「おい、シリウス。ちょっといいか?」
クリスマスの日、病院へ向かう前にマンダンガスはシリウスに声を掛けた。車の方ではモリーが乗車を渋っていて、まだ発車出来そうにはなかった。
「どうした?」
玄関から離れた位置へ呼ぶマンダンガスに、シリウスは問いながらついて行く。
マンダンガスは首を伸ばして外の様子を伺いながら、ヒソヒソ声で話した。
「サラと初めて会った時、俺、どこかで会わなかったかって聞いただろう?」
「そう言えば、そんな事を言っていたな」
「どこで会ったか思い出したんだよ。去年のクリスマスだ。ノクターン横丁に、あの嬢ちゃんがいたのよ」
「ノクターン横丁だと? だが、去年のクリスマスと言うと、あの子はホグワーツのダンスパーティーに参加していたはずだ。人違いじゃないのか?」
「そりゃ、顔と背格好と声のよく似た別人がいるってんなら、俺も自信はねぇけどよぅ。一応、父親のあんたには伝えておいた方がいいかと思ってな」
「その……サラらしき子は、ノクターン横丁なんかで何をしていたんだ?」
「さあ? 俺はいつもの商売のつもりでたまたま声を掛けたんだが、あっさり断れて、それでお終いだ。どこかに急いでいたみたいだったな」
シリウスは黙り込む。
「まあ、じゃあ、話はそれだけだ」
マンダンガスはそう言うと、屋敷を出て行った。
No.54
厨房の長テーブルの中央には、互いにギラギラと睨み合うシリウスとスネイプ。スネイプの隣には肩をすぼめて落ち着きなく視線を泳がせているエリが、シリウスの座る側には顔をそむけ無表情で壁を睨むサラ、旧友二人が魔法使いの決闘を始めやしないかと警戒するナミ、年末から休みを取ってグリモールド・プレイスに来ていた困惑顔の圭太、アリスが座っていた。
退室の機会を逃したハリーは、シリウスの隣で居心地悪く身を縮めていた。ナミやエリを呼ぶとなった時に、率先して動いていれば。そしてそのまま、この部屋から立ち去っていれば。後悔しても、もう遅い。とても、ハリーが声を発せるような空気ではなかった。
「えーと」
剣呑な沈黙が満ちる中、圭太が第一声を発した。
「あなたとエリが付き合っていたと、私は聞いたのだけど……えーと、その、魔法界では珍しくない事なのかな? 寿命も我々マグルよりは長いようだし……?」
「まさか」
シリウスが即答した。腕を組み、スネイプを顎で指す。
「こいつがただ、子供が趣味の変態だというだけの話だ」
スネイプの白い肌が、かあっと怒りで赤くなる。
「誤解がないように言っておくが」
スネイプは唸るように言った。
「我輩は確かに彼女に好きだと告白され、それに答えると返答した。だが、これまで一度も、彼女に手を出してはいない。至って、清廉潔白だ」
「キスはしていたようですけどね?」
サラが煽るように口を挟む。シリウスが、犬に変身したのかと思うかのような吠え声を発した。
エリが慌てて立ち上がり、サラの方へと身を乗り出す。
「キ、キスって言っても、おでこだよ! おでこ! 口同士はまだ……」
「『まだ』?」
シリウスとサラの声が重なる。エリはかーっと顔を真っ赤にして、大人しく椅子に座った。スネイプは口を真一文字に結び、むっつりと黙り込んでいた。
ハリーはどんな顔をして良いか分からなかった。あまりにも突拍子もない衝撃的事実の連続で、頭が追い付かなかった。
スネイプが、エリと付き合っていた? キスをしていた? 額にだとしても、とてもイメージできない。スネイプが? ――このスネイプが? 額にキス?
思わずまじまじと見てしまい、その視線に気付いたのかスネイプがハリーの方を見た。ハリーは慌てて、視線をそらす。
「まあ、まあ、二人とも。そんな喧嘩越しにならなくても。二人とも、立場をわきまえた健全な付き合いのようだし……」
「ナミ。まさか、お前は知っていたのか? いつから? ずっと黙っていたのか? こいつの味方をして?」
「二人がいつから両想いになったのかは知らない。でも、あなたが脱獄した年にホグワーツで二人を見て、二人が好き合っている事に気付いてはいたよ。その頃はまだ付き合ってなかったみたいだけど」
シリウスに答えて、ナミはスネイプとエリへと目を向けた。
「付き合い出したのはいつ? エリが告白したって言ったね」
「告白と言うか……去年のクリスマスに、あたしが口を滑らした」
エリが観念したように答えた。
「それで、あたし、恥ずかしくて、それからずっとセブルスから逃げ回ってて……年が明けて、授業が始まってから、罰則食らって逃げられなくなって……」
「罰則」
シリウスが唸るように繰り返し、スネイプを睨む。苛立ちを募らせながら、スネイプはシリウスを睨み返した。
「授業中にも関わらず新聞を読み私語をしていたから、鍋磨きの罰則を与えた。それだけの事だ。……ようやく逃げずに話が出来る状態になったので、彼女の勘違いを正しはしたが」
「自分もエリを愛していると? 分かっているのか? この子はまだ、十六だ――」
「サラが見たキスは、額にしただけだったんだね?」
シリウスの話を遮るようにして、ナミが問う。エリとスネイプは無言でうなずいた。
「これまでに、デートとかは? もっとも、夏も冬も休暇中はここに閉じこもりっぱなしだし、そんな様子はなさそうだけど」
「デート……」
エリがポカンとつぶやく。スネイプがきっぱりと答えた。
「一度もしていない。もっとも、彼女がフィルチに追われて我輩の教室に逃げ込むのや、魔法薬学の補習も含めろと言うのであれば、その数は数えられなくなるが」
「補習だと!?」
本日もう何度目になるのか、シリウスが吠えた。サラは軽蔑しきった表情でスネイプを見ていた。
スネイプは辛抱強く耐えながら説明した。
「君も親であれば当然、知っている事であろうとは思うが、今年は彼女たちは普通魔法レベル試験――通称、OWLの年だ。我輩は、この試験でOを採った生徒にしか、いもりレベルの授業をしていない。残念ながら、彼女の魔法薬の成績は、いもりレベルを受講できる状態にない」
「ほんとにちゃんと勉強してるんだよ! 勉強しかしてない! 何なら、補習でとったノートが上にあるし、課題だってこれまでだけでたくさん出してるから、学校に行けばあるし……!」
エリは必死に、証拠の存在を述べる。
「補習始める前だって、あたしが勝手に入り浸ってたってだけで、紅茶飲んだりとか、あたしが一方的にくっちゃべったりとかしてただけだし、恋人らしい事なんて、この前のキスが初めてで……それもおでこにだし、手を繋いだ事さえ……」
スネイプの身の潔白を訴えていたエリの言葉は、尻すぼみになって消えていった。厨房には、どこか憐みを含んだ空気が漂い始めていた。
「当然だ」
同情に傾きかけた空気を、シリウスの唸るような声が一刀両断した。
「エリ、お前もよく考えろ。スネイプは――この性格でなれた事は驚きに値するが――それでも一応、教師だ。私やナミと同じ年なんだ。つまり、父親であっても不思議ではない年齢だ。これまで隠していたのも、社会的に許されるものではないと自覚があったからだろう」
エリはうつむき、黙り込む。
「お前はまだ十六だ。もっと良い相手なんて、そこら中にいる。何もこんな、いい年をして恋人の親への礼儀も知らないような男の相手をする必要なんかない」
「ほう。それはまさか、ブラック、君の事を言っているつもりですかな?」
スネイプが嘲りの表情を浮かべながら問う。それだけで、ハリーの中で僅かに生じていたスネイプとエリへの同情心のようなものは霧散して消えて行った。
「エリは私の娘だ」
「法的な権利もなければ、十三年間、親らしい事が出来た訳でもない。それで、親だと主張するつもりであると?」
今度は、シリウスの顔がかあっと怒りで赤くなる番だった。サラの事と言い、スネイプは相手が何を言われると嫌がるのか熟知しているかのようだった。
「この際、明確にしておくが、我輩はこの件についてナミとケイタはともかく、ブラック、君は部外者であると認識している。我輩が君に頭を下げる事は、今後も決して無いだろう」
バンと激しい音が厨房に鳴り響いた。シリウスがテーブルを叩いた音だった。シリウスは椅子を蹴って立ち上がり、言い放った。
「私も、はっきり言っておこう。――反対だ! 貴様がエリと付き合うなど、絶対に許さん!」
シリウスとスネイプは睨み合う。まるで、猛獣同士の威嚇を見ているかのようだった。
再び険悪な空気が満ちる中、サラが鼻で笑った。
「そもそも、本当に好きなんだか怪しいものだわ。エリなんて色気も可愛げもない子を相手にするなんて。何か裏があるんじゃないの?」
サラは再びそっぽを向いた状態だった。エリがムッとして噛みつく。
「何だよ、その言い方――」
「エリは可愛い」
その場の空気が凍り付いた。
サラに向けられていた視線は、スネイプへと集中する。サラも振り返り、目を丸くしてスネイプを見ていた。スネイプは今直ぐここから帰りたいという表情で、怒りとは別の意味で赤くなっていた。見てはいけないものを見てしまったようで、ハリーはふいと視線をそらした。
「そもそも、無責任じゃないのか」
シリウスがイライラと足を踏み鳴らしながら言った。
「騎士団の任務は、危険を伴う。それなのに、エリを恋人にしたのか? エリが巻き込まれたらどうする?」
スネイプは黙り込む。これは、彼自身も気にしていた痛いところを突いたらしい。スネイプは睨み返す事も、言い返す事もしなかった。
「シリウス。そんな事を言ったら、騎士団員は皆、家族を持てなくなってしまうよ」
ナミがなだめる。シリウスはキッと昔の恋人を見下ろした。
「ナミは賛成なのか?」
「私は、セブルスの人となりを信じている」
ナミは微妙な言い方をした。
「二人の気持ちを知った時は、友達として応援もしていた。――でも、状況が変わった」
ナミは真剣な顔つきで、スネイプを見据えた。スネイプも顔を上げ、ナミを見る。
「セブルス。例えば、エリが人質に取られたりだとか、任務によってエリの身が危険に脅かされた時、あなたはエリを最優先に守る事が出来る?」
スネイプは言葉を詰まらせる。エリが立ち上がった。
「そんな状況、絶対にならない! あたしは、捕まったりなんかしない!」
「エリは黙っていなさい」
ナミはぴしゃりと言い放つ。しかし、エリは座らなかった。
「あたしは、自分の任務に一筋なセブルスが好きなんだ。いっつも一人で抱えて、でも目的のために一生懸命で、そんなセブルスが好きなんだ。大好きなんだ。あたしはセブルスに守られたい訳じゃない。お荷物なんて嫌だ。彼の後ろで守られるんじゃなく、彼の隣に立てるようになりたい」
エリは、いつになく真剣な顔をしていた。真面目な顔をしていれば、写真で見た若い頃のシリウスの面影がある美人な顔立ちだと、ハリーはぼんやりと思った。
ナミは何と返すべきか迷っている様子だった。
「――いいんじゃないかしら。二人の事、認めてあげても」
それまで黙って話を聞いていたアリスが、おずおずと口を挟んだ。
「二人とも、真剣に想い合っているみたいだし……二人の問題でしょう? まだ十六だって言うけど、もう十六よ。日本なら、結婚だって出来る年だわ。他の人達がとやかく言う事でもないんじゃないかしら」
「アリス……!」
エリが感動したように叫ぶ。アリスはにっこりとエリとスネイプに微笑いかけた。スネイプの方はエリほど喜びの表情は見せず、むしろ警戒するようにアリスを睨んでいた。
「……私は魔法界の事はほとんどわからない」
ぽつりと、つぶやくように圭太が言った。この場でただ一人、ホグワーツに通った事もなければ杖も持たない、スネイプとも面識の薄いマグルの男性は、一言、一言、選ぶようにしながら、たどたどしい英語で話した。
「私は、『例のあの人』や騎士団の事も、その実態までは理解しきれていない。だから、君の任務の事も踏まえてどのような結論を出すべきなのか正しいことは分からない。だが、親として、エリに危険が及んだ時は、恋人であるならば守ってほしいと思う」
「だから、そんな事は――」
口を挟むエリを、彼は片手を上げて制した。
「それが父親としての本音だ。
しかし、君一人ではどうしても力が及ばないと言う事もあるだろう。そういう時は、迷わず我々を頼ってほしい。魔法の使えない私では頼りないかもしれないが、それでも、私は父親としての責任を放棄するつもりはない。君に恋人としてエリを守る事を求めるように、私も父親としてエリを守りたい。君はあまり誰かと親しくしたり頼ったりする様子はない。しかし、エリのためにも、私や、ナミや、それにもちろんシリウスやリーマスとも、変な意地を張ったりせず、仲間として結束してほしい」
圭太は、スネイプを真っ直ぐに見つめる。スネイプはちらりと苦々しげにシリウス見たが、うなずいた。
「……分かりました」
「許すと言うのか!? スネイプと付き合うのを!?」
「あなたはこの人がどんな人なのか、全然知らないから!」
シリウスとサラから、非難轟々の嵐が巻き起こる。
そして、シリウスは言った。
「閉心術の授業についても、エリが恋愛対象だとわかった以上、サラの父親として許す事はできない。ダンブルドアに意見させてもらうつもりだ」
思いがけぬ方向に転び、ハリーは心の中でガッツポーズした。サラを見れば、彼女も表情を明るくしていた。ハリーの視線に気付き、口の端を上げて笑う。
「無駄だよ」
心の中でハイタッチを交わしていたハリーとサラは、ナミの言葉にぴたりと硬直した。
「閉心術についてはもう、決定事項なんだから。シリウスも分かっているだろう」
高揚していた気分が、一気に落ち込んで行く。
スネイプとの課外授業は避けられない。この先、十年はクリスマスがお預けで、ホグワーツではなくアズカバンに通えとでも言われたかのような気分だった。
「ならば、絶対に二人一緒だ」
スネイプを睨みつけながら、シリウスは言った。
「一方とのみ二人きりで教室にいる事を禁じる。いいな?」
スネイプは承諾したが、ハリーにとっては、何の救いにもならない妥協だった。
話がひと段落し、スネイプはあっという間に屋敷を出て行った。エリは話したそうにしていたが、彼女以上に重要な用事でもあるかのようだった。
「両親へのご挨拶の後だって言うのに、冷たいものね」
サラが席を立ち、立ち尽くすエリの隣に並んで言った。
開きっぱなしにされた扉から、ナミと圭太が出て行く。階段の方から、どたばたと駆け上がる音がした。一部始終を「伸び耳」で聞いていたのだろうとハリーは推測した。
伸び耳の犯人たちとは違い容姿の似ていない双子が話す横に、ハリーも並んだ。
「それにしても、驚いたよ。でも、エリ。本当にいいの? その……スネイプなんかで……」
ハリーは慎重に言葉を選びながら問う。しかしどう頑張っても、スネイプを悪く言わずに済むような言い方は見つけられなかった。
「まあ、ハリーやサラからしたら、嫌な先生かもしれないけど。でもあれで、結構優しいところあるんだよ。
今日だって、ずっと何か急いでたみたいなのに、ちゃんと話をしてくれたし……。――アリス!」
厨房を出ようとする妹に目を留め、エリは呼び止めた。アリスは立ち止まり、振り返る。エリはにっと笑った。
「さっきは、ありがとな」
「ううん。気にしないで」
アリスはにっこりと笑う。そして、この家族会議の発端となったサラへと目を向けた。
「まったく、サラもサラよ。まさか、こんな形で二人の事を暴露しちゃうなんて……」
「スネイプが悪いのよ。こっちが弱点を掴んでるって事、全然分かっていないみたいだったから」
アリスは溜息を吐く。
「切り札をこんなところで使っちゃうなんて……」
「え?」
「ううん、何でも」
ハリーに聞き返され、アリスはにっこりと微笑んだ。
「それじゃ、私、先に上に戻るわね。……エリは、少し時間を置いて来た方がいいかも」
「え? なんで?」
「『伸び耳』だよ」
ハリーはヒソヒソ声でエリに囁いた。エリは「あー……」と呻く。
アリスは家族会議の内容を盗み聞きをしていた者達に説明するため、そしてエリを茶化さないよう牽制するため、先に部屋へと上がって行った。
「サラ、ちょっと来てくれ」
シリウスがサラを手招きして、厨房を出て行った。サラが出て行き、残されたハリーとエリは顔を見合わせる。わざわざ呼び出して、いったい何の話だろう?
足音を立てないよう、こっそりと後を追う。二人はあまり離れず、廊下の奥で話をしていた。
「マンダンガスから聞いたんだ。サラ、去年の冬、クリスマスの日にノクターン横丁へ行っていたのか?」
「あっ……」
思わず声が漏れ、ハリーは慌てて口を押えた。幸い、サラもシリウスも距離があり、ハリーの声は届かなかったらしい。エリが何か聞きたそうに振り返ったが、さすがに話をすれば二人に聞こえてしまいそうで、何も聞いては来なかった。
「……他人の空似じゃないかしら。去年のクリスマスは、ダンスパーティーに出ていたわ。私は代表選手だったハリーと踊っていたの。その場にいた皆が見ている。シリウスだって、知っているでしょう? リータ・スキーターが、お節介な記事にしていたくらいだもの」
「……行っていたんだな? アリバイを提示しなければならないような事をしていたのか?」
シリウスは確信を持ったようだった。サラは無表情で黙り込んでいた。
「サラ。いったいどこへ行っていたんだ? なぜノクターン横丁なんかにいた? ダンスパーティーを抜け出してまで――」
「あなたには関係ない」
シリウスは言葉を途切れさせる。
どこまでも冷たい声だった。サラは能面のような顔でシリウスを見上げていた。
シリウスの語調が荒くなる。
「サラ。関係ないと言う事はないだろう。私は、君の父親だ。去年、どう言う状況だったか散々、話しただろう? 危険な事はするなと言ったはずだ。なのに、ホグワーツを抜け出して、それもノクターン横丁に行くだなんて……絡んできたのがマンダンガスぐらいだったから良かったものの……」
「そうね。もう、ノクターン横丁になんて行かない。それでいい?」
話を打ち切り、サラはこちらへと戻ろうとする。
ハリーとエリは慌てて引き返そうとしたが、シリウスがサラを引き留めた。
「待て。質問に答えていないぞ。いったい、ノクターン横丁なんかで何をしていたんだ?」
「通りかかっただけよ」
「どこへ向かうのに?」
「――シリウスには関係ない!」
サラは、シリウスの手を強く振り払った。再び捕まらぬように距離を取り、シリウスを睨み据える。
「父親だから何? 心配だと言うなら、何もなかったし、今後は行かないと言っているのだから、それで良いでしょう?」
「良い訳があるか! 何をそんなにまで隠しているんだ? 私は君の父親として――」
「友達の敵討ちを優先して娘を放ったらかしにしたくせに、後からあれこれと詮索するのが父親だって言うなら、そんな父親、私は要らないわ」
シリウスが言葉を失う。
サラはふいと背を向けると、スタスタとこちらへと歩いて来た。ハリーとエリは隠れる間もなく、角を曲がって来たサラと鉢合わせた。
「えーと、あの……」
エリがおろおろと言い訳を探す。ハリーは、キッとサラを見据えて言った。
「サラ、今のは言い過ぎだ」
どう考えても、言い訳で誤魔化せるような状況ではなかった。サラも、ハリー達が話を聞いていた事ぐらい勘付いているだろう。
「シリウスは心配しているんだ。サラの父親として。それをあんな風に言うだなんて。君こそ、家族よりも敵討ちを優先してるんじゃないか」
サラは答えず、ふいと顔を背ける。そして、走り出した。
「――サラ!」
呼び止める声は空しく地下の廊下に響き渡り、サラは階段を駆け上がって行った。
去年のクリスマス。雪に覆われた荒地。そこに確かにあるはずなのに、見えない屋敷。
あの日、サラは意を決してマルフォイ邸へ向かった。ルシウス・マルフォイを屠るために。祖母の仇を討つために。
しかし、屋敷はすでに対策が取られていて、サラが侵入する事は出来なかった。サラはただ、雪と闇の中、空しく叫び続けるしか出来なかった。
失敗に終わった暗殺。それを今更、思い出させられるなんて。
部屋に戻り鍵を掛け、ベッドに身を投げる。
そして脇の棚に手を伸ばしたが、その手に触れる物は何もなかった。
引き出しの中にしまっただろうか。起き上がり引き出しを確認するが、目当てのものは見つからなかった。
一年生の時のクリスマスに、貰ったネックレス。ドラコから貰ったそれは、サラにとってお守りのようになっていた。いつも身につけ、何か不安な事があると思わずネックレスを握っていた。
憎き仇の子。思わず棚へと手を伸ばしたものの、見つけて握りしめる気にはなれない。しかし、どこにしまったのかと見つからないのは不安が過った。
棚の引き出し、机の上、鞄の中、クローゼットの中、使った覚えのない部屋の持ち主の荷物が入ったままの引き出しや棚、ベッドの下、コートのポケットの中、果ては本棚の間まで。部屋をひっくり返す勢いでサラは探し回ったが、どこにもあのネックレスは見付からなかった。
「うそ……」
失くした? いつ? どこで?
最後に見たのは、クリスマスの日だ。カチューシャに付いて引き出しから出て来て、プレゼントの包装紙の束の下に隠した。
――その後、どうした? 包装紙を捨てた。ネックレスは? 棚の上にあったか?
「一緒に、捨てた……?」
サラは愕然と呟く。
ずっとサラの支えとなっていたネックレス。クリスマスから、もう一週間以上経ってしまっている。包装紙と共に捨ててしまったなら、とうにどこかで灰になっている事だろう。
思いがけぬ事態に、サラはぺたんとその場に座り込み、何も入っていない引き出しを見つめ続けていた。
どれほどそうしていたのだろう。
いつしか陽は沈み、部屋は真っ暗になっていた。サラは、ふらりと立ち上がる。
どんなに探したって、意味はない。
そもそも、探してどうしようと言うのか。あれは、ドラコ・マルフォイから貰った物だ。
祖母を殺した仇の子。祖母の仇をかばう者。
フッ……とサラは自嘲するように微笑う。
もう、何も関係ない。良い機会ではないか。全て忘れるのだ。彼が何度もサラを支えてくれた事は事実だったとしても、そもそも祖母が殺されていなければ、サラが孤独になる事はなかった。支えを必要とする事はなかった。
「そうよ……もう何も関係ない」
サラの瞳に赤い光が過ぎる。
――ドラコ・マルフォイは、仇の子だ。
Back
Next
「
The Blood
第2部
真実の扉開かれて
」
目次へ
2017/04/01