと本を閉じる音がして、アリスは思わずそのネックレスを上着のポケットに突っ込んでしまった。
サラは立ち上がり、日記をアリスへと差し出す。
「はい、どうぞ。おばあちゃんには説明したわ。ペン、使う?」
「ありがとう。……でも、大丈夫。ゆっくり話したいから、後で自分の部屋で書き込むわ。休暇中には返せると思う」
アリスはにっこりと微笑み、日記を受け取る。
「じゃあ、また。その新しいコート、とっても素敵ね」
「ナミと圭太からなの」
サラは少しこそばゆそうに答えた。
かつての恋人に見切りをつけ、彼の父親を憎み殺意さえ抱いている者の顔だとは、到底思えなかった。
「良かったわね。似合ってる」
適当に言って、アリスは日記を抱え部屋を出て行った。
足早に部屋を去りながら、アリスはそっとポケットの上からネックレスに触れた。
……持って来てしまった。ドラコからサラへのプレゼント。ドラコからのネックレス。
――これは、サラが貰ったものだ。アリスの物ではない。
――でも、サラはこれを捨てていた。彼女にとっては、ゴミなのだ。
サラにとっては、何の価値もない物なのかもしれない。でも、アリスにとっては。これは、ドラコからの――
自分でも気持ち悪いと思う。人のゴミを持ち帰るなんて。人に贈られた物を、自分の物にするなんて。
でも、捨てられたこのネックレスをそのままゴミ送りにする事は出来なかった。
きっと、これからも、アリスがドラコからこう言う贈り物をされる事はない。サラと別れた彼のそばにいるのはパンジーで、アリスは彼にとって「妹のような存在」でしかない。それを選んだのは、アリス自身だ。
「一つだけ……これだけだから……」
誰かに許しを請うような小さな囁き声は、誰の耳に届く事もなかった。
行方不明だったクリーチャーもクリスマス休暇が終わるまでには見つかり、一同は胸を撫でおろした。サラ達がグリモールド・プレイスに到着した日に、シリウスはクリーチャーに部屋から「出ていけ」と叱った。それを、この屋敷から出ていけと受け取ったのではないかという疑惑が浮上していたのだ。しかしどうやら、それは杞憂だったらしい。
休暇最後の日、ハリーとロンのチェスを観戦していたサラは、ウィーズリー夫人に呼び出された。
「ハリー。ああ、ちょうど良かった。サラもいるわね」
ハーマイオニーと一緒にそばに座っているサラを見て、夫人は告げた。
「厨房に降りてきてくれる? スネイプ先生が、お話があるようなの」
「……え?」
思わずぽかんと聞き返し、それからサラは思考を巡らせた。
エリとの事についてだろうか。それとも、彼が開心術で見たサラの計画について? わざわざ話とは、いったい何だろう。彼に選択肢などないはずだ。
しかしハリーも一緒となると、互いの抱える秘密についての話ではないのだろうか。ハリーは、何も心当たりがないのに飛んでもない罰を食らったかのような顔をしていた。
厨房にはスネイプと、それからシリウスもいた。二人とも長テーブルに向かい合って座っていたが、互いを見てはおらず、顔を背けてそれぞれに逆の位置にある壁を睨みつけていた。厨房には重苦しい空気が満ち、スネイプとの話がなくても入るのを遠慮したい状態だった。
サラとハリーは顔を見合わせる。ハリーは、困惑し今にも逃げたそうな顔をしていた。きっと、サラも同じ顔をしているのだろう。
――いや、何を臆する事があるのだ。サラは、スネイプの弱点を握っているのだ。今の彼は、サラに何も出来ないはずだ。
サラは小さく咳をして、到着している事を知らせた。スネイプが振り向いた。サラは、その黒い瞳を挑むように見つめ返した。
「……座るんだ、ポッター、シャノン」
「いいか、スネイプ」
サラやハリーが答える前に、シリウスが椅子を後ろに傾けながら大声で言った。
「ここで命令を出すのはご遠慮願いたいですな。何しろ、私の家なのでね」
スネイプの白い顔に、赤みが刺す。サラとハリーは、シリウスを間に挟むようにして座った。
「ポッター、シャノン、我輩は君たち二人だけと会うはずだった。しかし、ブラックが――」
「二人は私の子だ」
シリウスは更に大きな声で言った。
シリウスとスネイプは、始終険悪だった。互いに牽制し、煽り合う。サラとハリーはどうする事も出来ず、大人達のいがみ合いを聞いているしかなかった。
「校長が君達に伝えるようにと我輩を寄こしたのだ、ポッター、シャノン。校長は来学期に君達が『閉心術』を学ぶ事をお望みだ」
「何を?」
ハリーがきょとんと尋ね返した。
「『閉心術』――『開心術』で心を読もうとする人から、防御する技よ」
「実に理解の浅い、聞きかじりの知識でしかない解答だ、シャノン」
ム、とサラはスネイプを睨む。シリウスを言い負かして気が大きくなったのか、弱みを握られているにも関わらず彼の態度はいつもと変わりなかった。
これが授業だったなら、スネイプは声高らかにグリフィンドールからの減点を叫んでいた事だろう。しかし今は休暇中で、ここはホグワーツではなくシリウスやサラ達の家だった。
「心は非常に複雑で重層的なものだ。書物のように文章を一読して即座に理解できるようなものではない。
外部からの侵入に対して心を防衛する魔法だ、ポッター。世に知られていない分野の魔法だが、非常に役に立つ」
「その『閉――何とか』を、どうして、僕が学ばないといけないんですか?」
尋ねたハリーの声は、僅かに震えていた。見れば、顔色も青い。
外部からの侵入への防衛。ハリーの脳裏には、ヴォルデモートに取りつかれているのではないかという疑惑が再び蘇っているのかも知れない。サラは、大人二人の険悪な空気から思わずシリウスを中心にして座ってしまった事を後悔した。ハリーの隣に座っていれば、大丈夫だと、取りつかれてなどいないと、小さな声で励ます事が出来たかも知れないのに。
「なぜなら、校長がそうするのが良いとお考えだからだ。一週間に一度、個人教授を受ける。しかし、何をしているかは誰にも言うな。特に、ドローレス・アンブリッジには。分かったな?」
「はい」
ハリーとサラは答えた。それから、ハリーが尋ねた。
「誰が教えてくださるのですか?」
「――我輩だ」
スネイプは、苦々しげに吐き捨てるように言った。
「どうしてダンブルドアが教えないんだ?」
シリウスが食って掛かった。
「なぜ、君が?」
「たぶん、あまり喜ばしくない仕事を委譲するのは、校長の特権なのだろう。言っておくが、我輩がこの仕事を懇願した訳ではない」
スネイプは立ち上がった。
「ポッター、シャノン、月曜の夕方六時に来るのだ。我輩の研究室。誰かに聞かれたら、『魔法薬』の補習だと言え。我輩の授業での君達を見た者なら、補習の必要性を否定すまい」
「嫌よ」
きっぱりと、サラは言い放った。
立ち去ろうとしたスネイプの動きが止まり、サラを見下ろす。その目を睨み返しながら、サラは堂々と言った。
「お断りします。他の先生が教えてくださるなら、もちろん断る理由もありませんけど。ダンブルドア先生と再検討して来てくれませんか」
シリウスとハリーが驚いて、ハリーの方は恐怖も入り混じった表情で、サラを見ているのが分かった。
スネイプは、口を真一文字に結びむっつりとサラを見下ろしていた。
「あなたも私達を教えるなんて嫌なのでしょう? ――誰かさんへの補習とは違って」
「……これは決定事項だ、ミス・シャノン。誰にも覆せない。もちろん、我輩にもだ」
「本当にそうでしょうか? 努力していないだけでは?」
「我輩の努力を批判するならば、まずは君に手本を見せてもらいたいものだ、シャノン。魔法薬も満足に作れない落ちこぼれが、あまりいい気にならない方がいい。それとも君は、ダンブルドアの意向に背き、闇の帝王の後継者にでもなる気になったのかね?」
かあっと顔が熱くなるのが分かった。喉は一気に干上がったように痛み、声が出なくなる。瞳に溜まる涙がこぼれぬように、サラは下唇を噛んで耐えた。
「――スニベルス!」
シリウスの怒号が、部屋中に響いた。
「私の娘に、よくもそんな事を――」
「……そう、よく分かったわ」
発した声は、涙声になっていた。
何度悪夢にうなされ、飛び起きた事か。真実を知った、あの日から。サラが自分自身でも、最も恐れていた事だった。
『――君は、そこにいるべきではない』
サラ自身、彼と似ていると感じる点はいくつもあった。だからこそ、怖かった。
誰も、その話に敢えて触れようとはしなかった。
ハグリッドは否定してくれた。ハリーも、ロンも、ハーマイオニーも、友達だと言ってくれた。サラは彼とは違うのだと、理解してくれた。
ぽろりと、熱い雫が頬を伝った。サラは大きく息を吸い、怒りと憎しみを込めてスネイプを睨みつける。――彼がそう言う態度に出るなら、こちらも秘密を守ってやる義理などない。
「スネイプ先生。私、やっぱりあなたによる閉心術の授業はお断りします。生徒に――エリに手を出す教師の課外授業なんて!」
厨房が、しんと静まり返る。
シリウスが、何を言ったのか理解できなかったように聞き返した。
「サラ――え? 今、何て……?」
サラは、びしりとスネイプに指を突きつける。そして、叫んだ。
「スネイプ先生とエリは付き合っているのよ! 私、見たわ! 二人はキスをしていたの、ここで!」
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2017/03/18